9―(13)「学園祭②(一日目)」
「執事くーん、こっちもお願いねー!」
「てめぇも働けクソが。毟るぞ」
「なにを!?」
顔を青褪めさせて仰け反ったしぐれを早々に司会から外すと、俺はメニューを片手に次の席に急ぐ。
「お待たせしました。メニューになります」
「は、はい、ありがとうございます……」
異世界で培ってきた作り笑いのスキルを遺憾なく発揮してみれば、受け取った女子生徒がしどろもどろになりながらお礼を口にした。
それに対して軽く会釈を返すと、燕尾服を翻して注文された品物を席に運んでいく。
昼時になると、俺の予想に反して客足はとんでもないほどに増えていった。たかが学園祭の出し物なのだから何時間も待たされることになれば列から抜けいくとばかり思っていたのに、ちらりと廊下を覗いた限りではそんな生徒はほとんどいない。
午前のうちに来てくれた生徒が宣伝してくれたのか、それとも最初から目をつけていたのか。どちらにしろ教室内は満員で、クラスメートたちも笑顔を引き攣らせながら機敏に動き回っていた。
なかでも柊や萩村の人気が高く、さっきから指名がかかりっぱなしだ。もっとも萩村はお世辞にも器用とは言えないので、注文に添えないことが多いけれど。
「冬道ってあんな顔もできるんだね。驚いたかも」
トレーを持った蒼柳が声をかけてきた。
さっきのことをまだ根に持っているようで、嫌味の混じった口調で言ってくる。だけどたしかに蒼柳の『それ』を確かめるためだったとはいえ、堅気である彼女に当てないと言いながら全力で拳をぶつけにいった俺が全面的に悪いので文句は言えなかった。
「俺だってあれくらいできるっての。異世界でみっちり仕込まれたからな」
執事の作法を覚えさせられると同時に、招待されたパーティーなどで愛想笑い一つ浮かべず、むすっとした表情で部屋の隅っこで終わるのを待っていたスタンスの俺を見かねたらしく、表面上だけでもいいから笑顔を作るようにとみっちり叩き込まれたのだ。
別に貴族共の下らない話に愛想を振り撒いてやることないだろう、と最初は抵抗していたが、しつこく言い寄ってくるので折れるしかなかった。
おかげで聞いても眠くなるような話を延々と聞かされるようになり、招待されてもほとんど顔を見せることがなくなったのは間違いなく姫さんのせいである。
「ふーん。なんか結構無駄なことしてるもんなんだね、勇者って」
「無駄なことって言うんじゃねぇよ。立派に役に立ってんじゃんよ。あとサボってねぇでさっさと運べ」
「はーい。……ああ、冬道はこれ、向こうのテーブルに運んできて」
「あいよ」
無駄話でもしなければやってられない、という気持ちが去っていく蒼柳の背中が雄弁に語っていた。そりゃあそうだ。せっかくの学園祭なのにまだ全然ほかのところを回れていないのだから。シフトを組んで交代制でやろうとしていたのに、客足が多すぎて結局全員で接客することになれば不満も募る。
しかしそれでも文句は言わない辺り、みんなで同じ気持ちを抱いているということだろう。
「お待たせしました。こちら……げっ」
注文された品物をテーブルに置こうとして顔を上げると、そこにいた人物に思わずそう呟いてしまった。
「こらこら。お客様を見て『げっ』とはどういう了見? 失礼にもほどがあるけど」
「あたしもかれきっちと同意見さ~」
体育祭のときから髪の手入れはするようになったのか以前のボサボサ頭ではなくなったが、相変わらずのダウナーな瞳でこちらのやる気を根こそぎ奪っていく雰囲気の飛縫かれき。
両腕に包帯を巻いて長い前髪をピン留めでわけたのが特徴的な深崎ゆかた。
2―Bコンビがそこにいた。
作り笑いを一転させ、あからさまに嫌な態度を表に出しながら、ひとまず注文された品物を置く。
「なんだよお前ら。なにしに来たんだよ。茶化しに来たんだったらさっさと帰れ」
「ここは喫茶店。普通に考えて昼食しに来たんだけど」
邪険に追い返そうとしたにも関わらず、飛縫はまったく気にしていないようだった。
「わたしたちはお客。お客様は神様。まったく、全然教育がなってないけど」
「そうだぞ冬道。あたしたちは神様、だからそんな態度じゃあダメさ~。もっと心を込めて、敬うように接してくれないと」
深崎は頬杖をつき、悪戯っぽくにやにやとしている。
「仕方ないからあたしが教育してあげよう。それじゃあ、あたしの言葉をレッツリピートだね。お帰りなさいませお嬢様! はい!」
「…………」
「どうしたの、早くリピートするさ。お帰りなさいませお嬢様!」
「出口はあちらにございます。お帰りになりやがってくださいお嬢様」
「ちょちょちょ、ごめんって! ただの冗談なのさ!」
青筋を浮かべ拳を握りながら最上級の作り笑いで言ってやれば、慌てた様子で深崎が言ってくる。俺が本気で追い出そうとしているのを悟ったらしい。調子に乗りすぎなんだよ。
俺は嘆息しつつ作り笑いを崩す。
ちょうどいいので、ここで少し息抜きしていくとしよう。この二人と話すのは嫌じゃあない。
「…………」
「どうした飛縫、メニューと睨み合いなんかして」
深崎と戯れる傍ら、飛縫が妙に静かだなと視線を傾ければ、これでもかというほどメニューに顔を近づけていた。
「おかしい」
顔を上げて俺を見てそう一言。
「なにがおかしいんだよ? つーかメニューにおかしいもクソもあるか」
「あるに決まってるけど。なんで、執事のご奉仕セットがない?」
「んなもんあるわけねぇだろ。なに考えてんだよお前は」
真顔でなにを言い出すかと思えば執事のご奉仕セットだと? そんなもの誰に需要があるんだ。
ちなみにメイドのご奉仕セットの案は出たことには出たのだが、よからぬことをやろうとする輩がいるだろうことが予想できたので早々に却下された。
「定番中の定番をやらないなんて、お前たちはなにをやってるの?」
「お前の常識で語ってんじゃねぇよギャルゲー脳」
「いやでもさ、せっかくなんだから少しくらいサービスしてくれたってバチはあたらないよ? ちょうどここにお菓子もあることだしさ」
「申し訳ありませんが、当店ではそのようなサービスは致しておりません。そして出口はあちらにございます。さっさと帰れ」
「ちょっとちょっと! もう敬語でもないじゃないか!」
うるせぇよ。お前なんぞに敬語なんて使ってられるか。
「ねえ、ほんとうにやらないの?」
そう言って俺を見上げた飛縫のダウナーな瞳が、心なしか残念そうにしているように見えるのは、はたして気のせいで済ませていいものだろうか。
「やらん。そういうのがお望みなら、ほかのとこに行ってくれ」
コスプレ喫茶をやっているのはなにも俺たちのクラスだけではない。完成度と注目度という点ではこのクラスが頭ひとつ抜けてるだろうけど、おそらくそういったサービスを導入してちゃっかりを狙っているところはきっと少なくないはずだ。
奇人として知られる飛縫でも普段は間違いなく美少女なのだ。拒んだりはすまい。
「ふっふっふ。お客様、こちらの裏メニューはいかがですか?」
「うわっ!? し、しぐれっち!?」
「やほー、しぐれさんだよー!」
突然のしぐれの登場に深崎があやうく椅子を引っくり返すところだった。
「ビックリさせないでよ、もう。それで裏メニューってなにさ?」
「ごめんごめん。裏メニューはね……って、しぐれが説明するより見てもらった方が早いよ」
訝しげに裏メニューとやらを受け取った深崎。それを飛縫が緩慢な動作で覗き込み――途端に目をキラキラと輝かせたかと思えば、深崎の手からそれを奪い取っていった。
何が書いてあるのか、飛縫は脇目も振らず裏メニューを熟読し、やがて戦慄きながら表を上げ、しぐれに畏怖の眼差しを向けた。
「か、茅野……これは、マジ?」
「マジ、だよ」
にやりと悪い笑みで答えたしぐれに、後で稲妻が駆け抜けた――ような錯覚が見えるほどに大袈裟なリアクションを飛縫は疲労してくれた。
俺も去年は飛縫と同じクラスでそれなりにつるんでいたが、ここまでわかりやすい反応は見たことがない。
「おいお前、飛縫になに見せたんだよ」
「わわわっ! ちょいちょいちょい冬道くん、それを詮索するってのは野暮じゃないかなってしぐれさんは思うんだけど力強いねぇ!?」
飛縫から裏メニューを取り上げようと手を伸ばした俺を食い止めようと腕に抱きついてくるが、体重の軽いしぐれでは障害にすらなっていない。
だが――、
「ぐぬぬぬぬ……!」
顔を真っ赤にして俺を食い止めようとしているしぐれは微塵も気づいていない。決して小振りとは言えない胸が俺の腕にむにゅむにゅと押し付けられてしまっていることを。
正直いまさら胸で慌てたりしないが、しぐれにしたらきっと恥ずかしいだろう。さっきも着崩れて見えてしまった下着で物凄く動揺していたのだから、胸を押し付けていたなんてわかれば、羞恥心でまともに機能しなくなるかもしれない。
ただでさえ人手不足なのに一番働いてくれる彼女が欠けるのは致命的だ。
俺は裏メニューを奪うのを諦めて腕を下ろす。
「ふいー助かったよ。ささっ、冬道くんはこちらにどうぞ!」
「あ? なんでだよ」
「いいからいいから。せっかくだから座っていきなよ」
「それ言う場面じゃねぇから。つーか人手不足だって言うから手伝ってんのに座ってたら意味ねぇだろうがよ」
「気にしたら負けだよ冬道くん」
わけがわからん。
しかし無視して去れそうにもないので、俺は渋々しぐれが引いてくれた椅子に座る。
飛縫の隣、深崎の対面という形だ。
「ではメイドさん。この執事さんのご奉仕セッ――」
「帰る」
「そうは問屋が卸さないよ!」
肩に全体重を乗せられて浮かせた腰を元に戻される。
くそ、しぐれは余計なことしかしないってわかってたのに、なんで座っちまったんだよ俺は。
後悔している間に俺たちの席にもうひとりのメイドさんがやってくる。
「これ、ほんとうによかったの?」
トレーを片手にした蒼柳が、なんとも言えなさそうな表情でしぐれに訊く。
「もちろんオッケーだよ! ありがとう紗耶香ちゃん!」
「……いいんならいいんだけど。じゃ、あたしはお先に」
去り際に「頑張れ、冬道」などというエールを送ってくれた蒼柳だったが、それだったらこいつらの暴走を止めてほしかった。いやまあ、常識人な蒼柳じゃあこいつらの異様なテンションについていけないだろうけどさ。
「――で? なんだよ、それ」
「なにって……チョコスティックだよ?」
「だよ、じゃねぇ!! それでなにするんだって俺は訊いてんだよ!!」
きょとんとするしぐれを怒鳴り付ける。といっても本気で怒っていないのは彼女もわかっているようで、余裕の笑みを浮かべていた。
「冬道くんったら……もうわかってるでしょ?」
頑張って蠱惑的に喋ろうとしているが、しぐれの天真爛漫さではまったく色香を見出だすことができない。それどころかおちょくられているようで腹立たしさしかなかった。
「執事とチョコスティックの組み合わせといったらあれしかないでしょ!」
「チョコスティックの両端からどんどんと食べ進めていくスティックゲームだけど」
「ふざけんな!」
いや薄々わかってたけどさ。いざ目の前でやてって言われるとストレスが半端ない。こっちは忙しいからって手伝ってんのに下らねぇゲームに巻き込んでんじゃねぇよ。
「あのな、俺は真宵と付き合って……」
「まあまあ堅いことは言わないでさ。大丈夫だいじょうび、適当なところで折ってくれちゃっていいからさ」
だいじょうび、じゃねぇよ。
俺の表情が引き攣っているのをあえて無視する二人は、さっさと準備を進めている。
「じゃあ深崎、咥えて」
「はうぇ!? な、なんであたし!? そこはかれきっちじゃないの!?」
会話に混ざれず傍観者になっていた深崎がいきなり舞台に上げさせられ慌てふためいていた。
俺もてっきり飛縫がやると思っていただけに、この指名には意外感を覚えた。
しかし飛縫はというと、不思議そうに首を傾げている。
「なにを言ってる? せっかくイベントを生で見れるのに見ない手はないけど」
「だ、だったら自分でやればいいじゃないのさ!」
「――深崎」
「え?」
飛縫は深崎の肩をがっちりと掴む。
「二次元と三次元には厳然とした壁がある。いくらこういうシチュエーションが好きでも、現実でやるのはさすがにちょっと……」
「真面目な顔でなに言い出すかと思ったら真っ当な意見だし、だったらあたしにやらせないでよ! あたしだって嫌だよ! しかも彼女持ちが相手とかどんな拷問なのさ!!」
「だったら両希と?」
「そういう問題じゃないっ!!」
「文句を言わないでやる」
「むぐっ!?」
強制的にチョコスティックを口に突っ込まれた深崎の顔を飛縫は両手でがっちりと掴むと、そのままぐりんと俺の方を向かせてきた。
そして俺を見ると、反対側を咥えろと無言で訴えてきた。
付き合ってられないとこの場を離れたいのだが、しぐれに肩を押さえられて動けそうにない。
……まあしぐれの言う通り、適当なところで折ればいいか。
仕方なくチョコスティックの反対側を咥えると、その瞬間に教室が一斉に盛り上がった。
何事だと眼球だけを動かしてみれば、全員の視線がこちらに注がれていた。
深崎もそのことに気づいたようで、さらに慌て始める。
「準備はいい?」
飛縫が訊いてくる。
準備がよかろうとそうでなかろうと、お前は始めんだろうが。
内心でそう文句を垂れれば、
「レッツスタート」
無情にも開始の合図がなされてしまった。
溜め息をこぼしたくなるのを我慢して少しずつ食べ始めると、深崎は驚いたように目を見開いた。
深崎にすれば俺が乗り気じゃないと思っていたのだろう。なのに食べ始めたものだから、どうしたらいいか迷っているようだった。
「ふおおぉぉ。こ、これはドキドキするね!!」
「ワクワク」
……外野は黙っててくんねぇかな。
しかし盛り上がっているのは飛縫やしぐれだけでなく、クラスメートや客として訪れていた生徒全員だ。
この分だと、すぐに学校中に知れ渡るんだろうなぁ――そう考えて、稲妻にも似た閃きが俺の脳裡を駆け抜けていった。
そうだよ。俺と深崎がスティックをしたことがすぐに学校中に知れ渡る。つまり真宵のところにも届くということだ。
実のところ俺から真宵に口づけしたことはあったけど、あっちからしてもらったことがないのだ。これを機会に真宵からのキスを――。
……うん。俄然やる気になってきた。
「おお!! 冬道くんが積極的に!?」
「こ、これは……!」
スピードアップした俺に一気にヒートアップする教室。
涙目になる深崎。
チョコスティックはわずか数センチになり、そして――。
◇◆◇
「――ってのが、話の真実だ」
不機嫌そうに俺の膝の間に座っている真宵も話を聞いて少しは機嫌を元に戻してくれたが、まだ許してくれてはいないらしい。可愛らしく控えめに頬を膨らませ、後ろから抱えて肩に顔をうずめる俺からそっぽを向いていた。
ようやく一日目の激務を終え、いまは夜。
学園祭の期間中に限り生徒たちは学校に寝泊まりすることが許可されるので、当然ながら俺たちも泊まることになっていた。ひとまず報告会も兼ねて、昨日と同じように生徒会室に集合するようにと連絡があったのだ。
そうしてやって来るとすでに真宵が到着しており、ドアを開けて入ってきた俺を絶対零度の目付きで一瞥してきた。真宵に嫉妬させるのが目的だったとはいえさすがにやり過ぎたかと反省し、一連のやり取りを説明していまに至るわけである。
ちなみにキス云々については言ってない。これを言ったら本末転倒だ。
そっぽを向いてつんと澄ます真宵の頬をぷにぷにしながら、
「ところでここにチョコスティックがあるんだけど」
燕尾服の内側からこっそり貰ってきたチョコスティックを取り出す。
すると真宵はちらりとこっちに向き直り、
「……なんであるんですか? ああそうですか、私のほかの女の子とやるためですか。かしぎさんはモテモテですから、相手には事欠かないでしょうね」
「勘違いすんなよ。俺はお前とやりたくて持ってきたんだぜ? ほかなんて眼中にねぇよ」
「……どうですかね。私がかしぎさんの近くにいれないときに、私以外の女の子とイチャイチャするかしぎさんなんて信用できません」
やべぇ。この子、本格的に拗ねちゃってるよ。超可愛い。
だがいつまでも見てるわけにはいかない。早く機嫌を直してもらわないと取り返しがつかなくなるかもしれない。
俺は袋を破いてチョコスティックを一本取り出すと、それを咥えながら、
「だったら、お前が上書きしてくれりゃあいいだろ?」
「…………」
真宵はしばし逡巡すると、躊躇いがちに反対側を咥えた。
「どうした? お前が動かなきゃ、いつまで経ってもこのままだぞ?」
「わ、わかってますっ」
動かない真宵に言えば、裏返った声で怒鳴られた。
真っ赤になって可愛いやつめ。
カリカリと真宵がチョコスティックをかじる音だけが生徒会室に響く。
しかし、近づいてくるにつれてゆっくりとなり、あと数センチといったところで完全に止まってしまった。小動物のようにぷるぷると震えて恥ずかしさをこらえ、次の一歩を踏み出す決心をしているようだった――が、サディストの血に目覚めつつある俺はそれを許さない。
唇が触れる数ミリ手前まで、一気に距離を縮めてやる。
驚いて離れようとする真宵。素早く背中に手を回し、逃げられないよう抱き寄せる。
もはやチョコスティックなど関係ない。
俺の目論見通り、真宵からキスをするかしないかに切り替わっていた。
「か、かしぎさん……」
「ん?」
「や、やりますよ。いいんですね?」
「もちろん。いつでも来い」
「……で、では」
決心したように目を閉じた真宵が近づいてくる。
絡まった指にぎゅっと力がこもり、俺も軽く握り返す。
真宵の高鳴る鼓動が体越しに伝わってくる。まるで早鐘のように脈打ち、真宵がいかに緊張しているのかがよくわかった。
お互いの距離はあとわずかだ。
真宵の息遣いが肌に触り、ようやく唇同士がくっつき――、
「――さっきからイチャイチャとさぁ、なんなの? もしかしてボクのこと完全に忘れちゃってるのかい? ふざけんなって。ボクは彼に失恋してるんだからもう少し気ィ遣うってのはないわけ? ――クキキ、あんまり見せつけるようだったらボクにも考えはあるんだけどさぁご両人、そこんとこどうするんだい?」
……そういえば、ここにいるのって俺たちだけじゃなかったっけ。
「ああもしかして喧嘩売ってるのかなぁ? いいよ買っちゃうよ? んん? ねぇ、どうなんだい? ボクはいつだってやる気全開だけど?」
瞳には幾何学模様が浮かび、鋭利に尖った犬歯を覗かせながら、魔王モードとなった翔無先輩が射殺さんばかりに俺たちを睨み付けていた。膨大な殺気を放ちながらも口元に笑みを作っているところがなんとも言えない恐怖を増長させていた。
俺たちはいそいそと体を離す。
これ俺たちが全面的に悪かった。
「やだなぁ先輩は。喧嘩なんて売ってねぇよ?」
「そうなのかい? いやぁごめんね、早とちりしちゃったみたいで。ああ恥ずかしい恥ずかしい」
「あははは……」
苦笑いで誤魔化しておく。
翔無先輩、たしかに俺たちが悪かったけど魔王モードになってまで暴れようとしないでくれよ。
全員が揃ったところで、今日一日の報告会が始まった。
「……一学年では特に問題はありませんでした。強いて言うならかっしーさんのスティックゲームの話題で持ちきりだったということでしょうか」
ツインテールの毛先を弄りながら火鷹。
「二年でもなにも問題はなかったなぁ」
「そうね。あ、でも冬道くんのスティックゲームはスッゴい話題になってたわね」
隣同士で座る不知火と白神先輩。
「こちらも異常はなかった」
「例のごとくかっしーのことで持ちきりだったけどねぇ」
下らなそうに腕を組む黒兎先輩と、魔王モードを解除した翔無先輩。
「桐代も不自然なほど動きはなかった。……あー、そうだな。冬道ンことは、すげぇ話になってたな」
ついでとばかりに付け足した御影。
こうして全員の報告が終了して俺の番になったわけだが……、
「さっきから俺のことの方がメインになってんじゃねぇか! 真面目にやる気あんのかコラァ!!」
テーブルをぶっ叩きながら立ち上がる。膝の上にいた真宵は事前に俺の動きを察知してか、空席になっていた隣にさっさと移動して湯飲みを傾けていた。
牙を剥いて喉を鳴らして唸る俺を、生徒会室に集まった全員が「なに言ってんだよこいつ?」みたいな目を向けてくる。間違ったことは言ってないはずなのにこの温度差はなんなんだ。
「真面目にもなにも、ボクたちが真面目にやってるときに楽しんでたかっしーに言われてもねぇ」
「別にやりたくてやったわけじゃねぇよ!」
「でもやったんでしょ? いいねぇ。ボクたちは神経尖らせて休む暇もなかったっていうのに、かっしーはのんきに学園祭を謳歌してるんだもの」
「……あのさ、ぐちぐち言いてぇのはわかるけどよ、俺は『組織』のメンバーじゃねぇんだぜ? 完全に善意で協力してるっての忘れてんじゃねぇの?」
「おいおい、善意の押し付けはやめようぜ? 協力した時点で負う責任は同じなんだから、それを理由に反論するのはやめた方がいいんじゃないのかい?」
「キレんぞ」
「ごめんごめん」
翔無先輩が冗談で言ってるのはこれまでの付き合いで十分に理解しているが、俺は沸点が高い方ではないのだ。屁理屈をこうも並べられると堪忍袋の緒がぶちっと切れてしまうかもしれない。
「それで詩織ちゃんはどうだい?」
一転して表情を切り替えた翔無先輩にピリッとした雰囲気が張り詰めた。
学園祭中で警戒するのは外部からの眷属の侵入と内部での桐代、もしかしたら敵の手に落ちている可能性のある柊だ。
前者の二つはどうにでもできるが柊はその限りではない。もしも本当に俺たちの敵として立ちはだかろうものなら全力を以ってしなければ返り討ちにあってしまうだろう。なにせ敗北したとはいえ、一時的にでも九十九志乃――最強の超越者と渡り合ったほどなのだ。
俺は一人では志乃に絶対に勝てない。
なのに柊はいいところまで持ち込んだ。
この結果を見れば俺と柊のステータスにそこまで大きな差がないと導き出せる。
ゾッとしないことだ。
俺は背筋に感じた寒気を振り払うように深呼吸する。
「こっちもなにもなかった。至っていつも通り。異常なし」
「そっか。……うーん、ところどころで引っ掛かってただけに、いざ学園祭になって動きが一切なしとなると、気持ち悪いよねぇ。嵐の前触れとかじゃないといいけど」
翔無先輩は諦めぎみに言っている辺り、それが無理な相談だとわかっているのだろう。
どう足掻いたってなにかが起こるのは間違いないのだ。
俺たちは、それをなにがあっても食い止める――ただ、それだけだ。
「じゃあ今日はどこも異常なしってことで。だけど気は抜かないようにね。学園祭はあと六日間ある。どこかで必ず仕掛けてくるだろうから、淀みなく歪みなく、迅速に的確に対処していく――――いいね? これはボクたちと、愚かにもボクたちに挑もうとするやつらとの全面戦争なんだらねぇ」
そう言って嗤った翔無先輩は邪悪な笑みを浮かべた。
まさしく魔王と言うべきそれに、しかし全員が逆に気を引き締めたように頷いた。
しかし俺たちの思惑とは裏腹に、二日目も三日目も敵に動きはなかった。
こうして四日目を迎える。
一般解放の一日目。
――嵐は、すぐ目の前に迫っていた。
しばらくぶりです。
更新早めにしますとか言いながら、前回以上に時間を空けてしまい申し訳ありませんでした。
言い訳をさせてもらいますと……リメイク版にかかりきりになってました。
そして、書き終えたリメイク版は全部予約投稿済みです。
プロローグはもう投稿してありますので、そちらの方もお気に入りお願いします。
とりあえずこっちは不定期で、リメイク版をこまめに更新していきたいと思います。
では、失礼します。