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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第八章〈夏休みの終わり〉編
103/132

8―(5)『ここは楽園ですか? イエス、エデンです③』

 

 ――しかしこうなるのは予想がついていたわけで。

 人数がこれだけ集まると全員で遊ぶということもままならない。具体的に言うと年齢層が噛み合わないのである。

 過半数が学生で占められていればさして気にならない振り分けになっただろうけれど、あいにくと大人組と学生組、子供組とだいたい同じくらいの人数になっていた。

 学生組と大人組はさていても、子供組が個人的に遊びたい相手がいるのではないかとおもっていたが、やはりそこは自分と近い年齢のためだろう。見た目は小学生のレンを半ば引きずるように連行し、どこかに行ってしまった。

 見えないと見えないで心配だが、レンがいるからきっと大丈夫だろう。子供の面倒くらいなら見てくれるはずだ。

 というわけで俺も久々に羽を伸ばして遊べる……のだが、

「なんでお前はこっちなんだ」

「細かなところを気にするものではないぞ、かしぎ」

 なぜか五百歳越えの不老不死、九十九志乃が学生組に混じっていた。

 たしかに純白の頭髪や瑠璃色の瞳を除けば志乃は俺たちに一番近い肉体年齢をしている。事情を知らない相手に訊けば、学生と判断する程度には若々しい見た目だ。古めかしい言葉遣いと雰囲気のせいで妙に薄れぎみである。

 片方だけが白と黒のドットになったビキニ。おそらく新調したものだろうけど、こうして現代の衣類を着ていると余計にわからなくなる。

 溶け込みすぎだ。あとスタイルがけしからん――と九重が喚いていた。

 それは俺も同意せざるを得ない。司先生たち大人組も育ちすぎだけど、こいつはそれさえ凌駕する。学生組のはもはやまな板か。 いくらなんでも悲しくなってくる。

 これが格差社会ってやつか。

「しっかし、このメンバーで遊ぶって言われてもいまいちピンと来ませんねー。殺しあえって方がしっくりする」

「……そうなると真っ先にデッドエンドになるのは私ですか」

 戦々恐々と震える火鷹に来夏先輩が無情にも頷く。このなかじゃ一番戦いに向いてないのだから仕方がない。というよりそんなことになるわけがないのだが。

「海、ですか。実は僕、初めてなんですよね。こうして海で遊ぶというのは」

 男勢はどうしても格好が似かよってしまう。七分丈の海パンにパーカー姿の御神は先ほどから不自然に視線をさ迷わせている。

「なんだ御神ぃ~。女の子がハイレベルだからって照れてんのか~?」

 それを目敏く嗅ぎ付けた九重は首の後ろから腕を回し、御神をロックした。

「べ、別にそんなんじゃありません!」

「はははっ、そのわりには顔真っ赤だぜ?」

「くっ……!」

 九重に指摘されるまでもなく御神も自覚はあったらしい。悔しそうな表情を作るものの、しかし事実であるため言い返せずにいた。

 いい獲物を捕まえたとばかりに九重は御神を冷やかしているともうひとり、そういうのが好きな人がうずうずし始めた。口元を不気味に歪ませ、くつくつと笑いながら影を踏む。

「御神って言いましたっけ? そんなに女の子が苦手なんですかー?」

「なっ!? 臥南さん!? なにやってるんですか!」

 ごく自然な流れで近づいた来夏先輩は、これまた自然な動作で御神の腕を絡めとった。胸が押し当てられているが、あれは間違いなく押し付けている。

 二の腕に当たる胸は弾力よく形を変え、柔らかな感触を伝えている。

 御神は硬直して口を開閉するだけでなにも言えずにいた。その様子がおかしいのか、来夏先輩のイタズラはヒートアップしていく。

「冬道は全然動揺とかしてくれねぇんだよなぁ。あそこまでとは言わねぇから、少しくらい動揺してくれよ」

「いや、そんなこと言われても……」

 口に出さないだけで内心では動揺しまくりなんだけど。

 それを知ってか知らずか、柊は弾力のある胸を惜しみ無く押し付けてくる。しかも遮るのが布一枚のため感触はほとんど生だ。脈動が急速に加速するのを感じた。

「来夏先輩といい詩織ちゃんといいそんなに胸が大きいのを自慢したいのかなねぇマイマイちゃん!」

「そこで私に同意を求めないでください。あとその渾名は不快ですからやめてください。陥没させますよ。胸を」

「やめて! 倒置法で言うとかやめてよ! ボクに負けず劣らずの貧乳のくせに!」

死にますかデスそれともオア殺されますかダイ?」

「それって死ぬ一択しかないよねぇ!?」

 真宵にその話題は地雷でしかないのだから当然だ。自ら地雷に踏み込んでいって無事でいようなんてそりゃ無茶だ。

 腕に触れるマシュマロの変化に反応しないよう意識を外側に向けていると、メインディスプレイに柊の顔がアップで映し出された。すげー近い。

「そっちばっか見てねぇであたしのことも見やがれバカ」

「バカとはなんだ」

 学力的に言えばたしかにバカだけどもさ。

「だってお前あたしのこと全然見ようとしねぇじゃん。なんでだよ」

「なんでってお前……」

 直視したら胸の感触まで受け入れないといけなくなるだろ。俺だって健全な男子高校生だ。本人は自覚してないだろうけど、一般に美少女とされる女の子に抱きつかれて反応しない方がおかしい。

 平然としていられるのはそれこそ鈍感レベルが天源突破した超朴念仁か、男女を訳隔たりなく接せられる精神の持ち主か、同姓愛者くらいのものだ。

 あいにくとそんな素質は持ち合わせていない。鈍感は装っていただけで、そうする必要のなくなったいまでは、すっかりできなくなっていた。

 だからこんなにも困っているというのに直視しろとは何事か。

 俺にいまの状況で平然とできるほどの不屈の心はないのだ。

 しかしまあ本心をぶちまけることもないだろう。ここは言いたいことをソフトな表現にしつつ、柊を傷つけない言い訳でこの場を逃れる。

「ただの照れ隠しだ」

「照れんなよ!」

 ほどく手間が省けた。照れるなと言いつつ自分も照れた柊は自由になった手で、背中に平手打ちをかましてきた。

 一歩だけ前に出て回避し、背筋を駆けた小さな鎌鼬に戦慄した。やめて。死んじゃうだろ。

「あたしに照れたのか? あたしに照れたのか? ん?」

「うるせぇ」

 にやにやとする柊を押し返して罵倒をおまけしておく。

「そっかそっかぁ。あたしにデレたのかぁ」

 誰がいつお前にデレたんだ。

「いま高感度どれくらい? 告白したら冬道ルート入れる?」

『……っ!?』

 若干三名、柊の一言に肩を揺らした。

 こいつの能力は本当に常時発動型なのろうか。『吸血鬼』の直感ははすでに未来予知と同等の効力がある。付属品の分際で高価すぎるのもどうかと思うが、論点はそこではない。

 未来予知のごとき直感があるのなら、その発言をしたとき周りがどういった行動をとるかわかるはずなのだ。

 しかし肩越しに見える三人の様子に柊は感づいたようには見えない。とすれば、この直感は生命に関する場合にのみ作用するのかもしれない。

 そしてまたもここが論点ではない。

 俺が本題として取り上げたいのは、不用意な発言で晴天に照らされた砂浜にプチ修羅場が、発生源が知ることなく形成されてしまったということだ。

 柊は俺と真宵が恋仲になろうと我が道を進むような性格だ。ゆえに真宵はわずかな危惧を抱いた。残る二人は、来夏先輩によると真宵から俺を略奪する気満々らしいので、新たな敵の出現に無視できなかったのだろうと推測できる。

 男として複数の女の子に好意を向けられるのは嬉しい。言い繕うことなく嬉しい。けれどもこんな風に取り合うような真似を裏でこそこそやられるのは勘弁だ。

 俺は個人であり誰かの所有物ではないのだ。

 今回はその辺を明確にしていかなくてはなるまい。

「入れるかバーカ。俺は真宵一筋だって言っただろ?」

「言われてないのに言われた気分にさせられるのがなんか悔しいぜ!」

 ほっとする真宵に闘志を燃やす翔無先輩と火鷹。柊くらい前向きで頭のなかが空っぽでいてくれれば、こんな苦い思いをしなくて済んだのではないかと思う。

 いや、そこまで空っぽでなくてもいいか。それはそれで困りそうだ。

「かっしーは大変そうだなぁ、ええ? ハーレムですかい?」

 どっかりと飛び乗ってくるや否や九重が囁きかけてくる。背中に張り付くのがブームなのか。

「違う。それとお前にいいことを教えてやる。ハーレムってのは一人の人間が複数の異性と両思いになることで初めてそうなるんだ。従って、これはハーレムではない」

「それじゃあ自分はモテてるって言いたいようにしか聞こえねぇんだけど?」

 なんというブーメラン。自慢気に披露した屁理屈が核心を突いて跳ね返ってくるとは。これこそ自分で自分の首を絞める、だな。

「それでなにして遊ぶ? 俺はビーチバレーがいいと思うぜグヘヘヘヘ……」

「九重の笑いがいやらしいので脚下。どうせ乳揺れとか期待したんじゃねーの?」

「ば、バカな!? どうしてそれを!?」

「私がお前程度の思考を読めないとでも? 私を侮らないよーに」

 乳揺れか。揺れるもんがない人はどうすればいいのやら。誰とは言わないが。

「妙におとなしいけど、どうかしたのか?」

 和気あいあいと記憶にも残らない、反射的に撃ち出されたような会話を目尻に、俺たちから一線引いたところに立つ創設者に訊ねる。

 志乃は最初こそ一言二言交わしたが、その後は声を投げることがなく少し気になったのだ。

「別にどうもしておらぬ。ただ、時代を感じてのう。妾がここにいるのは間違いではないかと考えていただけのこと」

「そりゃ間違いだろ。自分の歳考えろよ」

「そうだな。五百年も生きた妾に居場所はなかった。――つい、先刻までは」

 シリアスな空気を漂わせる志乃の話に付き合ってやるつもりは微塵もない。

 冷たいようだが俺が志乃と関わるのはこれを最後に、次があるとすれば当分先のことだ。そんな相手、しかも砂粒ほどの興味のない彼女の昔話に耳を傾けても右から左にすり抜けていくことだろう。

 それにどうだっていいじゃないか。いまここに居場所があるなら、なかったときのことなんて忘れればいい。

「で、結局なにすんの? 雪音と鏡ちゃんはなんかない?」

「遊びって悩んで決めるものじゃないと思いますけど。んー、ボクは基本的に仕事がないときは寝てるからねぇ。キョウちゃんは?」

「……私に意見を言わせていいのかな?」

 不適に笑んだ(ように見える)火鷹に翔無先輩が頬をひきつらせる。

「やっぱりビーチバレーをやろうぜ!」

「やらないって言ったじゃないですか。というか、九重はこのメンバーを相手に生き残る自信があるんですか?」

 御神に言われ、九重が俺たちを順に見やっていく。

 真宵と柊と志乃。最後に俺に視線を止め、ため息と共に肩をがっくり落とした。

「ごめん御神。俺が間違ってた」

「いいんです。僕も死にたくありませんから」

「その化物みてぇな扱い方に不満を申し立ててぇんだけど?」

 柊の額に綺麗な血管が浮かび上がる。『吸血鬼』特有の犬歯を唇の隙間から覗かせ、形のいい眉を痙攣したように震わせていた。

「つーか俺たちって揃ってそうなんだよな」

「ええ。そうなんですよね」

 俺と真宵は阿吽の呼吸でそう綴る。

「そう、ってどうなんだよ」

 一同が揃って首を傾げる。やっぱりそうなんだよ。俺も含めて全員に共通しているのは異能を手にし、非日常に身を投じていること。

 その時期はバラつきがあれど全員が本当の意味で気を休める暇がなかった。こうして遊ぼうとしているいまも。

 誰も彼も自由を手放した異能の――囚人。

「ようは遊び方を知らない、あるいは忘れちまったんだよ」

「……なるほどね。そりゃそーだわ。遊び方なんてとっくに忘れてた」

 事あることに言ってたことだ。遊び方なんてとっくに忘れた。どう遊んだらいい。

 五年しか異能に携わっていない俺でさえこの様だ。それ以上に長く触れていた『組織』や『九十九』の連中なんてもっと酷いだろう。

 だからここで唯一の一般人代表に意見を求めようか。

「つみれ、なにして遊んだらいい?」

「え? 鬼ごっこでもすればいいんじゃねーの?」

 唯一の一般人代表はあまりの空気っぷりに機嫌を損ねていた。


 いくら異能漬けの俺たちでも鬼ごっこくらい知っている。子供時代に能力を発現させていても、人伝でさえ聞いたことのない奴はいない。

 そしてビーチバレーのように道具や小細工のいらない、実にシンプルな遊び。俺たちにはぴったりで、大した労力はいらない――と思っていたのが数分前のことだ。いまは後悔に後悔の真っ最中である。

 えらく気合いの入った女性陣に渋面の男性陣。理由は来夏先輩がぽろっと呟いた一言のせいだ。

「鬼ごっこするのはいいけど、ただの鬼ごっこじゃあ面白くない。少しゲーム性を強調しようか」

「最後まで残ったら命令権が与えられるとか?」

 いつもなら下種な笑みで言った九重が殴り飛ばされるパターンなのだが、今回ばかりは違った。

「その案もーらい。てことで男女別鬼ごっこ大会を開催しようじゃありませんか」

「男女別って僕たちは三人しかいませんけど……」

 このときはまだ深く考えていなかった。せいぜい数が不利だなとか、これで勝つのは無理だなくらいだった。

 どうせ遊びなんだから負けたって構わな――くはないけど、せめて勝てるように遊びたいとは思ったくらいだった。

 しかし次の来夏先輩の宣告に意識が凍る。

「いいんだよ。どうせ数的にこっちが勝つんだ。だからお前らは私たちの景品になってもらいまーす。異論は認めませーん」

「ふっ、俺はいつだって来夏ちゃんの景品だぜ」

「いらねーし。で、ルールは簡単。鬼は私たちで逃げるのは男共。鬼である誰かが逃げ組捕まえたら、そいつを好きにしてよし! 煮るのも焼くのも――ね?」

 来夏先輩は凄惨に嗤い、眼光鋭く心の臓を貫いていく。

 標的は俺か。狙撃手に選定されたのは翔無先輩と火鷹。どうやらこの慰労会の間に完全なる決着をお求めになっているらしい。

 目を見ればわかる。俺の先伸ばしでしかない行動の数々に我慢の限界になり、こんな強引な手段で無理やり終止符を打たせようとしている。

 自分本意にもほどがあると言いたいけれど、俺だってその真っ最中。来夏先輩だけを糾弾するのはお門違いだ。

 いいだろう。そのゲームに乗ってやる。

 やはり俺は安穏とした日常より、地雷源を突き進むような非日常がいい。

「ならこっちからも提案だ」

「いいねその目付き。私たちはやっぱりこうじゃねーと。それで提案って?」

 事情を共有する俺と来夏先輩火花が散る光景を周りはポカンと眺めている。

「能力の全面禁止だ」

 こっちは氷に風と戦闘向きではあるが耐久の持久戦ではてんで不向きだ。

 しかし翔無先輩のテレポート火鷹の境界限定。柊と志乃の無数の能力連撃スキルラッシュから逃げきるなんて不可能だ。しかも禁止にしたのは能力だけで、超越者の体質まではそのうちではない。

 まあ、俺は波導までは禁止にしてないから、この二人はなんとかなる。

 真宵になら捕まっても問題ないし、打てるだけの策は打ち終えた。

 侮るわけではないが能力のない『組織』のメンバーは恐れるに足りない。

「いいでしょう。つーか、それでいいんだな?」

「どういうことですか?」

「……わかってるでしょーに。わざとこんなルールにしたのを察せないようでよく鈍感を装ってこられましたねー」

 人差し指で俺の鼻っ面を弾いた来夏先輩は、くるりと回転する。

「さあさあ皆様! 己が欲望のため、異性を捕まえちゃいなさい!」

 逃げる暇さえ与えられない逃走劇の幕が開いた。


 プライベートビーチなだけはあり、どれだけ遠くに逃げても人影はない。砂浜に残る大量の足跡は俺たちの逃走の痕跡のため、岩陰に隠れていることも直にバレることだろう。そうなる前に別の場所に移動するか。

 別荘周辺には岩や林が多く、身を隠すには事欠かない。足跡を辿られる心配もこれでなくなるが、待ち伏せされている可能性もある。

 追い詰める側は逃げる側の立場になって思考し、どこに伏せられていたら厄介かを考えるものだ。

 能力が使えないのだ。真正面からはまずないだろう。

 岩を蹴って木の枝に着地、周囲に注意を巡らす。

 九重と御神とは開始早々ではぐれてしまった。捕まったとしたらいまごろ酷い目に遭わされてるだろうけど、俺にはどうもできない。甘んじて罰ゲームを受けてくれ。

「勝手に捕まったことにすんなよかっしー!」

「だからかっしー言うな。つーかどっから沸いて出た」

 いつの間にか近づいていた九重は、上の枝に足でぶら下がっていた。

 振り子のように体を揺らし、器用に体勢を逆転させて隣に着地した。みしりと枝が軋み、一瞬だけひやりとさせられる。

「御神は?」

「わかんね。かっしー見つけたのだってたまたまだし」

 となると捕まったかのかな。初めからやる気もなかったみたいだし、ほかのメンバーとも面識が薄いから大し被害はないはず。

 九重は来夏先輩だけに限定するならないされるか想像もしたくないし、俺に至っては行動を間違えたらバッドエンドだ。慎重に行動しなければ。

「ずいぶんな無理ゲー押し付けてきたと思ったけど、これで勝ちゃ俺たちに命令権が来るわけだろ? グッヘッヘッヘ、どんなことやらせようかねぇ……」

「盛り上がってるところ悪いけど俺たち、絶対に勝てないぞ」

「なんで!?」

「来夏先輩が制限時間を決めなかったからだ」

 あの人は負けることなど想定していない。勝つつもりしかしてなかったから、俺たちの勝利条件を提示しなかったのだ。

 だからこのゲーム、俺にとっては引き際を見極めて最善の選択をすることが必要になってくる。

 いかにして全員を満足させ、なおかつデメリットをなくせるか。

「ちぇ。なんだよ、せっかく頑張って来夏ちゃんにデートしてもらおうと思ってたのによ……」

 がっくりと肩を落とした九重は本当に残念そうにしている。

「頼んだらデートくらいしてくれるだろ」

「とっくに頼んでるよ。なんでか知らねーけど、デートに誘おうとするとのらりくらりと躱されるから成功した試しはねーけど」

「照れてるんじゃねぇの?」

「かっしーじゃねーんだから来夏ちゃんが照れるわけねーって」

 だからかっしーって言うなと何回も言ってるだろうが。

「くっそぉ。じゃあやる意味なくね? もう罰ゲームでいいよ」

「急にやる気なくしやがったなオイ」

「そりゃそうだろ。せっかく来夏ちゃんにデートしてもらおうと思ってたのに、勝てねぇんじゃご褒美……じゃなくて罰ゲームになるしかねぇじゃん」

 こいつご褒美とか言いやがったぞ。

「それは同感だけど俺は捕まるわけにはいかねぇからなぁ。とりあえずこのまま逃げ回って頃合いを見計らってになるな」

 まだ近くに気配はない。異能を禁止にしてもそこは激戦を猛者たちだ。たかが鬼ごっこでの真剣になる要素があるのなら、戦場と同等に神経を研ぎ澄ませている。気配を絶ち、背後からの奇襲も十分にありえる。

 志乃や柊なら気取られても身体能力だけでカバーの利く範囲だ。

 正直、真宵に捕まえてもらうのが一番いいんだけどさ。

「修羅場だな、かっしー。がんばれ」

「他人事だと思って気楽に言いやがって……。お前はどうやってこういうの切り抜けてるんだ?」

『九十九』は身内で子孫を残す禁忌の一族だ。そのため必然的に恋愛対象が身内になり、しかも同時に何人もの異性から好意を向けられることになる。

 短い付き合いではあるが、九重が『九十九』でも特に取り合われる立場にいるのがわかる。現に揺火や五十嵐がこいつに惚れている。あの惚れっぷりは見ていて気持ちいいほどだ。

 九重もそれがわかってるみたいだし、意見を参考にしたい。

「どうって、全部受け入れてるぜ? あんな美少女たちに好かれてんのに誰かを選ぶなんてもったいねぇじゃん」

「たしかにそうだけど……」

 そうはいかないから相談してるんだ。嫌いってわけじゃないけど、俺は全員と関係を持つようなことはしたくない。

「なら自分の気持ちを真っ直ぐに伝えるしかねぇんじゃね? かっしーのことが好きな女の子ならさ、ちゃんと言えばわかってくれるって。来夏ちゃんもちょっとお節介しすぎかもな」

「……わかってたのか?」

「あんだけ挑戦的に言ってるの見たら嫌でもわかっちまうって」

 九重はそういって苦笑いを浮かべた。

「てか来夏ちゃんってば他人にはお節介焼けるくらい敏感なのに、自分のことってなるとかっしーのこと言えないくらい鈍感だぜ」

「来夏先輩のこと好きなのか?」

「ちょいちょいちょーい! かっしーってば核心を突いてくるねぇ!」

「あ、やっぱりそうなのか」

 薄々――というか、見てたら誰でもわかるレベルでアピールしてる。気づけてないのはたぶん来夏先輩だけだ。

「って『九十九』の奴ら差し置いて来夏先輩を本命にしていいのか?」

 能力者を生み出す家系として君臨する『九十九』は身内で行為を行うことで、原初に近づかんとしている。

 その末に完成の域に手を届けたのが柊詩織――九十九詩織だ。

 東雲さんも『死乃ノ目』として真名を覚醒させているが、超越者になることはないと本人から聞かされている。

 とはいえ、そうしていたのは志乃が自身すら殺せる魔眼を継承させるためだ。すでにその必要のなくなったいま、しがらみに囚われることはない――が、長年続いてきた一種の呪いがすぐに抜けるべくもないだろう。

「いいもなにも俺の人生だぜ? この右眼も能力も家系も意図されたものだとしても、一生を連れ添う伴侶を選ぶ権利はあるだろ。たとえ運命が引き裂こうとしても俺は絶対ェに引かねぇ」

「ハーレムハーレム言ってた奴のセリフとは思えねぇな」

「それを言っちゃあ元も子もねぇぜ」

 でも、そこまで真っ直ぐでいられる姿は格好よかった。

『――っ!?』

 がさりと真下の茂みが揺れる。

「……誰か来たのか?」

 九重の表情に緊張が走る。口ではなんと言っても根では負けず嫌いなところがあるのだろう。

「来たとしてもこんな会話の真っ最中だし出てきにくいだろうなぁ」

「来夏ちゃんとかだったら恥ずかしさが有頂天。運命とか言っちゃったし、まともに顔あわせらんねぇよ」

 そっぽを向きながら屈伸して立ち上がり、九重は赤裸々な言葉の数々を誤魔化すように移動を始める。

 たしかにああいった発言は恥ずかしい。俺だって戦ってるときとかかなり赤面もののくさいセリフを連発した記憶がある。

 ……うん。俺も恥ずかしくなってきた。

 どんどんと遠くなっていく九重の背中を慌てて追いかけた。


     ◇◆◇


 遠くなっていく二つの影を視界に捉え、激しく脈打つ鼓動を抑える。

「……九重のやつ、私がいないときにあんな顔するのは卑怯でしょーに」

 夏の暑さも去ることながら、赤面によって上気した頬を押さえながら、来夏は小さくぼやく。

 実のところ来夏は二人の会話を余すことなく聞いていた。冬道が移動しているのを見つけてこっそりつけてきたところ、すぐに九重と合流してしまったため、出ていくに行けなくなっていたのだ。

 最初は珍しい組み合わせの珍しい会話を聞きたいという好奇心が勝っての行動だったのに、まさかこんな反撃を喰らうとは思ってもみなかった。

 九重が自分のことを好いていることは知っていた。

 しかしあくまでも不特定多数に向ける安っぽい好意だと、いまのいままで切り捨ててきた。

 だというのにあの言葉。紛れもなく本命ではないか。

 ――たとえ運命が引き裂こうとしても俺は絶対ェに引かねぇ。

 つい先ほどのセリフが脳内で再生される。

「うっせぇぇぇぇぇぇ! 囁くな!」

 髪を振り乱して来夏は絶叫する。

「くっ……! ふざけやがってクソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

  眼鏡を投げつけかねない勢いで外すと、周り回転軸を乱立させ、思いのままに能力を発動させる。

 歪み、破壊されていく自然に目も暮れず、本能のままに暴れる。

「あー……調子狂う。どんな顔で会えばいいんだよ……」

 ひとしきり暴れた来夏は霞む視界に気分の悪さを覚え、後ろにあった木にもたれ掛かる。

 晴天を覗かせる青空が鬱陶しい。

 顔の熱が引けるには、もう少し時間がかかりそうだった。


    ◇◆◇


 

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