3―(12)「紅蓮」
最初に動いたのは、やはり東雲だった。
人間離れした脚力でアスファルトを砕き、両腕を熊手のように構えて、天剣を鞘に納めた冬道へと飛び込んだ。
冬道は動かない。動く気配すらない。
(わざわざ持ってなかった鞘に剣を納めたのは何のためなんや……?)
東雲は飛び込みながら考えていた。もちろん意味なんてものはないのかもしれなかったが、相手が相手なだけに、どうしても気がかりだった。
冬道かしぎという男が無駄なことをするとは思えない。彼は自分の強さを第三の視点――つまり客観的に把握しており、戦いに関してはかなり高慢に見えてしまう。
しかし逆にいえば、この鞘は戦う上で必要なものだということだ。前回の戦いで東雲は、次は全力で戦うと言った。
それに対応するために鞘を用意したならば、冬道だって全力で来ていることは間違いない。
(鞘……。まさか、抜刀術か……っ!)
思考した瞬間には肩口が斬られていた。
いつ斬られたかが分からなければ、いつ動いたかすらも分からない。さらにいつ剣が抜刀され、鞘に納められたのかさえ、分からなかった。
ただ斬られた肩の痛みが、抜刀されたということを示している。
第二波が来る前に東雲は冬道から距離を取る。
(初手からやるやないか、かしぎ……)
今の一撃は紛れもなく殺すためのものだった。けれど冬道もそれだけで決められるとは思っていない。もしも避けられたときのため、相手に恐怖心を与える一撃を放っていた。
肩が斬られたというのは、正直どうでもいい。問題なのは、その一撃が見えなかったという事実だ。肩が斬られただけで済んだものの、見えなければ対処することは不可能だ――という思考を植え付けることこそが、冬道の狙い。
(せやけど分かっとらんなぁ。私がそんなんに怯まないことくらい、分かってもよさそうな気もするんやけど)
東雲は短い息を吐いて――突如として姿を消した。
「……っ!」
これにはさすがの冬道も反応せざるを得ない。
しかしすぐに冷静さを取り戻す。
翔無のようなテレポートを能力として使えるのであれば、力を温存していれば例外だが、前回の戦いで使わない理由がない。冬道の実力は東雲も分かっているはずだからだ。
ならばどうして、このタイミングで東雲は消えたのか?
天剣を鞘から抜刀する。居合いの抜刀ではなく、単に天剣を構えただけだ。
背後に東雲が、拳を振り抜く形で現れる。抜刀した天剣を振りかぶり、ガントレットとぶつかった衝撃で火花を散らした。
まだ終わらない。空いている左腕で拳を作り、胸元を目掛けて突き出す。
「――――氷よ、雪女の甘い吐息を」
それを氷壁を作ることで凌ぎ、素早く手首を動かして天剣で受け止めている拳を振り払った。自由になった右側からの反撃を警戒し、左側に回り込む。
柄を両手で握り、突き出そうとしたそのとき。東雲の裏拳が眼前まで迫ってきていた。咄嗟に体をスウェーさせることでかわすも、完全に虚を突かれた。
無理やり体を捻って体勢を立て直すと、跳ぶように素早く移動し、東雲から距離を取る。
(くそっ……。まだ痺れてやがる)
天剣を握る右手にかすかな痺れを感じ、東雲の一撃の重量に改めて舌を巻くしかなかった。
間の取り合いが始まる。東雲の獲物を定めた鋭い肉食獣の瞳が冬道を放さない。隙あらば食らいついてくるような、そんな幻痛を感じる。
じりじりとお互いに位置を変えていく。緊張が辺りをひしめき、汗が額を伝った。
(あぁ……久しぶりだ、この感覚)
冬道の口角が鋭利に尖った。
この感覚は非常に久しぶりだった。異世界では日常的に感じていた、互いの命と命をかけた殺し合い。
生ぬるい『闘い』ではなく、殺意と殺気が入り交じり、まるで心臓が握り潰されるような『戦い』の感覚。躊躇えば死ぬ。生きるために殺す。弱肉強食の感覚が、冬道の錆びていた刃を研いだ。
再び東雲が距離を詰めてきた。冬道が移動のために片足を上げた瞬間を突いて、真っ直ぐに弾丸のような速さで距離を縮めてくる。
冬道は後ろに飛んで距離を開けようとするが、東雲はそれを許さない。さらに前へと飛んで、縮めた距離をさらに縮めようとする。
素直な突進に合わせて天剣を振るうも、東雲のガントレットがそれを弾く。続けざまにもう片方の拳を振り抜く。距離を縮めてきた東雲が閃光のような速さならば、その拳はなおもってそれ以上の速さで振り抜かれた。
体ごと捻って天剣の軌道を修正し、叩きつけるように振り下ろす。天剣の全体を震わせる衝撃に逆らわないまま、自ら後ろに跳ぶことで距離を取った。仕切り直しの意味も込め、天剣をひと振り。
(力は、やはり俺の方が下か……)
波動で肉体を強化するにも限界がある。体に無理な負担を与えてしまえばそれだけで致命的だ。そもそも今の冬道の肉体は波動を使うための肉体に調整しきれていない。過度な肉体強化はできない。
爪先でアスファルトを軽く叩く。天剣を片手に構えた冬道は、東雲を中心に円を描くように疾走する。
背後から跳ね上がるようにして、天剣を振り上げる。東雲はガントレットを打ち付けるようにしてそれを防ぎ、爪先を振り上げてくる。
体を後ろに反らしつつ、がら空きになった左側を鞘で殴り付ける。が、それすらも呆気なく防がれる。
爪先は未だに振り上げられたままだ。追撃を警戒するも両腕をがっちりと掴まれ、距離を置こうにも動くことができない。
「ちょーっと痛いけど、我慢しぃや」
言葉と同時に踵が振り下ろされた。
ただ踏み出すだけでアスファルトを砕く脚力から放たれたそれは、いったいどれほどの威力を有しているというのだろうか。少なくともちょっとでは済まされないだろう。
腕を掴まれているため、上体を後ろに反らせない。けれど冬道に焦った様子は見受けられなかった。
懐に潜り込むようにさらに踏み込む。片足で立つようになっていた東雲はそれでバランスを崩したが、それでも頬を抉る。
足を振り下ろした勢いで体勢を立て直す。その場で踏ん張り、ヘッドバッドを冬道の額に繰り出した。避ける術を持たない冬道はそれをまともに受け、たたらを踏む。
眩む視界の中、冬道は東雲が再三に渡り距離を詰めてくるのが見えた。天剣を下段に構え、冬道は迎え撃つ。勢いを殺ぐことなく繰り出された槍のような中断蹴りを、刀身を滑らせるようにして受け流す。
途中で片手に持ち変え、圧倒的に伸びたリーチの一閃を振るう。的確に頸動脈を狙った一閃は、まるで見切られていたかのように避けられる。
いや、間違いなく見切っていたのだろう。東雲の動体視力があれば、その程度は難しくはない。
東雲の頬から赤い雫が落ちる。
(完全に避けきったと思うたけど、そないに甘ないなぁ)
巫女装束の袖で血を拭い、後ろに飛んだ冬道を見る。
(これだけやってまだピンピンしとるやないか。私かて割りと全力でやってるっちゅうのに、もしかしたら『吸血鬼』より強いんやないか……?)
内心で東雲は冬道の強さに舌を巻くしかなかった。
実のところ、冬道の強さは自分が全力を出すまでもないと思っていた。それでもここまでの装備を整えてきたのは、同じ世代を共に駆け抜けてきた夜筱司の存在があったからだ。
司は東雲と同じくらいの強さを有している。超能力に関する知識の豊富さを考慮すれば、上回っているとさえいえる。
東雲の力押しの戦い方と違って、司は冷静に見極める戦い方だ。実力が同じ同士なら、後者の方が有利だろう。それに東雲の能力は司に隅々まで把握されている。下手をすれば手も足も出ない。
警戒すべきは夜筱司だけ――そう思っていたのに。
(私のミスやな。かしぎを嘗めすぎとったわ)
素直にそう認めるしかない。冬道かしぎは間違いなく自分や司と同じ立ち位置にいる。もしかしたら、それ以上かもしれないとさえ思えた。それほどまでに冬道は脅威だった。
(何にしてもこれは嬉しい誤算や。これなら……)
ガントレットを填めた両手を力強く握りしめ、構える。
「考え事は終わったのか?」
「気づいとったんか?」
「まあな。燃え盛ること火の如し――って言葉が一番似合う貴女が、そんな数秒も立ち尽くしてるなんておかしいからな。消去法として、考え事をしてるって思っただけだ」
「どうやってかしぎを崩そうか考えててな」
「なら勝手に考えとけ。慣れない戦い方をして隙だらけになったところを、俺が斬り込むだけだ」
「言うたらアカンやん」
「ハンデだ」
「オモロイこと言うやんけ」
先に動いたのは、今度は冬道だった。刀身を引き摺るように構え、前傾の姿勢で不規則に疾走する。
疾走していると分かるのは、足元で砂煙が渦を巻いていたからだ。一定の間隔で表れる砂煙と、天剣とアスファルトが擦れる音が、冬道の位置を知らせてくれる。
様子を伺っているのか、中々踏み込んでくる気配がない。すぐに対応ができるよう、冬道の疾走に合わせて東雲も少しずつ位置取りを変えていく。
「……っ!」
冬道がさらに加速し、いきなりこちらに向かってきた。止まる気はないのか、すれ違い様に斬り込んでくる。それを東雲は往なす。
堰を切ったように斬り込んでくる冬道に東雲は苦い顔をしながらも、順当に対処していく。
これだけの速度で駆けているためか、アスファルトとスニーカーの底が擦れる焦げた臭いが鼻につく。
東雲が冬道を一瞬だけ見失った瞬間、変化が起こった。
夜の闇を追い払うような眩い光が、東雲の足元から放たれた。下を向けば、自分の足元から伸びるように、四つの円形の文様が刻まれていた。
そのサークルの最も外側の線上に、天剣を逆手に構えた冬道が立っていた。それに対して東雲がアクションを起こすよりも早く、刀身が淡く発光する天剣をアスファルトに突き刺した。
「――――氷精よ、命あるモノに永遠の時間を」
最も外側のサークルから、中心にいる東雲に向けていくつもの氷弦が伸びる。抵抗する間もなく絡めとられた場所から、徐々に凍結していく。
氷弦自体は大した強度は持っていないが、東雲が砕いた傍から二つ目、三つ目のサークルから氷弦が伸びてくる。
東雲が動けなくなると、中心にあるサークルが全体を完全に凍結した。
「……はぁ」
氷塊に閉じ込めた東雲が動かないことを確認した冬道は、天剣を抜き取りながら小さく息を吐く。
(上手くいったか……)
正直なところ、この波導が成功するとは思っていなかった。条件が多い上に使い勝手が悪いが、成功すればそれなりの効果を発揮する。殺さず生かさずの方法をとるならば、これがちょうどよかった。
この光景を屋上から見下ろすメンバーは(一部を除いて)心底驚きを隠せずにいた。
「あは、あはは……かっしーって、まだ全力じゃなかったんだねぇ……」
翔無は乾いた笑いしか出てこない。
拳を交えてみてある程度は冬道の実力を測れていたと思っていたが、それはただの自惚れだったというのを思い知らされた。それは黒兎も同じだった。
二人が冬道と戦ったときは波導を使っていないと同じだった。ほとんど天剣のみで戦っていたといえる。
あれだけの動きに加えて波導なんて使われていたら、指一本触れることすら――いや、対峙することすらできなかっただろう。
「当たり前です。私の先輩を誰だと思ってるんですか?」
『私の』というところをわざとらしく強調する辺り、ついさっきの柊の告白を意識しているらしい。
翔無はそれに小さく笑みを漏らすと、
「そうだねぇ……少なくとも、後輩だとは思ってるよ」
と、当たり障りのない答えを口にした。
「藍霧、あれはなんだ? 超能力には見えないが」
くわえた煙草の先から煙をゆらゆらと揺らしながら、さして驚いた様子もなく司は訊ねた。
「説明が面倒です。魔法みたいなものだと思っていてくれて構いません」
「……まぁいい。それで、どうして東雲はあれを受けた? 相手が冬道とはいえ、まともに受けるとは思えないのだが?」
「先輩がそういう動きをしたからです。そもそも先ほどの波導は使いどころが難しいんです」
「というと?」
「まずあの波導には大掛かりな陣が必要となります」
陣というのは天剣を引き摺ってアスファルトに刻んだサークルのことだろう。上から見るとそれがよく分かる。
「あのような陣を必要とする設置型の波導は、先輩みたいに一対一、それも戦闘の最中に行うのはほぼ不可能です」
それに設置型の波導は、対象がその陣の中にいなければ意味を成さない。だから使い勝手が悪く、罠として用いるか、もしくはこちら側が複数であるときに使うのが基本的な戦術だ。
冬道のように一対一の戦いで使うのは、よほど自信がある手練れか、無謀のバカのどちらかだ(ちなみに冬道は前者である)。
「ですから、相手に動かれないように斬り込むんです。避けることができないが、防ぐことはできる一閃で」
「なるほどな。そうすることで陣の完成を隠しながら、相手に手傷を負わせることができるということか」
あれだけ斬り込まれていれば、陣を刻まれているなどとは気づけないだろう。気づいたら気づいたで足元の陣に意識がいってしまい、斬撃の餌食となる。それこそが冬道の狙いでもある。
よく見ればそのサークルとサークルの間に見たこともない文字が刻まれている。おそらくそれ自体が詠唱の一部になっているのだろう。
「しかし」
司が氷塊に閉じ込められれ東雲を見ながら呟く。
「東雲もまだ全力ではないぞ」
そう言った直後、氷塊の中心から空を穿つように火柱が伸びた。あまりの熱に氷塊が溶けて蒸発し、東雲が何事もなかったように一歩踏み出した。
手のひらからは、酸素を消費してぱちぱちと音を立てて炎が燃え盛る。
「あっぶないなァ、危うく死にかけたわ」
「……少なくとも、こっちは殺す気でいったんだけどな」
緩んでいた気を引き締め、天剣を正眼に構え直す。
「あんたが氷で、私は炎。お互いの性格みたいやな」
「冷めきってるって言いてぇのか?」
「そんなことないで? 冷めきってるんやなくて、冷静に物事を見極めてるっちゅうだけや」
「そうかい」
短く答え、位置取りを変える。冬道の表情ににわかに陰りが見えた。いくら冬道といえど完全無欠というわけではない。『氷天』の称号を持っているように、炎を苦手としている。
これでは多少、やりにくくなってしまう。
「いくで?」
その言葉はどうしようもないほどに、第二ラウンドの始まりを告げていた。
ゆるりと、弧を描くように宙を撫でた。その軌跡に沿って紅蓮の塊――鬼火がいくつも現れる。意思を持ったように揺れる鬼火は、何の合図もなく一斉に冬道に襲いかかった。
「――――氷よ、雪女の甘い吐息を」
詠唱と同時に天剣を振るう。刀身からいくつもの氷柱が放たれ、寸分の狂いもなく鬼火へと吸い込まれていく。
音を立てて相殺されたそれらに見向くこともなく、滑るように東雲の背後へと回った冬道は、頸動脈を目掛けて天剣を横薙ぎに払う。
東雲は手首を軽く動かす。それだけで冬道の足元から火柱が伸び、咄嗟に身を捻ってそれを避ける。
だが着地した足元が熱で赤く染まっている。無理な体勢のままその場から飛び、直後にアスファルトが爆ぜた。
(……炎は苦手だ)
内心で舌打ちしつつ、火柱を睨み付ける。
それは冬道が『氷天』ということもあるが、実のところ考えていることはまた別のことだったりする。脱線しかけた思考を引き戻し、東雲へと視線を移す。
「――っ!」
遠心力を乗せた蹴りを放つ東雲が、すぐそこまで迫ってきていた。真横からの蹴りに合わせて体を回転させ、紙一重で避ける。
回転した勢いを殺さないまま、顔面に向かって天剣を突き出す。ガントレットで外側に弾き、肘を叩きつける。
わずか数瞬に行われた動作は、普通なら見ることすら叶わない。それだけ二人の攻防のレベルが常軌を逸しているといいことだ。
(このバカ力が……っ!)
あれだけ雑に叩き込まれた肘打ちは、それだけで肋骨を何本か折っていた。氷柱を撃つことで追撃は避けたものの、痛手を負ったことには変わりはない。
そんな冬道の心情を知ってか知らずか、東雲の放つ鬼火が容赦なく降りかかる。けれど避ける必要はない。ここまできてやっと、もう一度天剣を鞘に納められるだけの余裕ができたのだから。
降りかかる全ての鬼火が瞬く間に消滅した。冬道の目に見えない神速の抜刀術が掻き消したのだ。
腰を低く据えて、そこから動く気がないことを分かりやすく示す。
東雲は両腕を交差させる。それに連動するように冬道の四方から火柱が伸び、湾曲を描いて襲いかかってくる。
ふと東雲の頬を何かが掠めた。氷の礫だ。ガラスの破片ほどの小さな礫が、東雲の頬に一筋の血を流させた。
「炎って、凍るんやな。驚きやわ」
冬道の周りの凍った火柱を見ながら、こればかりは本当に驚いたようで目を見開いている。しかし口角は鋭利に歪んでいる。
「氷が炎に負けるなんて誰が決めた?」
柄に手を添えたまま、冬道は問いかける。
「ただ燃えてる炎なんざ相手じゃねぇ。そんなのじゃ氷天は溶かせねぇよ」
「ならやってみよか? 私の業火とあんたの氷天――どっちが強いか、正面真っ向ガチンコ勝負といこうやないの」
東雲がそう言うと、手のひらから炎が溢れかえった。内側から湧き出るように溢れてきた炎は、あっという間にガントレットを包み込む。
冬道はといえば、それを肯定するように足元から冷気が放たれていた。
そして――東雲が動いた。
足の裏で炎を爆発させた推進力と元から備わる脚力で、いつの間にか冬道の背後へと忍び寄っていた。前にいた、離れた場所にいたはずだと認識したときには、すでにその姿はどこにもない。それだけ今の東雲は速い。とはいえ、冬道にはそれが見えている。
『――――』
冬道が天剣を抜刀したのと、東雲が拳を振り抜いたのはほぼ同時だった。
お互いの得物から伝わる無機質な感覚を感じながら、呼吸することすらも忘れて攻めぎ合う。
得物が交差する。あるいは溶解し、もしくは氷解し、はたまたつばぜり合う。相対する正反対の衝撃は、余波だけで破壊を施す。
音だけが頼りだった。すでに二人の攻防は視認することはできない。
たった二人だけの、隔離された世界でただ無心に得物を振るう。
「…………」
その光景を藍霧は食い入るように見つめていた。
翔無たちはすでに今の状況についてこれずにいた。藍霧と司、かろうじて黒兎が見ることができているというくらいだ。
「冬道はとことん面白いな。東雲の全力に引けを取っていないどころか、むしろ押しているではないか」
「先輩ですから」
「それで納得できるのは藍霧、お前くらいのものだよ」
何本めかになる煙草を口にしながら、司は目だけで戦いを追う。
両腕を使える東雲と違い、天剣ひとつで戦う冬道だが、戦い方が圧倒的に上手い。
まず一太刀めの抜刀で片腕を大きく弾き、二太刀めで斬撃を与える。無理な動きはせず、余裕を持って自分にできることだけをやる。
自分の強さを客観的に把握しているからこそ、このような戦い方ができるのだろう。
「まさかあの東雲と同等に戦うとはな」
「あれくらいであれば普通です。先輩を見くびらないでください」
「……お前の冬道好きにも呆れてくるな。どうしてそこまで冬道が好きなんだ?」
「言う必要はありません」
アスファルトが爆発する音が聞こえた。
はっとして視線を動かすと、東雲が冬道の頭を鷲掴みにし、アスファルトに叩きつけているところだった。あまりの衝撃で小さなクレーターのようにアスファルトが陥没している。
「東雲の奴、やりすぎだ……っ!」
司は焦ったような形相で落下防止用の柵に手をかけるが、
「何を言ってるのですか? あれがやりすぎ? 戦いにおいてやりすぎなどという言葉はありません」
藍霧に手だけで制された。
「心配しなくとも、先輩はあの程度では――」
「藍霧、何を勘違いしている?」
言葉に言葉を重ねるようにして、司は声を発した。
「私がやりすぎだと言ったのは、校庭を壊しすぎだという意味だ。冬道の心配など傍からしてはいないよ」
「そうでしたか。それは失礼しました」
「ついでに言っておくと、このあいだにお前が壊した校庭を治したのも私だ。殺し殺されることに関しては構わないが、校舎を壊すようなことは止めてくれ。面倒なことになる」
「教師としてその発言はどうなんでしょうね」
「残念ながら私は、生徒には手を出させないなどという聖人君子のような教師ではない。自分さえよければ他人など二の次な教師だよ」
「そうですか」
素っ気なく答え藍霧は、東雲が鷲掴みにしていた冬道が砕け散るのを目にした。いつの間にか、東雲も気づかないうちに氷人形と入れ替わっていたのだ。
「ちぃ……っ!」
苦々しく眉をしかめた東雲に、鞘に納めた天剣の柄に手を添えたままの冬道が詰め寄った。
柄を握る手に力が入る。力のままに天剣を抜刀し、がら空きになっていた右腕を肘から下を一気に刈り取る。その動きに遅滞はなく、繋ぎにも遅滞はなかった。
宙を舞う右腕が落ちるよりも早く、もう片方の腕を刈り取ろうとするも、それは指先で爆発した炎に邪魔される。
それにしても、冬道は斬った感触に違和感を感じていた。人体を斬ったのではなく、何か別のものを斬ったような違和感だ。ほんの少しではあったが、斬線に狂いがあったのだろうか。刃の通りが悪く、斬り落とすまで時間がかかった。次の動きに支障はないものの、気になっていた。
ごとり、と立てて落ちる右腕に目がいった。血の気の引かない、断面から流血のしていない右腕に。
(義手か……)
なるほど、それならば合点がいく。けれど人体によく酷似した義手だった。
ほとんど斬った感触は人体そのものだった。剣が自分の一部のように感じるほどの一体感があれど、気づくことは難しいほどに。
熱風が吹き荒れる。顔をあげれば、いくつもの鬼火が迫ってきていた。息を小さく吸い込み、鬼火と鬼火の間を掻い潜る。閃光を錯覚するような速度。しかし、なおもってそれ以上の素早さで天剣が抜刀された。
『――――』
ほぼ同時に左腕からのナックルが冬道の胴体を撃ち抜く。カタパルトめいたその一撃は、しかし致命傷には至らない。自ら後ろに飛んで衝撃を拡散させていた。
「逃がさんわ」
「逃げる気はねぇ」
勢いを殺しきる前に、東雲は冬道に寄り添うように距離を埋めていた。
短いやり取りのあと、校舎に着地する。万有引力に逆らうように壁を駆け抜けながら得物を交わす、あるいは弾き、犬歯を剥き出しにして急所を狙う。
予測のできない角度から抉るように振るわれる手足は、戦いの定石などまるで当てはまらない、でたらめな、喧嘩とも呼べる動きだ。冬道の反応が、わずかずつだがずれ始める。
冬道の戦い方は良くも悪くも『騎士』の動きが反映されている。真っ向勝負や卑怯な戦いには対応ができても、でたらめな動きには反応が遅れてしまう。
故に冬道が一番苦手としている相手は、九十九東雲となったと言っても過言ではない。
「ぐ……っ!」
顎に膝蹴りが打ち込まれ、当然のように体が宙に打ち上げられる。
勢いに逆らうことなく体をぐるりと回転させ、風系統の波動を走らせた天剣を振り回し、着地する場所を目指す。
しかし着地するよりも早く、炎を爆発させた推進力で接近した東雲の左腕のアッパーが抉り込んでくる。
鞘に納めたままの天剣を大きく振り回し、その重量で体の位置を入れ替える。アッパーは空振りに終わるも、続けざまに振り上がってきた踵が鳩尾を捉えてきた。
喉の奥から込み上げてくる鉄の味のするものを無理やり飲み込み、天剣に氷系統の波動を流す。
「――――氷姫よ、天焦がす地獄の花束を」
いくつも折り重なった氷花が天剣から放たれる。一軒家なら簡単に押し潰してしまいそうな氷花が、東雲に振りかかる。
「だァ……――らっしゃあァ!」
極限まで絞られた弓から矢が放たれたような左ストレートが、氷花に突き刺さる。次に飛び膝蹴り、次にヘッドバッド。気がつけば嵐のような連撃が矢継ぎ早に、順列組合せ様々に打ち込まれていく。
時間にしてみれば一秒も経たないうちに、氷花は木っ端微塵に砕け散った。
「な……っ!?」
砕け散った氷花の破片の先から、冬道が落下してきた。東雲は咄嗟に防御の体勢を取る。その瞬間にはアスファルトに背中を打ち付けていた。抜刀された天剣の一閃で宙から叩き落とされたことなど、考えるまでもない。
空を仰いだ先には、冬道が落下してくる姿がある。天剣を逆手に構え、そのまま突き刺すように。
炎を爆発させた推進力で斬撃の軌道から離れる。けれど逃がさない。逃がす気はない。
爆音を立てて、砕けたアスファルトをさらに踏み潰し、着地すると同時に夜空を突き抜けた。単純な脚力ではない。足の裏には暴風の竜巻が接続されていた。
剥き身の刀身が喉元を抉るように迫る。砲弾めいた速度で跳躍した冬道は、全身の速度と体重を抱えて右手を薙ぎ払った。
「――――」
爆発の推進力を前方に向ける。飛躍的に速度が上昇し、冬道の一閃は空振りに終わる。
攻撃と距離を置く動きを一度に行った彼女は、ガントレットを嵌めた左手を握りしめ、今度は自分から接近を試みる。足の裏で爆発を起こし、隕石のように飛び込む。
空振りの勢いのまま体をぐるりと回転させ、なおもって失われない速度と体重を乗せた一閃を振り抜いた。衝撃で空気が振動する。校舎が軋んだ音を立て、建物の骨格に耐えきれなくなったように大量の窓ガラスが砕けちり、破片の雨をばら蒔いた。
冬道の体が斜め下方に投げ出される。アスファルトに靴底が擦れ、焦げ付く嫌な臭いが漂った。何メートルも引き摺られ、負担がかかった膝が痙攣を起こしかけていた。
今の冬道の肉体は言ってしまえば普通なのだ。異常な力を使うにしては普通なのではなく、純粋な意味での普通。異常を扱うにはどうしてもスペックが低すぎる。
ここまで戦えていたのは、波動による肉体強化で上限を底上げしていたからに他ならない。
(まだ保ってくれよ……っ!)
気を抜けば崩れ落ちようとする膝に檄を飛ばし、顔を上げる。そこで冬道は我が目を疑った。
空に掲げる東雲の左手に――小規模の太陽があるように見えたからだ。けれど実際はそうではない。炎を集束し、固形化しただけに過ぎない。
しかしそれだけとはいえ、生身に受けてしまえば間違いなく一片の塵も残さずに焼失するだろう。
「さァ――こいつで幕引きや、かしぎィ。いくらあんたでも、こいつをたかだか剣一本で受け止めるなんちゅう離れ業、出来ひんやろ?」
言っている間にも炎の塊は、渦を巻きながら肥大化していく。天剣を鞘に納めた。
「悪いがその程度に、出来る出来ないを思案する必要を感じねぇな。俺を誰だと思ってやがる」
属性波動を天剣に走らせる。鞘の内側から刀身が力強く発光する。冬道の軸足がアスファルトを蹴り砕いた。
固い地盤が突き上げられたように振動する。制服をはためかせ、冬道は斜め上へと駆けた。
すでに炎の塊は投げつけられている。
緩く握っていた柄を強く握りしめる。手のひらに吸い付いてくる一体感を感じながら、吼える。
「――――氷姫よ、天焦がす地獄の花束を!」
いくつもに折り重なる氷花が、炎の塊を捉えた。
まるで花が咲き誇るかの如く、氷花に触れた場所から凍結していく。全体を凍結するのに、そこまで時間はかからない。ただの氷の塊とかしたそれは、天剣が突き刺さった瞬間に砕けちり、無数の破片と変わり果てた。
「柊詩織の友達を――嘗めんじゃねぇ!」
閃光と錯覚させる速度で抜刀された天剣から、衝撃波が走った。無作為に波動を解き放ったのだ。衝撃波は斬撃と姿を変え、東雲の体を痛烈に引き裂いた。
その身に宿していた運動量に上乗せされて落下してきた東雲は、アスファルトにその型を刻む。
腕を振り下ろす勢いを使って追いかけるように落下する。天剣を逆手に構え、叩きつける。
『――――』
ばごんと。
音が――消えた。
静けさを取り戻した夜の校庭は、ただ風が通り抜ける音のみがあった。
「かしぎ、あんた……」
小さく呟いた東雲の顔のすぐ脇に、刀身が突き刺さっていた。
「くそっ……」
突き刺さった天剣を杖の代わりにするように立つ冬道は苦々しげに呟き、
「ここに来て筋肉痛かよ……」
そのままの体勢で真横に倒れ込んだ。
さっきまでの緊張感はどこへいってしまったのだろうか。筋肉をぴくぴくと痙攣させる冬道を、東雲は呆れたような目で見ていた。
冬道は筋肉痛体質はもう治ったのかと思っていた。不知火の戦いでも体は怠くなったりはしたものの、筋肉痛にはならなかったからだ。
しかし実際は慣れてきたというだけで、それ以上の動きを重ねれば動けなくなってしまうようだ。
「あんた、緊張感台無しやで……」
「うっせぇよ。俺だってこうなりたくてなったわけじゃねぇし。つーか、まだ終わっちゃいねぇ」
「その体でまだやる気なんか?」
「愚問だな。貴女が柊を殺すってんなら、何回でもやってやるっての」
「そんじゃ、もうお終いやな」
どさりと、東雲も大の字になって倒れ込んだ。
「私の確かめたいことは確かめ終わったわ。嬉しい誤算もあったことやし、義手が斬られたのも安いもんや」
「そういや義手だったんだな」
ごろりと寝返りを打ち、同じように大の字になる。
「あれ、めっちゃ高いんやで?」
「そんなの知るか」
「おーい、斬った本人が何言ってんねん。弁償せぇや」
「ふざけんな。ぶっ飛ばすぞ」
「やれるもんならやってみぃや。動けへんくせに」
「…………」
図星を突かれた冬道は(体が動かないので)顔を夜空に向けることで気まずいのをごまかした。
「で」
冬道はぶっきらぼうに話を切り出した。
「確かめたいことってなんだよ。柊を殺すなんて建前まで用意したんだ。ただ事じゃねぇんだろ?」
「聞きたいか?」
「別に」
「仕方ないなぁ。そこまで聞きたいんなら教えたるわ」
「誰も教えてくれなんて言ってねぇだろうが」
「そこまで言うんならしゃーなしやわ」
否定するのは無意味だと悟った冬道は、ため息をつきつつも(こちらこそ仕方なく)話を聞くことにした。もう一度言うが、さっきまでの緊張感はどこへいってしまったのだろうか。
『――っ!?』
冬道と東雲はほぼ同時に反応した。起き上がるとすぐさま反対側に弾けるように飛び退き、冬道は奪い取るように抜き取った天剣を支えに、自分たちがいた場所を睨む。
そこには一人の男がいた。髪から服から、何から何まで、上から下まで全部が黒で統一されていた。
「…………」
男は冬道の頭から爪先まで品定めするように見ると、今度は東雲へと視線を動かした。
「お久しゅうございます、東雲様」
「うわぁ……イザヨイやん。何しに来たん?」
執事のような態度を取る『イザヨイ』と呼んだ男に、東雲は露骨に嫌な顔をする。
「決まっているでございましょう?」
下げていた頭を上げると、『イザヨイ』は笑顔で言う。
「裏切り者を抹殺しに参りました」
『イザヨイ』の袖から大量のナイフが溢れ出て、東雲を四方八方から取り囲んだ。
炎を操る本来の東雲であれば、これくらいを切り抜けるのは造作もないはずだった。けれど今は冬道と戦い、最低まで体力を消費している。だからこそ冬道は見てしまった。
あっ、やべ――などと呟く東雲を。
「では、ごきげんよう」
『イザヨイ』の口から死刑宣告が紡がれた。
宙に停滞していたナイフは生き返ったように動きだし、東雲に襲いかかる。
ヤバイと思いつつも、東雲は動くことができずにいた。ある程度までなら動くことは可能だが、この全てを叩き落とす、もしくは溶解し尽くすのは瞬時に判断できた。
(……手のかかる人だ)
冬道には東雲を助ける理由はない。大事な友人を殺そうとした相手に情けをかけるつもりなど毛頭ない。そんなものは白米にかけて、美味しく食してやると言うだろう。
「――――風よ」
だがしかし、どうしてだろう。この体は、それを認めてはくれないらしい。
「獅子の荒ぶる咆哮を!」
それはもう無様な格好で、体勢も何もあったものではなく、でたらめで無骨で、雑なひと振りだった。
ナイフは東雲に触れる前に全て弾かれ、アスファルトに音を立てて落ちる。
「何をするのでしょうか?」
「っと。……あ? それはこっちのセリフだっての」
ふらつきながらも『イザヨイ』を見据える。
「ぽっと出の新キャラが、生意気にでしゃばんしゃねぇ」
「それは申し訳ございません。新キャラはこうでもしなければ目立てないもので。ご了承いただけるとこれ幸いかと思われます」
「そこまで言われるとさすがの俺も許せざるを得ないな」
冬道が『イザヨイ』の空気に呑まれていた。
「では」
『イザヨイ』は事務的な笑みを浮かべたかと思えば、
「邪魔をしたあなた様も死んでください」
冬道にナイフを投げつけてきた。もう冬道には天剣を振るうだけの力は残っていない……というよりも、筋肉痛が臨界点を突破している。
ならばここで倒れるのか? 否――それは否だ。
近接戦闘に拘らなければ、動かずとも戦う方法などいくらでも持ち合わせている。近接戦闘一筋で生き残れるほど、異世界は甘いものではなかったから。
「――――氷よ、雪女の甘い吐息を」
冬道の目の前に氷壁が形成され、ナイフを防ぐ。
「弾けろ」
爆発するように弾けた氷壁は、突き刺さったナイフごと『イザヨイ』へと降り注ぐ。
びしっとした姿勢を一切崩さないまま、舞いのような動きでそれらを避けていく。
「おやおや、困りましたね。東雲様と戦いになったあなた様も動けないと思っていたのですが、動けなくとも戦える手段をお持ちのようで」
「困ったようには見えねぇっての。危うくお前の空気に呑まれるとこだったじゃねぇか。何してくれんだ」
「と言われましても、わたくしは何もしてませんが……」
困惑したような表情にも、どことなく楽しげな空気が孕んでいる。『イザヨイ』はこの状況を楽しんでいるだけなのだ。
「東雲様、あなた様の計画は筒抜けでございます。いくら手駒を集めようとも、集結した『九十九』の前では手も足も出ませんでしょう?」
「へぇ、集まったんか? 自己中心的な『九十九』が」
「はい。東雲様が反逆すると知れば、皆様も集まりましょう」
もはや二人だけの世界に入っている最中、冬道はひとり、つまらなそうな顔をしていた。
(話にさっぱりついていけん。なんだよ、こいつら)
話を聞きかじってみると東雲が『九十九』に敵対しているようだが、それでも会話にはついていけない。天剣を首飾りに戻して、その場を去ろうとする。
「少々お待ちを」
「……あんだよ」
「あなた様もよろしいのですか?」
「何がだよ」
「『九十九』に戦を挑むということにございます。それがどういうことかお分かりで?」
「はぁ? 何言ってんだ、お前は」
意味が分からない。どうして『九十九』に戦いを挑まなくてはならないのか、話についていけない冬道には理解できなかった。
「何も聞かされてはいないご様子ですね」
『イザヨイ』はやれやれ、と頭を振る。
「おや? どうやら会話に夢中になっている間に、他の方も降りてきたようですね。さすがに、わたくしひとりで全員を押さえ込むのは不可能でございます」
言われて後ろを振り向けば、司や藍霧たちがこちらに向かってきているのが目に入った。
「今宵は忠告をしに参りました。隙あらば抹殺せよとのことでしたが、どうやら不可能かと」
「忠告ってなんや」
「『九十九』に挑むのであれば、それ相応の覚悟と手駒を揃えよ――とのことでございます。なにぶんこちらは、欠陥品を処分することに時間をかけられませんゆえ」
「ずいぶんえっらそうな口を叩くようになったなァ、イザヨイ。あんま嘗めてると、その顔、ぐちゃぐちゃにしてまうぞ」
「それは怖い。では忠告は致しましたので、これにてわたくしは失礼させてもらいましょう」
『イザヨイ』はそう一礼すると、いきな姿を消した。気配すらも一度消失したかと思えば、離れた位置に気配が現れる。
その際には気配が二つに増えていて、どうやらもうひとり能力者がいたらしい。
なにはともあれ。
そよ風のように現れたくせに嵐を巻き起こしていった『イザヨイ』のことはさておき、冬道は東雲に訊いた。
「おい、『九十九』に戦いを挑むって、どういうことだ」
「それはさっき私が話そうとしたことや。あいつが現れるから先に言われてもうたわ」
まるで悪びれた様子もなく言う東雲の頭に拳骨が振り下ろされた。
いつの間にか近づいてきていた司が、犯人だった。