8―(13)『ヒダカカガミ/過去閲覧②』
しばらく道に沿って歩けば公園を抜け、人通りの多い街に差し掛かっていた。
夏休み終盤ということもあり、午後ともなれば学生の行き来は多い。男女はもちろんのこと、同性同士で遊びに行く学生とすれ違うとき、なにやらじろじろと見られていい気分ではなかった。
ただし俺はおまけである。本命は隣を歩く火鷹に注がれていた。
それもそうだろう。どういうわけか桃園高校には容姿の優れた人間が集まってくる。そのなかでも有名な火鷹が男連れで歩いていれば、嫌でも目を惹いてしまうのだろう。
私立桃園高校では男子間で秘密裏に美少女ランキングがアンケートで決められている。上半期のアンケートの集計はすでに終わり、女子に悟られないよう結果が配布されているのだ。
去年までは欠片ほども興味なかったので見向きもしなかったが、今年のはしっかりと確認させてもらっている。
真宵は第一位だった。我がクラスからは柊と萩村、一年生からは火鷹や白鳥、三年生は翔無先輩と白神先輩がランクインしていた。能力者関係でほとんど掌握していることには驚くしかない。しかもその全員と、親しいかどうかを除けば知り合いだ。
俺ってすごいポジションにいるもんだ。
ちなみに下半期は冬休み後に予定されているとのことだ。誰が企画しているのかは不明らしいけど、伝統的な隠れ行事らしい。
さらに付け加えるなら、女子間でもランキング決めが行われているらしいと柊から教えてもらった。どちら側も暗黙の了解としているようで、通常なら結果の交換はされないのだが、俺たちはそれを破っていたりする。
なんと男子の第一位は不知火と両希が同率で並んでいたそうだ。
「……かっしーさんは八位でしたね」
「俺がランクインしてることがまずおかしいんだけどなぁ」
なんちゃって不良だった頃の名残で同学年を筆頭に、先輩にも後輩にも怯えられてるはずなのに十位以内に入ってるってどうなってんだよ。
「……真宵さんはこの結果を見てとても憤慨していましたよ?」
「俺、自分が一位になれるなんて思わねぇぞ」
あのイケメン二人に容姿で勝とうなんて無理だ。キラキラオーラが違う。
「……そうではなくて、かっしーさんの魅力を知るのは自分だけでいいという意味です。ようは独り占めしたいということですよ」
「あ、愛が重い!」
嬉しいんだけどね。まだ俺を生きる意味にしていた頃の名残があるみたいで、少しばかり心配になってしまうけども。
「……いいではないですか。どちらもお互いのことを想い合っているのですから、愛が重いだの独り占めしたいだの、もう関係ないことでしょう? いまの関係になる以前から、お二人には運命の糸が繋がっていたようですし」
「わ、悪いことじゃねぇんだけどさ」
「……ならいいのではないですか? あなた方を邪魔できる存在なんて、どこにもいないでしょうし。――私でも、雪音さんでも無理なんです」
麦わら帽子に隠されて表情を窺うことはできない。
暗い声音で絞り出された言葉に、俺たちの間に漂う空気が重くなる。迂闊に言葉を挟もうものなら相手を傷つかせることにしかならないし、拗れかけた関係を完璧に拗らせることにもなりかねない。
――が、それは本気で言っている場合のみだ。
俺は眉を八の字に曲げ、喉を震わせる。
「コメントがしにくい」
「……わざとです。それなりにシリアスな空気を作れていたでしょう?」
「アホかお前は」
自分で傷口を抉るどころか、抉った上に塩を塗りつけるような話題を振るな。
本気で言ってないってわかっていたから俺もふざけた返しをしてるけど、それが火鷹で、しかもそういう返しを待っているからやっているだけだ。
火鷹みたいになんでも割りきろうとするからこそ、心残りを自虐のための話題として使ってくる。そこまでわからせてくるのに、気遣いをする方が彼女を苦しませるだけだ。
ただ俺としては、それをネタにして軽々しく会話を成り立たせるのは心苦しいものがある。もっとも彼女たちが背負った苦しさは、もっと大きいはずだ。
「……ひどいです。こんな私は、エッチな話だけをしていればいいと?」
「言ってねぇよ。別にお前がそういう話ばっかりしなくても、十分に個性的だってのはわかってるしな」
「え?」
「あれ?」
火鷹が豆鉄砲を喰らったような表情をしている。そこまでまずい発言をしたつもりはないんだけどなぁ。
どうしたんだという気持ちを込めて下から覗くと、目一杯に瞼を開く少女がいた。
「え? お、お前、誰?」
間の抜けた声と同じく、かなり間抜けな顔をしていることだろう。
けれどそうせざるを得ないほど、その少女は可憐ながら平凡、そして印象に残らなそうな顔立ちをしていた。
少女ははっとしたように顔を背け、再び向き直る。
そこにいたのは言うまでもなく火鷹だった。さっきのも言うまでもなく火鷹だったはずなんだけど、全然印象が違っていた。
「……誰とは失礼な。エロの伝道師。そう、私が火鷹鏡です」
「すまんすまん。驚くほど表情っていうか、顔立ちっていうか。とにかく印象が違ってたもんだからさ」
「……そうですか。そうでしょうね」
「はぁ?」
言ってる意味がわからん。なにを納得したのか勝手に頷いているし、話す気もなさそうである。まあいいか。
「……ではかっしーさん、デートらしくあそこに行きましょう」
「ゲーセン?」
色鮮やかな光で若者を引き寄せる店舗。新しい機械を導入しただとか、どれがおすすめだとかが手書きされた看板が店先に置いてある。その近くには画面に流れていく譜面に合わせて太鼓を叩くゲームが設置されていた。
店内は夏休みを暇に持て余した学生や、不良みたいなやつが詰め込まれている。たぶん男連れでも話しかけるほどにレベルの高い火鷹に集るバカがいるだろうが、そこは黙らせておく。いちいち追い払うのも面倒だ。
でも、ゲーセンってデートっぽいのか?
クレーンゲームでぬいぐるみを取ったりリズムゲームを一緒にしたりとか。後ろのはなんか違うな。
そうなると、やっぱりあれしかないか。
「……さあ、プリクラです。撮ったあとに変な落書きをしてあげます」
「へえ。プリクラってそんなこともできるのか? すげぇもんだな」
「……かっしーさんは戦いばかりに詳しくて、最近のことについては全然ですね。あまり人のこと言えないのではないですか?」
「もともと興味ないことには疎いんだよ。召喚されるまでは、こんなふうになるなんて思ってなかったし」
「……興味ないにしても無知すぎませんか?」
「なんちゃって不良に女の子との出会いはなかったもんでな。こっちから誘うなんて真似するつもりもなかったしできなかったよ」
「……ヘタレですね」
「うるせぇ」
自分だけにしかできないことを探してた――待ち続けていたなか、女の子にうつつを抜かすなんて考えられなかったのだ。若さゆえの過ちである。
「……ではせっかく可愛い女の子と一緒なんです。楽しまなければ損ですよ?」
「もうちょっとドキッとできるくらい抑揚があったらなぁ」
「……ちょっと頑張ってみます」
火鷹はそう言うやいなや喉の調子を確かめ始めた。咳払いをしたり、人目も憚らず発生練習をしている様に、いつになく本気な姿を垣間見た気がする。
俺の注文に応えてくれるのは嬉しいのだけれど、ただし一言だけ呈してやりたい。
発生練習をするにしても、あえぎ声っぽくするのはやめろよ。道行く人たちが何事かと振り向いていくじゃねぇか。
顔を赤くしていく人も続出だし、これでクオリティが低かったりしたら怒るぞ。
そしてついに準備を整えた火鷹が振り向き、
「どうせ女の子と手も繋いだことないんでしょ? だったら私が一緒に遊んであげますよ、先輩!」
ただでさえあざとさを身に付けた火鷹だったが、そこに抑揚まで加えればいったいどうなるのか。
答えは簡単だ。俺に火鷹を直視させられなくし、悶絶させるだけの威力が秘められているだ。これまで見たことのない火鷹に気恥ずかしささえ感じる。
無口無表情だからエロい発言をしたり、あざとさ満点の萌え台詞を言われても平然としていられたけど、いまのは普段の火鷹に耐性がついてる分、破壊力が倍々化している。
こうまで無垢で素直でなついてくれる後輩っていなかったから、下手にインパクトの高いシチュエーションよりもキュンとしてしまう。
こいつ、それがわかってたとでもいうのか……!?
「どうですか先輩! ドキッとしましたか?」
「待て待て待て! キャラがそのまんまだ! 戻してくれ!」
「どうしてですか? あ、もしかして照れてるんですか?」
「ごめんなさい!!」
楽しそうな笑顔で俺の頬をつついてくる火鷹に、いまはときめきよりも戦慄を感じてしまっている。
純真火鷹は汚れた心の人間には毒だ。浄化されて塵になってしまう。
俺の言葉を受けた火鷹はぴたりと停止すると、まばゆい笑顔が徐々に無表情に戻っていく。
「……どうですか。私もやるときはやるんです」
「俺が悪かったよ。お前はそのままが一番接しやすい」
「……それはよかったです。立ち話もこの辺りにして、そろそろなかに入りましょう、先輩?」
「だからそれはやめてくれ!!」
火鷹に対して以外な弱点が発覚した瞬間だった。
ゲームセンターには久しぶりに入ってみたけれど、狭い店内で飛び交う大音量の音楽に早くも鼓膜が悲鳴を上げていた。連続して鳴るコインの落下音や人々の喧騒も相俟って、もはや聞くに及ばない演奏会のようだ。
眉に皺が寄り、いますぐにでも帰りたい衝動に駆られる。
騒がしいことは好きじゃない。異能の争いに積極的に首を突っ込みにいっていた俺だけど、どちらかといえば静かな方が好みなのだ。ぼんやりと寝転がっていられるのなんて最上級の幸せだ。
異世界ではぼんやりしようと思っても、本当の意味で休むことはできなかった。
いつ戦いに身を投じなければならないかわからない『勇者』が休息し、まともに動けなくなったなんて事態になれば取り返しのつかないことになる。
姫さんはそう思っていなくとも、ヴォルツタイン周囲の諸国には傀儡と見なされていた戦力が使えないとなれば、反旗を翻される可能性だってあった。本気で世界を救おうとして王族の力を、一時的にとはいえ全て失った姫さんの期待を裏切れるはずもなく、俺は戦い続けた。
それにつけ込んで政略結婚やらなんやらが持ち込まれてたけど、政治のことなんてわからない。エーシェに任せて暴れたけど、あんなのでよかったのだろうか。
最後には全員が結束して『魔王』に立ち向かうにまでなれたのだから、姫さんの働きは本当にすごいものだ。
やりたいことを求めて異世界に召喚され、召喚された先で散々暴れた反動で、静かな空間を好むようになったのだろう。だが根本に染み付いた異能への飛び込み癖は直らないようだ。
「……ど、どれがいいのでしょうか。どれがおすすめなのでしょうか」
「俺に聞かれてもなぁ。火鷹の方がこういうの詳しいんだろ? お前に任せるよ」
「……くっ、責任重大ですね」
何台も設置されているプリクラの機械に火鷹がおろおろしている。
なんだかんだ言って細かい性能まではわからないのだろう。『組織』に属しているのだから、俺の知らないところで仕事は行われている。無関係な俺が立て続けに関わっていたことが間違いなのだ。
夏休みは『九十九』の騒動で同じ行動をしていたけど、それ以前は『組織』の依頼を消化していたはず。遊ぶ時間なんてあるわけがなかったのだ。
「……よし。どれがいいかなんてわからないので、目の前にあるこれにしましょう。撮って落書きさえできるのでしたらどれだって同じです」
「お前がそれでいいなら文句はねぇよ」
垂れ幕を払ってなかに入り、コインを投入する。たかが写真を撮るくらいで三百円も支払わせるってぼったくりじゃねぇか。
外見にそぐわないスペースの狭さにうんざりしながら、小さい画面を凝視する火鷹の背中越しに俺も画面を覗く。アナウンスの指示では最初にフレームやらを決めてから撮影になるとのことだ。そのあとにエフェクトを追加したり、本命の落書きができるようだ。
専用のペンを握り、タッチパネルと睨めっこする火鷹。花柄模様や額縁などいったフレームがずらりと並んでいる。
だが火鷹はノーフレームで撮影を始めるようだった。
「いいのか?」
「……はい。フレームがあると落書きがやりにくそうなので」
「どんだけやりてぇんだよ」
とんでもないことやろうとしてるんじゃないだろうな。
フレーム設定が終わったことで撮影になるとのアナウンスが入る。タッチパネルの上にあるカメラに向けてポーズを決める。そうするといまの動きが画面に映し出される仕組みになっていた。
現に初めてのプリクラで戸惑う若い男女が映し出されている。
カウントは五つ。その間にポーズを決めなくてはならない。でもポーズなんてないし、そのままでいいか。
「……ど、どうしましょう。プリクラってどんなポーズをすればいいのでしょうか? あれですか。エロプリにすればいいんですか?」
「落ち着け。そのままでいい」
「……やはり咥えるべきですか? それともかっしーさんのナニを突っ込まれているようにするべきですか?」
「うるせぇ!! 自然体でいいんだよ!! 無理にエロに持っていくな!!」
「……ですが私のアイデンティティーが……」
「ああもう! 俺だってわかんねぇけど、こんなんでいいんじゃねぇの!?」
おろおろしてポーズなど決められそうにもない火鷹を前に向き直らせ、テンパって暴れないよう後ろから抱きついて羽交い締めにする。
途端に大人しくなり、画面に映った火鷹の顔が一気に真っ赤になっていく。
そういえば、いつもははぐらかしたり顔を背けたりしてたけど、こんなふうに恥ずかしがってたのか。
それもそうか。無表情といっても感情がないわけではない。想い人に抱きつかれて平然となんてしていられるわけがないのだ。
俺だって真宵にいきなりやられたらフリーズすること間違いなしだ。
フラッシュがカメラから弾け、一瞬だけ視界が奪われる。
「はぁ……。プリクラなんかで変に気張ることないだろ。少しは落ち着け」
「……は、はい。あの……いきなり抱きつかれるのは、恥ずかしいです」
「またあざとい路線か?」
冗談めかしてそう言ってやれば、
「……これは素ですよ、ばか」
無表情のままでもドキッとする返事がやってくるのだった。
一枚目の恥ずかしさが限界突破を果たしがおかげで、二枚目以降はかなり大胆なポーズで撮影を続行するようになっていた。口にしていても実行する気はなかったらしく、エロプリ走ることはなかった。
走ろうとしたら全力で阻止してたけど、その必要がなくてなによりだ。
撮影が終われば待ちに待った落書きタイム。不吉な笑い声に相応しく、火鷹の施す落書きはとんでもないものだった。
エロには走らなかったけど、火鷹にこんな才能があるのだと思い知らされた。口に出すのだって恐ろしい。いろんな意味で。
プリクラを撮って満足したらしい火鷹と共にゲームセンターを堪能し、一時間ばかり遊んだところで店をあとにした。
いまは別荘に向けて帰還中である。
「まだ時間あるけど、デートってこんなのでいいのか? ゲーセンでプリクラ撮っただけなんだけど」
「……大丈夫です。実はクレープの屋台を見つけましたから、そこに寄ろうかと思ってます。クレープの食べ比べはデートの必須項目です」
「いや、そんなの聞いたことねぇけど」
限られた時間でデートするっていうんだから、それくらいしかできなくても仕方ないか。今後は二人きりで出掛けることはないだろうし。
大切そうにプリクラを抱える火鷹を目尻に捉え、思う。
諦めるためにデートするって言ってたけど、来夏先輩はその真逆のことをやろうとしていると言っていた。疑うわけじゃないけど、人の感情は簡単に割りきれるものではない。
俺はなにも言えない。でも火鷹はそれで平気なのか? 本当にこれ一回だけで割りきれるものなのか?
たぶん――無理だ。崩れかけた関係を修正しようと無理やり自分を納得させているのかもしれない。 バランサーを放棄した俺に変わって、火鷹が役目を請け負おうとしているだけなのかもしれない。
しかし、たとえそうだったとしても、この関係を望んだのは俺だ。いまさらどうこう言うのは間違っている。
「……見えてきましたよ。下らないことを考えていないで、早く行きましょう」
ぐいっと俺の手を引っ張り、駆け足で屋台に向かっていく。
「……おっちゃん、カップルのおすすめを」
「俺の意見は無視どころか聞きもしねぇのかよ」
「……私たちがどう議論したところで、百戦錬磨のおっちゃんが選ぶクレープには敵いませんよ。それでしたら最初からおすすめを選んだ方がハズレがなくて確実です」
「それっぽく言われると妙に説得力あるな」
力説する火鷹の背後で、クレープ屋のおっちゃんが豪快な笑みを浮かべながら親指を立てている。任せろってことか。
「じゃあそれでいくか。百戦錬磨なら間違いないだろうしな」
「……そうです。おっちゃんからこの漂うオーラ、ただ者ではありません」
「ただのクレープ屋のおっちゃんじゃないのか?」
でもこの強面にサングラス、そしてエプロンの上からでもくっきりと浮き彫りになるほどの筋肉だ。実は凄腕のヒットマンだって言われても納得してしまいそうなところが怖い。
この人、マジでヒットマンとかじゃねぇだろうな? ちょっと気になるぞ。
俺が唸っている側では言い出した火鷹はほわわんとしている。やっぱり出任せだったのかよ。紛らわしいわ。
ベンチに座り、足をぶらつかせる火鷹の隣に腰を降ろす。
「……かっしーさん」
「ん? どうした?」
「……あの、迷惑ではなかったですか? せっかく真宵さんと恋人になれましたのに、無理やり誘ってしまって」
「迷惑だって思ってたら断ってたよ。それくらい気にすんな」
俺がそう言うと火鷹はそうですか、とだけ呟いて沈黙した。マシンガンみたいに話すやつが口を閉ざすと、なんだか嵐の前の静けさのようだった。
火鷹鏡。俺に特別な影響を与えた真宵や柊を除けば、一番砕けて話せる相手だ。心から気を許せると言うべきか、一緒にいると楽しくて、時間を忘れていつまでも話したいと思えるのだ。
真宵と一緒にいるのとも違う居心地のよさがある。黙ってても心が通う。この小さな女の子は、俺にとって恋愛対象ではなく、守りたい人なのだ。
だから俺は彼女を選ばなかったのだ。
ふわりと火鷹の髪を撫でる。一瞬だけ驚いたように肩を震わせたものの、すぐに身を委ねてきた。
「……私や真宵さんでなければ、女の子の髪を軽々しく撫でるものではありませんよ? 勘違いされても知りませんから」
「そう、だな。悪かった。でも、もう少しだけいいか?」
「……少しだけですからね」
まんざらでもなさそうに言う火鷹に甘え、もう少しだけこうすることにした。
こうしてしばらくするとクレープが完成したとのことなので、おっちゃんのところに受け取りに行く。
強面がにやにやしてるのを見てぶん殴ってやりたくなったが、行動を思い返すとバカップルそのものだったので、拳は隠しておく。殴ってヒットマンに狙われたりしたら困るし。
カップル用に作られたクレープはストロベリーとブルーベリー味だった。これを食べさせ合い、ミックスベリーなる味にするのが乙だとか。
「……美味しそうですね。ぱくっ」
「おい。俺が食う前に食ってんじゃねぇよ」
「……いいではないですか。どちらから先に食べても同じです。ではお礼に私のブルーベリーをどうぞ」
ずいっと口元に押し付けるように差し出されたクレープを、口の周りをべとべとにしながら一口齧る。見事にブルーベリーだった。
「……かっしーさん、そんなに食べたかったのですか? 口の周りがべとべとになってるじゃないですか」
「お前が押し付けたからだろうが! 俺も押し付けるぞ!」
「……な、なんと。かっしーさんは女の子の口に無理やり捩じ込み、白いものをぶっかけるつもりなのですね」
「誤解を生む発言はやめろっ!!」
マジで嵐の前の静けさだったよ。火鷹クオリティ全開じゃねぇか。
誰にでもそんなことを言ってるのではないかと心配になるが、たぶん俺や翔無先輩などといった親しい友人だけだろう。
校内で耳にする火鷹の評価は『無口でなにを考えてるかわからないけど、頼んだことは期待以上の結果にしてくれる。ただし気紛れである』だ。
これを聞く限りでは優等生そのものだ。実際は猥談が大好きなませた女の子なのだが、猫を被っている以上は自ら株を落とす発言はしまい。
ふと視線を傾けると、火鷹がクレープを片手にハンカチを差し出していた。
「……さすがにふざけすぎましたので、どうぞ」
「ハンカチなんか使わなくてもこんなの舐めればどうってことねぇよ」
「……それだとベタベタで気持ち悪くありませんか? 遠慮しなくていいですから」
「いいって。大丈夫だから」
女の子にハンカチを借りるってなんだか気恥ずかしい。しかも水玉模様って女の子らしすぎてクリームを拭って汚くするのは後ろめたかった。
「……仕方ありません。最終手段を使わせてもらいます」
「あ? 最終手段?」
咳払いし、喉の調子を確かめるように発生練習をしている。
そこで火鷹の言う最終手段というのがなんであるか瞬時に理解した。やらせるわけにはいかない。あれは本当に苦手なのだ。
右手はクリームでふさがっている。ならば左手だ。頭蓋を握り潰さんばかりの気概で掌を開放し、その魔手で口を塞がんとする。一歩だけ出遅れたが、そこは加速力で補うしかない。
しかし、火鷹はそれを見越していた。そうとしか思えない、俺が予測した瞬間よりも早いタイミングで、言の葉を紡ぎ出した。
「もう先輩! わがまま言わないでください!」
「ぐうぅぅ……ッ!」
凄まじい威力だ。具体的には志乃と空中戦を演じ、俺が戦闘不能になった一撃と比べられるほどである。あれは思い返すだけで全身の神経が熱を発し、危険を叫ぶアラートで視界が真っ赤に明滅してしまう。
火鷹の純真後輩キャラはそれほどまでに危険だ。俺の精神を揺さぶり、変に鼓動を早めてくる。こんなの見せられたらドキドキして当然だ。
だが――。
胸をむしるように掴み、よろめいた体を足を踏み出して支える。
靴底がアスファルトを叩いた音がこだまし、鈍い痺れが脹ら脛を貫く。
「……ま、まさか、私の最終手段を耐えきったというのですか?」
「そう何回も同じ手でやられる俺だと思うな!」
人間は日々成長しているのだ。たとえ純真後輩キャラが太陽のように見えて身を焦がされそうになったとしても、何度も繰り返せば耐性が備わるというものだ。それでも多大なダメージがあったことは否定できない事実だが。
しかも早鐘のように鳴り出した鼓動はすぐに収まるものではなく、いつもの調子に戻った火鷹を前にしても純真後輩キャラの影がちらついて、なんとなく直視するのを躊躇ってしまう。
火鷹は美人揃いの桃園で上位十人に入るほどの美少女だ。鈍感を演じてたときとは違い、耐性があっても恥ずかしいものは恥ずかしい。これでも感性はまともな男子高校生なのだ。……と思っているのは俺だけでないと信じたい。
結局俺が折れてハンカチを受けとる。口を拭いたときに甘い香りが鼻孔をくすぐっていった。これが洗剤ではなく、火鷹の匂いなのだとすぐにわかった俺は、いろいろと末期かもしれない。
そんななか唐突に火鷹が笑みをこぼす。
「ん? どうしたんだ?」
「……いえ、かっしーさんと話していると、本当に楽しいと思いまして」
「そっか。俺もまあそれなりに……いや、かなり楽しませてもらってるよ」
食べかけのクレープを口に放り込み、適度に味わってから喉に落とす。
火鷹も慌てて食べ始めるも、一口が違うためまだわりと残っていた。それなのに慌てるものだから、人に言えないほどクリームが口の周りを装飾していた。
俺が使ったハンカチを洗わず返すのは気が引けたが、火鷹が無言で手を伸ばして要求しているのでそのまま渡す。
「……もご、もごもごもご」
「食ってから話せよ。つーかそんな急がなくていいよ」
せっかくカップル用のクレープにしたんだからさ。といっても俺がさっさと食べてしまったから、カップルもなにもなくなったのか。
「……ん。かっしーさん、あれって双弥さん、という方ではありませんでしたか?」
言われて振り向いた先に、たしかに双弥らしきシルエットがあった。後ろには女の子――というより女性と言った方がいいか。小柄ではあるが俺たちより歳上だろう女性の手を引き、煩わしそうに渋面を作っていた。
たしか凪から聞かされた話だと、双弥は依頼を片してから別荘に来るとのことだった。内容は護衛任務だから、早くても今日の夕方頃になってしまうらしい。
式典などでは参加している王族の警護が甘くなりがちになり、その間護衛をしているだけでいいが、現代ではそうはいかない。護衛対象が王族などの地位の高い人間ではなく、それなりに有名ではあるが生死によって国が動くほどではないからだ。
仮にその期間内だけを凌げばなんとかなると護衛対象が言っているのならともかくとして、そうでない場合は元凶をどうにかしないことにはいつまで経っても任務が終わることはない。
早くても夕方頃に、の言い回しから察するに、おそらくは後者と見ていい。
時間に余裕があるのなら問題はないだろうけど、ほかに予定があるとすればその時間まで終わらせなくてはならない。そうなると護衛をしながら推測を立て、それが正解か確かめ、当たっていれば攻めに出なくてはならないハードスケジュールになる。
双弥の性格を考えれば、この依頼はやつに不適合だ。よくもまあ引き受けたものである。
そんな双弥の背後からは、人目も憚らず攻撃を仕掛ける集団が迫っている。
どうやら護衛任務も終盤に差し掛かっているらしい。
「……昨日と今日と、皆で囲んだ食卓は息苦しかったです。双弥さんがいなかったからでしょうねー」
「それはあれか。遠回しに助けてこいって言ってんのか?」
わざとらしいにもほどがあるぞ。
親指を立てて肯定した火鷹に苦言を叩きつけてやりたかったが、それよりもまず聞いておくことがある。
「双弥は一人でも大丈夫だと思うけど、それでも助けるのか? いまはデートの真っ最中なんだぞ?」
集団一人ひとりの実力は大したことはない。どれもこれもが格下で、逃げるよりもさっさと相手取ったが早く処理できるくらいだ。やらないのは人目があるのと護衛対象をつれてること、あとは本丸でないからだと思われる。
人目がなくなってさえしまえば、元々我慢の利かない双弥が逃げに徹することはなくなる。言ったように双弥だけで事足りるのだ。
俺が助けに向かえば双弥の任務は短縮される。
しかしいまは、火鷹の気持ちの整理をするための大事なデート中なのだ。
双弥だけで十分な任務なんかに時間を割きたくないというのが本音だ。
だけど火鷹は深く頷く。
「……当たり前です。困ってる友人を見捨てるだなんてかっしーさんらしくありませんから。柊さんを助けにいったときだって命をかけたじゃないですか」
「行っただけであいつ、自力で脱出しやがったけどな」
俺がやられた直後に脱出して、助けに行ったのに逆に助けられたもんなぁ。
「……それに真宵さんと一緒でしたら迷うことなく向かっていたでしょう? 私だからと遠慮しないでください。――比べられているみたいで、嫌になります」
「そうかい。なら、ちゃちゃっと済ませるか」
火鷹が是と言うなら見逃す理由はない。それに今夜は俺も凪たちと食卓を囲むのだ。あんな息苦しい空間に誰が好んで飛び込んでいくものか。
「スカートと麦わら帽子、飛んでかないようにちゃんと押さえとけよ?」
左足で思いきりアスファルトを踏みしめ、右足を後方に振り上げる。風系統の波動を体内で循環させた後に放出し球体に固定する。
目尻に捉えた火鷹も俺がやろうとすることに察しがついたようで、スカートと麦わら帽子をしっかりを押さえてガードしていた。
それだけ確認できれば、あとはやるだけだ。
球体に固定されながらも渦を巻く風を、あらんかぎりの力を込めて蹴り抜く。形状を維持していたそれは威力に耐えかねて爆発し、正真正銘の竜巻となって双弥と変な集団の間に割り込むように貫いていった。
突如として吹き荒れた風に気を取られた隙を狙って、双弥のところに駆け寄る。
「冬道? なんでアンタがこんなとこにいんだ?」
立ち止まった双弥は、驚いたような声音で訊ねてくる。
「この近くの別荘でお泊り会やってんだよ。お前も招待されてるだろ」
「そうだけど……ああ、言われてみりゃあこの近くか。わりぃけど、もうちょいかかりそうだ。目障りなんがぞろぞろと集まってきてよ鬱陶しくてかなわねぇ」
「あれなら俺たちが適当にあしらっておくよ。お前はさっさと依頼を済ませて別荘に来てくれ。じゃないと飯の味がなくなる」
「はぁ? なにわけわかんねぇこと言ってんだ?」
訝しむように言ってくるが、俺としてはありのままを伝えただけだ。
双弥は一生体験できないことだから、わけわかんないなどと言えるのだ。あんな空気のなかで平然と箸を進められるのは志乃のような殺気ですらそよ風と比喩する変態と、殺気などあってもなくても同じにしか感じない母さんくらいだ。
俺だってあんな殺気を撒き散らされ続けたらストレスが溜まってしょうがない。
「まあいいや。雑魚共を一挙に引き受けてくれんならこんな面倒な依頼、さっさと終わらせるとするか」
「夕食には間に合うようにしてくれ」
「できたらな」
双弥はなげやりに答えると、女性を連れて走り去っていく。そしてその背中は一瞬にして消え去る。人目がなくなったことでテレポートが解禁されたのだ。
さて、と呟いて踵を返す。風による目隠しがなくなり、双弥たちを追いかけていた集団の敵意が俺と火鷹に突き刺さった。
瞬間、先頭に位置していた黒服が十メートルはあった距離を埋め、衣服の上からでもわかるほど鍛え上げられた筋肉を備えた剛脚を一切の躊躇いなく振り上げた。爪先はこめかみへと真っ直ぐに進んでいる。綺麗な軌跡だ。
けれどあまりにも素直すぎる。それでは相手に着弾点を教えてるようなものだ。
腕を強化して防御。外側に弾いて同じ方向に回り込み、鳩尾を目掛けて拳を振り抜いた。鈍い衝撃が皮膚を撫で、黒服は呻くことなく倒れこんだ。
「お前らが誰かは知らねぇけど、あいつらの邪魔されると困るんだ。俺たちの有意義な夕食のためにとっととお引き取り願えるか?」
「あいつらの仲間か……!」
「そんなところだ。わかったらこいつを連れて、帰って――」
言葉は途中で遮られる。集団の一人が能力を発動させたからだ。
黒服を抱える俺に網製のごみ箱が飛んでくる。
『嵐刃』
風の刃を形成してそれを真っ二つに切り裂き、直撃を回避する。俺を避けて両側に飛んでいったごみ箱を機械的に見送りながら思考する。
ぱっと見ただけではどんな能力なのか判別できなかった。
双弥や翔無先輩のようなテレポートや、九重や揺火のような属性があれば多少の目処はついただろうが、あれは来夏先輩のように多用できすぎて言われるまでわからないタイプだ。
むしろ同じ念動力である可能性の方が高いが――あれこれ予想を立てたところで、そもそも立てるまでもないのだ。ごり押しで十分だ。
「人の話は最後まで聞きやがれ。火鷹、援護頼むぞ」
「……必要なのですか?」
生意気にも挑発的に返した後輩の言葉に口角を吊り上げ、
「いいや、俺だけで十分だ!」
黒服を投げ返し、踏み出して加速する。どれもこれも脅威になる相手ではない。近頃は死にかけて戦わなければならない相手ばかりだったから、実力が格段に下のとは久しぶりに事を構えることになる。
これまで戦ったきた相手は、能力を十全に使いこなしていた。短所も長所も把握し、それらを補い、そして活かす戦い方をしていた。
だからだろうか。実際は超能力のことなんてほとんど理解していないのに、こいつらの能力の使い方は全然成っちゃいないと思えてしまうのは。
飛来してくる能力は連携をとって効果的に撃ちだされているものの、単発では素手で弾ける程度の威力しかない。ほぼ全部を躱し、火鷹に危険が及びそうなものだけ叩き落とす。
ずいぶんと信じられないようなものを見る目をしているが、別荘にいるやつらなら誰だってやれることだ。
驚愕のあまり硬直し、本物の戦場なら何度殺されてるかわからない隙を晒す連中を気絶させるべく手刀を抜刀しようよして――――直前でやめた。
雨が降ってきたのだ。
たったいま駆けた道を逆走し、突っ立っている火鷹を抱えて帰路を走り出す。
「……か、かっしーさん? あれを放置しますと私たちの夕食が……」
「それは大丈夫だ。ちゃんと足止めしてるから」
ほら、と足をアスファルトに固定されて動けなくなっている集団を指差す。
雨が降ってきた時点で、すでに圧倒的だった実力差は、もはや圧倒的という言葉すらおこがましいほどのものとなった。
わざわざ気絶させなくとも足止めさえできればよかったわけだから、降ってきた雨を即座に収集。そして足とアスファルトを一緒に凍結するだけで十分に役割は果たしている。
まあ、あそこまで行ったのだから気絶させても構わなかったんだけど、やはり少しでも早い方がいいだろう。
「こんな雨のなかに居続けたら風邪引いちまうからな」
つまり、これが言いたかったのだ。
――しかしどれだけ高速で移動しようと雨粒を受けなければならないわけで。
傘など持ってきてなかった俺たちは、別荘に帰ろうと全速力で駆けるも、凄まじく降り注いだ雨を掻い潜れるはずもなく、全身をぐっしょりにする羽目になった。
そんな状態なのだから、もう濡れようが濡れまいが関係ないと疾走を続行しようとしたのだが、雨の勢いが増すものだから泣く泣く断念することになった。
いまは雨避けのため、ちょうど無人だったバス停で休んでいる。
「……最悪ですね。ワンピースどころか、下着までぐちょぐちょです」
げんなりして言う火鷹に、苦笑しながら相づちを打つ。
「帰ったら乾かさねぇとな――っておい火鷹。まさかそれも狙ってやったのか?」
「……? なんのことですか?」
いい加減辟易としながら訊いてみたのだが、火鷹はというときょとんと首を傾げており、なんのことを言ってるのかわからないようだった。
そうなると俺も気まずくなってしまい、火鷹から目を逸らしてしまう。
ますます不思議そうに唸り出され、俺は言いにくいながらもいまの状態を伝えることにした。
「下着、透けてる」
「……本当ですね。上も下もすけすけではありませんか」
火鷹はわずかに視線を下げ、淡々と呟く。
「頼むから少しくらい恥じらいを持ってくれ」
「……ちゃんと恥ずかしいですよ。見栄はってワンサイズ上のブラをつけていることがかっしーさんバレてしまったのですから。どうせぺったんこですよ」
「そっちじゃねぇよ! つーか見ただけで胸の大きさなんてわかんねぇって。お前が勝手に暴露しただけじゃねぇか」
「……貧乳はお嫌いですか?」
「話の流れをぶった斬った挙げ句答えにくい質問を投げ込んでくんな」
あえて言うとすれば俺は美乳が好きだ。口が裂けても声には出せねぇな。
ひとまず風系統である程度渇かしたパーカーを火鷹に被せる。炎系統を使うことができたら併用して熱風を起こせたけど、あと使えるのは氷と光だけだ。時間をかければ乾かせないこともないが、どうせ濡れているなら生乾きでも大差ない。
いまは火鷹のすけすけを隠せればいいのだ。
雨が止むまで移動もままならないので、続けて風系統を回しておく。
「……すみません、かっしーさん」
「なんだよ。珍しく汐らしいじゃねぇか」
「……こう雨に降られていますと、気持ちまでブルーになってしまいまして。それにいつもご迷惑をかけていますし」
「そんな謝られるようなことなんてあったか?」
たしかに迷惑はかけられているけども、改まって言われるほどのことはなにもなかったと記憶している。
監視のため家に泊まってたときだって最初は迷惑だと感じていたが、最後はいてくれて助かったと思えたほどだ。掃除とか料理などを率先してやってくれていたし、俺としてはこっちが迷惑をかけたと謝らなくてはならない。
「……かっしーさんは無意識ですとか、当然のこととしてやっているのかもしれませんね。いまだってパーカーを貸してくれましたし、昨日はタコから私を真っ先に守ってくれました」
「ああ、そういうことか」
本人を前にして言いにくいが、あの場では火鷹だけが自衛できなかったから助けに入っただけなのだ。
能力的には防げただろう。任意の空間に境界線を敷き、それに囲まれた箇所を世界から切り離すという反則のようなものなのだ。境界線そのものを破壊されない限り、相手に干渉を許さないそれは最強の防御壁と言える。
なのに真宵やつみれが突破できたのは、能力者以外には案外脆いからなのかもしれない。魔獣から守ったのは正解だっただろう。
「……先ほども守ってくれましたし、とても嬉しかったです。大切に思われてるんだなって。――ですがそれ以上に、自分に不甲斐なさを感じてしまいます」
雨音が沈黙に背景を飾る。
火鷹の独白は胸に響いてくるものがあった。共感したと言ってもいい。彼女が抱いたのは、かつて俺も囚われたものと同一のものだ。
誰かに守られてばかりで――自分は、本当は信用されてないのではないかと、思ってしまったのだ。
「……私は誰かを守れるようになりたかった。私の世界を救ってくれた、あなたのように」
覚えてないでしょうね、と続けて火鷹は目線を上げる。
「……少し昔話をしませんか? 雨がやむ、ほんの一時の暇潰しとして」
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