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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第九章〈学園祭〉編
122/132

9―(3)「変化③」

 

 ――やっぱ、冬道には感づかれたかなぁ。

 柊詩織は重たく息を吐き出し、つい先程まで居座っていた少年を思い浮かべた。

 いつだって彼は自分の変化にいち早く気づいてくれた。それがどんなに些細なものだとしても見逃さない。今回など、無意識にだが下がった声のトーンだけで感じ取っていたほどだ。

 逃げられないように腕を掴まれ、まさかと肝を冷やした。

 しかし冬道も、掴んだのは間違いではないとしても、どうしてそうしたのかまではわかっていない様子だった。

 そこまで読み取られるのは困る。

 二人が帰り、静かになった空間でぼんやりと思い出す。

 夏休も最終日に聞かされた残酷な事実を。――そして柊詩織という個体が行き着いてしまった、終わりのない始まりを。


『――詩織よ 』


 ここ数日ですっかり聞きなれてしまった声に振り返る。

 いたのは絶世の美女と呼ぶに相応しい人物だ。光を浴びて幻想的に輝く銀髪はいくつもに折り畳まれながら背丈ほどもある。瑠璃色の眼には、ともすれば狂気と言えるような凶悪さがあった。けれどそれが威圧にならない包容力を纏っている。

 しかしより目を惹くのは、着物からこぼれ落ちそうなほどの胸だった。

 禍々しいほど美しく、惚れ惚れするほど恐ろしいその人――九十九志乃が腕を組んで立っていた。


『どうしたんですか?』

『いや、な。そちに言っておかねばならぬことがある、のだが……』

『……?』


 珍しく歯切れが悪い。

 どう切り出そうか悩んでいるらしく、しきりに「あー」やら「うー」やらと唸っていた。

 志乃は思ったことは隠さず言う性格である。良く言えば正直者、悪く言えば相手のことを考えない傍若無人だ。殺す殺さないも平然と決めてしまうほどには割り切った考え方であるゆえ、何事もはっきりさせてしまうのだ。

 そんな彼女が言い淀むからには大事なのだろうと予測した。

 しばらくして志乃が唸るのをやめる。そしてなにを思ったのか、自らの頬を全力で叩いた。肌が潰れる不快な音に、柊は眉を引き攣らせる。


『詩織よ、妾はそちに言っておかねばならぬことがある』


 破裂した頬はそう言い切るより早く再生しきる。


『妾はそちを――そちらを信じておる。妾のように光を見失うようなことはないだろうと信じておる』


 だから告げよう。

 志乃はそう前置きする。


『そちは己に刻まれた真名しんめい。それを理解し、超越者として妾の前に立ち塞がった。妾の同列の存在として確立した』


 柊詩織――九十九詩織。

 その名に刻まれた真名は『死降』――すなわち、人類に死を与える者を指した。

 もちろん理解した上でそれを受け入れた。いや、受け入れたというよりも鎖で繋がれていた力を怒りのままに解き放ち、喰らったというのが正しいだろう。

 あのときは目の前の女を殺したい。それだけの感情で禁断の果実を喰らったのだ。


『いまの詩織は実力は劣ろうと、妾と同じ存在になっている。――不老不死までもな』

『…………』


 柊に反応はない。薄々だがわかっていたのだ。

『吸血鬼』の能力者だが、不完全であるがため不老不死は備わっていなかった。こうして成長しているのが証拠だ。

 モデルとなった吸血鬼の弱点であるにんにくや十字架に、わずかに苦手意識はあったが、触れられないほどではなかった。日焼けしやすかったのは、日光が弱点という特性が中途半端に表れていたからだろう。

 怪我の治りが早かったり、成長が遅かったりはなかった。

 所詮はそれだけのことだった。

 しかし柊は『吸血鬼』の完成。そして超能力者を越える選択をしたのだ。

 メリットばかりのはずがない。デメリットだってあるはずなのだ。

 真っ先に思い当たったのが――不老不死。

 能力者と言えど人間だ。心臓を串刺しにされれば息絶える。どれだけ強大な力を持とうと、元『勇者』の少年でも致命傷を負えば死に至る。

 でも自分はそうではなかった。

 心臓を貫かれても、こうして生きている。

 わかっていたのだ。


『ははっ……やっぱりあたし、人間じゃなくなっちまったんだなぁ』


 力なく呟き、笑う。

 志乃の目にはそれは痛々しすぎた。背中に手を回して抱き締める。


『許してくれ――などとは言わん。妾の癇癪のせいでそちの生を台無しにしてしまった。こればかりは、償いきれることではない』

『き、気にしないでくださいよ! 不老不死っていっても志乃さんや双子ちゃんだっているだろ? ほら、寂しくなんかないじゃないですか』

『……莫迦を申すな』


 志乃の腕に力がこもった。


『そちは妾より辛いだろう。愛する者がいる、愛すべき者たちがいる。妾にはそんな者はいなかった。――そちはその者らが成熟し、老いていき、そして生涯を終える瞬間に立ち会わねばならない。己が止まったままなのを突きつけられながら、永遠の苦しみを噛み締めねばならん』

『…………』

『己は異常なのだと、周りの者とは違うのだと思い知らされる。大切な者たちが離れていく辛さを抱かなくてはならんのだ』

『……わかってますって。あたし、それくらい耐えられますから』


 誰かに拒絶されるのにはなれているのだ。

 今回だって、きっと耐えられる。


『生きることに苦痛を覚えれば妾のようになる。己を殺せる者を求め、いくども人類の再構築を行おうとする。だからそうなったときは妾の元に訪れるがよい。詩織の怨念ごと――妾が殺してやる』

『大丈夫ですよ』


 柊はそう言って志乃から離れる。


『――殺してもらう相手は決めてますから』


 志乃の言った危惧は考慮してある。あの志乃でさえ生きることが苦痛になり、自分を殺せる存在を生み出そうとしたのだ。おそらく二世紀を生きるかどうかというところで人格が破綻する。

 志乃のように自分を殺せる存在を生み出すのは無理だ。

 だからそうなる前に――、


「やめやめ! こんなんあたしらしくねぇぜ!」


 一人になった途端にこれだ。気晴らしついでにやるべきことをするかと柊は立ち上がる。

 外出するにもこの容姿は不便だ。いやに注目を集める。日が落ち始めたいまなら人目は少なくなっているだろうが、ないわけではない。

 キャップを目深に被りパーカーを羽織る。さらにフードで髪を完全に隠す。前髪がいくらか隠れきっていないが、これくらいなら問題はないだろう。

 ドアを開け放って外に出、エレベーターに乗ろうとしたところで冬道の小言を思い出す。盗まれて困るような物は置いていないが、友人の忠告は聞くべきだ。

 急いで部屋に戻るとしばらく使ってなかった鍵を掘り出し、改めて出発する。

 竜一の経営する美容院は隣町のショッピングモールに一角に店を構えている。電車で移動すれば三十分とかからない。

 すれ違う人々の視線を無視し、早足で急ぐ。


「……んん?」


 ふと前方に、いまの自分とは違う意味で視線を集める人物が立っているのを見つけた。いや、格好が奇抜という点では同じかもしれない。

 肩から爪先までを覆うカラフルなコート。何色も中途半端にごちゃ混ぜにすればこうなるのではないかという色だ。頭にはこれまた奇抜なシルクハットを乗せている。体をゆらゆらと左右に揺らし、メロディを口ずさんでいた。

 聞いたことはないがいい曲だと思った。ゆったりとしたテンポのなかにどことなく力強さを感じる。

 最後まで聴きたいが、近くに居続けるには目立つし、そうでなくとも恥ずかしい。体型からするに男だろう。変な逆ナンみたいに思われても困る。急ぎの用事もあるし、さっさと過ぎようとした――そのときだった。


「こんにちは。僕の歌はどうだったかな?」

「へ?」


 おもわず溢れた間抜けな声に体温が上昇していく。

 しかしその人物は柊の様子に気づいたわけでもなく、にこやかに微笑んでいる。


「僕のことを見ていたようですから訊ねてみたくなりまして。それで、どうでしたか?」


 シルクハットを持ち上げると、そこにあったのは、優しそうな青年の顔だった。


「えっと、よかったと思います」

「そうですか。それはよかったです」


 青年の屈託のない笑顔に柊はフードの下で顔を顰めた。こういった優男は苦手だった。誰にでも愛想を振り撒いて、いざとなれば簡単に人を裏切るような印象がある。おまけに怪しさ満点の柊にでさえこれなのだ。

 一礼して再び早足で急ぐ。


「あ、ちょっと待って――」


 ――脳内で警報がけたたましく鳴り響いた。

 感覚が加速する。

 わずかに振り返った先に、手を伸ばす青年がいる。呼び止めるため肩でも掴もうとしたのだろう。警報が知らせるのはおそらくそれだ。

 直感した。掴まれてはならない。――いや、触れられてはならないと『吸血鬼』が絶叫している。

 これまでにない強烈さに意識が刈り取られそうだった。危険を知らせる装置の威力が過剰すぎてどうするんだと怒鳴りたくなったのをぐっと堪える。

 右足で地面を蹴り、手の届く範囲から離脱する。そのまま反転。接近されないよう警戒しながら、青年と対峙した。

 青年は呆気に取られた演技で警戒を解こうとしているが、もう騙されない。一歩近づかれれば二歩遠ざかる。必要以上に踏み込ませないことの重要性は痛いほど学習した。

 すると青年は口元に狂喜を滲ませた。真紅の二点がギラつく。

 青年はパチパチと拍手を始める。


「さすがです、我らが姫! 僕ごときの浅知恵で欺けるわけがありませんでした!」


 両手を広げ、第一印象とはかけ離れた狂ったように笑い声を上げる。

 建物に反射し、何重にもなって柊の鼓膜を叩いた。

 真紅の瞳。鋭利にちらつく牙。――『吸血鬼』が、柊に見蕩れている。

 強烈な吐き気に襲われる。喉奥から込み上げてきた酸を飲み下し、絞り出す。


「あたしになんの用だ」

「――ああ素晴らしい! なんと甘美な響きでしょう! 無礼にも汚れた僕があなた様に触れようとしたことを、どうかお赦しください」


 胸に手を当て、青年は腰を直角に曲げる。


「ですが、我々には姫の力が必要なのです。どうか我々についてきていただけませんか?」

「ざけんな。どっか行け」


 周囲の視線は柊と青年に向けられている。騒ぎを窺う野次馬ではない。全員、『吸血鬼』の眷属だった。いつの間に集まってきたのか、いるのはそれらばかりだ。


「ご安心ください。ここには我々以外、誰であろうと立ち入ることはできませんよ。かの王と『勇者』であれば、不可能ではないかもしれないですがね」

「てめえ、冬道たちに手ェ出したんじゃねぇだろうな!」

「姫の慕う男性にちょっかいなど出せば、無益な争いになるだけです。僕個人としても、彼らとは良好な関係を築きたいと思っていますし」

「……気に入らねぇな」


 その言い方は、まるで『勇者』を相手に立ち回っても勝利できるとでも言っているようだ。


「申し訳ありません。ですが――」

「だいたい姫ってなんだよ。あたしはてめえらのお姫様になったつもりはねぇし、なるつもりもねぇ」


 柊は青年の言葉を遮る。


「いいえ。あなた様は、必ず我々の姫となり、我々を率いることになりますよ。今日はほんの挨拶のつもりでお窺いに参りました」

「……それだけで帰るつもりはねぇって顔に書いてるぜ?」

「おや。それは失礼しました」

「ハハッ、嘗めてんのか?」


 踏みしめた右足がアスファルトを呆気なく粉砕する。


「こんな人数であたし一人を取り囲んで、人払いまでやってんだ。挨拶の程度がどれくらいかは知らねぇけど、大人しく帰るつもりなんてねぇんだろ?」

「いいえ。姫が帰れと仰るならいますぐにでも帰りますよ」


 表情は動かない。精巧に作った仮面だと言われても疑わないだろう。

 人は集めても、いまこの場では柊と争うつもりはないらしい。青年が司令塔として機能しているからか、好戦的に敵意を向けている者が煩わしげに首を掻いている。ただの見せ掛けだろうが、柊が反撃の姿勢になれば即座にロックは解除されるはずだ。

 人数は視野内では十人から二十人。背後や死角に隠れている者まで合わせれば、おそらく二倍前後の数が控えていると考えるべきだろう。

 気配を読み取れるようになったとはいえ、あくまでも敵意を持った相手だけ。

 直感も危機に陥ったときは未来予知と同等の性能を発揮するが、それ以外では五分五分でしかない。選択肢が提示されるだけでも展開を組み立てられるのでまだマシか。

 不老不死の戦いにデッドエンドはない。圧倒的にスペック勝っているか、物量で押し潰すかのどちらかしかない。

『吸血鬼』一体の保有する力は未知数だ。いかに柊が超越者でも疲労は蓄積する。この数の『吸血鬼』全員を相手取るのはやや難しいかもしれない。

 それに警報はガンガン鳴りっぱなしだ。

 青年に触れられる――それだけでもだめだ。

 強気に出ているが、正直戦いになって乗り切れるか確証はないのはそのためだ。

 戦闘になれば嫌でも意識が分散してしまう。『吸血鬼』の強みは超回復力だ。加えてでたらめな身体能力のおかげで、素人の柊でもトップクラスの戦闘を行える。だが、その強みは『相手を傷付ける』行為にのみ発揮する。触れられるだけのことに、超回復力は発動しない。

 戦況は限りなく不利だ。青年の狙いが柊を捕縛するのではなく接触するだけなのだとすれば、機嫌を窺わずさっさと行動に移してしまえばいい。

 やらないのは本当に柊を上位と認識しているためか。それともなにかしらの条件が必要で、それが整うまでの時間稼ぎのつもりなのか。

 どちらにしろ、柊が自ら行動するのは『赤』でしかない。かといって牽制してるだけでは餌食になるのを待っているようなものだ。

 せめてスキルドレインで吸収した能力を使うことができれば、脱出するのは簡単だ。たしかスキルリストのなかに空間移動があったはず。それで離脱してしまえばいいだけだ。が、柊がほかの能力を使えたのは感情の昂りで無意識にでだ。いまは使えないし、そもそもどう使うかがわからない。

 いっそのこと、帰れと命令してみるか。

 柊はそう考え、呆れ返った。話が通じるなら悩んだりしていない。


斑鮫むらさめサン! そんな女の言い分なんざ無視して、とっととやっちゃいましょうや! あんたが下手に出る必要なんてねぇすよ!」

「……御影みかげクン、姫になんて口の利き方をしているのですか?」

「うっ……す、すいやせん」


 御影と呼ばれたバンダナの少年は、斑鮫の眼光に口を閉ざす。

 鬱憤を張らすように柊に怒りの矛先を突きつけてくる。柊も同じように睨み付けてやれば、あっさりと顔を背けた。


「部下の躾がなってねぇんじゃねぇの? 斑鮫サン?」

「テメェこのアマ! 図に乗ってんじゃ――」

「あ?」

「ぐっ……」


 少し挑発しただけでこの有り様だ。しかも御影だけではない。斑鮫が抑えていなければいまごろ乱戦になっていただろう。


「彼をお赦しください。悪気はないのです」

「じゃれついてくる噛ませ犬にいちいち怒ってらんねぇよ」

「寛大なお心に感謝します」


 とことん調子が狂う。あえて挑発したというのに意に介した様子はない。むしろ御影の態度が気に入らなかったらしく、申し訳ないという雰囲気だけがひしひしと伝わってくる。

 ただ目的だけはブレない。

 隙あらば踏み込もうとする斑鮫と一定の距離を保つ。

 こんなやり取りをしながらも、柊が抜ける穴を潰している。強引に突破しようとしてもノータイムで片付けなければ一斉に攻め寄せ、斑鮫がトドメを刺すだろう。

 全力を出せば、たぶんごり押しでもいける。

 だがその衝撃に周囲に環境が耐えられない。

 ――つまり、敵が自発的に撤退しなければ柊に勝ち目はなかった。

 斑鮫はそれがわかっている。わかっているからこそ、柊に選択の余地を与えているのだ。また、ここで逃がしても同じ状況に持ち込むだけの自信があるのだろう。でなければ遥かに格上の柊を前にこうも余裕でいられるわけがない。

 次に備えて冬道や『組織』に援軍を頼んだところで、『吸血鬼』による犠牲を増やすだけになる。一人にならなければ突破口は開けるが、斑鮫が考慮していないはずがない。『勇者』と呼称していたことから、実力も折り込み済みなのだろう。

 どうするか。相変わらず警報は『赤』だ。後悔しても遅すぎるほどに遅いが、罠に足を突っ込む前に気づくべきだった。

 頬を嫌な汗が伝う。

 志乃と対等に戦えたからと慢心していた。柊は戦闘に関して経験も知識も誰より劣るのに、実力だけが反比例して飛び抜けている。戦術面で覆さなければならない状況になったとき、どうやればいいか判断できないのだ。


「顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

「てめえに心配されてる時点で、大丈夫じゃねぇって悟れよ」


 柊は虚勢とわかりながらも強気に出るしかない。でなければ潰れてしまう。

 思えば柊の戦闘意識はいつだって外部から与えられたものだった。このような状況に瀕したことがないのだから、いかに身体能力が強靭でも恐怖を覚えた。


「……急いでんだ。さっさと帰れ」


 ここに来て願望が漏れたと柊は内心で舌を打つ。

 ヤバイ。攻め込まれる。――そう思っていた。


「わかりました。今日のところは退かせていただきましょう」


 ぱちん、と指を鳴らす。

 すると周囲にいた『吸血鬼』が次々に消えていき、人気が戻ってきた。


「どういう、つもりだよ」


 まさか本当に退くとは思わず、口からは無意識に困惑の声が紡がれていた。


「姫が帰れと仰られたからそうしたまでです。言ったでしょう? あなた様は我々を率いることになると。命令に叛くことはできませんよ」

「わりぃけど、んなつもりはねぇ」

「いいえ。あなたは必ず、近いうちに我々の上に立つことになります」


 斑鮫は確信をもって言葉にしている。しかしなにをもって確信しているのか。

 鳴り続ける警報は斑鮫に近寄るな、触れられるなというものだ。それだけで能力にかかってしまうのだろう。しかも距離を保っていてもレッドゾーンから抜け出せないのだから、相当危険な代物だとしておくべきだ。

 不老不死をしても『赤』を示すのだ。不死殺しでも備えているのかと頭の片隅で考えるが、だとすれば志乃が百年単位で計画を練る必要はなかった。

『吸血鬼』をもってしても危険な能力。

 斑鮫が一人になったいま、どうにかして無力化するべきかもしれない。


「やめた方がいいですよ。先程までならともかく、いま僕を攻撃しようものなら、確実に姫は日常から切り離されてしまいますから」


 一際強く、鼓動が脈動した。筋肉が硬直し、息ができなくなった。


「ご安心ください。僕は誰かに危害を加えるつもりはありません。姫に我々を率いてもらいたいだけなのですから」

「あたしを引き入れて、なにがしてぇんだ」

「さあ、なにがしたいのでしょうね」


 喉を鳴らして笑う斑鮫。柊を目の前に何人が平然としていられるだろう。いや、少ないと勘違いしていただけで実際は相当数がいるのかもしれない。

『吸血鬼』は最高峰の能力だが、かといって対抗手段がないわけではない。斑鮫がそのいい例だ。ただしこのように地の利を得ての部分が大きいからではあるが、得たことがすでに上回った事実となって突きつけられている。


「――では、やるべきことだけはやっておきましょうか」

「え?」


 よろよろと体を揺らしたかと思えば、あろうことか背中から道路に身を投げ出した。それに合わせたように――というより、合わせたのだろう。大型車が斑鮫に向けて猛スピードで突っ込んでくる。

 衝突すればまず原型を保てない。だが超回復力を持つ斑鮫に怪我や欠損はないに等しい。

 しかし、そうなれば斑鮫だけでなく、直前まで一緒にいた柊も異常だと露見してしまう。

 斑鮫が目立つ格好をしていたのはおそらくこのためだ。

 柊でも一切触れられることなく切り抜けられないよう『吸血鬼』の眷属で取り囲み、それらを撤退させたとしても同等の結果を得られる展開を作り上げた。眷属は元から退かせる手筈で、狙いはここだったのだ。

 柊はそれが傷を負っても再生するとしても、それが敵だとしても、目の前で危険に陥っているのならば助けずにはいられなかった。

 一歩近づくごとに警報がけたたましく唸る。――強引に捩じ伏せた。

 アスファルトを蹴って道路に飛び出す。後ろに倒れるように宙に体を投げ出す斑鮫の胸ぐらに掴みかかり、なお失われない勢いのまま反対側に転がった。


「てめえ! なに考えてんだ!!」

「……姫ならこうすると思いましたよ」


 馬乗りに組伏せられる斑鮫はそう言って柊の腕に触れた。


「そして、これで僕の目的は果たされました」

「しまっ……!」


 柊は慌てて飛び退くが――すでに手遅れだ。


「今日のことは、しばらくお忘れください」


 斑鮫は見せつけるように中指と親指をくっつける。

 ぱちんと指を鳴らす。


 ――ドクンッ!!


 意識が一瞬だけブラックアウトした。体が傾いていくのを認識した瞬間、薄まっていた意識が完全に覚醒する。たたらを踏みながら、なんとか倒れる前に体勢を立て直す。


「……?」


 柊は不意に意識を失いかけたことに首を傾げる。

 しかし立ち眩みかな、と深くは考えず再び急ぐ。

 視界の端では、奇抜な格好をした青年が柊を見て微笑んでいた。


     ◇◆◇


 

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