2―(11)「決着」
人間は目に見える脅威に恐怖を覚えるというが、実際にはそれは大きな間違いである。
人間には言うに及ばず、それが化物だろうとなんだろうと、恐怖を覚える瞬間と言うのは誰しもが同じときだ――そう、彼の師が言った。
恐怖と錯覚しているその感覚というのは、有り体にいえば圧倒されているからこそ感じているものだ。
相手の気迫、存在に呑まれてしまい、自己を保つことができなくなった人間が感じる仮初めの恐怖。
ならば恐怖とはいつ感じるものだというのだろう。
答えは簡単だ。目に見えない脅威にさらされたとき、人間は、言い様のない恐怖に支配される。
いつも歩いている道でも、暗闇でなにも見えなくなれば、なにかがあるのではないか――という『もしも』のことを考えてしまう。
なにもないはずなのに、見えないというだけで、人間は簡単に恐怖に陥ってしまうのだ。
どれだけ視覚情報に頼っているかがわかる事象だ。
一度でも負の思考をしてしまった場合、そこから立ち直るのはほぼ不可能だろう。
どんな人間であろうと、見えない恐怖に打ち勝つというのはもしかしたら、できないのかもしれない。
「出てこい、冬道!」
不知火は二丁拳銃を構えたまま、まるで、恐怖を払拭するかのように闇に向かって吠える。
息は熱にうなされているときみたいに――荒い。
両肩を激しく上下させ、不知火は力の入らなくなってきた足に力を入れるべく歯を食い縛る。
今の不知火は、どうしようもなく無様だった。
以前に戦ったとき、不知火は結果的に冬道に勝ってみせた。それだというのに、今の彼はなんだ。
もうこれほどにはないというくらいに、力の差が歴然としていた。
私立桃園高校の夏服は見るも無惨なほどに斬り裂かれ、そこから見える肌からは酷い流血をしている。
腕を断つように肩口から縦に刻まれた斬線からは、蛇口のしめない水道のように血が流れでている。
早いところ止血をしなければ最悪、死に至るだろう。
「――……っ!?」
うなじの骨がシン、と軋む。
震えは外気の寒さからくるものなのか、内気の恐怖からくるものなのか。それすらの判断がつかないまま、不知火は真横に跳ぶ。
彼がいた場所に氷花が降り注ぎ、一瞬でも判断が遅れたならば、これほどにはないくらいの止めとなっただろう。
かしゃん、とどこからか剣を握り直す音が聞こえた。
それがどこから聞こえてきたものなのか、判断することは難しい。
「ミナ! 大丈……」
「――来るな!」
紗良が駆け寄ろうとするも、不知火はそれを怒鳴るように叫んで制止させる。
あまりの剣幕にびくっ、と紗良は体を震わせる。
そんな紗良の様子に気づくこともなく、不知火はただ、冬道を見つけだすことに躍起になっている。
(今の冬道は間違いなく本気だ。紗良を守るためには、冬道をどうにかするしかない……)
不知火は二丁拳銃のグリップを握り直す。
普段なら、手のひらに吸い付いてくるような感覚すら覚える使いなれた二丁拳銃だというのに、今はそれがまるで感じられない。
しかしながらそんなことはありえない。
駆り立てられる焦りと恐怖。そういう心理的なことが作用し、そう思い込んでいるだけだ。
この戦いが始まってから、不知火は冬道の姿を一度も見切っていない。
もしかしたら紗良を守りきれないかもしれない。そんな不安も相まって、不知火の恐怖は徐々に増大する。
「隠れてないで正々堂々戦え!」
神経を研ぎ澄まされ、些細な変化でさえ、敏感に反応してしまう。
たとえば風音。頬を撫でる無音に近い微かな音でさえ、雑音に聞こえてくる。
たとえば心拍音。とくん、と耳に残るようなその音は、不知火の集中力を削いでいく。
「――正々堂々、ねぇ」
声が聞こえた。
そう感じたときには、もう遅い。
その細身のどこからそんな力がでるのだろう、という疑問すら抱かせるような、カタパルトめいた一撃が、不知火の腹部に突き刺さる。
大木でも倒してしまいそうなその一撃は、めきめき、と不知火の肋骨を何本かを粉砕する。
それだけに止まることを知らないのか、衝撃は内蔵にまで到達した。
ごふ、と身の内から込み上がってくるものを堪えきれず、不知火は体をくの字に曲げたまま、その鮮血でアスファルトを濡らした。
冬道の左腕から繰り出された掌底は、不知火にこれほどにはないというくらいに、決定打を与えた。
「安心しろ――ってのもおかしいか。胃や腸はやられてるだろうが、肺は無傷だ。そういう風に、殴り付けたからな」
自分に寄りかかる不知火にそう言い、蹴り飛ばす。
防御も間に合わず、受け身もとることのできなかった不知火は、その体をアスファルトに強く打ち付けた。
そんな不知火に追い討ちをかける。アスファルトをバターのように斬り裂きながら、天剣を振り上げる。
倒れた体勢のままアスファルトを転がり、一閃を避けた不知火は起き上がり、二丁拳銃を正面に向ける。
しかしそこに、冬道の姿はない。息を整え、冬道を探そうとした刹那、変化が訪れた。
世界が傾き始めたのだ。ありとあらゆるものが横に、倒れていく。
まるで。
そう、まるで自分が倒れるように、世界が傾く。
「――……っ!」
世界が傾いているのではなく、自分が倒れたのだと気づいたときにはすでに、息ができなかった。
声をあげる間もなく、せいぜい、驚くことくらいしかできなかった。
「正々堂々と戦うことになんの意味があるってんだ」
「な――……に」
冬道の真紅の瞳が、満身創痍でもなお、立ち上がろうとする不知火を睨むように見据えていた。
肺から無理やり空気を押し出された不知火の肺は、空気を取り込もうとしていたため、まともに声を発することができない。
「だから、正々堂々と戦うことになんの意味があるのかって訊いてんだ。正々堂々と戦うことになんか、意味がねぇだろうが」
冬道は右手に握られた天剣を弄びながら、まるで、吐き捨てるようにそう言った。
「過程なんてのはどうでもいいんだ。いつだって、全ては結果さえ良ければそれでいいんだよ。正々堂々――そんな言葉は、自分の都合の悪いことを覆そうとする言葉に他ならない」
「そんなこと……」
「ない――そう、言い切れるのか? 言い切れねぇよな? お前は姿の見えない俺に対してそう言って、都合の良いように書き換えようとしてたんだからな」
冬道の言葉を、不知火は否定することができない。
その通りだからだ。自分にとって都合の悪いことを卑怯だと勝手に決めつけ、自分こそが正義だと過信したからこそ、正々堂々なんて言葉がでてきた。
正面から向かい合って戦い合う、それが当たり前だと決めつけ、それ以外を認めようとしない。
人間は誰しも自分こそが正義だと思い込み、まるでそれを疑おうなどとはしないのだ。
なんて――自分勝手な物言いなのだろうか。
「過程なんてのは必要ねぇ。戦いに必要なのは、いつだって結果だけだ。相手を叩き潰し、ひれ伏せさせ、そして勝利する。その結果があれば、それだけいい」
そう言うと同時に、冬道は天剣を真上に放った。
宙に放り投げられた天剣は螺旋を描き、再び収まる。
「勝つためにはどんな手でも使う。不意打ち、闇討ち、騙し、集団攻撃。どんな外道な手を使ったとしても、正々堂々と戦ったときと結果は同じなんだよ。
正面から戦って、それで負けてたら世話ねぇよ。負けられないからこそ、どんな汚い手でも使って勝利を掴む。それが正義に反するっていうなら、俺は、正義なんざ要らねぇよ」
「ふざけ……るな。そんなの、勝利じゃない」
「どこが違うってんだ? 正面から戦って得た勝利と、外道な手段で得た勝利……いったい、それらのどこに、違いがある?」
「確かに、違いなんてないかもしれない。だけど、そんな勝ち方で、本当にいいのかよ。相手を騙したり、不意打ちをしたり、卑怯な手を使ってまで得た勝利に……なんの意味がある?」
あぁ、そういうことか、と冬道は頷く。
「意味なんてねぇよ。勝てりゃ、それだけでいい」
なんの迷いもない冬道に、不知火はなにもいうことができなかった。
つまり冬道かしぎという人間は、勝利さえ得られることができるのならば、どんな卑怯な手段であろうと、どんな外道なことであろうと、なんの躊躇いもなくやってのけるということだ。
そんな冬道の考えに、不知火は賛同できない。
ぐっ、と力を込める。もう体はとっくに限界を迎えているけれど、この相手だけには、どうしても屈することはしたくない。
その信念だけで、不知火は立ち上がった。
まだ銃を握れる。まだ引き金を引くことができる。
満身創痍でも、勝てる確率がどれだけ低くても、それさえできれば、命をかけて紗良を守れる。
不知火は、そう思うことで、自分を奮い起たせる。
「たとえばの話をしようか」
冬道は唐突に、そう切り出した。
「あるふたつの世界に勇者と魔王がいたとする。その勇者は魔王を倒すため、旅を続け、まぁなんだかんだで魔王の元にたどり着いた。
ひとりの勇者は仲間はいないが、装備は十分だ。もうひとりは仲間はいるが、力はない」
さて、ここで問題だ、と冬道は不知火に言う。
「ひとりの勇者は単身で正々堂々と戦って魔王を倒して世界を平和に、もうひとりの勇者は、仲間と共に卑怯下劣な手段を使って世界を平和に導いた。
――このふたつの結果に、なんの違いがある?」
「――……っ」
「力のある勇者は正攻法で魔王と戦い、力のない勇者は仲間と協力して、知恵を絞って戦った。しかしてその志は、どちらもが世界を平和にすることだ。
お前はさ、世界を平和にするために卑怯下劣な手段を使って勝利した勇者に、そんなやり方で得た勝利になんの意味がある――だなんて、言えるのか?」
そんなこと、言えるはずがなかった。
今の話が例え話であることはわかっている。そうだとしても、世界を平和にするために、そうするしかなかった勇者にそんなことは――言えるはずもない。
過程なんて必要ない。冬道の言葉が、突き刺さる。
その通り、過程なんて必要じゃないのかもしれない。
どれだけ転ぼうと、どれだけ汚れようとも、必死になって足掻いて結果を得ることは、決して、悪いことではないのだから。
「結局、過程なんて必要じゃねぇんだ。終わり良ければ全て良しっていうだろ。それと同じだ。自己満足の正義を、他人に押し付けんじゃねぇ」
「……それには納得したさ。だけど、今は関係のないことだ。俺はアンタを倒して、たとえ相討ってでも、紗良を守ってみせる」
「関係がないわけじゃねぇよ。むしろ話の本筋はこれからだ。起承転結でいえば、まだ三つ目。今から四つ目に入るところだっての」
ちゃんと最後まで聞け、と冬道はため息をつく。
「お前、それでいいと思ってるのか?」
「……なにがだよ」
「俺と相討ってでも、白神先輩を守るってことだよ」
「当たり前だ。紗良を守るためだったら俺は、命だって惜しまない」
不知火は揺るぎない眼差しで冬道を睨み付けながら、なんの迷いもなく言い切った。
そうか、と冬道は呟き、ゆっくりと目を閉じる。
今まで右手だけで握っていた天剣の柄に、左手を軽く添える。刹那、抑え込まれていたものが噴き出すように、不知火の肌を焼いた。
焼けるような痛みの正体は、殺気だ。冬道の放つ殺気が夜の冷たい風を、熱風へと変えている。
「なら――ここで死ね」
カッ、と両目を一気に見開いた冬道は、不知火との十メートルの距離を瞬く間に零にした。
たった十メートルの距離を零にするには、ただの一歩で十分すぎた。
「約束してやる。もともとなにもする気はねぇが、お前がここで死ぬなら俺は、白神先輩には手を出さねぇからよ。だから――迷わず、逝け」
冷たく放たれた言葉と一緒に、月明かりに照らされて不気味に輝く天剣の刀身が頸動脈――いや、首ごと断ち切らんと迫り来る。
不知火はそれをただ見ることしかできなかった。
反応が間に合わない。避けなければ死ぬということが頭ではわかっているのに、体が動かない。
けれど――冬道が紗良に手を出さないなら、この結末も受け入れていいのかもしれない。
不知火はそう、思っていた。
「――そんなこと、やらせない!」
「な――っ!?」
気がつけば紗良が、不知火を庇うように立っていた。それはもちろんのこと、天剣の軌道上にだ。
冬道は紗良に手は出さないと言っていたが、その紗良が立ちふさがってもなお、天剣を振るう速度は緩めない。
不知火はほぼ反射的に、紗良を抱き抱えて、後ろに跳躍していた。
体の痛みなんてどうでもよかった。ただ今は、守りたかったから。
アスファルトと靴の裏が擦れ、なんとか勢いを殺す。
「紗良! なにやって――」
ぱん、と乾いた音が響く。
それが頬を叩かれた音だと気づくまで、実に数秒の時間を要した。
遅れてやってきた頬の痛みを手で押さえながら、不知火は、目から大粒の涙を流す紗良を見た。
「なんで、アンタはいつもそうなのよっ!」
「い、いきなりなんだよ」
紗良のいきなりの発言に、不知火は動揺していた。
どうして自分が叩かれたのか、それすらもわからないままに。
「アンタはいっつもいっつも自分を犠牲にして私を守ろうとする……。なんでアンタは、自分をもっと大切にしないの!?」
「それは……」
「ミナに守られたって、ミナがいなかった意味ないでしょ……っ! アタシを、ひとりにしないでよぉ……」
紗良は堪えきれなくなったか、不知火の胸に顔を押し付け、泣き出してしまった。
今まで溜まっていたものを全て流すように、紗良は、不知火の胸のなかで泣き続けた。
それを不知火は、ただただ抱き締めてやることしかできない。それ以外に、どうすればいいか、わからなかったから。
もしかして、と不知火は思った。
先ほど冬道は、起承転結で言えば三つまでしか話していないと言っていた。四つ目の内容を聞く前に斬りかかられてしまったけれど、冬道の言いたいことは、これなのかもしれない。
「これでわかったろ。お前は自己満足の正義を、守りたい人に押し付けてしまっていたんだ。自分を犠牲にして守りたいっていうのはただの自己満足で、相手は、そんなことを望んでない。
頼ってほしいんだ。もっと信頼して、自分を信用して、一緒に肩を並べて歩くことぐらいさせてほしいんだ。
過程は必要ない。たとえそれがどんな過程だろうと、お互いに守りたい人を守りきれたらそれはきっと、一番いい結果になるはずだ」
「冬道……」
「覚えておけ。自己犠牲のやり方なんて、ただの正義の押し付けに過ぎねぇんだ。どれだけ転んでも、どれだけ汚れても……本当に守りたいならまずは、お互いに生きることを考えろ」
冬道はそう言うと、天剣を首飾りの形に戻した。
それを首にかけると、冬道はもう話すことはないと言わんばかりに踵を返す。
そんな彼の視線の先には、翔無と火鷹に支えられている……というよりも、ふたりに引きずられている藍霧の姿があった。
◇
「かっしー先輩。こんなところでなにをしてるんですか」
「それはこっちのセリフだバカ。つーかかっしー言うな」
どこでその不名誉なあだ名を知りやがった。
俺は翔無先輩と火鷹に引きずられている真宵後輩を見ながら思う。
今までなにをしていたのかは……大体予想がつくけれど、だからといって、訊かないわけにはいかない。
「生徒会長をボコしてました」
やっぱりか。どうりで戦ってる間に学校の方から八種類の属性波導の感覚がするわけだ。
波導使いというのは文字通り、波導を使う者のことを指す言葉で、そう呼ばれる者は、誰しもが波導を使うことができる。
それでも、八種類の属性波導全てを使える波導使いは存在しないし、存在するはずがなかった――藍霧真宵という少女が現れるまでは。
属性波導というのは生まれた瞬間に使える属性が決まっている、というのは以前にも説明したと思う。
その使える属性というのは、普通はひとつ。多くて二、三種類の属性を使うことができる。
なぜ全てを使えないのかといえば、たしか……個体の会得できる属性のキャパシティがそのくらいだから――と、俺の師が言ってたような気がする。
そんなことはさておくとして、それならどうして、真宵後輩が八種類全ての属性を使えるんだという話になってくる。
最初に言っておくと、勇者補正なんてものはない。
俺だって三種類の属性波導しか使えないからな。
実を言ってしまうと、真宵後輩には、生物として扱えるキャパシティが多く空いているらしいのだ。
それは真宵後輩のなかが、がらんどうだからだ。
なにもないから、押し込めればいくらでも入れることができる。そういうところから来ているみたいだ。
しかしながら、今の真宵後輩はがらんどうではない。
異世界で、その心の穴を埋めてきているからだ。
それでも八種類全ての属性波導が使えるのは、がらんどうだった頃の名残にすぎない。
そしてそんな真宵後輩の様子からつけられた称号が『夜天』。八つの属性波導を使うことが出来る、宵闇のような少女。
だから『夜天の波導術師』と呼ばれていた。
ちなみに俺は、氷系統の波導がずば抜けて強力すぎるため、称号は『氷天』。『氷天の波導騎士』と呼ばれてたってわけだ。
……だいぶ話が脱線してるな。話を戻そう。
ところでどうでもいい話なのだけれど、この『話を戻そう』っていうフレーズ、かなり便利だと思う。
「なんでそんなことやってんだよ」
「ただの気まぐれですよ。たまたま通りかかったら戦っていた……だから介入しただけで、別段、深い意味はありませんよ」
「気まぐれで戦って、筋肉痛で動けなくなってたら意味ねぇだろうが」
そして気になってるんだが、どうして翔無先輩は顔を逸らしてそんなに笑いを堪えているんだ。
今の話に笑うような場面なんかなかったはずだろ。
そんな翔無先輩を見てみると、右肩がだらり、と下げられていた。おそらく肩が外れているのだろう。
「翔無先輩。肩、治してやろうか?」
「ぷくく……。う、うん、頼もうかな。さっきから外れっぱなしで、これがまた、結構痛いんだよねぇ」
「当たり前だろ。で、なんで笑ってんだ?」
「そりゃ、マイマイちゃんのツンデレぶりに決まってるじゃないか。まさか、ここまでとはねぇ」
「マイマイちゃんって……」
呆れるほどネーミングセンスがないな、この人は。
それにしても、真宵後輩がツンデレって。なにを話したかはわからないけれど、真宵後輩がツンデレだっていう会話がどうやったら成り立つっていうんだ。
俺はそう思いながら、翔無先輩の肩をはめる。
ごきっ、と鈍い音がして骨がはまるが、その瞬間の痛みに翔無先輩は顔を歪めていた。
「もう少し優しくできないのかい?」
「できてもやる気はねぇ」
「優しくないねぇ、かっしーは。モテないよ?」
翔無先輩の言葉を適当に流しつつ、俺は真宵後輩に言う。
「真宵後輩、筋肉痛って言っても、波導は使えるんだろ? だったら不知火を治してやってくれ」
「……なぜでしょうか? 彼は、先輩の敵でしょう?」
「さっきまではな」
真宵後輩は、不快感を隠すこともしないでいる。
さっきまではたしかに敵だったけれど、今はそうじゃない。もう、敵として見る意味がない。
「さすがにこんな傷、病院に見せられるもんじゃねぇからな。こんなん見せたら警察沙汰になる」
「まぁ、先輩がいうのでしたら構いませんけど」
そう言うと真宵後輩は水系統の波導を使って、不知火の傷を再生させる。
時間が逆に流れていくような現象に、俺と真宵後輩を除いた全員が、驚いていた。
「治った……? なにやったんだよ」
「波導を使っただけだ。魔法だとでも思っとけ」
今さら波導の説明をする気になれなかった俺は、そんな言葉で適当に流すことにした。
だって今からあんな長い説明する気になれないし。
こっちの世界では波導と魔法を一緒にしたって問題はない。ただそれが異世界だと、全く別の代物になってしまう。
波導と『魔導』。似て非なるふたつの『導』。その説明に関しては、そのときがきたらしようと思う。
願わくば、そんなことがこないことを祈る。
「冬道くん、ありがとね……っていうのもおかしいか。結局、ミナをボロボロにしてくれたわけだし」
「これでお相子だ。俺だってやられてんだぜ?」
「それでも、やり過ぎよ。次にこんなことやったら、ミナと私で冬道くんの相手をするから」
「そりゃ怖い。大好きな不知火をボロボロにされたらたまったもんじゃねぇだろうからな」
「な、ななななに言ってんのよ!」
白神先輩は顔を真っ赤にして、俺にそう言ってくる。
貴女が不知火のことが好きだっていうのは、この場にいる全員が知ってることだよ。
……訂正。不知火だけはわからないようだ。素晴らしい鈍感ぶりだ。
不知火の鈍感ぶりに呆れていると、くいくい、と制服の裾が引っ張られた。火鷹が引っ張っていたのだ。
「……かっしーさん。今夜もお世話になります」
「あ? もう監視しないんじゃねぇの?」
「……誰もそんなことは言ってませんよ。今回のことで、かっしーさんの危険性を再確認しなくてはいけませんので」
「そうですかい」
相も変わらず無表情な火鷹ではあるが、こうやって話してみると、ところどころで微妙な変化があるということに、最近気づいた。
「気をつけなよ? もしかしたらかっしー、今度は襲ってくるかもしれないからねぇ」
「襲わねぇよバカ」
「ボクのことなら襲っても構わないんだよ?」
「寝言は寝てから言いやがれ。寝言で言いやがったりしたら、ジャーマン・スープレックスで無理やり起こしてやるけどな」
「ま、まさかそんなバリエーションまであるなんてねぇ……。末恐ろしいよ、かっしーは」
翔無先輩は苦笑いをしつつも、どこか楽しそうだ。
……まさかとは思うが、ジャーマン・スープレックスをやられるのを想像して楽しそうなのか?
もしそうだったら、すげぇ嫌だ。関わりたくねぇよ。
まぁ、なにはともあれ。
これにて生徒会と風紀委員の抗争は終了だ。
今夜は月がきれいだ。今はただ、それを見上げて下らない雑談をしていようと、俺は思ったのだった。
……あ。
アウルに無断で出てきちまったけど、どうやって説明すりゃいいんだ?
ようやく合宿から帰ってきました。
どうも、ぱっつぁんです(ユーザー名変えようかな……)。
今回で第二章はおしまいとなります。
うーん……何だか思ったようにまとめられなかった、というのが今回の印象でした。
指摘もたくさんあって(それはそれでよかったのですが)、直す箇所がたくさんありました。
しかもキャラがほとんど掘れていないような……。
翔無や火鷹などの風紀委員組はキャラが強すぎた気がしますが、生徒会組が全然キャラ出しできていませんね。
まぁ、次章でも出来そうにもないですが。
次章はちょいちょい入れていた伏線を一気に回収したいと思います。
やっと出せますぜ……。
この小説を思い付いたときから早く出したいと常々思っていたので、ようやくかという感じです。
では、長々と話していても(まぁ、あんまり話してませんが)意味はありませんので、ここらで失礼させてもらいます。
P.S.
次章が完結しましたらキャラの人気投票をやるかもしれないので、投票お願いします。