不幸中にしか幸せはないのか、依子の場合
もう何年になるだろうか、依子は結婚もせずに正社員として働きながら年々年老いていく母の面倒をみていた。母はすでに90歳を超え、依子も62歳になっていた。依子は還暦を迎えた2年前に会社に申し出て残業のない部署に変えてもらった。その分給料は少なくなり立場も低くなったが、母の世話のためにはしょうがなかった。平日は定時に会社を出てスーパーに寄ってささっと買い物をして母の元に帰るという生活をしている。母は自分で動けないこともないけれど、食事などは作ってやらないとできない。家に帰ってがっかりすることがある。それは朝早く起きて作っていった朝ごはんも昼ごはんもほとんど手がつけられていないことが最近は多くなったからだ。この歳なのだから食欲がないのはしょうがないが、時々「私の毎日の苦労は何なの!」と母に向かって言ってしまうこともある。言った後で必ず後悔するが、兄弟姉妹は皆結婚して遠くで暮らしているから誰にも愚痴をこぼせないでいる。
土曜日も平日と変わらない時間に起きて、母のために朝ごはんと昼ごはんを作る。でもいつもと違うのは食事の用意を済ませたらいつもより念入りにお化粧をして着る服にもこだわって出かける。
「お母さん出かけてくるね、夕方には帰るからちゃんとごはん食べてよ」
「どこにいくの?」
「友達に会ってくる」
自分でも愛想がない返答だなと思いながらも、弾んだ気持ちで部屋の鍵を締めた。友達というのは嘘だ。依子には安藤重夫という恋人がいる。土曜日は重夫と会う日なのだ。知り合ったのは2年前、還暦を祝いましょうという名目で高校の同窓会があり、その時に意気投合して皆でカラオケに行ったり飲みに行ったりしているうちに深い関係になってしまった。なってしまったというのには理由があって重夫には妻子がいた。この歳になって独身ということはないだろうと思っていた依子はそのことを聞いても驚きもしなかったが、「妻とは離婚して依子と一緒になる」という重夫の言葉を半信半疑で聞きながらどこか期待している自分がいることも認めていた。
いつものレストランで食事をした後、いつものホテルで抱き合う。いつもと同じ時間に別れてそれぞれの家に帰っていく。そんな逢瀬が2年も続いている。重夫は約束通り妻に離婚を切り出していたが、妻が出す条件と折り合いがつかず難航していた。依子は友達がいるにはいるが誰にも相談できないでいた。「いい歳をして不倫?しかも同級生と?」と、友達が発するであろう言葉が容易に想像できる。きっと自分もそういう相談を持ちかけられたら同じように言うだろう。依子自身が一番よくわかっていた狭い世界の中の気持ち悪い関係だと。それゆえ無言でただ待つしかなかった。
それから1ヶ月ほどたった頃、依子の母がお風呂に入っている時に体調が悪くなって動けなくなった。すぐに救急車を呼んで病院に行った。命に別状はなかったが、「この年齢になると元気そうに見えても油断はできません。目を離さないで下さい」と言われ、依子はつくづく「しんどいな...」と思った。しんどいと思いだすとその感情が頭から離れなれない。会社を休んで病院で看病が続いた。病院にいるときはまだいい。食事も出るし看護師さんや他のスタッフさんがいろいろお世話をしてくれる。依子は洗濯をするくらいしかすることがない。でも退院となったらそれをまた自分が全部しなきゃいけないと思うと憂鬱だった。
病院内のコインランドリーで洗濯物の出来上がりを待ちながら、「このまま私の人生終わってしまうのかな」と思うと目の前が暗くなった。その時にスマホが鳴った。重夫からだった。「あっ明日は土曜日か...」と思いながら電話に出た。
「依子、やっとだ。やっと離婚が成立した。これで俺たち一緒になれるぞ」
弾むような重夫の声に本当は飛び上がりたいくらい嬉しかったのだが、頭の片隅にある母のことが白いブラウスに付いたカレーのシミのように依子の心を不快にさせていた。
「私もね、母が施設に入ることを承諾してくれたの」
咄嗟に出た言葉だった。
依子は重夫に負けないくらいの弾んだ声で嘘をついた。
完




