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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第二章〈VS生徒会〉編
19/132

2―(7)「生徒会長」


 私立桃園高校の制服を着た男に連れてこられたのは、町外れにある空き倉庫だった。

 天井は壊れ、壁もところどころが壊れている。

 どうしてかこの町には、廃ビルや空き倉庫のような場所が多く存在している。

 そして能力者というのはそういう場所を好むのか、能力者と出会うときは大抵がそういう場所だ。アウル然り。秋蝉先輩然り。

 能力は秘匿するもの、だったか?

 アウルが俺の家にいたときは、確かそんなことを俺に言っていた気がする。

 そのくせ、能力を使って事件を起こしているのだから、救いようがない。

 まぁ、今はそんなこと、どうでもいい。

「俺になんの用だ? つーか誰だよ、お前」

 間違いなく能力者。おそらくは生徒会絡みと言ったところだろうけれど、聞くか聞かないかは別だ。

「口の聞き方を気を付けろ。俺様に対してどういう口の聞き方をしている」

「あ? 誰にどんな風に口を聞こうが俺の勝手だろ」

「ふん。貴様のようなボンクラに言ったところで無意味か。まぁ、いいだろう」

 うわぁ。こいつ、俺の苦手なタイプだ。唯我独尊系俺様タイプ。

「俺様は私立桃園高校生徒会長、黒兎大河だ」

 へぇ。こいつが生徒会長、黒兎大河か。

「生徒会長が直々に俺なんかになんの用ですかね? こんな場所に呼び出して、なにする気ですか?」

「貴様、生徒会に入れ」

 頼むわけじゃなくて、命令形ときたか。

 この俺様生徒会長からしたらこれが普通か。

「ふざけんじゃねぇ。誰が自分の命を狙ってきた機関に入るかよ。寝言は寝てから言いやがれ」

「口の聞き方を気を付けろと言ったはずだ。貴様、学習能力がないのか?」

「あいにくと、自分を殺そうとする先輩に敬語を使う気はねぇ」

 そういえば先輩には秋蝉先輩に翔無先輩、白神先輩がいるが、誰にも敬語、使ってないな。

 いきなり殺されかけたり殴りかかられたりしたら、敬語を使う気も失せてくるから仕方ないか。

「ふん。入らないならば構わない。だが、貴様はここで消えてもらおうか。『組織』からは、場合によっては貴様を殺すように言われているからな」

「あっそ。勝手にやれよ。死ぬつもりはねぇけど」

 やっぱりこうなるのか。それはそれで、楽しいから構わないがな。

 しかし、困ったことがひとつある。

 今朝の不知火との戦いでの筋肉痛がまだ抜けてないんだよな。

 そんな状態で戦ったことがないから、どうなるかわかったものじゃない。

 ちょっとばかし、今回は本気でやらないといけないかもしれない。

 この戦いの結果を示すかのように、壊れた天井から雨が降りそそぎ、俺たちを濡らす。


     ◇


 場所は変わり、再び風紀委員室。

 冬道かしぎという少年が去ったその部屋には、風紀委員長である翔無ともうひとり、少女の姿があった。

 金色の髪に碧の瞳。日本人とは違う顔つきには、どこか冷たさを感じさせるものがある。

 アウル=ウィリアムズ。転校生にして『組織』より派遣されてきた少女。

 そんなふたりの視線がぶつかり合っている。

「ふーん。君がアルちゃんかい? こうして直接会うのは、初めてになるかな?」

「そうですね。私と貴女が直接会うのは、これが初めてだ。ですが私は貴女のことは調べさせてもらった」

「それはありがたいねぇ。それで、具体的にはどんな感じのことだい?」

「『組織』の一員でありながら、それに納得していない一派の筆頭」

「ご名答。その通りだよ」

 もともと隠すつもりがなかったのか、翔無は、普段と変わらぬ声色で答えた。

「ボクは『組織』のあり方に納得できてない。なんの理由があっても簡単に人を殺すのは、いいことじゃないからねぇ」

「それでも人に害を与え、能力を使う以上は、そういう手段をとるしかない。これ以上、被害を出さないために」

「ならどうしてカナちゃん……秋蝉かなでを殺さないんだい? 彼女は五人も殺しかけたんだよ?」

 秋蝉かなで。四月の上旬から下旬にかけて、自らの持つ能力を使い五人も殺しかけた少女。

 本来なら処分されていておかしくはないのだが、今は観察処分ということになっている。

 それはいうなれば、『組織』のあり方を否定した存在であるともいえるだろう。

 もちろんそのなかに、かつて被害を出した翔無自信も含まれている。

「おかしくはないかい? 被害を出したという骨子は同じはずなのに、殺す能力者と殺さない能力者がいるのは」

 翔無の鋭い眼差しに、アウルは背筋に冷たいなにかに触れられたような感覚を感じた。

 翔無雪音。かつて過ちを犯した能力者。

 名前こそ翔無の口から出されてはいないものの、今の彼女の理念となった人物に助けられた。

 そして、だてに『組織』のあり方を否定する一派をまとめる少女ではないということだろう。

「それに、君自身も『組織』のあり方に納得してないように見えるんだけどねぇ。そこのところ、どうなんだい?」

 翔無の他人を見透かすような言葉に、アウルは不快感すら覚えた。

 他人の内側に入るのが上手いと言うべきか、翔無は内面的なことにいとも簡単に触れてくる。

 なんの躊躇もなしに、勝手に、土足で上がり込んでくるのだ。それがとても腹立たしかった。

「まぁ。今はそんなことはどうでもいいんだけどね」

 射殺すような鋭い眼差しが消え、いつものいたずらじみた笑みを口元に浮かべる。

「それで、ボクになんの用かな?」

「冬道のことだ。冬道をなんとか風紀委員に入れてもらいたい」

「それは別に頼まれるまでもないよ。無理やりっていうのは嫌いだから、どうにか説得したいところなんだよねぇ」

 彼は頑固だから難しいんだよ、と翔無は頭を振る。

 翔無よりも付き合いの長いアウルも、そのことは十分に承知していることだ。冬道は誰かに束縛されるのを妙に嫌う傾向がある。

 それは異世界で『勇者』という枠に束縛されていたからなのだが、それを知る由もない。

 勇者となれば良いこともあるがそれと同時に、悪いことも全て請け負わなければならない。

 それが束縛されるのを嫌う理由。

「冬道は私のせいで能力者に関わらせてしまった。あそこで私がひとりで解決していれば、冬道に危険が及ぶ必要はなかったんだ」

「別に気にする必要はないと思うけどねぇ。どうせ彼のことだから、そのうち気づいたんじゃないかな?」

 翔無の言う通りだ。仮にアウルと冬道が関わらなかったとしても、冬道は能力者の存在に気づいていただろう。

 ただ早いか遅かったか。それだけの違いなのだ。

 しかしそんな『もしも』の話をしていても意味がない。結果的にはやはり、アウルがきっかけで冬道は能力者の存在に気づいたのだから。

「それにしても、アルちゃんはかっしー想いだねぇ。もしかしてかっしーのことが好きなのかい?」

「す、好き? 冬道に対してそんなことは思ったことはないのだが……」

「んー? なんか違うねぇ」

 翔無は今の言葉でアウルが慌てるとばかり思っていた。だというのに困惑されてしまった。

「私は冬道に対して感謝はしているが、その……好き、というのはよくわからない」

「一緒にいてドキドキするとか、笑顔を見て顔が熱くなったりしないのかい?」

「特には……」

 アウルの言葉に、翔無は心底つまらなそうに頬を膨らませた。

「アルちゃんはかっしーのことが好きじゃないのかぁ……。まぁ好きでも好きじゃなくてもいいんだけどねぇ」

「そういう貴女はどうなんだ?」

「ボクかい? 嫌いじゃないよ」

 どうしてか修学旅行の夜みたいな会話になってしまったふたりには、先程までの張りつめた空気はない。

 そんなとき、風紀委員室のドアが開いた。

 入ってきたのは火鷹かがみだった。

 いつもは無表情なのだが、今の火鷹からは明らかに焦っていることが見てとることができた。

 できたとはいっても、付き合いが長い翔無だけではあるが、そうだとしても気を引き締めるには十分だった。

「キョウちゃん、どうしたんだい?」

「……かっしーさんが生徒会長と接触しました」

 そこに来てようやくアウルも事態を呑み込めた。

 翔無を調べる過程でどうしても目につく名前がある。そいつが生徒会長であることも、既に把握している。

 そしてその生徒会長が、『組織』に従って動いているということもだ。

 火鷹は冬道の監視をしていた。近くではなく、遠くから見守ると言う形ではあるが。

「マズイねぇ……」

「冬道の実力なら、あの男にも劣らないはずだ」

「そうだね。彼の体調が万全だったら・・・・・・・・・だけどね」

「どういうことだ?」

「君は知らないだろうけど、彼は今朝に一度、戦ってるんだよ。生徒会の一員とね」

 冬道の実力は今や誰しもが知るものだ。

 しかしそれは、体調が万全のときに過ぎない。彼が今現在抱えている欠点、それは、連続して戦えないというものだ。

 つまり、今の冬道は戦うのも辛い状況にある。

「冬道……っ!」

 すぐさまアウルはふたりに背を向け走り出す。

「場所はわかるのかい?」

「どこだ!」

「……町外れの天井のない空き倉庫です」

 それを聞いたアウルは再び走りだし、風紀委員室を飛び出した。

 だが、町外れの天井のない空き倉庫と言われても、未だにこの町を把握していないアウルにはどこにあるかはわかるものではない。

(仕方がない……!)

 アウルがそう思うと同時に、彼女の碧色の瞳に波紋が広がった。


     ◇


 冬道の疾走が始まった。

 水に濡れた足場で見惚れるほどの速さだった。

 ふたりが対峙する距離は十メートル。

 たった十メートルの距離を詰めるのに、おそらくは二秒とかかるまい。

 復元言語を呟いて天剣を手にする。

 黒兎の体を地面に叩きつけ、その心臓に刀身を突き立てるには十分すぎる時間だ。

 しかし、その驚異的な速度も万全とは言いがたい。

 全身の筋肉がもうすでに悲鳴をあげ、動くことを拒んでいる。

 今、疾走を止めてしまえば次はあるまい。

 一度動くことを止めてしまえばもう動くことができないのを、冬道は本能で悟った。

「――――」

 黒兎の腕が動かされた。上から下。少し前に戦った秋蝉かなでを連想させる動き。

 異変はすぐに現れた。

 冬道は自分に迫る見えざる力を感じ、弾けるように真横に跳んだ。

 一瞬で床が焼け焦げた。周りにできていた水溜まりが音を立てて蒸発している。

 それを見てなお、冬道の疾走の速度は緩まない。

 相手の能力の把握。それができない以上は不用意には飛び込めない。

 円を描くように疾走を重ねる冬道。

「こざかしい!」

 黒兎が吠える。なんの予備動作もなく振るわれた力が、冬道に襲いかかる。

 それでもなお緩まない速度は、まるで、その正体を看破しているように見える。

 速度が急激に変化した。

 黒兎がその速度になれてからの変化。それは、黒兎から見れば姿が消えたようにも見える。

 冬道の天剣の軌道が、黒兎の首を捉えた。

 そのまま振り抜くだけでその首は体から斬り離され、黒兎大河という人間は死を迎えたはずだ。

 しかしそれはあくまで振り抜けた場合。

 冬道の疾走よりも速く、天剣を振り抜くよりもさらに速く、外部から力が働いた。

 一瞬の判断でその場から飛び退くことで、それから逃れることができた。

 驚くべきは何手も先を読み、離脱を選択した思考の速さだろう。

 スニーカーのゴム底が雨に濡れたコンクリートと擦れ、飛沫を顔に飛ばした。

 筋肉が異様に軋む。

 自分の力だけで疾走していた勢いを殺せなかった冬道は、天剣を床に突き刺すことで、無理やり体を止める。

 それと同時に筋肉が硬直した。

 比喩でもなんでもなく、力を入れても筋肉が動かない。動かすことができない。

 止まることが許されなかったにも関わらず止まってしまった代償は、筋肉の硬直。

 普段なら大して気にならないそれは、今にすれば致命的だった。

 顔をあげる。そこには拳を握りしめている黒兎の姿があった。

 回避は――間に合わない。ならば。

「――――氷よ。雪女せつじょの甘い吐息を」

 冬道と黒兎の間に氷壁ひょうへきができる。

 分厚い氷壁は黒兎の拳を防ぐ。

 しかし、冬道には次の動きに移ることができない。体が動かない。

 腕一本。指一本と動かせはしない。

「無様だな――」

 黒兎の声が聞こえ、氷壁に皹が入る。

 言い様のない既視感を覚えた。

 動けないはずの冬道は、なにかに弾かれたように後ろに飛び退いた。

 背中を壁に強かに打ち付け視界が霞む。

 そんななか冬道が見たものは、氷壁を蒸発させた線のようなもの。

「――っ……!」

 ほんの少しだけ失いかけた意識を強引に引き戻し、本能で冬道は再び疾走する。

 肌がちりちりと痛む。痺れるような鋭い痛み。

 それを無視して冬道は柄を握る。

 冬道の血のように紅く染まる瞳が黒兎を貫く。

 肌がぱちぱち、と雨を弾きながら、ただ真っ直ぐに疾走する。

 右手に握られた天剣が、黒兎の喉元を捉える。

 だというのに黒兎の表情は変わらない。

「ハッ――」

 黒兎は嘲笑うように呟く。

 刹那――冬道の体が吹き飛んだ。

 床に叩きつけられたスーパーボールのように吹き飛んだ冬道は、再度、背中を壁に打ち付けた。

 なにが起こったのかわからない――わけではない。

 今ので冬道は、黒兎の持つ能力を完全に見抜いた。

 しかし、どうしても体が言うことを利かない。

 鉛がついたなんてものではない。まるで体が他人の物のようだ。

(なんとか腕一本。行けるか――)

 風系統の波導は回復こそできないが、癒しを与えることができる。

 今のやり取りのなか、冬道は風系統の波導を使って肉体に癒しを与えていた。

 それでも意識して動かせるのは腕一本。

 とてもではないが戦える状況ではない。

 だというのに、冬道は狂気に口元を歪ませていた。

「消えろ――」

 しかし、黒兎の言葉よりも速く冬道は動いた。

 ここにきて考えることをやめた。

 本能的に動くことにした。

 思考的に動いた場合、必要最低限の力で動ける。

 本能的に動いた場合は体の枷が外れ、負担が大きくなる代わりに、肉体の限界を越える。

 獣のように開かれた瞳孔が、今の冬道を示している。

 かしゃん、と天剣を構え直す。

 黒兎が気づいたときには、冬道が目の前にいた。

 振るわれた天剣のひと振りはまさに閃光。

 雨雲により闇となった倉庫に、いつまでも軌道が残るような白銀のひと振りだった。

 ためらわず一撃した冬道の天剣は、しかし黒兎にはあたらない。

 確実に首を斬り落とすよう狙われた一閃を、黒兎は屈んでかわしていた。

 偶然か? いや、違う。

 この男は冬道の天剣の軌道を見切り、かわしたのだ。

「チッ――」

 舌打ちして空振りした天剣を握り直す。

 跳ぶようにして天剣を振るった冬道は縦回転して、すれ違うように着地する。

「ちょこまかと――!」

 黒兎が冬道の胴体を凝視する。

 同時に冬道は、天剣を宙に放り投げた。

「エレメントルーツ――」

 復元言語を呟き、指輪型の属性石エレメントに風系統の波動を流し込む。

 指輪の形状が発光しながら不規則に変化を起こし、形となって手のひらに収まる。

 弦の張られていない、ただしなっているだけの棒。

 それに波動を流し込むことで、弦と矢が現れた。

 弓だ。アイリスが冬道に残した武器。

 矢を強く引き――離す。

 真っ直ぐに軌道を描き、黒兎へと向かう。

「無駄なことを――!」

 右手で撫でるようにして、風系統の波動で編み込まれた矢に触れて、掻き消す。

 顔をあげ今度こそ直接狙おうとするがしかし、その先には冬道の姿はどこにもない。

 かしゃん・・・・――――

 雨音が支配するなか、天剣を握りしめる音が不思議とよく響いた。

 人間の運動神経であそこまで高く跳べるのだろうか。

 十メートルはあろうかという上空で、先ほど放り投げた天剣の柄を、冬道は逆手に構えている。

 弓はすでに指輪に戻っている。

「――――」

 体を大きく捻り、落下速度をあげる。

 まるでこの降り注ぐ雨にでもなったように、冬道は黒兎の真上に降る。

 黒兎は動くことができない。

 あまりの気迫を前に怖じけついた。

 ――違う。戦う者としての質の差に、愕然としていただけだった。

 冬道が吠えた。

 しかしその咆哮には、苦しみが混じっていた。

 雨に混じって赤い液体が黒兎の頬を濡らした。

 黒兎に真っ直ぐに迫っていた冬道の体は不自然に曲がり、再三、壁に打ち付けられる。

 どうして自分は墜ちたのか。わからなかった。

 酷く腹部と脚部が痛む。

(――あぁ、これは――)

 撃ち抜かれたのか、と血の気の多い冬道は、血を流すことで冷静になっていた。

 この痛みは今朝も体験した。だからこそわかった。

 止めどなく溢れ出す血は、冬道をこれほどまでに冷静にした。させてしまった。

「まさか貴様の出番が来ようとはな、不知火」

「……俺は来てほしくなかったよ」

 黒兎を睨み付けるようにしながら、不知火は言った。

「しかしこれで終わりだ。ご苦労だったな」

「――……っ」

 不知火はなにも言い返すことができない。

 白神紗良。彼女を守るには、従うしかないから。

(――お前は、なにもわかってねぇ――)

 血が流れすぎたか、冬道の意識が急激に薄れていく。

 だがしかし。まだ倒れるわけにはいかない。

 自分のプライドのため。意地のため。仲間のため。

 なによりも――自分のため・・・・・に。

 跳び跳ねるように、冬道は倒れたその姿勢のまま、起き上がった。

 天剣を片手に、流血しながら。

 ――あぁ。また制服、無駄にしたな。

 冬道はそんなことを考えながら、目にも止まらぬ速さでふたりの間合いに飛び込んだ。

「まだ動けたか――」

 黒兎の瞳が冬道を捉えた。――が、一瞬でその姿が消えてなくなる。

「――後ろだよ――」

 ささやくように聞こえたその声に振り向くも、そこには誰の姿もない。

 そして前に気配を感じたときには遅かった。

 黒兎も不知火も完全に不意をつかれていた。

 正眼に構えられた天剣の一撃は、黒兎の肩から斜めに切り裂く。

(浅いか――!)

 手応えがどうにも軽かった。

 血の流しすぎに加え、踏み込みの甘さ、限界越え。

 剣の軌道をぶれさせるには十分すぎる要因だった。

 それでも黒兎に致命傷を負わせるには十分すぎる一撃であり、現に黒兎は膝をついている。

(――もう無理か)

 しかし、冬道はとうの昔に限界を迎えている。

 膝をつき、天剣を床に突き刺す。

「不知火……そいつを、殺れ……」

 絞り出すように、黒兎は声を出す。

「――――っ」

 不知火は答えることができない。両手に構えられた二丁拳銃の引金にかけられた指も、動かない。

 結局のところ、この不知火みなとという男は甘いだけなのだ。

 相手を撃ち抜いて動けないようにすることはできても、殺すことはできない。

 そういう性格をしているのだ。

「冬道!」

 少女の焦るような声が倉庫に響く。

 金色の髪をなびかせ、アウル=ウィリアムズが冬道を庇うように黒兎と不知火の前に立つ。

 碧色の瞳に宿る波紋が、異様さを際立たせる。

「お前ら、さっさとどこかに行け。でなければ、私がお前らの相手をするぞ」

「はん。貴様のような小娘が……だと?」

「怪我をしたお前ならば、今の私でも十分だ」

 それに私も能力者だ、とアウルは告げる。

「わかった。今は退かせてもらう。……悪かった」

「おい! 不知火、なにを勝手な――」

 不知火は黒兎の言葉を遮るようにして背負い、その場を去っていった。

 最後の小さな呟きは、果たして誰に告げられたものだったのか――――

 それは不知火本人しかわからなかった。


     ◇


 これは、助けられたってことでいいのか?

 俺は自分の前に立つアウルの背中を見上げながら、ふとした疑問を抱いていた。

 こいつはいつの間に帰ってきたのだろうか? それに登場の仕方がまるで主人公ヒーローみたいではないか。

 俺の立つ瀬がないな、こりゃ。

 そんなアウルは振り替えると、俺と同じ目線にしゃがみながら言ってくる。

「大丈夫……ではなさそうだな。今すぐ藍霧を呼ぶから、もう少し待っていろ」

「わりぃな。世話になる」

「やめろ。お前がそんな風に素直になると、明日には核兵器の雨が降るのではないかと心配になる」

「なんだそれ。素直になったらいけねぇのかよ」

「お前は黙って憎まれ口を叩いていろ。それがお前らしい。……藍霧の番号は、と」

 アウルは俺の制服のポケットからケータイを勝手に取り出すと、真宵後輩に連絡をしていた。

 ……あれだけ動いて、よく壊れなかったな、そのケータイ。俺より頑丈じゃないか。

 それにしても、体がいてぇ。

 いつもなら筋肉痛でもある程度は動けるのに、今回は本当に指一本と動かすことができない。

 今日だけで穴がいくつ空いたっけ。

 朝に右肩と右太ももにひとつずつと、今は腹と脛のあたりにひとつずつで……合計四つか。

 よく生きてられるな、俺。我ながらミミズのようにしぶとい生命力に舌を巻くしかない。

 ぱちん、とケータイを閉じる音が聞こえた。

 どうやら真宵後輩との話を終えたらしい。

「今すぐ来てくれるようだ。それまで死ぬなよ、冬道」

「お前が膝枕でもしてくれたら死なねぇと思う」

「そんな軽口を叩けるくらいだから大丈夫だな」

 そんなところで生きるか死なないかを決めるんじゃねぇよバカ。

 これ、結構どころかスゲー痛いんだぞ。

 普通に考えて穴がふたつも空いてたら死んでるだろ。

 俺のミミズのような生命力に関心くらいしてくれ。

「お前、今までどこ行ってたんだよ」

「少し『組織』のデータバンクに用があってな。なにも言わずに空けてすまなかったな」

「別にいいっての。ただつみれが心配してたから、あいつには謝っとけ」

 つみれにとってアウルは姉みたいな存在なんだ。

 しばらく一緒に暮らしてて、いきなりいなくなったら心配くらいする。

「あぁ、わかった。そうする」

 アウルの返事を聞き、俺は息を吐く。……って。

「やべぇ。意識が……」

「と、冬道? 冬道! おい、冬道!」

 遠くなっていく意識のなか、アウルの焦ったような声だけが耳に残っていく。

 そして数秒後。俺の意識はなかった。





 ◇次回予告◇


「リーンの奴、初対面のときは本当に手加減なしだったからな……」


「体は大丈夫なのか? 痛みとかはないか? あと……気分とかはどうだ?」


「あ? まぁそうなるかもな。だけど俺よりは人間に近い存在かもな。詳しいことはわかんねぇけど」


「あれから大変だったのだぞ? 雨のなかで藍霧を待ち続けて私が風邪を引きかけたりとな」


「どうしてって、友達になりたいとかだろ」


「寝言で言っていたのだが、アイリスがなんだとか……アイリスとは、異世界での仲間か?」


「奴は翔無雪音と繋がりを持っている。おそらく、奴は翔無雪音を守るために出てくる。貴様はそれを叩け」


「今回の戦いで生徒会と風紀委員は、正式に決着をつけることになったようだ」


「そうだねぇ。それじゃ、クソ生徒会長をサクッと倒して、ギャグパートと謳歌するとしようじゃないか」


「どうして俺、還りたいなんて思ったんだっけ……」


「心配するなという方が無理だ。もう私は、お前を気にかけずにはいられないんだ。お前のことが、頭から離れない」


 ◇次回

  2―(8)「戦闘不能」◇


「紗良に手を出したら、アンタであろうと、俺は絶対に許さない」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 次回の更新は、テストがあるので、少し遅れるかもしれません。

 3月10日までには更新したいと思います。

 それと、新しい小説のアイデアが出てきて、この小説を書くのを邪魔してくるので、短編にまとめて近々投稿します。


 小説名:魔術学院の吸血鬼

 名前から分かる通り主人公は吸血鬼というありきたりな設定ですね。

 現段階では二万字ほどですが、完成したら六万字近くにはなると思います。

 興味がある方はぜひ見てください。

 以上、ぱっつぁんからでした。



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