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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第三章〈『吸血鬼』の宴〉編
36/132

3―(13)「宣戦布告」


 天剣で体を斬られても平然としていた東雲さんは、司先生の拳骨を喰らって、アスファルトの上をのたうち回っていた。

 左腕しかない人がなんで拳骨が痛くて暴れてんだよ。画的におかしくないか? まぁ右腕は義手だから斬られても痛くなかったんだろうけれども。

 あの拳骨も痛そうだったからなぁ。すげぇ音だったし。

 うめき声を上げないだけ誉められるかもしれない。……痛すぎて上げられないだけかもしれないけど。

「冬道、お前、どれだけ校庭を破壊すればきが済むんだ? あぁ? これを直すのは私なんだぞ?」

「先生。生徒よりも校庭ですか?」

「当たり前だ」

 即答しやがった。なんて教師だよ。

「能力者の死亡は『組織』が揉み消してくれるが、物理的な破壊はこの辺りの担当の私が直すしかないんだ。とはいっても、私は手配するだけなのだが」

「どんだけ面倒なんですか」

「んー……教師をやるくらい面倒だな」

「教師なんかやめちまえっ!」

 そのくせになんで教師なんかになったんだよ。まったり生活してりゃよかったじゃねぇか! 司先生なら何でも出来そうだよっ!

「教師に対してなんて口の利き方だお前はー」

「思い出したように初期のキャラで話さないでください」

「気にするな。キャラなど章の進行に平行して変わっていくものだ」

「ぶっちゃけないでください」

 たしかにそうだけど。俺もだいぶ変わったかもだけど。

 そう考えると初期のキャラが残ってるのって、真宵後輩くらいだよな。全然ぶれないし。

「ところで冬道」

「……何ですか?」

「怪我は痛まないか? 必要なら肩くらいは貸してやる」

「そのちょっとした優しさが嬉しいです」

 こういうさりげない優しさが嬉しかったりするんだよな。司先生の好感度はうなぎ登りだ。

「なに、人気を集めるためなら多少なりと嘘も交えるさ」

「俺の感謝の気持ちを返しやがれこのヤロウ」

「私が感謝しろと言ったのではない。お前が勝手に感謝しただけだろう?」

 とことん外道だ。そんなので人気がでるかよ。……ちゃっかり人気出そうだよなぁ、この人。

「冗談はさておくとして、本当に大丈夫か? あのバカ力だけが取り柄のバカの、バカみたいな攻撃を受けたのだろう?」

「あんまりバカバカ言わないでください。どれが何を指してるのか分かりづらくなりますから」

「安心しろ。バカなのは東雲だけだ」

「それは分かりますけど……」

「分かるのか」

「分かります」

 東雲さんってバカ丸出しだからな。バカ力だし。

 そんな東雲さんは未だにアスファルトをのたうち回っている。その様子を真宵後輩は無表情で見下ろしていた。見下してると言ってもいい。

 ゴミ虫でも見るような、凍てつく瞳で。

 真宵後輩がたまにこういう目をするときは、決まって俺が戦い終わったあとだ。何故なんだろうか?

「怪我は大したことないですよ。一応ある程度は衝撃を拡散させてますし。筋肉痛があり得ないですけど」

「あの攻防の中でよくそんな器用なことができるものだ」

「こういうのには、なれてますから」

「……そうか」

 煙草の煙を吐き出す司先生。

 おい、煙草ってのは主流煙より副流煙の方が体に悪いんだぞ。吐き出した煙もまた然りだ。

「お前も吸うか?」

「全力で遠慮させてもらいます」

 生徒に煙草を促す教師ってどういうことだ……ってこの人に教師の常識を言っても意味ないか。いろいろと型破りだし。

「まぁ、おすすめはできんな。息はすぐ切れるし、服に臭いはつくし」

「だったら止めたらいいでしょう」

「中毒だ」

「そりゃ止められないでしょうね」

 これだから煙草はロクなものじゃない。未成年の諸君は、絶対に吸ったりしないように。俺とみんなの約束だ。

「先輩、大した怪我ではないと言いながら肋骨が折れていますけど」

 そう言いながら、真宵後輩が俺の隣に座る。

「東雲さんの観察は終わったのか?」

「観察していたわけではありませんよ。のたうち回る様を滑稽に思っていただけのです」

 他人の不幸は蜜の味とも言うが、真宵後輩ほどその言葉が似合う女の子ってめったにいないぞ。

「さっさと治療を済ませてしまいましょう。先輩が言うように大した怪我ではありませんし、すぐに終わります」

「なぁ。前から訊きたかったんだが」

 地杖の属性石エレメントに手を添える真宵後輩は「何でしょうか?」と見向きもしないで相づちを打つ。

 水系統の独特な波動が俺の体を包む。

「お前に治療しないっていう選択肢は……」

「ありません」

「まだ言い切ってねぇんだけど?」

「先輩の言いたいことは分かってます。私に先輩を治療しないのか、という選択肢があるかどうかでしょう? ですからありませんと答えました。問題ありますか?」

「ございませーん……」

 治癒される感覚を感じながら、引き気味に答える。

 さすが真宵後輩と言うべきか、もう天剣を振り回すことができるくらいには回復したようだ。

 東雲さんの回復は一向にまだみたいだけど。

「天剣を鞘に納めると聞いたときは、あの方がどれほどの実力かと思いましたが、抜刀術を使うだけだったんですね。驚かせないでください」

複合還元ジョイントでも使うと思ったか?」

「思いました。先輩が紛らわしい言い方をするからです」

 俺が悪いのかよ。複合還元ジョイントなんて使うはずないだろ。あんな体に悪すぎるモン、二度と使いたくないっての。人生ベスト三には入るくらい嫌なことだ。

「……先輩。なんですか、これ」

「あ? そりゃ東雲さんの義手だろ。俺がぶった斬った」

 真宵後輩は汚物でも見るような、蔑むような目で転がる義手を見ている。

「欠損部分が落ちているというのも、気持ち悪い話です」

「いや、あれ義手だからな? 本物じゃないからな?」

 義手を見たまま「それくらい分かってます」と言った真宵後輩を目尻に、どうしてか離れた位置にいた柊が声をかけてきた。

「冬道、大丈夫か?」

「それは俺のセリフだ。お前こそ大丈夫なのかよ」

「えっ? 何がだ?」

 こいつ、自分のことすっかり忘れてやがる。

「『吸血鬼』のことだ。今さらだが、調子が悪かったりしないのか?」

「おう。ばっちりだぜ」

「そっか。ならいいんだ」

「なんだー? 心配してくれてたのかー?」

「俺がお前のこと、心配してたらおかしいか?」

「ううん。スッゲー嬉しい」

 恥ずかしそうにはにかむ柊。

 そして何故か不機嫌になっている真宵後輩。表情にも態度にはそれは出てないが、雰囲気とか波動の流れとかで分かってしまう。

 ……どうして真宵後輩はこんなに不機嫌になってるんだ? 治療してもらってるのに水系統の波導から、ちりちりと幻痛を感じるんだが……。

 なんか悪いことでもしただろうか? 柊と話したことがそんなに気に食わなかったのか? まぁ、いいか。

「あたしを助けてくれて、ありがとな」

「なんだよ藪から棒に。言っただろ? 俺はお前が困ってたら何よりも優先して助けるって」

「…………」

「ん。柊?」

「冬道このヤロウ!」

 殴りかかって来てもおかしくないような勢いで、柊が抱きついてきた。俺の顔を自分の胸に押しつけるようにしてるため、息ができない。

 いきなりどうしたんだこいつは!?

「やっぱり冬道はカッコいいよ! うんうん、あたしが好きになるだけのことはあるってもんだぜ!」

「……っ!」

 真宵後輩が戦慄していた。

 目を思いきり見開き、不機嫌オーラが波動に乗って俺にまで伝わってくる。視線の先には、たわわと実る二つの果実があった。

 正直に言おう。すげぇ怖い。

 魔王なんかとは比べ物にならないくらいに怖い。

 俺が怯えている傍でちょうど治療が終わったしたらしく、体を包み込んでいた波導が途切れた。

「柊さん、先輩が苦しそうなので離してください」

「あっ……」

 俺と柊の間に割り込みながら、真宵後輩は言う。心なしか遮るように立っているような気がする。

「悪いな、全然気づかなかった」

「いいよ別に。役得だと思えば……」

 そこまで言って俺は復元したままだった天剣を蹴りあげて掴み、薙ぎ払う。

 火花を散らせながら、硬い何かを斬った感触が手のひらに広がった。

「おーい真宵後輩? 危ないんだけど?」

「失礼。手が滑りました」

「手が滑って波導が出るわけねぇだろバカ」

「ですが、違和感なく動けるようにはなったでしょう?」

 そういう問題じゃないと思う。真宵後輩に限ってそんなことはないと思うが、動けなかったら今ごろ炭になってるところだ。

 天剣を待機状態へと戻し、首にかける。

「柊さん」

 珍しいこともあるもんだ。真宵後輩が自分から話しかけてるなんて。

「先輩は、渡しません。絶対に」

「略奪愛って、燃えるよな?」

 ……なんだろう。二人の間で火花が散ってるように見えるのは、はたして俺の幻覚だろうか。それともリアルなのだろうか。

 やろうと思えばできることなだけに、判断が難しいぞ。

「お前の周りは騒がしいな。魔術学院の吸血鬼の嫌いなタイプではないか」

「夢のコラボはやめてください」

 あれとは世界観がまるで違うだろ。

 司先生は肩から流すように結っている茶髪を翻し、まだのたうち回っていた東雲さんに歩み寄っていく。

「つぅぅぅぅかぁぁぁぁぁさぁぁぁぁ……っ!」

 地響きのようなうなり声を出しながら、東雲さんはゆらりと立ち上がった。

「何してくれんねんっ! 私に何の恨みがあるんやァ!」

「恨みなら腐るほどある」

「久しぶりに会った友達にやることがこれなんかっ!」

「久しぶりに会った友達の職場を荒らすことが、友達のやることか?」

「なに言ってんねん。当たり前やろ。当たり前体操やわ」

「…………」

 無言で拳骨を振り下ろす司先生。

 司先生が拳骨を振り下ろしたのも仕方がないと思う。

 今のは東雲さんが一〇〇パーセント、全面的に悪い。

「ふぉぉぉぉ……っ! つ、つかさァ……っ!」

 頭を押さえてうなる東雲さんはかなり痛々しい。たった二回の拳骨だが、それだけでただでさえ少ない脳細胞がどれだけ天に召されたことか。ご冥福を祈る。合掌。

「この石頭が」

「侮蔑の一言っ!? 人の頭に拳骨やっといてそれはないやろっ! あんたは鬼かっ! 人の皮を被った鬼かっ!」

「煩い。やかましい。静かにしろ。……殺されたいか?」

 旧友にはまるで容赦がない司先生だった。

「いきなり現れたかと思えば騒ぎを起こして、面倒なことこの上ないな。お前は昔からそうだ。周りを無作為に巻き込みおって」

「司もぐちぐち言うとこは昔から変わらんなぁ」

「誰のせいだと思っている」

「誰のせいかなー?」

 そう言うと司先生が拳を握ったのを見て、慌てて言い繕っていた。

 あの拳骨がよっぽど痛かったんだろう。

「ところで司」

「なんだ?」

「ぷくく……ほ、本当に教師やってたんやな。全然似合ってへんわ」

「無職のくせに巫女装束で出歩くお前よりはマシだ」

「無職ちゃうわ。ちゃんと働いてるで? まぁ――裏側なんやけどな」

 司先生の表情がわずかに強張った。

「お前は、まだ『九十九』の柵に捉えられているのか?」

「それはしゃーなしや。それが『九十九』に生まれ落ちた私の運命やからな。いつだって事実は付きまとうもんや――そう言ったのは司、あんたやで?」

「そうだったな。……あぁ、そうだった」

 短くなった煙草を捨て、靴の底で踏み潰す――まるで、別の何かも一緒に踏み潰すように。

「それで、さっきの男は何者だ? お前の知り合いのようだったが」

 取り出した煙草に火を点けながら、司先生はようやく本題に踏み込んだ。

「あー……あいつはイザヨイ――九十九十六夜いざよいって言うんや。私がまだ『九十九』の家にいたとき、執事しててくれてた奴や」

「やはり『九十九』だったか。それで裏切り者とはどういう意味だ。お前はもう『九十九』と離縁していたのではなかったのか?」

「そない簡単に済む問題ちゃうんよ。いろいろあるんや」

 自嘲染みた、乾いた笑みを浮かべ、東雲さんは言った。

 そういえば前に翔無先輩が言ってたな。能力者は誰しもが何かしらの事情を抱えている――と。司先生や東雲さんも、例に漏れずということなのだろう。

 それについて俺が知る由もないし、知る理由もない。

「そんで、えーっと? 裏切り者がどういうことかっちゅう話やったか?」

「あぁ。さっさと話せ」

「へいへい」

 めんどくさそうに右手で頭を掻こうとして、右腕が斬り落とされたことを思い出していた。

 切断面は機械的で、どうやら脳から伝わる電気信号で動かしていたらしい。

「実を言うとな、私は詩織ちゃんを殺しに来たわけちゃうねん」

「え……?」

 柊は驚いたような、間の抜けたような声を出していた。

 自分を殺しに来たはず相手が、実は殺すため来たわけじゃないなんて言えば当然、そんな反応をしてしまうだろう。

「本気で殺しには行ったけど、殺す気なんちゅうもんはさらさらない。そうしないといけない理由があったんや」

「理由……? 理由って、なんだよ」

「あんたの『吸血鬼』を完成させるためや」

 柊の『吸血鬼』は未完成だった。欠陥品として扱われ、捨てられた柊の『吸血鬼』は完成することができなかった。だから自分が生まれた日に近づけば近づくほど、それを制御できなくなる。

 その人と能力というものは一心同体。理解し、あるいは認め、存在を確立しなくてはいけない。

 けれど柊は『吸血鬼』を受け入れられなかった。

「だから私が荒療治やったけど、能力を受け入れさせた。後付けの能力っちゅうのは、ようは周りの環境で決まるもんや。それを自覚させれば、あとは勝手に受け入れられるわ」

 周りの環境――つまり、超能力という異常を持っていたとしても、認めてくれる人がいるということ。

 それを実感させることで、能力を受け入れさせたのか。

「でもそれが目的ってわけじゃねぇだろ。さっき言ってた、『九十九』に挑むってのが目的なのか?」

「せや。そのために詩織ちゃんの能力者としての完成――そして、その爆発的な火力が必要だったわけや」

「……柊を戦わせる気か?」

 俺は東雲さんを睨むように見据えながら言う。

 冗談じゃない。いくら柊が『吸血鬼』だからって、戦いなんかに巻き込ませてたまるかよ。

「そのとおり――って本当なら言いたかったんやけど、ここで嬉しい誤算が出てきたんや」

「嬉しい誤算?」

 そのまま問い返すと、東雲さんは俺を指差した。

「かしぎのことや。正直詩織ちゃんが完成しても、思いっきり武闘派の『九十九』に勝てるとは思ってへん。だからかしぎの存在はありがたかった」

「俺を戦わせる気か?」

「ビンゴ」

「お断りだ。なんで還ってきてまで他人のために、自分の意思もなしに戦わないといけないんだ」

 異世界での戦いは強制的だった。選択の自由なんてものはなかったし、他人のためにしか戦うことができなかった。

 ようやく戦いの螺旋から抜け出せたのに、どうしてまた、そんなことをやらないといけない。

「ならかしぎは、詩織ちゃんみたいな境遇の人間がまた現れてもええって言うんか?」

「…………」

 俺には関係がないと、切り捨てることもできるだろう。

 顔も名前も知らない他人のために戦うのなんて、それはヒーローのやることだ。もう俺は勇者でもなんでもない。『元』勇者なんだ。

 馬鹿げてる。何のメリットもない戦いなんて。

「あたしは、嫌だ」

「…………」

「『九十九』とかいうとこの勝手な事情で、あたしみたいな境遇の奴が増えるなんてダメだ。あたしは、そんなのは嫌だ」

「なら、戦うのか?」

「うん。あたしは戦おうと思う」

「……そうか」

 俺ってば言っちまったもんなぁ。柊のことを助けるって。もう、ひとりにしたりしないって。

 だいたい俺は、どうしてそこまでやる気がないんだ。たかが『九十九』と戦う程度のこと・・・・・・・で、いつものように剣を振るうことの何が嫌なんだか。

 平和な日常を取り戻して、それでも物足りないって思ってたのはどこのどいつだ。俺自身だろうが。

 こんな楽しいこと・・・・・、見逃していいはずがないだろ。

「なら俺も戦う」

「よっしゃ! さすがかしぎ、話が分かるわ!」

 ばしばしと背中を叩こうとしてくる東雲さんから一歩だけ遠ざかる。あのバカ力で叩かれたらどうなるか分かったもんじゃない。

「なら目的は明確にしておいた方がええよな?」

 東雲さんは不敵な笑みを浮かべると、言う。


「『九十九』家を、潰すで」


     ◇


「ただいま戻りました」

 音も気配もなく突然に男、十六夜は現れた。そのことに驚きを見せる者は誰もいない。煩わしげな視線を向ける者、熱の籠った視線を向ける者、視線すら向けない者と様々だ。

 十六夜は規則正しい足取りで、玉座のような腰掛けに座る少女に歩み寄る。

「やはり東雲様は我々に反逆を企てておりました」

「――――」

 少女は口を開き、なにかを言っているようだ。しかし、それは誰の耳にも届かない。

「戦力的には東雲様と『吸血鬼』。それと未確認の新手の能力者の三人かと思われます」

「『吸血鬼』だと?」

 十六夜の言葉にひとりの女が反応した。獣を体現したような荒々しい赤髪。褐色の肌にはいくつもの傷があり、痛々しさを前面に押し出していた。

「おい、『吸血鬼』は欠陥品として処分されたはずだろう。なぜ戦力に加わっている」

「東雲様が欠陥を直したからにございます。あちらには戦力に加えられる強者がいませんゆえ、『吸血鬼』に頼らずを得なかったのでございましょう」

 女には見向きもせず、十六夜は淡々と述べる。

 その態度が気に入らなかったのか、女は十六夜に飛びかからんばかりに腰を低くする。

揺火ようか様、わたくしめの態度が気に入らないのはわかりますが、なにもここで暴れることはありませんでしょう?」

 女、揺火に今度こそ向き直った十六夜は、苦笑いを顔に張り付けながらそう言った。

 それが揺火の苛立ちをさらに募らせる。

「ずいぶん余裕だな十六夜。私ごときが相手では力を出すまでもないということか?」

「……困ったお嬢様です」

 こういう展開にはなれている。言って引かないなら、力ずくで黙らせる。それが長年『九十九』に仕えてきて学んだ教訓だ。

 揺火が構える。右腕を上段に、左腕を下段に。足は肩幅程度に開くと、足元から小さな振動が発生する。

 それに対し、十六夜は自然体だ。それでも隙はどこにもない。『九十九』の精鋭が、隙を見せるようなことをするはずがない。

 揺火が軸足に力を入れた。

「おいおい姉ちゃん、こんなところで暴れないでくれよ」

 四人掛けのソファをひとりで独占していた男が、軽い調子で揺火に言った。

 顔立ちは揺火よりも幼い。右目は怪我でもしているのか眼帯に覆わている。元は人懐っこい顔立ちだったはずが、その眼帯がそれを台無しにしていた。

 男はゆっくりとソファから起き上がると、揺火の後ろから抱きついた。

「十六夜がこんなんなのはいつものことだろ? 揺火姉ちゃんのせっかくの美人が台無しになっちまうぜ?」

「……ふん……」

 男の視界からではわからないだろうが、揺火の頬は彼女の髪よりも紅潮している。

 もちろん正面にいる十六夜からはそれが見えているわけで、それを見て微笑ましげな表情をしている。そんな十六夜を揺火が睨み付けるが、もう先ほどまでの勢いは失われている。

「それで」

 男は揺火から離れながら、

「東雲姉ちゃんが反逆するって、本当か?」

「はい、誠にございます」

「そっか」

 聞いても男は表情を変えるわけでもない。ただただその事実を受け入れただけだ。

「どういたしましょうか? 東雲様は『九十九』を潰そうとしております。ここは九重ここのえ様のお力を……」

「う~ん、俺はさ」

 十六夜の言葉を遮り、九重と呼ばれた男は言う。

「『九十九』がどうとか、反逆を食い止めるとか、そんなのはどうだっていいんだよね」

 もう一度ソファに寝転がった九重は、『九十九』の人間を驚愕させるのに十分すぎる発言をした。これに嘘も偽りもないことを『九十九』の人間ならわかってしまうのだ。

「でも、俺は姉ちゃんたちが大好きだ」

 それは揺火だけに向けられたものではない。この部屋にいる、九十九人の『九十九』へと向けられている。

 そして九重は――宣言する。

「だから安心しろよ。俺のハーレムは、俺が守るからよ」

 九重の手元にグラスが現れる。

 氷で作られた――透き通ったグラスが。





 ということで第三章完結です。

 どうも、最近ようやく部活が終わって執筆に集中できるかと思いきや、趣味に全力で疾走をし続けるぱっつぁんでございます。長ったらしいですね、はい。


 では改めて第三章完結です。

 三章を書き始めたのはいつだったか。そんなことを思い出せないくらい昔ですが、ある程度は考えていた形にまとめられたのではないかと思います。

 柊の『吸血鬼』はこの物語を思いついたときから考えていました。

 自分の異常性に悩みながら、それを克服する。いや、まだ完全に克服したわけではないのですが、第三章時点ではこんなところでしょうかね。

 最近の悩みどころは真宵後輩の出番がなかなか取れないことです……。戦い以外では割りと出番があるのですが、戦いの場面となるとかなり強い相手が必要になりますから、異世界じゃあるまいし、現代ではだせませんのよ。

 ですので真宵後輩の戦いメインの話はもう少し先になりますね、はい。

 そして次章なんですが、まだ『九十九』とは戦いません。戦うのは五章からですね。

 早く戦いを見たい方の方が多いかと思いますが、戦いの前には準備が必要。第四章はその準備ということになります。

 そして阿呆なことばかりしている黒兎くんの評判を上げようかと思います。あまりにも噛ませ犬すぎるので。

 あれでも強いんですよ? ただ相手が冬道、真宵後輩、東雲と規格外なのばかりだったからああなっただけで。

 少しはまともな黒兎になるように頑張ります(笑)


 さて、ここからはアンケートになります。

 前々から言ってた(あれ、言ってたっけ? ……まぁいいや)キャラの人気投票です。

 好きなキャラを一位から三位まで、できれば一位のキャラだけでもその理由を書いてくださると嬉しいです。

 この人気投票の結果で物語に変化があるわけではないので、ご安心ください。

 これがひとつ目。

 もうひとつがベストパートナー投票です。

 このキャラとこのキャラなら相性ぴったりなんじゃないかとか、このキャラとこのキャラはお似合いだ、という組み合わせを送ってください。

 必ずしも男女でなくても構いません。男子同士でも可、女子同士でも可です。もちろん男女でもいいです。

 ユーザーでない方でもできるようにしてますので、どしどしお願いします。

 アンケート期間は四章完結までです。

 それでは次章予告を。……懐かしいなぁ、前まで毎話ごとやってたっけ。


 もうすぐに迫った体育祭。

 去年のこともあり、ひとりの少女を打倒するために学校中が盛り上がる。

 それをよそに、少年少女たちは変化を求めて動き出す。

 自分を変えるため、守りたいものを守れるようになるため、様々な思考が入り乱れる。

 第四章、体育祭編。

 次章もお楽しみに!





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