8―(12)『ヒダカカガミ/過去閲覧①』
激動の一日がようやく明けた。といっても俺が目を覚ましたのは全員が昼食を終えて、昨日に引き続き海へと駆け出したあとのことだった。
振り返ってみると昨日はとにかく疲れる一日だった。
来夏先輩にのせいでなし崩しに能力者たちのマジ鬼ごっこに付き合わされて、その途中で魔獣化したタコが乱入してきて、さらにその途中で正体不明の頭痛に見舞われて、怒濤の追撃で翔無先輩の魔王化。濃厚すぎた一日で消費した体力を回復させるにはたった数時間の睡眠では物足りなかった。さらなる睡眠を欲してる。
起きたといっても軽く思考が回せる程度だ。体はとことん素直なもので、動くのも億劫だし瞼なんて仕事を放棄している。サボんじゃねぇ。
充電器に差しっぱなしの携帯電話が何回か震えてたような気がするけど、たぶん柊かつみれだろう。確認する気力もないので無視しておこう。
あとで文句を散々言われるだろうけどそれも無視しておこう。
二泊三日の慰安旅行なのに初日は騒動三昧、二日目は睡眠に回す。三日目は帰らなければならないから、このメンバーと交友を深められるのは今晩だけになる。
せっかくだけど、こうも怠いのでは動く気にもなれない。
ちょうどよく睡魔の第二波もやって来たことだし、夕方までゆっくりと――、
「……おはよございまーす」
できそうにもなかった。何者かが俺の部屋に忍び込んできたからである。物音ひとつ立てず、唯一聞こえたのが朝の挨拶だったことに、疲労の大きさを改めて実感させられることになった。
というか、もうおはようの時間帯ではない。寝起きドッキリをやりたいのだろうけれど、俺は細かいところまで指摘してやる。
そいつは俺が寝ていると思っているのか、足音を消して歩み寄ってくる。眠気はあるけど誰かがいるとわかってて気配を見逃すはずもなく、しっかりとマークさせてもらっている。
声で誰が来たのかはわかってるんだけど。
「……ぐっすりですね。お眠のようですね。どうやら昨晩はかなり激しく運動されたみたいですね」
運動といえば運動かもしれないけれど、平気で筋肉を潰したり骨に皹が入ったりするのは勘弁してもらいたい。
俺以上に体調の悪い真宵に治してもらうわけにもいかなかったから、自然治癒を強化したまま眠ってみたのだが、思いのほか回復していた。昨日みたいに暴れたら文字通り、色んなところが爆発するだろうけど。
「……かっしーさん、隙だらけですよー」
そんなふうに言われるとついつい身構えてしまうが、やってきたことは頬をつねる程度のことである。でも地味に痛い。起こす気満々じゃねぇか。
俺は内心でそいつ――火鷹に悪態をついておく。
てっきり全員で遊びに行ったと思ってたけど、火鷹みたいにほかにも何人か残っているのだろうか。
凪や花音は残っていそうだ。凪は『九十九』を嫌ってるし、一緒の空間にいる道理がない。それでも客人としてもてなすくらいの器量は持ち合わせているようだ。
「……むぅ。なかなか起きませんね。そこまでハッスルしたのですか?」
お前が思ってるようなハッスルはしてねぇよ。
けれど火鷹が気づいてなくともおかしくはない。戦いのなかで相手を認識していられるのは、お互いの実力差を感じられるからだ。外野も同じで、自分とレベルが開きすぎていると戦いの衝撃を本能的に遮断してしまうのだ。
新米魔王と引退勇者の戦いだったとはいえ、実力の次元が違うどころではない。
しかも『拒絶』や擬似的な固有結界が形成されて世界が歪んでいたから、感じ取れたのは志乃やレン、竜一氏くらいだっただろう。あれは柊や母さんでも勘付いたか微妙なところだ。
真宵はバッドステータスに加えてヒットポイントがレッドゾーンに突入してたから、余計な刺激は意識的に遮断していたはずだ。
「……ツッコミがないとつまんないですね。いい加減に起きてください、かっしーさん。かっしーさーん」
抑揚なく言う火鷹はぽかぽかと叩いてくる。痛みに耐性がついたのか、はたまた火鷹の腕力がないのか。おそらく後者だろうが、マッサージにほどよいそれにほのぼのとしてしまう。
最近は普段でも殴られたら洒落にならなかっただけに、こうした火鷹の行動には妙に癒される。
できることならもう少しこのままでいたかったけど、狸寝入りして待たせるのも悪い。ここらで起きることにしますか。
「人が疲れてんのわかってて起こすなよ……って、なんで脱いでんの?」
瞼に労働を強いて持ち上げた先には、いままさに服を脱ぎ終えた火鷹がいた。上下共に見たことのあるデザインだから、下着ではなく水着を着ていたようだ。
寝起きで女の子が服を脱いでるのを目の当たりにして、それが水着だと冷静に判断してる俺も大概だけど、いくら水着だからって平然と男の前で脱ぐってどういうことだ。俺は男として見られてないってのか。
眠たそうに半分だけ目を開いている火鷹は、そもそも俺の質問が理解不能だとばかりに首を傾げている。
水着だから問題ないって言いたいのかよ。用途が違うだけでこんなにも反応が違うものなのだろか。……いいや、火鷹だったらどちらでも同じような気がする。
「……目の保養にと思いまして」
「いいからさっさと服を着なさい。年頃の女の子が男と二人っきりの密閉空間で肌をさらすもんじゃねぇよ」
「……別にかっしーさんになら犯されても構いませんよ?」
「会話のテンポがお前だけ段違いな上にとんでもないこと口走ってんじゃねぇ。つーか俺だからとかも言うな」
真宵よりも表情の変化が読みにくいから、冗談なのか本気なのか判断に困る。おまけ状況からしても受けとる側として返しにくいのだ。
無言で不満を訴えてきた火鷹だったが、しかし文句の一つを言うこともなく服を着直す。
「……今日はかっしーさん、と呼んでもいつもの言わないんですね」
「それよりも言わないといけないことがあったからだろ。もしかして言ってほしかったのか?」
「……実は。最近は私ではなく、ほかの方たちとそのやり取りをやっていたみたいですから。べ、別に寂しかったとかじゃないんだからね」
「そのセリフはもっとツンデレっぽく言わないと効果ないぞ」
無表情に加えて平坦な口調で言われても全然ときめかねぇよ。
俺の知り合いでツンデレが似合いそうなのはレンくらいのものである。
それにしても、期待されながらだと言いにくいな。
「……かっしーさん、はりーはりー」
「かっしーって言うんじゃねぇ」
やっぱり恥ずかしいぞこれ、
「……おおー、これぞ私たちですよかっしーさん。久しぶりにやると楽しいですね」
「こんなやり取りのなにが楽しいのか俺にはさっぱりわからん」
嬉しそうにしている火鷹を見るとやってよかったなって思わなくもないけど、よく考えるとアホみたいなあだ名で呼ばなければ、こんな意味のないやり取りをする必要もなかったのだ。
まあ、火鷹が楽しそうだしいいか。
「ところで、睡眠不足の先輩を叩き起こしてくれちゃったわけだけど、いったいなんの用があってここに来たんだ?」
「……用がなかったら、会いに来ちゃダメなの、かな?」
「うるせぇ。わざとらしいんだよちょっとドキッとしちまったじゃねぇか」
「……いひゃいでふ」
さっきの仕返しも含めて頬を両側に思いっきり伸ばしてやる。不覚にもときめいてしまった。相変わらずの無表情、平坦口調なのに。
くそ、しばらく会わないうちにエロ方面だけでなく、あざとい方面のレベルまで上げやがったぞ。
あまり長いこと引っ張ってるのも可哀想なので適当なところで手を離す。
ぱちんと小気味よい音が鳴り、火鷹が避難めいた視線で睨んでくる。それほど強くやったつもりはなかったのだが、頬は赤くなっていた。
「……かっしーさん、痛いです」
「お前だって俺が寝たふりしてたのをいいことに抓ってたじゃねぇか」
「……寝たふり? 起きてたんですか?」
「あ」
火鷹の視線が冷たくなった。当社比五割増しである。
いいじゃねぇか。眠かったんだよ。
だいたい魔王を相手に戦ってこんな平和的に解決できたことの方が喜ばしいのだから、少しくらい多めの睡眠をとったところで罰は当たらないだろう。
「で、なにしに来たんだ?」
「……スルーですかそうですか。別にいいですけど。なにをしに来たのかと問われますと、かっしーさんの猛りに猛るナニをかくかくしこしこ」
「すまん。どっからツッコミを入れていいかわかんねぇわ」
昨日のネタは引っ張ってくるし、かくかくしかじかだし、そもそもそれでどんな事情なのか説明できるのは以心伝心してる間柄の人間同士だけだ。
「……私のなかに入れればよいかと」
「そういう『入れる』じゃねぇんだよ!! ほんとエロ方面に関しては言葉がすらすら出てきやがるんだなお前は!!」
「……激しいですね」
「もう、いいや。起きたばっかりで疲れたわ」
せっかく起こした体をベッドに沈ませる。すると文字通り体が沈んでいき、奥についていたスプリングで跳ね上がった。予想外の反発力に思わず固まってしまう。
昨日は部屋に戻ってきてシャワーを浴びてからベッドに横たわったのだが、その瞬間に眠ってたみたいで気づかなかった。
ほとんど使ってない別荘なのに、とんでもなく高級な家具を各部屋に置くってどんだけ金持ちなんだ。さすが世界規模で超能力者を纏める機関のトップは、金回りもワールドワイドだった。
俺がベッドの寝心地に感動していると、ふと視界に影が映った。なんと火鷹がダイビングしていたのだ。
とっさに寝返りを打って横にずれると、直後にそこに落ちてくる。
凄まじい反動が中心より外にいる俺を襲い、床に叩き落とされた。
「おいこら、なにしやが――」
「……どうぞ」
出鼻を挫かれた俺の前に差し出されたのは、皿ごとラップに包まれているおにぎりとおかずだった。
小さめに作られたおにぎり三つと唐揚げやたくあん、そのほかにも多種多様なおかずが詰め込まれている。昨晩の残り物ではないようだ。
「……朝食も昨晩と同じくらい用意されていたのですが、東雲さんや九重さんといった『九十九』の方々が大食らっていましたので、私が強奪しておきました」
「強奪って……」
それくらいの気概がないと『九十九』の色々と常識はずれな連中からご飯を確保できないってことなら納得もいくけど。
「それだとお前はまともに食えなかったんじゃないか?」
あれの連中と同席して、火鷹に俺の分の飯を確保しつつ食べるなんて器用なことができるとは思えない。
「……そんなことは」
ぐう、と。空気の読めない腹の虫が、火鷹の言いたいことを否定するかのように泣き声を上げた。しかも怒りにも火がついてしまったのか、見ているこっちが気の毒になるほど叫び散らしている。
予想通り、俺の分を確保するだけで手一杯だったようだ。込み上げてきた笑いを噛み殺しながら、受け取ったばかりの皿を返す。
「俺はいいからお前が食べろよ。俺はそんなに腹減ってねぇし」
「……ですがせっかくかっしーさんのために持ってきたのですから」
タイミングよく腹の虫が俺に威嚇してくる。
「そんなぐうぐう腹鳴ってる奴の前で食えねぇよ」
「……すみません。ではお言葉に甘えて、いただきます」
ラップを取り外し、もしゃもしゃと食べ始めた。よほど我慢していたのだろう。俺の分として持ってきた量があっという間になくなっていく。
この様子だと朝は争奪戦になったことだろう。凪がいなかったのか、威圧感を引っ込めてくれたかのどっちかだろうけど、とにかく騒げるようになったからこそ始まってしまったのだ。
東雲さんや支倉姉妹は当然として、思いっきり負けず嫌いのレンやつみれ、何気に負けず嫌いの母さんがいるのだから必然だったのかもしれない。
そんな騒ぎがあったのによく起きなかったものだ。
「真宵ってまだ起きないのか?」
「……ん。そうですね。あれからずっと眠ったままです。けれど呼吸も乱れてませんでしたし熱も引いていたので、空腹にでもなったら起きると思います」
「そっか」
俺はほとんど後遺症は残ってないけど、真宵はまだ回復していないらしい。
気になることもやらなくてはならないことも山積みだ。
翔無先輩の魔王化と俺たちの頭痛は別物と考えていいはずだ。片方は要因がそれなりにあるけど、片方は完全に正体不明だ。記憶と目の前の光景の食い違いが負担となって頭痛を引き起こしたとしても、その食い違いがなんであるか見当もつかない。
しかも俺が覚えて行動したことはなかったことにされ、偽造された行動が俺以外の人たちに刷り込まれている。
いや、この場合は俺だけがおかしいことになるのか。なにせ違うことを言い、違うことを記憶している。偽造された行動が刷り込まれているのは、もしかしたら俺の方かもしれない。とはいえ、その可能性は小さいはずだ。
頭痛が起こったのは記憶の整合性を図るためだろう。それが起こった俺と真宵のみ、正規――と言っていいのかはわからないけど、歪む前の記憶を有している。
敵がいるのに天剣を復元させなかった理由なんてわかんねぇよ。
真宵のことも気になるし、少し様子を見に行ってみるか。
寝間着から私服に着替え、わずかに疼く傷を抱えて部屋を出ようとする――のだが、後ろから伸びてきた腕に腰をホールドされた。
「……行かないでください、かっしーさん。どうせ真宵さんのところに行こうとしていたのでしょう? もう真宵さんとは……恋仲、なのですからいつでも会えるではないですか」
「わかったよ。いまは、一緒にいるか」
平気そうに見えるのは、感情が表情に出にくいことを利用して平気を装っているからなのだろう。この部屋に来たのだって、もしかしたら密かに決意があってこそのものかもしれない。
「……今日は私の番ですと、雪音さんに言われました」
「ん?」
「……昨日はお疲れさまでした。雪音さんから全部聞きました。かっしーさんが勇者だったころの天敵になってしまったこと、自分のなかで折り合いがついたこと、そして、自分の身勝手な感情でかっしーさんを傷つけて悔やんでいることも、全部」
「激しい運動ってそういうことかよ」
翔無先輩に事情を聞いていたのだったら最初の一言にも頷ける。火鷹だからって猥談に繋げるのは失礼だったかもしれない。
「……いえ、私が言ったのはあっちの方です」
「ああそうかよ!」
少しでも悪いと思った俺の罪悪感を返しやがれ!
真面目に話をしようと思ってものらりくらりと躱していくし、戦闘時の俺の回避率より高いのではないだろうか。……でも俺、よく重傷を負ってるから、比べる対象が間違ってるかも。
火鷹は俺をじっと見つめると、今度こそ真面目に口を開いた。
「……かっしーさん、私とデートしてください」
「お前はいつなんどきもいきなりだな。もう慣れたけどさ。……それで、デート?」
ベッドは火鷹に占領されているので、倒れて転がっている高級そうな椅子を起こしてを降ろす。
ちなみに部屋は散らばったままだ。ベッドだけは辛うじて使えるようにしたけれど、テーブルや冷蔵庫などは乱雑に転がされている。さすがに部屋の掃除をする気力は残っていなかったのだ。
どれもこれも高級そうな――というより確実に高級品だろうけど、こんな適当に扱ってもよかったのか心配になる。壊れてはなさそうだけど、もし壊れてたらあとで請求されないだろうな。
「……はい。嫌ですか?」
「そうじゃなくて、思ったより普通だなって」
翔無先輩がアグレッシブ過ぎただけに、続く火鷹もそれなりにパンチの利いた内容かと思ってただけに拍子抜けである。楽ならそれに越したことはないけどさ。
「……能力者は大なり小なり闇を抱えているものですが、雪音さんや真宵さん、志乃さんたちのように深すぎるものは極めて稀です」
「そう言っても、その珍しいのがここに三人もいるぞ?」
「……そういえばそうでした」
お抱えの事情なら『九十九』がずば抜けてるだろうし、稀なんて言ってもここにいる能力者ほどドロドロした環境にいる人間は片手の指で足りるのではないだろうか。
俺は運よく事を運べてるけど、こんなややこしいのが何人もいたら解決するのは困難を極める。せめて俺のいないところでやってくれ。
「……デート、してくれますか? 私の未練を断ち切るために」
ここまで来て断るなどという選択肢はない。
大きく一回だけ頷いた。
別荘から三十分ほど歩いたところに公園があるらしい。この辺りに住んでいる人たち限定のスポットで、恋愛成就やカップルであれば末永くよろしくできる祈願成就の効果があるとのことだ。
胡散臭い上に信憑性もない話は、信じたいと思う人間が多いから生まれる。このスポットだって、きっと誰かがたまたま上手くいき、そいつができたなら自分もできるかも、といった具合に広まっていったのだろう。
なにか特別なエネルギーが溜まっているわけでもない、ただの公園にそんな効果なんてない。成功したのは、そういった話がわずかな勇気を与え、背中を後押ししてくれたからだ。
そういう意味では、たしかにスポットかもしれない。
周りの見せつけんばかりのイチャイチャとするカップル共に胸焼けを患いながら、現実逃避ぎみに馳せる。
公園に到着してからかれこれ二十分ほど待ち惚けを食らっていた。理由は簡単。火鷹少女が待ち合わせをしてからデートをしたいと言い出したのだ。
火鷹曰く、
「……家に帰るまでが遠足であるように、公園で待ち合わせがデートの始まりです」
説得力があるような、ないような。しかし押しきられて待ち合わせをしているのだから、説得力の有無なんて関係なかった。
「……すみません。お待たせしました、かっしーさん」
「明らかに遅くなるってわかってて、遅いなんて言えるかよ」
上から降ってきた声に形式的に答えて顔をあげると、眩しい姿が目に入った。
純白のワンピース。暑さを凌ぐためか、周りからすればかなり目立つ麦わら帽子を被っている。昨日の猛暑は日焼け止めを塗っていなかった少女を焼き、水着の線が露出した肌にくっきりと刻まれていた。
部屋にいるときはちょっと薄暗くてわからなかったけど、わりと大胆に日焼けしていた。俺は全く焼けてないのに。日焼け止めなんてしてないのに。
「ん? リボン、変えたか?」
「……かっしーさんはそういう小さなところに気づくからダメなんです。空気読んでください。こんなときだけでも鈍感に戻ってください」
「似合ってるなって言おうとしたけどやめとく。なんでリボン変えたことに気づいただけでそんな言われねぇといけないんだ。しかもその毒舌、真宵に感化されてんぞ」
「……うるさいです。これだからかっしーさんは」
「帰るぞこの野郎」
頬の筋肉がピクピクと痙攣している。遠いところでわざわざ待ち合わせをして、ようやく合流できたから服装を誉めようとしたのに罵倒を食らったんだ。それくらいしても文句を言われる筋合いはない。
やんわりと睨み上げると、じろりと見つめ返してくる。無表情だから睨み返しているのかもわからない。
だけどまあ、火鷹の言い分もわからなくもない。彼女は諦めさせてほしいからとデートを申し出たわけであって、友愛を深めるためのものではないのだ。服装を誉められても逆効果にしかならない。
我ながら軽率だった。そういうところなんだよ。なまじ優れた容姿だから、すぐに誉めやすいポイントを見つけてしまい、しかもすぐに口に出してしまう。関係上、そういうことはもうやるべきではない。
……わかってても、無意識にやっちまうんだよなぁ。周りに綺麗所が多すぎて女の子に耐性ができてしまってるから、物怖じしないで言えるし。
「……それは困ります。せっかく雪音さんと来夏さんにお膳立てしていただいたのに、それでは合わせる顔がありません」
「あの二人が? まあ、そういうことなら――そういうことじゃなくても帰るつもりはねぇけどさ」
「……そうですか。では、行きましょうか」
横に並ぶと、ぎゅっと手を握ってくる。
「火鷹? 手ェ繋ぐのか?」
「……かっしーさんがはぐれて迷子にならないようにです」
「はいはい」
どうやったらこんな広いところで迷子になるのやら。意図してはぐれない限り、簡単に見失わないほどには人気が少ない。手を繋ぐまでもないだろうに。
――なんて。
火鷹が頬を赤くして照れていることなど気づかないフリをして、俺たちのデートは始まるのだった。