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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第三章〈『吸血鬼』の宴〉編
31/132

3―(8)「反省会」


「反省会、するよ」

 風紀委員室にメンバーの全員が集まったことを確認した翔無先輩が、不機嫌そうなしかめっ面でそう言った。いつも陽気に笑っている翔無先輩からしたら、その姿は新鮮でもあった。けれど、それを楽しむような気持ちはどこにもない。

 集まった顔ぶれが揃いも揃って不機嫌そうな――いがみ合うような雰囲気であったからだ。もちろん俺自身も例に漏れてはいない。

 その原因が昨日の戦いによるものだということは、誰しもが理解している。あんな戦い・・・・・をしておいて、上っ面だけの仲良しごっこ・・・・・・なんてできるはずがない。

「まずはかっしー達から、よろしく」

 口調こそ普段と変わらないものの、抑揚はまるで違う。明らかに不機嫌だということを伝えてくるものだった。そんなことが気にならないくらい、俺も不機嫌だが。

「俺の方は何とか追い返すことには成功した。でも今日にもう一度戦うとなると、メンバーを変えた方がいいかもしれねぇな」

「どうしてだい?」

「邪魔だから」

 言うと、横から胸ぐらを強引に掴み上げられる。

「何だよ。なんか文句でもあるってのか? あ?」

 俺は立ち上がった黒兎先輩を見上げるように睨む。

 昨日は怪我をしていたのだが、全員が集まる前に、真宵後輩が怪我人をまとめて治療したのだ。俺の左腕も、今は何の問題もなく動いている。

「黙って聞いていれば好き放題言うではないか」

「事実だから仕方ねぇだろうが。勝手に突っ走って、協調性もまるでねぇ。実力が伴ってねぇ奴が、でしゃばるんじゃねぇ」

「そういう貴様こそ、あの女にやられていただろう」

「お前が邪魔だったんだよ。つーかいつまで掴んでんだ」

 俺は制服の胸ぐらを掴んでいる手を締め上げ、痕が残るくらい思いきり締め上げ、無理やり離させる。

「こういうことだ。こんなんじゃ足の引っ張り合いになっても、戦力が上がるなんてことはあり得ねぇ」

「どっちも似たようなもんだねぇ。実を言うと、ボクたちもこんな感じさ」

 役割を達成した君たちより、何もできなかったボクたちの方が最悪だよ。

 と、翔無先輩は皮肉げにそう言った。

 ぴくり、と反応したのは女性メンバーだ。翔無先輩は自分にもそう言ったのだろうが、どうやら他のメンバーたちは自分だけに言われたと思ったらしい。

 それとも他に思い当たるところがあるのかもしれない。

「ボクたちの仲の良さが仇となったねぇ。特に仲がいいってわけでもないのに、連携なんて無理だよ」

 そう、全員の仲がいいってわけじゃないんだ。不知火や白神先輩ならまだしも、ついこの前まで敵対していた相手と連携を取れるかどうかの以前に、仲良くすることさえしたくはない。

 信頼ができない。

 信用ができない。

 そんな相手に背中を預けるなんて不安でたまらない。表面上の、内面に全く踏み込むことができない相手と一緒に戦うなど、今の状況ではできない。

 例えるならギャルゲーとかと同じだ。イベントを何回も重ねて好感度を上げて、ようやく個別エンディングを迎えられるのに、共通シナリオだけを通って個別エンディングを迎えることなんてできない。……なんか、ちょっと違うかもしれない。

「でもさ、こればっかりは仕方ないんじゃない?」

 白神先輩が腕を組ながら言ってくる。

「私たちは元々、繋がりがあったわけじゃなくて、偶然知り合っただけなんだからさ」

「それはそうですね。かしぎ先輩はともかく、私に至っては誰とも繋がりがありません」

 俺はともかくってなんだよ。

「……しかし、そうも言っていられないでしょう」

「そのとおりだ。吸血鬼と戦えるのは私たちだけなのだから、そのような理由で止まるわけにはいかない」

 火鷹の言葉に続けて、アウルもそう言ってくる。

「で、でもまた昨日みたいになったりしたら……」

『…………』

 秋蝉先輩の言葉でみんなが一斉に黙り込んでしまった。女子組がどうだったかは知らないが、俺たちの方も昨日と同じような戦いになりでもしたら、今度こそ突破されかねない。

 しかも東雲さんの言葉からすると、次に戦うとき――つまり今日の夜は、昨日よりも激戦になる。この状態のまま戦うのは、かなりマズイ。

 一番ベストなのはわざと東雲さんを通して、俺と真宵後輩の二人で柊の相手もすることだ。それなら連携という点では問題はない。

「なーにを暗くなっているんだ、若い衆」

 今の状況を見かねた司先生が、煙草を口にくわえたまま言ってきた。……風紀委員室は禁煙だぞ。

「仲が良いだの悪いだのでごちゃごちゃ悩むな。私の高校時代など、嫌いな奴と目くそ鼻くその醜い罵倒をしながら、同じ作業をしていたものだがな」

「目くそ鼻くそって……」

 教師以前に、女性がそんなことを言ってもいいのかよ。

「そんなことを気にするな。気に食わなければ言えば口にすればいい。そうにしなければ、縮まる距離も縮まらないだろう?」

 冬道と黒兎はやりすぎだ、と司先生は煙を吐き出す。

「それで――どうして不知火は落ち込んでいるんだ?」

「あぁ、それは……」

 みんなの視線が風紀委員室の隅でいじけている不知火へと集中する。

 あいつ、自分の武器が壊されたから落ち込んでいるんだよな。前も俺に一丁壊されたし。

「なるほどな。命あるものはいつか終わりが来る、そういうことを原点としてモノは成り立っていて、そもそもだな――」

「あの、先生?」

「なんだ冬道」

「その話って長くなりますか?」

「小一時間ほどくらいしか話さないが」

「却下の方向で。小一時間って長すぎるでしょう」

 そうか、などと首を傾げているが、小一時間って授業と同じくらいの時間だろ。興味もないのに聞けるかよ。

「それで翔無、これからどうするつもりなんだ?」

「どうする――って訊かれてもねぇ。一朝一夕でどうにかできる問題じゃないからねぇ。かっしーは何かいい案はないかい?」

「俺に訊かれても困る。コミュニケーションは苦手だ」

「そういう顔してるもんねぇ」

 コミュニケーションが苦手な顔ってどんな顔だっての。

「どうせ夜までやることはないわけだし、交流を深めるために、男女別れて過ごしてみるってのはどうだい?」

『…………』

 正直なところ、みんなの反応はあまりよくなかった。

 あんな戦いをしたあとで男女別で過ごしてみても、逆に溝を深めるばかりだというのは、目に見えているからだ。

 でもまぁ、他に何か意見があるわけでもないので、

「そうしますか……」

 俺たちは、翔無先輩の意見に従うのだった。


     ◇


「こりゃ参ったな。おれが加入してからの初めての相手が、あの鋼廃龍アムダス・ドラゴンだなんてな……」

(ん……?)

 荒廃した大地の岩陰から少しだけ顔を出したチトルが、苦笑いを口元に浮かべて呟いた。

 街も都市も何もない、ただ荒廃した大地――それがこの、アムダス地域と呼ばれる場所だ。基本的にここらを通る人影はなく、あったとしてもそれは、よほど実力に自信がある波導使いか、自殺志願者くらいのものだ。

 チトルの射線の先にいる一体の竜がその原因だ。

 錆びた血のような色をした甲殻を身に纏い、血管のように浮かび上がった模様もまた、鮮血のように赤い。

 鋼廃竜アムダス・ドラゴン

 この地域がそう呼ばれる由縁ともなった竜の名前だ。いつの頃からかこの辺りに住み着き、通る人間を一人残らず食糧とする。運がよければ出会うこともないし、産卵期であれば出会うことはまずない。ない――はずだった。

 わざわざ産卵期を狙ってここを横断しようとしたにも関わらず、鋼廃竜アムダス・ドラゴンはそこにいた。まるで、玉座のように積み上げられた瓦礫の上に、サファイアの瞳を光らせながら。

 この光景は見たことがある。異世界に召喚されて、チトルが仲間になってから初めての本格的な戦いの時の光景だ。

 だからこれは――――夢だ。

鋼廃竜アムダス・ドラゴンとは何なんですか?」

「マヨイがおれに話しかけるなんて珍しいじゃないの。何かあったのか?」

「そんなことはまずいいですから、鋼廃竜アムダス・ドラゴンとやらについて話をしてくださいスケベ」

「おっとスケベと来たか。否定できねぇや」

 真宵後輩の毒舌にも慣れてきたもので、チトルは軽薄そうに笑いながら言う。けれど鋼廃竜アムダス・ドラゴンからは射線を向けたままだ。

 距離にしてみれば百メートルほど離れてはいるが、鋼廃竜アムダス・ドラゴンほどになれば、たったの二秒あれば埋められる程度の距離だ。気を抜くイコール死に直結する。

「まぁ、話をしろっつわれても、おれもアレについちゃあ、そこまで知ってるわけじゃねぇんだ」

 チトルはそう前置きする。

「見た目から分かるとは思うが、甲殻がメチャクチャかてぇ。ありゃあ、壊すのに骨が折れるぜ」

「そんなことは見て分かりますから。私が聞きたいのは、アレがどういう特性持っているか、どういった点に気を付けるべきなのかなどです」

「それならアレのブレスにゃ気をつけな。少しでも触れちまったら、あっちゅうまに風化して塵も残りやしねぇからよ」

「なるほど。ブレスに風化ですか」

 把握しました、と真宵後輩は言って地杖を復元する。

 同じように俺も天剣を復元して構えたのだが、チトルが片手で制してくる。それだけでなく、一緒にいたエーシェも、涙目になりながら真宵後輩を止めていた。

「おいおいお前さん方、まさかアレと殺り合おうってんじゃないだろうな?」

「当たり前だろ。あいつがいたんじゃ、いつまで経っても進めねぇだろ」

 俺の真紅の瞳がチトルを射抜く。

 そんなことを意に介した様子もなく、むしろまたかと言わんばかりのため息を吐きつつ、チトルは振り返る。

「バカ言いなさんな。今のおれたちが鋼廃竜アムダス・ドラゴンを相手にできるわけあるまいよ。死にに行くようなもんだ」

「そんなことねぇよ。俺たちはあの黒装竜デュオス・ドラゴンを二人で倒した。四人もいるんだったら、倒せないはずがねぇ」

「いやだから無理だって言ってるだろ。いくらお前さん方が黒装竜デュオス・ドラゴンを倒せたって言っても、鋼廃竜アムダス・ドラゴンまでは倒せるか分からないでしょうに」

 射線を一旦、鋼廃竜アムダス・ドラゴンから外すと、チトルは不満の色を見せる俺に言う。

「言っとくが鋼廃竜アムダス・ドラゴンに比べたら、黒装竜デュオス・ドラゴンなんて可愛いもんだ。力が違いすぎる」

「俺たちはあの頃よりも強くなった。それに数も増えてる。いけないってことはないだろ」

「無理だね。戦ったら確実にお陀仏だ」

 俺の言葉を切り捨て、吐き捨てるようにチトルは言い切った。

 そんなチトルの態度に、俺は苛立ちを募らせる。

 どうしてそこまで弱腰なんだ。少なくとも自分たちは今まで、いくつもの死線を乗り越えてきた。傲るつもりはないにしろ、鋼廃竜アムダス・ドラゴン一体くらいなら、何とかする自信はあった。

 自分と藍霧とチトルとエーシェ。

 この四人がいれば、並大抵の敵には負けないという、当時の俺では気づいてはいないであろう根拠のない・・・・・自信があった。

「よく聞け。今のおれたちじゃアレには太刀打ちできねぇ。実力の差ってのもあるが、基本的に竜相手にゃ複数で立ち回るのが定石だ。一人でどうにかできるのなんて、それこそ一握りしかいねぇ」

「そんなことは分かってるっての」

「それが分かっててなんで無理なのかが分かんねぇかな」

 チトルは長い髪を無造作に掻き上げ、俺に向かって指を突き立てた。

「いいか? おれたちは個々がそれなりに強くても、連携がまるで取れちゃいねぇんだ。バラバラに戦ってたんじゃ、アレには勝てないの」

「だったら連携を取ればいいだろうが」

「……お前さん、本当はバカだろ?」

「あ?」

「連携がそんな簡単に取れたら苦労しないだろ? マヨイは波導術師で中間にいるからそこまで問題はないにしろ、最前線と最後尾にいるおれたちは、互いの動きを把握しないといけないわけ」

 もしも俺が何の考えもなしに斬り込んで、そこにチトルが弾丸を撃ち込んでしまえば取り返しのつかないことになる。それの逆もまた叱り。

 中間にいる真宵後輩はまだいい。波導術師というのは波動の流れで戦場を把握し、支配するものだ。前だろうが後ろだろうが関係はない。

 しかし俺とチトルは違っていた。

 互いが互いのことをよく知り、どこにどういったタイミングで攻撃を仕掛けるか、射線の位置はどこか、斬線はどこを狙っているのか――という様々なことを知り尽くさねばならない。

 けれど今の俺たちにはそれはない。まともに連携を取るような戦いがなかったのだ。

 それなのにいきなり連携を取れなどというのは、無茶振りにもほどがある。

「エーシェに至っては回復と防御専門だ。火力が必要になる戦いにゃ、はっきり言うと不向きだ」

「……だったらどうするってんだ」

「逃げるっきゃない。アレを相手にするんだったらもう少し強くならないといかんからな」

 幸いなことに俺たちが目的地としている場所は、時間は掛かってしまうものの迂回して行ける場所だ。こんなところで命をかける必要はない。

「それに、気になることもあるしな」

 射線を再び鋼廃竜アムダス・ドラゴンへと向ける。

「気になること? 気になることとは何ですか?」

「マヨイも気がつかねぇか? 周りに魔獣の気配がない」

 言われてようやく真宵後輩もそのことに気がついた。

 いくらこの地域を鋼廃竜アダモス・ドラゴンが支配しているとはいえ、全く魔獣がいないということはまずない。

 それこそ魔獣すら住めないような地域であるなら別問題だが、ここはそこまで荒廃しているわけではない。

 人間は住むなくとも、魔獣なら住むことはできる。

「それとどうして、産卵期のはずの鋼廃竜アダモス・ドラゴンがこんな場所まで出てきてるんだって話だ。おかげで計画が台無しだ」

「お前が練ったわけじゃねぇだろ」

「おっと、厳しいとこを突いてきなさんな、お前さん」

「それはまずいい。それより産卵期にここにいるって、そんなにおかしいことなのか?」

 先ほどのチトルの言葉に、いまいちピンと来るものがなかった。産卵期でも動くのは普通ではないのか、そういう疑問があった。

「おかしいさ、そりゃあもう、かなりな。普通に考えて、竜種の産卵期は子を守るために自分の巣にいるんだ。母体は動けなくなるからな」

「なるほどな」

「それなのに出てきてるってのは、あり得ないってことさ。……もしかしたら、アレはヤバイ奴かもな」

「ヤバイ奴? ヤバイ奴って何だよ」

 異世界に来てから二年以上が経過しているとはいえ、まだそこまでの知識があるわけではない。

 ヤバイ奴とだけ言われても、何が何だか分からない。

「それについちゃあ逃げてから教えてやる。今は早くこっから離れるのが先決――」

 チトルが言い切る前に何かが爆発したような、鼓膜が破れかねない大音量――鋼廃竜アムダス・ドラゴンの咆哮が荒廃した大地に響き渡った。

 腕の代わりに発達した翼を大きく広げ、こちらにサファイアに光る瞳を向けていた。

 俺たちはとっさに武器を構える。

「こりゃヤベェわ。マズイ奴だ」

「だからマズイ奴って何だっての!」

「産卵に失敗した奴だよ! 産卵に失敗した奴は、一定の期間はかなり気性が荒れぇんだ!」

 産卵期であるはずの鋼廃竜アムダス・ドラゴンがこんな場所にいた理由は、単純に腹が空いていたからだ。だからここで餌となる生き物が通りかかるのを待っていた。

 そして俺たちに気づいた鋼廃竜アムダス・ドラゴンは、俺たちを捕食するために動き出した。

「カシギ、マヨイ、エーシェ! 迎え撃つぞ!」

「言われなくても分かってるっての!」

「こんなところで死ぬ気はありません」

 俺たちの言葉に続いてエーシェも頷き、鋼廃竜アムダス・ドラゴンへと視線を向ける。

 気がつけば放たれていた鋼廃竜アムダス・ドラゴンのブレスに、俺は氷花を放った。


     ◇


「空が青い、雲が白い……」

「なに当たり前のことを感慨深く呟いてんだよ。冬道はマイペースっていうか、のんきっていうか」

 そんな不知火の声が聞こえた。

 人の寝顔を覗き込むなんて、随分いい趣味してるな。

 俺は上半身を起こしてはぁ、と息を吐く。

 当たり前なんて言うが、異世界にいたときはそれは当たり前じゃなかった。夢にでてきたアムダス地域なんか、空は濁ってるし雲もない。あるのは――いるのは鋼廃竜アムダス・ドラゴンくらいのものだ。

 あれからどうなったんだったかな。

 確か、連携なんか見る影もなく、それこそ司先生が言ったように目くそ鼻くその罵りあいをしながら、鋼廃竜アムダス・ドラゴンを撃退したはずだ。

 討伐ではなく――撃退。

 何とか追い返す程度にしか出来なかったとも言える。

 よくあんな戦いで鋼廃竜アムダス・ドラゴンを追い返せたよな。思い返してみると自分のことながら驚けるぞ。

 でもあのときは、いつも以上に戦えていたような気がする。罵りあってたっていうのに、お互いに波導をぶつけ合ったりもしてたのに、全力以上の力を発揮できた。

「本音のぶつけ合いか……」

「ん? なんだって?」

「何でもねぇよ。……で、我らが生徒会長さまはどこに行ったんだ?」

「さあ? 何にも言わないで出てったからなぁ」

「相変わらず協調性の欠片もねぇな」

 それなら、もうそれでもいい。むしろその方が助かる。

「お前さ、なんであんなにやられてたんだ?」

「ぐ……。す、ストレートに訊いてくるな、お前」

「回りくどいのは嫌いだって言ったろ」

「そりゃそうだけど、少しは気遣ってくれ。なんでって訊かれると、単に噛み合わなかったって感じだ。俺が射線に黒兎先輩が入ってくるから、撃てなくて隙だらけのとこをやられたんだよ」

 予想通りすぎてため息も出てきやがらねぇ。

 しかしなるほど。これから連携なんて取れるわけでもないのだから、黒兎先輩のその態度を利用するか。

 携帯電話を取り出してみると、両希から何通かメールが来ていた。着信も何度かあったようだ。

 マナーモードにしてたから全然気がつかなかった。

 なんか悪いことしたな。

 勉強会をすると言っていたが、何か用事ができたのか? 連絡があると助かる――というメールの内容だった。

 ……あ?

 そういや休みになったら勉強会するって言ってたっけ。

 俺は顔を押さえて、今度こそため息をつく。

 勉強すらまともにできる時間がないのか。自業自得とはいえ、これじゃ先が思いやられるな。

 パチン、と携帯電話を閉じる。

「わりぃな、不知火。今から勉強してくるわ」

「は? 何言ってんだ?」

「だから勉強だって言ってんだろ。そういう約束してたんだよ。夜までやることがねぇんだし、俺は行く」

 そう言って生徒会室を飛び出す。後ろから不知火が何か言っているのが聞こえたが、無視だ無視。

 メールが他にも何通か来てたけど、たぶん両希が送ってきたものだろう。

 俺は学校を出て、走り出す。

 屋根の上を跳んで移動できたら、もっと速く着けるんだけどな。

 とは言っても、両希の家はそこまで遠いわけじゃない。学校からなら、走ればだいたい十分くらいで着くくらいの距離だ。

 幼馴染みだし、俺の家にも近い。

 でも俺と両希の生活のリズムが違うっていうのもあり、一緒に登校したりはしない。真宵後輩は俺に合わせてくれてるんだと思う。

 なんか申し訳ないな。

 その真宵後輩も今は女性メンバーと腹を割って話してるところだろうが、馴染んでるだろうか。……無理だろうなぁ、真宵後輩だし。

 他人に無関心なんだよな。

 還ってきてから俺以外と自分から話しかけた姿なんて見たことないし。クラスでどんな生活してるんだか。

 俺が卒業したらどうなることやら。ものすごく心配だ。

 なんてことを考えているうちに、両希の家に到着していた。しかもちょっとだけ通りすぎてしまった。

 息を整えてチャイムを鳴らす。

 両希はすぐにでてきた。

「かしぎか。いきなりどうしたんだ?」

「勉強会に来たんだよ」

「そうだったのか。来ないからやらないと思ってたぞ」

「……悪かったな。ちょっと用事あったんだよ」

「用事って何の用事だ?」

「両希には関係ねぇよ。気にすることじゃねぇ」

 そう言って両希の家に上がり込む。

 そのまま真っ直ぐリビングに入り、フローリングの床にどっかりと座る。両希の家にも入り慣れたもので、第二の我が家って感じだ。

 物がないというより、整頓されている殺風景というのが、両希の家の特徴だ。几帳面なんだよな。

「珍しく今日は藍霧さんは一緒じゃないのか?」

「そんな四六時中一緒にいるわけじゃねぇよ」

「そうだったのか!?」

「そこまで驚くことか?」

「当たり前だろう! 藍霧真宵ファンクラブ兼精鋭部隊ですら掴んでいない情報だぞ!」

「まだあったんだな、それ」

 プライバシーも何もあったもんじゃない、ストーカーみたいなもんじゃねぇか。いい加減壊滅してしまえ。

 かといってそれを口にしたりしない。

 面倒なことにこれ以上巻き込まれてたまるかっての。超能力関係だけでもう満腹だ。おかわりはいらん。

「アウルやかれきには声をかけなかったんだな」

「あいつらは自分でなんとかするだろ。特に飛縫は」

「なら詩織は?」

 額をテーブルに叩きつけてしまった。ものすげぇ痛い。

 まさかこのタイミングで柊の名前を出してくるとは。

「なんでテーブルに頭を打ち付けているんだ?」

「……いや」

「ふむ。詩織と喧嘩でもしたのか?」

「喧嘩したってわけじゃねぇんだけど、なんつーか……」

 まさか、柊が『吸血鬼』の超能力者で、それを止めるために学校の超能力者たちが動いてて、さらに外からの超能力者が柊を殺しに来るから守ってる――なんて一息で言うには呼吸困難になりそうなことなんて言えないし。

 何て言って誤魔化したものか。

「フラれたのか?」

「意味わかんねぇよ。告白したわけでもねぇのにフラれるかっての」

「女心というのは分からんものだぞ?」

「お前が言うんじゃねぇ」

 お前に女心の何が分かるってんだよ。

「たしかに僕が言うことじゃなかったな。それで結局、何があったんだ?」

「大したことじゃねぇよ」

「かしぎはずっと大したことないって言うが、本当に大したことじゃなかったらそんな顔、するはずないだろ」

「どんな顔してるよ」

「ひどい顔だ」

 ……分かりづれぇ。ひどい顔って何だよ。顔の造りに関しては俺じゃなくて、俺を産んだ母さんに言えよ。

 俺が知る限りでは、人類最強の母さんにな。

「そういう顔をするときは大抵悩んでるときだ。僕にくらい相談してもいいんじゃないか? 幼馴染みだろ?」

「幼馴染みが美少女でツンデレだったら喜んで相談する」

「僕的には天然か無口の方がいいな」

「お前の好みを訊いてるわけじゃねぇっての」

 でもまぁ――こいつくらいになら相談してみるか。

「もし味方だった奴が敵として現れたら、どうすればいいと思う?」

「知るわけがないだろ。ゲームの話か?」

「お前に相談したのが間違いだったかもな」

 確実に間違いだった。相談しろって言ったくせに。

 けれどこれは、他人に出させるような答えじゃない。自分で考えて、自分で導き出さないと意味がないんだ。

 ……ん? 自分で・・・考えて・・・

 ――そうだよ。

 自分で考えて――自分のやり方でやればいい。

 頭がパンク寸前になってて、そんな簡単なことも考えられなくなってたか。

 悩んでたのがバカらしくなってきた。

 味方だった奴が敵として現れた?

 はっ、それがどうしたってんだ。そんなことはどうだっていいんだよ。敵になったんだったら叩き潰せばいい。

 だが――柊は敵になった・・・・・・・わけじゃない・・・・・・・

 それでも戦いになるってんなら俺は――――

「おい、かしぎ!」

「……! な、なんだよ。人の名前叫んだりして」

「なんだはこっちのセリフだ。いきなり黙り込んだりして。ケータイ鳴ってるのにも気づいてないじゃないか」

「あ? ケータイ?」

 なんか震えてると思ったら携帯電話か。携帯電話を取り出してみると、一通のメールが届いているのが表示されている。

 この前メルアドを交換したばかりの翔無先輩からだ。

『そっちは今どんな調子? ボクたちはもう打ち解けたみたいだよ。女子力ってのはすごいねぇ。訊くまでもないと思うけど、一応どんな調子か訊いておこうかな』――という内容だった。

 俺はただ一言だけ『無理そうだ』と返信する。

 返信はすぐに返ってきて『(笑)』とだけ書かれていた。

 笑い事じゃないっての。それについてはもう解決したからいいけどさ。

 と。

 そこで受信ボックスに未読のメールがあることに気がついた。昨日まではなかったから、たぶん両希のメールと同じくらいに送られてきたメールだな。

 しかし俺は送ってきた人物の名前を見て目を見開く。

 柊詩織――その名前がディスプレイに映っている。

 内容は一行どころか一言ですらなく、たった三文字。

『ごめん』

 ただ、そう書かれていただけだった。

 これは何に対しての『ごめん』なんだ?

 俺たちを殺そうとしたことに対してか、それとも自分が異常であることを隠していたことに対してか。どっちでもいいけど。

 それよりもだ。

 どうして、どうしてお前が謝ってるんだ・・・・・・・・・

 お前が謝ることなんて、ひとつもねぇだろ――――!

「なぁ、柊の家ってどこにあるっけ」

「たしか隣町のマンションだったはずだ。今から会いにでも行くのか?」

「残念ながらな」

「それならこれも持ってってくれ」

 両希は立ち上がり、本棚の上に置いてある紙袋を渡してくる。

「今まで溜まってた宿題だ。それを渡しててくれ」

 あいよ、と一言だけ返事をすると両希の家を飛び出す。

 くそっ。さっきからずっと飛び出してばっかだな畜生。

 俺はなるべく人目のない路地を選んで、屋根から屋根へと飛び移って移動する。

 気がつけば俺は、全速力で駆けていた。



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