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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第三章〈『吸血鬼』の宴〉編
24/132

3―(1)「勉強会」


 ひいらぎ詩織しおり

 今回の物語を語る上で、俺と彼女との関係性を、少しばかり話しておこうかと思う。

 最初に言っておくと、それが物語に重要な伏線になってくるとか、そういうわけではない。単純に俺と柊の関係を話すだけだから安心してほしい。

 まぁ、世間話を聞くような軽さで聞いてもらいたい。

 俺もその方が気兼ねしないで話をすることができる。

 彼女と俺の関係はクラスメートだ。終わり。

 ……というわけにはいかない。

 あれだけ盛大な前フリをしておきながら、たったの一行で終わらせるわけにもいかないので、もう少し深く掘ったところまでいこうと思う。

 さて、と。俺こと冬道かしぎが柊詩織と出会ったのは、なにを隠そう高校に入学してからである。別に隠していたわけじゃないのだが。

 もしかしたらもっと前にあったことがあるのかもしれないけれど、少なくとも、しっかりと相手を見て会話をしたのは、高校に入学してからだ。

 男勝りの性格とその口調のくせに、見た目はものすごい美少女で、勉強もできて料理も完璧にこなしている。

 勝ち気な彼女の顔立ちにポニーテールはよく似合っていて、これでもう少し女の子らしかったならば、おそらくは毎日が告白ラッシュだったろうことは、身近にいる俺がよくわかる。

 けれど、女の子らしくないかといえば、そういうわけでもない。

 たまに見せる女の子らしい仕草は、少なくとも、俺から見たらとても可愛らしくて、思わず好きになってしまいそうなほどだ。

 女の子らしくなってもいいんじゃないかと思う反面、今のままが一番いいんじゃないかと思う自分もいる。

 柊の魅力は、今のままが一番いいのかもしれない。

 そこらにいる美少女は、なんとなく話しかけにくい感じがするけれど、柊にはそんなことはない。

 なんの気兼ねもしないで、自然体で話しかけることができる。そういうのも、柊の魅力のひとつだろう。

 高嶺の花なんて呼ばれる美少女よりも、こういう風な近くに咲く綺麗な花にも、いいところはたくさんある。そういうのと同じかもしれない。

 ただ、綺麗な花には棘があるっていうのは……正解だと思う。

 見た目のとおりというか、柊はかなり力が強い。

 もしも本気で殴られたりでもしたら、骨の二、三本くらいなら簡単にへし折ってしまいそうなほどだ。

 そんな柊だが、俺の数少ない友達に認定されたのは、去年のことだ。

 俺がまだ異世界に行く前の、荒れていたというよりも暗かったというべきか、まぁ、あまり他人と交流をしなかった頃にあいつは、いきなり話しかけてきたんだ。

 たしか第一声は……なんだよお前、しけた面してるじゃねぇか、とかだったような気がする。

 いや、正直言ってそのときのことは、あまり覚えてないんだよな。

 当時の俺からしたら、そういう風に話しかけてくる相手なんてただただ鬱陶しいと思うだけだったし、構ってほしくなかったから無視していた。

 それなのに柊はわざわざ離れてる席から俺のところまでやって来て、毎日毎日、たわいない話を勝手にして、勝手に帰っていく。

 ずっとひとりで話して、俺が聞いてないのをわかっていながら楽しそうにしている様子を見て、日に日に疑問に思うようになっていった。

 なんであいつは、俺なんかと話そうとするのか――ってな。当たり前の疑問だったと思うよ。

 だって柊はクラスでも中心的な存在で、誰とでもすぐに仲良くなるような奴だったから、当然のこと、話し相手はたくさんいるんだからな。

 それなのに柊は、優先して俺と話している。いや、俺は話してないんだから独り言を呟いていくっていう方が正しいかもしれない。

 だから俺はある日、柊に訊いた。

「……お前、なんで俺のとこに来るんだよ」

 あくまでも無愛想に、無関心そうにだ。

 楽しく会話ができる相手なんだと思わせたくなかったんだろうな。我ながらバカなことをしてたと思うよ。これがまさに黒歴史ってやつか。

 それはさておき。

 俺の質問に柊、なんて答えたと思う? じゃあここでシンキングタイムだ。制限時間はあと二秒。二……一……はい終了。答え合わせといくか。

「なんでって、冬道と話したいからに決まってんだろ? そんなしけた面してねぇで、あたしとぐらい話したらいいじゃねぇか。……お前さ、何となく、あたしと似てるからさ」

 こんなことを、笑いながら言ってくれたんだ。

 俺と柊が似てるだなんて、どんな回答だよ。馬鹿馬鹿しくて笑いすら出てこねぇよ。

 俺と柊が似てたなら、今だって友達がたくさんいるだろう。しかし残念ながら、未だに友達と呼べるような相手は両手の指だけで足りてしまうんだ。

 もう友達と呼べない相手がいなさそうな柊とは、天と地、エベレストとマリアナ海溝くらいの差だな。

 ――最近までは、そう思ってた。

 ここからは、割りと真面目に訊いてもらいたい。

 物語の伏線にならないと言ったけれど、すまない。あれは嘘だ。ちょっとだけ伏線を出していこうと思う。

 今ここでモノローグを語っている俺は、もうこの物語を体験してしまっていることは言うまでもない。

 だからこそ、こんなことを言ってはいけないとわかっている。わかっているんだ。

 これを言ってしまえば物語が全て破綻してしまうし、いろいろと、取り返しのつかないことにもなりかねないから。

 この世界にそれがあることで成り立っている部分も、間違いなくあるわけで、それを否定するようなことを言えば、それで成り立っている全ての冒涜にあたってしまうのだろう。

 それによって世界中を敵に回すとしても構わない。

 俺にとって世界を敵に回すことよりも、それがあることで、俺の友達が傷ついたという事実の方が我慢ならないからだ。

 そういうことで、柊すらをも俺は、否定してしまうのかもしれない。

 けれど、こう言わざるをえない。

 超能力なんて、存在しなければよかったのに――


     ◇


 生徒会と風紀委員の未来をかけた決戦……なんてカッコよく言おうと思ったけれど、まともにカッコよくならなかったので、とりあえず喧嘩とまとめておくことにしよう。

 では、改めてやり直すとするか。

 生徒会と風紀委員の喧嘩が終わって早三日。

 あれから特にいざこざがあったわけではなく、突然に、生徒会が風紀委員の方針に協力的になっていた。

 いや、突然に、というのは違うかもしれない。

 俺は生徒会長と風紀委員長の戦いの場に居合わせていないからわからないけれど、きっと両者の間でなにかがあったのだろう。

 もしかしたら、その戦いにゲリラ参加してきたらしい真宵後輩が関係している可能性もなきにしもあらず。

 とりあえずふたつの組織が協力的になったからといって、俺の生活になにか変化があるわけでもないが、最近は割りと忙しい日々を送っている。

 そう言えば、俺を監視するために風紀委員長、翔無雪音先輩から命令を受けた火鷹かがみもそのまま、俺の監視についている。

 いい加減帰ってほしところなのだが、どうにかならないものか。

 部屋にいても沈黙が続くばかりだが、気まずい沈黙でないのが唯一の救いだったりする。

 もともと俺は沈黙は嫌いじゃないから、黙っててくれるなら部屋にいてくれても構わないんだ。

 ……黙ってくれてるなら、だけどな。

 火鷹はエロ担当という位置付けを律儀に守っているようで、ちょくちょく俺にちょっかいをだしてくる。

 思わず窓から投げそうになったのは内緒だ。

 そうそう。最近ようやくだが、戦っても筋肉痛にならないようになってきたんだ。

 この前の不知火のときもならなかったし。

 ここにきてようやく筋肉痛体質が、真宵後輩に変わったってことだ。

 けれど真宵後輩。風系統と水系統の波導を併用して使えるから、筋肉痛なんて意味がなかったりする。

 真宵後輩曰く、

「十秒もあれば筋肉痛なんて治ります。筋肉痛なんてただの筋肉の疲労からくるものですから、回復系波導を使えばすぐに全快です」

 とのことらしい。だったら、なんで俺に使ってくれなかったんだという話になるわけだが、面倒だから止めておこう。

 あとは……なんかあったっけか。特にないな。

 それじゃ、雑談でもやろ――

「かしぎ。いい加減モノローグを語るのをやめて、勉強に専念したらどうだ? 現実逃避をしていても始まらないだろ?」

「……わかってるっての」

 わかっていたさ。こうやって現実逃避をするために、いつもは言わない言葉遣いまでして、長引かせようってことが無駄なことくらい、わかっていたさ……!

 仕方がないので、現実逃避を終わるとする。

 今俺は、もうすぐに迫った中間試験に向けて、両希の家に勉強を教えてもらうために足を運んでいた。

 両希は学年でもトップの成績の持ち主だ。

 そんな両希に教えてもらえば中間試験なんて楽勝だと思っていた。

 だがしかし、現実は甘くないらしい。

 今まで勉強をしてこなかったツケが回ってきたようで、教えられてもさっぱりわからない。

「手が止まってるぞ、かしぎ」

「わかんねぇんだから仕方ねぇだろ……」

「さっき教えたばかりだろ? もう一度教えるから、頑張ってやってみよう。やればできるんだからな」

「あー……それを美少女幼馴染みに言ってもらえたらどれだけ嬉しかっただろうよ……」

 どうして俺の幼馴染みは男なんだ。空気を読め。

「僕だって女の子の幼馴染みがよかったよ。けど、残念ながらかしぎは男だ。男でも幼馴染みに頼られたら、全力で力になるよ」

「お前って無駄にカッコいいよな……」

 俺も両希に負けないように、少しは頑張ってみるか。

 手元に開いたノートに視線を落とし、右手にシャープペンシルを構え、両希の教えを聞く。

 ゆっくりだが確実に、両希の説明を聞いてなんとなく理解した俺は、問題を解いていく。

 わからないところがあれば、両希に訊けばいい。

 こんな紙ごときに、将来を左右されたくないからな。

「すみません、両希さん……。ここはどうやれば……」

「あっ。そこは――」

 俺の正面に座って、同じように両希に勉強を教えてもらっている真宵後輩に視線を向けた。

 前に両希に真宵後輩と会わせてやるって約束をしていたから連れてきたのだが、連れてきてよかった。

 真宵後輩は入学当初こそ学年でトップの成績の持ち主だったのだけれど、度重なる授業のサボりのツケが回ってきたため、今では学年でも下位の成績になってしまっていた。

 それではマズイと思ったらしく、真宵後輩は真面目に勉強していた。

 もともと学年トップの成績の持ち主のため、教えられればたちまち、スポンジが水を吸収するような早さで覚えていく。

 俺にも少しでもいいから、その思考力をわけてくれ。

 そして視線を右に傾けてみる。

「……」

 いつもどおり無表情な火鷹が、そこにはいた。

 しかし今は、その無表情にもなんとなく、本当になんとなくでしかないのだけれど、困惑しているようなものが見え隠れしていた。

 そんな彼女の手元には、ノートがある。

 つまり俺たちと一緒に両希の家に来た火鷹は、俺の監視のついでに勉強をしようと思ったのだが、これがまた、予想以上に勉強が苦手だったらしく、機能を停止していた。

 ……俺の周りには勉強ができない奴が多すぎるだろ。

 両希がいてくれて本当に助かった。

「……すみません。私にも教えてもらえませんか?」

「ん? あぁ、構わないぞ。どれだ?」

「……ここの問題です」

「それはだな――」

 ちらっと見ただけで両希は、火鷹のわからなかった問題をわかりやすいように解説までしつつ、すらすらと解いていく。

 しかもただ解くのではなく、重要となる箇所ではヒントだけをだして、なんとか自力で解かせている。

 そんじょそこらの教師に授業をしてもらうのが馬鹿馬鹿しくなるような、それほどまでにわかりやすい。

 さすが学年トップの成績の持ち主だけのことはある。

「……ありがとうございます、レンちゃんさん」

「うっ……。ひ、火鷹ちゃん。この際だからあだ名で呼ぶかさん付けで呼ぶかっていうツッコミはしないとして、僕をそのあだ名で呼ばないでくれ」

「……? どうしてでしょうか?」

「そのあだ名で昔、散々からかわれてきたんだ」

 両希は遠い目をしながら、そう言った。

 そういえばいつだったか……たしか小学生くらいのとき、両希は『レンちゃん』って呼ばれて、からかわれてたっけ。

 昔の両希は女の子みたいな綺麗な顔立ちをしていた。

 だから『レンちゃん』なんて呼ばれていたのだろう。

 ちなみに俺も『レンちゃん』って呼んだことがあるんだが、そのときは別段、嫌がられてはなかったんだが、なんでだったんだ?

「……わかりました。でしたら、蓮也さんと呼ぶことにします」

「うん。それがいい。とてもいい」

 そんなに『レンちゃん』って言われるのが嫌だったのか、あだ名で呼ばれないことに両希はとても嬉しそうだった。

 しかし、後輩に名前で呼ばれて嬉しそうにしているというのは、別の視点から見るといろいろと危ない人に見えなくもない。

 なんせこの火鷹かがみ、歳がひとつしか違わないというのに、見た目がどうしても中学生に見えてしまう。

 この間まで中学生だったのだから仕方なくはあるけれど、それにしたって、中学生と言ってここまで違和感がないのは珍しい。

 つまり両希はロリコン……ってことになるのか?

 けれどそんなことがどうでもよくなるような、この胸の苦しみはいったいなんなのだろうか。

 いや、考えるまでもないか。

「これが嫉妬って奴か……」

「かしぎ? いきなりなにを言い出しているんだ?」

「なんでもねぇよ。ただの妄言だ。忘れろ」

 数日しか一緒にいないとはいえ、寝食を供にしてきた仲なんだ。

 今日会ったばかりの両希を火鷹が名前で呼ぶというのは、なんとなく寂しいものがあるじゃないか。

 ……というのは建前で、本音はいい加減にあだ名にさん付けで呼ぶのをやめてもらいたいだけだ。

 なんで『かっしー』なんて間抜けなあだ名に、さん付けで呼ばれないといけないんだ。

 つーかなんだ。そのあだ名にさん付けをするっていう奇妙な仕草は。

「……嫉妬ですか?」

「掘り返すんじゃねぇ」

「……かっしーさんはツンデレですからね」

「そんなん初めて聞いたっての」

 誰が男のツンデレを見たがるっていうんだ。男でツンデレなんて、ただのうざい奴にしか見えないだろ。

 捉え方によっては多種多様だけれど、そうだとしても、自分をツンデレだとは言ってもらいたくはない。

 俺は割りと素直に生きてるだろ。自分に素直だ。

「どうでもいいけどかしぎ、手が止まってるぞ?」

「仕方ねぇだろ。話してる方が楽しいんだからよ。別にやり方がわからねぇとかじゃねぇから安心しろ」

「わざわざツンデレ風にいうのはやめてくれ。それに、わからなくないんだったらすらすら解けるだろ」

 俺はまぁな、と言いながら、ノートに書かれた問題を解く。

 もちろん適当とかじゃなくて、教えてもらったとおりのやり方でだ。ちなみに数学の問題だ。

「うん。正解だ。やればできるじゃないか」

「お前の教え方がわかりやすいんだよ」

「そうか? そう言ってもらえると、教える側としても、冥利に尽きるってものだ」

「そんな大げさなことでもねぇだろ。まぁ、お前が幼馴染みでよかった」

「……かしぎにそんな風にお礼を言われると、なんか気持ち悪いな」

「気持ち悪いとか言うんじゃねぇ。なんで俺が素直に感謝するとこぞって同じ反応しやがるんだ」

 異世界に行く前の俺はどれだけ素直じゃなかったのか、知り合いに対してお礼の言葉を言ったりすると、まるで、鳩が豆鉄砲を喰らったような反応をする。

 それに例外はなく見てのとおり、幼馴染みの両希や、去年からの友達の柊でさえもそんな反応だ。

 この前なんかクラスの女の子(名前は覚えていないけど)にお礼を言ったら、逆に謝られる始末だ。

 そんな反応にも、もう慣れたけれどさ。

「それはかしぎが変わったからだろ。去年だったら今みたいにお礼なんか言わなかったし、自分から話しかけるなんてこともなかったからな」

「そんなことねぇよ。俺だって自分から話しかけることぐらいあるっての」

「そうだったか? 僕の覚えてる限りだと、そんなことはなかったと思うんだけどな……」

「お前は俺が誰と話してるのか覚えてんのか?」

「大体はな。かしぎが話してるところなんて、僕たちと一緒にいたとき以外は特にないだろ?」

「……よく覚えてねぇ」

 これはただ単に、忘れたというだけのことだ。

 五年間も異世界にいたのだから、こっちの世界の、しかも覚えている必要もないたわいない日常風景なんて、戦いの世界にいたら忘れてしまう。

 あの頃は還りたいなんて言ってたときもあったけど、還ってきたら還ってきたで、異世界にいたかったなんて気持ちもあるわけで。

 これは、どうしようもないくらいのわがままだな、と我ながら苦笑してしまうような話だ。

「かれきでさえ、かしぎの変化に驚いてたぞ。まぁ、驚いたって言っても半目から普通開きに変わっただけで、その二秒後には『眠い』って言って半目に戻ったんだが」

飛縫とびぬいに普通開きの目にさせるなんて、俺の素直な感謝はそれほどまでに衝撃的なのかよ。それにしても、あの飛縫が、ねぇ」

 飛縫とびぬいかれき。

 俺の友人と呼べる数少ない人間のひとり。

 名前からでは判断がつきにくいだろうけれど、飛縫は女の子だ。それも名前のとおりのだ。

 『かれき』というと、漢字で書けばまずは『枯木かれき』を想像するだろう。それが普通だ。あいつはまさにそのとおりの女だ。

 飛縫はやる気のない、死んだ魚のようなダウナーな瞳をしていて、無愛想というか、いつでも機嫌の悪そうな表情をしている。

 やることなすことが予想の斜め上、だというのに誰しもが納得のいく最高の結末を演出してくれる。

 俺が言うのもおかしい気もするが、もう少し愛想をよくして立ち回れば、男女問わずにモテモテだろうよ。

 そんな彼女の口癖は『眠い。帰る』だ。

 なにかにつけて眠いと連呼しては、いつの間にかいなくなっている。そんな薄情な奴だ。

 まぁ、それでも。友達は友達だ。

「今年は違うクラスになっちまったが、あいつ、ちゃんとクラスに馴染めてんのか?」

「なんだかんだで大丈夫なんじゃないか? 眠い眠い言いつつ、やることはきっちりやる奴だからな。なんだ、かれきのことが心配なのか?」

「あ? 別に心配とかじゃねぇよ」

 なんとなくだが、あいつは大丈夫な気がする。

 どこにも保証なんてのはないけれど、飛縫なら、なんだかんだで大丈夫そうだからな。

 むしろ心配なんて飛縫相手には失礼な気さえする。

 つーか、あいつならなにかやらかしそうだ。学園祭とか体育祭、飛縫の斜め上の思考を利用するような行事はたくさんあるわけだし。

「信頼してるんですね、飛縫かれきさんのこと」

「あ? いきなりどうしたんだ?」

「いえ。先輩が必要以上にその方を信頼していると思っただけですよ。感想を言っただけです」

「信頼ってわけじゃねぇよ。真宵後輩もあいつの斜め上の思考を見たらわかるっての」

 あいつがひとりだとしても、去年の学園祭とか体育祭を一緒に体験してる俺たちからすれば『飛縫なら、なんとなくやっちまいそうだな』って気持ちになる。

 それと同じで、クラスが違っても勝手にいろいろとやっちまうような気がするんだよ。本当に。

「本当ですか? 偉く過大評価しているようですけど」

「なんだよ。今日は妙に絡んでくるじゃねぇか」

「飛縫かれきさんに嫉妬です。先輩を盗られました」

「盗られてねぇし。嫉妬するのは構わないが、飛縫になにかするような真似だけはするなよな」

 飛縫になにかやろうとでもすれば、なにをしでかすかわかったものじゃない。こればっかりは、本当に。

「わかってます。冗談です。本気にしないでください」

「お前ならやりかねねぇし、嘘と本当の境界線がわからねぇんだよ」

「本当にやるときは言葉にしないでしょう?」

「今ほど言葉って素晴らしいってことはねぇな」

 というか、言葉にしないんだったら結局、なにをやるかわからないってことだろ。

 真宵後輩も真宵後輩で、なにをしでかすかわかったものじゃないな。

 そして、ここがちょうどいい会話の切れ目だと思ったのだろう。両希がさて、と両手を合わせる。

「そろそろ勉強に戻ろうか。火鷹ちゃんはひとりで黙々とやっていたみたいだから、かしぎと藍霧さんもやらないとな」

「話題を振ったのは両希じゃねぇか」

「やらないなら別に僕は困らないんだぞ?」

「……悪かったよ。仕方ねぇ、やるか」

 俺は呟いてシャープペンシルを握り、改めてノートへと視線を落とす。同じように真宵後輩もノートへと視線を落とし、またも黙々と手を動かし始めていた。

 この様子だと、今回の中間試験の順位も、真宵後輩が学年トップで収まるに違いない。

 頭の出来が根本的に違うんだよ、俺と真宵後輩は。

 波導でも詠唱不要の独自の技術とか使ってるし。

 まぁ、波導には本当は詠唱は必要なくて、『魔導』の名残でイメージを言葉として表してるだけだから、詠唱なしでもできないこともない。

 けれどイメージを固定させるためには、詠唱が必要になってくる。

 閑話休題。

 去年のテストで俺は、ある程度は赤点を逃れてはいたものの、それでも赤点があったことには変わりない。

 だから今年の中間試験を含め、年四回のテストでは赤点をとらないようにしたい。

 両希に教えてもらっているが、こりゃ、テスト前の五日間の休日は追い込まないと難しいかもしれない。

「なぁ、両希」

「ん。どうした? わからないところがあったか?」

 俺が話しかけると、本を読む両希が顔をあげる。

「いや、そうじゃねぇよ。テスト前の五日間、お前の家に泊まってもいいか? このままだと無理かもしれねぇ」

「僕は別に構わないぞ。せっかく泊まるんだったら、かれきや詩織も呼ぶか? 去年のクラスメート同士、久しぶりに話すのも悪くないだろ」

「それも悪くはねぇけど俺、勉強するために泊まるんだぜ? つーか飛縫は絶対来ねぇだろ」

「そんなことはないと思うけどな……。なら詩織だけにするか?」

「男ふたりの家に女ひとりを呼ぶ気なのかよ、お前。まぁ――」

 俺はそこで言葉を切り、その先は口にしない。

 柊はたぶん、呼んでも来ないだろうから。

「誰も呼ばなくていいさ。勉強するんだからよ」

「それもそうか。かれきも詩織も、勉強は大丈夫だろうからな。かしぎと違って」

「俺と違っては余計だっての」

 たしかにあいつらは両希ほどではないとはいえ、ずば抜けて成績がいい。

 柊は真面目に勉強しているから言うまでもなく、そして俺と同じようにサボっていたはずの飛縫もまた、両希に負けず劣らずの成績の持ち主だった。

 さすが斜め上の思考を持つ飛縫だ――って言葉だけで納得させるんだから、それだけ飛縫の思考が突拍子もないってことなんだろうな……。

「つーか、あいつらがいたら勉強どころじゃねぇ」

「たしかに……それは言えてるな」

 異世界に行く前の俺は他人との干渉を好まない――というより、興味がないといった方が正確だな。

 そんな俺を含めた両希と柊と飛縫の四人。

 今でこそ落ち着いているものの、去年はある意味、そこらの問題児が可愛く見えてくるほどの問題児だった。

 それでも俺たちが問題児だったっていうのは、一部の人間しか知らない事実だ。そこらへんの隠蔽は……飛縫がやったってことで理解してくれ。

 うん。いつか機会があったらそのときのことを語ってみたいもんだ。……外伝とかやらねぇかな。

「そう言えばかしぎ」

「あ? なんだよ」

「最近の詩織、なんだか変だと思わないか?」

「そうか? よくわかんねぇけど」

「それだけじゃなくて……なんて言えばいいんだろうか。うーん、周りも変っていうのだろうか。とにかく、詩織を含めたその周辺が変な気がする」

「知らねぇよ」

 最近の柊、なんて言われても、俺からしたらいつもどおりだと思うんだけれど、どうだったか。

 よく思い返してみるとしようか。

 柊の席は俺の後ろの席で、窓際最後尾だ。その隣が両希の席。

 登校して席についたら後ろから挨拶と一緒に抱きつかれそこから、少しは学習しろ、みたいな会話をする。

 つまらなく、下らない会話をして一日が終わる。

 昼休み以外、俺ははほとんどの時間を両希と柊と過ごしているが、うーん……どこか変なところ、ねぇ。

「……あ」

 そう言えば最近、柊に話しかけてくる男が多くなったような気がする。

 柊は元が美少女だから俺たちが一緒にいても話しかけてくる男はいたが、最近はその量が多くなった。

 一ヶ月に一回くらいの割合だったのに、生徒会と風紀委員の戦いが終わってからの三日間は、毎日だった。

 そう、毎日だ・・・。まるで誰かに操られたように、柊に従うしもべのように、そいつらは話しかけてきていた。

 そして柊はそれに対して、怒るような表情を見せていたのを覚えている。

 それはたまにあることだから気にしていなかったが、よく考えてみるとそれは異常・・なことだ。

 ――異常、怪異、超能力、非日常、『組織』。

 異世界から還ってきてから、聞きなれた言葉だ。

(そうなると、柊は超能力に関係しているってことか)

 考えたくはないけれど、そういうことに繋がる。

 テスト前の五日間。普通の高校なら休みにならないようなこれも気にしていなかったが、柊がその五日間を気にしていたことを考えると、どうしても関係していないとは思えない。

「……どうしたんだ? かしぎ」

「あ? なんでもねぇよ」

「そうには見えなかったんだが?」

「気にしすぎだ。こういう顔なんだよ」

 俺は両希にそう言い、とりあえず柊のことを忘れる。

 こんな場所で考えても無駄だし、考える必要もない。

 なにかがあれば動けばいい。

 異世界から還ってきた俺には残念ながら、たくさんの頼れる相手ができてしまったのだから。



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