4―(1)「思案」
強さとはいったい何なのだろうか。
藍霧真宵に敗北したあの日から、黒兎大河はそのことだけを考えていた。
『下らないですね。貴方が先輩を傷つけた理由というのも、家族を能力者に殺されたというところから派生されたものだったのですから』
『下らない……だと……っ!』
『えぇ。貴方のやっていることはただの八つ当たりです。それに先輩まで巻き込んで……下らないとしか言えないでしょう?』
言われずとも分かっていた。能力者を殺すことは、妹を守ることができなかっただけの、八つ当たりだったということくらい。
けれどそれには、自分のような境遇を持つ能力者を生み出さない――ということでもある。
『組織』の役割は能力者の管理と制御。そのひとりである黒兎は、『組織』のやり方に模範的だったと言えるだろう。
一度犯した罪は消えることはない。
それが能力者という特異なものであれば、再び繰り返す可能性がある。むしろしない可能性の方が低いくらいだ。
間違ったことはしていない。
そう――ただひとつを除いて。
冬道かしぎへの襲撃。
生徒会でも、四月の頭から終わりにかけて騒がせていた事件の能力者が、秋蝉かなでであることを掴んでいた。
ただ『組織』の内部的な事情が重なり、ようやく秋蝉かなでを始末しようと動こうとしたというのに、予想外な相手が現れた。
それが――冬道かしぎだ。
生徒会が動くよりも早く秋蝉かなでに接触し、撃破。
『組織』に属していない能力者が能力者を殺せば、それだけで罪だ。だが冬道は秋蝉を殺さなかった。
しかもあろうことか保護するような真似までしたのだ。
それを『組織』が許すはずもない。
秋蝉かなでの件は同じく『組織』から派遣されたアウル=ウィリアムズが『組織』に報告されているため、処分の必要はないが、黒兎はそれを認めなかった。
ゆえに冬道かしぎ、秋蝉かなでの処分を決行した。
しかしそれで知ったのは、圧倒的なまでの力の差だけだった。
(強さとはいったいなんだ?)
藍霧真宵のような、盲目的な信頼のことを言うのか。
あれは何かが違う気がする。あの強さは藍霧真宵という人間の持つ、絶対にして無二のものだろう。冬道かしぎに依存し、意味を持たせるあの強さはまた違うものだ。
ならば翔無雪音のような偽善的なことを言うのか。
誰が為を思い、無償で手を差しのべる翔無の強さも、彼女だけのものだろう。黒兎にはそんなことはできない。
であれば何が黒兎大河としての強さなのだろうか。
ただの復讐という自己満足で戦ってきた彼には、それが分からない。そもそも存在すらしないのかもしれない。自分以外のために戦う彼女たちの思考は、理解しがたいものだ。
(強さとは……なんだ)
再三に渡り自問を繰り返した。答えが返ってくることがないと分かりながら、それでも求めずにはいられない。
生徒会室の椅子に腰をかけ、内側に燻る、もやもやとしたものをため息に乗せて吐き出す。
「ため息なんかついてどうしたのよ。仕事が溜まってるんだから、ため息なんか吐いてる暇なんてないでしょ」
ぱこっ、と紗良は黒兎の頭をファイルで軽く叩いた。
「そんなことは分かっている。わざわざ指摘されるまでもない」
「その割りには全然手が進んでないみたいだけど?」
「黙れ。貴様こそ進んでいるようには見えんぞ」
「うっ……。いいのよ。私は生徒会長のアンタと違って、そこまで仕事があるわけじゃないんだから」
「ならば雑兵の分際で俺様に指図するな」
「そのキャラ、いい加減にやめない? 噛ませ犬っぽい臭いがプンプンするんだけど?」
「……貴様、今ここで灰にしてやろうか?」
「嫌に決まってるでしょ」
指先から青白い火花を散らせる黒兎に、紗良は呆れたような表情で言う。
「……あのさ」
生徒会室にいるのは何も生徒会役員だけというわけではない。風紀委員室と同じように防音が巡らされているこの部屋には、『組織』に関係する能力者がよく出入りしている。
つまり声を発した彼女――翔無雪音がいたとしても不思議ではない。
「ボクはオセロコンビの漫才を見るために、ここにいるわけじゃないんだけどねぇ」
『誰がオセロコンビだっ!』
声を揃えて否定する二人に「息ぴったりじゃないか」と頬杖をつきながら、翔無は言った。
『黒』兎と『白』神でオセロコンビということらしい。
翔無してはまともなあだ名だった。
「ボクだって暇じゃないんだ。同じ『組織』だから手伝ってあげてるんだから、早く済ませなよ。ボクは終わったっていうのに、何してるんだい?」
「普段から書類仕事してる雪音と違って、私はこういうのは苦手なのよ」
「君が普段から不知火くんに書類仕事を押し付けてるっていうことがよーく分かったよ」
翔無の鋭い指摘に紗良はまたも唸っていた。
『組織』に属している能力者は、派遣されている場合、派遣先の事細かな状況を報告書としてまとめ、提出しなければならない。
もちろん黒兎も火鷹も報告書は提出している。とはいえ内容に大差はなく、ひとりがまとめて提出すればいいようなものだ。
おそらく紗良は、報告書の提出を不知火に任せきりにしているだろう。
「今度からは自分でやりなよ?」
「むぅ……分かったわよ」
むすっとした表情で紗良はしぶしぶ了承する。
「こんなのをまとめるのに、そう時間も人手もはかからないと思うけどねぇ」
「ちょっと手間取っちゃって。雪音がいて助かったわ」
「こんなことで感謝されても嬉しくないよ」
そう言って翔無は自分が担当した書類を黒兎に渡す。
「『体育祭における練習場所の使用割当て』……たしかに面倒ではあるけど、やろうと思えばすぐにできるだろ?」
「私と大河だけじゃ無理だったのよ……」
「不知火くんはどうしたんだい?」
「ミナは自分のクラスでやることがあるって」
「ふーん」
裏向きには『組織』の機関の一部として機能している生徒会や風紀委員だが、それでも表向きの仕事もやらなくてはならない。あくまでも表と裏を両立しなければならないのだから、それは当然のことだ。
こういった雑用なような仕事も、生徒会が請け負わなければならない。
表向きでの生徒会など、単なる雑用係でしかないのだ。
「はぁ……なんで私たちがこんなことやんないといけないのよー……」
「それはボクのセリフだよ」
風紀委員は体育祭当日にしか仕事はない。なのにこうやって仕事を手伝っているのだから、文句の一つや二つは言いたくもなる。
「こんな風に体育祭が始まる何日も前からこうやって作業するのって、去年の一年A組のせいなんでしょ?」
「正確にはかっしーを含めた、四人のせいだけどねぇ」
「飛縫かれきちゃんだっけ? あの子にはひやっとさせられたわ……。て言うか、あんなのってありなわけ?」
「ありも何も、あんな方法を使うなんて誰も思わないからねぇ。何とも言えないさ」
去年の体育祭、飛縫かれきという少女ひとりが大波乱を巻き起こした。
誰も予想しえない方法を使い、全てのクラスに圧倒的なまでの力の差を見せつけ、異例のダブルスコア優勝を成し遂げたのだ。
その立役者として冬道かしぎ、柊詩織、両希蓮也の存在があった。たった三人だったというのに、たった三人だけで全てのクラスを圧倒した。もちろんただ三人がいただけではそれが成しえない。
飛縫かれきの斜め上の、突拍子もない思考あったからこその功績だろう。
「今年はかれきちゃんは冬道くんたちと違うクラスだけど、やっぱりかれきちゃんが不安なのよねぇ……」
「そうかい? ボクは楽しみだけど?」
「アンタは変なところで非常識よね」
「君に言われたくはないねぇ」
「私は常識的よ。変なこと言わないで」
「鏡の中を移動できる人間が常識的なのかい?」
「……ごめんなさい」
そんなことを言うなら、ここに常識的な人間はいない。
空間を点と点で移動できる人間に、雷を操って雷速で動ける人間、そして鏡の中を移動できる人間。
常識的な人間がいないというより、普通の人間がいないと言う方が正確かもしれない。
「……黙って仕事もできぬのか、貴様らは」
黙々と仕事を続けていた黒兎は、口だけを動かして手を動かさない二人(といっても翔無の仕事は終わっているが)に苛立った視線を向ける。
「何よ、別に話してたっていいじゃない」
「貴様の仕事の遅れが全ての遅れに繋がるのだ」
「もう……分かったわよ。やればいいんでしょ、もう」
「そんな嫌そうにやってるとはかどらないと思うけど」
「だって仕方ないじゃない、嫌なんだもん」
子供みたいな言い分の紗良に、翔無は手を額に当ててやれやれと頭を振る。
「今ごろ各クラスじゃあ、体育祭に向けて話し合いが進められているんだろうねぇ」
「そりゃそうでしょ。去年はあんな負け方したんだから、三年は特に躍起になってるんじゃない?」
「だねぇ。二年は、かれきちゃん同じクラスだった人を中心に、対策を練ってるところだろうねぇ。普通の思考じゃ、止められないだろうけどさ」
「雪音には方法があるわけ?」
「残念なことにないんだよねぇ、それが」
珍しいこともあるものだと、紗良は思う。
翔無も飛縫ほどではないとはいえ、かなり螺の外れた考え方をしている。そんな翔無でさえ止める術を思い付かないのだから、飛縫の螺の外れ方の片鱗を伺える。
「彼女を止める、ねぇ……」
外れかけている螺もさらに緩め、飛縫の思考に近づけて考えてみる。
去年の体育祭では、さしもの翔無もいいようにあしらわれてしまっている。意外性を取り柄としている翔無としても、何とか彼女に一泡吹かせてやりたいところだ。
考えて――すぐに緩んだ螺を締めた。
「無理だねぇ、うん。これは無理だよ」
そう言って翔無は腕を組む。
「意外性で彼女を止めるのは無理だよ。勝てる勝てないの前に、個人で対峙してる構図が思い浮かばない」
「雪音でも無理なんだ」
「まぁ今回の体育祭、ボクは選手として出る気はないし」
「じゃあ何する気なのよ」
「それは……当日のお楽しみさ」
怪しげな笑みを浮かべる翔無からは、どうにも嫌な予感しかしない。
何も起こらなければいいが……、と紗良は祈るしかなかった。
◇
「これより、体育祭に向けての選手選出を行うっ!」
ばんっ、と黒板を強く叩きながら両希蓮也は言った。
もうそんな時期か。俺が二年生になってからもう七月。時間が経つのは早いものだと深く実感させられる。
たった三ヶ月の間にどれだけのことがあったろうか。
異世界召還を皮切りに、超能力者との出会い、風紀委員と生徒会による抗争、そして東雲さん――九十九東雲との殺し合い。
思い返してみると、実に濃厚な三ヶ月だったと言えるだろう。
……ていうか、異世界に召還されてた五年間も換算すると、月単位じゃ済まないよな。
「三年生や一年生は恐れるに足りないっ! 警戒すべきは二年B組――飛縫かれきだけだっ!」
その声と同時にクラス中から喝采が沸き起こる。
ひとりの女の子に対してどうしてそこまで熱くなるんだと、飛縫に会ったことがない俺だったらひどく呆れていたところだろう。
しかし去年の飛縫の武勇伝を見たなら仕方がない。
体育祭をひとりで総なめにする女の子がどこにいると思うか。少なくとも、俺は思っていなかった。
「なぁ冬道。どうしてこんなに盛り上がっているんだ?」
「あ? そういやアウルは知らなかったな」
四月の中旬にアメリカから転校してきたアウル=ウィリアムズ。『組織』からの命令で今年にやって来たばかりのアウルは、飛縫のことを知らないのだ。
「大体、体育祭って結果にそこまでの差は出ないだろ?」
ひとりのスターがいたとしても、それだけで団体競技に勝てるほど(例外はあるものの)スポーツは甘いものじゃない。
「だってのにあいつは上手く駒を動かして全種目総なめ、異例のダブルスコア優勝を成し遂げやがったんだよ」
「すごい奴もいるんだな」
「螺の外れた奴だ」
普段は俺と同じくらい堕落してるくせに、こういうことに関しちゃ追随を許さないって感じだ。
あの思考の外れっぷりには連いて行ける気がしない。
「それで結局、どうして盛り上がっているんだ?」
「今の流れで分わかんだろ。そいつに負けたくないから、気合い入れて対策を練ろうってことだよ」
「なるほどな。平和的で何よりだな」
「あぁ。平和的で何よりだ。ここ最近はことあるごとに超能力が関わってきやがるからな。たまにはいい息抜きにもなんだろ」
「そうだな。お前は少し羽を伸ばした方がいい」
「そうさせてもらう」
どうせ体育祭が終わって夏休みに入ったら、また超能力関係で戦わないといけないわけだし。
異常は異常を呼び寄せる。
泥沼に足を突っ込めばいつかは飲み込まれてしまう。
それと同じで、一度超能力に関わってしまえば望む望まないに関係なく、それらに巻き込まれてしまう。安易な考えで異常に触れてしまったのが、間違いの始まりだぜ、まったくよ。
「……ところで冬道?」
「あ? なんだよ」
「どうして柊は怒っているのだ……?」
「そりゃ……嫉妬じゃねぇのかな」
ため息をつきつつ、こちらをジッと見つめてくる柊に視線を移す。
先月六月、(自慢をするわけではないが)俺は柊詩織に告白をされた。驚きはしたものの、嘘偽りのない返事をしたつもりだ。
が、それで諦めるつもりは毛頭ないらしい。俺に好きになってもらおうと努力している姿が伺える。
幸いなことにギクシャクしたりすることなく、良くも悪くも以前と変わりない関係性を保っている。
「嫉妬なんかじゃねぇよ」
「じゃあなんで怒ってるんだ」
「……別に冬道やアウルに怒ってるわけじゃねぇよ」
柊は覇気なくそう言うと目を伏せ気味にしながら、
「冬道今までも戦ってたのに、また戦わないといけないのかと思うとなんつーか、どうして冬道ばっかりって思えてさ……」
などと言ってきた。
今の会話を聞いててそんなことを思ってたのか。やれやれ、何をそんな辛気くさくなっているのやら。
「お前が気にすることじゃねぇよ。戦うのが嫌なら戦ってねぇっての。俺が自分から面倒事に首を突っ込んでくバカに見えんのか?」
「……見えなくもない」
「喧嘩売ってんのかこのヤロウ」
「男みたいな口調と性格だからって、ヤロウなんて言われる筋合いはないぜ冬道っ!」
「そういう意味じゃねぇし」
なんだこのありえん切り替えの早さは。
「かしぎに詩織にアウル。仲がいいのは一向に構わないが、話し合いには参加してくれないと困るぞ」
「っと、悪い悪い」
柊は悪びれた様子もなく両希に謝って前に向き直った。
黒板には箇条書きでいくつかの種目と、その脇にクラスメートの名前が書かれている。どうやら決まっていないのは、騎馬戦――か。
「かしぎ、お前はこれに出てもらう」
しかもそれに抜擢されちまった……って、
「ちょっと待て」
どうして俺の承諾もしないで確定してやがる。
「なんだ、不満か?」
「不満がどうのこうの前に、勝手に決めんじゃねぇよ」
「いいだろ。かしぎはかれきに対抗できる唯一の相手と言っても過言ではないからな。この辺りで頑張ってもらわないとな」
「柊とアウルに任せりゃいいだろ」
「二人で止められるかな……」
『おいっ!』
両希の言葉に柊とアウル両名からのツッコミが飛んだ。
「そいつは聞き捨てならねぇぜ両希っ!」
「柊の言うとおりだ。飛縫かれきだか誰だか知らないが、私たちの実力も見ずに言うのは早計だっ!」
私たちの実力って……。アウルの能力は知らないが、柊が本気で『吸血鬼』なんか使ったら勝てるだろうけど、使う気じゃないだろうな?
いくら飛縫でもそれは対処できないだろ。……いいや、何だかんだで対処しそうな気がする。
「ふむ。そこまで言うならここに三人を一気に投入してみるのも、悪くはないかもしれないな」
結局、俺の参加は決定してるのか。
「なんだよー、あたしとアウル二人じゃ信用できねぇってのいうのか?」
「はっきり言ってしまえばそうなるな」
「よーし、よしよし表に出やがれ。そのイケメン面をもっとイケメンにしてやるぜ」
「落ち着けよバカ」
腕捲りをしつつ、額に青筋を浮かべて立ち上がる柊の肩を掴んで、叩きつけるように座らせる。
お尻を強かにぶつけて「ぎゃんっ!」という女の子らしからない悲鳴を上げていた。
「何すんだよっ!」
「両希はあんな奴だってのは知ってるだろ?」
「まぁ、そうだけどさ……」
「悪気はねぇんだ。少しくらい多めに見てやれ」
よく言えば素直に生きている。悪く言えばばか正直っていうのが両希の性格だ。多少のことには目を瞑ってやらないとな。
「だが私たち三人をそこに集中させてもいいのか?」
「あぁ。種目の中でも点数が高く、奪取しておかなければならないのはこの辺りだ。その他は全員参加の競技だし、そこでも活躍してもらうからな」
我が校の体育祭は少しだけ変わっている。普通なら男女別に行うはずの種目が男女混合になっているのだ。
よって、合法的に女の子に触ることができるという不埒な男もでてきたわけなのだが、今までそれが起こったことはないという。
なんと風紀委員がそういう対策をしているらしい。対策自体は風紀委員長しか知らないらしいのだが、いったい何をしてるんだ?
「つーかお前、俺たちをどんだけ働かせる気なんだ?」
全員参加の種目は棒倒しを始めとして、その他にも多くの種目がある。その全てで飛縫を出し抜くとなると、かなり骨が折れる。騎馬戦と棒倒しだけでもできるかどうか分からないってのに。
「お前らが勝利の鍵だ」
俺、柊、アウルと順々に両希は目配せする。
「僕ではかれきの知略には勝つことはできない」
「だろうな」
「けれど今回、かれきには、かれきの知略に合わせて動ききれる駒がいない」
たしかに飛縫のあんな指示に従ってまともに動けるのなんて、俺や柊くらいしかいないだろう。
「そこが勝負だ。かれきの知略が予想外のものでも、実行できなければ意味がない。ならば僕くらいの知略と、並外れた運動能力を持つ三人がいれば……」
「飛縫にも、勝てる」
俺の言葉に口の端を不敵に歪めて、
「そのとおりだ」
両希は、絶対的勝利を肯定した。再び教室が大きな喝采に包まれた。その煩さに俺は顔をしかめる。
飛縫に勝てるかもしれないからといって、どうしてそこまで盛り上がるのやら。
戦いに絶対なんてあり得ない。何にでも不確定要素は存在する。勝ちを確信した奴から――死んでいく。
でもこれはただの学校行事。殺し合いとは無縁のもの。
せっかく上がった士気を下げるような無粋な真似はしないでおこう。
「……これで勝てると思うか?」
柊が腕を組み、難しい顔をしながら訊いてくる。
「無理に決まってんだろ。飛縫が俺たちに考えられるようなことを、考えてないと思うか?」
「だよなぁ……」
突拍子もない考えで、予想外な知略を使ってくる飛縫だ。持ち合わせている戦力で俺たちを出し抜くなんて、深呼吸をするくらいにしか思ってないに違いない。
去年は俺たちがいたから多少無理なことができた。だからといって今年もそれをやる必要はない。
だから圧倒的にある運動能力の差を、持ち前の並外れた思考で覆しにくる。
「けどまぁ……そういうに勝つのが燃えるんだよな」
「そうだな。これだけ言われているんだ。負けるわけにはいかない」
こいつらすげぇやる気だなぁ。耳を澄ませばちらほらと、この二人と同じくらいやる気のある奴らの声が……、
「『異例の四重奏』の三人もいるんだから、これなら勝てるよなっ!」
「ったりめぇよっ! これで『新生・異例の四重奏』の誕生だぜっ!」
誰だその不名誉な二つ名を堂々と口にする奴はっ!
何を隠そう『異例の四重奏』とは俺たち四人のことだ。誰が付けたかは不明だが、たった四人で異例を成し遂げたために付けられた二つ名だ。
ありえんだろ。なんだその二つ名は。いじめか。
「……かわいそうだからその中二のあだ名やめようぜ?」
そうだそいつの言うとおりだっ!
「別によくね? カッコよくね?」
「自分が呼ばれたときのこと、考えろよ……」
誰だか分からないが(まだクラスメートの名前を覚えてないのはどうかと思う)、ナイスフォローだっ!
「ったく、誰だよ、変なあだ名つけやがって。恥ずかしいじゃねぇか」
「そんな風に呼ばれていたんだな。というか、私までそれに入れられてないか?」
「飛縫に勝ったら仲間入りだろうな」
「……それは、嫌だな」
「あたしだって、あんなこっ恥ずかしいあだ名で呼ばれんのなんか嫌だよ」
さっきとは打って代わり、非常に低いテンションで話し合う二人。あんなあだ名で呼ばれたら誰だって嫌に決まってる。
「文句を言うな。それだけ期待されているということだ」
メンバー選出用紙を片手に両希がやって来た。
期待されてる、ねぇ。
「それとこれとじゃ話が別だっての」
「それは……そうだな。僕もあれで呼ばれるのにはかなり抵抗がある」
「だろ? 本当に誰だ、こんなふざけたあだ名付けやがったのはよ」
「知らないのか? 前生徒会長、臥南来夏先輩だ」
「…………」
あの人か、直接会ったことはないけどあの人かっ! 意外なところで意外な発見だなちくしょうっ!
「へぇ、来夏先輩が付けたのか」
「あ? 柊はその人のこと知ってるのか?」
「かしぎほど無知ではないのだから、前生徒会長くらい知っていると思うが」
「そうじゃねぇ。個人的に知り合いなのか訊いてんだよ」
「無知なのは否定しないんだな」
そんなこと今さら否定する意味がない。超能力に関わらなかったら、今後とも知らなかっただろうし。
「知り合いってほどじゃねぇよ。少しだけ話したっていうか、戦ったっていうか……」
「もういい。何となく分かった」
つーか思い出した。柊と臥南来夏って戦ってんじゃん。
この前映像を見たばかりなのに、もう昔のことのように思えてしまう。
「それよりだ。かれきに勝つには僕たちがやるしかない。あんなことを言ったが正直、勝てるとは思ってない」
「飛縫にはそれくらいじゃ通用しねぇだろうからな」
「それならばどうする? その飛縫とやらには、私たちを出し抜く斜め上の思考があるのだろ?」
「ごり押しで勝てるほど甘くはないだろうしなー」
四人で飛縫対策に頭を捻る。異世界で培った策略の練り方を参考にしても、どの型にも填まらない飛縫相手じゃどうしようもない。そもそも常識が通用する相手じゃない。
かといって別のやり方があるわけでもないし、どうすればいいんだか。
まさか体育祭でここまで頭を悩まされることになるなんて、思ってもみなかったぜ。
「まだ体育祭までは時間もあることだし、じっくりと考えていくとしよう」
「それまでに思い付けばいいんだけどな」
俺はふと飛縫の気だるそうな顔を思いだしてしまい、振り払うようにぶっきらぼうにそう言った。




