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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第二章〈VS生徒会〉編
20/132

2―(8)「戦闘不能」


 ずきりと全身を駆けた鋭い痛みで俺は目を覚ました。

 白い、染みのひとつない清潔そうな天井。見たことがある家具。どう見ても、俺の部屋だった。

 あれからどうなったのだろうか。

 黒兎大河と相討って、アウルが駆けつけてから。

 自分の部屋にいるということは、少なくとも、アウルや真宵後輩の世話にはなったということだろう。

 目で見なくとも、腹部と脚部の痛みがなくなっていることから、回復波導をかけてもらったのがわかる。

 どうもこっちに還ってきてから動けなくなることが多くて嫌になる。

 みんなの世話になりっぱなしだ。

 異世界であれだけ戦えてたのが嘘みたいだ。

 魔王の元にたどり着くまでに反射波導とか、鏡対きょうたい波導とか掟破りなものばかり使う奴らと戦ったあとでの魔王戦。

 しかも魔王は『魔導』を使ってくる始末だ。

 『魔導』についてはおいおい説明することにして、とにかく、俺が言いたいのはよくあれだけ連続で戦って倒れなかったなということだ。

 異世界での肉体補正に助けられてたというのを深く実感させられたよ、今回の戦いは。

 俺は痛む体に力を入れて、起き上がろうとする。

 ――が、動けない。

 もう今までのちょっとしか動けないとかではなく、文字通り全く動くことができない。

 首から上だけはかろうじて動くも、首から下はどれだけ力を入れても動かない。

 ……これは、筋肉痛の領域を越えてないか?

 痛みばかりがあるだけで、どうしても動かない。

(おいおい。マジかよ、これ)

 もうこれには呆れるしかなかった。

 もはや一日に二回戦うだけでこうなろうとは。

 いくら無茶をしたとはいえ、動けなくなるなんて初めての経験だ。

 異世界での最後の連戦でも気を失うことはあっても、動けなくなるなんてことはなかった。

 その一歩手前にはリーンと最初に戦ったときはなったけれども。

(リーンの奴、初対面のときは本当に手加減なしだったからな……)

 あとにも先にも死ぬのを覚悟したのは、リーンと戦ったときだけだ。

 魔王と戦ったときでさえ、そこまでの覚悟はしなかったからな。

 ただ最後は、リーンのドジが炸裂して自爆。戦いの決着はうやむやになってしまった。

 そういえばあのときからだったな。リーンが俺たちと旅をするようになったのは。

(……って、今はそんなことはどうでもいいんだよ)

 リーンのことはどうでもいいんだ。

 今はどうにかして動けるようにしないといけない。

 それにしても、リーンからドジをなくしたら死角なしのまさに完璧だ。本当に惜しいよな、あいつ。

(……ってちげぇよ)

 なんでさっきからリーンのことしか出てこないんだ。

 この場合は仲間のことを思い出して、懐かしいんでいるだけなのだろうけれど、それならばどうしてリーンしか出てこないのやら。

 ジェイドにはいい思い出がないし、エーシェは泣いてばかりだったし、アイリスは……。

 アイリスとは、一緒にいて本当に楽しかった。

 なにも知らない俺にいろいろなことを教えてくれたし、助けてくれた。

 結局のところ俺は、アイリスに対してはなにもしてあげられなかった。

 たったそれだけが、悔やまれる。

 異世界での経験は、冬道かしぎという人間を大きく成長させてくれた。

 その経験があったからこそ、今の俺がいる。

(でも、本当に、懐かしい……)

 この世界に還ってきたくて戦ってきたけれど、今は、異世界に戻りたいとも思っている。

 この日常がつまらわないわけでない。退屈だと思うときはあるけれど、決して、つまらないというわけではないんだ。

 異常な存在もある。それなりに、暇つぶしにはなる。しかしそれでも、なにかが足りないんだ。

 異世界では普通だったものが、今ではそれが異常で。それを隠して生きなければならない。

 それが『平和』に生きるための最良の手段だからだ。

 かつて俺は、『平和』のために異常を極めて『戦い』を選んできた。『平和』を求めていたから。

 だが今の俺はどうだ。『平和』も『秩序』も求めてはいない。求めているのは――『非日常』だけ。

(どうして俺、還りたいなんて思ったんだっけ……)

 ぼんやりと思い返してみるものの、これといって特に、還りたかった理由というものが思いあたらなかった。

 いつの間にか還るという前提で戦ってきたから、その理由を思い出すことができない。

 異世界なら腕っぷしさえあれば生きていける社会だったし、魔王を倒した俺には過ごしやすい環境だったはず。

 勇者なんて言ってもあくまでも異世界の話なわけで、こっちの世界ではただのいち学生に過ぎない。

 なんで俺、還りたいと思ったんだ――――

「冬道!? お、起きたのか!」

 ドアが開く音が聞こえたかと思えば、妙にうるさい声が、俺の耳に届いてきた。

 確認しなくてもわかる。アウルの声だ。

「体は大丈夫なのか? 痛みとかはないか? あと……気分とかはどうだ?」

 動けない俺を覗き込んできたアウルは、今まで溜まっていたものを吐き出すように質問をぶつけてくる。

「見てわかんねぇのか? 最悪だよ。体はいてぇ上に動かねぇときた。目覚めがこれで気分がいい奴なんていやしねぇよ」

「体が動かないのは仕方がないだろ。あんな動きしたあとなんだ。無理もない」

「それはもうなれた」

 なれるって言い方かもおかしいかもしれないけれど。

 いい加減どうにかならないものか、この筋肉痛体質。

「それで聞きたいんたが、俺が寝てたのは何日間だ?」

 体が動かず痛みがあるとはいえ、感覚はちゃんと働いているわけで、ある程度の把握はできている。

「二日だ。お前はあれから、二日間も寝たきりだった」

「……そんなもんか」

「驚かないのか?」

「別に。体の調子を確かめれば解るさ」

 二日ねぇ。還ってきて劣化・・した体のことを考えると、もっと寝たきりでもいいと思ったのだが。

 どうやら俺のこの体・・・も戦いを重ね、徐々にイメージに追い付きつつある、ということか。

 そうだとしてもあと何回、筋肉痛になりながら戦えば完璧にイメージ通りに戦えるようになるのやら。

 そう考えてみると、なんだか憂鬱になってくる。

「あれから大変だったのだぞ? 雨のなかで藍霧を待ち続けて私が風邪を引きかけたりとな」

「お前の事情じゃねぇかよ」

「私はお前みたいに頑丈ではない。デリケートなんだ」

「その言い方だと、俺が風邪引かねぇみたいな言い方じゃねぇか。人間もどきの俺でも風邪くらい引くっての」

 人間もどきっていうのが一番短所が多いんだよ。

 化物になりきってたなら風邪は引かないけれど、人間もどきだと風邪を引くこともあるのが良い例だ。

 どっちかになりきりたいもんだ。

「人間もどきといえば、藍霧もそうなのか?」

「あ? まぁそうなるかもな。だけど俺よりは人間に近い存在かもな。詳しいことはわかんねぇけど」

 真宵後輩は波導をほとんど使っていないとはいえ、身体中に波脈が広がってるのは間違いない。

 となると、真宵後輩も人間もどきで間違いはない。

 それでも詳しいことはよくわからない。だってこんなの還ってきてからのことだし。

「だからあんなに力持ちなのか……」

「あ? どういうことだよ」

「いやな? とりあえず藍霧がお前のことを治したあと、どうやって運ぶかが問題になったのだ。まさか救急車を呼ぶわけにはいくまい」

 それは、確かに。そんなことをされたら、どうなるかわかったものじゃない。

 しかしそうなると、どうやって俺はここまで来たのだろうか? 能力者絡みに両希や柊を巻き込むわけにはいかないだろうし。

 つまりはふたりで運んだってことなんだろうけれど、そうなるとやっぱり……そうなるのか?

「ふたりでも運べないと思ったのだが、藍霧がひとりで運んでいたんだ」

「やっぱりそうなったか」

 予想通りだ。真宵後輩が運んだんだな、やっぱり。

 闇系統の波導の重力の操作に、風系統の波動の風力の調節。そのふたつを併用して、俺の体重を擬似的になくした。

 だから真宵後輩ひとりでも俺を運べたということだ。

 雨の降る町で自分より明らかに小さな女の子に運んでもらう男って、すごくシュールな光景だな。

「なんかこっちに還ってきてからみんなに頼ってばっかで嫌になるな」

「みんなに頼ろうといいではないか。人間もどきであろうと、ひとりでは生きてはいけないだろ?」

「そりゃそうだ。……まぁ、どうせこれからもこんなことがあるだろうし、頼むぜ? アウル」

「お前に頼られるとは……なんだかむず痒いな」

「俺だって頼るさ。俺ひとりじゃ、できることもできなくなるからな」

 ひとりでやろうとしたって、必ずしも上手くいくことだけじゃないのを、俺は知っている。

 だから気が引けても嫌になったとしても、俺は、困難に直面すれば助けを求めるようにしてる。

「だからアウル。とりあえず今日は動けそうにねぇから、いろいろ頼むぞ」

「別に構わないぞ。しかし、私に家事は期待するな。人並みにしかできん」

「料理したら鍋でも爆発させんのか?」

「どうやればそんなことになるのか、ぜひとも教えてもらいたいものだな」

 そういうのってお約束だと思うんだけどな。

 まぁ、爆発させられたら爆発させられたで俺が困るからいいんだけれど。

 この冬道家にはつみれという料理担当の少女がいたはずだから大丈夫だとは思う。

「つーか、つみれにどういう風に説明したんだよ。二日間も寝込んでたらおかしいと思うだろ」

「風邪と言ったら納得してもらえたが」

「あぁ、そうですかい」

 あいつ、料理は上手いし空手も強いけれど、頭のネジが緩んでるところがあるからな。

 そんな説明でも納得できてしまうのだろう。

「つみれはどうしてるんだ?」

「どうしてるもなにも、普通に生活しているぞ?」

「あぁ、そうですかい」

 少しは心配してくれるのかと期待していたんだが、どうやらそれはなかったらしい。

 つみれらしいといえばつみれらしいけどさ。

「……っ!」

「お、おい、どうした!?」

「慌てんなよ……。少し、体が痛んだだけだ。騒がれるほどじゃねぇ」

 一瞬だけ痛みが耐えきれるレベルを越えやがった。

 撃たれた傷は真宵後輩に塞いでもらったはずだから、この痛みは後遺症なのかもしれない。

「そんなに心配すんな。大丈夫だからよ」

「心配するなという方が無理だ。もう私は、お前を気にかけずにはいられないんだ。お前のことが、頭から離れない」

「……っ」

 か、可愛い。なんだよ、そのセリフ。

 体が動かなくて本当に助かった。動いてたら間違いなく、俺はアウルを抱き締めていただろう。

「そのセリフ、思いっきり告白にしか聞こえねぇんだけど? 無意識でそういうセリフを言うのはやめとけ。それともあれか。俺のことが好きなのか?」

「な……っ! へ、変なことを言うなっ!」

 顔を真っ赤にしてそう言うアウル。可愛いな。

 そんなお約束のやり取りをしながら、俺はもう一度、体の調子を確かめる。

 やはり、まだ動かない。無理をすれば動けないこともなさそうだが――やめておいた方がいいだろう。変に無理をして悪化したことが何回かある。

 あのときは真宵後輩に怒られ、エーシェに本気で泣かれたっけな。

 とにかく、あと最低でも十時間。そのくらいの時間があれば動けるようにはなるはず。戦うのだとしたらもう少し必要かもしれない。

 風系統の波動を使えばもっと早くなるだろうけれど、まぁ、使わなくても大丈夫だろう。

「全く……。私はお前のことは嫌いではないが、その……恋愛についてはよくわからない」

「一緒にいてドキドキする奴とかいねぇの?」

「そう言う感情の前に、親しいと呼べるだけ親しくなった異性というのが、冬道だけだから、なんとも言えないんだ」

 アウルは俺と出会うまでなにをしてたのやら。

「お前が学校にいない二日間は妙に話しかけられたのだが……なぜなんだ?」

「お前とお近づきになりたかったんじゃねぇの?」

「どうしてだ?」

「どうしてって、友達になりたいとかだろ」

 どうせ下心が満載のお近づきだろうけれど。アウルは誰しもが認めるクール系金髪美少女だからな。

 俺がいない間に、アウルの好感度でもあげようとしたに違いない。叶わない夢なのに、ご苦労なことで。

「そういえば、お前に訊きたいことがあったのだ」

「あ? なにをだ?」

「寝言で言っていたのだが、アイリスがなんだとか……アイリスとは、異世界での仲間か?」

 俺は寝言でそんなことを言ってたのかよ。しかもそれが聞かれてたなんて、かなり恥ずかしい。

「アイリスは異世界での仲間だ。もう、会えはしないがな」

「異世界に行く術がないからか?」

「それもあるが、理由は他にある」

 どうやったら死んだ仲間と会うことができるんだろうな。できることなら、俺はアイリスに会いたい。会って、ちゃんと謝りたい。

 そして、強くなった俺を見てもらいたい。それが俺なりの、アイリスに対してのけじめだと思う。

「訊かない方が……よかったか?」

「別に。訊こうが訊くまいがどっちでもいいよ」

 これは隠しようがない事実だ。内側に押し止めようがどうしようが、結局のところなにも変わらない。

 だからといって、言えることと言えないことの区別はしていないわけではない。

 ――さて。

 そろそろ隠していることを白状してもらおうか。

「アウル。生徒会と風紀委員はどうなった」

「……なんのことだ?」

「とぼけるなよ。俺と生徒会長が戦って二日も経ったんだ。なにも動きがないわけねぇだろ」

 生徒会と風紀委員。

 その対立するふたつの機関の中間に属し、衝突を避けさせていたのが、いわば俺みたいな存在だ。

 そんな俺が生徒会にやられたんだ。なにも動きがないはずがない。

「なにも俺がどうこうするわけじゃねぇんだ。だいたい俺は今、動けねぇんだ。教えても問題はねぇだろ」

「……どうしてお前は、なんでも見透かしてくるかな」

「なんでもじゃねぇさ。ただ、わかっちまうだけだ」

 苦笑しながら呟くアウルに、俺は言った。

「仕方がない。本当ならば言いたくはなかったのだが」

「いいから言え」

「わかった。――今回の戦いで生徒会と風紀委員は、正式に決着をつけることになったようだ」

「あ? 決着? なんのだよ」

「能力者を『保護するため』に動くのか、『殺すため』に動くかのだ」

「なるほどね――」

 いい加減、相対勢力の存在を、今回の戦いで見過ごすことができなくなったようだ。

 その引き金を引いたのは間違いなく俺だ。

 俺の存在が現れたことで、能力者たちの間でなにかが急激に変化しつつあるということなのだろう。

 もし俺が異世界に行かなければ、波導を使えなければ、こうなることはなかったのだから。

 超能力とはまた別の異常。それを保有し、介入してしまったことにより、歯車は狂い始めた。

 それがいい方向に進んでいるのか否かは俺には判断できないけれど、とにかく、変わりつつあるのだ。

「――で、決着の方法は?」

「異常と異常を持ち合わせての決着なんだ。わざわざ私の口から言わなくてもわかるはずだ」

 つまりは超能力同士のぶつかり合い――――殺し合いってことか。

 翔無先輩の能力は未だにわからないけれど、黒兎大河の能力についてはすでに見抜いている。

 雷や電気を操る能力――

 俺の氷壁ひょうへきを蒸発させたのも、黒兎大河が操った雷だ。

 どの程度のレベルで操れるのかはわからないけれど、雷雲が空を覆っていたあのとき以上の力はでないはず。

 さらにいえば、雷なんてものは避雷針になるものを用意すれば、いくらでも回避することはできる。

 俺も戦ったときは天剣を避雷針の代わりにしてたし。

「本当ならば言いたくなかった。お前と翔無雪音は少なからず関係があるからな」

「その言い方だと、翔無先輩が負けるみてぇな言い方じゃねぇか」

「実際、彼女の勝算はかなり低い。どちらも『組織』でも上位の実力だが、黒兎大河は郡を抜いている。おそらく、勝てはしないだろうな」

「ふーん。そうか」

「あまり気にしていないみたいだな」

「気にしても意味ねぇだろ。それに、勝算はデータだけが決めることじゃねぇからな」

 黒兎大河がどれだけ強かろうと、天剣の一撃を受けたんだ。たかが二日で万全の域に達するわけがない。

 あくまでもデータは万全のときのデータ。

 今の状況から見てみれば、十分に翔無先輩にも勝算はあると見ていいだろう。

 ただまぁ、そこに不知火や白神先輩が介入してしまえば、どちらにしろ、勝算はなくなる。

「日時は明日の夜の〇時から。学校の校庭で行うという情報を得ている」

「学校の校庭でって、普通に考えてバレんだろ」

「おそらく、外部からの介入を遮断することができる能力者がいるのだろう。そういうところの配慮は考えられているだろうからな」

 そんな配慮ができるなら話し合いで決着をつければいいような気もするのは、俺だけだろうか。

 俺には関係ないからどうでもいいんだけどさ。

「この話は終わりだ。これ以上、お前が首を突っ込む必要はないんだ」

「そうかい」

「明日も一応休んでおいた方がいい。戦いもあるし、なによりも、今はお前の体が心配だからな」

「わかってるっての。別にいてぇ体を引きずってまで戦いてぇとは思わねぇからよ」

 生徒会と風紀委員の問題に、俺がわざわざ関わりに行く必要はない。

 ややこしくなるし、なによりも、そういうことに関わるのが面倒というのが大きい。

 どちらが勝とうと決着がつけば、自ずと俺に接触してくるはず。それに対処していけばいいだけのこと。

「よし。では、なにかしてほしいことはないか? 腹が減ったとか、そういうのはないのか?」

「特にねぇ。用があったら呼ぶから好きにしてろよ」

「好きにしてろと言われてもだな、正直、やることがなにもない。『組織』からはなにも指示がないしな」

「じゃあ楽にしてろ。お前、目の下に隈あるぞ」

 さっきから気になってたんだよな。

 まさか俺の看病をするために寝てなかったのか?

「済まないな。なにかあったら起こしてくれると助かる。だから少しだけ、休ませてくれ」

「俺に断る必要はねぇっての。つーか、そこでいいのか? 自分の部屋に行っていいんだぞ?」

「いや。なにかがあると悪いからな。ここで十分だ」

 アウルはそう言うとベッドを背もたれにし、腕を組んで眠ってしまった。

 かなり無理をしていたのだろう。目を瞑ってほとんど間を空けずに寝ていた。

 俺も、もう少し寝るとするか。なんだかんだ言っても、俺は明日、動かなければならないからな。

 別に翔無先輩を助けるとかそういうことではなく、個人的に、用事があるだけだ。


     ◇


 場所は変わり生徒会室。

 風紀委員室同様に防音されたその部屋には、生徒会長の黒兎大河と不知火みなとの姿があった。

 まるで王のように椅子に座る黒兎を、不知火は睨み付けるように見ている。

「アンタ、そんな体で本当にあの風紀委員長と殺り合う気なのか?」

 不知火がそういうのも仕方がないだろう。

 今は制服を着ているからわからないものの、制服の下は包帯で埋め尽くされているのだから。

 あのときに受けた冬道かしぎの一撃は、黒兎を動けないようにするには十分すぎる一撃だった。

 翔無雪音と戦うことを決めた当日こそ動けるようになっていたものの、その前日までは動くことすらままならなかったのだ。

「誰に言ってやがる。俺様にかかれば翔無ごとき、大した驚異にはなりえない。この傷もちょうどいいハンデだ」

「そうは言っても、風紀委員長の強さも本物だ。同じ『組織』から来たんだからわかるだろ」

「ふん。あいつごときに俺様が遅れをとるとでも思ってるのか? あり得ない話だな、そんなもの」

 明らかに翔無を見下すような発言をしているが、それは確固とした自信があるからこその言葉だ。

 だてでも酔狂でもなく、裏付けされた実力があるからこそ、この男はこうも堂々としている。

「あんな女よりも、問題は冬道かしぎだ。あいつは思いの外面倒だ。あのときの殺せなかったのが仇となった」

 獣のような荒々しさを感じさせる黒兎の瞳が、不知火の体を鋭く射抜いた。

「……悪いとは思ってないぞ。俺は、誰かを殺す気なんて端からないんだから」

「俺様に従わなければ、白神紗良を殺す。忘れてはいないだろうな? 貴様は黙って俺様に従えばいい」

「紗良に手を出したら、アンタであろうと、俺は絶対に許さない」

 不知火みなとにとって戦う理由とは、白神紗良を守るためだけなのだ。

 今は紗良を守るために生徒会に甘んじているが、生徒会が彼女に害を与えるならば、不知火は一片の迷いもなく生徒会に牙を向くだろう。

「ふん。まぁいい。とりあえず――貴様には役目を与えておくとする」

「役目? 役目ってなんだよ」

「――冬道かしぎ。あいつの足止めをしておけ」

 どうしてだ――と不知火は思った。

 冬道は黒兎と戦い動けなくなったはずだからだ。

 事前に得ていた情報では冬道は一度戦うと、次に戦えるようになるまで時間がかかることがわかっている。

 そして情報通り、冬道は二日も学校を休んでいる。

 つまりは戦えないことを意味しているというのに、どうして冬道の足止めをする必要があるのだろうか。

「奴は翔無雪音と繋がりを持っている。おそらく、奴は翔無雪音を守るために出てくる。貴様はそれを叩け」

「……わかった」

 本当ならやりたくはない。でも、大切な人を守るためには、戦うしかないんだ――

 不知火は拳を握りしめながら、黒兎に答えた。


     ◇


「……冬道かしぎさんは今日も休みでした」

 風紀委員室で火鷹は翔無に告げた。

 その言葉には感情は籠ってはおらず、淡々と、常務連絡を告げるようなものだった。

「やっぱり不知火みなと、及び、黒兎大河から受けたダメージはかなり大きかったみたいだねぇ」

「……アウルさんの話によると、明日の戦いに参加するのは不可能かと思われます」

「問題ないよ。最初からかっしーは数には入れてなんかなかったんだからねぇ」

 翔無は茶化すような口調で、火鷹に言う。

 だが内心まではそうではないだろう。

 こちらの戦力は翔無と火鷹のふたりに対し、生徒会は三人と、それを上回っている。

 こちらは火鷹、生徒会は白神が戦えないとはいえ数的にはやはり変わらない。不利なのは変わらないのだ。

 とはいえ、勝機がないわけではない。

「黒兎大河はかっしーのおかげで万全じゃないし、不知火くんには戦意がない。――五分五分の戦いだねぇ」

「……秋蝉さんの手助けを借りてはどうですか?」

「だめだよ。彼女は監視処分を受けてるからねぇ。ここで能力を使わせるわけにはいかないんだよ」

 四月に起こした事件。それがあるため、秋蝉が能力を使うのは良しとはできないのだ。

 例え秋蝉が加わったとしても、戦いの経験のない彼女では足手まといにしかならない。

 不知火と黒兎は戦い方を心得ている。

 そんなふたりに対峙させでもすれば、今度は本当に命を落としてしまうだろう。

 翔無としてはそれは好ましくない。

 ――結局。翔無がひとりで戦うしかないのだ。

「……真宵さんは、どうでしょうか?」

「だめだよ」

 火鷹の言葉に、今までにないくらいの強さで翔無が言い放った。

 あまりの言いきりの強さに、思わず火鷹は肩を震わせていたのがわかった。

「悪いね、キョウちゃん。とにかく――彼女だけはだめだよ。それだけはね」

「……かっしーさんが認めるほどの人です。私のように足手まといにはならないと思います」

「そうじゃないんだよ。彼女は――かっしーが戦いに巻き込まれないようにしてるから、ボクたちが巻き込んじゃいけないんだよ」

 思い返してみると、冬道はたびたび藍霧に波導を使わせないようにしていた。

 監視員がつくからとかもっともそうな理由をつけていたが、それは、無意識に藍霧を危険に巻き込まないようにしている発言だったのだろう。

 そんな藍霧を危険に巻き込んだりすれば、冬道が黙っているはずがない。

「それにボクと認識のない彼女が手を貸してくれるとは思えないからねぇ。性格的にも考えて、助力は絶対に無理だよ。あの性格はかっしーと似てるよね」

「……そうでしょうか?」

 同意を求められても困ると言わんばかりに、火鷹は翔無に言った。

「心配しなくても大丈夫だよ、キョウちゃん。ボクは負けたりしないから」

「……信頼してますからね?」

「キョウちゃんにそう言われたらなおさら負けるわけにはいかないねぇ。それに――」

 ――まだまだかっしーと、一緒にいたいからねぇ。

 翔無はいつものいたずらじみた笑みを浮かべて言う。

「……それはかっしーさんに惚れてる――そういうことでしょうか?」

「そういうのじゃないよ。だけどまぁ、ボクの好きになる相手がかっしーなら、すごく楽しそうだねぇ」

 翔無は本当に楽しそうな笑みを浮かべながら、その光景を想像する。

 誰もが平等で、殺し合いなんてものが存在しない――決して訪れることのない、平和な日常。

 そんな日常が来ればいいと、翔無は思っている。

「……これから、楽しいことをしていけばいいでしょう、雪音さん」

「そうだねぇ。それじゃ、クソ生徒会長をサクッと倒して、ギャグパートと謳歌するとしようじゃないか」

 翔無は立ち上がり、空を見上げながら、そう言った。




 ◇次回予告◇


「――さて、と。こんばんは、黒兎大河生徒会長?」


「貴様は本当に俺様の癪に触るぞ」


「冬道かしぎは監視の結果、殺すに値しないとでているよ」


「そのプライドの高さだけは、感心するよ」


「矛盾しているな、貴様」


「雷――確かに速いけど、ボクとどっちが速いかな?」


「――決して、俺様を殴り付けて付着したものではないということを、覚えておけ」


「――それでも、負けられないんだよねぇ」


「ミナを、助けてほしいの」


「不知火は、お前を信じられなかったんだ。……違うな。信じきることができなかったんだ」


「ミナを、助けてほしいの」


「なんで俺が赤の他人を助けねぇといけないんだよ」


「守ってみせる。俺は死んでもアンタから、黒兎大河から、能力者から紗良を守る!」


 ◇次回

  2―(9)「午前零時」◇


「――死ぬのは貴方です」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 短編の「魔術学院の吸血鬼」を投稿しました。

 文字数は六万字ですので長いと思いますが、最後にアンケートがありますので、ご協力ください。

 以上、ぱっつぁんでした。



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