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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第三章〈『吸血鬼』の宴〉編
27/132

3―(4)「吸血鬼」


 ――遠い、昔の夢を見た。

 これはいつのことだったか。たしか俺が異世界に召喚されて二年が経って、エーシェとチトルを仲間にした頃のことだったはずだ。

 なんのとりとめのない話だったからすっかり忘れてしまっていたというのに、どうしてこのタイミングで、夢として思い出されるのだろう。

 それは、俺にはわからないことだ。

「なぁ、カシギ。お前さんはよ、もしも味方が敵になっちまったってとき、どうするんだ?」

 なんの脈絡もなく、突然にチトルがそんなことを訊いてきた。

 本名をチトル・ハイルド・リーゼンブルグ。女好きの波導銃士の男。指や耳にたくさんある属性石エレメントが特徴的で、誰がどう見ても『チャラい』という印象を受けるだろう。

 けれどそれは、波導銃士の『多彩な銃器を扱うマルチスタイル』という特性のため、仕方ないといえば仕方ないことでもある。

 ただチトルの場合は、その特性と属性石エレメントを完全にファッションとして見ている部分がある。波導銃士というスタイルにしたって、それだけを目的に選んだんじゃないかと思う。

「いきなりなんだよ。そんなこと訊いて」

 俺は頭ひとつ分ほど身長の高いチトルを見上げながら、逆に問い返した。

「いんや。特にこれといった他意はないんだけどよ、ふと思いついたら気になっちまってな。それで? もしも味方が敵になっちまったら、お前さんはどうするんだ?」

「どうするって訊かれてもな……」

 その当時の俺は、味方が敵になるなんていうシチュエーションを、これっぽっちも、微塵も考えたことがなかっただろう。

 味方が味方であるのは当然であり当たり前で、敵になるなんてあるはずがないと思っていたからだ。

 そんなこと、あるわけがないのに。

「……」

 そのときの俺は、どう考えていたのだろうか。味方が敵になるというシチュエーションを前に、どんなことを考えていたのか。

「……わかんねぇよ、そんなこと」

 ぽつり、と俺はそう呟いていた。当然といえば当然の答えだった。味方が敵になるはずがないと考えていた俺なのだから。

「わからない、か。そりゃあ、そうだよな。味方が敵になっちまったときのことなんて、そのときになってみにゃ、わかんねぇもんな。おれだって、わからんしな」

「だったらなんで訊いたんだっての」

「だから気になっちまっただけだって。他意はないって前置きしてから話したじゃないの、お前さん?」

「ムカつく言い方するんじゃねぇ」

「こいつがおれの素なもんでね。言い方に関しちゃ、どう言われようと変えられないのさ」

 チトルの言い方が妙に気に障りながらも、それならば仕方がないと割りきることにした。

 ……いや。たぶん、言い方じゃなくて、チトルが問いの答えを出していながらも、俺に教えてくれないことが、気に障ってたんだと思う。

 たぶんだけどな、とチトルは言う。

「もし味方が敵になっちまったら、お前さん。そいつを殺すことなんて、できやしないだろうよ」

「……どういうことだよ」

「この数ヵ月を一緒に旅してきて思ったことなんだが、お前さんは優しすぎるんだよ。その性格は、戦いにゃ向いてないと思うんだけどな、おれは」

「……」

 そう言われて、どんな反応をすればいいんだ。俺が戦いに向いていないかはともかくとして、俺が優しいだなんてそんなこと、あるはずがないだろ。

 だって俺はここに来るまで、いくつもの命をこの手で、殺してしまっているのだから。

「お前さんは今まで殺してきた命に対してまで、深く考えちまってる。そんな優しい性格ってのは、戦いにゃ向かねえのさ」

 まるで俺のなかを見透かしたような物言いに、思わず眉をしかめてしまうのがわかった。

 チトルは俺が怒ったと思ったのか、怒るな怒るな、となだめてくる。

「お前さんは戦いのない世界から来たからそういう感覚がないんだろうが、戦いにゃ優しさは必要ない。必要なのは、いかにして生き残れるかってことだけなのさ」

「生き残れるか……」

「そう。戦いの鉄則ってのがあってな、たとえ相手が善人だろうと悪人だろうと、味方だった奴だろうと、敵である以上は迷わず撃ち殺せ――ってな。お前さんの場合は、斬り殺せってのが適切だな」

「……」

 また、なにも言えない。戦いのなかで生きてきたチトルの言葉に、平和のなかで生きてきた俺の心を、深く抉ってくるような感覚を覚えた。

 いくら戦いでも、善人を殺すことは間違っているのではないかと思ったのに、言い返すことができない。

 俺が間違っているだけなのだろうか。生き残るためだったら、たとえ善人でも――味方だった相手でも、殺さないといけないのだろうか。そんなの、嫌だ。

「でも、お前さんはできないんだろうな」

「そんなこと、ねぇ」

「見栄張りなさんな。優しいってのは悪いことじゃねえし、それは美徳でもあるんだぜ? ただ、それは戦い向きの感情じゃないってだけさ」

 それでもこのときの俺は、戦いのなかに生きていた。それならば優しさっていうのは、ただただ邪魔なだけではないのだろうか。

「突け込まれやすいってのもある。こういう世界で生きていくにゃ、ちょっとお前さんの性格は優しすぎるんだよ。お人好しすぎるし。お前さん、よく異世界から召喚されて勇者なんかやる気になったよな」

「自分にしかできねぇことをやってみたくてな」

「自分にしかできないことをやりたい? それにしちゃあ、勇者なんて大きく出すぎじゃねえか?」

 たしかに勇者なんかお前さんしかできないだろうけど、とチトルは面白そうに言う。

「マヨイの方は渋々って感じじゃないか?」

「……」

「まだ信頼もされてねえんだな」

 一緒に数ヵ月も旅をしてきたというのに、未だに真宵後輩はチトルに打ち解けていない。というより、信用していないのが事実だ。

「お前さんの性格で、勇者なんて大変じゃないのか?」

「は?」

「だからよ。お前さんのその優しすぎる性格で、これから魔王を殺せるのか? 魔王なんて呼ばれててもその見てくれは、人間そのものなんだ」

 このとき俺は、初めて魔王が人間の姿をしていることを知った。勝手な先入観で俺は、魔王が化物の形をしているとばかり、思っていたんだ。

「やってやるさ。それくらい」

「それくらい、ねぇ。まぁいいや」

 なにか言いたげではあったけれど、俺はそれを追求したりはしない。

 だから俺は、俺の訊きたいことを訊くことにした。

「……お前は、もし俺が敵になったら、どうするんだ」

「ん? おれか? さっきもわかんねえって言ったろ。だけどまぁ、おれならきっと――」

 ――殺すんだろうなぁ、とチトルはそう言い切った。

 その言葉の通りチトルはきっと、味方が敵になったとしても、そいつを殺すのだろう。一切の躊躇もなく、引き金を引き、風穴を空けるのだろう。

 チトルのなかでは、ちゃんと答えがでていた。生き残るために、味方が敵になったならばその時点て殺す、という確固たる答えが。

 だけど俺はどうだろう。俺は、殺せるのだろうか。

 その答えはまだ、出ていない――――


     ◇


「ん……」

 気がつけば六限目の授業が終わっていた。どうやら知らない間に眠ってしまっていたらしい。

 六限目はテストには関係ない授業だったから問題はないけれど、眠ってしまったせいで、嫌なことも思い出してしまった。

 本当に嫌になる。チトルの奴、なんでこんなときに限って夢なんかで出てくるんだ。黙って女の尻でも追いかけてればいいだろ。

 けれど、あのときのチトルの問いの答えを、俺はまだ出していない。

 俺が優しい、か。俺は優しいんじゃなくて、中途半端なだけなんだよ。今でも味方が敵になったときの答えを出せないでいるのがいい証拠だ。

 本当に、味方が敵になったらどうするんだろうな。

 いくら性格が変わったとしても、冬道かしぎという人間の本質まで変わるわけではない。だからきっと、殺すことは出来ないのではないかと思う。

「ずいぶんと深い眠りだったみたいだな、かしぎ」

「知ってたんなら起こしてくれればよかったろ。おかげで最悪な夢を見ちまったよ。本当、最悪だ」

「そ、そこまで嫌な夢だったのか……。だが最近は勉強を頑張っているようだから、起こすのも悪いかと思ったんだ」

「別に構わねぇけどな」

 俺が寝たのが悪いんだし、なにしろこの問いには、ちゃんと答えを導き出さないといけない。

 味方が敵になったときの答え。それはきっと、いつかは通らなければ道の、答えであるからだ。それをないがしろにはしておくことは、できない。

 いつか通る道。それがいつになるかはわからないとして、なんだか、近いうちにその答えを出さなければならないような気がする。

「ところで明後日からの休みのことなんだが、どうするんだ? この間に僕の家で泊まり込みで勉強すると言っていただろ?」

 そう言えばこの間、そんなことを言った気がする。

「あぁ。このままだとマジで赤点を取りかねねぇから、ここらで追い込みをかけねぇとな」

「だがふたりというのは寂しいな」

「だったらアウルか飛縫でも呼ぶか? 柊は来れるかわかんねぇからよ。つっても、あの飛縫が来るとは思えねぇけどさ」

「それもそうだな。かれきにとってこの連休は、平日となにも変わらないだろうし。だが、呼んでみる価値はあると思うぞ」

「……そうだな。一応、声かけとく」

 といっても、最近は飛縫と話さないどころか、顔すらも見てないからなんて声をかけたらいいかわからないな。自然に話しかけたら大丈夫か?

 まぁ、声をかけても『眠い。帰る』って言われるのは、目に見えていることだ。

「飛縫ってどこのクラスだっけ?」

「2―Bだ。お前は本当に自分のこと以外は興味ないんだな。飛縫もきっと、お前が来るのを待っているんじゃないか?」

「それはねぇ」

 飛縫が俺のことを待ってるなんて、世界が逆回転を始めたとしても、絶対にそれだけはないと断言できる。

「さて、と。授業も終わったことだし」

 俺はカバンを持ちながら、席から立ち上がる。

「帰るか」

「やっぱり帰る気だったんだな、冬道この野郎」

 俺の後ろにいつの間にか、不知火が立っていた。

 青筋を額に浮かべて口元をひくつかせており、どうやらこの不知火、偉くご立腹らしい。さわらぬ神に祟りなし。ここは無視して帰るべきだろう。

「じゃあな」

「だから帰るなって言ってんだろ! お前が来てくれないと困るのは俺なんだよ! ボコボコにされるのは勘弁なんだよ!」

「あー……うるせぇうるせぇ。お前、ぶっ飛ばすぞ」

「お前が言うとシャレにならないからやめてくれ。もう風紀委員室にみんな待ってるってメールがあったんだ。早く行こうぜ?」

「あ? 真宵後輩や白神先輩もか?」

「メールじゃ、あとは冬道とウィリアムズを連れてこいってしか書いてなかったから、たぶんもう一緒に行ったんじゃないのか?」

 あの真宵後輩が、ほとんど親しいと呼べるような関係にもなっていない相手についていくなんて、珍しいこともあるんだな。

「ほら、ウィリアムズも連れて早く行くぞ」

 わかったっての、と俺は妙に急かしてくる不知火を鬱陶しく思いながら言う。真宵後輩も行ったんだから、俺も行かないわけにはいかない。

「アウル、風紀委員室に行くぞ。なんだかもうみんな集まってるらしい」

「ん? もう集まっているのか。わかった。ところで、藍霧は迎えに行かなくてもいいのか?」

「もう行ってるってよ。珍しいこともあるもんだ」

 俺はそう言い、アウルと不知火と一緒に風紀委員室に向かって歩き出した。

「俺たちが集まってから話すことって、なんなんだろうな? まさかまた能力者がなにかやらかしたのか?」

「俺に訊くんじゃねぇ。そういうのはお前らの領分だろ。しかも俺が関係ないじゃ済まされねぇことだって言ってんだからそれはねぇだろ」

「冬道って能力者の知り合いとかいないのか?」

「お前ら以外にそんな知り合いはいねぇよ」

 だとしたら、いったいなんのことで俺たちは呼び出されたのやら。しかも生徒会と風紀委員、それに俺たちも総出の事態だ。それに俺まで絡むとなると、もう検討がつかない。

 俺がなにかやったわけでもないし、なんだか能力者に関わってから慌ただしい、暇じゃない日が続くな。

「到着、っと」

 気づけば、俺たちは風紀委員室の前に来ていた。

 俺は翔無先輩に入っていいかを訊くため、火鷹に返しそびれてたインカムを取り出し、通信しようとすると、

「もう翔無先輩には入る許可はもらってるから、わざわざ通信しなくても大丈夫だ」

 不知火がドアを開けて入っていくのに続き、俺たちも風紀委員室のなかに足を踏み入れる。するとそこには、絶景が広がっていた。

 高級そうなソファに寝そべる翔無先輩に、壁に寄りかかってこちらを睨み付けてくる黒兎先輩。

 無表情でどこかを見つめる火鷹と、不知火が来たことで若干頬が緩んでいる白神先輩。ついでに秋蝉先輩。明らかに不機嫌そうな真宵後輩。

 そしてなぜか、司先生がそこにいた。

「遅かったねぇ、かっしー。待ちくたびれちゃったよ」

「そうかよ。で、俺になんの用だ」

「いきなり本題に入るのかい? もう少し言葉のキャッチボールをしてからでもいいじゃないか。気にならないのかい? どうして司先生がいるのか、とかねぇ」

「ここにいる時点で能力者に関係してるってのは明白だ。わざわざ訊く必要がねぇ。さっさと用件だけを言え。回りくどいのは嫌いだ」

 まさか司先生が能力者に関係しているとは思わなかったけれど、関係してたからとはいえ、それが大した疑問になるわけではない。

「つれないねぇ。だけどまぁ、これだけ大人数が揃ってるんだから、早めに本題に切り出した方がいいかもねぇ」

 翔無先輩は上半身を起こすと、事前に用意されていた巨大なスクリーンを指差した。……この状況で、映画でも見ようってのか?

「今から見るのは、去年にあったちょっとした戦いの記録だよ。ここで知ってるのは、ボクと大河だけだねぇ」

 スクリーンに映像が映し出された。

 撮影したのが夜だったのか、それともビデオカメラの質が低かったかはわからないけれど、その映像はお世辞にも視やすいとは言いがたかった。

 それでもなんとか映像としての機能は保っているらしく、スクリーンのなかに去年の翔無先輩と黒兎先輩、それともうひとり、知らない女性が立っているのがわかった。

 去年の翔無先輩と黒兎先輩は見た目こそほとんど変わっていなかったが、雰囲気が大分違っていた。なんというか、幼いという表現がしっくりとくる。

「翔無先輩、あの女の人って誰だ?」

「去年の生徒会長だよ。覚えてないのかい?」

「覚えてねぇっつうか、興味ねぇ」

「かっしーに誰かを覚えててくれっていうのが、無理な相談なのかもねぇ。じゃあ、彼女が去年の生徒会長だから、覚えておきなよ?」

 翔無先輩の言葉にあいよ、と適当に相づちを打ってスクリーンに視線を直すと、今まで変化のなかった映像に、変化が現れていた。

 前生徒会長たちの視線の先に、『そいつ』が現れた。

 『そいつ』、なんていう曖昧な表現しかできなくて申し訳ない限りだけれど、そいつを他に表現する言葉が思い付かなかったのだ。

 ロングコートを羽織り、顔はフードですっぽりと覆われているため、男か女かを判断することさえできない。特徴的なのはロングコートのデザインで、袖が肩から切られていて、腕がむき出しになっていた。

 その腕は細く、鍛えられている様子はまるでないにも関わらず、殴られてしまえば、ひと溜まりもないというのが、経験から理解することができた。

「なんだ、こいつ……っ!」

 息を呑みながら、不知火が誰に言うでもなく呟く。

 不知火がそう言うのも仕方がないだろう。ここにいる誰もが、同じ疑問を抱いているからだ。

 『そいつ』は、あまりにも異常すぎた。戦いに関しては素人の秋蝉先輩でさえ、スクリーン越しだというのに怯えてしまうほどくらいだ。

 俺や真宵後輩は魔王という異常を相手にしたから、どうしてもそれと比べてしまうけれど、それにしたって『そいつ』は異常すぎた。

 そして『そいつ』は誰か――俺の身近にいる誰かに似ている気がした。

「よく見ておけ、貴様ら。ここから瞬きひとつするな。一瞬でも見逃せば、追い付くのは不可能だ」

 黒兎先輩が言った瞬間、映像が激しく変化した。

 辛うじて前生徒会長だけは耐えきったものの、『そいつ』は一瞬にして翔無先輩と黒兎先輩を弾き飛ばしていた。

 なにが起こったのか、おそらくは俺と真宵後輩、それに実際に戦った翔無先輩と黒兎先輩以外はわからなかっただろう。

 しかしやったことというのは単純なものだ。目にも止まらない速さで接近し、掌底を喰らわせただけだ。無造作に、ただ叩き込んだだけの一撃。

 まるで理性のない獣を連想させる動きで三人を圧倒していたが、結果的に、前生徒会長が『そいつ』を抑え込んで映像は途切れていた。

 途切れたというより、戦いが終わったのだろう。

 映像が終わってからも、それに映っていた『そいつ』のあまりの異常性に、誰も言葉がでなかった。

「翔無先輩、こいつを俺たちに見せてなにがしたい」

 それでは埒が明かないので、俺が話を切り出した。

「うん。これを君たちに見せたかったのは、この映像にあった敵が、今年も現れるからだよ」

「今年も現れる? まさか、そいつの相手を俺たちにも協力しろってんじゃねぇだろうな」

「いやぁ、かっしーは察しがいいねぇ。その通りだよ」

 いつものいたずらじみた笑みを浮かべながら、翔無先輩はさも当然のようにそう言った。

 普段だったらめんどくさいの一言で片付けていただろうけれど、今回ばかりはそうもいかない。

「関係ないじゃ済まされないって言ってたが、俺とこいつになんの関係があるってんだ。そもそもあいつは能力者だろ。きっちり説明しやがれ」

「そのことについてはボクより、司先生の方が詳しいからねぇ。超能力の専門家である先生から聞いてもらえないかな?」

 そう言われて、俺は司先生に視線を向けた。

 やれやれ、と心底めんどくさそう司先生はため息をついている。

「私が映像にあったあれの説明をする前に、まずは、超能力についていろいろと説明していかないといけないな」

 司先生の独自の雰囲気に、皆が司先生を注目する。

「超能力というものは、所詮は人間のイメージが具現化して、発現したものだと言えるんだ。それだけに限らず、万物森羅万象、ありとあらゆるモノは人間のイメージから生まれたものであり、意味を与えられたものだ。

 まぁ、それ自体はどうでもいいことだが、覚えておいてもらいたいのは、その本人が無意識的にイメージしたものが超能力として発現している――ということだ」

「ちょっと待ってください。超能力がただイメージしたものが具現化したって、そんなことあり得ないでしょう」

「あり得ない? それはどうしてだ、冬道」

「どうしてだって、ただのイメージでそんなことができるはずがない」

「いいや、現にそれができているからこそ、超能力があるんだ」

 司先生は俺の言葉をものともせず、そう言いきった。

「しかし、イメージだけというわけではない。人間のひとりひとりには個性があり、それがこれほどまでにないというくらいに、超能力の発現に関係している。

 翔無で例えようか。翔無は瞬間移動、またはテレポートと呼ばれる類いの能力者だ。それがあれば、行けない場所がないだろう? 実際、翔無は自分に行けない場所があると思ったことはあるか?」

「そう言われてみると、たしかにないかもねぇ」

「だろう? そして翔無は、無意識的なことなのだろうが、他人の内側に干渉するのが上手い。なんの苦もなく、相手の内側を見透かす――この場合は、踏み込むというのが正確だ。

 つまりそれが超能力の原点となり、イメージとして基本骨子が構築され、発現する。無意識的なイメージと個性が組み合わされることにより、超能力というものは生まれるんだ」

 言われてみると、翔無先輩は他人の内側に踏み込んでくるのが上手かったような気がする。まさかそれが能力と関係しているとは思わなかったけれど。

 そして、たしかにありとあらゆるものが、イメージから生まれたと言うのも頷ける。

 人間には言うに及ばず、世界中に生息する生物は古来より、生き残るために無意識にイメージした姿に進化して、現代に生き残ってきた。

 それに世界にはイメージから生まれたものが溢れている。身の回りにあるほとんどのものが、人間のイメージから生まれたといえる。

 ただ、生命だけは、それに当てはまることではない。

 生命までもが、たかがイメージごときで生み出せるはずがない。生み出せていいはずがないんだ。

「そして、イメージから能力を発現できるということを利用して、能力者を生み出している家系がある」

「あ? 能力者を生み出すだと?」

「あぁ。その家系は九十九つくも家といって、元来、能力者が生まれやすい血統でな。その血を絶やさないために、外部から雑種の血を混入させない――つまり、血縁内で行為を繰り返して子を成しているんだ。

 そうして代を重ねていくことで、より強力な能力者を生み出している。私の高校時代の同級生に九十九家の人間がいてな、まぁ、そいつとは仲良くやらせてもらっていたよ――ん? なんだ、なにを顔を赤くしている?」

 ようやく自分が言った言葉で顔を赤くしている人間がいたことに気づき、話を中断した。

 秋蝉先輩や白神先輩ならまだしも、まさか翔無先輩が顔を赤くしているとは思わなかった。いつもの言動はなんだったんだ。

「高校生にもなって、この程度のことで顔を赤くしてどうする。うぶすぎて話にならないな」

「それはまずいい。話を続けてください」

「そう急かすな。全く、冬道は気が短いぞー」

 それは今回に限っては否定しようのない事実だ。

 俺に関係していること。関係ないでは済まされないことがなんなのか、それを知りたい。

「九十九家が能力者を生み出す血統というのは、先ほど言ったな? あいつは、九十九家が生み出した能力者のひとりだろうな。これは私の憶測でしかないのだが、まぁ、おそらくはその通りのはずだ。

 能力者とは得てして異常なものではあるものの、あそこまで特異で異常な能力者というのは、超能力の専門家である私ですら今まで見たことがない」

「どういうことですか?」

「冬道、お前もわかっているはずだよ。いくら能力者が異常とはいえ、異常なのは身に宿る超能力・・・・・・・であって、それを使う能力者自身は、至って普通・・・・・なんだ。例外なのは黒兎のように、自身を強化できる能力者くらいなんだ。

 だというのにあれはなんだ? 肉体を強化していないどころか、能力も使わずに人間が成し得る運動能力を遥かに凌駕している。あれはもはや人間と呼べるような代物ではない。――――化物というのが、正しい表現だ」

 それは、俺も思ったことだった。今までの能力者は俺が見たことのない、新鮮な動きだったにも関わらず、『そいつ』の動きにはまるで新鮮さを感じなかった。

 だってそれは、異世界で散々目にして、経験してきたものだったから。

 異世界では、こっちの世界ではあり得ないことが、当たり前だった。あれくらいの動きだったならば、それこそ日常茶飯事というくらいに見てきた。

 むしろその程度の動きができなければ生きていけない、そう言われるくらいだった。

 もちろん全盛期の俺であれば、それすらも凌駕する。

「『吸血鬼』――九十九の奴らは、ずいぶんと面白いものを生み出してくれたものだ。吸うのは人間の血ではなく、能力者の能力なのだからな。それでいて『吸血鬼』の性質をイメージして、こんなものを生み出した」

 吸血鬼。不老不死で人間の血を餌とする、最強の鬼。

「さしずめ『ぼくのかんがえたさいきょうののうりょくしゃ』を生み出そうとして、こんな失敗作を生み出してしまったのだろうな」

「失敗作? それはどういうことだ」

 黒兎先輩が腕組みをしながら、司先生にそう訊ねる。

「言葉通りだ。この吸血鬼は能力者としては失敗作だ。映像を見る限りではこの吸血鬼は暴れているというより、自身の能力に振り回されている感じだ。身に余る力は身を滅ぼすとはまさにこの事で、こいつには『吸血鬼』という能力が重すぎる。

 制御ができていないのもあるだろうけれど、これは普段から『吸血鬼』を意識しておらず、いきなり『吸血鬼』が現れたために起こることだな。……いや、わからないけどな」

「超能力の専門家じゃないんですか?」

 俺は思わず呆れて聞き返してしまっていた。

「だから専門家の観点から予測はしているだろー。いくら専門家といえ、前例がないのだから予測するのが関の山で、正確なことまでは本人にしかわからないことだろー」

「本人……」

 そうだよ。俺が聞きたかったのはこんな専門的なことじゃなくて、この吸血鬼が誰かということだけだ。

「先生はこの吸血鬼が誰なのか、知ってるんですよね」

「もちろん知っているぞー。この学校だけでなく、この町の超能力に関する事情なら一応、網羅している。この吸血鬼が誰であるかなんか、とっくの昔に知っている」

「なら教えてください。いい加減、関係ないじゃ済まされないってことがなんなのか、知りてぇんだ」

 そうか、と司先生は目を閉じて呟く。

 数秒の間を置いてスッと開かれた両目が、俺の目を睨み付けるように向けられた。

「隠していても仕方がないし、隠すつもりもなかったが、聞くからには覚悟をしておけ、冬道。今から私たちは、こいつを相手に本当の殺し合いをしないといけないからな」

「殺し合い?」

「そう。被害を出さないために、この吸血鬼を野放しにしておくことはできないからな」

「そんなことはどうでもいい。この際だから俺もその殺し合いに参加してやりますよ。だから、早く教えてくれ」

「その覚悟があるならばいいだろう。教えてやる。こいつの正体は――――――――柊詩織だ」

 司先生は一拍だけ置くと、その吸血鬼の名前を言った。

「……そうか」

 それを聞いても、俺は思いの外落ち着いていた。それを聞いても、大して驚きもしなかった。

「意外だな。そこまで動揺がないか」

「……俺自身も意外に思っていますよ」

 けれどその反面、やっばりと思っている部分もある。

 柊詩織。俺の友達が、能力者を生み出す家系である九十九家の失敗作の能力者で――吸血鬼。

 なんとなくだけれど、関係ないじゃ済まされないっていうのが、こんなことだっていうのはわかっていた。

 たびたび、柊にはおかしな点が見受けられた。真紅の瞳に、能力者関係についての過剰なまでの反応。

 そしてなによりも、柊がいなくなった途端に動き始めた吸血鬼――ここまでの要素があるならば、逆にそう思わない方がどうかしている。……いや。今の今までそれを認めようとしていなかったのだから、どちらにしろ同じか。

「とりあえず、明後日からの五日間。この五日間は吸血鬼と殺し合うことになる。明後日は一応、作戦会議を含めて学校に集合すること。かっしーやマイマイちゃんたちも構わないかな?」

「俺は構わねぇ」

「かしぎ先輩がそう言うのでしたら、私も構いません」

「うん。なら明後日は十時に風紀委員室に集合。別に遅れても構わないけど、なるべく遅れないように」

 翔無先輩がそう言って話をまとめた。

 五日間――正確には五日間ぶっ通しで戦うわけではないだろうし、柊が吸血鬼の特性を持った能力者であるならば、戦うのは夜だけになるのだろう。

 関係ないじゃ済まされないことっていうのが、まさか柊が吸血鬼で、被害を出さないために殺し合いをするってことだったなんて、思いもしなかった。

 けれど、たしかにこれは関係ないじゃ済まされない。関係ないで、済まされてたまるもんか。

 話が終わって、俺たちは個人的に仲がいいというわけではないので、次々に風紀委員室から出ていく。

 俺もこれ以上ここにいる必要はないので、真宵後輩と一緒に風紀委員室から出ていこうとした。

「冬道、お前は残れ」

 だが、不意に司先生に呼び止められ、俺は立ち止まってしまった。

「なんですか?」

「お前に個人的に話がある。藍霧、お前は先に帰っていて構わないぞ」

「お気遣いなく。先輩が残るなら、私も残ります」

「言い方を変えよう。帰れ」

「なら私も言い方を変えましょう。帰りません」

 断固として動こうとしない真宵後輩を見て司先生が思わずといったようにため息をつくが、諦めたように真宵後輩を見据える。

「別にいること自体は構わないんだがなー、会話の内容的に冬道が聞かれたくないと思うぞ?」

「お気遣いなく。そんなことはありませんので」

 お前が言うことじゃねぇだろ。

「翔無もいることだし、まぁ、お前らふたりくらいになら、冬道も聞かれて問題ないな?」

「別に構いませんよ。それで、話って?」

 大したことじゃないよ、と司先生は前置きする。

「お前、柊を斬れるか?」

「……」

 司先生のその言葉に、俺は思わず黙り込んでいた。

 柊を、斬る。それは殺し合いの過程では唯一外すことのできない、絶対的なことだ。

 吸血鬼の能力者である柊なら、たとえ斬られたとしても再生する。先ほどの映像にも、その異常なまでの回復能力は惜しみなく発揮されていた。

 それに殺し合いとはいえ、あくまでも吸血鬼が害を出さないように食い止めるだけで、殺す必要はどこにもないし、第一に、殺せるかさえ定かではない。

 ただ斬るだけ。いつものように、剣を振るうだけ。

 今までだって、いくつもの命を殺してきた。勇者なんて呼ばれているけれど、それは所詮、殺人鬼の正当さを主張するためだけの、ただの都合のいい言葉だ。

 吸血鬼と殺人鬼。同じ鬼同士の――化物同士の、普通では絶対にあり得ない、異常な殺し合いのはずだ。

 それなのに俺は、斬れるとは言えなかった。まるでそれを肯定することができないように、それを否定しているかのように、黙り込んでしまった。

 俺はどうしても、柊を斬れると――言えない。

「やはりな。お前はその反応だと思ったよ」

「……」

「早めに決意すべきだろう。お前のその優しい性格では、たとえ吸血鬼の能力で暴れているだけの柊でさえ、お前は斬ることを躊躇っている。早くしなければ、犠牲にする必要がないものまで、お前のせいで犠牲にしてしまうかもしれない。今回に限ってはお前は優しくない。ただ――――甘いだけだ」



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