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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第八章〈夏休みの終わり〉編
119/132

8―(20)『二つの禁忌』

 

 硬質な音が反響して鼓膜を振動させる。


「――ねぇ、アウルさん」


 漆黒の髪をなびかせ、朱鷺代は先頭を歩く金髪の少女に言葉を投げ掛けた。


「なんだ」


 少女――アウル=ウィリアムズは歩みを緩めないまま半分ほど振り返る。


「いまのいままで理由を訊かなかった私も悪いとは思うのだけれど、こんな場所に連れてくるなら一言くらい言っても罰は当たらないとも思うのよ」


 光源がアウルの持つ懐中電灯だけで表情こそお互いに見えていないが、雰囲気だけで朱鷺代の機嫌が悪くなっていることを、彼女の配下であるカザリとニートは鋭敏に察知していた。それこそ隙あらば背中から腕を捩じ込んで心臓を鷲掴みにし、強引に抜き出す程度のことはやってしまいそうだ。

 かつて回復するから死なないというだけの理由でそうされたカザリなど、冗談抜きで身の危険を感じている。ニートもそこまで極悪な仕打ちは受けていないが、嫌悪しているカザリが恐怖に怯えてしがみついてくる様子を見て、背筋も凍る恐ろしさを抱きながら歩を進めている。

 間違っていま話しかけようものなら、確実に半殺しにはされるだろう。

 しかし。

 夏休み中に各地を引っ張り回され、最終的にこんな場所に前置きもなく連れてこられれば、朱鷺代でなくとも機嫌が悪くなるのも頷ける。

 いまいるのは廃棄された地下道のような場所だった。電気は通ってなく、光源はアウルの手にある懐中電灯のみ。朱鷺代が魔導を使えば一帯を照らすのは造作もないことだろう。やらないのは機嫌が悪いせいだ。入口は厳重に隠蔽されていた――というよりも破壊されて使い物にならなくなったという様だった。

 塔のように円柱の建造物なのか、外周に沿って階段が続いている。いくつかのフロアを降りてきたが目的地はまだらしく、アウルが止まることはない。おそらく最下層まで降りるつもりだろう。

 ここはまず間違いなく一般の用途で建設されたものではない。

 各フロアで目撃した機材がそれを物語っている。そもそも朱鷺代やカザリ、ニートのような異世界の力を持つ人間を招き入れた時点でわかっていることだ。


「いったいここはなんなの? ことと次第によっては引き返そうかと思うのだけど」


 ――というのは口から出任せだろう。本気で引き返すつもりならアウルに言ったりしない。それ以前にのこのこついてきたり、協力したりしないはずだ。

 ただ、答えなければなにをするかわかったものではない。協力的だといってもあくまで考えが合致しただけであり、仲間になったわけではないのだ。もちろんニートもカザリも命令さえあればアウルを殺しにかかるだろう。

 忠誠を誓う主人を顎で使われて、内心ではよく思っていないはず。

 アウルは半分だけ後ろに向けた顔を前に戻し、


「ここは『組織』の総本山だ」

「まったく機能していないじゃない。どういうこと?」


 朱鷺代も超能力の事情は多少だが聞き及んでいる。こちらの世界には異世界に召喚されて『魔王』となり、力をつけて帰還する前から異能が存在していた。しかも起源は五〇〇年以上も過去に遡り、原初の能力者に至ってはついこの間目撃してしまった。

『組織』というのが能力者を統率する機関であり、アウルが所属していたというのも知っている。それはいまも健在だ。なのにこの廃墟が能力者の総本山だと告げられて、素直に納得できなかった。


「旧総本山と言うべきだったな。ここは六年前までは使われていたが、敵襲を受けて使い物にならなくなったんだ」


 ほかにも拠点がバレたのに居続けては敵対関係にある――あった『九十九』に襲撃を許してしまうということが挙げられる。


「いつ崩落してもおかしくないということかしら? それだと私たち、いままさに絶体絶命のピンチってことじゃない」

「問題ない。ここは能力で造られたものだ。おそらくお前が全力の半分以上で破壊しようとさえしなければ老朽化などで崩落する心配はない」


 アウルの言葉に朱鷺代がピクリと反応を示した。


「あら。それは私の全力を知っているような口振りだけれど、言っておくけれど私、あなたの前で全力を出したことなんて一度もないわ。知ったように言わないでもらえる? 不愉快だわ」


 そう言ってアウルを見下ろす朱鷺代の深紅の双眸には、ありありと殺気が宿っている。空気を震わせて伝わるそれは背後の二人をも跪かせるものだ。

 しかしアウルは正面から受け止めながら平然としていた。


「知ったようにではない。お前の全力を私は知っている」


 新緑の双眸に浮かぶ波紋。それは薄暗い空間を切り裂き、朱鷺代を射貫く。

 徐々に密度を増していく殺気にカザリが限界を訴えるが、そんなものを聞き入れる『魔王』ではない。見向きもせず、アウルを睨む。

 しばらく火花を散らし、やがて不毛だと思った朱鷺代が深紅を引っ込めた。

 殺気が消えたことで二人への重圧もなくなり、跪いたまま荒い息を整えている。


「そうね。そうだったわ。あなたは『凍結空間』で私と何度も会っているものね」

「……納得したのなら後ろの二人を気遣ってやれ。お前の殺気で足腰がやられているみたいだ」


 冷めた視線を朱鷺代の背後に向け、アウルは足を止める。ブレザーから小型の情報端末機を取り出して操作する。


「は、はぁ? ばっかじゃねェの? 誰が気ィ遣ってくれるように頼んだってんだ?」


 カザリは大粒の汗を流してアウルを見据える。 言うことの利かない足腰に叱咤を打ち、強引に立ち上がろうとするその姿は天剣の『勇者』に重なった。


「おいカザリ、俺はそいつに賛成なんすけど」


 力なく壁にもたれ掛かったニートがそう言うが、


「は? ウッザ。引っ込んでろよ引き籠もり野郎が」


 初めからニートの言葉など聞くつもりのなかったカザリが一蹴する。

 額に極太の血管を浮き上がらせたニートも根性だけで立ち上がり、まだ中腰のカザリの前方に回り込むと、親指を立てた右手で首をかっ切るゼスチャー。最後にそれを逆さにして軽く下げた。


「上等だ居候ビッチが。あんあん言わせて立てなくしてやんよ」

「かっ! こっちこそ上ォ等だボケ! スクラップにして腐らせてやるよ!」


 ――と。

 この言葉に行動が伴っていれば大惨事が広がっていたことだろう。どちらも駒を手元に置かない主義である『魔王』が選んだほどだ。この二人を相手に戦える人種は両手の指で事足りる数しかいない。

 だがいまは生まれたての小鹿のような二人である。足取りも重く、悲観的にみたところで、大事に至ることはないだろうと容易に判断できた。

 こんなところまで来て喧嘩する彼らの面倒を見るのが馬鹿らしくなった朱鷺代は毒々しい瘴気を指先から放出すると、それを椅子の形にして固定する。腰を落としてひと息つき、足を組んで頬杖をつく。


「アウルさん。どうせしばらくは動けそうにもないから訊きたいのだけれど、だだっ広いだけで無人の場所につれてきて、私になにをさせようとしているの? これまでいくつかあなたの指示に従って行動したものの、今回も可能だと限らないわよ?」

「大丈夫だ。私はやれないことをやらせたりしない。その場合はほかの手段を使うさ」

「気に入らない言い回しね。それで、結局のところ私になにをさせるつもり?」

「全員が揃ったら説明する。二度手間は面倒だ」


 アウルの聞き捨てならない言葉に、朱鷺代は怪訝そうに眉間に皺を寄せた。


「どういうつもり、アウル=ウィリアムズ」

「どう、とは?」

「そのままの意味よ。私たちのほかに誰か協力者がいるとでも言うつもりかしら?」


 これまでの行動で敵対する存在はいくつも存在していたが、協力者は誰もいなかった。それもそうだろう。異世界に召喚されるという荒唐無稽な体験をした朱鷺代でさえあり得ない・・・・・、と一時は切り捨てた話を信じる人間がいるとでもいうのか。にわかに信じがたいことだ。

 しかし朱鷺代の発言にはアウルが首を傾げている。まるで「誰がお前たちだけに協力を頼んだと言った?」とでも言いそうな表情だ。


「まあ、協力者といってもあちらにしてみれば協力ではない。むしろ敵対だ」

「……これからどうにかしようというわけかしら?」

「そのつもりだ。だが難しいことではない。お前と同様、言いくるめてやるだけさ」


 自信満々に言い切るアウル。言いくるめるという表現を朱鷺代は否定してやりたかったが、したところで、従っている事実は覆らない。余計な労力は使うまいと目を伏せる。付近ではようやく取っ組み合いになった従者が一撃を繰り出すたび地を転がり、時間をかけて立ち上がっては地を転がるを繰り返していた。

 異世界にいたころは日常茶飯事で呆れたその光景も、息苦しいこの空間ではちょうどよい緩衝材になってくれている。全体重を椅子に預けて天井を仰ぎ――――刹那。

 じゃれあいを続けていたニートは手を真上に翳し、高速で水系統の波導を詠唱。薄い水膜が瞬時に展開され、全体を覆っていく。カザリは魔剣を復元させて牙を剥くと、狂気に満ちた雄叫びを轟かせた。

 朱鷺代は構わずだらけたまま、


「ほら、来たみたいよ」


 喉元にナイフを突きつける銀髪の女。その女を瘴気で編み込んだマスケット銃で包囲した朱鷺代が詰まらなそうに目を細めた。


「時間操作の類いかしら? いきなり目の前に現れたものだからとっさに反撃してしまいそうになったけれど、ニートやカザリはともかく、私まで出し抜けるとは思わないことね」


 朱鷺代の予測に女は鋭利に口角を持ち上げる。雪国の姫君のごとき美しさとは裏腹に、その笑みは蛮族そのものだ。

 ところどころがボロボロになったドレス。ヒールは折れ、革靴のようになっている。長い銀髪は緩くウェーブがかかっており、一連の動作を見た限りでは癖っ毛で間違いないだろう。


「いまんでよくわかったもんだよ。……にしてもおっかねぇ姉ちゃんだなぁ。ちょこーっと手ェ出しただけだろ?」

「ちょこっとで殺されそうになるのなら、私は日常的に命を狙われているでしょうね」


 黒と銀。

 ほぼ対極にある美しさを備えて対峙する二人。

 薄暗く気味の悪い空間にあっても映える存在だが、漂う雰囲気は見た目の美しさを欠片ほども感じさせない禍々しさがあった。


「くだんねぇこと気にすんなよ! まあ、そいつンお友達みてぇだからどんなもんかと試すつもりだったんだけど……いやー、こりゃあ参った!」

「テメェ『魔王』様から離れ――」


 波導を制御から切り離したニートは足場を蹴り、朱鷺代にナイフを突きつける女を目掛けて復元した槍を振り抜いた。女は反応しないのかできないのか、ぴくりとも動かない。矛先の刃は女の背中から肉を抉り骨を砕き、脈動する塊を貫通した。


 ――ざざっ――


 朱鷺代にナイフを突きつける女を目掛けて復元した槍を振り抜いた――はずだった。

 気づけば組み伏せられ、いつのまにか奪われていた槍が首のすぐ真横に墓標のように突き刺さっていた。頸動脈をかすったらしく赤の雫が滴っている。


「あっぶねぇなぁ。話くれぇ聞いてくんねぇかな? ――っと」


 眼前に迫った一閃をニートから退いて躱す。


「アタシは話聞いてくれって言ってるだけなんだけどなぁ。異世界人・・・・にゃあ難しい注文だったりすんの?」


 女の言葉に反応したのは――誰もいなかった。

 それに意外そうにしたのはほかならぬ発言者の女だった。おそらく異世界人と正体を看破すればわずかにでも動揺すると思っていたのだろう。もちろん驚きはあった。正体を特定する証拠といえばニートの波導とカザリの魔剣がある。けれどそれを元に異世界人にまで到達するのは不可能だ。

 知らないものは知らない。

 正体不明の力であっても超能力に関わる人間ならば、自然と未確認のそれだと考えるだろう。

 しかし女は異世界人だと断定した。間違いなどあるはずがない。女の態度からそれがはっきりと伝わってきた。

 もしアウルに会う前に出会っていれば不様に動揺して隙を晒していただろう。


「思ったよりも早かったな――姫路楓」


 携帯端末をしまい、アウルは姫路に言う。


「しゃあねぇだろ。旅行にお呼ばれしてさっきまであっちにいたんだからさ」

「……匂うわね」

「ん?」


 朱鷺代の唐突な呟きに姫路は振り向く。するとそこには瘴気の椅子から立ち上がり、わずか数センチまで接近していた『魔王』の姿があった。思わず仰け反り、たたらを踏んで体が離れそうになったところを、朱鷺代は腕を掴んで引き寄せた。そのまま姫路の顔に自分の顔を近づける。


「ちょちょちょちょっと『魔王』様!? 口づけなら俺に!!」

「黙りなさい。私はレズではないわ」


 同性でも見惚れる妖艶さを纏う朱鷺代に息がかかるほどの距離で言われる姫路はその気・・・に目覚めそうになっていることを、誰も知る由はなかった。


「……やはり匂うわね」


 口元から鎖骨、そして胸へと近づけた顔が下がっていく。


「――あなた、『勇者』と一緒だったでしょう?」

「匂うってそういうことか。あいつも呼ばれてたからな。そりゃ一緒にいるさ」

「そう」


 朱鷺代はそれだけ言うと拘束を解き、アウルに話を進めろと無言で訴える。

 流れを切ったのはお前だろうと口のなかだけで呟いたアウルは、


「じゃあ、死んでくれ」


 しかし姫路に背後を奪われた。逆手に構えたナイフを首筋に添え、一気に引き寄せる。

 アウルはその場に屈んで紙一重で回避して次撃に備えて転がって距離を開けるが、その先で姫路はナイフを突き出していた。おそらく回避のため跳んだ距離を未来視し、モーションを終えるまで次に移れないことを見越しての一撃だろう。

 事実、アウルは事前に行った動作しかできずにいる。――が、防げないわけではない。

 スカートの下に隠した拳銃を抜き取り、突き出されたナイフを弾く。


「悪いが、それ・・はお前の専売特許ではない。私に通用すると思うな」


 ナイフごと手を上方に投げ出し仰け反る姫路の胸に照準を定め、遅滞なくトリガーを絞る。回転式弾倉シリンダーが薬莢を吐き出し、銃口から鉛が飛び出した。硝煙を突き破り、閃光となった弾丸は胸を貫き、純白のドレスを鮮血で染め上げた。


 ――ざざっ――


 弾丸は長い銀髪に穴を作り、遠くで金属音を響かせた。

 ナイフでは動きが遅れると直感したのか、握りを緩めてそれを捨てると、体勢を立て直しきれていないアウルから拳銃を奪おうとする。体格でも身体能力でも姫路が何段も上を行くだろう。まともに組み合って勝つのは難しい。であればまともでなければ・・・・・・・・いいだけ・・・・のこと。

 装填された残り五発の弾丸。銃爪を連続で絞り、すべて撃ち尽くす。

 六度の・・・金属音が反響する。

 姫路の腕を弾丸が貫いた。

 苦悶をもらす姫路の腕を奪って足を払い、背を回して地面に叩きつける。空薬莢を後方に飛ばすと同時に左手で新しい弾を六発を装填。小気味いい音をさせてフレームを戻すと、仰向けで倒れる姫路の眉間に銃口を押し当てた。


「アタシの取り柄がそれだけだと思わねぇ方が――」


 銃爪を絞る。頭部に貫通孔が生まれ、姫路の瞳から光が消えた。


 ――ざざっ――


 苦悶をもらす姫路の腕を奪って足を払おうとするも、垂直に飛ばれ躱される。投げようとしていた力を逆に利用され、宙に移動させられた。

 姫路は右足を振り上げ、拳銃を持つアウルの手を蹴り抜く。軸にした左足だけで跳躍。アウルが手離した拳銃を空中で掴み、


「――いいんじゃねぇか?」


 弾丸を撃ち出した。

 空中にいるアウルは回避行動ができない。さらに姫路のように時間操作の能力があるわけでもなければ、並外れた身体能力があるわけではなかった。

 射出された弾丸はアウルの肉を抉り、心臓を貫通した。

 それを姫路は確かに見た。


「お前こそ私を甘く見ていないか?」


 だというのに――眼前には拳を硬く結ぶ少女の姿がある。

 おかしい。心臓は間違いなく破壊した。彼女には、かの創設者のように不老不死や超回復力は宿っていないはずだ。 もしもの可能性として『吸血鬼』にスキルドレインされて眷属化したのかとも考えたが、そんなミスを犯すわけがない。

 ならばあの状況から回避したみせたのか? 否。断じて否だ。

 どの時間軸にいる・・・・・・アウル=ウィリアムズは、せいぜいトッププロの格闘家を往なすできる程度の実力だ。避けられるわけがない。

 弓のように強く絞られた拳が、放たれる矢のごとく迫ってくる。

 どうやって避けたというのだろう。わからない。

 優位に立っていたのにたった一手で混乱に陥れられ、形勢を逆転されている。

 そしてアウルの拳が姫路の顔面を捉えた。

 地面をバウンドし、数回跳ねたところで勢いが収まる。


「いってぇ……」


 大の字に寝転がる姫路は戦う気が殺がれたのか、起き上がろうとせず小さく呟く。


「どうやってあれ、避けたんだ?」

「私を殺すのではなかったか?」


 拳銃を構えて見下ろすアウルに言われて姫路は短く呻いた。掻き毟るように髪を混ぜながら、諦めたように嘆息する。


「質問に質問で返すなって教えられたろ。……あーあ、わかったよ。もうンなことしねぇから答えてくんねぇかな?」

「都合のいいことを言うものだ。だがちょうどいい。答える代わりに私に協力しろ」

「それとこれたぁ話がべつもんだぜ。……と言いてぇんだけど、言ったらどうする?」


 能力を打ち破ったトリックを知りたいとは思うが、協力するとなればそうもいかない。ただでさえリスクを背負っているのに、協力などした暁には許容量を大きく越えてしまうだろう。そうなれば姫路はもちろんのこと、アウルもただでは済まない。

 姫路としてはそこまでのリスクを犯してまで協力するつもりはなかった。


「そうだな。貴様の正体を明かしてやろう」

「なっ……」


 絶句した姫路は思わずアウルを凝視した。悉く理解の範疇を越える少女に、姫路はわずかに恐怖の念を抱いた。


「だから言っただろう? それは・・・第二禁忌――『時間漂流』であるお前の専売特許ではない、と」


 アウルが示していたのは時間操作を駆使した先読みと過去改編・・・・・・・・ではなく、相手の正体を見破ることだ。

 姫路の能力は時間を操ると言ったが、実際は操るのではなく移動、あるいは転移しているだけのことだ。時の流れを止められるわけでもなければ、戻せるわけでもない。やろうと思えばやればなくもないが、確実に死へのカウントダウンを早めるだけになる。

 だが自分が時を移動する分にはその限りではない。そういう目的で与えられた力なのだ。怒りを受ける謂れはない。

 姫路が朱鷺代たちの正体を看破できたのは、看破したのではなく知っていただけのことだ。

 しかしアウルはそうではない。


「お前、アタシよりずっとヤベェ領域にいんぞ。第四禁忌――『多次元干渉』」


 第四禁忌。そう呼ばれるのは初めてだった。思い返してみれば、自ら明かすのではなく他人に言い当てられるのも初めてのことだった。


「……まあいいや。で? どうやって避けたんだ?」

「私はなにもしていない。お前が時間操作で自分が死ぬのを回避した瞬間のノイズ。あれは世界を騙すのと同等のことである以上、必ず発生する。それを朱鷺代に覚えさせ、時間移動の『魔導』を使ってもらったのだ」

「……マジ化物だな、姉ちゃん」


 朱鷺代は心外そうに不機嫌になるが、超能力の禁忌をたかが数回見ただけで再現してしまうのだから、化物と揶揄されても仕方のないことだろう。


「まだ未完成よ。時間移動ができるといっても現在から前後数秒が限界だもの」

「十分スゲェって」


 禁忌とされる能力者なのにあっさりと模倣され、返り討ちにあってしまった姫路にすればプライドもなにもかもズタボロにされた気分だ。その上で謙遜されたとなれば、もはや立つ瀬がない。


「そんな化物と第四禁忌が、アタシになにさせようってんだ? アタシがやれることなんざ、そんなにねぇんだけどなぁ」

「難しいことではない。過去に人ひとりを送り込んでくれるだけでいい」

「はぁ!?」


 絶叫する姫路をよそに、アウルは朱鷺代に指示を出す。

 ふん、と鼻を鳴らした朱鷺代が虚空を撫でる。すると空間が硝子のように砕け散り、無限に広がるのではないかと錯覚させる闇の奥から『門』が現れた。無造作に手を突っ込み、しばらくなにかを探っていたかと思えば、勢いよく手を引っこ抜いた。

 それはどさりと地面に落ち、よく見てみれば人間の姿をしていた。全身をボロボロの布で包まれているが、それは紛れもなく『勇者』が下した魔王だった。


「な、なんでこいつがいんだよ……。つうか魔王を過去に送んのか!? 冗談だろ!?」

「本気だ」

「……っ! ば、ばっかじゃねぇの!? また暴れたらどうすんだよ!」


 あの戦いぶりは理性ある者の戦いではない。復讐という怨念に取り憑かれ、しかし復讐すべき相手が誰なのかわからなくなるほどだ。ひたすら復讐することだけに囚われた魔王は、破壊を施すだけの災害となっている。今回は『勇者』がいたから事なきを得たが、送る時間軸によっては魔王を斃せる人間がいないことだってある。

 目の前にいる女も『魔王』ではあるが、理性もあるし感情もある。無差別に人間を殺すことがいかに不毛で不合理なことかわかっているはずだ。

 しかし魔王はそうではない。過去に送り、覚醒して破壊の限りを尽くせば過去は改編される。それどころか人類が滅びているかもしれない。

 姫路や創設者である九十九志乃。ほかごく少数は生き延びるだろう。

 もしや志乃なら魔王を滅するのではないだろうか。そう考え、頭を振った。

『勇者』の二人がいなければ人類を滅ぼそうとしていた女が敵でもない存在を気にかけるわけがない。

 冬道ゆかりならどうだ? いまでこそ両手足が義手義足になっていて実力が半減しているが、全盛期であれば魔王を相手取るの不可能ではないのではないのか。その考えもすぐに切り捨てた。

 超能力はただの付属で、あくまで肉体を武器としていた志乃だからこそ応戦できたが、異世界の力を余すことなく全開で使用する魔王に歯が立つとは思えない。

 そもそも魔王は天剣の『勇者』と『雷天』の幼女が共闘してギリギリで倒せた存在だ。その二人を上回る実力がないのであれば、どう足掻いても勝ち目はない。

 ――結論、


「わりぃけど協力できねぇよ。アタシの正体をバラすってェなら好きにしろ。人類滅亡に荷担なんざお断りだ」

「人類滅亡? 勘違いしているようだから言っておくが、こいつを過去に送らねばこの結末にたどり着くのは不可能だ」


 アウルは気絶する魔王の近くで膝を折って屈むと、顔を覆い隠すフードを捲り上げた。


「は? え、嘘だろ……? こいつまさか……」


 血を浴びて染み込んだような真っ赤な髪。浅黒い肌には見たこともない文字が、瞼の閉じられた眼を渡って一直線に走っている。痩せこけた外見からは想像できないものの、そこにいるだけで、気を失ってもなお竜のごとき威圧感が感じられた。


「私があっちにいたころには幻想種と呼ばれていた種族ね。たしか竜人族ドラゴニュート、だったかしら。竜の祝福を受けて生まれたのが竜人族だと言われているわ」

「これも異世界人、ってことだよな? じゃあ……」


 そこまで言って魔王を過去に送る――送らねばならないのかがはっきりとした。

 しかし問題があった。


「アタシの能力じゃ自分以外は過去に送れねぇんだけど、そこんとこどうするつもりなんだ?」


 姫路の『時間漂流』は正確に言えば肉体を移動させているのではなく、精神だけを過去に飛ばしているのだ。記憶だけを過去の『姫路楓』の元に送り、行動を変えることで都合の悪いルートを避け、分岐させているだけにすぎない。

 しかも自分の能力だから正確に肉体に記憶を植え付けられるも、他人であればそれに失敗し、下手すれば廃人になる可能性がある。

 それゆえ自分以外には使えないし、使うにしても飛ばした時間にその人物がいる必要がある。

 今回の戦いで召喚されたのは偶然であって、過去には存在していない。

 前段階の時点で条件を満たせていないのだ。

 だがアウルには想定内のことだったようで、すぐに返答する。


「わざわざ一度殺されるリスクを負ってまで朱鷺代にお前の能力を見せただろう? 失敗していればそれまでの賭けだったが、ノーリスクなどおこがましい」

「おこがましいって……。それに朱鷺代ちゃんだっけ? 自分で言ってたじゃねぇか。時間移動できるようになったっつっても現在から前後数秒くらいだって。そもそもアタシの能力をパクっただけなら効力も同じになんだろ。使えるっつっても、それだったらアタシがやった方がいいじゃねぇか」

「私も言っただろう? 協力してもらうと」

「あん?」


 持ってきた敵対心は驚きにより塗り潰され、積極的に協力を申し出る姫路は豊満な胸の下で腕を組んだ。下着の有無は確認してみなければわからないが、柔らかく変形したマシュマロに、慎ましい胸の朱鷺代は盛大に舌打ちした。

 さすがに無視できないそれに苦笑いを溢しながら、語りを再開する。


「超能力はいわばプログラムの固定されたシステムだ。使い方次第では多用できるが、基本的にそれに則した行動しかできない。しかし朱鷺代の『魔導』の場合、プログラムを自ら組み立てて使用することができる」

「ふむふむ」

「つまり姫路の『時間漂流』を見て組み立てたプログラムを自分にだけ対応させるのではなく、対人仕様に書き換えてしまえばいい。そうすれば魔王を過去に肉体ごと飛ばすことができるはずだ」

「ほぉ~。……だったらアタシが協力するまでもねぇじゃん」


 朱鷺代の嫉妬の炎に冷や汗を流しながら言う。


「いや、それでも飛ばせる時間の範囲に関してはどうにもならないんだ。やったところで前後数秒が限界だ」

「それがわっかんねぇんだよ。どうせアタシがお前を殺しに来んのわかってたんだろ? だからこんな人目ンつかねぇところにきた。そんで朱鷺代ちゃんに『時間漂流』を覚えさせたかったんだよな? まんまと利用されちまったわけだけど、これ以上にアタシにやれることなんてあんの?」

「ああ。魔王を過去に飛ばすのはお前の役目だからな」

「……は?」


 アウルの言葉に耳を疑うしかなかった。

 姫路は他人を過去に飛ばせないことを前提に議論してきたのに、それを無下にする発言を投げ込んできたのだ。ほかの三人も胡乱げな視線を向けている。

 しかしアウルは気にした様子もなく淡々と続ける。


「一人でできないのなら、二人で分割すればいい。姫路はいつも通り意識を過去に飛ばすように能力を発動し、朱鷺代が干渉して標的を魔王に書き換える」

「……大丈夫なのか?」

「信頼しているぞ」

「最後はアタシら任せかよ!? つうかよく考えたら指示してるだけでなんもしてねぇじゃねぇか!」


 肩を上下させて叫んだ姫路は改めて周囲を見渡した。

 異世界で『魔王』として君臨していた朱鷺代。

 その配下にして『水天』の称号を手にするニート・デ・プー。

 召喚された『勇者』二人を模して生まれた人工生命体ホムンクルスのカザリ。

 第四禁忌と呼ばれる能力者のアウル=ウィリアムズ。


「こんな豪華な面子集めて、お前はなにがしてぇんだ?」


 姫路にしてみればなんの気なしに口から出た言葉だったのだろう。現に答えなど興味がないようにヘラヘラと笑っている。

 だからアウルも仰々しく答えるまでもないな、と軽く言う。

 最後の戦いの幕開けになる一言を。


「――人類の救済だよ」


 

 

 これにて八章閉幕です。

 最初はこんな予定ではなかったのですが、途中で飽きました。それと私はほのぼのとした話を書くのが苦手なようです。

 八章は途中から読者置いてけぼりな展開が多くあったと思います。

 翔無の魔王化だとか『勇者』たちの記憶の齟齬だとか、凪の家族化計画だとか。なにより唐突だったのは今回の話でしょうね。

 こいつなに言ってんの? と言わんばかりの流れだったと思います。

 一応最終章に向けて伏線のつもりで書きましたが、おそらくそのうち書き直すと思います。いつになるかわかりませんが。

 とりあえずあと四章、多くて五章くらいで終わる予定です。来年末くらいには完結してたらいいなぁ。なんて思ってみたり。

 なにかの度に言ってるかもしれませんが、未完結にはならないよう頑張ります。

 次回からは学園祭編になります。が、もちろん事件は起こります。

 では次章からもどうぞよろしくお願い致します!


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