2―(2)「監視員」
風紀委員長、翔無雪音に会った次の日。何事もなかったように俺は学校に登校、席についていた。
廊下側の一番奥の席に視線を向ける。そこには座っているべき人物の姿がなかった。
今は同居している能力者であるアウルは朝、俺が起きたときにはすでに家にはいなかった。
ひとりで登校したのかと思えば姿はどこにもない。
そう言えば翔無先輩に会ってからずっとなにかを考えてたっけな。
翔無先輩は間違いなく能力者だろうし、なにか思い当たることがあったに違いない。
……あの微妙にイラつく翔無先輩になにがあるのかはわからないけどな。
頬杖をつきそんなことを考えていると、後ろから誰かに体重をかけられた。
さらには背中に押し付けられるふたつの柔らかいもの。
何回言えばこいつはやめてくれるんだか。
「おはよー冬道。珍しく今日は早いじゃんか。何かあったのか?」
「珍しくは余計だ。それと重い。女が男に軽々しく抱きつくもんじゃねぇ。何回も言ってるだろ。」
「いいじゃねぇかよー。あたしと冬道の仲じゃん」
「お前が嫌じゃないなら別にいいよ」
「じゃあいいよな。あたしはスキンシップがとれて、冬道はあたしの胸の感触を楽しめるんだぜ? 一石二鳥じゃねぇか」
「……退け」
自分でも驚くほど冷たい声で言い放つと、柊はしぶしぶ俺から退いてくれた。
「冬道は女の子の胸には興味ねぇのか?」
「興味なくはねぇ」
「興味あるようには見えねぇんだけど?」
「日頃から胸に興味津々な奴がどこにいるってんだ」
だいたい俺は精神的には二十一歳なんだよ。
体が元に戻る際に精神もそれ相応にはなったみたいだが、それでもある程度は大人びている。
思春期も抜けた以上、そんな女の子の胸についてずっと考えてるわけじゃない。
「つーか珍しく来るの遅かったじゃねぇか。お前の方こそなんかあったんじゃねぇの?」
「えっ? あー……いや、えっと」
「言いにくいことなら言わなくていいっての。別に言わなくても気にしねぇし」
「お前は少しくらい他人に興味持てよなー。無愛想すぎやしねぇか?」
「仕方ねぇだろ、そういう性格なんだ。クラスにひとりかふたりくらい友達がいりゃ、どうってことねぇし」
「その友達とは」
「お前と両希」
「そんな正面から言われたら照れんだろ!」
「がっ!? ごほっごほっ……」
まさかいきなり背中を殴られるとは思わなかった。
照れ隠しに殴るなよ。殴るにしても手加減してくれ。体は普通なんだからさ。
「だ、大丈夫か!? わりぃ、強く叩きすぎた」
「いてぇよバカ。なんだその馬鹿力は」
「そ、そんなに痛かったのか……?」
俺の顔を覗きこむ柊の表情はかなり心配そうだった。瞳が潤み、今にも泣きそうだ。
こ、こいつってこんな性格だったか?
いつもなら「男のくせになさけねぇぞー」とか言うはずの展開なのに、どうして泣きそうになってるんだ。
たった数日で女らしくなったのか? なんでもいいけどやりにくいな。
「大丈夫だっての。そこまで心配すんじゃねぇ」
「……うん」
え、えー……。なんでここまで落ち込んでるんだ? いつもの勝ち気な柊はどこに行ったんだ?
柊に落ち込まれると調子が狂うな。
俺はそれをごまかす意味をこめて頬を掻きながら、落ち込む柊にいう。
「なにか悩みでもあるのか?」
「へ?」
「いや、だからさ。お前が落ち込むなんて珍しいから、なにか悩みでもあるんじゃねぇかと思ったんだよ」
「冬道。あたしのこと、心配してくれるのか……?」
「友達なんだから当たり前だろうが」
そう言った直後、クラスの空気が固まったような気がした。……なぜだ?
「ぷっ……くくく。あはははは! と、冬道が友達だからって心配してくれてる!」
「笑うところじゃねぇよな?」
周りを見ればクラスの何人かも笑っている。
まさか俺ってクラスの皆から「……友達なんか必要ねぇ」とかいう奴だって思われてたのか?
さすがにそこまで薄情じゃない。友達はひとりかふたりくらいいればいいとは思ってるが、いなければいいとは思っていない。
それに、心の底から友達がいらないなんて思ってる奴はそうとう痛い人間の考えだ。
人間、ひとりじゃ生きてはいけないからな。
「げほっげほっ、やべ、腹いてぇ……」
「よし。歯、食いしばれ」
「冗談だって。ありがとな、冬道。少しだけ楽になった気がするよ」
「そうかい。そりゃよかった」
これが柊の魅力なんだよな。
常に前向きで周りも巻き込んで笑顔にしてくれる、天真爛漫なものとはまた違う元気な笑顔。
この笑顔で不意打ちをされて心を奪われた人間が何人いるのやら。
「それでなんで今日は早かったんだ?」
「特に意味はねぇ。なんか目が覚めて、真宵後輩も早く来たから早く来ただけだ」
「気まぐれだな、お前も。なんかいいことでもあったんじゃねぇか?」
「いいことなんてなんもねぇよ。昨日は翔無雪音とかいう風紀委員長が出てきたし」
「翔無、雪音……っ!?」
「あ? どうしたんだよ」
翔無雪音の名前を出した途端、どうしてか柊の顔が強張った。
しかもこの顔、俺たちみたいな人種の顔つきだ。
「そ、それで何を言われたんだ……?」
「風紀委員に入れとか言われた。もちろん断ったけどな。やってらんねぇし」
「そ、そうか。……よかった」
「お前、本当にどうしたんだ? 冗談抜きで悩みあるんなら相談に乗るぜ?」
「な、なんでもねぇよ! 気にすんじゃねぇ!」
柊はツンデレだな。でもあんまり『ツン期』が長いと愛想尽かされるからほどほどにな。
「……お前まで巻き込めねぇよ」
その小さな呟きは聞かなかったことにした。
本人としても聞かれたくなかった呟きだろうし、追求されたくないことなんだろう。
俺にだってそういうのはある。
いくら友達でも踏み込めない領域というのがある。誰しもが平等に、抱えているものがある。
今の柊の呟きはそういう類いのものだ。
「あっ。そう言えば冬道」
「あ? なんだよ」
「もうすぐ中間テストだけどお前、ちゃんと勉強してるのか?」
さっきの顔とは一転して、いたずらじみた笑みを浮かべている。
「してねぇ」
「少しは隠せよ……」
「隠したって意味ねぇよ。やってねぇもんはやってねぇんだからさ」
「前向きだな」
前向きとはちょっと違わないか?
「もしかして、テストだから最近は真面目に授業でてんのか?」
「そうだよ。せっかく高校に入学しても赤点取って留年したら意味ねぇだろ」
それでもテスト以外のときにサボってるから説得力は全然ないんだけどな。
「それで勉強、できてんの?」
「……うるせぇ」
「あはははは! やっぱだめじゃん」
「だめって言うな。だったらお前、勉強教えてくれよ。成績いいんだろ?」
「あー……その時期はちょっと……」
全く。どれが触れちゃいけない言葉かわかったもんじゃないな。
どうして勉強を教えてくれって言っただけでそんなに困った表情なんだ。
時期っていうと中間テストは今月、六月の後半。テストの五日前は校則として部活は停止され、さらには学校まで休みになる。
この辺りはちょっと変わっているところだと思う。
しかし、そんななにもないような時期の、いったいなにが問題なんだろうか。
「それなら僕に任せるといい」
「おわっ!? り、両希? びっくりさせんなよなー。心臓に悪いじゃんか」
「そこまでびっくりしたのか」
正直言うと俺もびっくりした。いつの間に来たんだ、お前は。
「話は勝手にこっそり聞かせてもらったぞ。それなら僕に任せるといい」
「……なんか気合い入ってないか?」
「かしぎと一緒なら藍霧さんに会えるかと思ってな」
「真宵後輩は学年が違うから会えねぇよ」
「な、なん……だと……っ!?」
「頭いいけどバカだよな、お前」
学年が違うんだから勉強も一緒にするわけない。
真宵後輩も今は勉強はできないだろうけど、物覚えがいいからすぐに覚えるだろうからな。
「会いたいなら会わせてやるっての」
「本当か!?」
「勉強教えてくれたらな」
「任せるといい」
急に劇画タッチになりやがったぞ。そこまで真宵後輩に会いたいのか。どうせ会ってもたじたじになるだろうに。
まぁ、それはさておき。
俺は柊の横顔に視線を向ける。
相変わらず柊の笑顔は見るだけで元気が沸いてくる。無理してるわけでもなさそうだ。
それでもどうして、そんなに辛そうなんだろう。
◇
いつも通りの昼休みが経過し、すでに放課後。
部活に入っていない俺は学校に残る理由がないため、部活をやっている生徒を横目に帰路につくことにした。
高校に入学したてのときは調理部に入ってたんだが、態度が悪すぎて……というか、ついていけなくて退部した。
つみれだけに料理を任せたら大変だな、なんて思ってたらしいが、諦めが早かったようだ。
真宵後輩はテニス部に入っているため、基本的に放課後はひとりだ。
最近はアウルが一緒だったが、今日はいない。
寂しさを感じながら、俺は校門を潜ろうとした。
「やっほー。かっしー、ひとりなのかい?」
ふいに後ろから声をかけられた。
振り向けばそこには翔無先輩と、ロケランをぶっぱなしてきた風紀委員の女子生徒がいた。
「変なあだ名つけんじゃねぇ」
「いいじゃないか。ボクと君との仲だろ?」
「先輩と後輩だろ。で、なんの用だよ。用もねぇのに話しかけて来たわけじゃねぇんだろ」
「ん? 特にないけど?」
首を傾げる翔無先輩を見た俺は即座に背中を向け、そのまま帰ろうとする。
が、しかし。誰かが俺の胴を掴み、帰ることができなかった。
誰かと思えばロケランの女子生徒だ。
お前は何をやってやがる。
「翔無先輩、こいつをどうにかしてくれ」
「君なら無理やり引き剥がせるんじゃないのかい?」
「やっていいならやるけどな」
「それじゃだめだね。ボクの話を聞いてくれたらその娘も離してくれると思うよ」
「じゃあ連れて帰るからいいよ」
俺は翔無先輩の話を聞くつもりはない。この娘も知らない男の家にまでは入ろうと思わないだろう。
帰るまでは恥ずかしいが、それも少しの辛抱だ。
「……私、初めてですので、優しくしてくださいね……? ぽっ」
手を口元にやり、乙女な仕草をとる女子生徒。
顔が赤くなる効果音を口で言っていることからわかるように、表情は全く変わっていない。
「わお。初対面の女の子に何しようとしているのかな? ナニしようとしているのかな? かっしーはいやらしいねぇ」
「……わかった。話だけは聞いてやる」
翔無先輩を黙らせることは簡単だが、こっちの女子生徒はなんだか手を出してはいけない気がする。
そうなると話を聞かなければ、俺は社会的に死ぬということになりかねない。
「とりあえずこいつを俺から離させてくれ」
「それはだめだねぇ。そうしたら君、逃げちゃうだろ? 君ほどなら一瞬の隙があれば逃げられるだろうし」
「少しは信用しやがれ」
「信頼していない人間を信用するほど、ボクは甘くはないんだよねぇ」
見かけによらず警戒心が高いな。たかが話を聞くだけだってのに。
猫のように丸い目を鋭く尖らせながら、口元には笑みを絶やさない。
もしかしたら俺は、この人を侮りすぎていたのかもしれないな。
「気を悪くしたなら謝るよ。基本的にボクは信用してない人間に対してはこうなんだ」
「気にしちゃいねぇ」
「ホントかな? 結構怖い顔してたよ?」
「うるせぇ。元からだ」
「ならいいけど」
そう言いながら翔無先輩は、今にも踊りだしそうなほど楽しげに体を揺らしている。
なにがそこまで楽しいんだ?
「風紀委員に入る気にはなったかい?」
「入らねぇっていったろ。強制もしないんじゃなかったのかよ」
「うん。強制はしないよ」
「だったら俺が風紀委員に入ろうと入らなかろうとどうでもいいだろ」
「そうはいかないんだよねぇ」
わかってないなぁ、とでも言いたげな翔無先輩は俺の顔の前で指を振っている。
おちょくってんのか。へし折るぞ。
「風紀委員に入らないのはいいけど、生徒会に入られても困るんだよ」
「入らねぇから安心しとけ」
風紀委員も生徒会もどちらも共通して面倒なことには変わりないからな。
「つーかなんで生徒会な入られて困るんだよ。意味わかんねぇよ」
「まぁいろいろあるんだよ。風紀委員に入ってくれるなら、教えてあげてもいいんだけどねぇ」
「じゃあいいよ。教えてくれなくて」
「んー……つれないなぁ、かっしーは」
「かっしー言うんじゃねぇ」
「可愛くない? かっしー」
「可愛くねぇ」
「でもボクは可愛いと思うからかっしーのあだ名はかっしーで決まりね」
意味不明だと思ったのはきっと俺だけじゃない。
「で、用はそれだけか?」
「残念ながらそれだけじゃないんだよねぇ。風紀委員に入らないっていうなら……」
「あ? なんだ、やる気か?」
風紀委員長の名前も落ちぶれたもんだ。学校の風紀を正す風紀委員長自らが風紀を乱すとはな。
「それでもいいんだけど、ボクはそういうの嫌いなんだよねぇ。ボクじゃ君には勝てないし」
「俺の実力を知ってるみてぇな口ぶりだな」
「そうだねぇ。異常と戦う経験はある程度はあるけど、基本的なスペックで君には勝てないからねぇ。それはやめておくよ」
本当に俺の実力を知っているみたいだな。
一回しか戦ってないのによく見張ってたもんだ。俺が戦えることを知らないはずなのに。
「じゃあどうするってんだ?」
「君を監視させてもらうよ。生徒会に入らないように、問題を起こさないように」
「どっちも問題ねぇっての」
「だからさっきも言ったじゃん。ボクは信頼していない人間を信用するほど甘くはない、ってね」
こういうタイプが苦手なんだよ。信頼に値するまでは絶対に自分の手札は見せない。
いざというときの切り札を残してるタイプだ。
「だ・け・ど……」
妙に甘い声を出して、顔に吐息がかかるほど近くに近づいてくる。
「かしぎ君ならボクの全部、見せてあげるよ……」
なるほど。どんな女の子にも男を魅了する魅力ってものがあるということか。
しかし悲しいかな。俺には全く意味がない。
「ふざけたこと言ってんじゃねぇ」
「いだだだだ!? に、二回目のヘッドロック!? な、なんでお色気満点だったよねぇ!?」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇ」
「まさかのリピート再生――――ぎゃあぁぁぁぁ! 痛い痛い痛いぃぃぃぃっ!!」
なんでだろう。普通ならかわいそうになってくるのにこの人、全然かわいそうにならない。
むしろ力を強くしてやりたいとさえ思えてきた。
「あ、頭かち割れるよ本気で!? かっしー助けておくれよ!」
「……仕方ねぇな」
「ほ、本当に仕方なさそうだねぇ……。頭割れるかと思っちゃったよ」
仕方なく解放してやると、翔無先輩は頭を抑えてうずくまってしまった。
「君は先輩に対しての敬いが足りないと思うんだよねぇ。キョウちゃんはどう思う?」
「……雪音さんが全面的に悪いかと」
「裏切られた!? ひどいねぇ、キョウちゃんは。いや、かっしーの魅力に落とされちゃったのかな?」
「……ぽっ」
「おっ。さすがだねぇ、かっしー。もうキョウちゃんを攻略してるとは」
この人たちにはついていけない。一緒にいると非常に疲れる。
翔無先輩然り、抱きついている女子生徒然りだ。
どうしてこんなテンションを持続できるんだ。
「今さらだがこの娘は誰なんだ」
「紹介がまだだったかい? 悪いねぇ、すっかり忘れちゃってたよ」
ヘッドロックをされて乱れた服装を直しながら、翔無先輩は言う。
「彼女は火鷹かがみちゃんって言うんだよ。漢字で鏡って書くからキョウちゃん」
「……よろしくです」
女子生徒――火鷹かがみは俺に抱きついたまま、あいさつをしてくる。
可愛いといえば確かに可愛い。
茶色の長い髪をツインテールにまとめ、無表情ではあるがどことなく可愛らしさを感じさせる顔立ち。
「可愛いよねぇ、キョウちゃん」
「そうだな」
「……ぽっ」
「やるねぇ、かっしー! キョウちゃんがトキメいちゃってるよっ!」
「そうだな」
「あれ? テンション低いねぇ。何かあったのかい? 良かったらボクが相談に乗るよ?」
「なら乗ってくれよ」
「おっ? かっしーが素直になった? よぉし、ならこのボクが相談に――――っていだだだだ!?」
「どうしたらうるせぇ奴らを黙らせられるかって相談なんだがな」
他のバリエーションとしてアイアンクローも入れてみたが、効果は抜群だな。
結果的に黙らせることはできなかったけど。
「……かっしーさん」
「あ? なんだよ」
「……その辺にしませんと、雪音さんの脳細胞が心配です。離してあげましょう」
「翔無先輩自身はいいのか?」
「……構いません。脳細胞さえ無事なら」
「キョウちゃん? なんだかヒドくないかい!?」
ちょっと、翔無先輩がかわいそうになってきた。
部下に裏切られた翔無先輩を解放して、俺は頭を撫でてみる。
「ごめんなさい」
「か、かっしーが謝るなんてさすがだよ、キョウちゃん……がくっ」
「……雪音さーん」
俺はこんな小芝居を見せつけられるために、抱きつかれてまで呼び止められたのだろうか。
明らかな演技の翔無先輩に、声に全く感情がこもっていない火鷹。
もう、帰ってだめなのか?
それから数分。翔無先輩が疲れたようなので、帰路の途中にあるベンチに座っていた。
どうして翔無先輩とかがみがいるのかと思ったが、本題はまだ終わってなかったらしい。
ふざけすぎて忘れそうになっていたということを、火鷹から教えてもらった。
「今日で脳細胞、どのくらい死んだろ?」
「さぁな。ほらよ、炭酸でよかったか?」
「ぅえ? あ、ありがと」
「なんだよ。いらなかったのか?」
受け取った翔無先輩の態度がおかしかったため、俺は訊いてみた。
「そうじゃないよ。かっしーって優しいんだねぇ」
「ジュース奢ったくらいでなに言ってんだか」
「女の子はそういう気遣いが嬉しいのさ」
そういうものなのだろうか。
これはただ単に、さっきはやり過ぎたと思ったから買っただけなんだけどな。
「お前はコーヒーでいいか?」
俺の言葉に火鷹は一回だけうなずき、受けとる。
「どうしてボクは炭酸でキョウちゃんはコーヒーなんだよー。どういう基準で選んだんだい?」
「見た目のイメージからだよ」
翔無先輩はぶっ飛んでて弾けてるから炭酸。火鷹は静かで甘い感じがないからコーヒーにしただけだ。
好みも性格によって分かれると俺は考えている。
必ずしも当たるというわけじゃないだろうけどな。
「かっしーって結構、優しいんだねぇ。思わず惚れちゃいそうだよ」
「ジュース一本で大げさだろ」
「ボク的には『優しくされたいシチュエーションベスト三』に入るんだけどなぁ」
「そこは他の二つも聞いた方がいいのか?」
「そうやってボクの好感度を上げるつもりだね?」
「はぁ……」
「ため息をつかれるのはちょっと辛いんだけど。ボクってかっしーの好みに入らないのかなぁ」
そんなに真面目に悩まれても困るんだけど。
今までが今までなだけに考えてなかったけど、翔無先輩もそうとう美人だと思う。
口に出したら調子に乗るから絶対に言わないけど。
「キョウちゃんはどう思う?」
「……体に聞くのが一番かと」
「なるほどねぇ、そういう手があったか」
「変なアドバイスしてんじゃねぇ。って、コーヒーは嫌いだったか? 悪いな、イメージだけで買っちまって」
俺の右隣に座る火鷹の手には開けられてないコーヒーがあった。
やっぱりイメージで買うのはマズかったか。
ちなみに俺は、翔無先輩と火鷹に挟まれるようにベンチの真ん中に座っている。
「……いえ。コーヒーは好きです」
「じゃあなんで飲まねぇんだ?」
「……男性からのプレゼントは初めてですので、記念に残しておこうかと。もったいないですし」
か、可愛い。不覚にも萌えてしまった。
なんだよ。真宵後輩とキャラ被りしてるかと思ったけど、全然そんなことないじゃないか。
「むふふふふ」
「あんだよ。気色悪い笑顔向けやがって」
「今のキョウちゃんの言葉に萌えたね? 可愛いって思ったね? かっしー」
「う、うるせぇな」
「今の萌ポイントはかっしー的にはいくらくらい? もちろん百点中だからねぇ、結構高いんじゃないかな?」
「九十八点」
「おー、大きくでたねぇ。理由は?」
いつの間にか飲み終えて空になった缶をマイクに見立て、翔無先輩はそれを俺の口元に持ってくる。
それにしても理由か……。
「悪意のない可愛さだったからかな」
「ボクの可愛さは悪意に満ちてるって言いたいのかい? そりゃないよ、かっしー」
「その前にお前に可愛い要素がどこにあったよ」
「そ、その発言は厳しすぎる……。ボクに対してだけ妙に厳しくないかい?」
「じゃあもう少し大人しくしてくれ」
別に顔は悪くないんだ。むしろ美人だ。
だけどあの言動と行動がそういう可愛いとか思わせるよりも早く、うっとうしいと思わせてくるんだ。
大人しくしてくれたら少しは思えるはず。
「ボクに大人しくしろなんて、息をするなと同じくらい難しいことだよ」
「お前に言った俺が間違いだった。それで、さっさと本題に入ってくれ」
「つれないこと言うなよー。もう少しでいいからお話しないかい?」
「また今度な」
「むっ! 今度って言ったね? なら今度も話し相手になってもらうよ」
しまった。あしらうために適当なことを言ってしまった。まぁ、なんとかなるだろ。
「なら今日は本題を話して切り上げようかな」
翔無先輩はそう言って咳払いをひとつ入れる。
「かっしーが風紀委員に入ってくれたらこれは入らなかったんだけど、まぁ、予定通りだよ」
「また風紀委員かよ」
「そこは気にしない。まぁ、もうわかってると思うけど、ボクとキョウちゃんは能力者だよ」
「そんなことはわかってる」
普段は使用禁止の屋上を使っていたからとはいえ、いきなりロケランをぶっぱなしてくるような相手が、普通だとは思えない。
「つーか、いきなりロケラン使ってきやがって、どういうつもりだったんだ」
俺は翔無先輩を睨むようにしながら言う。
「あの場で俺が斬って、爆発もしないように凍らせたからよかったものの、対応が遅れてたら死んでたぞ」
「わかってるよ。でも、ボクは君ならあれくらい、対応できると判断してたからねぇ。でなきゃ、警戒する必要もない」
「そういうことじゃねぇ。俺だけならまだしも、能力を使えない一般人もいたんだ。いくら対応できるって判断してても……」
「一般人? かっしー、それは違うよ」
翔無先輩の異様な空気に、次の言葉を飲み込んだ。
「超能力があることを知っていればそれは、能力の有無に関わらず、一般の枠から除外され、危険が伴うってことなんだよ。かっしーだって、それくらいわかってるよねぇ?」
「……」
翔無先輩の言う通りだ。秋蝉先輩と決着がついたあと、俺は今後白鳥が、こういったことに巻き込まれることを予想していたはずだ。
少しでも異常に関わったものは、どう足掻こうとも大なり小なり、異常に惹かれやすくなる。
俺はそれを、身をもって体験しているはずだ。
異世界に召還されることが偶然でも、超能力に関わったことは偶然でもなんでもなく、それに惹かれて、関わりに行った結果だ。
だから、翔無先輩を責めるのは筋違いってもんだ。
「でも、手荒な真似をしたことは謝るよ。君の力をもう一度、見ておきたかったんだ」
「もう一度?」
「そうだよ。秋蝉かなでと戦ったときの映像は、バッチリ撮らせてもらったからねぇ。一度は見てるのさ」
どうやらさっき、俺の実力を知っているような発言をしたのは、俺の実力を知っていたからだったようだ。
まさか、あの戦いが映像として残されてるなんてな。その前に撮影されてるなんて気がつかなかった。
「それはそうと、君はボクたちの超能力と違う異常を持っているよね?」
「そうだな」
「種類は違っても異常を持ってる以上、君もボクたちの一員にならないといけないんだよ」
翔無先輩たちの一員。同じ能力者と言うことを考えると、それはアウルが属している『組織』に関係しているのだろう。
「それが風紀委員と生徒会なんだけどね。入らない以上は詳しい事情は教えられないけどねぇ」
そりゃそうだ。仲間にでもない、もしかしたら敵かもしれない相手に情報は漏らせない。
「かっしーはどっちにも入らないんだよね?」
「そういうことになるな」
「じゃあかっしーは無所属で信用も信頼も得れてない。つまり、危険ってことになるんだよ」
ボクはそこまで心配してないけど、と翔無先輩は言葉を続ける。
「だから君には危険がないという確証を得るまでは、風紀委員で監視させてもらうことになるよ」
「監視、ねぇ」
「ボクは君は危険じゃないと信じてるんだけど周りがうるさくてねぇ。しばらくは我慢しておくれ」
淡々と仕事の内容を告げる翔無先輩の顔は同じような表情に見えるが、俺には心底つまらなそうな表情に見えた。
「で、翔無先輩が俺の監視をするのか?」
「文句はないの……?」
「別に。なにか言っても意味ねぇし、翔無先輩がやりたくてやってるわけじゃねぇんだろ? ならどうでもいいさ」
短い時間しか話してはいないが、翔無先輩が好き好んでそんなことをやる人には見えない。
いたずらぐらいにはやりそうな気はするけど。
素直な感想を口にして翔無先輩が黙り込んでしまったので顔を見てみれば、どうしてか乙女な表情をしていた。
だが俺に見られてることに気づくと、いつものいたずらっぽい表情に戻す。
「かっしーは本当に優しいねぇ。本気で惚れちゃいそうだよー。きゃはっ」
「そのキャラで『きゃは』は似合わねぇだろ」
無理やりやってるような感じだし、新しくキャラを作る必要はないだろ。
そのままでも十分に濃いキャラなんだからよ。
「似合わないって言わないでほしいねぇ。ボクも女の子だよ? まぁ、それはいいけど。君の監視にはキョウちゃんをつけるよ」
「火鷹を?」
「本当ならボクがつきたいところだけど、風紀委員長はそこまで暇じゃないんだ」
「お前より火鷹の方が静かに過ごせそうだからその方がいいけどな」
「むっふっふ。それはどうかな?」
なんだ、その意味深な発言は。
「キョウちゃんはボクより曲者かもしれないよ?」
「そんなまさか……」
あり得ないだろと言葉を続けたかったが、火鷹を見てその気は急激に失せていった。
「……あり得るかもしれねぇ。やっぱり来るな」
「そんなわけにはいかないんだよねぇ。かっしーは危険分子だし、なによりも――――かっしーの部屋にあるエロ本の調査をしないといけないといけないからね」
「そんな真面目な顔をして変なことを口走るな」
なぜ男友達の同級生が部屋に遊びに来たときに発生するイベントが、こんなときに発生するんだ。
意味がわからないを通り越して張り倒したくなる。
「年頃の男の子の部屋にあるべき聖書じゃないか。毎夜毎夜お世話になってるんじゃないのかい?」
「なってねぇ。つーか帰れ。もう用事はねぇだろ」
「お話がしたいです」
「帰れ」
「かっしー、先輩のいうことが利けないのかい?」
「こんなときに上下関係をだす先輩には好感が持てねぇよ。帰れバカ」
「ごめんなさい。嘘です」
「なんでそこは素直なんだよ」
俊敏な動きができるからって、どうしてそこまで俊敏な反応ができるんだろう。マッハの速さだった。
「かっしーが嫌だっていうなら仕方ないねぇ。ボクは裏向きの仕事が残ってるし、ここで失礼させてもらうよ」
翔無先輩はそう言いながら立ち上がり、空になった缶をごみ箱に捨てる。
「裏向きの仕事?」
「気になるかい? でもだめだよ。まだかっしーには教えられない」
「気にしてねぇからどうでもいい」
「そんなこと言って気になるんじゃないのかい? ボクが裏の仕事に関わってるんだよ?」
「あぁ……そう考えると気にならなくもないな」
翔無先輩の実力は昨日の殴り合いでだいたいはわかっている。
肉弾戦だけであれくらいなんだ。そこに能力が加わったらさらに強くなる。
そんな翔無先輩がやってる裏の仕事っていうのは能力者に関係することだ。
翔無先輩と同レベルの能力者がいるって考えて問題はないだろう。
「気になるなら風紀委員に……」
「入らねぇ」
「それは残念。それじゃキョウちゃん、頑張っておくれよ。かっしー、いくらキョウちゃんが魅力的だからって襲わないようにね?」
「襲わねぇっての」
ふふんと鼻を鳴らし、翔無先輩は軽快な足取りで今まで歩いてきた道を戻っていった。
背中が見えなくなるまでそれを見送り、俺はひと息ついて立ち上がり、家に向けて歩きだす。
するとすぐに、俺の腕に火鷹が自分の腕を無言で絡めてくる。
「……よろしくお願いします、かっしーさん」
「せめて名前で呼ぶかあだ名で呼ぶかどっちかにしてくれないか?」
「……このままでいきましょう」
火鷹のそんな言葉に俺はため息をつく。
「……幸せが逃げてしまいますよ?」
「そりゃ悪かったな」
もう言葉を返すのも面倒だ。
俺たちは特に会話をすることもなく、我が家へ向けて歩き始めた。
◇次回予告◇
「風紀委員長に監視員としてつけられたんだよ」
「他人事だと思って軽く言わないでほしいッス」
「……いいえ。私がここに来た目的、それは――」
「ちょっと待てよお前ら」
「……ではベッドに」
「なんでもはできねぇよ。できることだけな」
「……誰からの電話ですか? 彼女からですか?」
「兄貴よりはできるッスよ」
「固い物が好きなんです」
「お前、俺が優しくなった姿でも見たいのか?」
「……ぺったんことは心外ですね」
「バカ言うんじゃねぇ」
「……ひとりよりふたりの方が効果的かと。いえ、この場合は硬化的かと」
「あ? 妙な信頼寄せられてんのな、俺」
◇次回
2―(3)「監視員と夜」
「俺、カレーの温め方、知らねぇんだ」