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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第二章〈VS生徒会〉編
13/132

2―(1)「風紀委員」


 六月。春の暖かさが夏の暑さに変わっていく途中の、なんというか微妙な月。

 その年によって暑かったり暖かかったりと様々だが、今年は比較的まだ暖かい方だと言えた。

 それでもすでに制服は夏仕様になっている。

 世間もようやく落ち着いてきたような気がするな。

 四月の頭から終わりまでにかけて世間を騒がせていた連続負傷事件。

 手口は同じなのに共通性のない奇妙な事件。

 さらに手口はかなり異質で異常だった。

 全身を何かに切り裂かれて放置されながら、死んではいないというものだ。

 いったい何をすればこんなことができるのか。

 超能力でも使ったんじゃないかと思われる犯行。

 まさに超能力で行われた犯行だ。

 まぁ、その事件はもう解決されているんだが。

 犯人は俺こと冬道かしぎが通う私立桃園高校三年の演劇部のホープ、秋蝉かなでによるものだった。

 彼女の能力は鋼糸ワイヤーを操るというものだ。蜘蛛の巣を張るように鋼糸ワイヤーを張り巡らせ、それにかかった獲物を喰らう。

 被害者は全部で五人。六人目の獲物に選ばれたのが、俺だった。

 もちろん狐蜘蛛女とかわけのわからん奴に物理的にも、性的にも食われてやる気はない。

 元勇者の肩書きは伊達じゃない。

 異世界――ヴォルツタイン王国に伝わる伝説の剣『天剣』を使って返り討ちにした。殺したわけではないけど。

 そして現在。そんな事件を起こした秋蝉かなではと言うと……。

「みーちゃん。はい、あーん」

「い、いや。そんな猫みたいなニックネームをつけてもらっても困るッスけど……」

 白鳥瑞穂を後ろから抱きしめ、『あーん』をして弁当を食べさせようとしていた。

 俺の後輩である白鳥瑞穂は、秋蝉かなでの起こした事件の二番目の被害者だ。

 全身を切り刻まれ、入院するほどの大怪我を負わされた少女。

 それなのにこんなに仲がいいのはちゃんとした理由があったりする。

「あいつは放ってていいのか?」

「『組織』には観察処分ということにしておいた。全く……あんなことをして観察処分になった能力者は異例だ……」

 そう文句をいうのは、同じく能力者のアウル=ウィリアムズだ。

 事件を起こした秋蝉かなでを処分する、つまり殺すために『組織』から派遣されてきた。

 本来なら秋蝉かなでは処分されているはずなのだが、白鳥がそれを阻止したために観察処分ということにしたらしい。

 それがきっかけで白鳥は秋蝉かなでになつかれてしまったわけだが。

「い、嫌、かな……? 可愛いと思うんだけど……」

「猫じゃないんだからもっとまともなニックネームはないんスか? あと苦しいッス」

「だーめ。みーちゃんはみーちゃんなんだよ。はい、あーんしてね?」

「兄貴ーっ! ヘルプミーッ!」

 白鳥が助けを求めているが、俺はそれを無視する。

 あれだけなつかれてるのに、引き剥がすなんてできるはずがないだろ。

「真宵は助けてくれるッスよね!?」

「嫌です。面倒ですから」

「そんなことで断んなやゴラァ!!」

「だめだよ、みーちゃん。そんな言葉遣いしちゃ」

「うぅ……。なんでこんなことに……」

 そりゃ、お前が秋蝉かなでを助けたからだろ。

 ていうか、いつまでも秋蝉かなでなんてフルネームでいうのも面倒になってきたな。

 秋蝉先輩? ……だ、だめだ。なんかこの人を敬うなんて俺にはできない。だからって名前で呼ぶわけにもいかないし。うーん、困ったものだ。

「こうなったらアウル、助けてほしいッス!」

「どうして私に頼むときは渋々そうなんだ。はぁ……秋蝉、白鳥が嫌がってるから離してやれ」

「うひゃあ!?」

 アウルが手を伸ばすと秋蝉かなで……もう秋蝉先輩でいいや。

 とにかく、秋蝉先輩がびくっとして離れていった。

 やれやれ。あれからだいぶ時間が経ったっていうのに、秋蝉先輩はアウルが苦手なのは治ってないらしい。

 仕方ないといえば仕方ない話だ。

「ずいぶん派手に嫌われたな、お前も。秋蝉先輩の拒絶反応、スゴすぎるぜ?」

「黙れ! 私も嫌われたくて嫌われたわけじゃないのだ! それにどうして貴様は嫌われないんだ!?」

「ひゃう……!?」

「ほら、秋蝉先輩が怖がってんだろ? 落ち着けよ」

 ジロッと俺を睨み付けてくるアウルをなだめ、俺は真宵後輩の弁当を一口食べる。

「殺そうとしたんだから仕方ねぇだろ?」

「実際にボコボコにしたお前はそれほど嫌われてないように見えるんだが?」

「それはあれだ。主人公補正?」

「寝言は寝てから言うんだな」

 鼻で笑われてしまった。

 なんだと? まさか俺は、主人公ではないのか!?

 そういえば白鳥に「兄貴はダークヒーローッスよ!」とか言われたっけな。

 それに、嫌われてないって言っても俺が話しかけてもびくっとされることには変わりない。

 アウルと違って、受け答えしてくれるだけまだマシなのかもしれないけど。

「狩る側と狩られる側だったとは思えないくらいに仲がいいな、あの二人」

「よく見ろよ。白鳥は迷惑そうにしてるだろ」

「私から見たら仲がいいようにしか見えん。ガールズラヴだろ、あれは」

「お前って、そんなのも知ってんのかよ……」

「それくらいは知っている。バカにしてるのか?」

「してねぇよバカ」

「バカにしてるではないか!」

「言葉のあやって奴だ。落ち着け、興奮すんな。カルシウム足りてねぇんじゃねえの?」

 牛乳を飲め、牛乳を。カルシウムたっぷりで短気なその性格を治してくれるかもしれないぞ。

「自分で食べれるッス!」

「違うの、私が食べさせてあげたいの!」

「ぐぬぬぬ……ウチにそんな趣味はないッス!」

「私にもないよ!?」

「嘘やろ!?」

 何故に関西弁? 俺はそう思った。

 秋蝉先輩に抱かれている白鳥は、動物のように見えなくもない。

 体が小さいから平均的な身長の秋蝉先輩に抱かれて、すっぽりはまっている。

 ただ秋蝉先輩のしつこさに疲れたのか、いつもは元気な白鳥のアホ毛が萎えていた。

「こういうイベントは男女であるべきだと思うんですがね。女の子同士というのは割りと珍しいかと」

「言われてみるとそうだな。たいていは男主人公が助けて、惚れられるパターンだからな」

「しかし逆にかしぎ先輩は嫌われている、と。これも割りと珍しいパターンですね」

「ざっくり嫌われてるって言うんじゃねぇ」

「事実ですから」

 こいつが吐くセリフには悪意しか宿ってないんじゃないのか?

 俺の心を傷つけてそんなに楽しいのか。

 ため息を吐きつつ、ガールズラヴってる秋蝉先輩と白鳥を見る。

 これって、あれだよな。秋蝉先輩は白鳥のこと……。よし、訊いてみるとしよう。

「秋蝉先輩」

「な、なにかな……?」

「秋蝉先輩って白鳥のこと、好きなのか?」

「ぶっ!? な、なななななに言ってるの!?」

「さっきから見てると秋蝉先輩が白鳥のこと好きなようにしか見えねぇからさ」

「見てたの!?」

「見られてないと思ったのか?」

「……うん」

 そんな風に素直に言われるとは思わなかった。

 どうしてこの状況で見られてないと思えるんだ?

「で、どうなんだ? 好きなのか? 嫌いなのか?」

「私、貴方のことは嫌いです」

「はいはい。俺もお前のことは嫌いだよ。毛虫と同じくらい嫌いだから安心しろ」

「表現が具体的だね……」

「うっせぇ。嫌いなんだよ、毛虫」

「私は?」

「そこまで嫌いじゃねぇ」

「ツンデレだね。なんだか、君とは仲良くできそうな気がする」

 秋蝉先輩からの好感度が上昇していた。……なぜ?

「俺のことはどうでもいいんだよ。お前は白鳥のこと、好きなのか?」

「ふぇ!? や、やっぱりその話題なんだね。私はみーちゃんのこと、好きだよ? も、もちろん女の子としてじゃなくて先輩としてなんだけど……あれ? でもやっぱり女の子として好きなのかも……」

「結論をいうと」

「私は白鳥瑞穂ことみーちゃんを愛してます」

 正真正銘のバカでガールズラヴな先輩が、俺の目の前にいた。

「ってなに言わせるの! 恥ずかしいよぅ……」

 蒸れたりんごよりも真っ赤にさせた顔を手で覆い、恥ずかしそうに体をちぢこめていた。

 狭そうだな、白鳥。頑張ってくれ。

「愛してるそうだが?」

「そんなこと言われても困るッス。ウチはノーマルッスから女の子は……って、別に嫌いとは言ってないから泣かないでほしいッス!」

「泣かせんなよ」

「元は兄貴のせいッス!」

 俺のせいにするなよ。俺がなにしたってんだ?

 ただ秋蝉先輩の本音を聞き出しただけだろ。

「どうしてお前は嫌われないんだ」

 アウルは顔を近づけながら俺に言ってくる。

「知らねぇよ。顔ちけぇよ。ちょっといい匂いするぞ。お前、俺と同じシャンプー使ってるよな?」

「わざわざ変える必要がないだろ」

 今さらだがアウルは俺の家に居候しているのだ。……部屋は別々だぜ?

「それで、どうして冬道はあいつから嫌われないんだ。教えろ」

「知らねぇって。つーかあれか? お前もガールズラヴりてぇの? そういう趣味があったのか?」

「ない」

「だからお前はなんで『ない』だけをそんな自信満々に言うんだ?」

「私の名言だ」

「迷元のまちがいだろ」

 会ったときから『ない』だけはきっぱり言うんだよな。間違いなく名言だ。

「お前は顔が怖いんじゃねぇか? 俺や真宵後輩と違うタイプの無表情だからな」

「無表情にタイプなどあるのか?」

「あるに決まってるだろ」

「決まってるのか……」

 真宵後輩の場合は何を考えているかわからないタイプの無表情。

 俺のは――周りの声によれば――他人に関心を示さない無表情。

 で、アウルのは怖い顔の無表情ということだ。

 性格が堅いから表情にまでそれが現れてるんだ。

 殺されかけた相手がそんな表情をしてたら、なにかあるんじゃないかと心配しちまうし、怖がりもするだろ。

「そのうち馴れてくれるって。心配することねぇよ」

「べ、別に心配してるわけでは……」

「なに言ってんだ。家じゃ『どうやったら秋蝉と仲良くなれるんだ』とか言って悩んでるじゃねぇか」

「なっ!? どうしてそれを知っている!」

「リビングで呟いてたろうが」

「私は知らんぞ!」

 無意識に呟いてたのかよ。アウルも見かけによらず淋しがりだからな。

 嫌われてるのがわかっててつるむのが辛いんじゃないだろうか。

 そんな会話をしていると、真宵後輩がいきなり指を立てて俺たちを制してきた。

「静かにしてください。誰かが来ます」

「あ? 他の生徒とかじゃねぇのか?」

「屋上は立ち入り禁止となっています。それに今の時間帯にわざわざ屋上に来る生徒がいると思いますか?」

 言われてみれば確かにその通りだ。

 普段この屋上は立ち入り禁止になっており、行事があるときにならないと開放されない。

 俺たちはそれを無視して使っているわけだ。

 さらにいえばこの屋上は学校の端っこにあるため、昼休みの最初ならまだしも、もう半分以上が過ぎた今ごろに来るとは思えない。

「先生とかじゃないのかな? 見回りの先生とか」

「昼休みに見回りなど聞いたことがありません。それにわかりませんか? この感じ……」

 真宵後輩に言われて気配を探ってみる。

「こいつ、能力者か」

「そうです。能力者の気配というのはまだはっきりとはわかりませんが、普通ではありませんからね」

「しかし、能力者がいったいなんの用だ?」

「知らねぇよ。そんなもん」

 俺は弁当箱の蓋を閉じて、袋に入れながら言う。

「敵だったらどうするつもりだ」

「大丈夫だっての。敵なんかそう簡単に来やしねぇよ。来るとしても、こんな堂々と来ると思うか? 俺なら絶対にやらねぇよ」

 どれだけ実力差があって勝つことができようと、正面からだけはぶつかるようなことはしない。

 勝つ確率を上げるため、生き残るためにはそうするのが最善のことだからだ。

 『戦い』に卑怯なんて言葉は存在しない。だってそれはルールのある試合とは違い、あるのは生きるか死ぬか、殺すか殺されるかだけだから。

 正面から戦おうと思うのは相当に自信のある奴か、正真正銘のバカだけだ。

 昔の俺はバカだったけどな。

「いざとなりゃ、殺りあえばいい。こっちは三人、まけはねぇ」

「私は……?」

「戦う必要なし。つーかやらせねぇよバカ。秋蝉先輩は黙って白鳥だきしめてめててくれりゃいい」

「それなら任せて!」

「く、苦しいッス……」

 秋蝉先輩が気合いを入れて白鳥を抱き締めているのに苦笑しつつ、屋上のドアに視線を向ける。

 がちゃり、とドアが開く。

 それを聞いて俺は自然に警戒してしまっていた。あんなことを言われたあとで警戒するなと言う方が無理だ。

 鬼が出るのか蛇が出るのか。

 魔王さえ出てこなければ、何が出てきても驚かない自信がある。

 そしてドアが完全に開ききって出てきたのは――――ロケットランチャーを構えた女子生徒だった。……あ?

「先輩。私の目がおかしくなったのではないならば、ロケットランチャーを構えた女子生徒が見えるのですが」

「なら正常だ。俺にもロケットランチャー、略してロケランを構えた女子生徒が見える」

「略して意味あるんですか」

「特にはねぇ」

 片膝をつき、女子生徒はロケットランチャーの標準を俺たちに定めている。

「ってなぜお前らはそんなに落ち着いている!?」

「ろ、ロケットランチャー略してロケランだよ、みーちゃん! 狙われてるよ!?」

「アンタの胸で見えないんじゃーっ! 揉みしだくぞゴラァ!!」

「みーちゃんならいいよ? ……きゃは」

 後ろではずいぶんほのぼのしてるな。

 白鳥は秋蝉先輩の胸に顔を押し付けられて、苦しそうにしている。

 そして秋蝉先輩は顔を赤らめている。

 なんだか将来が心配になってきたな。いざとなったら白鳥、秋蝉先輩と結婚してやってくれ。

「と、冬道! そこでイチャイチャしているふたりは放っておけ! ど、どうするのだ!」

「慌てんなっての。たかがロケランだぜ? 避けりゃいい話だろ」

「簡単に言うなーっ!」

 アウルがいい感じに混乱していた。

「バカかお前は!? どこの世界にロケランの砲弾を避ける高校生がいるというのだ!?」

「超能力を使う高校生に言われたくねぇ。それによく考えてもみろ。本物のロケランを持ってる高校生がどこにいるってんだ」

「……発射します」

 女子生徒は小さく呟き、ロケットランチャーの引き金を引いた。

 長い砲身からなにかが飛び出たように見えたんだが、見間違いだろうか? 

「と、ととと冬道! 本物のロケランだぞ!?」

「すまん」

「謝る暇があるならなんとかしろーっ!」

「極めて了解」

 今回は俺の判断ミスだ。自分の尻拭いくらいは自分でしないとな。

「エレメントルーツ」

 復元言語を唱え天剣を元の形に復元して、迫り来る砲弾に対して下段に構える。氷系統の波動を刀身に流し込み、柄を握る手に力を込める。

 そして砲弾が刀身の範囲内に入った瞬間、一気に天剣を振り上げて真っ二つに切り裂く。

 その際に刀身に流していた波動を砲弾にも流す。

 ふたつになった砲弾は爆発することなく、俺の流した波動により凍結し、コンクリートの床に転がる。

「た、助かったぞ冬道……」

「そんなに慌てんなよ。能力者と戦うのと比べたらロケランなんて大したことねぇだろ」

「いや、それでも慌てるだろ」

 天剣を首飾りに戻しながら「そうか?」と言い、俺はロケラン少女に顔を向けようとした。

 が、急に俺の頬を風が撫で、踏みとどまる。

 後ろからなにかが来る――――!

「兄貴! なんか行ったッス!」

「わかってるって。騒ぐな」

 焦ったような白鳥の声に答えつつ、俺は振り替える。

 俺が見たときにはすでに影がひとつ増えていた。気配を感じたときは数メートルかは離れていたというのに、今は懐に入り込まれている。

 顔面に向かって掌底が放たれる。一切の迷いのないその一撃は、的確に顎を捉えている。

 直撃を受けるのは……マズくはないけど痛いな、こりゃ。たぶん口のなか切れるだろうな。

 顔をわずかに傾けそれを避ける。

 風を切る音を耳にしながら三歩ほど後退し、そいつを視界におさめた。

 そいつは女子生徒だった。小柄ではあるが真宵後輩や白鳥ほど小さいわけではなく、平均より身長が低い。

 くりくりとした大きな瞳に人懐っこい顔立ちの口元に浮かぶ笑みからは、キラリと光る犬歯が見える。

 そしてなによりも一番最初に目に入ったのは、首に巻かれたマフラーだ。

 暖かい今の季節に、マフラーをしてるだなんておかしいだろ。暑くはないのだろうか?

「にひっ」

 そいつは屈託のない笑みを浮かべ、再び俺の懐に潜り込んできた。

 不意を突かれたような感じだった。

 脳から電気信号が神経を伝い、筋肉を動かすに至るまでのタイムラグといえないような、本当に一瞬の時間。

 俺が動く前にそいつはその隙を見計らい、アクションを起こしている。

 こんなプロでもほんのひと握りしかできないような動きを、たかが学生が再現してしまうのか。

 いや、そういう俺も学生なんだけどさ。

 だからこそ俺も負けられない。負けたくない。

 久々に、楽しくなってきたぜ。

「おっと。危ない危ない」

 軽口を叩きながらそいつはバックステップで俺から距離をおき、掌底を繰り出した右手を軽く振る。

 制服の袖はまるで、冷凍庫に腕を突っ込んでいたかのように凍っている。

「危ないなぁ。ボクを氷の芸術品オブジェにでもするつもりかい?」

「そしたら俺の部屋に飾ってやるよ」

「趣味悪いね」

「うるせぇ」

「ボクを凍りづけにしようとしたこの能力。これはなにをやったんだい?」

「教える気はねぇ」

「ふーん。まっ、別にいいんだけどね」

 どうやら表情からして諦めるつもりはないみたいだ。実力行使で聞き出すようだ。

 その場で軽く跳ね、動き出す準備をしている。

 俺がやったことは別に大したことじゃない。

 神経から電気信号を送る速度も速く、波脈に氷系統の波動を流し、俺の体に触れた物体を凍結させただけだ。

 相手が能力者なら、俺も波動を抑え込んでいる必要はどこにもないからな。

「兄貴、なんか楽しそうッスね」

「この前のは暇潰しにもならなかったそうですからね。まともに戦えて楽しいのでしょう」

「暇潰しにもならなかった……」

「あっ。なんか落ち込んでるッス」

「冬道にボロクソ言われていたからな。秋蝉も一応だが能力者だ。複雑な心境なのだろう」

 なんでお前らは完全に観客のポジションに位置取ってんだよ。

 秋蝉先輩は秋蝉先輩で落ち込むなよ。

「よそ見してていいのかい?」

 声が真上から聞こえてきた。

「安心しろ。お前のことは忘れてねぇからよ」

 両腕を真上で交差させると同時に衝撃が走る。

 電撃でも流したように腕がしびれ、一瞬だけ力が入らなくなるが、そんなのは気にしてはいられない。

 右手で足首を掴み、そのまま真後ろに放り投げる。

 予想以上に軽かったそいつは屋上を囲う鉄格子に器用に着地し、自らの体を砲弾にでもしたように突っ込んできた。

「女の子にも容赦ないねぇ。モテないよ?」

「女だからって差別する気はねぇよバカ」

 俺が突き出した拳とそいつが突き出した拳が正面からぶつかり、屋上に鈍い音を響かせる。

 壁でも殴ったような鈍い痛み。

 お互いにそんな痛みが拳にあるというのに、苦痛の表情はない。……まぁ、それでも痛いことには変わりないんだけどな。

 すれ違うようにお互いに立ち位置を変え、体勢を立て直してにらみ合う。

 どちらかともなく、なにかがきっかけになったかわからないまま、俺たちは同時に踏み込んだ。

 俺が右の拳をを突き出せばそいつも右の拳を突き出し、左の拳を突き出せば左の拳を突きだしてきた。

 連続して鈍い音が鳴り、拳の皮が破ける感覚を感じた。それでも動きは止めない。

 このままでは埒があかない。

 だがそいつは拳を振り抜くタイミングをずらして俺の拳をかわし、顔面へと拳を向かわせた。

 タイミングはずれても修正すれば問題はない。

 もう片方の腕で拳を外側に弾き、そいつに足払いをかけて体勢を崩させようとする。

「甘い甘い」

 人を小バカにしたような口調で言い、体を後ろに倒して床に手をつき、縦回転をすることで俺から距離を置いた。

 小柄な体を十分に活かした俊敏な動き。体の使い方を熟知しているようだ。

「冬道と互角だと? あの女、何者だ?」

「貴女の目は節穴ですか。先輩の方が勝っているでしょう。ちゃんと見てください」

「そうッス! 兄貴の方が勝ってるッス!」

「みーちゃんは見ててわかるの?」

「わかんないッス」

「私と一緒だね。私も全然わかんないや」

 いや、だからなんで観客感覚なんだ?

 少しくらい心配してくれてもいいだろ。

「いやぁ、強いねぇ。さすがだよ、冬道かしぎくん」

「そりゃどうも。そういうお前は誰だ?」

「……ボクを知らないの?」

 そいつは冗談は止めろよと言いたげな表情をしながら、毒気を抜かれたようにきょとんとしていた。

 知らないものは知らないんだよ。

「やれやれ。ボクもまだまだ認知度は低いみたいだねぇ。ボク、結構有名人なんだけど?」

 腰に両手を当ててそいつは言う。

「ふーん。興味ねぇや」

「ずいぶんはっきり言ってくれるねぇ。まぁ、ボクとしてもその方が嬉しいよ」

 こいつ、マゾなのだろうか。

「ボクはこの学校の風紀委員長の翔無かけなし雪音ゆきねっていうんだ」

 風紀委員長ってことはこの人、俺よりも歳上なのか。全然歳上に見えないのに。

「名前だけでも覚えていってね?」

 イラッ。

 なんなんだこのアイドルみたいな言い方は。今までにないくらいイラッとしたぞ。

 翔無雪音はとことこと俺の目の前まで歩いてくると、首を傾げながら言ってくる。

「もしかしてボクの可愛さに見とれちゃった――って、いだだだだだ!? なんでヘッドロックなのさ!?」

「イラッとしたからだよ。文句あっか」

「逆に文句がない方がおかしいよね!?」

「仕方ねぇな」

 あまりにも痛がるので、俺は翔無雪音を解放する。

 妙にしっくり来たな。ヘッドロックかけやすい頭してるのか?

「うぉぉ……い、痛い……。き、君には上級生に対する敬いというのがないのかい……?」

「すみませんでした翔無先輩?」

「なんかムカつくね」

「先輩のさっきに比べたら可愛いもんでしょう? なんですか、アイドルにでもなる気ですか?」

「それもいいかもねぇ。そうしたら君はファンになってくれるのかな?」

「あり得ねぇ」

「ばっさりだねぇ、君。うんうん。嬉しい限りだよ」

 だから翔無先輩、貴女はマゾなのか?

 そんな翔無先輩はくるりと回転して俺から距離を置き、人差し指を突きつけてくる。

「屋上は立ち入り禁止なはずなんだけど、どうして使っているのかな? 風紀委員として、見過ごすわけにはいかないなぁ」

「ロケランぶっぱなしてくるような奴に言われたくねぇっての」

「撃ったのはボクじゃないよ?」

「どうせあいつも風紀委員の一人だろ。だったらどっちだろうと同じことだ」

 俺は屋上のドア付近で、こっちを見ている女子生徒を親指で指差しながら言う。

「手厳しいね。だけどまぁ、屋上の件については建前なんだけどね。君に話があってきたんだ」

「断る」

「まだなにも言ってないんだけど?」

「それでも断る。お前の話なんか聞いたっていいことなさそうだからな」

「そんなこと言わないでおくれよ。今は話を聞いてくれるだけでいいからね」

 俺がそう言っているにも関わらず、翔無先輩は意に介した様子はなかった。

 歩みより、俺の頬に指を押し付ける。

 そして太陽のような笑顔を見せながら言ってきた。

「君を風紀委員に推薦したい」

「風紀委員?」

「そ。風紀委員。別に強制はしないよ。ボクはいつでも風紀委員室にいるから、気が向いたら遊びに来なよ。いつでも歓迎するよ」

「絶対行かねぇ」

 だいたい、ロケランを所持してる時点でただの風紀委員じゃないことは明白だ。

 こいつらは間違いなく、能力者と関係しているか、もしくは能力者そのものか。まぁ、十中八九能力者そのものだろうけれど。

「寂しいこと言わないでよ。ちゃんとお茶とお菓子、用意しておくからさ」

 翔無先輩はそういうとドアの方に向かい、スキップでもしそうな足取りで去っていった。

「なんだったんでしょうね、あの人。翔無雪音といいましたか。先輩、最近は女性絡みの出来事が多いですね」

「たまたまだろ」

 真宵後輩の言う通り確かに最近は女絡みの出来事が多いけどさ。

 アウルから始まり白鳥に秋蝉先輩、そして翔無先輩とかなり多い。

「ん? アウル、どうかしたのか」

「翔無雪音……どこかで聞いたことある名前だ」

「この学校の風紀委員長だからじゃねぇの?」

 もしくは『組織』に関係しているのか。どちらにしろ、俺には関係ない。

「そういうわけではないのだが……」

 顎に手を当て、アウルはなにかを考え始めてしまっていた。

 風紀委員長の翔無雪音か。……せっかくの昼休みを引っ掻き回すだけ引っ掻き回していっただけじゃないか。

 ひりひりと痛む拳を見てため息をつき、解散することにした。





 ◇次回予告◇


「いいじゃねぇかよー。あたしと冬道の仲じゃん」


「友達なんだから当たり前だろうが」


「……お前まで巻き込めねぇよ」


「変なあだ名つけんじゃねぇ」


「……私、初めてですので、優しくしてくださいね……? ぽっ」


「……わかった。話だけは聞いてやる」


「異常と戦う経験はある程度はあるけど、基本的なスペックで君には勝てないからねぇ」


「……雪音さんが全面的に悪いかと」


「可愛いよねぇ、キョウちゃん」


「キョウちゃんはどう思う?」


「……体に聞くのが一番かと」


「九十八点」


「キョウちゃんはボクより曲者かもしれないよ?」


 ◇次回

  2―(2)「監視員」


「ボクは信頼していない人間を信用するほど甘くはない」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 前話が若干変わっていますので、見ていただけると嬉しいです。

 以上、ぱっつぁんからでした。



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