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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第三章〈『吸血鬼』の宴〉編
28/132

3―(5)「九十九東雲」


 俺は吸血鬼という存在について少なからず知っている気になっていたけれど、それは偏った知識だったことを、改めて知ることとなった。

 吸血鬼。

 不老不死。

 人間の血を食糧とする、生物学上、最も上位に存在する幻想種。

 たしかにその知識は間違っているものとは言えないだろうし、ほとんどの人間が知っている常識のような知識であろうことは、言うまでもない。

 けれどそれは、吸血鬼が・・・・人類に害を成す・・・・・・・ということを前提とした、とても押しつけがましい知識だ――などと偉そうに語っているが、これは俺自身の言葉ではない。

 俺は柊が吸血鬼の能力者だと知ったあと、できる範囲で吸血鬼のことを調べてみた。

 それになんの意味もないとわかりながらも、吸血鬼の特性を兼ね備えた能力者ということから、少しでも吸血鬼について知っておきたかったのかもしれない。

 こんな曖昧な表現しかできないのは、どうして吸血鬼について調べたか、自分でもよくわかっていないからだ。気がつけば調べていた、といった感じだ。

 さて。

 俺が吸血鬼について調べようと思った動機や、それまでの過程は語っていても無意味なことなので、調べてわかったことを述べていこうと思う。

 吸血鬼――その名の通り、血を吸う鬼。人間の生き血を食糧とし、人間を襲ってその生き血を吸い尽くす。首に噛みつき、そこから根こそぎ、一滴の血も残さずに。

 自らの空腹を満たすために、体を巡る生き血を一滴残らず絞り尽くす――名の通りの吸血行為。

 ちなみにどうして首から血を吸うのかといえば、演出をするためというのもあるだろうけれど、首には頸動脈があるからだろうと俺は勝手に推測している。

 実際、どういった理由で吸血鬼が首から生き血を吸うのかは、吸血鬼でない俺にはまるで見当がつかない。

 もしかしたら理由なんてなく、ただなんとなく、そこから吸っているだけかもしれないし、もちろん意味があるのかもしれない。

 けれど、吸血鬼が吸血行為を行うのは、なにも食糧である生き血を吸うためだけではない。

 それに吸血鬼は不老不死である以上、空腹を満たさずとも生きていけるだろうし、そもそも同じように空腹を感じているかさえ怪しいところだ。

 たとえ感じていなかったとしても、美味いものを口にしたいと感じるのは、生物として当然の感情だ。

 吸血鬼が吸血行為を行う理由のひとつとしては、やはり空腹を満たしたり美味いものを口にしたいと感じるからなのだろう。

 そしてもうひとつが、仲間を増やすためだ。

 吸血行為によってなにも必ず人間が死に至るわけではない。そもそも吸血鬼というのは、元を正せば同じ人間だったとさえ言われているらしい。

 人間から鬼に――化物となった成の果てが、吸血鬼。

 いくら化物となろうとも、まだ人間としての感性が残っているのであれば、不老不死という死ぬことはおろか、歳をとることさえできない異常性に耐えきれるわけがない。

 だから仲間を作ることで、それに耐えようとする。

 かつて人間だった自分がやられたことを、吸血鬼となった自分が、同じように人間を襲い――仲間を作る。生き血を絞り尽くして、同じ吸血鬼へと作り替える。

 吸血鬼の吸血行為には、仲間を作る特性がある。

 もし柊のような『吸血鬼』の能力者が吸血行為を行った場合、それはどんな結果になるのだろうか。

 ただ単に生き血を絞り尽くされるのか、それとも同じ、人間とも化物とも呼べないような、そんな能力者を生み出してしまうのだろうか。

 そのことについては、おいおい司先生に訊いてみようかと思う。

 とりあえず。

 今の俺にできることというのは、柊を止めることだ。斬るのではなく、吸血行為を行わせないために、無理やりにでも柊を止める。

 あれからよく考えたけれど、どうしても俺は、柊を斬ることができそうにもなかった。その場面を想像しただけで、ぞっとする。

 今さらのように、チトルのセリフが思い出される。

「もし味方が敵になっちまったら、お前さん。そいつを殺すことなんて、できやしないだろうよ」

 あぁ、その通りだ。仲間なんて大げさなものではないにしろ、友達が敵として現れた今、俺はそいつを斬れないでいる。斬るという覚悟が、できないでいる。

 俺は、どうすればいいんだ。俺がやらなかったとしても、真宵後輩や翔無先輩が、柊と殺し合う。

 いくら俺が斬れないのだとしても、他の奴らからしたら関係ないわけで、今までと同じように戦うだけ。少しだけ物騒になっただけのことだ。

 なんの躊躇もいらないし、必要ない。殺しはしない(そもそも殺せるかすらわからない)けど、害を与えるならなんとしてでも食い止める。それが、翔無先輩だ。

 真宵後輩は俺が戦うなといえば、戦うことを放棄するだろう。けれどそれはだめだ。たかが俺個人の私情で、犠牲を増やすなんてことはしてはならない。

 ならば結局――俺はなにもすることが、できないのだろうか。なにもできないまま、ただ見ていることしかできないのだろうか。

 俺が動かなくても、事態は解決するかもしれない。しかし俺が動いたところで、解決しないかもしれない。

 仲間が敵になったとき、俺はそいつを殺すことができるのだろうか。その答えを出さないことには、前に進むことはできないような気がする。

「……ん。もう昼か」

 俺はなんとなく呟いてみる。

 吸血鬼について調べたり、考えたりして気がつけば時計の針が真上を指していた。

 気だるさの残る体をベッドから起き上がらせ、ぼう、と窓から外の風景を眺める。

 別に今日は、あの会話があった日から二日後というわけではなく、その翌日、つまり普通であれば学校に行かなければならない日だ。だというのに俺は、ひと足早く勉強休みに入っていた。つまり、ただのサボりだ。

 休み明けにはテストがあるっていうのに、なにしてるんだろうな。しかしどうしても、今日だけは行く気になれなかったのだから仕方がない。

 真宵後輩や両希にも連絡はいれたから問題はない。学校をサボっている時点で問題がありまくりなような気もしないでもないが、あえてそこは気にしないでおく。というより、気にしている余裕がない。

「……腹、減ったな」

 料理をすることができたなら一番手っ取り早いのだが、しかしあいにくと、俺に料理スキルなんてものは備わってはいない。

 つみれには急に休むって言ったから、昼は用意されていないだろうから、コンビニで適当におにぎりか弁当を買ってくるしかないだろう。

 俺はベッドから立ち上がると、寝巻きから普段着に着替える。この頃は妙に暑いため、薄手のティーシャツでちょうどいいくらいだ。ちなみに下半身は鼠色のジャージ。

 財布のなかに金が入っていることを確認して、俺は大して身だしなみを整えることなく、玄関をでる。

 髪は長い方に入るけれど、そこまで時間をかけてセットしたりはしない。ワックスをつけて髪を固めてたりする人もいるけれど、俺はしたくはない。

 なんだかワックスって、べたべたするような気がして嫌なんだよ。

 それに俺はそこまで髪型には拘ってはいない。ただ、前髪が片目を隠すように寄せられていたりするが、これだけは俺の異世界からの拘りだ。特に意味はないけれど。

 玄関から一歩踏み出すと、予想以上に強い日射しが俺の目を焼き付け、思わず目をしかめてしまった。

 なんなんだこの暑さは。せっかちな夏が到来したか?

 まぁ、コンビニまではそこまで時間はかからないし、さっさと行ってさっさと帰ってくればいいだろう。それに波導を使えば暑さなんか関係ない。

 俺は首飾りを握りながら、氷系統の波導を小さく呟く。この波導の詠唱は、あまり他人に聞かれたくない内容だからな。普通に恥ずかしい。

 子供の頃に特撮系のヒーローの必殺技のセリフを真似していたけれど、今ではそんなことはしたくない。

 ようはそれと同じ原理だっていうことだ。

「そこの隻眼の兄ちゃん、ちょっとええかな?」

「……」

 いきなり見知らぬ女性に話しかけられた。

 タンクトップに袴のようなもの、そして下駄という、なんとも風変わりな格好をしている女性だった。化粧をほとんどしていない彼女の顔立ちは、大人びているけれど、口元に浮かべている笑みが幼さを強調していた。

 染色していない、天然の茶髪を腰の辺りまで流している。そしてなによりも目を引くのが、司先生にも負けず劣らずの胸だった。

「んー? なんや、やっぱ高校生っちゅうのは女の子の胸に興味あるもんやな。隻眼の兄ちゃんも例に漏れずって感じやな」

「別に貴女の胸を見てたわけじゃありませんけど。つーか、俺は隻眼じゃないです」

「そうなん? せやかて、前髪で片目、隠してるやないか。てっきり最近の妙にイケメンになっとる戦国武将のゲームのキャラの真似でもしてると思ってたんやけど」

「勝手に決めつけないでください。見えてますから」

「せやけど今は片目しか見えとらんのやろ?」

「そういう見える見えないで会話してませんから」

「せやね、そうやった。それじゃ、兄ちゃんの名前はなんていうんや? 私は東雲しののめっていうんや。よろしゅうな」

 勝手に自己紹介をされてしまった。相手に名前を訊くときは、自分から名乗れなんていう言葉があるのだから、こっちも名乗るべきか。

「俺は冬道かしぎです」

「冬道? もしかして冬道って『ふゆ』の『みち』って書いて読む冬道の方か?」

「よくわかりましたね。普通は間違えるのに」

 この『冬道とうどう』の名字は読みこそあまり珍しくないけれど、この漢字で書くのは珍しい方だ。

 だいたいは『東藤』とか『東堂』と間違えるんだが、一発で当てるなんて珍しい。

「私の高校時代の知り合いにおんなじ名字だった奴がおってな? なんちゅうか、これも運命って奴なんやないかな。偶然とは思われへんな」

「いきなりそんなこと言われても困るんですけど?」

「おっと、いたいけな高校生を困らせてしもうたな。ところで兄ちゃん、こんな時間に出歩いてて、高校生って今日はなんかの休みなんか?」

「違いますよ。今日はサボりです」

「いわゆる不良って奴やな」

「一般的な見方をすればそうなるでしょうね」

「私も高校時代はよくサボってたで?」

「不良ですね」

「女の場合はスケバンって言うんやないんか?」

「知りませんよ、そんなこと」

 東雲さんの、まるで湧いて出てくるような会話(これが俗にいうマシンガントークって奴か)に適当に相づちを打ちながら、どうやって会話を切り上げようか考える。

 いきなり話しかけてきて、その場の流れで話し込んでしまったけれど、この人とは初対面なんだよな。

「それで、東雲さん」

「東雲『さん』やなんて他人行儀な呼び方やなくて、東雲でええで? 私とかしぎの仲やないか」

「どんな仲ですか。俺たち、初対面ですから」

 というか、今さっき会ったばっかりだし。それなのに呼び捨てを要求して、すでに俺のことは呼び捨てだった。とことんマイペースな人だった。

「え? そんなことないやろ? 私ら昔からの知り合いやん。もしかして忘れたんか? かっしー」

「どうして俺のその不名誉なあだ名を知ってやがる」

「こらこらこら。歳上の人には敬語を使えって教えてもらわれへんかったか? そんな風な口利いたら、めっ、やで?」

「そのくせにさん付けするなって言いましたよね?」

「挙げ足とるの上手いなぁ」

「東雲さんが適当に生きすぎてるだけだと思います」

 なんなんだこの人。話してるだけですげぇ疲れる。

 ため息をつきながら、俺は気を取り直して言う。

「俺になにか用ですか? 用があったから呼び止めたんでしょう? 早くしてください」

「……なんで私、かしぎのこと呼び止めたんや?」

「知りませんよ。俺に訊かないでください」

「せやせや。私、この町に来たばっかりやから、誰かに案内してもらおうと思ったんや。そんでちょうど目の前を通りかかったかしぎを呼び止めたんやったな」

「さようなら」

「ちょい待ちぃや。なんや解答がおかしないか?」

「別におかしくありませんよ。めんどくさいからそんなことしたくない。だからさようなら」

「かしぎには優しさはないんか?」

 優しさか。司先生に言わせれば、俺は優しいけれど、それと同じくらいに甘いんだっけ。

「ええやん。学校サボってるんやから、自分の済む町を案内するくらい問題ないやろ?」

「めんどくさいんですけど」

「その気持ちはわかる。せやけど私はかしぎに案内してもらうって決めたんや。かしぎが案内するって言うまで離れんで」

「うぜぇ……」

「その気持ちはわかる。私もやられたら嫌やからな」

「それじゃやらないでください。鬱陶しいです」

「めっちゃ毒舌やけど、言われたりしないんか?」

「俺より毒舌な後輩がいますから、そんなことは言われないです。その後輩に比べたら俺なんか可愛いもんですよ」

「その後輩ってゴツいんか?」

「てめぇ殺すぞ」

「かしぎのキレるポイントがわからんっ!」

 だって真宵後輩がゴツいって言ったんだぜ? そりゃキレるだろ。殺したくなってくるだろ。

 それに可愛いの使い方が違うっての。つーか真宵後輩より可愛い奴なんているわけねぇよ。

「かしぎはその後輩のことが好きなんやね」

「当たり前ですよ。好きも好き、大好きです」

「うん。告白したらええんやないかな?」

「別に好きだからって告白する必要はないでしょう。……まぁ、気分転換にもちょうどいいですし、案内してあげますよ」

「ホンマか? ありがとな、助かるわ」

 ありがとうなんて、言われる資格はない。だって俺は、柊や吸血鬼のことを考えないために、考えなくても済むように東雲さんを利用しているのだから。

 だから、そんなこと――言わないでくれ。

「どないしたんや? そんな暗い面して」

「……なんでもないですよ。最初はどこに行きましょうかね。居酒屋なんかどうですか? 東雲さんにぴったりだと思いますけど」

「ええなぁ、居酒屋。よっしゃ、ほなら案内してや」

「もちろん奢ってくれますよね?」

「もちろんええで。今日会って、私の高校時代の知り合いと同じ名字だった縁や。じゃんじゃん奢ったるさかい、高校生、ちゃんと食うんやで?」

 親指を天に向けて立たせる東雲さんを見て、俺は思わず苦笑してしまった。ノリがいいな。

「かしぎのその笑顔、めっちゃ可愛いで? 食べちゃいたいくらいや。食べてええか? いただきます」

「ちょっと待てやバカ。なんにも言ってねぇだろうが。こんな場所でそんな発言してんじゃねぇ」

 少しずつ俺との距離をつめてくる東雲さんから、同じ距離だけ離れ、一定の距離を保ちながら言う。

「ならこんな場所じゃなきゃええんやろ? せやったらちょうどあそこにホテルがある。お姉ちゃんが気持ちよくしたるわ」

「あそこはビジネスホテルだ。そうじゃなかったとしても、今さっき会った人とそんなことする気はねぇ」

「私とかしぎの仲やん」

「ただの案内人と迷子だ」

「迷子やないよ。ちょっと道案内頼んでるだけやん」

「どっちでも同じだっての」

 こんな軽口を叩きながらも、俺たちは距離を詰めたり離したりを繰り返している。端から見れば恥ずかしいことこの上ない光景だけれど、しかし今の俺には、そんなものを気にしている余裕などあるはずがない。

「ええやんか。自分でいうのもおかしいけど、私ってめっちゃ美人やんか。なにが嫌なんや?」

「全部だ。俺の周りにはそういう奴しかいねぇのか」

 どいつもこいつも自分が美少女や美女だってことを自覚しやがって。それが自惚れじゃないから質が悪い。

「ほならしゃあないな。無理やり連れていくだけや」

「悪役みたいなセリフ言ってんじゃ……っ!」

 俺が最後まで言い切る前に、東雲さんが均衡を破った。一気に俺との距離を埋めたかと思えば、後ろに回り、羽交い締めにしてきた。……すげぇ手慣れてるんだけど。

「妙に手慣れてるみてぇなんだけど、まさか他にもこんなことをやってるんじゃ……っ!」

「ちゃうちゃう。仕事柄で手慣れてるだけやで?」

「あ? 仕事柄? 仕事ってなんの仕事だよ……っ!」

「それは秘密や。秘密があった方が、女は輝くもんなんや。まぁ、そんなん知ったこっちゃないけどな」

 そう言って笑う東雲さん。一見すれば会話をしているだけに見えるだろうが、実際はそうじゃない。

 俺が羽交い締めから逃げ出すために、腕を振り払おうとしているにも関わらず、この人は何事もないように、平然と話している。割りと本気でやってるのに、振りほどけない。

 波動で強化していないとはいえ、体格的に俺の方が上なのに、羽交い締めにする腕はびくともしない。

 この人、いったいなんの仕事をしてやがるんだ。

「いい加減離しやがれ……っ!」

 それにしたって、いつまでもこのまま羽交い締めにされてやる気なんてものはさらさらない。

 俺は東雲さんの足を払い、体勢を崩したところで力任せに放り投げた。仕事柄で高校生を簡単に抑え込めるんだから、これくらいなら対処できるだろう。

 そして案の定、アスファルトにぶつかる前に宙で体を回転させ、見事に着地していた。

「あっぶないなー。怪我するとこやったやないか」

「そんなこと微塵も思ってないでしょうが」

 あの身のこなしからして、あのくらいで怪我をするなんてことはまずあり得ないだろう。あの動きは、間違いなく戦う人間の動きだ。

「なんや、また敬語に直したんか。別にさっきみたいにため口でも、私は全然構へんのに」

「東雲さんがいいなら別にいいけど」

「私は基本的にふわふわした距離感が嫌いなんや」

「ふわふわした距離感ってなんだよ」

「なんとなくわからんか?」

「まぁ、なんとなくは」

 どうしても会ったばかりの人には遠慮してしまいがちだ。東雲さんが言ってるのは、たぶんそういう感覚的なことだろう。

「とりあえず、居酒屋まで案内してぇな。東雲お姉ちゃんがお昼、奢ったるからな」

 居酒屋までの案内を催促してくる東雲さんを横目で見ながら、俺は居酒屋に向けて歩き出すことにした。


     ◇


「いやー、食った食った。満足や」

 居酒屋で昼食を済ませ、外に出た東雲さんはお約束のセリフを、聞いてて気持ちよくなるほどの清々しさで言っていた。

 お約束のセリフを言っているのに、ここまで相性がぴったりな人は初めて見たかもしれない。

 ちなみに居酒屋で昼食をしたが、以外にも東雲さんは酒を飲まなかった。てっきり酒を飲むことばかり考えてると思ったんだがな。

 まぁ、酒なんて飲まれて酔っ払ってもらっても俺が困るだけだから、飲まなくてよかったんだけど。

「やっぱ飯はひとりより一緒に食べた方が美味く感じるな。かしぎもそう思わへんか?」

「その気持ちはわからなくもねぇ」

 実際はひとりで食べようが複数で食べようが、味そのものは変わりはしないけれど、楽しい雰囲気があるから美味しく感じるってだけのことだけどな。

「久しぶりやなー、こんな風に誰かと一緒やなんて」

「そうなのか?」

「せや。仕事柄ってのもあるんやけど、まぁ、あれや。友達なんてふたりくらいしかおらんから、一緒に飯に行くってこともできないんや」

「さっきから仕事柄って言ってるが、東雲さんはなんの仕事してるんだ? 教えてくれてもいいんじゃねぇの?」

「そらあかんわ。これは他人には言えん仕事やからな」

「ふーん。まぁ、さっき会ったばっかりの他人に教えられる仕事じゃねぇってわけか」

「ごめんな。いくらかしぎでも教えられんねや」

 めんどくさいことに巻き込まれても困るやろ?

 東雲さんは世間話でもするような軽さでそう言った。

 これは東雲さんからしたら、世間話くらい軽いことなのだろうことは容易に想像できる。そしてこれ以上追及するなという、言葉の裏に隠された拒絶も感じられた。

 ただでさえ超能力関係に関わってしまっているわけで、さすがにさらに面倒事を増やす気にはなれない。この話題は、もう振らないでおこう。

「高校時代の友達がどこにいるとかわかんねぇのか?」

「知らん。高校を卒業してそれっきりや。どいつもこいつも協調性もなにもない、わがままで一匹狼気取りやったから、お互いの連絡先なんか交換してないんや。その前に、自分から連絡先を訊くっちゅうのは、プライドが許さなかったんや」

「そんなもん溝にでも捨てちまえ」

「私は白米にかけて食ったんやけどな」

「すげぇ安っぽいプライドだな」

「誉めてもなんも出ェへんで?」

「なんも期待してねぇから安心しとけ。つーか、誉めてねぇっての」

 どこか宛があるわけでもなく、俺たちは歩きながら話す。この短時間でずいぶん仲良くなっていた。

「どこか案内してほしいとことかねぇのか?」

「あるよ。私立桃園高校って知ってるか?」

「知ってるもなにも、俺はそこの生徒だ。二年生」

「ならちょうどええな。あとはそこに案内してくれたら、他は別にいいわ。居酒屋の場所もわかったしな」

「うちの高校になんか用でもあるのか?」

「用やなくて仕事や仕事。これが終わったら、また他の場所に行かなあかんし、なるべくならすぐに終わらせたいところなんや」

「そっか。それじゃ、案内が終わったらお別れか」

「寂しいんか?」

「別に。今さっき会ったばっかりの他人を案内したくらいで、そこまでの感情は抱かねぇよ」

「寂しいこと言うやんか。私は寂しいで? せっかくこうやって友達になれたのに、もうお別れしないといけないんやからな」

「もう二度と会えねぇってわけじゃねぇんだし、そこまで寂しがる必要はねぇだろ」

 友達がふたり――いや、俺を含めて三人しかいないんだったら、その友達と別れが寂しいっていうのも、わかる気がする。

 俺だって真宵後輩や両希、柊とお別れするなんてことになったら、きっとすげぇ寂しいと思う。

 人間はひとりでは生きていけない生き物だからな。

 けれど別れはいつか必ずやってくる。いつか必ず、本人が望もうが望まなかろうが、別れというのは逃れることは――できない。

「東雲さんってケータイ持ってるか?」

「持ってるで? ほとんど使っとらんけどな」

「ならメルアド交換しようぜ? 東雲さんから訊くのが嫌だってんなら、俺の方から訊いてやる」

「……かしぎは優しいな」

「優しくなんかねぇよ。……友達なら普通だろ」

 俺はケータイを取り出しながら、自分でも赤面するような恥ずかしいことを口走ってしまった。

 それを悟られないように、東雲さんに赤外線でのメルアドの交換の仕方を教えて、メルアドを交換する。

「かしぎは私のアドレス帳に載った第一号やな」

「マジで俺のしかねぇし……」

 東雲さんのアドレス帳を見せてもらい、思わず呟く。

 友達としてのメルアドは俺のしかないとしても、仕事関係のメルアドくらいならあると思っていたのだが、ものの見事に俺のしかなかった。……今夜、メールしてやるかな。

「メルアドも交換したし、私立桃園高校に行くか」

「案内してもらう私が言うのもおかしいかもしれへんけど、サボったのバレるかもしれんで?」

「俺の表向きのレッテルは不良ってことになってるから、見つかってもなんとかなるだろ」

 未だにクラスには馴染めてないし、下級生のなかには俺を見てこそこそと逃げていく奴までいるくらいだ。

「だめやで、高校生はちゃんと勉強もしつつ遊ばな。せっかくの青春なんやから、私みたいに無駄にしたらあかんわ」

「無駄に説得力がある言葉だな。けど、その通りだな」

「わかってもらえてなによりや。お姉ちゃんみたいになりたくなかったら、ちゃんと勉強するんやで?」

「へいへい。わかってますよ、東雲お姉ちゃん」

「わかったならよろしい」

 なにがそこまで満足なのか、東雲さんは鼻歌を今にも歌いだしそうなほど楽しそうにしている。

「そう言えば、仕事でここに来たって言ってたけど、そんな転々としないといけない仕事なのか?」

「詳しいことは言えんけど、そうなるわな。私の仕事は特定の場所があるわけやなくて古今東西、北は北海道、南は沖縄まで奔走せんとあかんねや。あっちこっちに行かなあかんから、特定の家もないんや」

「それじゃここでの仕事が終わるまでどうするつもりだったんだ? まさか、野宿とか?」

「さすがに野宿はせぇへんよ。ホテルやホテル」

 ビジネスの方な、と最後に付け足した東雲さん。そんな日本各地を奔走しているのに、ホテル泊まりする金がどこにあるんだか。

「私の自宅があるところやったら、ホテルにも泊まらんでええんやけどな。ちなみに私、大阪出身や」

「それ、嘘だろ?」

「バレた?」

「バレバレだ。関西弁がエセっぽいんだよ」

 東雲さんの言葉遣いは、生粋の関西人というにはなんだか違和感が拭えないからな。無理してやってるってわけじゃないけれど、とにかく違和感がある。

「キャラ設定やからそこは仕方ないんや」

「キャラ設定とか言うんじゃねぇ」

「なんでや?」

「なんでって、なんか自分を作ったような言い方じゃねぇか。そういうのって」

「んー。そう言うけどな、この私のキャラってのは作ったもんなんや。私はもともと、こんなキャラやない。さっき、高校時代はスケバンだったとか、話したやろ?」

「まぁ、たしかに」

「それからわかるように、昔の私は取りつく島もないっちゅう感じで、せやから友達もふたりしかおらんかってん。まぁ、風変わりで変わり者の、おっかしいふたりやったわ」

 どこか懐かしむように目を細めながらそう言った。

「まぁ、そのふたりは関係ないんやけど、とにかくこのままやとマズイかと思ってな、私は自分のキャラ――つまり性格を変えようと思ったんや」

 キャラ設定――つまりそれは、言うところの自分の性格。自分という人格の骨子であるのが、キャラ設定。

「だけど性格を変えるっちゅうのは、なかなか難しいもんやったわ。なんせ、せっかく作ったキャラ設定を、一から作り直すような作業やからな。穴があって当然や」

「ひとつ、訊いていいか?」

「なんや? お姉ちゃんがなんでも答えたるで」

「今の東雲さん――つまり、キャラ設定を作り直した東雲さんってのは、偽物ってことなのか?」

 偽りの性格――作り直した自分の性格で以前の性格を隠す東雲さんと、能力で暴れまわっている柊が、ほんの少しだけ重なった。

 だから俺は、訊かずにはいられなかった。

「それは違うで。キャラ設定を作り直した私も、作り替える前の私も、どっちも『東雲』っていう個人であり、存在であり、人間や。性格が変わった程度のことで偽物にはならん」

「そう、なのか?」

「うん。そうや――って、やめや。こないな話。なんや、高校時代の知り合いみたいな話で寒気がするわ」

「友達じゃねぇのかよ」

「友達やで? せやけどな、私はそいつのことが大っ嫌いで、そいつも私のことが大っ嫌いなはずや。友達っちゅうのは、結局はそんなもんや」

「そうか?」

「私の持論はな。友達っちゅうのは、大好きな相手が大嫌いな相手のふたつのパターンだけやと思うで? 思いっきり言い合えるのは、そのどっちかしかおらんやろ?」

 言われてみると、なるほど、たしかにその通りかもしれない。

 大好きな相手でも、大嫌いな相手でも、とにかく思いっきり言い合えるのはそのふたつだけだ。

 その中間にある、中途半端な友達というべきかまぁ、親しいわけじゃないけれど、それでも嫌いというわけでもない相手には、どうしても気を遣ってしまいがちだ。

 大好きな相手なら気兼ねしないで言えるし、大嫌いな相手なら容赦なく言うことができる。

 意味合いは違えど、思いっきり言い合えるのは、そのどちらかだけ。

 そう考えると大嫌いな相手でも友達だと言えるし、逆にそういう中途半端な相手こそ、友達と呼べないものなのかもしれない。いや、よくわからないけどさ。

 だって友達なんて呼べる相手、ほとんどいねぇし。

「別に深く考えんでも、友達っちゅうんは自分がそう思ってるよりも早くできるもんや。だいたい、友達って作ろうとしてできるもんやないやろ? いつの間にか、お互いにも知らんうちになってるもんや」

 私らみたいにな、と東雲さんは笑う。

 友達――東雲さんにそう言われて俺は、ちくりと胸が痛んだ気がした。……違う、気がしたんじゃなくて実際にそう感じたんだ。

 柊のことを、吸血鬼のことを考えないようにするために、東雲さんを利用していることに、罪悪感を感じているからだろう。

 それでも友達――か。友達って、なんなんだろうな。

「ここが、私立桃園高校だ」

 気がつけば俺たちは私立桃園高校の校門の前にいた。

 時間的に今は最後のSHRショートホームルームが終わるかどうかというくらいの時間だ。もうすぐしたら生徒たちがでてくるだろう。

 俺は横目で東雲さんを見る。

「ふーん……ずいぶんおもろいな、かなり異常やわ。異常すぎて逆に普通に溶け込んでしまってるって感じか。こりゃ本家も警戒するわけやわ……。せやけど、本命はおらんみたいやな。逃げたか? ……いいや、そもそもそこまでの思考回路は持ち合わせとらんから、偶然か、それとも――」

 東雲さんがなにやらぶつぶつと独り言を呟いていた。

 これだけ近くにいてもほとんど聞こえない呟きで、どうやら無意識に呟いているようだ。

「なんの仕事かはわからねぇけど、仕事があるんだろ? 案内は終わったし、俺は帰るぞ」

「ん? そない寂しいこと言わんといてや。残念ながら仕事はご破算や。今この段階だとできそうもないっちゅうか、まんまできないわ」

「そうなのか?」

「せや。私の仕事は対人関係でな。今はそいつがおらんから、仕事をしようにもできないんよ」

「誰かと待ち合わせでもしてたのか?」

「待ち合わせとはちゃうんやけど、まぁ、おらんもんは仕方ない。出てくるまで待つだけや」

 対人関係の仕事か。なんの仕事だろうと俺には関係ないし、これ以上踏み込み必要もないわけで、それがなんであろうとどうでもいい。

 頼まれた道案内も終わったので、これからどうしようかと東雲さんに言おうとした刹那、言い知れない寒気が背筋を駆け抜けた。

 言い知れない? 違うだろ。俺はこれの正体を知ってる。たった一ヶ月と少し前まで、ずっとこいつのなかで生きてきたのだから。

 俺は咄嗟に東雲さんを突き飛ばし、そのまま前に転がる。それと同時に、俺がいた場所に誰かが落ちてきた。

 落ちてきたというより、狙い斬ってきたという方が、意味合い的には正しいかもしれない。

 そいつは男だった。まるで空のような青色の瞳をした、右手に身の丈ほどの巨大な剣を携えた男。

 この現代において、明らかにファンタジックな巨大な剣を持っていることはさておき(さておいていいのかはわからん)、こいつ、こんな人通りの多い場所でなんてもんを振り回してやがる。

 だいたいこのご時世にそんなものがあるのも驚きだ。

「――――っ!」

 そいつは一息で俺の懐に踏み込み、無駄にでかい剣を、薪割りの時に降り下ろす斧のように振るってくる。

 こいつは間違いなく能力者だ。しかも時と場所もまるで考えない、最悪なタイプのな。

 俺は避けるのではなく剣を振るう腕を蹴りあげることで、そいつから剣を離させる。主を一時的に失った巨大な剣は、回転しながら宙を舞う。

 そこからはあっという間だ。そいつに打撃を喰らわせて怯ませ、宙を舞う巨大な剣の柄を握り、そいつの首元に突きつける。

 見た目以上にずっしりと重い剣だ。きっと剣の大きさで重量があるのもたしかだけれど、密度が高いため、その重さがさらに増しているに違いない。

 これは異世界でも目にしたことがある、いくつもの剣を組み合わせて完成された剣だ。

「お前、何者だ。どうして俺を狙う」

「……」

だんまりか。なら仕方ねぇ。このまま風紀委員か生徒会に突きだすか、処分するかだ」

 俺はそいつの空色の目を睨み付けながら言う。

 するとそんな俺とそいつの間に、東雲さんが割り込んできた。しかも両手を合掌させながら。

「ホンマにすまん、かしぎ。こいつは私の仕事仲間や」

「あ? 仕事仲間? つーことは、やっぱり東雲さんも能力者、もしくはその関係者ってことか」

「正解や。けど、私もやっぱりかやで。会ったときから普通とは違うと思っとったけど、かしぎは能力者のこと、知ってたんやな」

「あぁ。残念ながら」

「ホンマ、残念やわ」

 しかしこれで、東雲さんの動きに合点がつく。能力者であるならば、あのくらいの動きができたとしてもおかしくはない。仕事というのは、能力者絡みのことで間違いない。

 俺は男から東雲さんに視線を変え、剣を放り投げる。

「改めて、訊いていいか?」

「ええで」

「この学校に、なにしにきた」

「仕事や。嘘も偽りもない、仕事」

「その内容は?」

「なんや、偉く深く訊いてくるやんか。聞いたことがあるで? かしぎは超能力に関わるけど、興味はないってな。どないしたんや?」

「お前には関係ない……なんて、言いたくないんだがな」

 今の状況が状況なだけに、新しい能力者がここに現れたという事実が、仕事でここに現れた意味が、どうしようもなく気になる。

「かしぎは優しいで。そんで、甘い」

「そんなこと、とっくの昔に知ってるさ」

 俺が柊を斬れないでいるのは、柊を失ってしまうという恐怖からもあるけれど、失ってしまったあと、寂しい想いをしたくないという自分本意のことに他ならないのだから。

「ホンマかいな。まぁええ。私が仕事でここに来た理由はな、ある能力者を――――殺すためや」

「……そうか」

 この状況である能力者を殺しにきたということは、標的は間違いなく柊――いや、九十九詩織・・・・・吸血鬼・・・か。

 本来なら『組織』の機関の一部である風紀委員も生徒会も、人間に害を与える吸血鬼を処分――殺さなければならないはず。それをやらないのは翔無先輩がいるからだ。

 けれどそれは、外部の能力者には関係のないこと。

「悪いが、東雲さん。やらせるわけにはいかねぇな」

「その様子やと、私が誰を殺しにきたかわかってるみたいやな。まぁ、吸血鬼は去年から動き始めたみたいやし、能力者なら知っててもおかしない」

 東雲さんは俺が持つのが精一杯だった剣を拾い上げ、それを片手で軽くひと振りする。

「せやけど、なんでかしぎは吸血鬼を庇うんや? 知ってるんやろ? この吸血鬼は『九十九』が生み出した欠陥品や。庇う理由なんか、ないんやないかな」

「庇う理由なんか、友達ってだけで十分だ。そういう東雲さんこそ、わざわざこっちに来て吸血鬼を殺す必要なんてないと思うけどな」

「仕事やから仕方ないやろ。私の仕事は能力者を殺すこと。本当やったら急ぎやないんやけど、今回の標的は吸血鬼――九十九の欠陥品や。同じ九十九として・・・・・・・・、急がんわけにはいかんねや」

 俺はこのとききっと、驚きで目を見開いていたのかもしれない。それとも平然としていたのかもしれない。

 表情に出していたにしろそうでないにしろ、驚いたことは紛れもない事実なのだから。

「驚いたか? 私のフルネームは九十九東雲。紛らわしいんよな、この東雲って名前。名字って言っても通用しそうな名前やわ」

「そんなことはどうでもいい。なんで九十九である東雲さんが、こんなところにいやがる」

「だから仕事や。さっきからそう言ってるやん」

 仕事だからってわざわざここに来たってのか?

 おかしいだろ。だって『九十九』はこのことに関しては、干渉できない・・・・・・んじゃねぇのかよ。


「『九十九』家――『九十九』の血統」

 あのあと司先生は、唐突にその家系の名前を呟いた。

「『九十九』の名前の通り、この家は九十九人の能力者を手元に――言うなれば配下に置いている。数に意味はないらしいが、これについてはどうでもいい。『九十九』だから九十九人だとか、そんな下らないことには意味がない。

 問題になってくるのは、『九十九』の能力者が九十九人もいるということだ。柊がいないのだから今は九十八人か。いいや、もう穴埋めはされているかもしれないな」

 『九十九』――九十九人の能力者を束ねる家系。そして柊は、『九十九』から追放された能力者。

「この吸血鬼は欠陥品ながら、異常なまでのスペックを誇っている――あぁ、能力者はどれもこれもが異常だが、それすらも上回る異常ということだ。これは欠陥品だったゆえか、それとも元々そういう風に生み出したのかはわかりかねるが、『九十九』といえど、ここまで強力ではない」

「……なにが言いたいんですか?」

「ん。ようするに、『九十九』の能力者は『吸血鬼』ほどではないとはいえ、私たちのような偶発的に能力が発現した能力者で太刀打ちするのは難しいということだ」

 冬道と藍霧ならば、『九十九』が相手といえどそこまで難しいことではないだろうがな。

 司先生は腕組みをしながら淡々とそう言った。

「しかし今回、おそらく『九十九』は関係してこない――否、できないはずだ。なにせ柊は『組織』が監視して、管轄に置いている能力者だ。『組織』と『九十九』はお互いに敵対しあい、牽制しあい、干渉しないことで今の均衡を保っているんだ」

「じゃあどうしてそんな話をしたんですか……」

「一応知っておいた方がいいだろう? もしかしたらということがあるからな。もし、『九十九』の人間がこちらにやって来たら、狙いは間違いなく柊だ。この『吸血鬼』は『九十九』にとって唯一の汚点で、隠したい事実だろうからな」

「柊を、殺すということですか……?」

「そうだ。『吸血鬼』を生み出そうとするくらいだ。無意味に不死殺しの能力者くらい作っているんじゃないか?」

「でもそうしたら『組織』と『九十九』、全面対決になるんじゃないですか?」

 『組織』と『九十九』。

 能力者と能力者。

 このふたつが正面から戦いあえば、いったいどのような被害がでるか、想像すらすることができない。異常同士のぶつかりは連鎖が連鎖を生む。

「だろうな。だから、お前らに言っておく。もしも『九十九』の人間がこちらに来たならば、殺さずとも戦いには参加できないようにしろ」

「それは別に構いませんけど……」

「言いたくはないが、うちの風紀委員長でも生徒会長でも、『九十九』の人間ひとりを相手にするには少々どころか、万に一つも勝ち目はあるまい。負けるのが目に見えている」

「司先生、本人がいる前でよくそんなことが言えるねぇ」

 翔無先輩が苦笑いしながら、それでもその通りだと言わんばかりに、そのことを否定しようとはしなかった。

「でもそうだねぇ。前に一度だけ『九十九』の人間と戦ったことがあるけれど、あれはもう能力者のボクから見ても……異常だったねぇ。勝てる気がしないよ。『吸血鬼』を含めて、ねぇ」

「翔無先輩は『九十九』と戦ったことがあるのか?」

「あるよ。名前は知らないけど、一回だけ」

 そう言って翔無先輩は、夏が近づいてきているにも関わらず、外そうとしないマフラーをほどいた。

 そんな首には、見ているだけで痛くなるような、そんな傷跡が深々と刻まれていた。

「これはそのときにやられた傷でねぇ。このときばかりは、さすがのボクでも死ぬんじゃないかと思ったよ。間一髪で頸動脈から外れてただけ幸運だったかな」

「それでも治療は大変だった。私が治療をやらなかったらお前、今ごろ死んでたぞ」

「司先生には感謝してるよ。感謝感激雨あられ、ってね」

「本当に感謝しているか怪しいところだな」

 翔無先輩でも『九十九』のたったひとりにここまでやられた。『九十九』と戦えば黒兎先輩も、同じように返り討ちに遭うかもしれない。

 『組織』のなかで上位のふたりがここまでになるというのに、それで『九十九』と正面から戦えば、勝ち目なんかほとんどないと同じじゃないか。

「さて、話がだいぶ脱線してしまったが、冬道。お前は、もしも『九十九』の人間がこれに干渉しようものなら、なにがなんでも阻止しろ。それが、柊のためにもなる」


 決意は――固まった。

 俺は巨大な剣を肩に乗せて、こちらを見る東雲さんの目を睨み付ける。

「それがどういうことか、わかって言ってるんだな?」

「当たり前や。私が『吸血鬼』を殺せば『組織』と『九十九』が全面対決になるって言いたいんやろ? せやけどその心配はいらん。だって私は『九十九』であって『九十九』やないからな」

「意味わかんねぇよ」

「私は『九十九』からしたら目の上のたんこぶ、名家のはぐれ者――そして災厄や。今の『九十九』は私を除いて九十九人、私を含めれば百人になってまうわ。せやから私は、ただ名字が同じっていうだけの九十九東雲。もしくは『九十九』の番外位、隠しキャラって奴やな」

 東雲さんは自嘲ぎみにそう笑いながら、まるで他人事のようにそう言ってくるけれど、それでいいのだろうか。本当にそれで、いいのだろうか。

 『九十九』家の事情で能力者として生み出されたのに、そこから勝手な理由ではぐれ者とされる。柊だってそうだ。勝手に能力者にさせられて、それで欠陥品だからといって追放される。

 そんなことがあって、いいのかよ。

「この仕事は『九十九』に任されたもんなんやけど、表向きには『九十九』は関係しとらんねや。私が個人の仕事って言うてるからな。裏向きには『九十九』が生み出した欠陥品の尻拭いは『九十九』でする。そこで私がやることになった」

 そして、と東雲さんは目を閉じる。

「本当の目的は私と『吸血鬼』――『九十九』にとって邪魔な存在を消すこと。どっちかが消えてくれれば良しとして、どっちも消えれば万々歳――ってことや」

 そういうことかよ、ふざけやがって。

 東雲さんは名字こそ九十九だけど、もう『九十九』家の一員ではないんだ。九十九人しかいないはずの『九十九』家の百人目になっているのがいい証拠だ。

 しかもこれは『九十九』家にとってはなんの不利益がない。なにせ『吸血鬼』と戦うのが表向きでは『九十九』の人間じゃないのだから。

 けれど裏向きでは『九十九』の番外位である東雲さんを使って、その尻拭いをさせようとしている。

 そしてあわよくば、そのどちらも消そうとしている。ふざけてやがる。

「東雲さん、それでいいのかよ。それって『九十九』にいいように利用されてるだけじゃねぇか。ふざけんじゃねぇよ……そんなんでいいのかよ!」

「初めて熱くなったなぁ、かしぎ」

 あぁ熱くなりもするさ。俺だってかつては利用されてきた。『勇者』っていう魔王を倒す都合のいい道具としてな。

 それでも俺は、それを選ぶしかなかった。それを選ばなければ、この世界に帰ってくることができなかったから。

 けれど東雲さんは違うだろ。いくらでも選べるだろ。

「貴様、母様ははさまを愚弄するな!」

 男は東雲さんから剣を引ったくるように奪うと、俺に向かってそれを振り下ろしてくる。

 今じゃなかったら避ける程度だったさ。けれど今の俺は、どうやらかなり機嫌が悪い。

 俺は波動で肉体を強化して、その一撃を受け止める。

「邪魔するんじゃねぇよ」

 剣を受け止めていない逆の手で拳を握り、正拳突きのように一気に突き出す。まともにそれを受けた男はそのまま後方に吹き飛び、そのまま姿を消した。

「私の式神を倒すなんてやるやんか」

「式神? 能力者が陰陽師みたいなことをするのか?」

「違うで、かしぎ。能力者が陰陽師みたいなことをしてるんやなくて、私が『陰陽師』の能力者なんや。ちゅうてもそこまで幽霊が視えるわけやないし、ある程度しか祓うことしかできん。ただ一点、式神を作り使役することに関しては、右にでるもんはおらん」

「そうかよ。それで、東雲さんは利用されたまんまでいいのか」

「んー。別にこれが仕事やからな。給料も出るしな。ええもなにも、これは社会で生きていくためのルールや。なんでも選べると思ったら間違いやで? それがわからんうちは、まだ大人にはなれんわ」

「自分の生きる道くらい自分で選んでこそだろ。東雲さんは考えることを放棄して、周りに身をゆだねてるだけなんじゃねぇのか」

「残念やけど、さすがに自分の生きる道くらいは自分で決めとるわ」

 東雲さんがそう言った瞬間、学校の終わりを告げるチャイムが響き渡った。

「話は終わりや。次に会ったとき、敵になるかどうかはかしぎ、あんた自身が決めるんや」

 どん、と巨人が歩いたような音を立てて、東雲さんはその場から跳んだ。およそ人間と呼べる跳躍力を超えた飛距離をはじき出し、屋根から屋根を跳び移っていくのが見えた。

 数秒もしないうちに東雲さんの後ろ姿は見えなくなる。

「敵かどうか、か」

 そんなもんわかんねぇよ。

 俺は自分でも聞いたことがないような弱々しい声で、そう呟いていた。



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