9―(7)「準備期間④」
砕けた硝子の欠片が飛び散り、教室に降り注いだ。それは夕日を浴びてキラキラと幻想的に輝き、一種の神聖な光景を彷彿とさせた。見たことはないが教会のステンドガラスから差し込む光はこんな感じではないのかと、紗耶香は頭の片隅で思った。
教会に足を運び神へと祈りを捧げる信者はなにを願うのだろう。病に苦しむ人々に救いの手を差し伸べてほしいとだろうか。飢餓に苦しむ子供たちにせめてもの慈悲を与えてほしいとだろうか。それともただ平和を望むのだろうか。
紗耶香は呆然と目の前の光景を受け入れようと脳を回転させていた。
床に散らばった破片を踏み砕き、フード付きのパーカーを羽織る人物が立っている。硝子の破片を全身に浴びたというのに、フードに切れ目こそ入っているが、そこから覗く肌には傷ひとつなかった。
体型からして男だろう。広い肩幅に武骨な四肢。よほど強靭な肉体の女でなければ、おそらくそれは間違いない。
現在地は校舎の二階。そのなかでも一番端にある2―Aの教室だ。冬になると血気盛んな男子生徒が積もった雪にダイブするけして頭のいいとは呼べない遊びをしていたのを見たことがあるが、そんな彼らが尻込みするほどの高さはある。およそ三メートルくらいか。壁には登れるような突起はなく、いかに屈強な男でも登ってくるのは不可能だ。
だが、男は確かにそこにいる。
二階の窓をぶち壊し、侵入してきた。
紗耶香は直前までの会話を思いだした。未だに信じられないが、あれはそういった類いだ。
一刻も早く逃げなければ。逃げなければ――殺される。どういった思考で結び付いたのかはどうでもよかった。直感したのだ。
紗耶香は恐怖に青ざめる瀬名の手を掴み、
「……っ!」
逃げるぞ、と叫ぼうとして気づいた。
声を出すことができなかったのだ。喉はカラカラに渇き、言葉を紡ごうとしてもかすかなかすれ声と押し出された空気だけが、虚しく通過していく。それに掴んだと思っていた手は握られることはなく、そればかりか瀬名と同様、腰が抜けて座り込んでしまっていた。
「ひっ……!」
フードの奥で真紅の二点がぎょろりと紗耶香と瀬名を捉えた。短く悲鳴を上げた瀬名の肩が大きく震え、その拍子に後ろにあった机ががたりと揺れた。
それが決め手となった。物珍しげに周囲を見渡していた男の体がこちらに向き直り、恐怖を煽るようにゆっくりと動き出す。進行を遮る机や椅子を避けることなく、凄まじい腕力で凪ぎながら近づいてくる。飛ばされたそれらは黒板や壁にぶつかり、亀裂を走らせる。なかには窓を割って外に放り出されるものまであった。
机にしまいっぱなしにされた教材が床に散乱し、そのいくつかが少女たちを捉える。
しかしそれが幸いした。痛みが走ったおかげで恐怖による硬直が解けたのだ。紗耶香は瀬名の腕を掴んで強引に立ち上がらせる。
逃げるぞ、なんて言葉を投げるまでもない。まだ足元の覚束ない瀬名への配慮はできなかった。引き摺ってでも逃げる。紗耶香の頭にはそれしかなかった。
一も二もなく逃走する場面で他人を気遣えただけでも誉められるべきだろう。普通なら動けるようになった時点で瀬名を囮にしてもおかしくはなかったのだから。
男がフードの下で口角を鋭く持ち上げる気配があった。
気にする余裕はない。
もしかしたら目の前にいたから標的にしたのかもしれない。逃げる二人に対して男は速度を上げようとしないのだ。
逃げられるのならどうでもよかった。
瀬名だけならまだしも、ここにいない誰かにまで気を回せない。
「……え?」
ようやく逃げられるとドアを開けようとして――開かなかった。
「なんで……? なんでなんでなんで! なんで開かない!!」
紗耶香はドアが開かないと見るや、本体をレールから外そうと前蹴りを何度もぶつけるが、少女の力ではびくともしない。――そんなわけがない。
いくら少女の蹴りとはいえ、それでびくともしないなど欠陥にもほどがある。が、このドアはつい数分前まで使っていたものだ。以前にぶつかって外してしまったこともあるし、それに比べて前蹴りは数倍の衝撃があるはずだ。
それが超能力によるものだと判断することは、瀬名にも紗耶香にもできなかった。
唯一の出口であるドアが開かなくなり、教室の隅に追いやられた二人は恐怖に身を竦ませた。
思考が働かない。男の目的はわからない。だけど自分たちを狙っていることだけは理解できた。
捕まれば陵辱の限りを尽くされるのではないかと脳裏をよぎり、パニックに陥る。男の不衛生な歯が下卑た笑みを作っていることがさらに拍車をかけた。
「さ……触んな!」
伸ばされた男の手を振り払い、反対側に逃げる。
「くそ! なんで開かないんだよ!! 開けよクソ!!」
ドアはやはり硬く閉ざされている。恐怖を吹き飛ばそうと大声で叫ぶが、逃げ場がないこと――なにより助けの見込みがないことが、それを加速させていく。
焦る二人の四肢を舐め回すように見やり、唇に舌を這わせた。
「いいから逃げんなよ。どうせ逃げらんねぇんだからさ。黙って従え」
「……っ!」
ドスの利いた声にもう逃げる気力さえなくなってしまった。
紗耶香はかろうじて平常を保てているが、瀬名は過呼吸を起こしかけている。
男がその気になればこんな茶番も終わらせるのは造作もないだろう。やらないのは、非力な女の子が力を持った自分から逃げているという構図を楽しみたいからだ。
下衆が、と口内で転がす。
紗耶香は吹っ切れたように髪を混ぜると、掃除用具箱に入っていたモップを両手で構えた。
「なんだぁ? そんなんでどうするってんだ?」
腹を抱えて笑う男に紗耶香は無言でモップを突きつける。どうせ助からないのだとしても最後まで抗い続けてやる。そう簡単に女の価値を奪われてなるものか。
「いいぜ? 遊んでやるよ!」
語気を荒げた男は床を蹴り、瞬く間に紗耶香との距離を詰めた。明らかに常軌を逸した動きに一瞬だけ姿を失うも、六月に見た光景に比べれば大したことはなかった。眼球は接近する男の気配を素早く捕まえ、視覚に映してくれる。
だが対応できるかで言えば答えは否だ。
こんなでたらめな動きに対応するなど、一般人の紗耶香には不可能だ。
男の魔手が紗耶香へと迫り、次に訪れるだろう衝撃に目をぎゅっと閉じる。
――刹那。
すぐ近くで鼓膜が破れそうになるほどの轟音が狭い空間を満たした。
はっとして目を開き、瀬名の安否を確かめる。怪我はなさそうだったが、どうしてか口元を手で覆い隠し、大きく目を見開いていた。
紗耶香はゆっくりと振り向く。
そこには、黄金の剣を片手にする彼が立っていた。
◇◆◇
「クソが!! なんだテメェ!!」
天剣を片手に、叫ぶ男との距離を測りながら滅茶苦茶にされた教室を見渡した。机は乱雑に散らかされ、壁のところどころには皹が入っている。教材は足蹴にされたらしく、紙切れとなってそこかしこに捨てられている。一言でいえばとんでもない惨状だった。
呆然と俺に視線を向ける萩村と……蒼柳、だっただろうか。隅に追いやられている状況からして、教室に残っていたらあいつが乱入してきた、ということで間違いなさそうだ。あとで詳しく話を聞かせてもらうことになるだろう。
とりあえず間一髪で間に合ったようだ。
「二人とも早く逃げろ。こいつは俺がなんとかする」
俺は矢継ぎ早にそう言うも、二人からの反応はない。当然か。ただでさえ理解の範疇を越えた出来事が目の前で広がっているのに、そこにクラスメートが乱入してくれば動けなくもなる。顔面は蒼白になり、呼吸することも忘れたように震えていた。
まさか、翔無先輩との会話の直後に接触してくるとは思わなかった。
しかしおかしいことではない。すでに何度も交戦しているわけで、俺たちがついさっき知ったばかりとはいえ、その日に襲撃しないなんて甘い考えだった。
風紀委員室をあとにし帰路についていた俺と真宵は、途中で学校の方向で妙な揺らぎを察知した。それほど大きなものではなかったが、ある能力と似ていたのである。
柊の『吸血鬼』に似ていたのだ。
まさかと思い即座に踵を返して戻ってくれば、二階の窓から机が何個も落ちてくる場面に遭遇した。案の定、『吸血鬼』の眷属が攻め込んでいたのである。
異変を感じ取ったのは俺たちだけではなく、火鷹や司先生が駆けつけた。
司先生は相変わらず校舎の破損に舌を打っていたが、今回はそれを気にしてる場合ではなかったらしい。ほとんどの生徒や教師は帰宅していたが、あくまでもほとんど。何人かはグラウンドや校舎内に残っていたのだ。
超能力は秘匿しなければならない存在である以上、この騒ぎを悟られるわけにはいかない。
俺たちはすぐに突入。まだ残っていた翔無先輩と一緒に真宵と司先生が避難誘導、火鷹が能力で誰も立ち入れないようにし、俺が暴れる眷属のところに行くことになった。
おそらく狙ったわけではないのだろうが、眷属が入ってきたのは2―Aの教室。
眷属の能力なのかドアが開かなくなっており、生身の筋力ではびくともしない。
どうせこの教室は使い物にならなくなっている。この際ぶっ壊しても問題ないだろうと判断した俺は躊躇なくドアを蹴破った。
するとそれが直撃したらしく、眷属が倒れていたのを目にしていまに至る。
まさかこんな形で二人にバレるとは思わなかった。
「テメェ調子くれてんじゃねぇ!!」
思考していると、眷属が叫ぶ。散乱していた机が一気に俺に迫り、押し潰そうとしてくる。
「危ない!」
萩村の悲痛な叫びを耳にしながら、俺は風系統の波動を放出する。周囲に風の縦が形成され、飛んできた机の進行を妨害した。
どういった能力なのか。見た感じでは来夏先輩のような念動力だと思うが、彼女ほどの力はない。放出している風系統の波動など、後ろの二人に負担がかからないよう調節した微々たる量でしかない。それでも押さえつけられるくらいの威力しかないということだ。
しかし男はノーモーションで防がれるとは露ほどにも思っていなかったらしく、フードの下で表情を驚愕に染めた気配を窺えた。
教室はせいぜい三メートル四方の広さと、立ち回るには狭い範囲だ。俺と男の距離はさらに短く、正直に言えば一歩踏み出さずとも事足りる。なにせ天剣は刀身が長めに設定されたロングソードで、腕を最大限に伸ばして突きを放てば届いてしまうからだ。
志乃や師匠クラスといかずともある程度戦い慣れていれば、意識せずとも間合いを測れる。男のように間合いも測らず硬直してしまうのは致命的だ。
――が。
周りを気にせず串刺しにしたり真っ二つにしていいときの話だ。
萩村と蒼柳がいるのに、そんなスプラッタな演出をするわけにはいかない。
つまり剣で斬る刺すを行わず、なおかつ一切触れることなく無力化するには――。
長々とした思考を一瞬で済ませ男に肉薄する。
抑えのなくなった机は騒音を奏でてぶつかり、床に落下する。その音でようやく男は動き出すも、俺はすでに懐に入っている。素早く足を払って体勢を崩させ、脇腹を蹴って壁際に追いやると、起き上がろうとする男の喉元に切っ先を突きつけた。
「と……冬道! なにやってんだよ! さすがにそんなのだめだろ!」
震える声で蒼柳が怒鳴りつけてきた。
男に弄ばれそうになった恐怖が残っているのか、それともクラスメートがそいつを撃退したことにさらなる恐怖を抱いたのか小刻みに体を痙攣させているが、しかしわずかに勇気がそれを勝ったらしい。
隙を見せないよう半分だけ振り向けば、びくりと大きく肩を上下させた。
「な、なんなの……その真っ赤な眼……!」
そういえば自分で見ることって全然ないから、眼の色が変わってることなんてすっかり忘れてた。
「あとで全部話すから、いまはここから早く逃げてくれ。翔無先輩か司先生に頼れば安全は保証してくれるから」
二人から話を聞かせてもらうと同時に、俺たちのことも話さなければなるまい。
いまさら個人名を隠すまでもない。
蒼柳は納得いかないとばかりに口を開こうとするが、俺に聞く気がないのがわかったらしく、悔しそうに一文字に結び直した。
ぞんざいに扱うことに罪悪感を覚えなくもないけれど、気遣って敵を逃がすわけにはいかない。校内に敵が潜伏してない可能性がゼロではないのだ。こいつがトリガーとなって一斉に攻め込まれでもしたら、ただでさえ被害者がいるのに誤魔化しきれなくなる。
無力化するのは簡単でもその後が問題だ。
俺が言う無力化は凍らせて身動きを封じるというだけで、完全に無力化するには志乃をこっちに呼んで柊を介して『吸血鬼』の使役能力を発揮してもらい、眷属化を解いてもらうしか方法がない。
その間はオブジェにした眷属を隠しておかなければならないし、それを運ぶにも人目を引くリスクもある。それ以前に俺式の無力化は戦闘時間があり、どちらにしても騒ぎを避けられないのだ。
潜伏していなければ、なにが目的なのか問い質さなければならない。必要に応じて敵の本拠地に乗り込むことになるかもしれない。
「かっしー! こっちは……うわぁ、やっちゃったねぇ……」
テレポートで出現した翔無先輩は、背後に気配があることに嫌な予感を覚えたのだろう。壊れたブリキ人形のように首を回し、目をまんまるにする二人を見て天井を仰いだ。
だがすぐに気を取り直す。
「バレちゃったものは仕方ない。とりあえず避難と封鎖は完了、潜伏してる敵もいなさそうだし、そいつの単騎って感じだねぇ。とりあえずボクは二人を安全なところにつれていくから」
さすが慣れているだけのことはあり仕事が早かった。いや、慣れるというのも考えものだ。実践になって慌てられるのは困りものだが、慣れてしまうほど動かなくてはならなかったというのは、事件の多さの裏返しである。
といっても、つい数ヵ月前に超能力を知った俺は、年間でどれだけの頻度で事件が起こっているかわからない。
俺が関わった案件は大小問わずなら四つ。身近でなら三つ。そして身内の争いを省けば二つしかなかった。しかも最初の一つを除けば大した知識はなくとも、それらが特殊だったことは確かだ。
もっとも俺は『組織』の一員ではないのだ。知らないところでなにかがあったとしても不思議ではない。
それにしても、と翔無先輩は苦笑ぎみに言う。
「この教室を一晩で直すのは難しいんじゃないかな。こりゃ司先生にありがたいお小言を頂戴することになりそうだねぇ。もしかしたら明日明後日くらいは休校になるかもねぇ。下手したら学園祭なんてやってる場合じゃないかも」
最後の方は独り言のように呟いた翔無先輩は二人を立ち上がらせ、二人を教室から連れ出す。
「そいつのことはひとまずかっしーに任せておくよ。すぐに司先生が来ると思うから、それまで捕まえててね」
「わかった。二人のことは任せ――」
そこまで言ったところで、背筋にぞわりとした悪寒が走った。
「――前見ろ冬道!」
蒼柳に叫ばれ反射的に天剣を振り上げていた。刀身を伝って固い感触が腕を刺激する。
だが驚くべきことに、なにかを斬った感触はあるのになにを斬ったか認識できなかったのだ。足元の男は身動きを封じているし、そもそもここまでの威力はない。そうなると第三者が介入したはずなのに気配がなかった。索敵範囲を最大限にするも不審な気配はどこにもない。
どういうことだ。姿を隠す能力でも気配や音までは殺しきれない――というわけではないからこそ、こうして先手を奪われたのだが、ならば第三者はどこにいる。
のんびりと探してる余裕はない。
しかし目視もできず気配も探れない、物音ひとつ立てず接近する相手にどう対処すればいい。
……そういえば。
俺たちは気づけなかったのに、蒼柳だけはそれに気づいていた。蒼柳には見えているのだ。それが能力によるものなのかはこの際どうでもいい。
おそらく、蒼柳の目の動きを追えばワンテンポ遅れで反応できる。
「ちっ――!」
――が、速くて重い。ずれたタイミングでは受けきれず、刀身を振動させた衝撃に男に乗せた足を一歩後ろに戻してしまった。
マズイと動悸が大きく脈打った瞬間には、男の巨体が誰かに抱えられ、壊れた窓から外に飛び出していた。相変わらず男を抱えるそいつを上手く認識できないが、ちょうどいい目印のおかげで見失わずにいられた。
「逃がす……うおっ」
「テメェは引っ込んでろ!」
窓の骨子に足を乗せ、飛び出そうとした俺の首根っこを引っ張り、ヘッドフォンを耳につけた生徒が空中に躍り出た。御影蛍だ。
急に首を絞められて噎せた俺はすぐに体勢を立て直して続こうとするが、
「かっしー、あっちはほたるんに任せよう。たぶん追いつけないけど」
翔無先輩に腕を掴まれてしまった。
「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ。追いつけないじゃなくて追いつくんだよ」
「格好いいセリフを言われちゃったら送り出してやりたいのは山々だけど、ずっとあのパターンで逃げられてるんだよ。追跡だけなら君より優秀なボクや大河が追ったこともあるんだけど、いつの間にか見失ってるんだ。ここは常に監視してるほたるんが適任だよ」
それに、と翔無先輩は言葉を区切り、
「二人のためにも、君がいた方がいいだろう?」
俺がいても二人に対してやってあげられることはないと思うのだが、あっちにすれば名前は知ってるけど話したことがない相手より、少しは面識のあるクラスメートがいた方がいいのだろう。
御影の方も気になるけどこっちもほっぽり出すわけにもいかない。
自意識過剰かもしれないが、なんとなく一緒にいてくれオーラを放っている。
天剣を元に戻すのと司先生が到着するのは、ほぼ同時だった。
◇◆◇
風紀委員室で萩村と蒼柳を休ませてから、翔無先輩はすべてを語った。
この世界の裏側では超能力という存在が闊歩し、さっきのような戦いが日常的に繰り返されていること。桃園高校にも超能力者がいて、影ながら生徒を守っていること。襲ってきたのが『吸血鬼』と呼んでいる能力者であること。
必要最低限の情報を、しかしすべてを理解できるよう話した。
俯き、途中から頷くこともしなくなった様子は、ひどく混乱しているように見えた。
俺が異世界に召喚されたときは代わりに真宵が騒いでくれたから逆に冷静になれたけど、一人だったら姫さんにとんでもない暴言をぶつけていただろう。なにせこっちの意思も関係なく拉致・監禁まがいのことをされ、さらに精鋭部隊が手も足も出なかった『魔王』を斃してくれなどと馬鹿げたことを言われたのだ。むしろぶん殴っててもおかしくはない。
いくら自分にしかできないことをやりたいとか思っていたとはいえ、よく引き受けたものだ。我ながら正気を疑う判断だ。
俺と似た状況だが、危険がないだけマシだ――とは一概に言えない。なにもわからないまま襲われたし、誰かが間に合わなければ乱暴を働かれたかもしれないのだ。あのとき、もし戦う選択をしなくとも退路が確保されていた俺の方がよほど恵まれていたのかもしれない。
ちなみにここにいる異能者は俺と真宵、司先生と翔無先輩と火鷹の五人だ。そして俺と翔無先輩だけが二人の正面に座っている。
いきなりとんでもないことを言われて、はいそうですかと呑み込めるはずもない。
しばらく放心ぎみに俯いていると、蒼柳が首を持ち上げた。
「……ねぇ、冬道」
どうやら俺に言いたいことがあるらしい。
「……あんたはさ、あたしたちがバカみたいに過ごしてる間ずっと、こんなことしてたの?」
そんなふうに言われると本格的にヒーローっぽくて背中が痒いんだが……。
渋面を作りたくなるのをグッと堪える。
「ずっとってわけじゃねぇよ。たまに協力してるってだけで俺はこっち専門じゃない」
「……そっか。でも、助けを求められるくらいには強いってことだよな」
確かめるように覗き込んでくる蒼柳。最近は真紅や碧、果てには波紋が浮かぶ瞳にばかり見つめられてきたから、わずかに茶の混ざった黒に見つめられるのは懐かしいものがある。
それにしても混乱してるのによくそんな返しができるものだ。いや、混乱しているがゆえに、思ったことをそのまま言葉にしてしまうのかもしれない。
「ありがとう。助けてくれて」
だからこうして恥ずかしげもなく感謝を言えるのだろう。じっと目を見つめながら言われて俺の方が気恥ずかしくなってしまい、今度こそ渋面を作っていた。
「なんだよ。あたし、変なこと言った?」
それを蒼柳は、俺が不快に思ったと受け取ってしまったらしく、せっかく落ち着いてきたというのに表情に不安を滲ませていた。
「大丈夫だよ。これはかっしーの照れ隠しみたいなものだから、不機嫌になったとかじゃないよ」
「か、かっしー? ……もしかして冬道のあだ名ですか?」
いまさらながら俺に対しての翔無先輩の呼称が気になったらしく、蒼柳は控えめに訊ねた。
「うん、そうだよ。可愛いよね?」
「か、可愛い、ですか……」
「キョウちゃんくらいだよ、かっしーのことをかっしーって呼んでくれるのは。あ、キョウちゃんはツインテールの子のことだから。それで紗耶香ちゃん、よかったら君も彼のことをかっしーって呼んでもらえないかな?」
「えっ!? えっと……」
蒼柳が困ったように眉を下げながら目線だけでどうにかしてくれと訴えてくる。
キラキラと目を輝かせて不名誉なあだ名を布教させようとする宣教師――ではなく翔無先輩は蒼柳の手を両側からぎゅっと包み、変な道に引き摺り込もうとしている。俺としても蒼柳に『かっしー』なんて呼ばれるのは寒気を覚えるし、止めないといつまで経っても勧誘し続けていそうだ。
嘆息を飲み下しながら翔無先輩のマフラーを引っ張って無理やり座らせる。
涙眼で睨まれたが、類まれなスルースキルで無視することにした。
俺の翔無先輩の扱いに唇を尖らせるも、すぐに表情を引き締めた。
「君たちを襲った奴らの動向はいま探ってるところだよ。なにが目的で襲撃したり特定の人物に接触してるのかは、まあ推測なら立てられるわけだけど、実際のところは、ぶっちゃけなにもわからないんだよねぇ。だから今回も組織的な動きだったのか突発的な暴走だったのか、判断しかねるんだよ」
「そうですか……」
「できることなら後者であってほしいところだけど、君たちのような力を持たない一般人が巻き込まれたとなると、確信を得るまでは推測で行動するのは危険だってことは、わかるよね?」
「……あたしたちが狙われるかもしれない、ってことですか」
翔無先輩は頷いて肯定する。
「狙われるかわからないけど、君たちを襲ったのが突発的なものではなく計画的なものだった場合、ボクたちも把握していない力をどちらかが保有していて、それを利用しようとしている可能性がある。明確に能力の有無がわかれば対応策も練られるんだけどねぇ」
もっとも、と翔無先輩は唇を舐める。
「わかってても、対応策を練ったとしても元々のスペックに差がありすぎて太刀打ちできない人間が、ここには二人もいるわけだけど」
教室内の視線が俺と真宵に集中した。さっき無視した仕返しのつもりか。
「さて――話は戻すけど、現状では君たちをこのまま返すわけにはいかないんだよ。理由は説明した通り。彼らもボクたちの戦力が上回っていると知ったうえで君たちを襲ったとなると、それだけのリスクを犯してまで手に入れたいってことになる。ただでさえ対処に困ってるのに戦力を強化されたら、被害を増やすことに繋がる」
「…………」
「前者ならそもそも悩む必要はないんだけど、可能性を捨てきれない以上は君たちを監視しないといけないんだよ」
「監視ですか……?」
「というより、護衛の方が意味合いは正しいかな。別に君たちがなにかしたわけじゃないし能力も発現していないのだから、監視する必要がないからねぇ」
俺も監視と称されて火鷹を家に送り込まれたっけ。数日と短い間ではあったが、四六時中べったりされてた記憶がある。初日こそ白鳥も泊まらせて気まずさを誤魔化そうとしたけど、二日目以降はそんなことしなくてもよくなっていた。慣れとはげに恐ろしい。
そのころはつみれしかいなかったから言い訳も通用した――あれ。そういえば言い訳なんてしなくても平然と受け入れていたような……。まあいいや。
おそらく二人もところに火鷹とほかの誰かを、ほとぼりが冷めるまでペアにして護衛するのだろう。さすがに男ってわけにはいかないから、翔無先輩か白神先輩のどちらかだ。実力からして翔無先輩が妥当か。
「で、君たちには正確な期間は未定だけど、当分の間――」
ごくりと蒼柳が喉を鳴らす。
萩村は未だショックから立ち直れないらしく俯いたままだ。こんな精神状態の彼女の生活に超能力を体現した人間をぶちこむことに心配を覚えていると、
「――かっしーと一緒に過ごしてもらうから」
とんでもない爆弾を落としてくれやがった。
……おいコラ、いらんイベント起こしてんじゃねぇよ。
◇◆◇
耳元で流れるロックミュージックで脳を刺激し、身体能力の底上げを行う。飛躍的に上昇した脚力で空中を蹴り、空気を切りながら前方を翔る男を追いかけた。向こうは『吸血鬼』の恩恵を全開にしているらしく、時速にすれば二〇〇キロを越えた速度にもかかわらず、開いた距離を詰められる気がしなかった。
見失わないためにも身体能力ではなく、第六感に集中しなければならないというのに、これでは話にならない。せめて少しでも速度に恩恵を回せればと舌を打つが、『吸血鬼』の眷属に眷属化させられた御影にそれほどの力はなかった。
彼が襲撃を行ったのは翔無で言う突発的な暴走だ。ただでさえ独断で余計なことをして『組織』に警戒意識を持たせてしまったというのに、戦力を削ることもなく引き返したとなれば、眷属としての恩恵を剥奪されるだろう。方法は定かではないが、御影の知る限りではこれまで何人かが剥奪されていた。
そんなことを思っていた御影は、周囲に人気がなくなっていることに気づいた。どうやら眷属が拠点とするエリアに入っていたらしく、物陰や建物の中に真紅の瞳を光らせる集団がこちらに視線を集中させていた。形式的に『眷属特区』と呼んでいる廃墟の並んだ場所である。
敵が侵入してきたとでも思ったのだろう。入ってきたのが御影だとわかると、姿を見た何人かが気さくに声を投げ掛けてきた。
御影は特に反応することなく特区を抜ける。この先にあるのは『姫』を迎える際に傍につくことになる眷属だけだ。それには御影も含まれている。ほかには斑鮫や、会ったことはないがあと数人ほどが控えていると聞く。
そこに行くということは運んでいるのはそのうちの一人で、男を連れ戻すために根城から出てきたという解釈で問題ないだろう。
なら急ぐこともないだろうとヘッドフォンを外し、地上に降りた。
「……ったく。手間かけさせんじゃねぇよ、クズが」
砂利の転がる地面に唾を吐き出して靴底で払い、斑鮫たちがいる場所に向かう。いまごろ襲撃を仕掛けた男は『吸血鬼』の眷属の恩恵を剥奪され、運がよければ能力と記憶を奪われて解放されているはずだが――独断で襲撃を仕掛けたにもかかわらず失敗し、しかも襲撃したのは『吸血鬼』の始祖といっても過言ではない『姫』のいる高校である。生かして返すわけがなかった。
生きていれば、御影が息の根を止めるつもりだったので、どちらにしろ襲撃した時点で男の運命は死へと一直線に定まっていたのだ。
御影が到着したときには、斑鮫の正面に血溜まりと肉塊が転がっていた。血生臭さが鼻孔を嫌に刺激し、踵を返して帰りたくなる。しかし本当にそうするわけにもいかず、鼻で呼吸しないようにしながら血溜まりを迂回して斑鮫の近くに立つ。
「斑鮫サン、お手数かけさせたみたいで……」
「おかしなことを言いますね。これは御影くんのせいではありません」
土下座する勢いで頭を下げようとする御影の言葉を遮り、斑鮫はにこやかに言った。
「むしろ僕が謝るべきです。命令しているとはいえ、御影くんには危険を省みず彼らの拠点に乗り込んでもらっているのに、こんな手間をかけさせてしまったのですから」
「い、いや、なにしてんすか! 頭ァ上げてくださいよ!」
「なにを言っているのですか。悪いことをしたら謝る。子供でも知っていることです」
「ンなこと言ってんじゃねぇすよ! 俺たちのてっぺんに立つあんたが俺みてぇのにホイホイ頭ァ下げてたら周りの連中に示しがつかねぇでしょう!」
ここにいる眷属の大半は斑鮫に従っているが、ごく少数は膨大な戦力の頂点に座そうと虎視眈々と首を狙っている。肉塊となった男のように関係を持たない眷属はさらに少ないが、斑鮫をよく思っていないことだけは確かである。
そのせいで斑鮫を浅く慕う眷属にもわずかに不信感が漂っていた。そんな状況で斑鮫が頭を下げれば反旗を翻す眷属が増えるかもしれない。男の行動は『組織』に警戒心を抱かせるだけでなく、内輪揉めも誘発させる可能性を孕んでいたのだ。
「ミカゲ、言う通り。ムラサメ、顔あげる」
ハンドベルを鳴らしたような、澄んだ声が背後から響いた。
御影は能力の使用条件であるヘッドフォンを耳にあて、斑鮫を庇うように反転した。
「テメェ、どっから沸きやがった?」
いたのは小学生ほどの少女だった。褐色に焼けた肌。黒の髪を後頭部で一つに結っている。敵意を剥き出しにする御影など臆する相手ではないとでも言いたいかのように、少女の顔にはふにゃりとした笑みが浮かんでいる。しかし声に起伏がなく平淡なため、言い知れない気味の悪さがあった。
御影の態度で内心を察したようで、ふにゃりとした笑みを引っ込めて一転、頬を膨らませてわかりやすく起こったことをアピールしていた。上っ面だけかといえばそうではない。本心からそうしているだけに、声の起伏のなさにより気味の悪さに拍車をかけている。
なにより不可解なのは彼女の格好である。
スクール水着だったのだ。胸には『りんね』と書かれた白い生地が縫い付けられている。たしか旧スクミズというものだっただろうか。上半身と下半身がわかれるタイプであり、その筋の人たちに言わせれば新旧でとんでもなおこだわりがあるらしい。頭の上にあるうさ耳のカチューシャも、きっとこだわりなのだろう。
御影は改めて見た少女の格好に、いけないことをしてる罪悪感に毒気を抜かれてしまった。
「……斑鮫サン、こいつなんすか?」
「可愛いでしょう?」
「あんたの趣味だったのかよ!? ンなこと訊きてぇんじゃなくて、この犯罪臭ぷんぷんな格好してるガキは誰だって訊いてんすよ」
斑鮫が趣味だと言い切った少女の格好に内心でドン引きしつつ、おそらく同じ眷属であろう少女のうさ耳を無造作に弄る。そのときに少女らしからぬ艶かしい悲鳴を発していたが、御影は聞かなかったことにした。
女の表情で「ミカゲ、えっち」などと言っているが、聞こえないと言ったら聞こえないのだ。
「彼女は暁輪廻ちゃんです。これは僕の趣味でもありますが、輪廻ちゃんの趣味でもあります。ちなみに彼女は直接『姫』に眷属化していただいていますから、分家である僕たちとは格が違います」
「ん。リンネ、偉い。だから、敬う」
「わかってますよ。飴ちゃんです」
「――っ! ムラサメ、偉い! すっごい、ありがと!」
斑鮫が取り出した飴玉を夢中で頬張る輪廻の姿からは、そこまで格が違うとは思えなかった。
眷属にはいくつかパターンがある。今年の八月以前に『姫』から直接スキルドレインを受け、眷属となった『本家』とスキルドレインを受けることなく眷属となった『分家』、最後にその二つによって眷属化した『他家』だ。
『本家』から『分家』、そして『他家』の順に恩恵の大きさも格式の高さも違ってくる。
斑鮫と御影は他者を眷属に変えることのできる『分家』だ。身体能力は個体によって差が出てくる代わりに仲間を増やすことができる。
輪廻の『本家』は仲間を増やせないが、『分家』を圧倒的に凌駕するスペックを持っているのだ。見た目が幼いからと油断していると足元を掬われることだろう。
しかし、どこから『分家』が出現したのか。
輪廻はスキルドレインを受けた記憶がはっきりしているのだが、斑鮫と御影は覚えていない。知りたいとも思っていないため、格式の違いがあるとしか思っていないが。
「御影くん、幼い見た目だからとあまり輪廻ちゃんの機嫌を損ねないようにしてくださいね」
にこにこと飴玉を頬張る輪廻を横目で見つつ、斑鮫は御影にそう耳打ちした。
「再生能力が僕たちほどではないといっても、並の破壊では死なない『他家』をたかが数秒で肉塊にできるんです。めったなことで怒ったりしませんが、御影くんの態度は非常に失礼なものです。僕やほかの者には構いませんが、輪廻ちゃんと『姫』にだけは丁寧に接してください」
「うっ……すいやせん」
「よろしい」
「ミカゲ、よろしー!」
元気よく言う輪廻に御影は頭痛を覚えた。人は見かけによらないとはよく言ったものだ。こんな幼い外見に反して大人でも敵わない腕力を秘めているというのだから、超一流の詐欺師も真っ青だ。とそもそも、数分足らずで人外をスクラップにできる時点で男だとか女だとか、子供だとか大人だとか、そういった区別の外を生きているとしか言いようがなかった。
「それでどうしたのですか? ただ追いかけてきたわけではないでしょう?」
輪廻を膝の上に乗せて子供のように扱う斑鮫こそ機嫌を損ねかねないのではないかと思ったが、まんざらでもなさそうにする彼女を見て、そうでもないのだと勝手に納得する。
「桐代のことなんすけど……」
「ああ、彼ですか。なにか問題でも起こったのですか?」
「キリシロ、嫌い。女の子、ぜんぶ自分のもの思ってる」
「……それは否定しきれねぇすわ」
輪廻のような少女にも手を出そうとしていたのだと思うと、本当に見境ないらしい。容姿が優れていればいいのか。学校で女子生徒に人気があるにも関わらず浮わついた話が一切ないのは、彼のお眼鏡に叶った美貌の持ち主はいなかったということだ。
傍目から観察しても誰もが可愛いと言われるだろう容姿をしている。慕われれば断るのは難しいことだし、慕われることが光栄のことだ。桐代のように女子生徒に人気があるのは男子生徒の嫉妬の対象になる。
だが、それでも満足できないのが桐代という男だ。
アンケートで上位に上がる女子生徒に裏から手回しして二人きりになるよう仕向けたり、恋仲となった彼らの間に亀裂を入れようとしていた。なぜ知っているのかと言えば、御影がそうするように言われたからだ。
従う義理はないのだが、下手に関係に皹を入れたくないゆえ仕方がなかった。なにせ御影は斑鮫にある命を受けていたからだ。
「あのクサレ野郎、『姫』のダチに手ェ出しやがった」
聞いた斑鮫はシルクハットを目深にかぶり、目元を覆った。
「……ついにやってくれましたか。いえ、むしろこれまで自制できたことが奇跡でしょうね。彼の支配欲は人一倍強いですから」
「キリシロ、殺す?」
「そうしたいのは僕も同意ですが、下手に騒がれても困ります。あれでも『本家』です。輪廻ちゃんでも簡単に仕留めるのは難しいでしょう」
「ムラサメ、ミカゲ、手伝って?」
小首を傾げて抑揚なく言う輪廻に斑鮫は左右に首を振る。
「僕たちがわざわざ動かずとも、彼は始末されますよ」
「そうなの?」
「ええ。おそらく『組織』の方々には僕たちの仲間と思われているでしょう。彼らとしても情報は欲しいはずですから、好き勝手に暴れる彼を潰してくれるはずです」
「まあ、そうっすね。藍霧が冬道の彼女になったことも納得してねぇみてぇだし、近いうちに接触してくると思います。『真宵ちゃんはきっと弱みを握られてるんだ。そうじゃなくても彼女は俺のものなんだ。あいつには相応しくない』とか言ってやがったすから」
ただしそう言っていたとき桐代の目の奥に宿った狂気の色には背筋を凍らせた。あの目はどんな手段を使ってでも冬道を殺し、藍霧を自分のモノにしようとしていた。自分こそが藍霧に相応しい男であると、そして藍霧が自分に相応しい女だと信じて疑わない。
「諦め、悪い。死ねばいい」
「輪廻ちゃんは辛辣ですね」
それを見ていないあんたらは呑気なもんだ、と御影は歯を軋ませた。
斑鮫はそんな御影に気づき、
「御影くんには苦労をかけます。ですが彼らの内部事情を把握しつつ、僕たちが動くには眷属となる以前から『組織』の一員である君の助力が必要なのです」
「…………」
御影は斑鮫の言葉に、しばし沈黙した。
どうしたのだろうと輪廻が下から見上げれば、御影は剣呑を宿して斑鮫を睨んでいる。
「斑鮫サンは、なにがしてぇんすか?」
「唐突ですね。いきなりどうしたのですか?」
「そういや聞いたことねぇと思って。なんとなく『姫』のためだってのはわかるんすけど、具体的になにがしてぇのかってさ。――そもそも『姫』はンなこと望んでんのかってさ」
輪廻は自分を抱く腕に力がこもったのを見逃さなかった。小さすぎる変化は触れていても、意識しなければ気づかない程度のものだ。しかし静かな怒りを孕むものであり、確かな敵対を示していた。
「『姫』は望んでいないかもしれませんね。むしろ望んでいないでしょう。ですが、僕たちはいまの世界に満足できないのです。彼女が光を浴びず、闇のなかに埋もれていく様を」
「どうでも、いい」
「ハハハッ。輪廻ちゃんはそうかもしれませんね。けれど力を隠しながら生きるのと、堂々としながら生きるのとではどちらがいいですか?」
「んー……。堂々、すっごくいい」
両手で握り拳を作り、輪廻は空に突き上げた。
ですよね、と斑鮫は笑みを浮かべ、そして続ける。
「ですから、僕たちは――世界を作り変える」
御影は、静かに目を伏せた。
◇◆◇
唐突ではありますが、九章が完結したら一章からリメイクしていこうかと思います。
ただ、リメイクとは名ばかりでほとんど別物になると思います。
行き当たりばったりで進めていたため風呂敷を広げすぎた感が否めませんし、九十九の章に至ってはバトルだけで、なんだか面白味がないように思えました。
とりあえず九章が完結したら、一旦こちらを完結したら別にリメイク版を投稿していきます。
さらに大幅な改編のため、登場しないキャラや新たに登場するキャラがてんこ盛りです。
詳しいことは後に投稿しますので、それを見ていただけると助かります。
では、失礼します。