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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第二章〈VS生徒会〉編
16/132

2―(4)「襲撃」


 人間の脳が起きてから覚醒するまで、通常なら三時間程度の時間が必要だと言われている。

 どうしてそれほどの時間が必要かと聞かれると、脳医学に詳しくない俺では答えることはできない。

 ともかく、脳が覚醒するまでは三時間はかかるということを覚えておいてもらいたい。

 さて。

 俺がこんな話題を出したのは、少なからずそれが関係しているからだ。

 人間の脳が覚醒するまで三時間が必要だとしても、意識を覚醒させるまではたった一秒、たった一撃があれば十分だということを身をもって体験した。

 いくら異常に対して耐性がつこうとも、意識がなかったらどうしようもないことだ。

 つまり。モーニングコールがモーニングエルボーだった場合、回避することはできない。

 鳩尾にクリーンヒット。

 意識覚醒を通り越して悶絶する羽目となった。

 しかも鳩尾にだぞ? なんで無防備なときに急所に思いっきりエルボーなんかを仕掛けてくるんだ。

 そのときにジャーマン・スープレックスをかけた俺は悪くはない。

 悪いのはモーニングエルボーをやってくる白鳥だ。

「うぅ……痛いッスぅ……」

「黙れ。エルボーで起こすバカにはちょうどいいだろ」

「もっとバカになったらどうするんスかっ!」

「知るか」

「バッサリ過ぎやしないッスか?」

「ならお前、そこに横になれよ。モーニングエルボーにはならねぇが、ジャンピングエルボーを鳩尾に喰らってみろ。俺と同じ気持ちになれんぞ」

「もっとバカになるッスっ!」

 エルボー喰らってバカにはならないだろ。

 でもよく考えてみると、鳩尾にジャンピングエルボーを喰らったりしたら、ある意味バカになるかもしれない。

 白鳥の発言もそこまで間違いじゃないのかも。

「でも普通ジャーマン・スープレックスなんかやるッスか? 寝起きッスよ?」

「とっさにお前に使ってたんだよ、ジャーマン・スープレックス」

「兄貴はとっさにジャーマン・スープレックスが出るんスか!?」

「アイアンクローもでる」

「ヘッドロックは?」

「可能」

「ヤッベ、兄貴カッケーっ!」

 今のどこでそんな叫びがでるのかはわからないが、朝からテンション高いな。俺には真似できそうもない。

 隣に座る火鷹といえば、目を半開きにして非常に眠そうにしている。

 朝は弱いのだろうか? もうすでに登校ができる格好の白鳥とは対照に、火鷹はまだパジャマで、頭はボサボサだ。女の子としてそんなのでいいのかよ。

「キョウちゃん、しゃんとしなよ」

「…………眠い」

 なるほど、火鷹は眠いと三点リーダーが多くなる習性があるのか。

 目が半開きの火鷹を見つつ、そんなことを思う。

 ちなみに朝食はすでに終わらせている。白鳥が作ってくれた朝食を美味しくいただいた。味はまぁ、可も不可もなく普通の味だったと記しておこう。

 料理を作れるだけで俺としては羨ましい限りではあるが、作るのなら美味いと言わせられるようになりたい。

 だからといって白鳥の料理が不味かったかと聞かれれば、そんなことはないと答えられるものではあったが。

 未だに寝ぼけている火鷹の世話をしている白鳥を見ていると、リビングにインターホンが鳴り響いた。

「もうこんな時間か。白鳥、火鷹に早く準備するように言ってくれ」

 待たせると面倒なんだと白鳥の返答を聞く前に続け、急いで玄関に向かう。

「おはようございます、かしぎ先輩」

「おはよ。今日もいつも通りの時間でなによりだぜ」

「別に意図してるわけではないですけど。それより、今日は賑やかそうですね」

「まぁな。もう少ししたら行くからちょっと待っててくれ。すぐに行くから」

「わかりました。では、ここで待ってます」

 そういうことなら早く準備させないといけない。いつまでも待たせてるわけにはいかないからな。

 火鷹が朝に弱いってことを知っていれば、早く起こすこともできたんだけどな。

 それだとしても俺も早く起きないといけなくなるわけで、同様に朝が弱い俺としても割りときつくなる。

 テストが近い今の時期、さすがに居眠りするわけにもいかない。

 リビングに入り、俺は言う。

「準備、終わったか?」

「……完了しました」

 そう答えたのはすでにいつも通り――といっても会ってから一日しか経っていないのだが――の火鷹だった。

 制服をばっちりと着こなし、髪はツインテール。

 髪を結ぶために使った水色のリボンが、わずかな火鷹の動きに連動して揺れている。

「んじゃ行くか」

「真宵は外で待ってるんスか?」

「あぁ」

「……かっしーさんの朝の登校は後輩の女の子だらけですね。しかも全員が美少女です」

「否定はしない」

 真宵後輩を始め、火鷹も白鳥も美少女だ。俺としては美少女よりも美女の方が好みなんだが、この状況で贅沢をいうのは高望みしすぎだ。

 ここは素直に喜んでおくべきだろう。

 さらにいえば、後輩に慕われるというのは、先輩として嬉しくもある。

 カバンを持って首飾りを下げ、真宵後輩の元にふたりと一緒に向かう。

 すると俺の後ろに視線を注ぐ真宵後輩が、露骨に顔をしかめた。

「ロケラン少女がなぜここに?」

 あぁ、納得した。どうしたものかと思ったけど、真宵後輩は火鷹のことを知らなかったんだった。

 まさかロケットランチャーを撃ってきた奴と一緒にいるだなどと、真宵後輩ですら予測はできまい。

「こいつは風紀委員の火鷹かがみ。超能力関係の人間で、俺の監視をしてるんだとよ」

「そういうことでしたか。だいたい把握しました」

 どれだけ理解力が高いんだろうか。説明する手間が省けたけどさ。

「ようは動く核兵器の安全性と危険性を風紀委員に伝えるため一緒にいた……ということなのでしょう?」

「誰が動く核兵器だバカ」

「貴方のことですよ。かしぎ先輩」

「お前の方がよっぽど動く核兵器だろうが」

 もしかしたら俺よりも真宵後輩の方が危険かもしれないぞ。なんせ真宵後輩、波導を使わせたら県をひとつ、日本地図から消すのも息をするのに等しいことだ。

 波導を補助に戦う俺と違って、下手したら真宵後輩の方が危険性は高いかもしれん。

 それはこの前、戦っていないからわからなかったというのもあり、真宵後輩に監視がつかなかったのだろう。

 ついたらついたで監視員がどうなるかわかったものじゃないけど。

「失礼な。どこにこんなに可愛らしい核兵器が歩いているというのですか?」

「その前に核兵器は歩かねぇよ」

「これは一本取られました」

 真宵後輩から一本取るというのはなかなか簡単にできそうだな。

 というか、どうして俺の周りには自分を美少女だと信じて疑わない美少女が多いのだろう。事実が事実なだけに言い返せない。

「真宵も兄貴みたいに強かったりするんスか?」

「どうだろうな。真宵後輩はこっちに来てから戦ったわけじゃねぇから、そこら辺はわからねぇよ」

「……かっしーさんほど強いとなりますと、そちらの方にも監視をつけなければなりませんが」

「やめてください。不快です」

 なんで真宵後輩は俺や知り合い以外にはこんなに冷たいのだろう。絶対零度だ。

 さすがの火鷹も、俺のワイシャツの裾を掴んでわずかに泣きそうな表情をしていた。

 無表情な火鷹を泣かせそうにするなんてお前、魔王よりタチが悪いんじゃないか?

 しかも俺よりも毒舌だ。この先きっと、俺は真宵後輩よりも毒を吐く相手を見ることはないだろうな。逆にいたら怖すぎる。

「……もう少し、ソフトに言ってもいいと思うのですが。かっしーさんはどう思いますか……?」

「真宵後輩はそういう奴なんだよ。ツンデレでいえばツン。なれてきたらそのうちデレると思うぜ?」

「誰がツンデレですか。そして私がいつデレましたか。デレてないでしょう」

「いや、お前は隠れツンデレだっての」

「新しい属性ですね」

 そりゃそうだ。真宵後輩はツンデレっていうほどツンデレではないが、それでも少しだけツンデレが入ってる。だから隠れツンデレ。

 身近な人間には普通で、知らない相手には毒舌なら、ツンデレでもいいと思わないか?

「言っておきますが私、デレたら大変ですよ?」

 唇に指をあて、ミニスカートを捲る仕草をする真宵後輩を見る限り、確かにデレたら大変そうだ。

「いつか俺にデレてくれると嬉しいんだけどな」

「でしたら私の好感度を上げるのを頑張ってくださいね? か・し・ぎ・先輩?」

「思わず抱き締めちまいたくなる可愛さだな」

 本来ならモノローグで語るべきなのかもしれないが、今の核兵器並の真宵後輩の可愛さは、俺の胸の内に秘めておくのは無理だった。

 真宵後輩。お前はある意味、歩く核兵器だぜ。

「あっ! や、やっと見つけた。冬道くんっ!」

「あ? 秋蝉先輩?」

 上から声が聞こえたかと思えば、能力で鋼糸ワイヤーを使ってこちらに向かってくる秋蝉先輩を俺の目が捉えた。

 何事かと思った。

 秋蝉先輩は能力を使って事件を起こしている。

 誰かが強制したというわけではないのだが、それ以降は能力を使っていないし、能力を使う気ない。そう言っていたのだ。

 それだというのに秋蝉先輩は能力を使っているだけでなく、なにかから逃げているように見える。

「どうしたんだ? 白鳥ならまだしも、能力まで使って俺に会いに来る理由はないだろ?」

「そ、そんなことないよ? で、でも今は助けてほしいの!」

「なにが――っ!? こっちだ」

 なにがあったと言い切る前に、俺は火鷹と白鳥。それに秋蝉先輩を連れて駆け出す。

 真宵後輩には言うまでもない。同じように俺と走り出していたからだ。

 歩いていた方向から転換し、学校から遠ざかるように駆ける。

 何回か路地を曲がり、電柱に身を隠すようにしてから俺たちは止まった。

「……どうされましたか?」

「敵襲だ。助けてほしいってそういうことか」

 電柱から周りを見渡しつつ、火鷹の問いに答える。

「て、敵襲って能力者ッスか?」

「そうだ。理由はわからねぇが、どうやら狙われてるのは秋蝉先輩だけじゃねぇみたいだな」

 敵の狙いは秋蝉先輩だけでなく、白鳥みたいな能力を持たないがそれに関わっている人間を含めた、俺たち五人だ。

 能力の有無は関係なしに、能力を知っているかどうかで標的を定めているらしい。

 能力者から逃げるためなら、秋蝉先輩が能力を使うことも仕方ない。

 だいたい、俺は能力を使うなとは言っていない。

 それはけじめみたいなものだろうな。

「いつから狙われてたんだ? 秋蝉先輩」

「い、いつからって、家を出たらいきなりだよ。いきなり電柱に穴が空いて、怖くなって逃げてきたの」

「電柱に穴が空いた、か」

 それだけでは相手がどんな能力を使っているか判断するのは難しいだろう。

 単に穴を空ける能力なのか、遠距離からなにかを撃ち込むような能力なのか。

 超能力についての知識がない俺に判断はできない。

 波導なら穴を空ける、すなわち突貫系のものは雷系統の波導だと判断することができる。

 こんなときにアウルがいてくれれば、まだ状況は良い方向に転がっていたかもしれない。

「火鷹、電柱に穴を空けるような能力についてなにかわかることはあるか?」

「……超能力というのは似ているようなものでも、決定的に違うものが多々あります。物体に穴を空ける程度の情報で判断するのは難しいですね」

 やっぱりか。波導みたいに属性ごとに効力が分別されていれば、簡単に見抜くことができる。

 敵の能力がわからない以上、今はなにもないとはいえ、迂闊に動くわけにはいかない。

 わかるのは遠距離から攻撃が可能ということのみ。

 秋蝉先輩が合流した瞬間、背後からなにかが迫ってくるような感覚がした。

 背筋に悪寒が走る、嫌な感覚。

 どうにもこの感覚はもどかしい。

 異世界で最強の力を持ってそれを使っていたがために、敵の使っている力がすぐに判断できないのはもどかしいのだ。

「白鳥は俺から絶対に離れるな。抱きついとけ。変な意味とかじゃなくて真面目な話だ」

「わ、わかったッス。でもそれだと兄貴の邪魔にならないッスか……?」

「他人の余裕を気にするのは自分に余裕のある奴がやることだ。お前が気にすることじゃない」

 白鳥が抱きついた程度で動きが鈍くなるかと訊かれれば、鈍くなるとしか言いようがない。

 何回もいうが今の俺の肉体は普通の学生のものだ。

 いくら女の子といえ、抱きつかれれば動きが鈍くなるのは当たり前だ。

 それでも白鳥ひとりくらいなら、なんとかカバーすることはできる。

「遠距離型……。風系統の波導のように探知型の能力がないのでしたら、敵は私たちの姿を確認できる位置にいるでしょうね」

 真宵後輩も同じように辺りを警戒しながら、俺にそう言ってくる。

「だが相手はひとりとは限らねぇ。そういう能力を持つ奴、そして遠距離攻撃が可能な能力を持つ奴がいれば、俺たちが見えてなくとも攻撃は不可能なことじゃない」

「しかしそうなのでしたら今ここで待機していようと、攻撃が可能ではないですか?」

「確かにそうだな……」

 探知型の能力者がいれば、壁を撃ち抜くことができる遠距離からの攻撃で、電柱に隠れてる俺たちを貫くことができる。

 それはつまり、やらないのではなくやれないということを意味している。

「そうなると探知型の能力者の線はなし。敵は俺たちを視覚できる位置にいるってことか」

「今は私たちを見失っているのでしょう」

「いつ背中を撃たれるかわからねぇんだ。能力者はここで潰しておくべきだな」

 とはいえ、敵の位置がわからないのもまた事実。

 こういう場合は高い建物から狙うのが定石だが、あいにくとこの町にはそこまで高い建物はない。

 前に俺と秋蝉先輩が戦った廃ビルも高いといえば高いが、そこまで広範囲を見渡せるような高さではない。

 さてさて。どうやって敵を見つけ出すべきか。

 こっちには非戦闘員が少なくともふたり。戦わせるには不安が残るのがひとり。まともに戦えるのは俺と真宵後輩だけ。

「……すごいですね」

「あ? なにがだよ」

「……たったそれだけの情報からそこまでの仮説を立てるその観察力、考察力。並大抵ではありませんよ」

「まぁ。だてに何回も死にかけちゃいねぇさ。この程度がわからなかったら生き残れやしねぇよ」

 素直に感心している火鷹に俺は言う。

 異世界においてはこの程度、日常茶飯事どころかほどんど常時だといっても過言ではなかった。

 常に意識を研ぎ澄ませ、周りを警戒していなければ俺は今こうして、普通の日常を送るなんてできなかった。

 それが五年間も続いたんだ。

 この程度のことで自慢する気はない。

「探知波導、使いましょうか?」

「やめとけ。お前、監視員なんかついたら嫌だろ?」

「当たり前です。不快です」

「なら使うな。他にも手段はある」

 風系統の波導を使えれば一番簡単なんだが、真宵後輩にも監視員がついたら、監視員の方が心配だ。

「とりあえず潰しにかかろうか。白鳥、ちょっとばかし危険になるが、どうする? 自分で抱きついとけって言った手前、離れろって言えねぇんだ」

「ウチは兄貴についていくッス!」

「そこは離れてくれると助かったんだがな。……まぁいいか。どっちにしろ同じだし」

 感覚的に攻撃が来るタイミングがわかる。だからそこまで白鳥に危険が及ぶことはない……はず。

 さらに俺の予想が正しければ、今からやることで敵の居場所を掴むことができる。失敗したらまた走らないといけないけどな。

 あえてそこは言わないでおくとしようか。

「秋蝉先輩。能力、使えるか?」

「ふぇ? 使えるけど、使っていいの?」

「いいもなにも俺は使うな、なんて言ってねぇだろ。つーか今は使ってもらわねぇと困る」

「う、うん。なら使うけど、どうすればいいの?」

「簡単だ。俺が道路の真ん中に立つから、その周りに鋼糸ワイヤーを張り巡らせるだけでいいんだ。強度は最高にしてくれ」

「わかった!」

 秋蝉先輩は両手の拳を握って気合いを入れるポーズをとると、その両手を翼のように広げる。

 視力を強化すると、秋蝉先輩のワイシャツから鋼糸ワイヤーが張り巡らされていくのを見ることができた。

 ちなみに俺は夏服だが、今はまだ夏服移項期間――夏服でも冬服でもいい――で、秋蝉先輩は冬服を着用している。

 ブレザーの袖から鋼糸ワイヤーが出ていく様子は、やはり蜘蛛のようだ。

 隙間がないほど鋼糸ワイヤーを張り巡らせたのを確認した俺は、白鳥と一緒に道の真ん中に立つ。

「兄貴……」

「最初に言っとく。当たっても文句言うなよ?」

「えぇぇっ!? そこは『お前のことは絶対に護ってやるよ』とかいう展開じゃないッスか!?」

「俺がそんなこと言うように見えんのか?」

「言ってほしかったッス……」

 そんなことを言いつつも白鳥の表情からは不安が消えている。

 すごく不安そうにしていたからな。以前のこともあって、こんなことをやるのが不安に違いない。

 それでも俺に抱きついたままなんていう危険な選択をしたのは、自分でいうのはおかしいが、信頼されているからだろう。

 そんな信頼、寄せられても困るんだけどな。

 もう俺は勇者でもなんでもないんだ。必要以上の期待と信頼はしないでもらいたい。

 それにしても、まだ来ないのか。

 正直に言うとこの体勢は端から見たらただのイチャイチャしたカップルみたいな光景だ。

 道の真ん中で抱き合う男女。ご近所から奇怪な目で見られること間違いなし。

「――――来るか」

「えっ?」

 風の流れが変わった。

 俺たちの背後から、また同じ背筋を駆け抜ける悪寒。なにかが迫ってくる感覚。それが鋼糸ワイヤーによって受け止められていた。

 金属同士が擦れ合う耳障りな音が、本来ならなにもない場所から響く。

 右手に氷系統の波動を集中させ、その場所の中心を裏拳で殴り付けた。

 するとどうだろう。

 鋼糸ワイヤーもそうだが、俺が殴り付けたそれも凍結し、視覚できるようになった。

 凍結したそれは空気に反射でもするように、辿ってきた道を・・・・・・・そのまま戻っていく・・・・・・・・・

「ビンゴ」

「ど、どういうことッスか?」

「簡単なことだ」

 敵が座標を決めてそこだけ・・を攻撃していたのならば意味はなかったが、あくまでもこれは軌道を描くタイプの攻撃だ。だったらそれを打ち返してやればいいだけのこと。

 見失う可能性もあり、氷系統の波動を流して凍結させて見失わないようにした。

 真っ直ぐの軌道を描くタイプのものは、それ以上の力で同じ方向に寸分もたがわず打ち返せば、それを撃った本人にたどり着く。

「……そうは言いましても、そんな簡単にできることではありませんよ?」

「それができるのが俺だ」

「……妙に説得力があるのはなぜでしょうね」

 火鷹に呆れられてしまった。

「これで敵さんも俺に逆襲されるってわかったはずだ。どうする? こっからは安全な道のりになるぜ?」

「どうする、とは学校に行くかどうかということですか? かしぎ先輩」

「当たり前だ。いろいろ異常なことがあって忘れかけてるかもしれねぇが、このままだと遅刻だぞ」

「遅刻!? ど、どうしよう、今から走って間に合うかな、みーちゃんっ!」

「そこでウチに振るんスか!? まぁ、間に合うんじゃないッスかね?」

 いきなりぎゃあぎゃあ騒ぎだす白鳥と秋蝉先輩。

「で、どうすんだよ。俺と行くのか、学校に行くのか。どっちでもいいから早く決めろ」

「兄貴と!」

「冬道くんと!」

「やっぱ面倒だから学校行け。正直いうと邪魔だ」

「えぇぇ!? どっちでもいいって言ったじゃないッスか、兄貴っ!」

「ついてくると思わなかったんだよ」

 白鳥はともかく、秋蝉先輩までついてくるなんて思うはずがないだろ。

 なんで秋蝉先輩はついてくるなんて言うんだ。黙って学校に行ってろよ演劇部。

「あまり時間をかけると逃げられるのではないでしょうか? 居場所を捕まれたのですから、そこにとどまる道理もありませんから」

「そうだった。俺は行くから、ついてきたいなら勝手についてこい。ただし、俺は普通の道は行かねぇからな?」

「……なら、どこを行くつもりですか」

「どこをって決まってんだろ」

 足の裏に波動を集中させて、膝を曲げる。

「壁とか屋根の上だ」

 言うと同時に俺は踏み出し、俺が先ほど殴り飛ばしたものと同じ道をたどり始めた。


     ◇


(また見失った……。あいつら、どこ行った?)

 二階建ての学習塾。周りの建物よりも若干高いその屋上に、ひとりの男の姿があった。

 狙撃銃ライフルに取り付けられたスコープから世界を見渡す。

 世界といっても、あくまでもスコープから見る世界というだけで、それを覗けば好きな場所を覗けるというわけではない。

 無造作に切り揃えられた髪を風に揺らされながら、狙撃しようとしていた標的を探す。

(……ったく。なんで俺がこんなことを……)

 かれこれ三〇分以上もうつ伏せで狙撃銃ライフルを構えていたことで、身体中が凝り固まってきている。

 引き金から指を離さないまま、男は首を動かす。

 彼の標的というのは、数週間前に事件を起こした演劇部の三年生、秋蝉かなでだ。

 一度は彼女のことを見つけはしたものの、相手が女の子ということもあり、狙いがずれて狙われていることを気づかせてしまった。

 マズイ、と思ったがすでに遅し。

 超能力関係の人間には広まってしまった危険度最高ランクの男、冬道かしぎと合流されてしまったのだ。

 波導などという超能力以外の異常。

 それを持つ冬道は、今や危険度最高ランクに認定されるほどだ。

 もちろんたかが超能力以外の異常を持つだけでそこに至るわけではない。

 それを使いこなし、能力者相手に苦もなく勝利したことがその要因となっている。

(下手に撃ち込んだら位置、バレるよな……。冬道かしぎにバレるのは厄介だ。その前にどこ行ったかわかんないし……)

 彼としてはこのまま引き上げて冬道に関わらないようにしたいのだが、目的が目的なために引き返すことができない。

(なにが秋蝉かなで、及び、冬道かしぎを殺せだよ。普通に考えたら殺人罪だろ……。ふざけんなよ、クソ生徒会長)

 男は生徒会長の顔を思い浮かべたが、それを頭を振って忘却の彼方に追いやる。

 超能力関係の人間でこういうことを考えられる辺り、まだ『人間』としての考えが残っているようだ。

(……っ!? 出てきやがった、冬道かしぎ……っ! ってあれ? 他の女の子もいる?)

 自分たちよりずっと化物じみた強さを持つ男が出てきたかと思えば、その隣には金髪の女の子、白鳥瑞穂がいる。

 秋蝉とは違う、先ほど冬道と合流したときに一緒にいた女の子だった。

 他にもふたりほどいたはずなのだが、出てきたのは冬道と白鳥のみ。

(逃がしたのか? まっ。俺としてはその方がいろいろと助かるよ)

 改めて照準を定める。

 狙いは冬道と白鳥の頭の上を・・・・通りすぎるように・・・・・・・・

 ふたりは未だに動こうとしない。なにかを待っているのかもしれない。

 が、男は別のことを考えていた。

(なんだよ、見せつけやがって。見せつけんなっつうの。……べ、別に羨ましくなんかないんだからっ!)

 ひとりでやってて虚しいや、などと思いながら狙いは変えない。

 もともと、彼は誰かを殺すつもりはなかったりする。

 ましてや他人に頼まれたことで殺人を犯すほど、他人に考えを左右されるつもりはない。

(生徒会長には悪いけど、俺は嫌なんだよ。殺人をするのは。例え相手が化物でも、さ……)

 引き金を引いた。

 狙撃銃ライフルから弾丸が放たれ、壁を反射しながら冬道に向かっていく。

 冬道が波導使い、秋蝉が能力者であることを知っている以上、彼も能力者であることは明白だ。

 秋蝉かなでが鋼糸ワイヤーを操ることができるように、男も弾丸を操ることができるのだ。

 操るといっても撃つ瞬間に軌道を想像すればその通りに撃てるだけで、撃ったあとは普通の弾丸と同じだ。

 そう。撃ったあとは・・・・・・普通の弾丸と同じ・・・・・・・・なのだ。

「はぁ!? 打ち返しやがった!?」

 スコープから目を離した男は間抜けな声を上げてしまっていた。

 いくら相手が化物とはいえ、誰が弾丸を殴り返すなどと思うだろうか。

 しかも男が描いた軌道から寸分もたがわずにだ。

 これに驚けないはずがない。

 男は狙撃銃ライフルのことなど構いもせず、自分の身を投げ出すようにしてその場から逃げ出す。

 次の瞬間。狙撃銃ライフルの銃口にそのまま戻ってきた弾丸により、その本体が大破した。

「嘘だろ……? あり得ねぇ」

 乾いた笑いしか出てこない。

 弾丸を殴り返して逆に狙撃銃ライフルを破壊する奴がどこにいるのだろう。

「残念ながら嘘じゃあ、ねぇんだな」

 そして。

 いったいどこにいるのだろう。

 殴り飛ばした弾丸のあとを追って、狙撃手スナイパーの居場所を突き止める男が。


     ◇


「お前か。敵さんは」

 俺は目の前で無様な格好で倒れている男を見下しながら、苛立ちを隠さずに言い放つ。

 そいつは私立桃園高校の生徒だった。

 夏服か冬服の違いこそあるが、同じ高校の制服を着用している。

 髪を無造作に切り揃え、整った顔立ちを苦虫を噛み潰したように歪めている。

「嘗められたもんだ。お前、撃つんならちゃんと狙えよ。ふざけてんのか?」

「狙いを外されてキレられるなんて思わなかったよ」

「あ? 俺はそういう『わざと外してやった』っていう無駄な気遣いがムカつくんだよ」

 俺は男に一歩だけ踏み込み、首飾りを握る。

「げっ。と、冬道! さすがにそれはタンマ!」

「あ? なんで俺の名前、知ってんだよ。つーかお前、どこの誰だ」

「俺は不知火しらぬいみなと。じゃ、そういうことで。失礼するよ」

「誰が帰すって言ったバカ」

 俺は勝手に帰ろうとする敵、不知火みなとの背中に言葉を投げつける。

 逃げようとしていた不知火は、壊れたブリキ人形のように俺の方に向き直る。

「人のこと狙っといて、帰れると思ってんのかよ」

「……やっぱり、だめですか?」

「当たり前だ。また狙われたらたまったもんじゃねぇ。ここで潰す」

 復元言語を復唱し、首飾りを天剣に復元させる。

 右手で天剣の柄を軽く握り、不知火に歩み寄る。

 潰すといっても秋蝉先輩のときと同じで、殺すような真似はしない。

 俺たちに手を出したらどうなるか、それを身を持って知ってもらうだけだ。

 ……なんか悪役みたいだな、俺。

「……仕方ない。やるしかないみたいだな」

 不知火は腹を決めたように俺を睨み付けると、手を後ろに回しながら立ち上がる。

 なんだなんだ、なんなんですか? この展開は?

 これではまるで本当に俺が悪役みたいではないか。最初に撃ってきたのは不知火だというのに、どうしてあいつが主人公みたいなことをやっているんだ。

 意味がわからないぞ。

 どうして俺が悪役を演じないといけないんだ。……確かに悪役みたいな言い方や考えはしていたけれども。

「まぁ。悪役も悪くはねぇか」

 俺が呟くと同時に不知火は二丁拳銃を俺に突きつけてきた。俺は拳銃には詳しくないため、どのような名前なのかはわからない。

 構えてから一瞬の間も置かずに引き金が引かれる。パチンコ玉のように小さな鉛玉が銃口から放たれ、真っ直ぐに俺に向かってくる。

 今回は紛れもなく俺の胸元を狙って撃たれている。

 普通なら見極めることはできないが、今の俺からすればそれを避けるのは造作もないこと。

 天剣の柄をもう少し強く握り軽く二振り。ふたつの鉛玉を真っ二つに切り裂く。

「やっぱり通じないか!」

 早撃ち。俺がわずかに不知火から意識を外した瞬間に、さらに引き金を引いている。

 銃器というものは誰しもを平等に強くする。

 引き金を引くという簡単な動作で、平等に命を奪う一撃を放つことができる。

 それが利点であるように、弱点もある。

 真っ直ぐにしか撃てないのだ。どれだけ銃器を使う技能が上がろうと、弾丸の軌道を曲げることは不可能。

 だがしかし、それを可能にする力があるとすれば、その唯一の欠点はなくなる。

 そして超能力は、それを可能にした。

 銃口から放たれた弾丸は真っ直ぐではなく、勢いを殺さないまま弧を描くように俺に迫ってきている。

 両側から三発ずつ。真っ直ぐに放たれたときとなんら変わらない速度と威力。

 超能力というのは、こんなこともできるのか。

「――――それでも、その程度」

 俺を中心に冷気が渦を巻き、氷壁ひょうへきが形成された。

 波導で作り上げた物体は、流し込む波動によりその完成度は最強にも最弱にもなる。

 勇者補正とでもいうべきか、まぁ、異世界で魔王を倒せるほどの実力があるのだから、弾丸を防ぐ程度は息をするのに当たり前なことだ。

 氷壁に被弾した弾丸は氷を削ることもなく、コンクリートにでも当たったかのように跳ね返る。

 あぁ、そういえば前もこんなことしたな。氷壁を自分の目の前にも作って、敵を見失うようなことを。

 氷壁を崩せば不知火の姿はそこにはない。

 目だけを動かして周りを見渡し、俺の足元から伸びる影が変化していることに気づいた。

 太陽が交通違反を起こして速さを上げたなら別だが、あいつはとことん速度は守るからな。そんなことはしない。

 なら考えられることはひとつだけ。

「――――ったっ!」

 声が上から聞こえた。

 そう。あろうことか不知火は二丁拳銃を使いながらも、俺に接近戦を挑んできたのだ。

 バカな奴だ。俺に接近戦を挑んだことがではなく、声を出してろうとしてしまったことがだ。

 声を出さなければ、並大抵の相手であれば少しは反応が遅れたはずだ。

 今の行動は、相手を助けたにすぎない。

 もっとも。

 俺を相手にするのなら、太陽を背後にして目眩ましを使ってもその程度では全くの無意味だ。

 体を捻るようにしながら、天剣を真上に思いきり振り上げる。

「なっ!? ぐっ……っ!」

 俺が最も得意としているのは氷系統の波導だが、使える波導は他にもふたつある。

 風系統と光系統の波導。

 普通の高校生の身体能力しか持たなくとも、風系統の波導を使えば風圧で空中にいる不知火の体を吹き飛ばすくらいわけがない。

 風圧で吹き飛ばされた不知火は、落下防止の柵に背中を強打し、うめき声をあげていた。

 しかしどうやら不知火みなとという男は、転んでもただでは起き上がらないらしい。

 不知火は風圧で吹き飛ばされる瞬間、俺の胸元を目掛けて、引き金を引いていたのだ。

 殺す気はなかったのだろうが、咄嗟の反応でそうしてしまったに違いない。

 ただそれも、異世界にいた頃の俺であれば、全盛期の俺であれば、至近距離での一撃にも対応できただろうけれど、今の俺では不可能だ。

 重心をずらして、なんとか致命傷は避けたものの、右肩を弾丸が貫いた。

 皮を、筋肉を、神経を抉り、まるで焼かれたような鋭い痛みが駆け抜けた。

 さすがにこれは痛いな。剣で肩からざっくり切り落とされたり、内蔵を握り潰されたりしたことはあったが、銃弾で撃ち抜かれたのは初めてだ。

 そうなると慣れというのは恐ろしい。

 肩を切り落とされたり、内蔵を握り潰されたりするよりも、銃弾で撃ち抜かれた痛みの方が苦痛に感じるとは。

 それでも。動けないというほどではない。

 片手を床につけ、両足を揃え、体勢を低くする。俗にいうロケットスタートの体勢だ。

 両足の裏に波動を集中。そして爆発。

 まるで体が弾丸にでもなったように、未だに立ち上がらない不知火へと向かう。

 右手に構えた天剣を銅払い。

「くっ、速い……っ!?」

 俺を見た不知火がとっさの判断で体を捻り、その場から回避する。

 天剣は空回りし、不知火の代わりに柵を切り裂く。

「逃げんなよ」

「無茶言うなよ! 殺す気か!」

「人のこと撃っといてそりゃねぇだろ」

「うぐっ……。そう言われると返す言葉がない……」

「だから大人しく斬られとけ」

「それは嫌だ!」

 文句の多い奴だな。撃ったんだから斬られる覚悟があるってことだろ。

 俺からすればこれは正当防衛だ。斬ったところで問題はない。

 ……まぁ。俺も不知火も銃刀法違反だけど。

「アンタには悪いけど、ここで斬られるつもりはない。最初に撃っといておかしいけど、切り抜けさせてもらうぞ!」

 またも早撃ち。二丁拳銃の弾倉に残された弾丸を撃ち、さらにそこに弾丸を詰め込み、早撃ち。

 その動きには一切の無駄がなく、まるで、流れるような動作だった。

 弾丸は弧を描き、文字通り四方八方から迫る。

 芸のない奴だ。防がれるとわかりながらどうして無駄弾を使うのやら。

 波導を使うのでなく、天剣を振るい、単純にすべての弾丸を切り裂く。

「ここだ!」

 天剣を振り抜いた体勢の俺に、不知火は飛び込んできた。けれど、甘い。そんな単調な動きが見切れないはずもない。

 柄を握っていない逆の腕で、飛び込んできた不知火の腕を掴みあげ、そのまま投げ飛ばす。

 宙に体を投げ出された不知火は、持ち前の早撃ちと弾丸の軌道を操る能力を使い、俺に八発の弾丸を撃ち込んでくる。

 かしゃん、と天剣の柄を両手で握る。この弾丸が能力の使われていない、純粋なものであったなら、ここで俺の行動は避けるを選んでいただろう。

 けれどこれは能力によって軌道がイメージされ、狙われたものだ。俺が避けて後ろから撃ち抜かれたらたまったもんじゃない。

 だから俺は、天剣を振るって全ての弾丸を斬り落とした。ただでさえ一発受けちまったんだ。もう油断なんかしてられない。

 不知火は未だに宙にげ出され、体勢を整えることができていない。

 両足を揃え、ロケットスタートの要領でそんな不知火に真っ直ぐに飛び込み――顔面を掴みあげる。

「ぐっ……っ! この……っ!」

「大人しくしてやがれ」

 抵抗しようとする不知火の手から二丁拳銃を弾き飛ばし、そのまま壁に叩きつけた。

「が……っ!」

 あまりの衝撃に不知火が呻き声を漏らす。そんな不知火の頭をさらに締め上げる。

 さて。

 ここからは言葉はいらない。なんせ、あとは俺が天剣を不知火に突き刺すだけでそれで終わりなのだから。

 しかしどうしたものか。異世界では誰かを殺したとしても、それが当たり前だっただけに、大した問題にはならなかった。

 だがこっちの世界では殺しは罪になる。

 ここまで派手にやっておきながら今さらだが、こいつを殺したところで、俺にはなんの得がない。

 そもそもこいつが俺たちを狙わないならば、こんな風に、戦う必要すらもなかったんだ。

 つーか、不知火に俺たちに手をだしたらどうなるかを身をもって知ってもらおうと思っただけで、殺す必要はなかったんだったな。

 それに、不知火は最初から俺たちを殺すつもりなんて、なかったんだ。殺すつもりだったなら、最初の一撃をわざわざ外す必要がない。

 俺たちを殺せと誰かに命令され、仕方なく戦って殺したくないからわざと負けておく――というのが妥当なところだろう。

 なら不知火なんて、ここで相手にする意味がない。誰がこいつに俺たちを殺すように言ったのか、その張本人を探す方がいいだろう。

「不知火。お前、誰に俺たちを殺すように言われた?」

「それ……は……」

「それは?」

 俺は言いながら、不知火が手を伸ばした先に天剣の切っ先を突き刺した。

 どうやら他にも銃を忍ばせていたらしい。今の一撃で、銃としての機能を完全に失っていた。

 とりあえず不知火を離してその場に降ろし、首に天剣の切っ先を突きつける。

「さっさと言え」

「くっ……言ったら、どうする気だ……っ!」

「決まってんだろ。またこんなことされんのもめんどくせぇからな。そいつを潰すだけだ」

 俺がそう言った直後、背後から気配が現れた。

「ミナから離れなさい!」

 そんな強気な声が聞こえた。振り返れば、そこには私立桃園高校の制服を来た女の子がいた。

 ミナとは不知火のことだろうから、この女の子は不知火と関係がある。つまりは能力者、ということか。

「お前は不知火の仲間だろ。ちょうどいい、こいつに俺たちを殺すように言った奴を教えろ。どうせ、こいつの意思じゃねぇんだろ?」

「なんでアンタなんかに……っ! いいからミナから離れなさい!」

 その女の子は俺に向かってくるのかと思えば、近くにあったガラスに触れ、その場から姿を消した。

 いや、正確に言うならガラスに吸い込まれたと言った方がいいだろう。

 すぐ目の前にあった気配が一度消えたかと思えば、すぐ真後ろ――不知火の方からもう一度現れた。

「超能力ってのはなんでもありだな」

 俺は瞬時に間合いを埋め、不知火を助けようとしていた女の子の頸動脈に、天剣を当てる。

「俺たちを殺すように命令した奴に言っとけ。俺に絡むのをやめねぇんなら、潰してやるってな」

「……わかったわよ」

「そうかい。なら、どっかに行っちまえ」

 俺は天剣を首飾りの形に戻して、踵を返す。背後から狙われるという可能性もないとは言い切れないため、俺は一応は警戒しておく。

 その警戒も必要なかったようで、不知火と女の子のこの場から気配が消えた。

 本当に、超能力ってのはなんでもありだな。

「先輩!」

「あ? 真宵後輩か。ずいぶんと遅いご登場だな」

 階段を下りようとして、上ってきた真宵後輩と遭遇した。心なしか、息が切れているように見える。

「敵はどうしたんですか?」

「倒したよ。でもまぁ、殺したわけじゃねぇ」

「では敵はどこに?」

「あいつらは自分から俺たちを殺そうとしたわけじゃない。俺たちを殺そうとした奴は他にいるからな。伝言を伝えてもらうために逃がした」

 同じ私立桃園高校に通う生徒同士である以上、俺たちを殺そうとした元凶もそこにいると考えていい。

 だがそれは、翔無先輩ではないということは明らかだ。あの人は俺が危険だと言いながらも、決して殺そうとはしなかった。

 それにあの場には火鷹もいた。翔無先輩が仲間を傷つけるような真似をするとは思えない。

 つまり、翔無先輩以外の能力者が、まだ私立桃園高校にいるということになる。

 俺たちを危険視し、その危険性を取り除くために殺そうとしてきた、能力者が――

 そこまで考えて、俺の体から一気に力が抜けた。

「やべぇ。また筋肉痛だ」

「緊張感のない先輩ですね。それと、早く肩の治療をしましょう。肩に穴が空いていますけど。なんですか? 油断しましたか?」

「油断は……してねぇって言ったら、嘘になる」

「死んでください」

「死なねぇよバカ」

 たしかに油断はあった。完全に不知火を嘗めきってた。

 異世界で戦ってきた俺からすれば、不知火なんて『戦い』を知らない素人だと、そう思っていたからだ。そんな慢心して戦った結果が、この様だ。

 俺は忘れちゃいけないことを忘れていた。たったひとつの油断が、これほどまでにない決定的な死に繋がるということを、忘れていたんだ。

 異世界で戦ってきて、俺はなにを学んできたんだ。

 ……違うな。異世界では必死すぎて、いつだって、油断なんかしている余裕がなかったんだ。

 戦うときはいつだって、死と隣り合わせだった異世界での戦いを経験した俺にとって、こっちの戦いは甘すぎる。ぬるま湯に浸かっているようだ。

 だから余裕が生まれた俺のなかで、油断が生まれた。

 異世界では誰しもが敵わなかった魔王を倒した、最強の勇者が俺が負けるはずがないという慢心。

 けれど、今の俺に――いや、今の俺にも慢心する余裕なんてものはない。

 今の俺は、かつて魔王を倒した『最強の勇者・・・・・』ではないのだから。

 肉体がイメージした動きについていけていないのが、いい証拠だ。

 真宵後輩に死ねって言われるのも、頷ける。

「あ、兄貴!?」

「と、冬道くんが血だらけ!?」

 そんな声で俺は、思考の渦から帰還した。

 真宵後輩よりも遅れて階段を上がってきた、白鳥と秋蝉先輩のものだ。

 ……って、ちょっと待て。なんだかこの展開には見覚えがあるんだが。

「兄貴! 死んじゃだめッス!」

「白鳥、ちょっ、待――」

 俺が言葉を言い切る前に、代わりに断末魔の叫びが響き渡った。





 ◇次回予告◇


「むぅ。そろそろ慣れたと思ったんだけどねぇ」


「……嘘ですよ?」


「シリアスな雰囲気をぶち壊しだよ。まっ、ボクもシリアスはあんまり好きじゃないからねぇ。その方が助かるよ」


「……今朝のことですが冬道かしぎ、及び、秋蝉かなでが襲撃されました」


「はっはー。不知火くん? へぇ。『生徒会長の番犬』って呼ばれてる彼がかっしーに?」


「……右肩が弾丸により貫かれ、襲撃者は逃走しました」


「白鳥、お前。少しは学習しやがれ」


「穴が空いていたのですから仕方がありません。筋肉痛程度で済んでよかったではないですか」


「……かっしーさん。雪音さんから伝言を預かってきています」


「裸ワイシャツ。男子が女子にそういう幻想を抱くように、女子も男子の裸ワイシャツにはいろいろと考えることがあるのです」


「……縄と鞭と三角木馬を用意して待ってるとも言っていました」


「お前の暇潰しのために秋蝉先輩を気絶させかねない発言すんじゃねぇ」


「……私、マゾですから感じてしまいます」


「お前が美少女だということは認めるが嬉しくねぇ」


「……キスを、しましょう」


 ◇次回

  2―(5)「呼び出し」◇


「キスがしてぇなら、いつか俺の方から言ってやるよ。それまでとっとけ、ファーストキスをよ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 一応、改訂が終わりました。

 1―(9)から大幅に変わっていますので、見てもらえると嬉しいです。

 今回の話も出来る限りは改善しましたので、まだ納得のいかないところがありましたら、言ってください。

 以上、ぱっつぁんからでした。



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