表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第九章〈学園祭〉編
124/132

9―(5)「準備期間②」

  

「……は? いきなり出てきてなんなの、お前?」


 どうやら俺の目は無事だったらしい。目の前に負けじと睨み返してくるハンサム君がいる。カーストの高い男子のなかでも特に上位にいるだろうことは、発しているオーラでわかった。女子の盛り上がりからしてトップクラスだろう。

 頼まれ断れなかったり、無闇に首を突っ込んできたりすることからまず間違いない。

 そんなハンサム君は、虫すら殺せなさそうな優しい顔に怒りを滲ませていた。

 近くには取り巻きらしい男がいる。バンダナにヘッドフォンが特徴のそいつは、下らなそうに欠伸を噛み殺していた。ヘッドフォン君はただついてきただけらしい。


「つうかお前、誰?」

「そんなことどうでもいいだろ。いいから離れろよ」

「言葉のキャッチボールって知ってるか? 自分の用件だけ強引に通そうとするとか何様だよ」


 見知らぬ人物から有無もなく言われて大人しくしていられるほど、俺は人間ができていない。

 いきなりでしゃばって来た奴がなにを憤ってるのかはどうだっていいが、俺だってストレス溜まって限界だ。そこに正義感溢れる優しい優しいハンサム君が、真宵から離れろなどと宣ったのだ。さすがにぶちギレるぞ。


桐代きりしろ春臣はるおみだ。早く彼女から離れろ」

「さっきからなんだ? 離れろ離れろって。お前はそれしか言えねぇのか?」


 ハンサム君――改め桐代に近づき言う。


「何度だって言うよ。彼女から離れろ。こんなところに呼び出されて迷惑してるだろ」


 桐代は正義感の強い男だ。雰囲気や印象でわかる。困ってる人がいたら手を差しのべずにはいられないし、助けを求められたら断ることだってできないだろう。きっとそういう環境で育ってきたのだ。

 悪いことではないが、厄介なことに桐代は先入観までもが強すぎる。

 こいつが駆けつけたのは誰かが桐代にこう助けを求めたからだろう。

 一年生の女の子が冬道かしぎに虐げられている――と。

 端から見たらそうかもしれない。俺と真宵の関係を知らない奴らにしてみれば、会う接点などないと思うだろう。

 そして桐代は、俺の噂とこの状況を見て、真宵が困ってると断定したのだ。

 まあムカつくが桐代にしたらそうとしか見えない。


「別に呼び出したわけじゃねぇよ。お前、勘違いしてんぞ」

「なんとだって言えるよ。これだけ人の目もあるんだ。誤魔化せると思わない方がいいよ」


 どうあっても俺を悪役に仕立て上げたいのか。


「だったら本人に訊いてみろ」


 ここで俺がどう言っても無意味だ。すでに俺には『一年生の女の子を無理やり付き合わせてる』という認識が固定されてしまっている。こういった場合どう言ったところで――というより、どう言おうと逆効果にしかならない。

 真宵が言っても『俺が言わせた』という認識に刷り変わるだけで無意味といえば無意味なのだが。


「藍霧さん、ここなら彼も手は出せないよ。嫌なら嫌って言うんだ」


 ……なんなのこいつ。いつのまにか俺が暴力を振るってたみたいになってんだけど。

 真宵は少しだけ振り返ると、心底うざそうにしていた。呆れてなにも言えないといった感じだ。俺も同じ心境だよ。勝手に勘違いして悪役にされたり悲劇のヒロインにされたり、もう散々だ。


「嫌なわけないでしょう。ここには私が来たくて来たのですから」

「……だとさ。だからさっさと帰れ。飯が食えん」


 これで手打ちだと両手をぶつける。――が、桐代の表情は怒りのままだ。いや、さっきの何倍もの怒りが渦巻いているように見える。


「あんたは女の子を無理やり従わせて、恥ずかしくないのかよ」

「……そう来たか」


 俺は聞こえないよう小さく呟く。そのパターンも経験済みだ。

 異世界で一年ほど経ったころのことだ。旅の道中、奴隷を運ぶ商人の馬車が魔獣に襲われていたのを見つけたのである。

 ギルドを介して護衛を雇っていたが、魔獣とのレベルがあまりにも掛け離れていた。

 ドレッドオーク。オークでの変異種と呼ばれる個体で、強さは名無しのドラゴン数体分にも及ぶ。召喚されてすぐに戦った黒装龍デュオス・ドラゴンに比べれば大した脅威ではないが、それでも上級に指定される魔獣だ。

 あっという間に護衛は全滅し、運ばれていた奴隷もほとんどが捕食された。

 俺たちが駆けつけて助けたとき、残っていたのは十歳にも満たない子供が数人だけだった。

 奴隷として買われれば、死より酷い扱いを受けていたかもしれない。けれど、少なくとも野垂れ死ぬことはなかっただろう。

 だが奴隷商人はいなくなり、言い方は悪いが、子供たちを商品として管理する者がいなくなってしまった。こうなっては商品として取り扱うこともできない。仮にほかの奴隷商人に出会っても、これだけ弱っていては手元にも置くまい。

 いや、そもそも俺たちには子供たち奴隷商人に渡すという発想はない。しかし助けた手前ほっとくこともできず、俺たちは子供たちを奴隷として連れていくことにした。といっても言葉通りではなくあくまでも形式的にだ。

 俺たちはやらなくていいと言ったのだが、本人たちがそれを望んだのだ。

 それからしばらく共に過ごし、自立できるほどには力を身に付けていた。子供たちのたっての希望もあり、戦い方などもレクチャーした。まだ生きていたアイリスがだけど。

 そして一休みのつもりで立ち寄った都市――カルヴァーン王国。そこで事件が起こった。


『失望したぞ。勇者ともあろう方が……まさかあのように小さな子供を隷属させているとは』


 カルヴァーン王国の騎士団長は奴隷を連れる人間を許さない男だった。

 異世界では奴隷の扱いは酷く、絶望のなかで生かされている。が、すべてがというわけではない。

 奴隷商人にも奴隷を大切に扱う者もいる。――いや、彼女だからこそと訂正するべきか。

 唯一ご贔屓にというか、余計な圧力で潰されないよう『勇者』のネームバリューを使った奴隷商人がいる。そいつは意味もなく鞭を振るったり、怒鳴りつけることもない。規則を破ったりした場合は別だが、それにしたってやったあとに涙を流すほどだ。

 セレスティア。俺はセラと呼んでいる。

 彼女は奴隷として当たり前の教養を施したが、それ以上のことはしなかった。

 ほかにやったのは――こんな身でも、世界にはきっと救いがあると教えたくらいか。

 おかげでそこの奴隷たちは明るく気遣いのできるいい子たちばかりだった。

 奴隷を買っていく人たちも優しい人たちばかりだ。それもそのはず。そいつが売ると決めた相手にしか売らないからだ。

 ただ、こんな温かく迎えてくれる場所はここしか知らない。異世界のほとんどの大陸を旅してセラのところだけなのだから、おそらくほかにはないのだろう。

 ゆえに騎士団長も俺がどこぞの奴隷商人から買い、非道なな扱いをしていると思ったのだ。


『貴様に決闘を申し込む。私が勝てば、子供たち解放しろ!』


 この時点で俺に断る理由はない。奴隷の子供たちは俺たちといなくとも生活できるし、カルヴァーン王国は奴隷に対して差別もない。

 俺はあっさり承諾して事情を説明した。すると土下座で謝罪してきたのだ。勇者様に対してあるまじき発言をしたとか言い、腹を切ろうとまでした。侍かよと突っ込む暇もなく、全員で押さえかかったのは懐かしい思い出だ。

 お別れするときは辛かったものだ。あいつらに置いていかないでと号泣されて、行くに行けなかった。いまごろどうしてるんだろうなぁ。

 ちなみにカルヴァーンにセラのことを伝えてある。どうなったかまでは見守れなかったけど、良好な関係を築いていることだろう。

 俺が思い出に耽ってる間にも、桐代は捲し立てる。


「ほかの下級生の子たちにも手を出してるそうじゃないか」

「……で? もう会うなってか?」


 せっかく感傷に浸ってるのに邪魔すんじゃねぇよ。


「そうじゃない。無理を強いるのはやめろって言ってるんだ」

「はぁ……お前さ」


 毒舌は真宵の専売特許だと俺は思ってる。

 だからいまから言うのは、ただの俺の本音で罵倒じゃない。


「女の子にモテるだろ?」

「は?」


 俺の質問に桐代は怪訝そうに眉間に皺を寄せた。


「見てりゃわかるよ。廊下にも何人もいるしお前を呼びに行ってたくらいだ。入学して何回告白されたんだ? 付き合ってる奴とかいんの?」

「……関係ないだろ」


 桐代だけでなく周りの視線もきつくなる。人質でも取るとでも思っているのだろうか? 勝手に想像するのは構わないけど、決定事項みたいな反応するのやめてくれる? 真宵もそんな顔しないで。


「まあお前の事情は関係ねぇよ。たぶん付き合ってる奴とかいねぇだろうし」

「……なにが言いたいんだ」

「真宵とかほかの奴らに関わるなって言ってんのって、ただの嫉妬なんじゃねぇの?」

「――っ!!」


 瞬間、桐代の拳が強く握りしめられた。周りに誰もいなかったら、おそらく殴りかかって来たことだろう。犬歯を剥き出しに睨んでくる。

 どうやら図星らしい。

 俺を執拗なまでに完全悪にしようとしたり、真宵を遠ざけようとしたのは、一緒にいるのが気に食わないからだ。好きな女の子がほかの男と一緒なのを見たくなかったのだ。後輩二人を引き合いに出したのは、真宵と比べても遜色ない美少女を並べてそれを悟られないためだろう。

 たしかに好意を寄せる女の子がほかの男と一緒にいるのは面白くない。俺だって真宵がほかの男と楽しそうに話してたら、つい相手を殺したくなるかもしれない。

 独占力が強いのだ。だから俺は――真宵にたかる虫共を排除する。


「お前らが信じるかはどうかは自由だけど、俺――真宵と付き合ってるから」

「え?」


 教室内の空気が凍結した。飛び交っていた喧騒が一斉になくなり、まるでこの場所だけ世界から切り離されたかのようだった。誰もが目を見開いて呆然とし、桐代に至っては絶望の淵に立ったように青ざめている。

 ぱくぱくと口を動かして言葉を絞り出そうとしているが、衝撃的すぎてなにも言えないようだ。

 徐々に俺が言ったことを理解し始めたらしく、騒がしさが戻ってくる。


「あ、あんた……!」

「だから信じなくてもいいって。それでも手ェ出すってならどうなっても文句言うんじゃねぇぞ」


  俺は何回も死にかけた末にようやく真宵と結ばれたのだ。表面だけの勝手な想像で俺たちの絆を引き裂こうものなら、どんな手段を用いてでも防いでやる。

 桐代はよほど悔しいのか、血走ったような真紅の瞳を――真紅の瞳? まさかこいつ――!

 嫌な予感ほど的中するものだ。桐代は一歩踏み出して俺の脇を抜けると、後ろにいる真宵に魔手を伸ばした。さすがの真宵も校内で敵に――『吸血鬼』の眷属に襲われると思っていなかったのか、反応にタイムラグが生じている。体重を移動してスライドしているが間に合いそうにない。

 俺も桐代に一瞬の遅れをとったが誤差の範疇だ。すぐさま反転。真宵の腰辺りに手を回して抱き寄せると、バックステップで距離を開けた。

 顔を上げれば、眼前に鈍色の尖端が迫ってきていた。人の文房具を投げんな。

 ワックスのおかげで踏ん張りが効いている。紙一重でそれを弾き、着地後さらに後ろに跳躍する。


「人の目があるところで手を出すなんて思ってもみなかったよ」

「お前がそれ言っちゃうの?」


 あんな一瞬の攻防を常人が見きれるはずがない。桐代が先手を打ったことで、いまのやり取りは『桐代が襲われそうになった真宵を助けた』という構図になってしまった。

 たとえ物理で敵なしだとしても、人の目だけが弱点だ。

 こんな衆目に晒された場で波導を使うわけにもいかないし、かといって拳と拳の語り合いに持ち込んでもただでさえ毛嫌いされてるのに、社会的に抹殺されかねない。


「――はいはい君たち、喧嘩はそこまでね」

「あ……翔無先輩」

「やっほー、翔無雪音ちゃんだよー。夏休み明け早々、なに喧嘩なんかしてるんだい?」


 翔無先輩は八重歯を覗かせ、とんでもなくアウェーな空気で平然と話しかけてきた。

 真宵を抱き寄せる俺を顎をしゃくらせてジト目で睨み、対峙する桐代の眼球の色を見て、めんどくさそうに唇をすぼめ、そして壁際にいたヘッドフォン君を発見してポン、と手を打った。


「で、どんな状況? 一人の美少女を巡って二人のオトコノコが殴りあい? それとも、そこのハンサム君がかっしーの彼女であるところのマイマイちゃんを寝取ろうとしたとかそんな感じかい?」

「雪音先輩、でしたか。二人とお知り合いなんですか……?」

「え? うんまあ、それなりの付き合いではあるねぇ。ほらこの子、一年のときから特に問題児だったわけだから風紀委員としては何回か立ち会わせてるんだけど、そうやって会ってるうちに仲良しになっちゃってねぇ。帰宅部だし、たまーに風紀委員の雑用とか手伝ってもらってるんだよ」

「そ、そうなんですか」


 桐代は翔無先輩が『組織』の一員だとわかっているのだろう。真紅の瞳を引っ込め、警戒しながら慎重に言葉を選んでいるのが窺える。こっちもこっちでこういった状況を見越していたのか、妙な落ち着きがあった。

 翔無先輩が爪先でつついてくる。ぱちっとウインクして感謝しろ、と言わんばかりのどや顔が、いままで俺に恩を売るタイミングを見計らっていたのは明らかだ。そのついでに『吸血鬼』の動向を探っていたというところだろう。ということは、桐代がそうだ・・・ということを事前に突き止めていたのか。

 それにしても高い借りができてしまったものだ。助けてくれてありがとうございます。


「で、では訊きますけど、彼と真宵ちゃんって……」

「ボクは付き合ってるって聞いたけどねぇ。あれ? ということはこの騒ぎって、彼の言葉を片っ端から否定して、根本から否定して、自分たちの勝手な意見を肯定して、自分たちこそが正義だと肯定して彼を糾弾して、さらには暴力を加えようとしていたのかい?」

「い、いえ、そんなことは……」

「あはは! 先に言っておくけれど、ボクはそれを責めようってわけじゃないんだよねぇ。彼がマイマイちゃんみたいなザ・光! みたいな女の子を近くに置いてたら、それはそれは疑わしくて、たとえ真実を語っていたとしても信じられるわけがないよ」


 身ぶり手振りを大袈裟にスピーチする翔無先輩に全員が呑まれていた。

 翔無先輩は校内カーストにするなら桐代より上だ。上級生ということもあり、無意識に萎縮してしまっている。おまけに桃園高校の生徒会・風紀委員は職員を含めた校内での発言力も高い。

 そんな翔無先輩に口では責めないと言ってるが、実質上、お前らのやっていたことはいじめとなに一つ変わらない最低な行為だと告げられ、誰一人として言葉を発せずにいた。

 桐代はそんなことでは臆せず、見た目こそこの状況での平静を装っている。

 なんの気なしに分析していると、背中を強かに叩かれた。


「身から出た錆だからしょうがないよねぇ。でもさ、今年になってから問題とか起こしてないよね? むしろ風紀委員だけじゃなくて生徒会も手伝ってくれてるし、ボクとしてはかなり好感度高いんだけどねぇ。もしかしなくても、ただいま絶賛ぼっちルート中かい?」

「このハブられよう見たらわかるだろ。ぼっちなんてもんじゃねぇって、これ」

「あはは! だねぇ。目付き悪いからじゃないかい?」

「あれ、目付き悪いだけでこうなんの? バカなの死ぬの?」

「うっわ辛辣ぅ~。さすがマイマイちゃん仕込みの毒舌だねぇ」


 さらりと真宵と一緒にいることを言う辺り、翔無先輩のフォロースキルが凄まじい。


「さて――と。かっしーが下級生を恐喝して無理強いしてないのはボクが保証するよ。もちろんマイマイちゃんの弱味を握って無理やり付き合わせてるとかもない。あったとしても、間違いなく毒舌で再起不能にされちゃうだろうし。ね、マイマイちゃん?」

「話しかけないでください。……あ、嘘ですから落ち込まないでください」


 翔無先輩が膝から崩れ落ち、四つん這いの姿勢になっていた。

 真宵が慌ててフォローに入るが、さすが孤高の毒舌姫。全然フォローになってない挙げ句、トドメを刺していた。


「こ、この騒ぎはボクが処理しておくよ。それからかっしー」


 翔無先輩に手招きされた俺は、真宵と顔を見合わせたあと耳を近づける。


「――放課後、風紀委員室に来て」


 わけは後で話すよと続けると、立ち上がってくるりと回る。


「それじゃあ、あとはごゆっくり~」


 翔無先輩は手を小さく振って教室から出ていった。

 俺たちの誤解は解けてくれたみたいだが、だからといって納得できたわけではないらしい。突き刺さる視線には疑念が籠められている。

 翔無先輩が言ってもこうなのだから、俺がこれ以上言ったところで晴れるわけがない。

 とりあえず桐代を一瞥し、自分の席に座って弁当を開けるのだった。


     ◇◆◇


 放課後になった。言われた通り風紀委員室に来てみれば、翔無先輩と司先生が談笑していた。机にはいくつかの資料が散乱しており、その一枚を片手にしている。どうやら超能力絡みで呼び出されたらしい。

 おかしいな。何回も協力してはいるけれど、俺って『組織』のメンバーになったわけじゃないんだけど。もしかして凪が未来の義妹だからとか、昔は母さんがいたからだとか、芋づる式で俺まで引き込まれちゃったの? いや、いいんだけどね。もう諦めてるから。


「あ、かっしー。お疲れ様。疲れただろう? お茶でもご馳走するよ」


 いつになく翔無先輩が優しかった。

 湯飲みにお茶を淹れてガラステーブルに置くと、ソファに座るよう促してくる。


「ここまで来るのも大変だっただろう? マイマイちゃんとの交際を大々的に発表しちゃったわけだから、注目されないはずがないしね」

「……うん」


 俺は小さく呟いて項垂れる。

 昼休みを境に俺の立ち位置はがらりと変わった。触れるな危険な猛獣から、女神を奪った悪魔として祓魔師ファンクラブ共に祓われる対象となってしまったのだ。教室から出れば全方位から狙撃され、出なくとも妬ましさの籠った視線の雨に穿たれる。

 真宵を恋人だと公言するリスクは重々承知してたはずなのに、風紀委員室に来るだけで疲労困憊だった。


「でもよかったじゃないか。桐代くんと一触即発になって大暴落した株だけど、追い回されたおかげで君のヘタレ度というかなんというか、少なくとも三年生の間では見た目ほど怖くないって評判になってるよ?」

「なんでそんな広まってんだよ……」

「そりゃあ昼休みにあんな騒ぎを起こしたわけだし、休み時間のたびにアグレッシブに逃げ回ってたら、注目されないはずがないじゃないか」

「ですよね……」


 嫉妬から追い回すとかアホだろ。つい数時間前まで目すら合わせなかったのに、真宵のこと聞いたら襲いかかってきやがって。真宵さんマジパネェ。


「それで桐代のことだけど――」


 そこまで言ったところで遮られる。

 テレポートで俺の目の前に現れた翔無先輩が唇に人差し指を添えたからだ。


「そのことはみんなが集まってから話すよ。彼のこともそうだけど、学祭期間は特に警戒が必要になるからねぇ。それに、今回は事情も事情だし」

「みんなってことは……みんなか」

「『組織』のメンバー全員とマイマイちゃんだよ」

「柊は呼ばないのか?」

「んー……ほんとなら呼びたいところではあるんだけれど、桐代くんのことがあるからねぇ。彼女は強力だけれど、逆に利用される可能性もあるからねぇ」


 桐代は柊がスキルドレインを行い眷属化した能力者だが、当時は能力を吸収されただけで眷属にはなっていなかったはずだ。眷属化といっても、そこには柊が『使役する』――すなわち意識して能力を使わなければならないからだ。

 超越者になったいまでも、柊は『吸血鬼』を宿しているだけで・・・・・・・・まともに使えていない・・・・・・・・・・

 それなのに眷属化したのは、志乃が柊を介してそうしたからだろう。

 ただ、志乃が眷属を使役できていたのは、あくまでも新型ともいうべき『吸血鬼』と司令塔がいたからである。おそらく、いまの志乃に眷属を率いる力はない。さらに柊は『吸血鬼』のスペックを最大限に引き出せていないことから、眷属をコントロールするのは不可能だと思われる。

 つまり、過去にスキルドレインで能力を失った者たちが一斉に眷属化し、そのまま放置されているということだ。

 桐代がまさに実例だ。あいつは『吸血鬼』の恩恵を十全に使いこなしていた。いまのところ眷属は従うべき主がなく、制限がない状態にある。

 そうなると、支配力を逆転される可能性がある。

『吸血鬼』のラインの結束力がどれほどか定かではないが、接触させるのは控えるべきかもしれない。

 ――というのが翔無先輩の考えだ。

 概ね同じ見解だが、俺としては柊にも説明してもらいたい。


「そこで一つ、かっしーに頼みたいんだけど、いいかな?」


 上目遣いで小首を傾げながら訊いてくる。


「どうぞご自由に。先輩には助けてもらったからな」

「ありがと。それで頼みたいことなんだけど、学祭中、詩織ちゃんを監視してもらいたいんだよ」

「柊を守るんじゃなくて、監視?」


 流れからしててっきり守るのだと思っていた俺は思わず復唱する。

 翔無先輩は頷くと、話を続ける。


「これから言うことは他言無用だよ? もちろんマイマイちゃんにも――ああいや、最悪マイマイちゃんだけになら大丈夫……かな」


 顎に指を添える翔無先輩は、自分の考えを確かめるように言葉を転がす。

 ひとしきり唸ると、不安を拭いきれない表情のまま俺を見、ほにゃりと頬を弛緩させた。


「たぶんマイマイちゃんも大丈夫かな。うん、マイマイちゃんだけには喋ってオーケー」

「はぁ……」


 とりあえず曖昧な返事をしておく。

 こう見えて翔無先輩は先々のことを考えて行動する人だ。普段が能天気だから忘れそうになるけど。

 これから言う、真宵にだけは話していいことは、おそらくかなり危険が伴うことだろう。

 自然と気が引き締まり、真剣な面持ちになった俺に翔無先輩は笑む。


「気負わなくても大丈夫だよ。ちょっとした目撃証言があってねぇ。超能力者じゃないけど、異能を持った人だけに言おうと思っただけだから」

「司先生がいるのに……っていねぇし」


 静かだからどうしたのだろうと心配していたのだが、部屋にいないなら当たり前だ。机に散乱していた資料が綺麗に纏められ、メモ書きが残されているのが目についた。どうやら最初からそのつもりだったらしく、終わったら連絡しろと書かれていた。

 苦笑しながら顔を正面に戻すと、翔無先輩とばっちり目があってしまった。

 透き通るような黒色。

 そういえば原因は不明だが魔王化した彼女の眼球には、魔王特有の螺旋波紋が浮かんでいたはず。見たところ引っ込んでいるみたいだが、そういえば大丈夫なのだろうか。あれから音沙汰があったとかは聞かないからいまのところ平気なのだろうけれど、前触れもなく魔王になったため、なんとも言い難いのだ。

 ところどころ白が混じったボブカット。日焼けや黒人のものとも違う、どちらかといえば鱗に近い褐色の肌。相変わらず傷を隠すためマフラーは巻いてるけど、痕は残ってないはずだ。

 魔王化が常時ではないのは彼女の象徴である『拒絶』の眼が発動していないことから明らかだ。それはこっちの世界からなのかは検証のしようがないので無視するとして、一瞬でも魔王化すれば、傷跡や病気、視力の低下など、いわゆるバッドステータス及びステータスのマイナスがなくなるのだ。

 天剣を握った瞬間に体を作り替えられた俺も同様なことが言える。


「か、かっしー……? いくらボクでも、そんなじっくり見つめられたら恥ずかしいよ。な、なんだか、服を透視されてるみたいで! な、なんちゃって、あはは……」


 ほのかに赤面する翔無先輩は、つい口走ってしたった本音を隠すように一言付け足す。忙しなく何度も足を組み換えるものだからスカートの奥の布地が見えそうになり、俺は慌てて目を逸らした。いつもなら根掘り葉掘り問いただされてからかわれる場面だが、さすがの翔無先輩も余裕がないらしい。

 密室に二人きりにされ、俺たちに気まずい空気が流れる。どうにか打破するため動こうとすると、翔無先輩はびくっと無駄な反射速度で反応し、それに反応した俺もびくっとしてしまう悪循環がすでに何回か回っていた。

 翔無先輩は初な乙女だ。そんな彼女が好意を寄せる――寄せて、実らなかったとはいえその相手と二人きりというのはキャパシティを越えた展開なのだろう。

 ちらちらと俺を見て、目が合えばわたわたと慌てる。もはや挙動不審どころではない。

 いつまでも無言でいるわけにもいかないので、俺は意を決して言葉を紡ぐ。


「翔無先輩」

「か、かっしー……ぁぅ」


 まさかの同時の発声に翔無先輩が俯くが、ここで沈黙してたら埒が明かない。

 俺は構わず二の句を繋げる。


「話の続き、してもらってもいいか?」

「う、うん! もちろんだよ!」


 気まずさの名残を振り払わんと勢いよく起立すると、翔無先輩は逃げるように風紀委員室の壁一面を占拠する窓まで移動する。俺からは背中しか見えないものの、髪の隙間から覗く耳が真っ赤に染まっているのをちゃっかり捉えていた。

 あえて見なかったことにして、本題を進めることにした。帰りのホームルームが終わってからそれなりに経ってるし、からかってる時間が惜しい。全員が集まる前に聞いておかねば。


「桐代くんのことなんだけど、実は彼のことは夏休みが終わる前に気づいてたんだよ。記憶削除のおかげで眷属化したことは忘れてたはずなんだけど、ふとした弾みで気づいちゃったみたいでねぇ。何回かちょっかいかけられたんだよ。といっても、ボクじゃなくて大河が、だけどね」


 聞くところによると、黒兎先輩は難なく撃退できたらしい。東雲さんにフルボッコという名の特訓を受けて何十体もの眷属を同時に相手取った彼にとって、いまさら桐代ひとりに苦戦するわけがない。


「でも最後で詰めを誤って取り逃がしちゃったらしいんだよ。幸い、追跡できたからよかったんだけど、ちょっと影がちらついてたみたいなんだよねぇ」

「あんまり楽しそうな話じゃねぇな」


 冗談めかして言えば「当たり前だよ」と呆れ気味に返された。


「ちなみに影ってなんだと思う? ヒントはすごーく厄介なやつらってことかな」

「……聞く前からテンション下げるようなこと言わないでほしいんだけど。じゃあ……ほかの眷属が集まってたとか?」

「大正解! ね? すごーく厄介だろ?」

「まあ、厄介っていえば厄介だな」


 俺も格段にレベルアップしているが、油断すれば心臓を一突きされることだってあり得る。それでも油断なく剣を振るえば、何十体と敵にしてもかすり傷すらなく切り抜けることができるだろう。凍らせて動けなくするという必勝法も確立されてるわけだし。


「彼らがなにを企ててるにしろ、目撃しちゃったものをほっとくわけにもいかないからねぇ。行動されてから対処してたんじゃ後手に回るしかない。それは避けなくちゃいけない」


 俺も同意だ、という念を籠めて頷く。


「だから監視をつけてたんだ。ほら、前にも言ったことあっただろ? ボクたちのほかにもう一人、派遣されてる能力者がいるって。彼についててもらってるんだ」

「全く覚えてない」

「かっしー……少しは興味持ってよ」


 俺の無知さ、関心のなさに擁護する気力がなくなってしまったらしく、すっかり平常心に戻った翔無先輩は腰に両手をあてて大きく嘆息した。


「とにかく! 昨日のことなんだけど、動きがあったんだよ」

「昨日、か……」


 そう呟いて先を聞こうとしたが、ドアを挟んだ向こう側からぞろぞろといくつもの足音が近づいてくるのを鼓膜が拾い上げた。余計なやり取りをしていた分だけ時間がなくなっていたようで、湯飲みに残っていたお茶も冷めてしまっていた。

 もったいないので一気に飲み干し、湯飲みはどうするかと手をさ迷わせていると、翔無先輩が回収して風紀委員室なのに何故か設置された流し台に置く。


「かっしーだけにお茶を振る舞うのは不公平だからねぇ。湯飲みもボクのとかっしーが使ってたのしかないから、みんなには内緒だよ?」

「お茶くらいでなんとも思わねぇだろ。まぁ……お茶、どうもです」


 俺がお礼を言った途端、翔無先輩の目が限界まで見開かれた。言わんでもいい。どうせ俺が素直に礼をしたのが信じられなかっただけだから。

 微妙な表情をする俺の感情を読んだ翔無先輩はクスッと笑う。


「お粗末様。ボクのお茶が飲みたかったらいつでもどうぞ」

「では甘えさせてもらおうかな」

「どうぞどうぞ。それじゃあ、続きはみんなが帰ったあとにでも……おっと」


 翔無先輩が無造作に放られていたインカムを取ると同時にドアが二回ノックされる。


「どうぞー」


 ドアが開け放たれ、人垣がなだれ込んできた。


  

 勘違い野郎は眷属でしたとさ。

 次の登場は当分先になりそうです。

 ところで、私が書く異世界召喚物で後からチートの成り上がり(?)って需要ありますかね?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ