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氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
第一章〈勇者の帰還〉編
1/132

1―(1)「元勇者」

 最初のうちはわからない単語が出てくると思いますが、話が進むにつれて説明していきますのでご了承ください。


 2014.10.6 追記


 リメイク版として『Re:氷天の波導騎士(http://ncode.syosetu.com/n8952ch/)』を投稿してあります。

 ぜひそちらもご覧ください。


氷姫ひょうきよ――――」

 冷気が男を中心に竜巻のように渦巻く。

 あまりの勢いに辺りが凍結していき、その中心に男は立つ。

 真紅の瞳の瞳孔は縦に切り裂かれ、口元には獰猛な獣のような冷酷な笑みが浮かんでいる。

「――――天焦がす地獄の花束を!」

 ただ渦を巻くだけだった冷気は、明確な狂気を持って男の視線の直線上にいる女を捉えた。

 女は右手をゆるりと前へとかざす。

 どこのものとも分からない文字が刻まれた巨大な薄紫の円形――――魔方陣が展開され、男の放った氷花を防ぐ。

 氷花は魔方陣に触れた瞬間、鼓膜が破れかねない音を立ててどんどんと砕け散っていく。

 それはさながら花弁が散っていく花のようだ。

 そしてそれは、女の視界を遮ることを目的としたような波導の使い方だった――――否、それを目的としていた。

 男は前傾の姿勢で走り出す。

 着流しを走る勢いでなびかせ、両手で剣の柄を軽く握る。

 その古風な男の見かけとは正反対に、騎士のような気高さを感じさせる剣の刀身からは、蒼白い波動がなぞるように放出されている。

 走る勢いを一切殺すことなく脚部に集中させ、人間とは思えないほどの距離と高さを飛躍する。

 まだ剣の柄は握らない。

 視界を遮る役割を果たしていた氷花は完全に消え去り、男の真紅の瞳と女の深紅の瞳がぶつかり合う。

「くたばれ、魔王ォォォォォォォッ!!」

 男……勇者となったその男は吼えた。

 ついに勇者は剣の柄を強く握りしめた。剣を振り上げ、まるで泉から湧き出るように体内から溢れる波動を刃に乗せ、一気に振り下ろした。

 女……魔王は左手を剣の軌道にかざす。再び魔方陣が展開され、勇者が振り下ろした剣を防ぐ。

 瞬間、勇者の持つ剣の刀身が一瞬にして風化して、消滅した。

 勢いを止めることができない体はそのまま魔王へと向かうが、それは片手で殴るように軽くあしらわれる。

「嘗められたものね。正面から私を崩せるとでも思っているのかしら? 刃は砕けたわ。どうするつもりなのかしらね」

「……刃なら、まだここにある!」

 首から下げた金の首飾りの鎖を無造作に引きちぎり、それを復元した。

 先ほどの剣よりも神々しく、何よりも気高い『天剣』を片手に構え走り出した。

 同時に魔王の背後から今までとは比べ物にならないほど巨大で、ミルクよりも濃厚な魔力を秘めた魔方陣が展開された。

 いくつにも重ねられたように見える魔方陣。そのひとつひとつから薄紫の、魔力が大量に込められた弾丸が勇者に迫る。

 しかしそれをものともしない。

 刃で切り裂き、ただまっすぐに魔王へと駆ける。

「じゃあな。お前の大好きな――――終焉だ!」

 『天剣』の刃が、魔王へと突き立てられた。


     ◇


「あー……世界滅ばねぇかな……。むしろ滅びろ……」

 全てを包み込むような青空。ふわふわと浮かぶ雲を見上げながら、俺、冬道とうどうかしぎは呟いた。

 どうしようもなく平和な世界。

 目に見える争いはほとんどないのに、見えない場所の争いは指で数えても数えきれない。

 そういうのはどうでもいいんだ。

 目に見える争い、それも『戦い』って呼べるくらいの争いをしたい。

 不意に空を見上げる俺の視界が、純白に隠される。

元勇者・・・のくせに、何を物騒なことを言ってるのですか」

 純白を凝視する。

 ヒラヒラのレースが取り付けられた純白のそれ。

 思考にしてそれが何であるか気づくまで一秒もかからない。

「……狙ってんのか? そうやってパンツ見せんの?」

「……見ましたね?」

「見せてるんじゃないんだ?」

 制服のスカートの端を押さえ、顔をわずかに顔を赤にさせる藍霧あいぎり真宵まよい後輩。

 腰の辺りまで伸ばされた黒曜石のような髪を、サイドテールに纏めている。高校一年にしては小柄な体をさらに小さくして俺を睨んでいる。

 可愛いというより凛としてるという顔立ちなのにこの行動のギャップが、この私立桃園高校で人気を集めている要因に違いない。

 もっとも、俺はそんなのには微塵も興味はない。

「だいたいよぉ、お前のパンツなんか見飽きたっての。あっちで何回見せられたと思ってんだよ」

「別に見せたかったわけじゃありません。なんですか、そうやってあたかも私が見せたような言い方をして」

「動くって分かってんのにあんなヒラヒラした格好してたんじゃ、そうとられても仕方ねぇんじゃね?」

「かしぎ先輩がちゃんと動かないからです。なんで後衛の私が前に出ないといけない状況になるんですか」

「うっせぇな。怪我してねぇだけマシだろ?」

 ごろりと寝返りをうち、わずかに頬を膨らましている真宵後輩を視界からはずす。

「ちゃーんと、俺はお前を護ってたろ?」

「む。確かにそうですけど……」

 すねたような声が後ろから聞こえる。

「ただまぁ、あんときは悪かったと思ってるよ」

「かしぎ先輩……」

「お前のパンツ見たさにわざと手加減して戦ってたからな。調子乗りすぎて俺も怪我したし」

「やっぱりわざとだったんですねっ! だと思いましたよ。先輩がそう簡単に後ろに通すとは思えませんから」

「妙な信頼寄せられてんのな、俺」

 いたずらっぽく告げると、また後ろから「むむむ……」なんていうすねたような声が聞こえた。

 前々から思ってたけど、こいつって面白いよな。

 真面目だから正反対の俺と妙にかみあう。こうやって、からかってみると楽しいし。

「……で、真宵後輩はいったいこんな場所で、何をやってるんだ?」

「そういう先輩こそ、不良みたいな真似をして屋上に寝てるなんて、何をやってるんだと訊かれてもおかしくはありませんが?」

「俺はいいんだよ。還ってくる前・・・・・・からだからな」

「答えになってませんけど」

 真宵後輩はそう言いながら、俺の隣に座ってきた。

 俺と話すために来たのかどうかと訊かれたら、間違いなく違うと答えるだろう。

 別に、真宵後輩は俺と話したいから座ったんじゃない。

 この場所が好きだから座っただけなんだ。

 俺も、ここに真宵後輩よりもあとから来たとしても、今やっているように寝転がって空を見上げてたはずだ。

「別に理由なんてない。ただ、来たかったから来ただけだ」

「奇遇ですね。私もです」

「いいのかよ。一学年で成績トップのお前が、こんな場所でサボっててもよ」

「どうなんでしょうね」

「俺に訊くな」

 答えられるわけないだろと付けたし俺は、ただぼんやりと空を眺めた。

 特に真宵後輩と会話があるわけじゃないが別に、気まずいとかいう雰囲気があるわけじゃない。

 認めるのは非常に癪に障るが、こいつが黙って隣にいるだけで、安心できる。心が安らぐ。落ち着いて、ぼんやり出来る。

 緩やかにふく風が真宵後輩の髪を揺らし、シャンプーらしきいい匂いが鼻をくすぐる。

 こいつも同じようなことを思っているかは分からないが、少なくとも、俺はこいつがいるだけで安心することができる。

 青い空。白い雲。桜の花びら。

 平和だ。とても平和だ。

 これが当たり前だった頃は、何も思わなかった。

 だけど、この当たり前が当たり前じゃないところを見てしまったから、この当たり前がとても幸せのように感じることが出来る。

 でもそれと同時に、抱かずにはいられないものもある。

「……暇、ですね」

 唐突に、真宵後輩は呟いた。

「あぁ、暇だな。ホントに退屈だ。思わずあくびが出ちまうくらいにな」

「なんだか未だに実感がありません。還ってきたという実感が」

「これまた奇遇なこともあるもんだ。俺もだ。なんだか、夢でも見てるんじゃないかと思う」

 暇、なんていう表現の仕方をしていいなら、俺たちは凄く暇だ。

 何か明確な目的があって、ただそれに向かって突っ走ることもなければ、誰かに襲われることを警戒する必要もない。

 ぼんやりとしてても何も起こらない。せいぜい、サボっていたことを見つかって叱られる程度だ。

 俺たちはそんな当たり前な日常が暇なんだと思う。

「一度高みを見てしまうと、それより低いところはつまらなく思える。そんな感じでしょうね」

「高み、ねぇ。言いようによっちゃ、確かに高みなんだろうよ」

 でも、と言葉を紡ぐ。

「こいつは高みとかそういうのじゃなくて、刺激が足りないってだけなんだよな」

「認めたくはありませんが、そうなんでしょうね」

 どことなく寂しさを感じさせるような口調で、真宵後輩は同意してきた。

 俺の目に見える真宵後輩の背中も、寂しそうに見える。

「あれだけ還りたい還りたいって言ってたお前が、還ってきたら来たでそんなこと言うなんて思わなかったぜ」

「私だって、こんな風に思うだなんて思いませんでした」

 最初の頃はあんなに還りたがってたのに、最後には還るのを迷ってたくらいだからな。

 やっぱり五年間もいれば、それなりに愛着も沸いてくるってことか。

「別にこの日常に不満があるわけじゃありませんけど、なんだか、つまんないです……」

「子供みたいな言い分だな。まぁ、それを感じてんのは、俺も一緒なんだよな」

「……つまんないですね、かしぎ先輩」

「そうだな、真宵後輩」

 とりあえず名前を呼びあってみる。

 特に意味はないけど。

 こんなのじゃ暇潰しにもなりやしない。

 流れていく雲を目で追いながら、俺は言う。

「この日常をつまらないなんて思うのは人生に絶望を感じてる廃人か、俺たちくらいのもんだろうよ」

「廃人と同列に扱わないでください」

「気にすんなよバカ。普通に暮らす普通の奴らは、この普通の日常で普通に満足できる。でも、俺たちは違っちまったわけだ」

 きっかけは些細な偶然だったのかもしれない。

 選ばれたのが俺や真宵後輩じゃなかったら、今こうしてこんな会話をしてたこともなかっただろうし、する必要もなかった。

 ほんのちょっとの偶然が、住む世界を一八〇度変えてしまったんだ。

「こんな体験した人間なんて、全人類探しても俺たち二人くらいだ。俺たちは、ちょっとばかし普通から離れちまったのさ」

「どうして、私たちだったんでしょうね」

「さぁな。意味なんてなかったんじゃないか?」

 俺たちはこのちょっとの偶然から、偶然出会った。

 それまでは接点なんかなかったし、俺は真宵後輩を知ってても、あっちからしたら分からない。

 その程度の、関係と呼べるかすら分からない関係だった。

 どうしてこの二人だったかなんて、偶然としか言いようがない。

「ただ呼ばれて、知り合って、今こうして話をしてるなんてのは全部が全部、偶然なんだ」

「偶然、ですか」

「そう、偶然。俺とお前が人間で、この場所で出会えたくらいのな。そんな確率の偶然が、俺たちを巻き込んだ」

 こんな偶然があったから、俺たちは知り合えた。

 話すような関係になった。

 お互いを知らなかったはずの俺たちが背中を預けあって戦ったり、手を取り合って目的に向かうことになった。

 そんな全ては、ただの偶然。

「あっちの皆は、元気にしてるでしょうか?」

「分かんねぇ。あっちから喚ばれでもしなかったら、俺たちはあっちに行けねぇからな。気にしなくても、あいつらなら元気にしてんだろ」

 バカだからな、と呟くと真宵後輩に笑われた。

 なんだよ。笑うことないだろ。

「離れてても心は繋がってる……そう言ったのはどこのどいつだよ。全然繋がってねぇじゃん」

「悪かったですね」

「嘘だよ。すねんなバカ」

「すねてません」

 嘘だろと思ったけど、あえて口にはしない。

 口にするようなことでもないし、旅をしてるなかで真宵後輩がこうなったらすねてるってのは学習済みだ。

「チトルは女の尻でも追っかけてんじゃね?」

「有り得ますね。というか、それしか有り得ないでしょうね」

 女の子が大好きで、モテるために仲間になった狙撃手を思い浮かべる。

 ただの色ボケ野郎かと思ってたけど、あいつの狙撃の腕は超一流だったっけな。

「ジェイドは先輩に勝てるようにと、今ごろ鍛錬尽くしでしょうね」

「しつこいからな、あいつも。どうせ俺には勝てないってのに」

 俺の好敵手ライバルと呼べるような強き死神を思い浮かべ、苦笑するしかなかった。

 あいつがいたから、俺も強くなることが出来た。

 やっぱり好敵手ライバルって大切だよな。

「エーシェは最後まで還らないでって泣いていましたが、泣き止んだでしょうか?」

「さすがに泣き止んだろ……」

 とても仲間思いで、何よりも仲間を大切にする少女がいた。

 そいつは最後、俺たちが還るときにはわんわん泣いていて、なだめるのが大変だった。

 あっちで一番最初に仲間になって、一番長く旅をしてただけあって、別れるのが辛かったのを覚えてる。

 でも最後は、俺たちを笑って見送ってくれてた。

「皇女様にあんなに感謝されて、むず痒かったですね」

「感謝されることに慣れてねぇからな」

 俺たちを呼び出した皇女様。

 あの人がいたから、全ての偶然は始まった。

 他にもたくさんの人々と関わってきた。助け合ったり笑いあったり、ぶつかったり。関わり方は色々だけど、確かに俺たちはあそこにいたんだ。

「いつかまた、会える日が来るといいな」

「今度は私たちの日常を見せてあげたいですね」

「あいつらが見ても面白くないと思うぜ?」

「いいえ。きっと喜びますよ」

「そうだといいけどな」

 上半身を起こして、風をその身に受ける。

 やっぱり、俺たちは還ってきたんだよ。俺たちがあるべき日常の世界に。

 それでも、あっちでの五年間は、目を瞑れば昨日のことのように思い出すことが出来る。

 今まで生きてきたなかで、もっとも楽しくて過酷な五年間。

 たくさんの仲間と思い出を残した五年間でもある。

「元勇者、か。そんな称号、こっちじゃなんの意味もないんだよな」

「そうですね。そんな肩書きがあっても、進路には意味がないですから」

「だけど、こっちは意味はあるよな」

 言いながら、俺は制服のポケットから金色の水晶の首飾りを取り出して、真宵後輩に見せる。

「……持ってきたんですか? 『天剣てんけん』はあっちの伝説の剣なんですよ?」

「伝説の剣だろうとなんだろうと、勇者専用の武器なんだから俺がもらうのは当然だろ?」

 勇者専用の武器を、他の奴が使えるわけじゃないんだし、俺が持ってた方がいいに決まってる。

 それに、俺だけにそれを言うのは筋違いだ。

 俺は真宵後輩の首から下がる首飾りを指差す。

「お前だって『地杖ちじょう』持ってきてんじゃねぇかよ」

「……こ、これは私専用なんですから私が持ってて当然です」

「ほれ見ろ。第一に、あの皇女様が何も言ってなかったんだから大丈夫だって」

 今さら言ったって『天剣』も『地杖』もこっちに持ってきてしまったんだ。仕方がないし、持ってくるのは当然の権利だ。

 またこの二つが必要になったら、きっとあの皇女様は俺たちを喚びだしてくれるに違いない。

 だからこそ、俺たちが持ってる必要がある。

「あっちの話をしてたら、きりがないですね」

「話題が尽きなくていいじゃんか。楽しいし」

「ふふっ。かしぎ先輩らしいですね」

 口元を押さえて楽しそうに、真宵後輩は笑う。

 あっちの話をしてると、話題が尽きなくて楽しいな。

 冬道かしぎと藍霧真宵。異世界に召喚され、勇者として剣と杖をとった二人。

 そんな俺たち二人は今、召喚された目的を果たして、還ってきたんだ。

 勇者の証である『天剣』と『地杖』を持って、俺たちの世界に。

 もうあんなことには巻き込まれはしないだろうけど、その経験はちゃんと思い出に刻まれている。

 だから今日も、俺と真宵後輩は授業をサボって異世界について語り合う。






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