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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第八章〈夏休みの終わり〉編
118/132

8―(19)『夏の終わり』

 

 ――ふと嫌な気配が肌を撫で、瞼を軽く持ち上げる。

 小さな影が落下してくる真っ最中だった。


「おにいちゃーん! あさだぞー!」

「ぐえっ」


 モーニングコールと共に鳩尾へと衝撃が加わり、一気に覚醒状態に移行させられた。

 不意討ちはだめだろ。睡眠してる間が一番無防備なのだ。浅く眠っているときならともかく、熟睡してるときはどう頑張っても回避も防御も間に合わない。

 朝っぱらから深刻なダメージを受け、俺は呻くことも踞ることもなく悶絶する。

 やった本人であるレン――いや、いまはノアか。お腹に跨がるノアは半目で睨む俺をきょとんと見つめながら、おはようと元気に挨拶してくる。

 レンなら悪意の塊でしかないだろうけど、ノアはそうではないだろう。ちょっといたずらしてみたくなったくらいの感覚なのだ。叱るにも叱れない。

 なんとかおはよう、と返すと、ノアは途端に笑顔になる。


「おねえちゃんもおは――」

「はいストップ。お姉ちゃんは俺が起こすから、ノアちゃんは大人しくしてようね」

「えー! わちきがおこしたいぞ!」

「だったら優しくだぞ? お姉ちゃんは俺みたいに頑丈じゃないんだ。上からのし掛かったり声出させたりするのは俺の役目だから」

「……? やさしく? ゆする?」

「そうそう。優しくだぞー」


 これだけ言えば大丈夫だろう。そして純粋な子供なだけあってスルースキルが半端ない。優しく起こすってことしか理解できてないじゃないですかー。

 ……いや、まあわかられても困るんだけど。あとでレンに叱られそうだし。


「おねえちゃん、あさだぞー。おきてよー」

「……ん……」


 俺にしがみついて眠る真宵は、うるさそうに眉をしかめる。

 言いつけ通りノアは優しく揺するも目覚めそうにもなかった。寝坊助である。


「うー? おにいちゃん、おねえちゃんおきないぞ?」

「昨日は大変だったしまだ眠いんじゃねぇかな」


 でも二日前の午後から昨日の夕方まで丸一日分くらいは眠ってたはずなんだけどな。

『夢のような現実』のせいで休めていなかったとしても、精神はというだけで、体は十分に回復してると思う。

 それでも眠いってならあれだ。成長期だ。寝る子は育つ。

 きっと胸の成長のために少しでも寝ようと本能が働いてるのかもしれない。

 異世界には五年もの間滞在していた。おかげでこれか自分がどんなふうに成長するのか先取りできたおかげで、いまは貧乳の真宵にも希望があるのだった。


「かしぎさん、えっちな顔をしています」

「おきたー! おにいちゃん、えっちー!」

「ぐわっ。地味にっつうかマジで心が抉られた気分なんだけど……」


 汚れを知らない純真無垢な子供に言われると罪悪感が尋常じゃない。


「私の胸のことを考えたりするからです。自業自得です」

「なんでわかったんだよ。寝てたろお前」

「かしぎさんのことならなんだってわかります。私に隠し事ができると思わないことです」

「なんそれ怖い」

「義理の妹が増えるのでしたら先に言ってもらいたかったです」

「マジで怖いんですけど!?」


 隠し事なんてするつもりはないけれど、いざやろうってときになんでも見透かされてるのだとしたら、もはや逃げ場なんてないではないか。重ねて言うが、やるつもりはない。


「本当ですか?」

「ほんとー?」

「盟約に誓って嘘も隠し事もやるつもりはございません!」


 真宵とノアのダブルパンチに見つめられたら、やるつもりがなくても後ろめたくなる。

 これがレンだったら一蹴してやるのだが、性能や性格の違いって凄まじい。


「冗談です。かしぎさんは私に無意味な隠し事はしないでしょう? したとしても、きっと私のためだと信じていますから」


 疑いなど微塵もない。透き通った瞳は、不思議と惹き込まれるものがある。

 魅了され、だんだんとそこに吸い込まれていく。柔らかく気持ちのいい唇が恋しくなり、彼女の体に腕を回して引き寄せていた。

 抵抗はない。瞼を下ろし、顎を少し持ち上げる。小さな両手が俺の頬を包む。

 お互いの距離はゆっくりと近づいていき、そして――、


「あんたたち、ノアに変なもの見せてんじゃないわよ」


 あと数センチといったところで、無粋な訴えに遮られた。

 ほのかに香る甘さを惜しく思いながら、雰囲気を台無しにされた俺たちは、空気の読めない合法ロリータに批難の視線を浴びせる。浴びせまくる。

 俺だけならまだしも、まだ若干の抵抗のある真宵にまでやられ、暴力的に吊り上がった目尻に困惑を滲ませた。


「……はぁ」

「ちょっと!? 罵倒されるより辛いんだけど!? 文句があるな言えばいいじゃない!」

「喋らないでください。空気が汚染します。あ、殺虫剤とかありませんか?」

「人のことゴキブリ扱いしないでもらえる!?」


 ツインテールを上下させながら、レンは言う。それって自由に動かせるものなのか。


「誰が喋っていいと言いましたか? 豚は豚らしく鳴いていればいいんです。……ああ、それでは豚に失礼でしたね。それにゴキブリにも失礼です。なんで生きているのですか?」

「どうしよう。一周回って快感になってきたんだけど」

「待て! それはまやかしだ!」


 真宵に罵倒されすぎて未知の扉を開けようとしてんじゃねぇよ。いくらなんでもそれは容認しかねるぞ。ノアの教育にも悪影響でしかない。


「はっ! そ、そうよ。だいたい見られてんのにキスしようとかなんなの!? あんたたちのラブっぷりなんて甘ったるくて胸焼けしかしないじゃない!」


 聞き捨てならない言葉に俺はドアに視線を走らせると、たしかに隙間から覗くいくつもの目があった。口元にはニヤニヤと擬音が付きそうな笑みを作っている。

 そいつらは俺たちは気づいた途端、隠れるのをやめてずかずかと上がり込んでくる。

 柊や来夏先輩、それに支倉姉妹だ。

 こんなにいたのに全然わからなかった。二人だけの世界っていろいろとフィルターをかけてくれるようだ。そんな機能いらねぇだろ。


「朝飯前だってのにもう腹一杯になっちまったよ。ごちそうさん、二人とも」

「まったくだ。呼びに行かせていつまでも帰ってこないから様子を見にきたらこれなんだもの。寝起きで発情期に入ってんじゃねーよ」

「そんなふうに言わないでもらえますかね!? 柊もごちそうさまじゃねぇよ! 見てたんなら止めてくれよ!」

「えー。だってアミとエミも見たいって言うからさ」


 そう言って両側に抱きつく支倉姉妹を撫でる。

 この姉妹は記憶に鮮明だ。全神経を一点に集中させ、いざ飛び込もうとしたところで割って入ってきたり、志乃の本音を暴こうと首を刎ねようとしたくらいなのだから、覚えるなというのが無茶な注文である。

 妙に懐いているけれど、おそらく柊が『吸血鬼』の王みたいなものだから、本能的に安心で安全だとわかっているからだろう。力の差を悟ってレンには逆らわないみたいだが、実際は自分たちと同じだと思っているからではないだろうか。

 その点、俺と真宵は嫌われて当然だ。理由がどうあれ志乃を殺そうとしたのだ。

 俺たちの様子を見に来たのも、隙あらば復讐しようと画策しているのかもしれない。


「なーなー、チュウしないのー?」

「こらアミ、急かしたらできないよ。……やらないの?」


 ……どうやらそんなことはないらしい。

 おかしい。母さんは相変わらず嫌われてるというのに。

 二人に期待の眼差しで見つめられ、苦笑混じりにやらないと伝える。


「ほら。ベロチューしないならさっさと朝御飯にしますよーっと」

「子供の前でベロチューとか言うなや!」


 しかしベロチューしそうになってた俺が言うには説得力は皆無であった。



 やけにつみれの機嫌がよかった。

 朝食は凪だけでなく、母さんやつみれも一緒だったらしい。どうやら俺には話さなかったくせに、つみれには凪の養子の件について話したようだ。

 以前から姉妹がほしいと言っていたから、妹ができて嬉しいのだろう。もちろん決定したわけではないのだが、この調子だと俺の意見など関係なく家族の一員になりそうだ。

 このごろ一般的な感覚がズレてきてる気がする。

 家族が増えると言われれば戸惑ったりしそうなものだが、非日常な毎日すぎてそれくらいならあっさり受け入れられるようになっていた。

 異世界に召喚という体験をしているだけに、無駄に耐性がついてしまったのだ。


「……アンタ、朝から大変だな」

「お前も昨日は大変だったみたいだな。お疲れさん」


 テーブルに突っ伏す双弥の全身から疲労が滲み出ている。あれからどれだけ大変だったのか手に取るように想像できた。


「九重とかはどうしたんだ?」


 空いてる席に腰を下ろし、頬杖をついて双弥しか男がいないことを訊ねた。


「全員干されてんよ。バカなことやらかしやがってな」

「バカなことってどうせ覗きとかしたんだろ? わかりやすい連中だなぁ」

「勝手に断定してんじゃねぇ。……まあ、その通りなんだけどよ」


 それ以外に物理的に干される原因が見つからない。異能が生活そのものであるくせに、能力者相手に覗きをやるリスクを考慮しないのか。

 偶然だろうけど、ここのメンバーは女性が多い。そして圧倒的に女性が強いのだ。などと言ってみたものの、志乃だけで総力をひっくり返されてしまうのだから、その志乃を含めた女風呂を覗こうとした時点で結末はわかりきっている。

 志乃がいなければ――と思ったけど絶対無理だ。この装甲は突破できない。


「双弥は仲間を売って生き延びたんや。賢いっちゅうか、薄情ちゅうか」


 寝起きらしき軽装で東雲さんが会話に加わってくる。

 つけ忘れか朝はつけないのか、右腕の義手が外されていた。


「あんな下らねぇことやってられっか」

「なんや。もしかしてホモーなんか? やめときぃ。それやと子供はできん」

「誰がホモだ! アンタみたいな乳女に興味ねぇだけだ!」

「なっ、あんたそれ――ロリコンってことやん!? いっくらなんでもロリコンでシスコンってやばすぎるやろ!? 一葉、はよ逃げんと処女喪失してまうぞー!!」

「ぶっ殺されてぇのかッ!!」


  跳ね起きた双弥は前触れもなく東雲さんの頭上にテレポートし、躊躇なく踵を振り落とす。常人離れした反射速度で重心を移動させて躱すと、東雲さんは双弥の腕を掴んで部屋の外に投げ捨てる。

 頭からフローリングへと一直線に落ちるも、ぶつかる数センチ手前で体を上下にぐるりと回転させ、何事もなかったようにすんなりと着地する。


「おいお前ら、よその食卓で騒ぐな。屋敷ではないのだぞ」


 珍しく紅蓮の鬣をアップに結う揺火が眼光鋭く言う。


「つまんねぇこと言うなよ。少しくれぇ弾けたって文句はねぇさ」

「む。楓はよくとも、ほかがいいとは限らんだろう」

「大丈夫だって。ここにいる全員、まともな神経なんてしちゃいねぇからな!」


 お姫様みたいな風貌なのに、どうしてそこまで大雑把なのだろう。

 しかし格好は誰よりもしっかりしている姫路が楽しげに傍観していた。


「ミーはまともにゃ。弟くんもそう思うよね?」

「げっ……ゆ、ゆり姉さん。じ、自分のこと常識人みたいに言ってるけど、その口調とか十分に普通じゃねぇよ。ファンタジーに逆戻りしたのかと錯覚するわ」

「あれー? 『げっ』とか言ったりどもったりしてるのにトゲトゲなのは気のせいかにゃー? 気のせいなんかじゃないのにゃあッ!!」

「だからお前のこと苦手なんだよ!」


 この慰安旅行中なんとか目をつけられずに済むかと油断していた。

 冬道ゆり。この人はなにを隠そう俺の従姉であり、昔から苦手意識の抜けない人物なのである。学生のころはうちから高校まで通っていたから、三年間ほど同居していた時期がある。つみれは懐いているのだが、俺はどうも苦手だ。

 テンションの上下が激しくてついていけないのだ。

 鬱陶しく絡んでくるゆり姉さんを引き剥がし、双弥と東雲さんの間にぶん投げる。悲痛な悲鳴が俺に助けを求めてくるが、その一切を無視する。


「……はふ。かっしーさん、ちっす」

「お前そんなキャラじゃねぇだろ」


 たったいま席についた火鷹に言う。


「翔無先輩は一緒じゃなかったのか?」

「……いつでもどこでも一緒というわけではありませんよ。ですが志乃さんと砂浜に行くのは見かけましたね」

「奇妙な組み合わせもあったもんだな」


 新米魔王と最古参の超能力者。

 種族の組み合わせとしてはレベル的にも吊り合っているが、人物としては不釣り合いもいいところだ。間接的に関わりがあるものの、当人同士が会するのは今回が初めてである。付け加えれば親仇そのものなのだ。

 俺のいない間に和解したのかもしれないが、そもそも親仇だと知らされていないのかもしれない。あくまでも翔無先輩に『九十九』を恨むように仕向けたのは、本来の人格である『ゆきね』を呼び戻すためだ。

 いらない憎しみを背負わせない――せめてもの救い。

 翔無先輩の背負い――内包する事情は、自我を保っていることさえ正気を疑う。

 不意の刹那。

 轟、と唸りを上げた。


「なるほど、そういうことか」

「あいつもあっさり人外になってしまったな」

「なにせ魔王ですからね」


 紫煙を立ち上らせ、気怠そうに呟く司先生に相槌を打つ。

 みんながいるところで煙草なんて吸うなよ。


「司、煙草なんて吸うな。東雲とゆりも暴れてないで座れ。あと干されてる莫迦共もさっさと連れてこい。朝飯だ」


 母さんの一言で慌ただしかった部屋が一瞬で静まった。

 司先生は灰皿に煙草を押し当てて処分し、東雲さんとゆり姉さんは男共が干されているベランダに駆けていく。

 こうして二泊三日の最後の食事が過ぎていくのだった。



     ◇◆◇


 なんだかんだ言ってあっという間の三日間だった。

 最初は休めるものだとばかり思ってたけど、むしろこれから問題を一気に凝縮したような、ともすれば志乃と戦った一日よりも濃厚だった気がする。

 あのときも複数の問題を抱えていたが、俺は目の前のことに集中するだけでよかった分いくらか楽だった。結局休めなかったし。

 荷物をまとめ、帰宅の準備を終えた俺たちは炎天下に身を置く。

 せっかく各方面から集まったのにバラバラに帰るのも申し訳ないので、適当に解散宣言をしようということのなったのだ。

 もちろん休めなかったのは俺だけではない。なかには十分に楽しめた猛者もいるが、大半は疲労を残したままである。早く自分の家に帰ってゆっくりしたかった。


「あっちぃ……凪、まだ来ねーの? もう帰っていい?」

「もう少し我慢しろ。相変わらず忍耐力がないな」


 来夏先輩と司先生の会話を耳にし、早く帰りたいのには激しく同意だった。

 ふだんは別荘を使ってないと言っていた。忘れ物がないか見回ったり、セキュリティの確認をしているのだろう。無駄に広い別荘を一人で歩き回っているのだから、時間がかかっても仕方ない。

 どうせ暇なんだから手伝えばよかった。


「すまない、待たせたであります」


 そう言って花音を伴って凪が別荘から出てきた。見た目がゴツい年代物の鍵を取りだし、重々しい施錠音を響かせた。

 赤髪を翻して振り返り、一部を苦々しく全員を見る。


「皆が休めればと思い招待したでありますが、そうもいかなかったようで申し訳なく思っている。加えて私怨で空気を害してしまったことも、いまさらでありますが謝罪して――」

「あーあー、細けぇことは気にしてないからいいよ。凪ちゃんが『九十九』を憎いのもわかるし、そんななか勝手に上がり込んだ俺たちも悪かったよ」


 頭を下げようとした凪に、九重が気まずそうに投げ掛ける。


「でも『九十九』代表代理として言わせてもらいたい。今回のことを通して、規格外の敵が現れたとき、個々でぶつかってたんじゃ相手にならねぇことがわかった」


 ちらりと脇目を振れば、九重の言う規格外が誰を示すのか本人もわかっているようで、とことんマイペースで鈍感な志乃も居心地が悪そうに腕を組んでいた。

 豊満の言葉が可哀想になるほどの爆乳が押し上げられ、もともと着物の胸元からこぼれ落ちそうだったそれが、さらに押し出される。

 真面目な話をしている九重も無視できずにいた。

 そして俺も無視できずにいた。真宵に脇腹を抓られた。すげぇ痛い。


「だから手ェ組もうぜ。敵対してても意味ねぇだろ?」

「断る――と、言いたいところでありますが、今回のことを引き合いに出されては我輩に拒否する権利はない」

「じゃあ、いいってことか?」


 控えめに九重は訊ねる。

 凪の表情は芳しくない。眉間に皺を寄せ、縦一文字の瞳孔を宿した瞳からは殺気が迸っているようにさえ見えた。

『九十九』を一瞥した凪は唇を動かす。


「――いいだろう。現在より、『組織』と『九十九』は協定関係を結ぼう」


 それを聞いて真っ先に飛び出したのは一葉だった。

 いままではどこか遠慮していた印象だった一葉は、協定関係を結ぶと口にした途端に表情を明るくし、嬉しそうにくるくると凪の周りを回る。


「な、なんでありますか!」

「ずっと喧嘩したままだったから仲直りしたいんだとさ」


 声を発せない一葉の代わりに柊がその想いを伝える。


「そうだね~。せっかくお友達になるんだから、ナギちゃんと一葉ちゃん、代表同士で握手とかしたらいいと思うな~」

「なっ!? カノン、なにを言ってるでありますか!?」


 花音の思わぬ後方射撃に凪は驚愕していた。後方射撃といっても完全に誤射である。

 それを好機と判断したのか、さらなる追撃が凪に叩き込まれる。


「そうだなぁ。いつまでもいがみ合ってねぇで、子供は子供らしくしてりゃあいいじゃねぇか。司っちもそう思うよな?」

「フウの言う通りだ。協定を結ぶというのに、誠意を見せないのはな」


 姫路と司先生にまで言われ、ついに逃げ場がなくなったと悟ったのか、キラキラと目を輝かせる一葉に圧倒されながらぎこちない動作で右手を差し出す。


「こ、これから、よろしくであります……ひ、一葉」


 最後には消え入りそうになっていた言葉尻を捕まえ、一葉は凪に抱きついた。

 凪は迷惑そうにしていたが、殺気を押し止めている辺り、案外まんざらでもないのかもしれない。

『組織』と『九十九』は協調を結び、六年前より続く戦争はようやく幕を下ろした。

 様々な思想を願望の交錯した夏は、こうして終わりを迎える。

 明日からは学校だ。

 秋の風が、俺たちの間を吹き抜けていった。


 

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