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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第九章〈学園祭〉編
129/132

9―(10)「スクール・デイズ②」

 

 俺の言葉にしぐれが絶句した。しぐれには悪いと思ったが、執拗なまでにクラスに縛ろうとする彼女の申し出をやんわりと断るのは不可能だ。辛辣に突き放して、二度と関わる気を起こさせないようにするしかない。

 真宵との学園祭デートを天秤に乗せて諦めたようにクラスの出し物も、いや、それ以前に生命が脅かされるかもしれないのに、学園祭に秤を傾かせるわけがない。

 絶句したしぐれは目線をさ迷わせ、次の句を探している。明確な拒絶に戸惑いを隠せず、どうしたらいいかわからないようだ。

 いまは放課後だ。しぐれに呼び止められて留まっていたが、もうその必要はない。

 鞄を引っ付かんで立ち上がる。踵を返して帰ろうとすると、しぐれが俺の手を掴んだ。


「は、恥ずかしがらなくてもいいんだよ冬道くん! 誰も笑ったりしないからね!」

「…………」


 虚ろな光を目に宿したしぐれは、俺の言葉など聞こえなかったかのように続ける。だがしっかりと聞いていただろう。その証拠に言葉の端々から動揺が見え隠れしていた。


「やっぱり執事服は嫌かな? じゃあしぐれさんが特別に冬道くんのリクエストにお応えしちゃうよ! どんな衣装がいい?」

「……しぐれ」

「だけど男の子の衣装はあんまり作ったことないんだよね~。メイド服とかは趣味でやってるからちょちょっとなんだけど、冬道くんの希望に沿えるように頑張るよ!」

「しぐれ」

「衣装のデザインに要望があったら言ってね! あとからでも直せる範囲だったら大丈――」

「――しぐれ!」


 机を殴ってしぐれの顔を上げさせる。そこにあったのは不安を払拭しようと縋りつく少女。そんな彼女の瞳に映る俺は、悲しそうにしていた。

 なんとなくわかっていた。ほとんど接点のないしぐれが執拗に絡んでくるのか。

 せめて安心させてあげられないかと頬を緩め、


「俺のことは、気にしなくていいから」


 それだけを告げた。


     ◇◆◇


「それでずっと逃げ回ってるってことかい?」

「……まさか、あれで諦めないとは思わないだろ」


 カップを受け皿に戻した翔無先輩は、おかしそうに微笑む。


「よっぽどかっしーに入れ込んじゃってるんじゃない? 不審者を撃退した君の名前は悪い噂を木っ端微塵に壊して、なおかつ学校のアイドルのマイマイちゃんの彼氏だっていうんだから、そりゃ新聞のネタにはもってこいだよねぇ」

「…………」

「や、やだなぁ。そんな目で見つめないでよ。残念なことにボクには蔑まれて悦ぶ趣味は持ち合わせてないからねぇ」

「ネタの種を提供しやがった先輩にそんなこと言う権利があると思ってんのか?」


 しぐれが勝手にやった自己紹介で新聞部だと言っていた。『かっしー』のあだ名は翔無先輩が部内でも俺をそう呼び、嫌がってるのを知ってるしぐれは会話の切り口として用いたのだ。俺からネタを引き出すために。


「しょ、証拠もないのに疑うなんていけないと、ぼ、ボクは思うなぁ。ほら、せっかくめったに淹れない紅茶とお菓子も用意したんだから遠慮せずにいただきなよ」


 無言でお菓子の包み紙を開けて口に放り込む。ビターチョコレートのほのかな苦味が広がり、すぐに溶けていく。苦いのは好みではないが、不思議と手が止まらなく味だ。


「どうだい? なかなかの味だろう?」

「俺は好きだな。これってどこで買ったんだ? 見たことない包み紙だけど」

「ふふん、それはどこにも売ってないよ。なにせボクの手作りだからね! このチョコレートボンボンは!」

「へぇ。先輩の手作りか」

「意外かい?」


 いたずらが成功した子供のようにニコニコして足をバタつかせる翔無先輩に、頷いて肯定する。


「まあ、あんまり料理とかお菓子作りってやらないんだけど、うちには敏腕メイドさんがいるからねぇ。……せっかくの休みだからごろごろしてたところに、無理やり仕込まれたんだよ」


 翔無家にいる万能ロボット、通称『ASAMI』ちゃん。独り暮らしなのにだだっ広い翔無家の屋敷の家事や掃除、果てには警備まで勤めるメイドさんだ。

 八雲さんが能力で造ったらしいが、言動は機械的だが感情は豊富だ。ちょっと融通が利かないのは珠に瑕だけど。


「美味しいですね。私も好きです」

「マイマイちゃんのお墨付きなら、ボクとしても自信がつくよ。これなら学園祭で売り出しても大丈夫かな」

「ボンボンはだめだと思いますけど」


 黙ってたからどうしたのかと思えば、ずっと食べてたのか。真宵の前にはチョコレートボンボンの包み紙を綺麗に畳んだものが何枚も積み重なっている。一個ずつのアルコールば微量だが、こういくつも食べていたからか、真宵の頬がほんのりと赤らんでいた。


「それに、かしぎさんのことをほかの女に言うのもだめと思います」

「ちょ、うまく誤魔化せそうだったのに! ていうか、ら?」

「こんなのあからさまなのに誤魔化されるか」


 翔無先輩は「むー」と唇を尖らせる。


「悪かったよ。だけど君もだよ? しぐれんも言ってたみたいだけど、去年かっしーが唯一参加した日に喧嘩して謹慎になった。絡まれた女の子を助けてね」

「覚えてねぇけどな」

「君が覚えてなくても助けられた側と、その処理に追われたボクたちはちゃーんと覚えてるんだよ。言わなくてもわかってると思うけど、しぐれんが君の助けた女の子だよ」

「だろうな」

「だろうなって……はぁ」


 眉間を揉むように押さえる翔無先輩。

 助けた女の子がしぐれだというのは、聞いたときになんとなくわかっていた。

 学園祭は校舎内と敷地を存分に使って行われる。人も大勢集まってくるため、人目のつかない場所はほとんどない。

 ほとんど、というだけで、全くないわけではない。グラウンド脇にある用具倉庫などが例だ。そして校舎裏も誰も立ち入らない場所の一つだ。

 そこはいまでこそ全滅している桃園生の不良の溜まり場となっていた。隠れるには打ってつけで、煙草を吸ったりカツアゲをしたりしていた。気にくわなければそこに呼び出して数人で痛めつけ、逆らえないようにするなんて当たり前だった。

 不良は俺が高校に入学して数ヵ月で全滅させたのだが、卒業した奴らはそのことを知らない。

 学園祭で女子生徒を捕まえ、誰も寄りつかない校舎裏に強引に連れていき、楽しもうとしていたのだろう。だがそこに偶然にも俺が通りかかったのである。

 数人の男に押さえつけられ服を剥がれる女子生徒の構図。見られないからこそ選んだ場所なのに、誰かが通りかかったとなれば、口封じをするのが彼らの思考だ。あっという間に取り囲まれ、有無を言わさず殴りかかられた。

 そこからはしぐれや翔無先輩が言ったように、不良を撃退して意図せずして彼女を助けた形になる。

 しかし疑問が残る。誰も寄りつかない場所での喧嘩が学校側にバレたのは『組織』のメンバーが働いたからだが、俺が喧嘩して停学になったことになっている。にもかかわらず、どうして女の子を助けたことを知っているのか。

 しぐれがその女子生徒だったからだ。

 休息のつもりでちらりと隣を見ると、真宵は休むことなくボンボンを吸い込んでいた。


「かっしーは良くも悪くも周囲に影響を与えすぎなんだよ。しぐれんが新聞部に入部したのだってかっしーのせいだし」

「俺が悪いみたいに言われても……」

「いまのところは問題ないよ。でも、この先も上手くいくとは限らない。助けてもらったボクが言うのはお門違いだし恩を仇で返すようなものだけれど、あえて言わせてもらうなら、奇妙な均衡のなかにいるかっしーは多少の揺らぎで――」


 ――すべてを失いかねないんだよ?


「…………」


 心臓が貫かれた錯覚に陥った。それほどまでに翔無先輩の言葉は鋭利で、俺の内側を強引に抉じ開けて掻き回していったのだ。


「……先輩はなにか知っているのか?」


 あらゆるパターンを加味して考えてみたが、どれも当て嵌まらず、取っ掛かりすら見出だせていない一瞬。俺と真宵を除いた全員の記憶が――事実が書き換えられたあのとき。

 それだけが不安だった。俺が生きるこのときは実は偽物で、本当はなにもないのではないのか。これはすべて俺の夢で、次に目を醒ませばなにもないのではないのか。

 翔無先輩が言ったように、すべてを失ってしまうようで怖かった。


「なんにも知らないしわかんないよ。ボクは君の嫌がることを言ってるだけさ」


 牙を剥き出しに、翔無先輩は顔を近づけてきた。しかしすぐにソファに座り直すと、残り少なくなったボンボンの一つを指で上に弾き、落下してきたそれを噛み砕く。


「あーあー、これでかっしーに嫌われちゃったかな~ちらり」

「……わざとらしいぞ」

「えー、そうかい? 繊細な心の持ち主のボクはかっしーに酷いこと言っちゃって、嫌われたんじゃないかって不安で不安で胸が押し潰されそうなのになぁ」

「勝手に押し潰されてくれよ」

「うわ、酷いねぇ。けどまあ、仮にそうなったとしてもボクだけは君の敵の敵だと思うよ」

「その心は?」


 ぺろりと唇に舌を這わせる。

 凶悪さを惜しみなく浮き彫りにした波紋の宿る眼で俺を射抜きながら、


「君が『勇者』で、ボクが魔王だからさ」


 こりゃあ一本取られたかな。



 その後、司先生たち『組織』のメンバーが風紀委員室に揃った。俺と真宵はクラスに参加するつもりはないので早めに来ていたのだ。翔無先輩は用事があるからと断りを入れたらしく、学園祭前日の最終打ち合わせが終わってから準備と称した前夜祭に参加するらしい。

 桃園高校は学園祭の規模の大きさから前日に限ってのみ泊まり込みが許可され、寝袋の貸し出しとシャワールームが開放される。しかし泊まり込みする生徒が多すぎて溢れかえるので、なかには一旦帰宅してからという生徒もいるほどだ。

 で、一時帰宅してからお菓子やジュースを買い込んで、ドンチャン騒ぎに興じる。

 先生たちも準備なんて建前だとわかっているので、ばか騒ぎしても咎められないのだ。もちろん見回りも何人かいるので、はめを外しすぎれば説教を喰らうことになる。もっとも毎年恒例らしいので、説教も学園祭の醍醐味だとか。

 しかし生徒が泊まり込みをするということは、もれなく『組織』の仕事も継続になる。俺と真宵のほかは元々そうする予定だったので、大した問題ではないそうだ。

 ただ、俺たちだけが帰るのは心苦しいものがある。夜通しで騒ぐといっても、翔無先輩たちはクラスメートと楽しみながらの警戒だ。もしかしたら見落とす可能性もないとは言い切れない。

 むしろ俺が残って警戒すべきところだが、かといってクラスに戻るわけにもいかない。歓迎してくれるだろうけど、それで俺も楽しんで気を緩めたら本末転倒だ。泊まり込むにしても生徒会・風紀委員室のどちらかだろう。


「大河、ここはどうなってる?」


 テーブルに広げた校内の見取り図の一角を指差しながら訊ねる。


「一応罠は張ってある。俺の電気を蓄積させたものだ。御神理央がいうには能力者、とりわけ眷属が半径数メートル以内に入った瞬間にそいつに対して作用するらしいが、あまり効果は期待しない方がいいだろう。センサーの代わりとでも思っておけ」


 そう言ってテーブルに置いたのは小型の音楽プレーヤーのようなものだった。黒兎先輩は伸びる何本もの線の一本に触れると、指先から微量の紫電を迸らせた。すると下面にある二つのライトの片方が薄緑色に光り、もう片方が赤く点滅していた。


「まあ、ボクと君もスピードに関してはピカイチだからねぇ。あるだけありがたいよ」

「礼なら気を利かせてこんな代物を送りつけてきた御神理央に言うことだ。……火鷹鏡、ここは貴様の担当のはずだが、抜かりはないだろうな?」


 ぎろりと睨む黒兎先輩を、火鷹は相変わらずの三白眼で見つめ返す。


「……問題ありません。一般入場口以外は私の能力で塞いでますし、それが壊されたとなればすぐにわかります。とはいえ、そもそも目立つ行動は避けるでしょうから、生徒会長さんのように罠を仕掛けられればとは思います。私の結界内に踏み込んだ能力者の存在は察知できますが、いざとなれば真宵さんの投入も考えてあります。ないことを祈るばかりですけど」

「そうか。白神、不知火。貴様らの方は?」

「死角がないよう鏡を設置してるけど、大人数が動き回ることを考えたら、私の能力で監視できないところがいくつも出てくるでしょうね。そこはミナに見回ってもらうつもりだけど……」


 そこで言葉を切った白神先輩は隣に座る不知火に目を向ける。不安に揺れる瞳に一度だけ頷いた不知火は、言葉尻を繋げる。


「それでも先輩や火鷹ちゃんたちに比べれば穴になるってのが、正直なところだ。できるだけ負担は減らすけど、やっぱり冬道に頼る場面が出てくる……と、思う」


 苦虫を噛み殺したような表情で言い切った不知火に、翔無先輩は言う。


「キョウちゃんも不知火くんも『勇者』に頼ろうとしすぎだよ。ボクが言えた義理じゃないのは重々承知で言わせてもらうけど、自分が失敗しても後ろがいるって考えはいただけないねぇ。マイマイちゃんは一応キョウちゃんと同伴してもらうことになってるけど、半分はフリーみたいなものだ。あまり考えに入れないようにね。不知火くんもだよ?」

「……わかりました」

「りょ、了解です」


 火鷹は不満そうにしぶしぶ頷く。火鷹だけ一人でやる形になってるし、真宵はいざというときの保険だと明言しても突っぱねられれば、付き合いが深い間柄でもいい気分ではない。それでも状況を照らし合わせて考えれば正論に近いので反論しなかったのだろう。

 けれど一階だけとはいえ、火鷹だけで全体をカバーするのは厳しいだろう。


「御影って護衛するとき以外はどうなってるんだ?」


 壁際であくびを噛み殺した御影は、半開きの目を眠そうに擦る。


「桐代くんの監視をしてもらうことになってるよ」


 しかし答えたのは翔無先輩だった。


「ほたるんのお姉さん――小椿彩架は、一般解放日の初日に来ることになってる。それ以外の日は基本的に桐代くんに付きっきりで監視してもらわないとね。あれ以来接触はないみたいだけど、期を伺ってるだけかもしれないし、すでに内側に入り込まれた敵に隙を見せるわけにはいかないからねぇ」

「翔無サン、もう散々口を酸っぱくして言ってんすけど、ほたるんってやめてくんねぇすか」

「あ、もしかしてキョウちゃんのこと心配してるのかい?」


 完全にスルーされた御影が司先生に慰められる珍しい光景を横目で見つつ、無言で肯定する。

 火鷹は無表情でくねくねし、翔無先輩はにやにやしている。周りから向けられる視線もいやに生易しかったので冷気を放出して力ずくで黙らせておく。


「まあ、マイマイちゃんを宛にするなって言ったのはボクだからねぇ。キョウちゃん一人で二人分の働きを強いるのは酷かな。……大河、このセンサーってあといくつくらいあるんだい?」

「性能を試したいからと段ボール数個分も送られている。一階に設置するだけは十分に残っている。これもあまり宛にしたくないが、仕方あるまい」

「ということだそうだよ?」

「…………」


 意味ありげに流し目を送ってくる翔無先輩。心配性だねぇと言いたそうな態度に、当然の心配だろうと物申したいのだが、俺が他人を気遣うのは未だに珍しいのだろう。ずっとそう思われても仕方ない態度だった俺にも非があるわけで、喉元まで込み上げてきた言葉を飲み下す。


「キョウちゃんもそれで大丈夫かい? さっきはキツいこと言ったけど、不安があるなら司先生も一緒にやらせるけど」


 そう言って司先生に目配せする。


「ん。まあ、必要なら私も手を貸そう。面倒だがな」


 司先生は白衣の胸元から煙草を取り出すと、一本を咥える。さすがに校内で喫煙は控えるらしく、火を灯そうとはしなかった。


「……そうですか? ですけど緊急時の待機がいなくなりますが」

「構わん。ただでさえ後手に回りやすい状況なのだ。待機して行動が遅れて状況が悪化するのでは笑うにも笑えない」

「司先生が事後処理したくないだけだろう? 先生ってホントーに面倒ごとを避ける努力だけは人一倍だよねぇ」


 カラカラと翔無先輩は笑う。


「かっしーの心配の種はこれでなくなったことだし、詩織ちゃんの監視は任せたよ?」

「ああ、わかってる」


 そう頷いたところで、最近は柊とまともに顔を合わせてないことに気づいた。学園祭が近くなり、準備が遅れていた2―Aはそれを取り戻そうと朝から作業に取り組んでいた。衣装はほとんど完成しているが細部に手直しが必要だし、教室の飾り作りもしなければならない。さらにクラスのことだけでなく各部活や委員会での準備もある。

 俺は無所属なので帰って家のことをやるわけだが、柊は多忙だ。そのせいですれ違いになっていたのである。

 ようやく準備が終わった今日、柊はもちろん、萩村と蒼柳も前夜祭に参加するはずだ。そうなれば俺も行くべきなのだが、しぐれのこともあって行きにくい。翔無先輩たちも泊まるので必ずしも残ることないが、身近にあった存在が遠くに行ってしまったようで、無性に柊に会いたかった。


「にゃぁ……」

『は?』


 不意の出来事に俺たちの声が重なった。絶妙なタイミングで猫の鳴き声――のような少女の可愛らしい寝言がこぼれたのだ。

 全身の視線が俺に――正確には俺の太股を枕代わりにして眠る真宵に集まってくる。


「ずっと言いたかったんだけど、なんで真宵ちゃんがかしぎ君を枕にして寝てるの!?」


 髪を振り乱して言う白神先輩のドン引きな姿からするに、風紀委員室に入って目撃したときから突っ込みたかったのだろう。真面目な会議のためやってきたのに先客がそんな格好をしていれば、白神先輩でなくとも叫びたくなる。突っ込み気質の彼女がよくいままで我慢できていたものだ。


「あんたたちが仲いいのはいまさらだけど、せめて時と場合は考えなさいよね」


 チラチラと不知火を見ながら言う。たぶんやってあげたいとか思ってるのだろう。しかし天然物の鈍感野郎の不知火が気づく様子はなく、白神先輩はがっくりと肩を落としていた。


「なんでそんなことのなってるわけ? 真宵ちゃんがかしぎ君と二人っきりのとき以外に隙だらけな格好するとは思えないんだけど。……ていうか、もしかして酔ってる?」


 身を乗り出して真宵の寝顔をじっくり観察しようとした白神先輩は、わずかにアルコールの臭いが漂っていることに気づき、そんな質問をしてきた。


「酒でも飲ませたのか?」


 司先生は真宵の顔を覗き込み、なにを思ったのか頬をつつこうとする。人差し指をゆっくり伸ばしていき、それを白神先輩や火鷹が興味津々に眺めている。十センチ、五センチと近づき、あと少しで触れるというところで、


「がぶっ」


 無意識に危険を察知した真宵が噛みついた。

 司先生は無言で硬直し、白神先輩と火鷹は困ったように顔を見合わせていた。


「まずい、です」


 ぱちくりと目を開いた真宵は不機嫌に眉を潜め、涎まみれにした司先生の指を払う。司先生は表情を変えることなく俺を見ると、ブレザーに涎を塗りつけてきた。文句を言おうにも言えず、なんとも言えんない気持ちでそれを見届けるしかなかった。


「うにゃぁ……」


 小さく鳴き、膝を抱えて丸くなる。ごろりと寝返りを打ち、まるでここは自分だけの居場所だと主張するようにしがみついてきた。普段はほとんど直球で甘えられることが……最近は、増えてきたな。まあ、遠慮なく甘えられるのは少ないので恥ずかしかったりする。

 ぎゅっとワイシャツを握りしめ、すんすんと俺の匂いを吸い込んでいる。にゃんこ真宵はさらに酔ったように顔を赤らめ、さらに甘えてくる。

 え、なんですか? 俺ってマタタビの臭いでも発してんの?


「完璧に仕上がっちゃってるわね。なんでお酒なんて飲ませたのよ」

「いや、直接飲ませたわけじゃないよ。ボクが作ったチョコレートボンボンをお茶請けの代わりに出してたんだけど、かっしーと話してる間ずっと黙々と食べてて……。ボクの実家のメイドさんに手伝ってもらったから一つ一つに大した量はないんだけどねぇ」

「どれだけ食べたのよ」


 白神先輩はチョコを一つ手に取ると、呆れたように言う。


「マイマイちゃんが食べる前はこのぐらいあった」

「いくらなんでも食べ過ぎじゃない!?」


 翔無先輩が元々あった分を教えると、白神先輩は心底驚いていた。読んで字のごとく山のようにあったのが、残り数個になってるのだから驚くのも無理はない。

 俺も少し目を離した隙に綺麗に折り畳まれた包み紙が何十枚も重なってて、翔無先輩と一緒に目を丸くしたくらいだ。


「ちょっと、真宵ちゃんっていつもこんなに甘いもの食べてるの?」


 いつにない白神先輩の迫力に頬を引き攣らせる。だが本人は気づいていないのか、はたまたそんな些細なことはどうでもいいのか、どんどんと迫ってくる。


「そ、そうだな。コンビニに売ってるジャンボパフェとか平気で二、三個食べるときもあるよ」

「なん……ですって」


 白神先輩が戦慄していた。


「あの女の子を誘惑するジャンボパフェを二、三個……? それなのにこんな……!! あ、あり得ないわ。いったいどうやっているの……!?」


 ああ、なるほど。白神先輩は体型のことが気になってたのか。たしかにジャンボパフェを何個も食べたり山のように積まれたチョコをペロリと平らげれば、普通なら体重が激増することだろう。火鷹も珍しく驚愕を露にしているし、女の子にとって重要な問題なのだろう。

 しかし真宵はあれだけ吸収しているにも関わらず、体型に困る様子がない。自分たちがこんなにも我慢して、体型を維持するために涙ぐましい努力をするなか、真宵はパフェやらチョコやらを平気で口にし、なのに太ることがないのは、由々しき事態ということだ。

 火鷹も白神先輩も十分にスリムだと思うんだけど、そういうことじゃないんだろうなぁ。


「太らない体質なんじゃねぇの?」

「そんなわけ……!! ……ううん、そうじゃなきゃ説明つかないものね」


 あからさまに肩を落とす白神先輩が気の毒で仕方ないんだが。

 火鷹と慰め合う白神先輩。それを見た翔無先輩も自身の体型について思うことがあったみたいで、一言申してやろうとしていたが、言わぬが吉と判断したらしい。吸い込んだ息を吐き出して頬杖をつく。


「ところで、どうするつもりなんだ?」


 俺の背後に移動した司先生が囁く。


「藍霧がこの有り様なんだ。帰ると言うならば、私がお前の役目を一時的に引き受けるが」

「いえ、大丈夫です。代わりってわけじゃないですけど、シャワールームとここを使わせてもらってもいいですか? 教室には居づらいですし、ここからなら移動も時間はかかりませんから」


 もし襲撃されたとき、ここからではどう急ぐとしてもタイムラグが生じる。刹那の狭間でやり取りするとなれば致命的な隙だし、客観的にも理的にも考えれば限定された空間で近くにいるのが望ましいけれど――感情で無用なリスクを背負ってなんとかできると思ってしまう辺り、まだまだ俺は超能力を格下として認識しているらしい。一度大元と対等に渡り合ってるだけに、危険視できないわけではないが、どうしても楽観的に構えてしまうのだ。

 おそらく今回は個体のステータスが並より高くも対応できないわけでなく、加えて戦場の規模が小さく味方が多いことが拍車をかけている。

 ここいらで一旦気を引き締める意味でも、異世界で夜営したときの感覚を思い出すべきだ。

 いかに『勇者』パーティーだろうと寝込みを襲われれば無傷でやり過ごせないのともある。治安の悪い村なら対人だから楽にとはいかずとも、確実に撃退が可能だと断言できる。しかし魔獣は同ランクでも人間なら数人がかりで挑まねば命は保証はないほどだ。

 しかも夜には魔獣のスペックもワンランク上昇するため、夜営はいつでも命がけだった。

 ……よし。これならいけそうだ。


「構わんが、あまりパソコンと書類には触らないようにしてくれ。下手に動かされると面倒だ」

「わかりまし……」

「あと二人きりだからって酔ってるマイマイちゃんに手を出しちゃだめだよ? マイマイちゃんならどんな形でも喜んじゃいそうだけど、きっと後悔するだろうからねぇ」


 誰のせいで酔ったと思ってんだ。


「やるわけねぇだろ」

「……かっしーさんにそんな度胸なんてありませんからね」

「そうね。肉食に見せかけた草食だもの」


 火鷹と白神先輩の追撃に額の太い血管が脈動する。


「冬道、マスターキーとスペアキーは渡しておく。やるなら私に迷惑がかからないよう、バレないようにやってくれ」


 渡された鍵を全力で床に叩きつけた俺は、きっと間違ってないはずだ。


 

 

 牡牛ヤマメです。

 前々からリメイクして新しく投稿すると言ってましたが、その準備のため書き溜め期間に入ります。

 リメイク版は1章分書き上げたら投稿を開始して、こちらも同じときに再開したいと思います。

 とりあえずあと一話と、この『氷天の波導騎士』のまとめとリメイク版との類似点を乗せた話の二話分はストックしてあります。

 先に言っておきますと、リメイク版は話をがらりと変わります。

 学園でいろいろやらかすのは変わりませんが、かしぎたちの関わるエピソードに変更を与えます。

 ぶっちゃけると、風呂敷を広げすぎて収集がつかなくなりましてん……。


 一応プロットはあるので、まとめに記載するかもしれません。

 あと登場人物にも大きな変更があります。リストラするキャラや、新キャラなどですね。


 なので、こちらでは最期になるキャラクター人気投票をしたいと思います。

 開始はまとめで登場人物の設定を乗せたときに改めて宣言したいと思いますが、すでにお決まりの方は是非ともご投票お願いします。

 好きなキャラを三人、順位をつけるだけで構いません。

 投票結果はリメイク版の投稿と同時に発表したいと思います。

 では、皆さんの清き一票をよろしくお願いします!

 

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