2―(6)「生徒会役員」
「ここが風紀委員室、ねぇ」
俺は『風紀委員室』とプレートの掲げられた教室の前に立ち、誰に言うわけでもなく呟いた。
見た目は普通だけれど、なかは防音がされており、どれだけ騒いでも外に声が漏れないらしい。
らしい、というのはあくまでもこの情報は他人から教えてもらったものであり、実際に見たわけではないからだ。
昼休みに火鷹からインカムを受け取り、それを聞かされたのだ。
表向きは普通の風紀委員。裏向きには超能力関係の風紀委員とでもいうところか。
呼び出された理由はわからないにしろ、火鷹にまで話していないということは、真面目な話に違いない。
「翔無先輩。入るぞ」
インカムを耳につけ、話しかけるが応答はない。
使い方は火鷹に教えてもらったから問題はないはずなのだが、応答がないということは間違っているということか?
ずいぶんと面倒な部屋にしてくれたもんだ。
防音なんかにするから、なかからの応答が聞こえないではないか。普段はどうしているのやら。
「おい。聞いてんのか? 応えねぇんなら勝手に入るぞ。いいのか?」
二回目の通信。応答は、なし。
もしかして翔無先輩、この部屋にいないのか?
昼休みか放課後という大雑把な時間指定はされたけれど、具体的な時間は言われていない。
表向きには普通の風紀委員長なのだから、他のところで雑用をしているのかもしれない。
そうなるといつまでもここで突っ立って、独り言を話しているのは、端から見なくてもおかしい人に見える。
ただでさえ『触るな危険』と認知されているのに、このままだと、風紀委員室の前で独り言を呟く危ない人とまで見られかねない。
「最後だ。応えなくても入るぞ」
いろいろなことを考慮して強くは言わない。そしてやはり応答はなし。
俺はインカムをつけたまま、ドアに手をかけて、それを開け放つ。
正式な予定があるのだから、勝手に入ったとは言わせない。超能力関係の話なら入ってても問題はないはず。
「わわっ!? か、かっしーかい!? ちょ、ちょっとだけ待ってて!」
「あ? 待てってなん……だ……?」
ドアを完全に開けきる前に聞こえてきた翔無先輩の制止に、俺は、ドアを完全に開けきってから止まればよかったと後悔していた。
風紀委員室のなかにいたのになんで応えなかったという文句すら、目の前の光景のせいで言えずにいた。
どうして忘れていたんだ、俺は。異世界で強くなると同時に、いらないものまで手に入れていたではないか。
主人公なら高確率持ち合わせている――ラッキースケベという、超能力を。
なぜか着替えていた翔無先輩と目が会う。
下半身は衣服を身に付けていたのが幸いだが、上半身は下着だ。胸は小さいと思っていたが、Cカップくらいだったということを記しておく。
「結構、胸あったんだな」
「み、見るな!」
顔を真っ赤にした翔無先輩の怒鳴り声を聞き、俺は風紀委員室から出ていく。
それにしても、翔無先輩、意外と女の子らしい反応するんだな。
てっきり「ボクの下着姿、どう?」とか「さすがだねぇ。女の子の着替えを覗くなんて」とか言うと思ったのに。
あんな女の子らしい翔無先輩にヘッドロックとか、アイアンクローかけたんだが……大丈夫なのだろうか? 今度からは優しくしてやるか。
『は、入ってきて構わないよ』
インカムを通して、翔無先輩のわずかに上ずったような、恥ずかしげな声が聞こえてきた。
俺はドアを開き、今度こそ風紀委員室に入る。
そこにいた翔無先輩は着替え終わった制服姿で、いつものマフラーを首に巻いている。
いつもと違うのはわずかに紅潮している頬。やはり下着を見られるのは、翔無先輩でも恥ずかしいらしい。
「か、かっしー。キョウちゃんからインカムは受け取ったんだよね? 入る前に一言くらいかけてくれないかな?」
「一言どころか三言は言ったっての。使い方は間違ってねぇだろうから、翔無先輩が聞いてなかっただけだろ」
「ホントに?」
「本当だっての。つーか、なかからは外の声が聞こえんだから気づいてもおかしくねぇだろ」
俺はそう言いながら、これまた高級そうなソファに腰をかけ、翔無先輩の前にあるまたまた高級そうなテーブルに視線を向ける。
無造作に放り投げられた音楽プレーヤーがあった。
「音楽聴いてたらわからねぇよな、翔無先輩?」
「まぁ今回はボクの下着姿が見れたんだから、お相子ってことにしようよ、かっしー」
「割に合わねぇな。別にいいけど」
「女の子の下着姿なんか、かっしーみたいにラッキースケベを持ってないと簡単に見れるものじゃないんだけどねぇ」
「あっそ。俺は見たくて見てるわけじゃねぇし」
そんなことをしてたらただの変態だけれど。
しかし、まさかこっちの世界でもラッキースケベが発動すると思わなかった。
異世界でラッキースケベが何回発動して殴り飛ばされたことやら。
治癒波導士のエーシェならまだしも、波導拳士のリーンに殴り飛ばされたときは、三途の川を渡りそうになった。
思い返してみると、俺も異世界では立派に主人公やってたんだな。思い出すだけで赤面ものだ。
「で。俺を呼び出して、なんの話をする気だ? 翔無雪音風紀委員長?」
「そうやって改めなくても構わないんだけどねぇ。まぁ、話自体は真面目な内容だからねぇ。それでも構わないよ」
スッと目が細くなる翔無先輩。
普段のおちゃらけた態度からは感じられないほどに、真面目な姿だった。
「不知火みなとが関係してる話か?」
「そうだね。彼はこの話に関係しているよ。もっとも、彼はただのパズルのピースのひとつに過ぎないよ」
不知火みなと。あいつがただのピースのひとつに過ぎない、か。
あいつの動きは確かに目を見張るものがある。だが、俺から見たらそれは、当たり前の光景の一部程度。
良く言えば踏み込む勇気がある直線的な動き。悪く言えば単調で無謀な動きと言えた。
ある程度は戦えているようだが、二度目は遅れをとるような真似はしない。
「彼は生徒会の役員なんだよ」
「風紀委員だけじゃなくて、生徒会も超能力関係の人間が揃ってんのかよ」
「そこはあれだよ。『組織』が関係しているからねぇ。かっしーも名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかい?」
「アウルから名前だけは聞いてる」
そういえばアウル、翔無先輩の名前を聞いてどこかに行ってから会ってないな。どこに行ったんだ?
「ボクたちみたいな学校にいる能力者は、だいたいが『組織』の人間なんだよ。『組織』の役割にはついて知っているかい?」
「能力者が能力者を管理する機関の名称」
「それくらいわかってるなら問題はないよ」
カナちゃんみたいなのは例外だけどねぇ、と翔無先輩は言葉を続ける。
まさかとは思うが、カナちゃんって秋蝉先輩のことじゃないだろうな? そのあだ名、センスなさすぎじゃないか?
「能力者が能力者を管理する機関。その能力者というのが、ボクたちなんだよ」
「たち、ってことは不知火もそのひとりか?」
「彼は違うよ。彼は同じように派遣されてきた生徒会長に引き込まれただけだよ。ついでに、その幼なじみもね」
幼なじみ? 考えられる候補としては、あのときに不知火を助けた女の子が妥当だろう。
「派遣されてきた能力者は全部で三人。アルちゃんを合わせて四人だねぇ」
「アルちゃんってアウルのことか? いちいちあだ名つけて意味あんのかよ」
「ボクが気に入った相手には、あだ名をつける主義なんだよねぇ」
どんな主義だ、そいつは。意味がわからん。
「風紀委員長のボク、翔無雪音。その役員のキョウちゃんこと火鷹かがみ。そして生徒会長……黒兎大河」
「聞いたことねぇな」
「かっしーはボクのことも知らなかったし、無知すぎやしないかい?」
「興味ねぇんだよ」
実際、そんなこと知ってたってなんの意味もない。
「とりあえず生徒会長の黒兎大河が不知火くんとシロちゃんに目をつけて、なんやかんやで引き込んだんだよ」
「なんやかんやってなんだよ。別にいいけどさ」
しかし『組織』から派遣されてきた能力者が、風紀委員と生徒会のトップをとっているのか。……ん?
「なんでわざわざ派遣された能力者をふたつの機関に分けてんだ?」
「そこが問題になってくるところだよ」
「あ?」
「いくら『組織』から派遣された能力者でも、思想が違えば分解していく。それがこの結果なんだよ」
つまりは風紀委員長である翔無先輩と、生徒会長である黒兎大河の思想が食い違い、ふたつの機関でトップについたということか。
能力者が能力者を管理する機関。そこにどんな思想の食い違いがあるのやら。
そんな俺の疑問に答えるかのように、翔無先輩が口を開いた。
「かっしーはどう思う? 『組織』の考えについて」
人に害を与えた能力者は、その意思に関わらず排除――殺すという考えのことだったはず。
正直に言うと、そんなものはどうでもいい。害を与えた能力者だろうがなんだろうが、俺には関係のない話だ。
例え関係してきたとしても、誰かが決めた制定に従うつもりは毛頭ない。自分のことは自分で片をつける。
俺は今まで、そうやって生きてきた。
「ボクは賛同できないね。どんな事情があるにしろ、殺す必要はないはずだからね」
「ふーん」
「そういうことをやってしまう能力者って、きっと、どこかに拠り所を求めてるんだよ。能力者は大なり小なり、心に傷があるからね」
それを人を傷つけることに向かわせるのはよくないけどねぇ、と言う。
なるほど。考えてみれば確かにそうだ。
超能力を自覚しないままに使ってしまい、周りから畏怖の眼差しを向けられてしまう……そんなこともあり得るわけだ。
それだけならまだいいだろう。迫害され、周りから痛みを与えられ続けるなんてこともある。
全員が全員というわけではないだろうけれど、それでも、大抵の能力者はなにかを抱えている。
「翔無先輩にも、そういうのがあるのか?」
「……まぁ。気づくか、これだけ言えば。そうだね、ボクにもそういうのはあるよ」
うつむきがちに言う翔無先輩は、本当に、とても辛そうに見えた。
「ボクも、能力を使って誰かを傷つけたことがあるんだよ。もちろん、そんなことをやったから『組織』から能力者がボクのところに来たよ」
今で言う秋蝉先輩の立場が、当時の翔無先輩の立場ということか。
能力者ということは、アウルみたいに能力者を排除する能力者が来た。
今こうして生きて『組織』に入っている以上は、まだなにかがあるのだろう。
「殺されるんだろうと思ったんだけど、殺されなかったんだ。ボクを殺しに来た能力者、なんて言ったと思う?」
「さぁな。なんて言ったんだよ」
「『一緒に来ないか』って。たったそれだけなんだけど、当時のボクはどれだけ救われたか」
あの言葉があったから、あの人がいてくれたから、今のボクがここにいる――――
目を閉じて、その場面を思い出すようにしながら、翔無先輩は語る。
「だからボクは、その人みたいになりたいと思ったんだよ。どんな能力者とでもわかりあえる。友達になることができる、ってね。まぁ、甘い考えだよ」
「そうだな。それは甘い考えだ。でも、俺はそいつを否定する気はねぇ」
「ありがと。そんなボクにたいして、黒兎大河はあくまでも『組織』の方針に従ってる」
「害を与えた能力者は殺すべきだ……ってか?」
「それだけじゃないんだよねぇ。超能力を知っていながら『組織』に仇なす可能性のある人間も、殺すっていう考えだよ」
なんだよそりゃ。だから俺や秋蝉先輩たちが狙われたってことかよ。自分勝手過ぎやしないか?
「ボクはそれには賛同できなかった。だから、ボクは生徒会には入らなかった。許せなかったからねぇ」
「……で? そんな話を俺にして、なにがしたいんだ? 風紀委員に入れってか」
「そうなるねぇ。君たちを守るには、それが一番手っ取り早い」
「悪いが断る。守ってもらう必要はねぇ」
「かっしーならそう言うと思ったよ」
やれやれと言いたげな表情で翔無先輩は首を振る。
「なら生徒会には気をつけなよ? あのクソ生徒会長、やると決めたら本当に容赦がないからねぇ。最悪、かっしーの友好関係にある人たちを殺すこともあり得るよ」
「本当に最悪だ。なら翔無先輩も気をつけた方がいい。そうなったら俺は、そのクソ生徒会長を容赦なく殺す」
「安心しなよ。ボクはそれでも、かっしーを受け入れられるからねぇ」
「……それなら、確かに安心だ」
翔無先輩の言葉に、俺は思わず頬を緩ませていた。
この人はどれだけ優しいのだろう。仮に生徒会長を殺した俺すらも、受け入れてくれるなんてな。
ふと、翔無先輩に視線を向ける。にやにやとしながら、俺を見てやがった。
「あんだよ」
「いやぁ。かっしーもそんな笑顔ができるんだねぇ。可愛い笑顔だねぇ」
「……うるせぇな」
「照れてるのかい?」
「照れてねぇ」
軽快な足取りで俺の隣に座り、頬を指でつつきながら言う翔無先輩はなんだかイライラしてくる。
にやにやするな、気持ち悪い。俺が笑顔を見せたら悪いっていうのかよ。
でもまぁ、こういうのも悪くないか。普通の日常って感じで、なんだかこれはこれで楽しいし。
それにしても生徒会――生徒会長、黒兎大河か。
こいつだけは用心に越したことはない。あいにくと、俺はこの生活を気に入っているんだ。
それを壊すっていうなら、俺は、それを殺してでも止めてやる。俺のせいで誰かが犠牲になるのは、もう二度と御免なんだよ。
◇
俺たちが異世界で旅をしていたということは、今さら言うことではないだろう。
謎の光。異世界召喚。勇者認定。魔王討伐。
ファンタジーの世界に飛ばされたなら、これらの単語が当たり前に出てくる。
それはさておき。
いくら勇者となったとしても、たったふたりで魔王を倒せるはずもない。……結果的には俺がひとりで魔王と戦った感じにはなったけれども。
とにかく、旅を続けていれば仲間ができるというのは必然だ。
波導銃士のチトル。
治癒波導士のエーシェ。
波導拳士のリーン。
波導騎士のジェイド。
最終的に勇者パーティーとして残っていたのはその四人と、俺と真宵後輩だけだった。
五年間、俺たちは各地を旅してきたのだ。たった四人しか仲間ができないわけがない。
(俺のせいで……)
思い出すだけで、自分を殺したくなってくる。もしも過去に戻れるなら、俺は過去の俺を斬り殺すかもしれない。
なにが勇者だ。なにが最強だ。どうしてそれが、自惚れだということに気がつけなかったんだ。
理由ならある。旅を始める前に倒した黒装竜から始まり、たくさんの強力な魔獣やモンスター。
それらを倒せたことが、俺を調子に乗らせていたんだ。
誰だってそうだろう。『戦い』を知らないのに連勝を重ねていけば、調子にのってしまうのは。
それでもちゃんと、結果を残せるなら俺は構わないと思っている。
でも、そのせいで俺は仲間を――犠牲にした。
本当であれば勝てる戦いだった。俺が調子に乗ってしまわなければ、仲間のみんなを危険にさらすことも、犠牲にすることもなかった。
だから俺はそのときに誓ったんだ。
もう自分のせいで誰かが犠牲になるような真似は絶対にしないと。
(アイリス……)
俺は制服のポケットから指輪を取り出す。
これは俺のせいで犠牲になってしまった仲間、アイリス・フォン・ユンカーの持っていた風系統の属性石だ。
アイリスは最期まで、俺のことをちゃんと考えてくれていたんだ。
それなのに俺は、見えていなかった。
最初で最後の仲間の死は、奇しくも俺を強くした。そして、冷酷になることを覚えてしまったんだ。
『俺と、付き合ってくれ!』
「……あ?」
俺は異世界でのことを思い出して、気分が沈みながら学校の玄関をでると、そんな声が聞こえた。
妙に野太い声だ。これは無駄に筋肉とかがあるゴツい男に違いない。声を聞けばわかる。
告白自体は構わないけれど、せっかく隠れてしているのだから声は控えめにやればいいだろ。声が丸聞こえだ。
それにしても告白シーンか。見たことないな。
俺はちょっとした好奇心を抱きながら、声が聞こえてきた方向に足取りを変更。この方向からして、たぶん校舎裏。
実はあそこ、人気がないから告白する名所となっていたりする。
さてさて。どこのどいつが、どこの誰に告白してるんだろうね。
俺は校舎の影に隠れて、顔だけをそこに向ける。
(……って、あいつは)
そこにいたのはやはりゴツい男だったが、問題なのは告白されている方だ。
そいつは朝、不知火を助けた女の子だった。
腰までの長さの少し茶色の混ざった髪。強気そうではあるものの、どことなく危なげな印象を受ける。
「無理。私、他に好きな人がいるから。アンタ、私のタイプじゃないし。それに何回も付き合えないって言ってるじゃない。少しは学習したらどう?」
見事に玉砕していた。あの女、容赦ねぇ……。
「俺のなにがだめなんだよ!」
「全部よ。しつこい男は嫌われるわよ?」
容赦ないな、本当に。もう少しソフトに言ってやればいいような気がする。
そういえば俺の周りって、毒舌というか、言動に容赦のない女の子が多い気がする。その筆頭が真宵後輩。
おっと。そんなことを考えている間に、いろいろと言われた男がぷるぷると震え始めていた。
定番のあれか。逆ギレ。
お約束通りならそこにあの女の好きな相手が割って入るのだろうが、残念ながらそれはなさそうだ。
「美人だからって、調子に乗ってんじゃねぇよ!」
男が拳を振り上げる。が、女は全く動じた様子はない。超能力があるのだから当たり前だ。
どうせこのままでも男がやられるだけだろうけれど、まぁ、話をするきっかけ作りにはちょうどいいイベントだな。
俺は校舎の影から飛び出して、男と女の間に割って入り、拳を受け止める。
「あ、アンタは……!?」
「今朝ぶりだな。お前に話がある」
俺を見て女は一歩だけ後退りながら、驚いたように目を見開いていた。いや。これは危険を感じているのか?
どちらにしても俺は、危害を加える気は……場合によってはあり得るかもしれない。
「誰だよテメェ!」
「うるせぇ。きゃんきゃん吠えてんじゃねぇよ」
俺はそう言うと男の顎を軽く叩き、気絶させる。
糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた男に目もくれず、俺は後ろに向き直る。
「どうも。朝はしてやられたよ」
「あ、アンタ、ミナに撃たれたんじゃなかったわけ? よく動けるじゃない」
「俺を嘗めんなよ? あのくらいだったらすぐに再生できるっての」
俺は半袖ワイシャツの袖をまくりあげ、肩の撃たれた場所を見せる。
「傷がない……っ!? アンタ、化物なんじゃないの……? そんなのあり得ないわよ」
「そりゃ間違いじゃねぇな。訂正するとしたら、化物じゃなくて化物もどきってところだ」
再生したわけじゃなくて、回復波導を使ってもらっただけだし。
「お前、名前なんて言うんだ? どうせ俺の名前は知ってんだろ?」
「……白神紗良よ。一応、アンタより歳上だから」
「んじゃ、白神先輩。白神先輩に話がある」
「話ってなによ。私を殺しに来たわけ?」
白神先輩は俺から一定の距離を保ち、いつでも動けるような体勢をとっている。
どうしてそこまで警戒しているのやら。朝の仕返しでもされると思ってるのだろうか?
「場合によっちゃそうなるかもしれねぇが、別に今すぐそんなことをやる気はねぇよ。つーか、どんな風に見られてんだよ、俺」
「最重要危険人物」
「あぁ、そう。危険人物ね。そりゃ警戒するわな」
「それで、話ってなによ」
警戒は解かないまま、白神先輩は話を切り出す。
「別に大したことじゃねぇよ。白神先輩は『組織』のあり方について、納得してるのかどうかを聞きてぇだけだ。それくらい、知ってるだろ?」
「さすがに知ってるわよ。あの生徒会長に協力してるんだからね」
「なら話は早い。で、納得してんのか?」
「アンタには、関係ないでしょ」
「そう言われたらそうだな」
『組織』のあり方について俺がどうでもいいと思っているように、他人である俺に、白神先輩がどう思っているかを教える必要はない。
しかし、それなのに勝手に最重要危険人物に認定され、命を狙われるのはたまったものじゃない。命を狙われることにはなれているが。
「なら納得してるってことで構わねぇよな?」
「勝手に決めないでよ。……納得してるわけないでしょ。どんな理由があっても、人を殺すなんて」
「じゃあなんで生徒会側についてやがる。風紀委員側につけばいいだろ」
「理由があるのよ。私にじゃなくて、ミナ……みなとにだけどね」
『組織』のあり方に納得はしていないのに、それに準じている生徒会側につく理由……ねぇ。
人にはそれぞれの考え方があるから、いち個人である俺が、あれこれ言えるわけではない。
「ちょっと、歩かない?」
「それは好きな奴を誘うときのセリフだ。そういうのは不知火にでも言っとけ」
「な、ななななんでそこでミナが出てくるのよ!」
「あ? 特に意味はねぇけど」
なんで白神先輩は、不知火の名前を出しただけでここまで真っ赤になってるんだ? ……もしかして白神先輩って。
「不知火のこと、好きなのか?」
「う、うるさいうるさいうるさい! 変なこと言わないでよ! だ、誰があんな奴のこと……っ!」
「んじゃ、嫌いなのかよ」
「それは……き、嫌いじゃないけど」
あまり主張のない胸の前で白神先輩は指をいじり、小さく呟いている。
なるほどなるほど。これが噂のツンデレって奴か。
「って、そうじゃなくて! 私も話があるのよ」
「ふーん。わかった」
別にこのあと用事があるわけでもないし、生徒会側の白神先輩が一緒なら狙われることもない。
逆に俺以外が狙われたなら、白神先輩を人質にとればいいだけのこと。少なくとも、それで不知火は潰せる。
白神先輩にはなんの思い入れもないわけで、殺すも殺さないも関係なければ、守るも守らないも関係ないんだ。
俺は見ず知らずの他人まで守りたいと思うような、そんな人間じゃないんだ。
「じゃ、行こっか」
先に歩き出した白神先輩に並ぶようにして、俺は校門をくぐる。
もうだいぶ前に散った桜の花の代わりに道の両側の木の枝には、緑色の葉がついている。
夏が近づいてきたからか、日が落ちるのは遅い。五時くらいの今でも明るく、暗くなるまではまだ時間がかかるだろう。
そんな道を歩くのは俺たちふたりだけで、話があると言った白神先輩は一向に話を切り出そうとはしない。
(帰りてぇ……)
話があるからとついてきているため、俺の家とは違う方向に歩いているのだが、どこまで連れていかれるのやら。
まさか誘導されているのか? ……いや、まさかな。考えすぎだろう。
「さっきの話の続き、してもいい?」
「ご自由にどうぞ」
「うん。ミナが生徒会に入ってる理由がさ、実は、私のせいなのよ」
「白神先輩?」
俺が聞き返すと、白神先輩はゆっくり頷く。
「ミナは強いんだけど、私は能力者としては全然弱くて、他の能力者から狙われることが多かったのよ」
話によれば、まだふたりが『組織』に関係していなかった頃、ふたりはよく能力者に命を狙われていたらしい。
それはふたりに限定されることではなく、簡易グループに属していない能力者に該当することだったようだ。
能力者が能力者を牽制しあい、殺し合う。そんな時期が、『組織』ができる前はあったようだ。
自分以外の能力者は全員が敵。そういう認識が能力者の間にはあり、それが殺し合いの事態を招いたのだろう。
不知火が妙に戦いなれしているのも、この時期があったからこそに違いない。
「『組織』ができあがってもそれに属さなかった私たちは、いつまでも能力者から狙われ続けた」
「なんで入らなかったんだ?」
「気にくわなかったのよ。『組織』に従わない能力者を殺す、みたいなやり方にね」
「気にくわなかった、ねぇ」
「だから私たちは、最近までは『組織』にも入らなかったし、それに準じた機関にも属さなかった」
『組織』に準じた機関。それが俺たちでいう生徒会や風紀委員ということなのだろう。
「でもお前らは生徒会に入ってる。そして最重要危険人物と認定されてる俺や、問題を起こした秋蝉先輩を殺しに来た。その事実は覆らねぇ」
「そうね。結果的に、私たちのやってることは『組織』とやってること同じなのよ」
嫌悪感をむき出しにした白神先輩の横顔を一瞥し、俺は再び前を向く。
「でもそれは、私が弱かったからなの……。私が弱かったから、ミナは生徒会に入るしかなくなった」
「生徒会に入らねぇとお前を殺すとでも言われたか」
「なんで知ってるのよ」
「だいたいわかる。あいつは俺とよく似てる。……そう、嫌ってほどな」
今の俺じゃなくて、昔の俺。すなわち、異世界でアイリスを犠牲にする前の俺とそっくりなんだ。
「ミナとアンタじゃ全然似てないでしょうが」
「今はな。で、続きは?」
「あ……。うん、続きね」
誰が見てもわかるほどに話したくないという表情に変わる白神先輩。
そこまで話したくないなら、わざわざ俺を呼び止めてまで話す必要ないだろ。
「続きって言ってもあとは特になにもないわ。あとは生徒会長に能力者を殺さないと私を殺すって脅されて、そういうことをやってるだけ」
「そうかい。で、それを俺に話してなんの意味がある? 不知火を助けてほしいのか?」
「端的に言えばそうなるかも」
「そうか。んじゃ、言わせてもらう」
俺は立ち止まり、白神先輩に向き直る。それを見た白神先輩も同じように向き直った。
そして俺は表情を変えないまま、告げる。
「ふざけんじゃねぇ。都合のいいことべらべら喋ってんじゃねぇよ」
変わらない声色から発せられた言葉に、白神先輩が怯えたように肩を震わせた。
しかし次にやってきた感情は、恐怖というわけではなかったようだ。そんなことはどうでもいいけれど。
「あり得ねぇよ。なんで自分を殺そうとしてきた奴を助けねぇといけねぇんだ。そんなつまらねぇことのために呼び止めたってか? 下らねぇ」
「た、確かにそうだけど……」
「さっきも言ったろ。お前らがおれたちを殺そうとした事実は覆らねぇ、ってな」
俺は白神先輩に背を向けて、今まで来た道を戻る。
「勝手にやってろよ。そんな都合のいい話、聞けるわけねぇだろうが」
ここまでついてきて損した。まさか、こんなことを言ってくるとは夢にも思わなかった。
どうして俺が、俺を殺そうとした奴まで助けないといけないんだ。意味がわからない。
それに。
このことには自分で気づかなければ意味がない。本当に不知火が白神先輩を守りたいと思っているなら、なおさらな。
「貴様が、冬道かしぎか?」
そんなことを考えていると、見知らぬ男にいきなり声をかけられた。
その男は私立桃園高校の生徒のようだった。長い髪を鬣のようにしている、異様な威圧感を放っている。
間違いはない。こいつ、能力者か。
「貴様に用がある。ついてこい」
有無を言わせない物言いに、俺は口元を歪ませた。
◇次回予告◇
「ふざけんじゃねぇ。誰が自分の命を狙ってきた機関に入るかよ。寝言は寝てから言いやがれ」
「ボクは『組織』のあり方に納得できてない。なんの理由があっても簡単に人を殺すのは、いいことじゃないからねぇ」
「冬道のことだ。冬道をなんとか風紀委員に入れてもらいたい」
「なんとか腕一本。行けるか――」
「まさか貴様の出番が来ようとはな、不知火」
「――お前は、なにもわかってねぇ――」
「怪我をしたお前ならば、今の私でも十分だ」
「やめろ。お前がそんな風に素直になると、明日には核兵器の雨が降るのではないかと心配になる」
「お前が膝枕でもしてくれたら死なねぇと思う」
「少し『組織』のデータバンクに用があってな。なにも言わずに空けてすまなかったな」
◇次回
2―(7)「生徒会長」
「俺様は私立桃園高校生徒会長、黒兎大河だ」