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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第三章〈『吸血鬼』の宴〉編
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3―(3)「協力」


 柊詩織という少女が俺の後ろにいないだけで、どうしてだろう、なぜか自分の世界がひどく色褪せてしまったように思えてしまった。

 なにをやっても(といっても授業を受けていただけだが)なんだかつまらないし、話そうと思って後ろを見ても、そこには誰もいない。

 両希と話せばそれなりに楽しいとも思えるけれど、やはり、彼女も一緒にいてくれた方が、俺は嬉しい。

 嬉しいと思うのも、なんだかおかしな話ではあるものの、俺のなかではその言い方が、これまた妙な話ではあるがしっくり来てしまうのだ。

 やれやれ。俺の思考回路はどうなってしまっているのやら、自分でもよくわからないよ。

 どうも俺は、柊がいないだけでこうも寂しいと思ってしまうような、そんな人間になってしまったらしい。いや、人間もどき(化物もどきでも可)だけどさ。……寂しいな。柊がいないって。

 俺はそんな気持ちを振り払うために首を振り、席から立ち上がる。

 ちなみに今は昼休み。屋上では俺のために弁当を作ってくれた真宵後輩が待っていることだろう。だから俺はなにも持っていく必要はない。

「アウル、屋上に行こうぜ?」

「ん? わかった。少し待っていろ」

 アウルはそう言うと、机の脇にかけたカバンから弁当を取り出した。弁当といっても、コンビニ弁当なのだけれど。

「お前は藍霧に作ってもらっているから、なにもいらないのだったな」

「まぁな。お前も作ってもらえばいいんじゃねぇの?」

「あの藍霧が私のために作ってくれると思うか?」

「……微妙だな」

 俺のときでさえ、作ってくれるとは言わず、作りすぎてくるなどという回りくどい言い方をしたというのに、素直にアウルの弁当を作ってくれるはずがない。

 真宵後輩は気を許した相手じゃないと、こうやってまともに話してもくれないからな。

 異世界じゃ、一番お調子者だったチトルなんかは、あとから仲間になったリーンよりもあとに口を利いてもらえるようになってたし。

 ただまぁ、リーンと真宵後輩は気があったから、あんなにも早く打ち解けられたんだろうけどさ。

「それにしても、柊が休むとは思わなかったな。あいつなら風邪などでは休まないと思っていたのだが」

「そうなんだよ。まさかあいつが休むなんてよ」

 柊がいないと後ろがなんつーか、あれだ……ちょっとあれなんだよ。首元が涼しいんだよ。いや、暑いからいいんだけれど、なにかな、とにかくあれなんだよ。

「柊がいないと冬道は寂しそうだからな。やはり柊がいないと寂しいのだろ?」

「あ? 寂しくねぇよ」

「なにかと後ろを振り向いているのにか?」

「たまたまだ。別に柊がいないからって寂しいとか、全然思ってねぇ。つーか、首元が涼しいくらいだ」

「本当は寂しいのだろ?」

「……寂しくねぇよ」

「お前はツンデレだ」

「ツンデレじゃねぇよ」

 なんだよ。俺って、そんなに言われるほどツンデレなのか? 俺の思うツンデレ像と大分違うのだが。つーか寂しくねぇし。……すまん。本当は、すげぇ寂しい。

 そういえば、と俺は話題を変える。

「お前って『組織』から秋蝉先輩を殺すためにここに来たんだろ? その秋蝉先輩が観察処分になったってのに、ここにいても大丈夫なのか?」

「それは大丈夫だ。なんでかはわからないのだが、あれから『組織』から直接的な命令がなくてな。まぁ、問題はないだろう」

 そう言うならそうなのだろう。俺としては、このままアウルがこっちにいてくれた方が嬉しい。役目が終わったからって帰られても、寂しくなるばかりだ。

 そして気づけば屋上に続く階段のところに来ていた。

 俺たちはそこを上り、屋上のドアを開けると、そこには真宵後輩と、なぜか不知火と白神先輩がいた。

「どうも白神先輩。相変わらずお元気そうで」

「なんでそんな堅苦しい言い方なのよ。いつもみたいに、砕けた口調で話してくれればいいじゃない。今さら礼儀でも覚えたわけじゃないんでしょ?」

「失礼だな。俺は礼儀をわきまえる相手と、わきまえない相手の区別をしてるだけだ。礼儀はちゃんと、ある程度はわかってるつもりだ」

「私、一応先輩なんだけど?」

「それくらいわかってるっての」

 今のところ、俺が敬語を使ってる相手は司先生くらいのものか。他の先輩といえば、なにかと俺にちょっかいを出した先輩だからな。敬語を使う気になれない。

 翔無先輩にくらいなら、敬語を使ってもいいかもしれないけれど。あの人にはいろいろと、世話になってるからな。

 俺は真宵後輩の隣まで行くと、フェンスを背もたれにして座る。その正面に、アウルも座った。

「私たちも混ぜてよ」

 そんな俺たちの近くに、不知火と白神先輩も座り直してきた。

「別に構わねぇけど、おかずはわけてもらうぜ?」

 何気なく俺がそう言うと、焦ったような表情をした不知火がこっちに来い、と俺を連れ出した。

「いきなりなんだよ」

「と、冬道、悪いことは言わない。いや、むしろ紗良の弁当のおかずをわけてもらうのだけはやめた方がいい。まだ、三途の川は渡りたくないだろ?」

「……おい」

 自分でも驚くほどの冷たい声がでた。

「お前の幼馴染みの料理はそんな危険物だってのか? 漫画やアニメならまだしも、現実でそんなこと、ありえねぇだろ」

 いくら料理ができない俺でも、そんな危険物のような扱いをされるものは作れないぞ。たしかに、不味いとは言われるだろうけれど、さすがにそれはありえない。

「それを作れるのが紗良なんだよ。幼馴染みの俺が言うんだから、少しは信用してくれよ」

「いやいや、信用してぇのは山々だが、そんなの信じられるかよ。どんな調合したら、そんなもんが生まれるってんだ」

「俺に訊かないでくれ。とにかく、やめた方がいいぞ」

 不知火の有無を言わせないその物言いに、俺は離れた場所からこっちを見る白神先輩を見る。……人は見かけによらないって、言うもんな。

「俺は耐性がついたから問題は……なくはないんけど、それ以外の奴らが紗良の手料理を食べた末路は……言わなくても察してくれ」

「なんで知ってんだよ、そんなこと」

「紗良って見た目は美人だからモテるんだよ。だから、紗良の手料理を食べたいって奴らがいて、食べたのを見たからな……」

 それを聞いて、俺は納得していた。

 白神先輩は不知火の言うとおり美人だから、手料理を食べたいって相手がいてもなにも不思議はない。だが不知火、お前は自分の幼馴染みを無意識に自慢してるぞ。

「俺もまだ死にたくはねぇ。わかった、助かった」

「いやなに。目の前で苦しむ様子を見たくなかっただけさ。これ以上、紗良の料理で犠牲が増えるのは、幼馴染みの俺としては、心が痛むばかりだからな」

「……ちなみにお前、料理はできるのか?」

「おう。結構料理はするから、得意っていえば得意だ」

 やっぱりこいつ、俺なんかよりも主人公に向いてるような気がする。俺なんか料理はできない勉強もできない、まともにできるのは掃除くらいのものだ。

 戦いがなかったら俺、ただのだめ人間じゃねぇか。

「どうかしましたか、かしぎ先輩」

「なんでもねぇよ」

「本当ですか? なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったけれど、聞いておいてよかった、と言いたげな顔をしていますが」

「お前、実は話聞いてたんじゃねぇの?」

「なんのことやら。はい、私からの愛妻弁当です」

 なんだか誤魔化されたような気がしないでもないが、愛妻弁当という響きは気に入ったので、誤魔化されることにした。愛妻弁当さいこー。

「もしかして、真宵と冬道くんって付き合ってるの?」

「そういうわけではありませんけど。そういう風に見えますか?」

「て言うか、付き合ってなかったんだ、って思うくらいにはふたりは恋人関係に見えるわよ。本当に付き合ってないの?」

「そうですね。付き合っていません。ただ私から見れば、白神さんと不知火さんの方が、よほど恋人関係に見えますけど、そこのところはどうなんですか?」

「えっ!? わ、私たちは、その……」

 真宵後輩の思いがけない切り返しに、白神先輩が顔を真っ赤にさせて、若干残念な胸の前で指を絡ませて言葉をつまらせていた。

 その白神先輩の隣では、どうして自分なんだろうか、と首を傾げている不知火の姿がある。どこまでも鈍感だな、お前も。

「つ、付き合ってるように、見える……?」

「少なくとも、私から見れば、と限定されますけど、付き合っているように見えますよ」

「そ、そう。見えるのね。ふぅん。……えへへ」

 嬉しいのは痛いほどわかるけれど白神先輩、みんなが見ている前でそんなとろけたような表情をするのはやめてくれ。反応に困るから。

「つーか前から思ってたんだがアウル。お前ってずっとコンビニ弁当だよな。よく飽きもせずに食えるもんだ」

「そうか? なかなか美味いと思うぞ?」

「いや。うめぇけど、飽きねぇの?」

「飽きないぞ? あれだ。私の初の登場シーンも、コンビニで弁当を選んでいる場面だったな」

 そういえばそんなこともあったっけ。懐かしいな。今となっては、いい思い出だよ。アウルの縞パンもな。

「んー……食べるか?」

 俺がアウルとの出会いを感慨深く振り返っていると、なにをどうすればそうなるのかは定かではないけれど、そんなことを言ってきた。さらに弁当のおかずを箸でつかみ、口元に運んできている。

 ちなみにアウルが買ってきた弁当は、誰もが一度は口にするだろう唐揚げ弁当だ。

「口を開けろ。食べさせられないだろ」

「えっと……それは、狙ってやってんのか?」

「狙ってやっている? なんのことを言っているのだ? よくわからんが、私も早く昼食にありつきたいのだ。さっさと口を開けろ」

「……」

 アウルは特になにも考えていないようで、俗に言う『はい、あーん』を素でやろうとしていた。そういえばアウルって、アメリカから来たからそういうのを気にしないのか?

 それならそれで、嬉しいシチュエーションになるけれど、こうも周りから注目されていると、食べづらいものがある。

 というか、白神先輩。そんなに凝視しないでくれ。

 俺はどうにも拭いようのない居心地の悪さを感じながら、アウルが待ちかねているので、口を開ける。

 それと同時に素早く、唐揚げが突っ込まれた。いや、もう食べさせるというより、突っ込んだという表現がぴったりなほど、雑な食べさせ方だった。

「どうだ、美味いだろ?」

「……たしかに」

「そうだろそうだろ。この唐揚げ弁当の唐揚げはな、私が今まで食べてきた弁当のなかでも、断トツの美味さなんだ」

「それなのにもらってもよかったのかよ」

「ん? まぁ、構わない。冬道にも、食べてもらいたかったからな」

「コンビニ弁当だけどな」

「む。仕方がないだろ、私は料理は人並みにしか作れないんだ。藍霧の手料理を食べているお前に、私の手料理では物足りないだろ」

「別に食ってみてぇけどな。お前の手料理も」

「そ、そうか?」

 女の子の手料理を食べてみたいっていうのは、男であるなら、絶対に思うことだ。それが美少女であるならなおさらのこと。

 人並みにしか作れなくたって、アウルが俺のために作ってくれたのなら、俺は喜んで食べる。ようするに、味なんて関係ない。気持ちなんだよ、気持ち。

「なら……今度、作ってみるとするよ」

「期待してるぞ」

「あまりプレッシャーをかけるな」

 アウルの言葉に俺は苦笑しつつ、真宵後輩に作ってきてもらった弁当を食べることにした。

 そんな俺の脇では白神先輩が不知火に『はい、あーん』で、自分が作ってきた弁当を食べさせようとしている。

 そう、白神先輩が作ってきた弁当を、だ。

 不知火が食べるなと鬼気迫る形相で言ってきた、あの、白神先輩特性弁当イコール危険物をだ。

 助けてくれ、という目線を感じるけれど、俺だって命は惜しい。不知火には犠牲になってもらう。

「先輩、美味しいですか?」

「あぁ。相変わらずすげぇ美味い。嫁にほしい」

「話が飛躍しすぎです。まずは恋人関係とかではないのですか? まぁ……嫌ではないですけどね」

 真宵後輩の弁当を食べながらそんな会話をしていると、不知火が屋上から飛び出していった。

 白神先輩はどうして出ていったかわからないらしく、困惑した表情を浮かべているばかりだ。少しは自分の料理の味見をしてくれ。

「どうしたっていうのよ、ミナのやつ」

「白神先輩。自分の料理の味見ってしたことあるか?」

「ないわよ。だ、だって、一番最初には……その、ミナに食べてもらいたかったから」

「それくらいはしろよ。料理のできない俺が言うのもおかしいけど、味見しないことには美味いかどうかもわかんねぇだろ」

 味見は食べたうちには入らねぇよ、と俺は言う。

「とりあえずこの弁当、食ってみろよ」

「わかったわよ。初めて食べるけど、どんな味なのかしら……」

 そう言いながら弁当を食べた白神先輩が、これからは味見をしようと心に誓ったのは、言うまでもない。


 不知火が帰ってきたのは、それから五分後の話だ。

 耐性がついていないで食べれば、三途の川を見れるという白神先輩特性弁当を食べて五分で復活するあたり、耐性がついているという話も本当のようだった。

 けれど逆に考えると、それを何回も食べているというわけで、どちらにしろ、苦しいことには変わりない。頑張ったんだな、不知火。

「ミナ。私、今度からちゃんと味見して料理作ることにするわ」

「今までもちゃんと味見してくれてると嬉しかったんだけどな!」

「なによ、アンタも不味いなら不味いって言えばいいだけのことでしょ! あんなの、無理して食べる必要ないじゃない……」

「あのさ、紗良が俺のために作ってくれたのに、不味いなんて言えるかよ」

「……っ!?」

 不知火の言葉に白神先輩の沸点が一瞬で越えたのか、頭から湯気が出てるし、顔がもう病気なのではないかと思うくらいに真っ赤にさせていた。出やがったよ、天然女たらしめ。

 こんなに恥ずかしいセリフをよくもまぁ、あんな真顔で平然と言えるもんだ。異世界にいたときの俺でさえ、あんなセリフ、恥ずかしくて言えねぇよ。

「あ、あれ? 紗良? どうしたんだ?」

「な、なんでもにゃいわよ!」

『……』

「な、なんか言いなさいよ! 恥ずかしいじゃない!」

「いだっ!?」

 顔を真っ赤にした白神先輩は不知火を叩いていた。仲のいい奴らだ。

「そういえば今さらだが、不知火と白神先輩が屋上に来てるのって珍しいな。いつもは俺たちグループぐらいしか来てねぇのに」

「ん? あぁ、そういや冬道とウィリアムズには言ってなかったっけ。藍霧には言ってたから忘れてたな」

「あ? 真宵後輩には言った? なんの話だよ」

「お前と藍霧、ウィリアムズに用事があって、ここまで来たんだよ。紗良はそのついでな」

「ついでってなによ、ついでって」

 いつの間にか復活していた白神先輩が、不服そうに不知火にツッコミを入れていた。ずいぶん早い復活だった。

「白神先輩がついでなのはわかったが、用事ってなんだ。まさかとは思うが、また生徒会とか風紀委員絡みじゃねぇだろうな?」

「そのふたつが絡んでるのはたしかだけど、今回は別に戦うわけじゃないさ。むしろ今回は協力しあってる。そこに、三人の協力も必要なんだよ」

「ふーん」

「スゲー興味なさげだよな、冬道」

「興味なさげなんじゃなくて、興味ねぇんだよ」

 ついこの前まで対立してたのに、今回は協力体制と来たか。そのふたつが協力しようがしまいが、俺になんの関係もない以上、興味なんて沸くはずもない。

 俺は異常に積極的に関わる気はあるが、そういう、面倒ごとが絡んでくるのは嫌いなんだ。そういうのに関わってまで、異常にこだわる気はない。

「つーか真宵後輩もか?」

「おう。冬道と藍霧とウィリアムズの三人を連れてこいって、黒兎先輩と翔無先輩に言われたんだよ」

「話を聞く前から面倒臭がすげぇ臭うんだけど? お前、どういう用事かってのは聞いてねぇのか?」

「お前らが来てからまとめて説明するってさ。なんか、火鷹も聞いてないって言ってたぞ?」

 火鷹でさえも聞いてないことか。翔無先輩が火鷹に隠し事をするようには思えないし、これはもう、面倒事に確定だな。間違いない。

「めんどくせぇから断る」

「そんな理由で断るなよ!」

「そんなこと言っても俺、個人的な繋がりがあるだけで、別に生徒会にも風紀委員にも入ってるわけじゃねぇから、関係ねぇだろ」

「いや、たしかにそうだけれども!」

 俺は面倒なことは嫌いなんだ。どんな用事かはわからないけれど、面倒臭がぷんぷんするっていうのに、関わるなんてまっぴら御免だ。

 そういうのは勝手にやってくれ。俺には、関係ない。

「でも翔無先輩が『マイマイちゃんとアルちゃんはともかく、かっしーは必ず連れてきなよ。彼はめんどくさがって来ないだろうけど、今回は無関係じゃ済まされないからねぇ』って言ってたんだよ」

 これ以上ないというくらい、無駄に物真似が上手かった。純粋に、すごいと思った俺だった。

 それに、無関係じゃ済まされない――って言われてもな。それだったら直接言いに来ればいいような気もするが……まぁいいか。

 というか、俺の言動が先読みされていた事実に、行をかなり使ってから気づいてしまった。

「そんなこと言われても、面倒なことには変わりねぇんだけどな」

「でも気になるだろ?」

「そりゃ……まぁ」

「だろ? だったら話聞くくらいいいだろ?」

 不知火は言いながら俺の肩を掴んでくる。顔が近いんだよ。離れろ、暑苦しい。

「わかったよ、仕方ねぇ。話だけは聞いてやる」

「ホントか! よかった。冬道を連れていかないと、ボコボコにするって翔無先輩に言われてたんだよ」

 俺はそう言って後輩を脅した翔無先輩をボコボコにしてやりてぇよ。

「つーか、本当に仲良くなったんだな」

「そうだな。最初っからこんな風に協力しあっててくれたら、俺も紗良を泣かせる必要もなかったんだけどな」

「バカかお前は。お前がひとりで背負うような真似するから、余計にこじれた部分もあるだろ」

「それを言うなって。いいだろ? 終わったことだ」

「気楽でいいな、お前は」

 俺は不知火にそう言って立ち上がり、制服についた埃を払う。

 時間的にももう教室に戻らないと、授業に間に合わなくなるので、俺たちは教室に向かって歩き出す。

 それにしても、無関係じゃ済まされない――か。

 翔無先輩がそう言うんだからそうなんだろうけれど、現時点においては、それがいったいなんなのかは全くもって想像できない。

 そもそも俺は、超能力に関しての知識があやふやで、いくら考えたとしても超能力が絡んでいるならば、答えを弾き出すことはできない。だいたいの予想の範疇でしか考えられない。

 俺の存在は『組織』からはよく見られていないようではあるし、心当たりくらいならば、なんとなくは想像することができなくもない。

 ただそれがそうであるかと訊かれると、はっきりとそうだと言い切ることはできないけれど。

「――ねぇ。あの噂、知ってる?」

「知ってる知ってる。あれでしょ? この時期の夜になると、どこからともなく『吸血鬼』が現れるって噂のことでしょ?」

 俺たちが踊り場に差し掛かると、そんな話声が俺の耳に入ってきた。その噂は、俺も知っていた。

 誰がそんなことを言ったのかはわからないけれど、この時期の夜になると、吸血鬼が現れるらしい。らしい、というのはもちろん、俺は吸血鬼が現れたところを見たことがないからだ。

 吸血鬼――か。

 吸血鬼なんかいない、と言いたいところではあるが、しかし残念なことに、俺は超能力者を知っているし俺自身も、魔法使いの親戚みたいな存在だ。

 なんの根拠もなしに肯定することはできないけれど、頭ごなしに否定することもまた、俺にはできない。

「超能力者の次は吸血鬼ときましたか」

「なんだよ。真宵後輩も聞いてたのか。にしても、俺たちが知らなかっただけで、こっちにもいろいろな異常があったんだな」

「ですがあくまでも噂ですからね。私は肯定も否定もしませんし、仮に現れたとしても、私に害がなければどうでもいいです」

「襲いかかられても、返り討ちにすりゃいいからな」

 所詮は吸血鬼だ――と侮る気はさらさらないが、魔王と比べるとどうしても見劣りしてしまって、やっぱり所詮は吸血鬼だと思ってしまう。

 そう考えると、やはり、俺も真宵後輩と同意見だ。

「吸血鬼を相手にそんな風な口を叩けるのは、冬道と藍霧くらいのものだ。お前らはどういう神経をしているのだ」

「アウルの言う通りよ。まぁ、アンタたちなら本当に吸血鬼が相手でも勝ちそうなイメージが沸いちゃうんだから、不思議よね」

 なんだそれ。アウルと白神先輩の言い方はまるで、吸血鬼が本当にいるみたいな言い方だった。

「では私はこちらですので、失礼します」

「私もこっちだから。あっ、放課後に風紀委員室に集合だから、真宵も遅れないようにしなさいね?」

 善処します、と気だるそうに言う真宵後輩を見ると、本当に善処だけして、来なさそうだと思うのは、果たして俺だけだろうか?

 自分たちの教室に向かうふたりを見送り、俺たちも二学年の廊下を歩き出す。

「冬道とウィリアムズも放課後、風紀委員室な」

「わかったっての。別に忘れたフリして行かなかったりしねぇから、安心しとけって」

「それを聞かなかったら安心できたんだけどな! ……やっぱりスゲー心配だから、放課後になったら迎えに行くよ」

「ちっ」

「舌打ち!? やっぱりお前、逃げるつもりだったんだろっ!」

「そんなことねぇよ」

「じゃあなんで棒読みなんだよ!」

「騒がしいな。うるせぇよバカ」

「お前がちゃんと来てくれるんだったら、こんなにうるさくならないんじゃないのかなぁ! ……ったく。忘れないで来てくれよな!」

 不知火は自分の教室の前で立ち止まり、捨てセリフのようにそう言うと、教室に入る。最後までうるさいやつだった。

「それにしても、本当になんの用なんだか」

「それは放課後になったらわかることだ」

「でもよ、今回は関係ないじゃ済まねぇなんて聞かされたら、誰だって気になるだろ? しかも真宵後輩とアウルはともかく、俺はと来た。明らかにめんどくせぇ話だ」

「それはわからないでもないが、気にしていても意味がないではないか」

「……まぁ、それもそうか」

 どうせ放課後になればわかることだし、こんなことをいちいち気にするなんて、俺の性格じゃない。

 俺は教室に入り、自分の席に座る。そしてふと思い立ったので、両希に訊いてみることにした。

「なぁ、両希」

「ん? どうしたんだ?」

「お前、最近噂になってる吸血鬼の話、どう思う?」

「いきなりそんなことを訊かれてもな。うーん……というか、かしぎ。この吸血鬼の噂は最近のものなんかじゃないぞ? たしか、三年くらい前からの噂のはずだ」

 最近のものではなく、三年前からの噂? そんなこと、あの場にいた誰も言ってなかったけどな。

「出所はわからないんだが、三年前のこの時期に、その吸血鬼に会ったっていう生徒がいるみたいなんだ。しかも吸血鬼が現れるのはこの時期だけだから、今では一種の学校の七不思議、都市伝説にもなっているらしい」

「へぇ。詳しいんだな、その吸血鬼のこと」

「かしぎが無知なだけだ。これくらいなら誰でも知っていることだぞ。今はその話題で持ちきりだ。話してないのなんて、僕たちくらいなんじゃないか?」

 両希にそう言われて周りに耳を傾けてみると、ざわざわしている教室のあちこちから吸血鬼などという単語を聞き取ることができた。

 どうやら本当に俺が無知だっただけらしい。そんな話なんかしないから、全然知らなかったな。

「吸血鬼、ねぇ」

 その名の通り、血を吸う鬼のことを指す。普通に考えて、そんなのがいたとしても、一年間でこの時期にしか現れないなんておかしいと思う。

 人間の血を食糧として生きる吸血鬼が一年間、食事をしないで生きていけるものなのか? まぁ、イメージとして吸血鬼は、不老不死っていうのがあるから、食事をしなくても大丈夫なのかもしれない。

 ただそれが、常識の範疇であるならば――ということに限定されてしまう。

 異常があると知ってしまうと、どうにもそっちに繋げてしまう癖がある。そう考えるのが、普通だと思えてしまうから。

「それにしても、いきなりそんなことを訊いてどうしたんだ? かしぎはこの手の噂には興味ないとばかり思っていたんだが」

「実際、興味はねぇさ。少しだけ気になっただけだ」

 なんだか少しずつではあるものの、翔無先輩がなにを話したいのかがわかってきた。吸血鬼が絡んでいるというのは、ほぼ間違いない。

 けれどそれだけでは、俺は関係ないじゃ済まないというのがなんなのかは、さっぱりわからない。どちらにしろ、風紀委員室に行かなければならないだろう。

 ぼんやりと窓から空を見上げながら、そう思った。




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