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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第三章〈『吸血鬼』の宴〉編
29/132

3―(6)「会議」


 翌日。土曜日。俺は人生史上最悪な目覚めをしていた。

 今までたしかにいろいろなことがあったけれど、まさか、妹にマウントポジションを取られている最中に目覚めるだなんて、思いもしなかった。

 昨日は東雲さんと会って、なんだか事態がごちゃごちゃになって、もう考えるのが面倒になったから必要最低限のことをしてベッドに倒れ込んだ。

 夕食は適当に済ませて、風呂に入ってそのまま部屋に入ったから、そう言えばつみれともアウルとも話してなかったっけ。

 まずそれはいいんだ。問題なのは、どうして土曜日の朝から、妹にマウントポジションを取られているかということだ。

 そしてどうして拳を握ったまま振り上げてやがる。

「おはよー、兄ちゃん。いい朝だな」

「あぁ、すげぇ朝だ。妹にマウントポジションを取られて、尚且つ、殴られる寸前に起きるなんてまずねぇよ」

「そうだね。本当なら殴って起こすとこだったんだけどなー。兄ちゃん、なんで起きたんだよ」

「命の危機を感じたんじゃねぇかな?」

 いくら俺でも(というか誰でも)空手二段の下段突きを喰らったらただじゃ済まない。つーかつみれは、絶対空手二段の腕前じゃない。前に組手をしたときそれは確認済みだ。

 それで顔面が陥没するくらいで済むなら儲けもんだ。

「大丈夫だよ、兄ちゃん。ちゃんと止めは刺すから」

「それのどこに大丈夫な要素がある。完全に殺る気じゃねぇか。なんで殺されねぇといけないんだよ」

「それは昨日、兄ちゃんが変な女の人と一緒にいたからに決まってるじゃん。学校サボってなにやってたのさ」

 変な女の人って東雲さんのことか。たしかに東雲さんは変な人だけどさ。

 ……あれ? なんで東雲さんと一緒にいたところ見られてんの? その時間帯って学校のはずだろ。

「あたしが直接見たわけじゃないけど、兄ちゃんが通ってる高校で、兄ちゃんが変な女の人と話してたっていう友達がいたんだよ。しかもなんか戦ってるみたいなパントマイムしてたっていうし」

「戦ってるみたいなパントマイム? なんだそれ、俺はそんなんやった覚えはねぇぞ?」

「そんなこと言われても、見た奴がそう言ってるんだから仕方ないじゃんか。それに、あたしが見たわけじゃないからなんとも言えないし」

 まさか、あの巨大な剣を持ってる男(そういえば名前を聞き忘れた)が見えなかったのだろうか? あんな目立つ剣を持ってたら、なにがなんでも目につくはず。

 もしかして、あの男は能力者にしか見えないのか?

 東雲さんはあの男のことを式神と呼んでいたし、もしかしたらそうなのかもしれない。そうしたら俺を見たそいつに見えないのにも納得がいく。

「で? 学校サボったくせに、その学校の校庭で変な女の人とパントマイムして、兄ちゃんはいったいなにをやってたのさ」

「妖怪と戦ってたんだ。妖怪は普通の人間には見えないんだ。だから俺がパントマイムをやってたように見えても仕方ねぇ」

「兄ちゃん、さすがにそんなんじゃ騙されないよ」

「やっぱりか。まぁ、兄ちゃんが奇行にでも走ったと思ってくれればいいんじゃねぇの?」

「そんなこと思いたくないんだけど!」

「それじゃ気にすんな。もうそんなことはしねぇからよ」

 俺が次に東雲さんと式神と戦うとしたら、早くて今夜。少なくとも、この五日間のうちには戦うことになるだろう。だから、もう見られることもない。

 それにしても、東雲さんは『陰陽師』の能力者と言っていたけれど、その式神が普通の人間には見えなくて、能力者にだけ見えるという特性があったのか。

 妖怪祓いとかの陰陽師の式神は、妖力がないと見えないだとか聞いたことがあるが、それが能力者になると見えるのが能力者だけになるとは。

 そう考えると『吸血鬼』の能力者である柊の場合も、なにかが能力者仕様になっていると考えるのが無難だ。

「でさ、兄ちゃん」

「あ? なんだよ、妹」

「兄ちゃんはあたしがいつまでもマウントポジションを取ってることに、いつになったらツッコミを入れてくれるのさ」

「なんだ、ツッコミ待ちだったのか。それじゃ退け。さっきから重てぇんだ――っ!?」

 俺が最後まで言い切る前に、つみれの下段突きが炸裂した。間一髪で避けたからよかったものの、こいつ、明らかに本気だったぞ。

「……兄ちゃん? 女の子に重いとか言っちゃだめだ」

「わ、わかった。今後は気をつける」

「そう。ならいいけど」

 つみれは拳を戻しながら、俺から退く。

 今日ほど妹の存在に恐怖を感じたことはない。

「あっ、そういえば兄ちゃん」

「なんだ?」

「さっき藍霧さんが来てたよ? 今はリビングでアウル姉ちゃんと話してるみたいだから、早めに来た方がいいと思うぜ?」

 つみれはそう言うと俺の部屋から出ていく。

 どうしてだろう。真宵後輩が家に来てくれたというだけで、先ほどまではそれほど高くなかったテンションが一気に高くなってきた。

 こうしてはいられない。いつまでも寝ぼけていないで、身支度を整えて、真宵後輩に会いに行くとしよう。

 ……昨日、東雲さんがキャラ設定がどうとか言っていたけれど、最近の俺の言動を思い返してみると、初期の頃から、だいぶキャラがぶれてしまったような気がする。

 いいや。俺のキャラはぶれてはいない。真宵後輩が家に来てくれただけで、思わず狂喜乱舞してしまうのなんて、初期の頃からだったじゃないか。

 自分で言っておいて否定するのもおかしい気はするが、やっぱり違うような気がする。

 とりあえず着替えは私服ではなく、制服。休日とはいえ、学校に行くとなると(部活を除けば)、制服で行かなければならないような義務感を感じる。

 どうせ学校には能力者関係しかいないのにな。

 部屋を出て早足でリビングに向かうと、テーブルにはアウルと真宵後輩の姿があった。

 どうやらつみれは遊びに行ってしまったらしい。

 そして真宵後輩は、偉くご立腹のようだった。それはもう、俺を下段突きで起こそうとしたつみれとは比較できないほどに。

「……」

 さっきまでバカみたいに高かったテンションが、嘘みたいに下がってきた。なんで俺、真宵後輩にそんなに睨まれてるんだろうか。

 昨日はたしかにサボりはしたが、真宵後輩にメールで連絡はしたし、機嫌が悪くなるようなことはしていないはずなんだけどな。

「かしぎ先輩」

「なんだ」

「おはようございます」

 それでも挨拶はするんだな。

「おはよう真宵後輩。今日も相変わらずキュートでチャーミングでめちゃめちゃ可愛いな」

「私はクールと言ってもらえればそれだけでいいのですが、かしぎ先輩が誉めてくれたので、それは素直に喜んでおきましょう。わーい、やったー」

「お前のキャラで、たとえ棒読みでもそんなことを言うもんじゃねぇ。可愛いじゃねぇか」

「なら問題はないでしょう」

 うん、可愛いから問題はない。むしろお願いしたい。

「さて」

 と、真宵後輩は章を変えるときのように、話を変えようとそんな前置きをして会話を始めた。

「先輩。昨日は学校をサボったみたいですが、学校をサボって、いったいなにをやっていたのですか?」

「……」

 こいつ、俺がなにをやってたか全部知ってるくせに、俺の口から話させようとしてやがる。

「すみません、質問を変えましょう。昨日、学校をサボったくせに、見知らぬ女と一緒になにをやっていたのですか? かしぎ先輩」

「……」

 やべぇ。真宵後輩がこれまでにないくらい怖い。

 おかしいおかしい、どうして真宵後輩がギャルゲーなどの美少女ゲームでヒロインが多発的に発症している『主人公が他の女の子と話していると気になる』病にかかっているんだ。

 これに発症する条件は、主人公に好意を持っている女の子限定のはずなのに、どうして真宵後輩がこうなっているんだ。

 まさか、そういうことなのか?

 そうでないと思いたい(いやむしろ肯定したい)けれど、これってやっぱりそうだろ、完全に脈ありだろ。

「なにをやっていたのですか?」

 ……いや。真宵後輩に限ってそれはないよなぁ。

 たぶん異世界から還ってきて、俺の女の子絡みのことというと大抵が超能力――異常が関係しているから、そういうことを聞きたいんだろう。

「別になにもしてねぇよ。道案内を頼まれて、居酒屋で飯食って、学校に来て――戦って、くらいのもんだ」

「なるほど……。ふむ、先輩」

「なんだ」

「学校をサボって、見知らぬ女と会うとは何事ですか」

「……お前の着眼点はそこなのか? お前の着眼するところは俺が戦ったということじゃなくて、見知らぬ女と会ったことなのか?」

「当たり前です。戦いに関しては心配するところはありません。女関係の方が心配です」

「妙な信頼寄せられてんのな、俺……って、後半部分が思いっきり信頼が寄せられてねぇ」

 かなり心配されているではないか。

 俺の唯一の名セリフが言い切れなかったじゃないか。

 まぁ、それについては別にどうでもいいんだけど。

「安心しとけ。俺は歳上には興味ねぇ。同級生までだ」

「そうですか。なら安心ですね」

 どうやら真宵後輩の怒りは収まってくれたようだった。

「で? なんでお前らは私服なんだ?」

「むしろ何故冬道は制服なのだ?」

「学校に行くんだから制服なのは当たり前だろ」

「そうは言っても、学校には能力関係しかいないのだぞ? いくら司先生がいるとはいえ、私服でも構わないと思うんだが」

 アウルの言葉に真宵後輩も小さく頷いて同意する。

 まぁ、なんでもいいか。どうせ制服でも私服でも、どっち着てっても変わるわけじゃないんだし。

「それで冬道、戦ったと言っていたが、いったい誰と戦ったと言うんだ?」

「そのことについては、学校で全員が揃ったところで説明する。思いの外、重要な情報も手に入ったからな」

「重要な情報?」

「そ。重要な情報だ」

 そこまで言って時間を確認してみる。

 九時三〇分か。なんだか俺が寝過ごした感が否めないんだが、そこは気にしないでおくとしよう。昨日はいろいろあったから、寝過ごしたとしても仕方がないんだ。

 それに翔無先輩だって遅れてもいいって言ってたし。

「時間です。行きましょうか」

 真宵後輩はそう言って立ち上がり、玄関に向かう。

 俺とアウルも同じように玄関に向かい、外に出る。

「なんだか、最近は異世界にいたときみたいですね」

「あ? そういやそうだな」

 異世界にいるときは最近みたいに連続していろいろなことが重なり、たまになにもないときがあると休めるは休めるのだが、逆になにかあるんじゃないかと思えたくらいだ。

 こっちに還ってきてからはそんなことはなかったが、こうして事件が続くと、少しだけ安心する――っていうのも、おかしいか。

「だけど異世界にいたときはなんにも考える必要がなかっただけ、今の方が面倒かもしれねぇな。大っぴらに波導も使えないし」

「それに戦っただけで筋肉痛ですからね」

「あー……それは嫌だよな」

 しかし俺は不知火との戦いで筋肉痛にならなかったから、ある程度はイメージに体がついてくるようにはなっているみたいだ。

 ただ、あのときはほとんど戦っていないと同じだから今後、本気で戦うようなことがあれば、筋肉痛にならない可能性はないわけではない。

 そしてその本気で戦うかもしれないシチュエーションは、今夜にでもあるかもしれないわけで。

「でも真宵後輩は水と風の波導を併用して、筋肉痛くらい簡単に治せるだろ。俺は風しか使えねぇから、簡単には治らねぇよ」

 風系統の波導が使えるっていっても、どちらかといえば攻撃向きの波導だし。

「治せるといっても痛いことは嫌なんです」

「真宵後輩、俺が前衛でどんだけ痛い思いしたかわかって言ってんのか? 内臓潰されたり、肩切り落とされたりしたことあるんだぜ? 俺は」

「ちゃんと治してあげたでしょう。感謝してください」

「だったら俺が必死でお前を守ったことも感謝してくれ」

「守ってくれてありがとうございます」

「いえいえこちらこそ。治してくれてありがとう」

「本当に仲がいいなお前らは!」

 アウルが耐えきれなくなったように叫んでいた。

「なんだよ、混ざりてぇのか?」

「前にも同じようなやり取りをやったような気がするが、とりあえず言うとすれば混ざりたくはないな!」

「俺は混ぜたい!」

「どうして混ぜたいのか私にはわからないのだがな!」

 これが当然の反応か。異世界の話をされたって、アウルにしてみれば面白くもなんともないからな。

「お前と最初に会ったときは、こんな奴だとは思ってもいなかったんだがな……。いったいお前はどうしてしまったんだ?」

「どうしたもなにも、俺はなにも変わって……」

 そこまで言って、なんとなく言葉を止めてしまった。

 キャラ設定――アウルが俺と出会ったときと今の俺とで変わったような印象を受けたように、俺もアウルがいくらか変わったように見える。

 なんとなく刺々しかった雰囲気は、今では見る影もない。同じように俺も変わってしまったならば、それはキャラ設定――性格が変わったということだろうか。

 最初の設定が無くなる。

 作り直す。

 無意識的に。

 それを無くした。

 一番最初の自分の骨子。

 無くしてはならない、自分という個性。

 東雲さんはキャラ設定を作り直す作業は難しいと言っていたが、そう考えると、そこまで難しいことでもないような気がする。

「どうしたんだ? 冬道」

「いや。とりあえず俺はなにも変わってねぇよ」

 最初の設定も、今の設定も。

 ちゃんと『冬道かしぎ』のなかにある。

 変わったと言われるときがあるけれど、それは変わったんじゃなくて、新しく増えたのではないかと思う。

 なにも変わっていない――とは言い切れないけど、無くなったものっていうのはないはずだ。無くしていいものなんか、自分のなかにはなにひとつない。

「誰もいないですね。もう学校のなかでしょうか?」

 いつの間にか到着していた校門から校庭を見渡してみるが、どこにも人影はない。真宵後輩の言う通り学校のなかだろう。

 外で待っている理由はないし、クーラーの利いている風紀委員室で待っていた方がいいだろうからな。

 そしてわずかに残っている、俺と式神との戦いの痕跡。

 そこを通り学校に入り、寄り道することなく風紀委員室に向かうと、予想に反して、ほとんどのメンバーが集まっていなかった。

 というか、翔無先輩と秋蝉先輩だけだった。

「やぁ、よく来たねぇ後輩諸君。時間通りだよ」

 翔無先輩がテーブルに足を乗せ、偉そうにそう言った。

「なんだその変なしゃべり方。新しいな」

「たまには先輩の威厳を出しておこうかと思ってねぇ。ボクは基本的にそういうのには拘らない方なんだけれど、どうだい? 少しは威厳が出てるかい?」

「威厳はともかく、パンツが出てる」

「な……っ!」

 翔無先輩が勢いよく椅子から転げ落ちていた。

 ちなみにパンツの色は純白だったと言うことを記す。

「そんなことを記す必要はどこにもないんだけどねぇ!」

「俺はそこだけをピックアップする必要があると思うぜ」

「……私もそう思います、かっしーさん」

 ソファの後ろから火鷹が姿を現した。

「……お久しぶりです、かっしーさん」

「あぁ、久しぶりだな。監視の方はもういいのか?」

 妙に久しぶりなように感じるのだが、気のせいではないだろう。

 両希の家で勉強したときまでは俺を監視していたのだが、その次の日からはいなくなっていたのだから。

「……はい。一応、監視期間は終わりましたので」

「ふーん。そっか」

「……もしかして、寂しいのでしょうか? 私の温もりを感じれなくなって、抱き枕にできなくなって、己の性欲をぶつけることができなくなってしまったから」

「わけのわからねぇことを言ってんじゃねぇ。あいにくと、お前が言ったどれもやったことはねぇよ」

「……人には、忘れたい記憶がありますからね」

「ちょっと待て。なんなんだその寂しそうな表情は」

「……いえ、あれだけ楽しかった日々も、貴方は忘れてしまったのかと思うと寂しくて」

 なんなんだ。これって俺が忘れてるだけなのか? 俺が忘れてるだけで、実はそんなことをやってたのか?

 本当にそんなことをやってしまっていたとして、たった数日で忘れられるようなことでもないはずだ。

 いや、でも……どうなんだろうか。

「……まぁ、嘘ですけどね」

「俺の芽生えかけていた罪悪感をどうしてくれる」

 火鷹は相変わらずキャラが全然ぶれていなかった。

 さっさと部屋に入り、秋蝉先輩と雑談をしているアウルと真宵後輩を横目で見ながら言う。

「生徒会メンバーと司先生はどうしたんだ?」

「司先生と生徒会メンバーなら、今は吸血鬼について調べてるところだよ。ボクたちは思いの外早く集まっちゃったから、風紀委員メンバーはここで待機して、生徒会メンバーは吸血鬼調べさ」

「吸血鬼についてなら俺もある程度は調べたぞ」

「珍しいというか、意外だねぇ。戦いに参加しないんじゃないのかい?」

「え? 冬道くんって参加しないの!?」

 翔無先輩の何気ない一言に、秋蝉先輩が異様なほどに反応を示していた。……余計なことを言って、一番戦いの経験がない秋蝉先輩を不安にさせないでくれ。

「大丈夫。戦う。ちゃんと剣を握れるよ」

「そうなの? よかったぁ」

 秋蝉先輩はそれを聞き、安心したような声を漏らしていた。頼られるというのは存外悪いことじゃない。

「同じように調べた俺が言うのもおかしいが、たかだか調べられるような吸血鬼のことを調べて、意味なんてあるのか?」

「さぁ、言い出したのは司先生だからねぇ。専門家である司先生が調べるって言ったんだから、意味はあるんじゃないかな。それにどんな意味があるかは、来たら教えてもらえばいいだけだよ」

「そうだな。翔無の言う通りだ」

 なんの前触れもなく後ろから声をかけられ、俺は思わず距離を置いてから振り向いてしまった。

「なんだ冬道、敵襲されたような反応なんかして」

「……司先生、気配を消すのはやめてください」

「すまないな。高校時代はちょっとやんちゃだったものでな、気配を消してしまうのは癖なんだ。危害を加える気はないから、安心してていいぞ」

 そういうことを言ってるわけじゃないっての。

 俺は表情ひとつ変えないで風紀委員室に入ってくる司先生を見ながら、そんなことを思う。

 今のでわかったが、どうやら俺はこっちに還ってきてから平和ボケし過ぎているようだ。異世界にいたときなら、気配を消されててもわかったはずなのに、今はわからなかった。

 司先生に上回られたようで、なんだか悔しい。

「そこまで取り乱すとは、無様だな、冬道かしぎ」

「真宵後輩に手も足も出なかったくせになにを偉そうなことを言ってやがる。出直してこいよ、黒兎大河」

「口の聞き方には気を付けろ。貴様、殺されたいのか?」

「それはこっちのセリフだ。殺すぞ」

 俺と黒兎先輩は互いににらみ合いながら言い合う。

「アンタ達、喧嘩してんじゃないわよ!」

 白神先輩が言いながら叩こうとしてきたので、俺は一歩下がることでそれを回避する。黒兎先輩はそれをまともに喰らっていた。以外に痛そうだな。

「いきなり危ねぇな、白神先輩」

「その割りにはあっさり避けるじゃない」

「痛いのは嫌だからな」

 黒兎先輩が叩かれた場所を撫でているのを見るあたり、白神先輩に叩かれるのはかなり痛いのだろう。さすがに勘弁してもらいたい。

「先生、資料まとめてきましたー」

 そんな疲れたような声を出しながら、不知火が入ってきた。手元には無駄に量の多い資料がある。

「ん。ご苦労さま、不知火。助かった」

「別にいいですよ、これくらい」

「すまないな。さて、これで全員が揃ったわけだな。ならばさっさと作戦会議を済ませてしまおう。大してやることもないわけだからな」

 司先生はそう言って、不知火が運んできた資料をみんなに渡してくる。それを受け取って中身を見てみると、吸血鬼についてびっしりと書かれていた。

「吸血鬼について多かれ少なかれ知っていることはあるだろうが、今回はその吸血鬼と戦うわけで、その特性を頭に叩き込んでもらわなければならない。能力者とはいえ、相手は吸血鬼。『吸血鬼』の能力者だからな」

 司先生は超能力というのは人間のイメージが具現化したものと言っていた。イメージしたものを、そのまま超能力として具現化させる。

 『九十九』は吸血鬼をイメージして柊を生み出したということはすなわち、すでに現存する吸血鬼をイメージしたのだから、そのまま吸血鬼の特性を持っていることになる。

 東雲さんだって『陰陽師』の能力者だった。

 式神を使役する能力。

 柊もまた、『吸血鬼』の能力者だ。

「不老不死、超回復。それについてはわざわざ言うまでもないな? 文字通り殺しても死なないし、傷を与えたとしても瞬時に再生する」

 映像を見る限りだと、腕や足が千切れたとしても一瞬さえあれば元通りになるくらいの再生能力は持ち合わせていたのを確認できた。

 ただ、と司先生は言う。

「問題なのは吸血鬼の吸血行為だ。本来の吸血鬼の場合だと生命力を吸収――エナジードレインの効果があるのだが、『吸血鬼』の能力者はそうじゃない。

 今までにこいつの被害に遭った奴らのことも調べてわかったんだが、こいつの吸血行為には超能力を吸収――スキルドレインの効果があるらしい。被害者全員が、自らの超能力を失っている」

 『吸血鬼』の能力者の吸血行為――スキルドレイン。

 生命力を奪われないだけマシかもしれないが、今まで超能力という異常を体の一部として使ってきた能力者からしたら、それを失ってしまうというのはどういう心境になるのだろうか。

 俺は元々持っていたわけではないから、手に入れたときのことはよく覚えているものの、失ったと仮定したときのことなんか、想像すらできない。

「スキルドレインで吸収した能力を使えるかどうかはわからないが、使えると思うことに越したことはない」

「しかしそうは言っても、量的には凄まじいですが」

 資料の一枚にスキルドレインをされた能力の一覧が書かれていたが、それを使えるとなると、もはや能力者の軍団とも言えるほど、膨大な数だった。

 それにその数だけ、被害者がいるということにもなる。

 柊にスキルドレインされた、能力者の被害者が。

「そうだとしても結局は使うのはひとりだ。そこまでの脅威にはならないはずだ。ようはスキルドレインをやられないようにしろ、というだけだ」

 もしも戦っている最中にスキルドレインをされてしまえば、その能力者はただの人間に成り下がってしまう。

 そうすればそいつはただの邪魔にしかならなくなる。

 しかしスキルドレインで吸収できるのはあくまでも超能力だけで、おそらく波導を吸収することはできないはずだ。

 そもそも波導というのは波導使いだけに存在する特別な器官――波脈に波動を流すことで使っているわけだから、吸収されるものはなにもない。吸収されるとしても波動くらいのものだ。

 だから俺や真宵後輩にはそこまで重要なことではない。

「そしてもうひとつ。この特性は私たちにとってかなりの大打撃だ。戦力が半減したと言っても過言ではない。むしろその通りだ」

「どういうことだい?」

「魅力、またはチャームと呼ばれる特性だ。これは異性にしか効果は発揮しないらしいが、それでも冬道と黒兎、不知火には効いてしまう」

 黒兎先輩と不知火も同じように司先生と吸血鬼について調べていたから、それについては知っていたのだろう。苦虫を噛み潰したような表情をしている。

「チャームに魅せられてしまえば吸血鬼の虜にされ、逆に戦力を増やすことになってしまう。戦力が減るのは惜しいが、三人には別行動をとってもらう」

 ……まぁ、俺は元から別行動なんだけどな。

「……待ってください。去年の映像では、黒兎大河はチャームに魅せられたようには見えませんでしたが」

「そうだな。しかし、今回も魅せられないとは限らない。黒兎と不知火だけなら、魅せられたとしても藍霧がいればなんとかなるだろうが、冬道まで魅せられるとそうはいかない」

 司先生は俺たちの実力もわかった上で話しているようで、その判断は実に正しいと言える。

 俺と真宵後輩の実力は僅差とはいえ、俺の方が上回っている。元から参加はするつもりなかったけれど、俺まで柊側につけばまず勝ち目はない。

「だから男共には、外側の警戒をしてもらう」

「外側の警戒だと? なにを警戒しろというのだ」

「吸血鬼を利用しようとする能力者のだ。黒兎も『組織』をよく思わない能力者を知っているだろ? 戦いに介入されては邪魔だからな。そういうのを警戒していてくれ」

「……警戒するのは、それだけじゃない」

 俺は司先生の言葉に割り込むように呟く。

 警戒するのはそんな小物能力者だけではない。そんなのを無視してでも、警戒しなければならないものがある。警戒しなければならない人がいる。

「九十九東雲――本当に警戒すべきは、この人だ」

「かっしー、この前の話を聞いてなかったのかい? この戦いに『九十九』の人間は関わることができないんだ。忘れたわけじゃないよね?」

「あぁ、忘れてはねぇさ。だけど物事には例外ってもんがあるってことだ」

 俺は昨日の出来事を全て話した。

 東雲さんとした、あの会話の内容も全てだ。

 そして司先生は顎に手を添えて懐かしそうに言った。

「なんの縁か因果か、また関わることになるなんてな」

「東雲さんのこと、知ってるんですか?」

「知ってるもなにも、東雲の話に出てきた高校時代の友達というのが私だからな。あいつとは同級生だ」

「……は?」

「それにしても、なにをしているかと思えば能力者殺しときたか。奴も超能力の知識に関しては、私には及ばないものの、それくらいのものは持っているはずなんだがな」

 東雲さんが司先生と同級生だって? おいおい、都合がよすぎるにも程があるだろ。どうなってやがる。

 しかも専門家である司先生と同じくらいの知識量って、そんなの信じられねぇよ。

「冬道、黒兎、不知火。東雲がもうひとつの勢力として現れてしまった以上、お前らはこいつをなんとしてでも食い止めろ。こいつは吸血鬼以上に最悪だ」

「どういうことですか?」

「こいつは『九十九』のはぐれ者とは言っているが、実力は歴代『九十九』で一二を争うほどだ」

 たしかに東雲さんは強いと感じることができた。わずかに組み合っただけにしろ、その強さを理解するにはそれだけで十分だ。

 もし東雲さんの実力が俺の思っているくらいのものだとすれば、今の俺ならば・・・・・・本気を出さなくてはならないだろう。

 手加減する余裕なんて、どこにもありはしない。

「司先生は戦わないのか?」

「私は知識だけだ。残念ながら戦力にはならないさ」

 絶対に嘘だ。さっきは気配を消してしまうのは癖なんだとか言ってたのに、戦力にならないはずがない。

 東雲さんほどじゃないにしても、実力は相当なはずだ。

「去年もそうであったように、吸血鬼はより強い能力者のところにやってくる。夜までまだ時間はあるから、各自好きなようにするといい」

 そう言って司先生はメンバーを解散させた。

 それぞれバラバラに風紀委員室を出ていったのを最後まで見送り、部屋には翔無先輩と火鷹、真宵後輩とアウルが残った。

「なにをやってもいいって言ってたけれど、ボク的には仮眠をとってた方がいいと思うよ」

「どういうことですか?」

「戦いは夜。ちょっとした体調の乱れが、決定的な死に繋がるからねぇ。しかも今回は本当にマズイから、少しでも体調は整えておかないとねぇ」

「それもそうだな」

「仮眠するならそこのソファを使いなよ。もちろんマイマイちゃんとアルちゃんもねぇ」

 そう言われてアウルは空いているソファに座った。

「冬道と藍霧は座らないのか?」

「あ? あぁ、俺たちは屋上に行くからな」

「まさか屋上で寝るのか?」

「まぁな。屋上にはいろいろと思い入れがあんだよ」

 異世界から還ってきて俺と真宵後輩が語らった場所。

 体を休めるには不適切かもしれないが、精神を鎮めるにはこれほどにはないくらいうってつけの場所だ。

 俺たちは風紀委員室を出て、屋上に向かった。



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