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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第三章〈『吸血鬼』の宴〉編
34/132

3―(11)「和解」


 場所は変わり、いつもお馴染みの屋上。

 立ち入り禁止になっているのはどうしてかは知らないが、正直言ってそんなのを守る気なんてものは端からない。高校のルールなんて、破るためにあるようなもんだろ。むしろ真面目に守ってる奴の方が少ない。

「……なんでお前は後ろに隠れてんだよ」

「いや、だって……」

 あんなことして後ろめたいのは分かるが、アウルから逃げるように隠れるのはやめてくれ。隠れきれてねぇし。

「いいから隠れんな。そうやってたって意味ねぇだろ」

「で、でもさ……」

「うじうじすんなよ。いつものお前はどこに消え去った」

「うぅ……そんなこと言っても……」

 みんなと話したいって言ったのはお前だろうに。

 まぁさっきも言ったけど、あんな――殺すようなことをした手前、話しかけにくいところがあるんだろう。

「大丈夫だって。俺も気にしてないような、アウルだってそこまで気にしちゃいねぇだろうよ」

「本当かよー……」

「知らん。訊いてみないことには分かんねぇ」

「頼りねぇなぁ……」

 うるせぇな。ほっとけ。

「あ、アウル……?」

「なんだ」

 ようやく俺に隠れるのをやめた柊は(って言ってもほとんど隠れてなかったけど)、アウルの前に立つ。

「謝ってどうにかなるとは思えねぇけど……ごめん」

 やっと言えたか。言う必要はないんだろうけど、柊本人が言いたいっていうからな。

 だからこうして舞台を整えてみたんが、時間はかかっても言えて何よりだ。

「何のことだ?」

「だから、昨日はあんなことしちまって……」

「あぁ、そんなことか。そんなものは気にしてはいない」

 ほらな――やっぱり気にしてなかった。

「能力者であれば大なり小なり抱えているものがあるのだ。たかが殺そうとした程度のことくらい、気にする必要はない」

「でも……」

「私たちは」

 柊の申し訳なさそうな声をアウルが遮る。

「私たちは――友達だろう?」

 何ともまぁ、名言みたいなこと言っちゃってこの子は。無意識なんだろうけど、柊にとっては嬉しいだろうな。

 だっ、と駆け出した柊はアウルに飛び付く。

「アウル! いい奴だなぁ!」

「お、おい、柊!?」

 勢いに耐えきれなかったアウルはそのまま倒れ込むが、今はそれどころじゃない。美少女が二人、屋上でじゃれあっているではないか。役得役得。

「お、重い……っ! と、冬道、柊をどうにかしてくれ」

「どうにかしろって、どうするんだよ」

「私の上から退かしてくれるだけでいい!」

 えー、せっかくいい眺めなのになんで退かさないといけないんだよ。勿体ねぇだろ。

「いいから退かせ!」

「だが断る」

「断るな! おい柊、退いてくれ!」

「いいじゃんかよー、あたしとアウルは友達なんだろ? スキンシップだよスキンシップ」

「す、スキンシップと言いつつどこを触っているんだ!」

「え? 胸に決まってるだろ。アウルってさ、結構着痩せするタイプだったんだな」

 そう言えばそうだったな。秋蝉先輩――狐の面にやられたアウルを背負ったときの、柊に負けず劣らずのあの弾力、まさに着痩せするタイプだったのを記憶している。

 まるで昨日のように思い出せるぜ、あの弾力は。

「変な情報を漏らすなぁ!」

 アウルはそう言うと無理やり柊を退かす。

「それと冬道っ! お前、私の胸を勝手に堪能するな!」

「断ったらいいのか? ぜひ揉ませてくださいって」

「も、揉ませるか! そういう問題ではない!」

 なんだ違うのか。せっかく揉めると思ったのに。

「どうして揉めると思っているのだ、お前は」

「居候してんだからそれぐらいいいだろ。……ったく、胸の大きさと違って器は小せぇんだな」

「何故私が悪いみたいになっているのだ」

「全面的にお前が悪い」

「……藍霧のでも揉んでいろ」

「揉めるもんなら揉んでるっての」

 つーか真宵後輩の前でそんなこと絶対言うんじゃねぇぞ? 異世界から還ってきて体が元に戻って、自分の体型にコンプレックスを抱いてるくらいだ。

 あっちじゃボインボインとまではいかなくても、人の目を惹き付けるくらいのスレンダーだったもんなぁ。

 アウルもそれを指摘したときのことは覚えてんだろ?

「いや、まぁ……うん。あのときは軽率だったと反省している。あんな歩く核兵器に喧嘩を売っていたかと思うと、止めてくれたお前には感謝してもしきれんな」

「下手したら街が消し飛ぶからな」

「……本当に感謝している」

 アウルが顔を青ざめさせていた。まぁ、今の真宵後輩じゃ街を消し飛ばせるどうかは、微妙なところだな。

 波導を使うにも使える肉体と、それ相応の波動が必要になる。それだけ大きな波導を使えば、肉体が耐えきれないだろう。

「それじゃ、あたしと戦ったときの真宵は手加減してた、ってことか?」

「さぁな。つーかあいつが全力だったときなんか見たことねぇし」

 チトルとかエーシェは見たことあるみたいだったけど、真宵後輩は俺の前じゃ全力で戦わねぇからな。

 ただあいつらに、

「愛されてるねぇ、羨ましい限りだ」

 とか、

「ゆ、勇者様は、その……あ、愛されてますね?」

 とか言われたことがある。

 ちなみに前者がチトルで後者がエーシェな。

 いやいや、どこが愛されてんだよ。いつも俺がぶっとばしたい奴ばっかり狙い澄ましたようにぶっとばしてきて、しかもそこで全力で戦う。おかげで何回も消化不良になった。

「そう言えばさ、冬道が異世界に行ったって話、本当だったんだな。てっきり嘘かと思ってた」

「だから言ったろ? 嘘はつかねぇって」

「……そうだな。だから冬道は、そんなに強いんだな」

「俺が強い? はっ」

「なんで鼻で笑ってんだよ。あたしなんか変なことでも言ったか?」

「べっつにぃ。なんでもねぇよ」

「隠さないで教えろよー」

「なんも隠してねぇって」

 俺は強くなんかねぇよ。自分のやりたいようにやってるだけだ。誰かを支えてやることもできないし、助けることだってできやしない。俺にできるのは、手を伸ばすことだけだ。

 異世界で勇者なんて呼ばれてたって、魔王を倒すことができたって、救えないものもたしかにあったんだ。勇者に救えるものなんて、たかがしれている。

「ほら」

「あ? 何だよ」

「そうやってたまに遠くを見てるんだよ。達観してるっつーか、なんつーか。よく分かんねぇけどさ、あたしたちには理解できないこと考えてる」

「そんなことねぇだろ」

「いーや、考えてる。異世界で勇者やってきただけのことはあるぜ」

「からかうんじゃねぇ」

「からかってねぇ、よっ!」

 弾みをつけて抱きついてきた柊を何とか受け止める。

 こいつは異性に抱きつくことに抵抗を感じねぇのかよ。こんなこと、今さら言っても仕方ねぇけどさ。

「だって冬道は、あたしの勇者様だからなー」

「なに言ってんだか」

「変なことは言ってねぇだろ?」

「……どうだかな。つーか重てぇ。さっさと降りやがれ」

「やーだね、降りてやんない。て言うか重いって言うな。あたしだって傷つくんだぜ? 好きな奴にそんなこと言われたらさ」

「はいはい……あ?」

 今こいつ、なんて言いやがった? 好きな奴にそんなこと言われたら? これって話の流れからしたら間違いなく……あれだよな。柊は俺のことが、その……好きだって流れだよな?

「んー? どうしたんだ? 冬道」

「どうしたんだじゃねぇ! なんで世間話みたいなノリでそんなこと言ってんだよ!」

「冬道でも『!』使うんだな」

「初期の頃は割りと使ってたっての」

 あんまり叫ぶようなキャラじゃねぇから叫ばねぇだけだ。めんどくせぇし――ってそんなことはどうでもいい!

「なんでこの流れで告白してんだよ!」

「告白するのなんてあたしの自由だろ?」

「自由すぎるわ!」

「えー、そうか?」

 おかしなことやったかな、とでも言いたげに腕を組んで首を傾げる柊。……どんな思考回路してんだよお前は。

「いいじゃんか。好きな奴に好きって言ってなんか問題でもあんのか?」

「大ありだっての」

 主に俺の心境の問題だけどさ。

「いきなりそんなこと言われてどう反応すりゃいいんだ」

「普通にしてたらいいんじゃねぇの?」

「あのな? まともな神経してる人間は、身近な奴に告白されて普通にしてることなんてできねぇの。分かるか?」

「んじゃ冬道は問題ねぇだろ?」

「ぐはっ」

 まさかそんな切り返しが来るとは。

 いや、まぁ……たしかに普通じゃないよな、俺たち。

「……それでも意識しちまうんだよ」

「ふーん。胸とか?」

「なんで胸限定なんだよ」

 たしかに胸を気にしたりもするけれども。背中に当たるふくよかで、揉みごたえのありそうな胸は気になるけれども。

 でもいい加減に胸の話題から離れようぜ? どんだけおっぱいトークに花咲かせてんだ。

 それと俺から離れてくれないか。気になって気になってしょうがない。

「好きな奴に告白されたのを想像してみろ」

「冬道だぞ?」

「いいから想像してみろって」

「別にいいけどさ。…………――っ!」

 ぼんっ、と音を立てて柊の顔が真っ赤になった。

「は、恥ずかしいな……」

「だろ? そういうことになるんだよ」

「そうだな。まさか冬道があんなセリフを言ったあと、あんなことしてくるなんて思わなかったぜ……」

「お前の妄想の中で俺は何をしていた」

「そんなのあたしの口から言わせんなよ!」

 お前が言わなかったらいったい誰が言うんだよ。妄想の中の俺か?

「それで、答えは?」

「あ?」

「答えはって訊いてんだよ。あたしが好きだって言ったんだから、冬道も答えてくれないと意味ねぇだろ?」

 そういうことね。

 答え――か。

 俺はなんて答えればいいんだろうな。

「ちなみに後回しってのは無しだからな? あたしは今すぐに答えを訊きたいからな」

 分かってるよ、そんなこと。俺だって後回しにするつもりはさらさらない。

 好きか――嫌いか。どっちなんだと問われれば、躊躇なく好きだと答えることができるだろう。間違いなく俺は柊が『好き』だ。

 一緒にいると楽しいし、いないと寂しく感じる。でもこの『好き』は、異性としての『好き』なのか?

「…………」

 柊の『吸血鬼』化の影響で真紅に染まった瞳が、俺を見つめている。それはまさに真剣そのものだ。中途半端な答えを出すことはできないし、そんなことをするのは柊に失礼だ。

 俺は柊のことが『好き』だ。多分――異性としてでは、ないんだろうけど。

 そう意識してしまうと、何だか苦しい。好きって言ってもらえて嬉しいんだけどな。

 それでも言わなきゃ、だよな。

「……悪いな」

 こんなことしか言えない自分が、腹立たしい。口下手か俺は。もっと他にも言い様ってもんがあるだろ。カッコつけてんじゃねぇぞこのヤロウ。などと思いながら、柊を見る。

「まぁ、そうだと思った」

「……は?」

 予想通りだと言ったも同然の柊に、俺は間抜けな声を出すしかなかった。

 そうだと思った? どういうこと?

「だってお前、胸押し付けたりしたとき以外、全然あたしのこと女って意識してねぇじゃん」

「そりゃ普段が普段だから仕方ねぇだろ」

「だからそうだと思ったんだよ」

 え、えー……そんな理由で納得されたの?

「だけどさ」

 柊は俺に近づきながら言う。

「あたしは狙った獲物は逃さないからな。覚悟しとけ」

 手を銃の形にしつつ、にこっ――と、頭に美がつくほどの少女は微笑んだ。

 ……やべぇ。何こいつ、超可愛いんですけど。


     ◇


 藍霧真宵は戦慄していた。

(まさかあの人がかしぎ先輩に告白するとは……。先を越されたと言うかなんと言いますか、非常に不本意ながらやられましたね……)

 いつの間にかいなくなっていた冬道を探してこの場にやって来た藍霧だったのだが、偶然にも告白シーンに出会してしまった。

 しかも相手が探していた先輩と、その友人だ。いくら藍霧と言えども、乱入する気にはなれない。

(先輩が断ったのはいいですがあの人、最初から玉砕覚悟の上、諦める気がなかったんじゃないですか。しかも狙った獲物は逃さない? これから狙う気満々じゃないですか。私のかしぎ先輩を盗ろうとするとは……)

 ここに冬道がいれば誰がお前の先輩だと言うだろう。

 しかし藍霧にとってはそんなのはお構い無し。

 冬道が自分の在り方の中心である以上、それを奪われるのだけは避けなければならないことだ。

(ですが私たちには異世界に召還されたという共通の秘密があります。寝食どころか戦いまで一緒にしたあの五年間は、並大抵のことで埋められるものではありませんからね。まだ私の方が上手です)

 自分でも知らない内に、小さな拳をぎゅっと握りしめていた。

 無表情で無関心な藍霧にしては珍しい光景だ。彼女を知る人間からすれば何事だと心配になるだろう。

(あのとき、逃がさないで潰しておけばよかったかもしれませんね。しかしそれですと先輩がアレですからね……。あぁもう、どうして私がこのように悩まなくてはならないのですか)

 どんどんと藍霧の機嫌が悪くなっていくにつれて、周りの温度も低くなっていくような気がした――訂正。気がするのではなく、実際に低くなってきているのだ。

 無意識に放出している属性波動(何の因果か放出しているのは、冬道の十八番である氷系統の波動だ)がそうさせている。

 もちろん藍霧は気づいていない。

(先輩……いなく、なりませんよね……?)

 藍霧の瞳が寂しげに揺れる。

(先輩まで、いなくなったりしませんよね……?)

 鉄仮面を被ったような藍霧の表情が悲しみで陰った。

 いつもは小さいながらも頼もしく見えるはずの背中は、その背丈よりも小さくて儚く見えた。触れてしまえば、それだけで壊れてしまいそうなほどに。

(何を辛気くさくなっているのでしょう。あのことはもう吹っ切ったはずです。私は今まで通り、毒を吐いていればいいのです)

 頭を振って思考を切り替える。

 この切り替えの早さは藍霧のいいところでもある。

 もう一度ドアの隙間から二人の(アウルもいるのだが、完全に蚊帳の外であった)行動に目を光らせる。

 ちなみにこれでも気配は完全に遮断しており、柊どころか冬道ですらも気づいていない。事が事のために、気づけないというのもあるが。

 ここで一つ言わなければならないことがある。藍霧は気づかれないように気配を消しているが、ドアの先の光景に集中しているために周り意識がいっていない。つまり、普段なら取るに足らないことにも気づけない。

「なーにやってるのかな?」

「……っ!」

 思わず上げてしまいそうになった声を何とか飲み込む。

 クリアになった思考という名のキャンパスを、一気に戦いという名の絵の具で塗り潰す。振り返り、声をかけてきたそいつを睨み付ける。

「いきなりどうしたんだい?」

「……翔無さん?」

「マイマイちゃんがそういう風に言うとキョウちゃんとキャラが完全に被るからやめてくれるかい? ……て言うかカタカナ多いねぇ」

 話しかけてきた女――翔無は不思議そうな顔をしながら藍霧に言う。

「テレポートですか?」

「残念ながら違うよ。階段を上がってただけさ」

「む。そうでしたか」

 思いの外注意が散漫していたことを反省する。

 しかし、愛しの先輩のことでそうなっていたのだから、仕方がないと言えば仕方がないだろう。

「それで何をしているんだい?」

「そんなの見れば分かるでしょう? 覗きです」

「女の子が覗きなんて感心しないねぇ。どれどれ」

「結局貴女もやるんじゃないですか」

「細かいことは気にしたらいけないよ。マイマイちゃんが覗きをするほど面白いことを、ボクが逃すわけないじゃないか」

「はぁ」

 ため息にも似た相づちを打ち、今度は二人で覗く。

「んん? かっしーと柊ちゃんじゃないか」

「柊さんが先ほど、かしぎ先輩に告白しました」

「おぉっと。そんな面白い場面に遭遇してたのかい? ボクももう少し早く来てたら見れたのに残念だねぇ」

「私的には心中穏やかではありませんけど」

「マイマイちゃんはかっしーが大好きだからねぇ」

「はい」

 藍霧の相変わらずの態度に翔無は苦笑する。

 いつも無表情な藍霧にも、翔無からすれば表情がちゃんとあるように見えている。冬道と話すときだ。彼と話しているときの藍霧はとても生き生きとしており、それでいて楽しそうにしていたのを覚えている。

 黒兎大河と戦ったときも、全ては冬道のためと言った。意思がないように見えて確固たる意思を持っている。だから翔無は気になった。

「どうしてそこまで、かっしーに拘るんだい?」

「何ですか、いきなり」

「ちょっと気になったからねぇ。君のかっしーへの執着心っていうのかな――とにかく、そういうのが常軌を逸してると思ってねぇ」

「貴女に話すつもりはありません。あまり余計な詮索はしないでください。不愉快です」

 藍霧は振り向くことなく、翔無を威圧感で呑み込む。

 冷や汗が額から流れ、頬を伝って顎から落ちる。

(やっぱりマイマイちゃんの隙間を覗こうとするのは間違いだったかな。まるで隙がないねぇ)

 翔無は藍霧が冬道に拘ることに何らかの理由があると考えていた。

 種類は違っても能力者だ。何らかの事情を抱えているというのは、今の藍霧の態度を見て疑心から確信へと変わっていた。

 けれど藍霧には隙がない。肉体的な隙も、精神的な隙も。

(これは、ボクの押し付けがましいお節介で関わるべきことじゃないのかもしれないねぇ。彼女には、頼もしい心のよりどころ――在処があるんだから)

 ドアの隙間から柊と話す冬道を見つめる。翔無が気づけた以上、あの冬道がそれに気づいていないはずがない。

 ならば自分に何ができようか。冬道が動かないなら、翔無が動けるはずがない。

(まぁ、事情は人それぞれさ。ボクだって、他人のことを言えないわけだし)

 翔無は自分の能力で他人を傷つけた。それだというのに『組織』から派遣されてきたその人は、翔無を殺すのではなく、一緒に行こうと手を差しのべてくれた。

 彼女を助けてくれたのがその人であったように、藍霧を助けることができるのは冬道だけなのだ。

「翔無さん翔無さん、ちゃんと気配を消してください。かしぎ先輩が勘づいてきています。バレるわけにはいきませんよ」

 少なくとも、この藍霧の姿を見る限りでは必要がないようにも見えるが。

「おっと、それはマズイねぇ。ごめんごめん」

「気をつけてください。覗きがバレてしまいます」

 生き生きとした藍霧のその姿にやはり、翔無は苦笑するしかなかった。


     ◇


 午後八時五十五分。

 刻々と時間が進んでいく中、冬道かしぎは校庭の先にある校門を見つめ、腕組をしながら、誰かを待っていた。その誰かは言うまでもなく九十九東雲だ。

「ね、ねぇ、冬道くんを一人で戦わせて本当にいいのかな……? 私はよく分からないけど、『九十九』の人って凄く強いんじゃ……」

 秋蝉かなでは不安そうに両手を握りながら呟いた。

「いいんだよ。これはかっしーが望んだことだからねぇ」

 答えたのは翔無だ。

 冬道を除く今回の戦線に参加したメンバーは、校庭を隅々まで見渡すことができる場所である屋上に集まっている。理由は言うまでもなく、事の経緯を見守るためだ。

「でも、本当にひとりでやるなんて思わないわよ、普通」

 紗良は(本人は知らないが)屋上での出来事が終わってからの、風紀委員室での会話を思い出しながら言う。あのあとに行われた作戦会議で、冬道が告げたこと。

「さっきも言ったと思うが、東雲さんの相手は俺がひとりでやる」

 それがこれだ。

「……かっしー。大河じゃないけどさ、本当にそれで勝てるのかい? マイマイちゃんが反応するくらいだから大丈夫だとは思うけど」

「勝ち目のない戦いはしない主義だ」

 揺らぐことのない真紅の瞳が翔無を見据える。伊達でも酔狂でもない、裏付けされた、確固たる自信があるからこそ、冬道は勝負に出た。賭けなどという曖昧なものではなく、確実に勝つことのできる。

 たった今求められているのは、そういうものだ。

「まぁ、ボクからしても今の彼女・・・・を殺されるのは堪ったものじゃないからねぇ」

「翔無先輩が相手で助かった」

 一般に被害を及ぼさない『吸血鬼』をどうにかする気はない。

 これがもし翔無ではなく黒兎だったなら、関係ないと言い切っただろうが。

「あと、東雲とかいう人には申し訳ないけれど、『九十九』には個人的な恨みもあるものでねぇ」

 能力者を守るために動く翔無とはいえ、自分を傷つけた一族を相手に情けを掛けるほど、成人君子な精神は持ち合わせてはいない。

「やっちゃいなよ、かっしー」

「言われずとも、元よりそのつもりだ」

 首から下がる天剣と右手の中指に填められる風属性の属性石エレメント、そしてもう一つ――天剣と音を立ててぶつかり合う、透き通るサファイアの属性石エレメントが煌めく。

 異世界から持ち還ってきた数ある属性石エレメントの内の一つだ。

 いくつもの死線を共にしてきたものだからこそ、手放すのが惜しくなった。もう復元させることはないと踏んでいたが、彼自身もまさかこんな早くにこれらを使って戦うとは思ってもいなかった。

「俺が戦ってる間は絶対に近寄るな。手出しはさせない。これは俺が戦いたいだけのわがままだが、譲れないものでもあるんだ。……いいな?」

 冬道が念を押すように呟くと、全員が頷いた。

 そして時は現在に戻る。

「来たったでェ、かしぎ」

 九十九東雲のその登場の仕方は、ある意味において予想を裏切られた。

 まさか、真正面から悠然と、散歩でもするような足取りで現れるなど、いったい誰が予想できるだろう。戦いにおいて、たとえ実力があろうとも、正面からまともにやるのはタブーに近い。動きを見切られる可能性があるからだ。そうしてしまえば、それは死に直結する。

 だが東雲はそれを無視し、校門から堂々と入ってきた。自身の強さの裏付けか、はたまたそれで冬道を相手にできると思っているのか――どちらにしろ、冬道にとってはどうでもよかった。

「…………」

 無言で首飾りに手を添える。

「本気――いや、全力って顔やなァ」

 楽しそうに笑う東雲の格好は奇抜なものだった。ところどころが破けている(というよりは、破いたように見える)巫女装束に、ガントレットのような籠手をつけている。

「かかかっ――そうまでして欠陥品を守りたいんか?」

 ぴくりと、冬道の眉が反応した。

「人間としても、超能力者としてもあれは欠陥品や。廃棄しようとは思うても、少なくとも私は、守ろうとは思われへんけどなァ」

「…………」

「紛い物や。超能力者になりきれなかった成れの果て。それが九十九詩織っちゅう一人の女の子なんや」

「……そうか」

 呟き、首飾りを外す。

「たしかにそうかもしれないな」

 でも、と続ける。

「超能力者としては紛い物かもしれないが、あいつは――柊詩織・・・は俺の友達だ。それだけは紛い物なんかじゃねぇよ」

 その言葉には抑揚とは違い、力強さがあった。普段の冬道からは考えられない力強さが。

 一歩だけ、アスファルトを踏みしめ前に出る。

「あいつに手ェ出すってなら、俺が相手になってやる」

「想いを通すのは力ある者のみ――あんたに、それができるんか?」

「言う必要はねぇ」

 東雲の言葉を切り捨て、冬道は復元言語を唱える。夜の闇を追い払うような眩い光が放たれ、二つの首飾りがあるべき姿へと形を変える。天剣ともう一つ――鞘が手に納められている。透き通るようなサファイアの輝きが、月の光を受けてさらに際立つ。

 そして冬道は――天剣を鞘に納めた。




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