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喜劇が足りない

作者: 霜惣吹翠

 アスチルベは現在、隣国ポリアンサに現れた魔王と対立していた。魔王は人を人とも思わない冷血残忍な王様らしい。世界中がこぞってポリアンサの奴隷制度や優生思想を糾弾している。特に周辺国の人を攫い、内臓を食べることが趣味なので、国民の憎悪の対象になっている。

 アスチルベ第一騎士長のルネッサ、僕のことだ。今日も今日とて歌声響く水晶廊下を切って向かい、歌が扉開けたままのところへ飛び込んだ。


 「らららら~♪ 恋を探して吟遊詩人さん~奥様よりリュート持ってって~♪」

 「オイオイ!」金髪の少年。

 「馬と駆け落ち~♪ あれ~どこに行くの~? 馬も王様と浮気~♪ 馬面吟遊詩人~♪」

 「ウマヅラ~!!」犬と一緒に。


 るんるんと歌って踊っているキラキラドレスの子がアスチルベの王女アリサ。そんでもってまたやってきたのか。金髪のガキが勇者だ。犬はアリス様のペットだ。こっちに気づいてやってきた。可愛い。


 「餌は無いぞ。姫、ちょっとよろしいですか」

 「王子も馬面吟遊詩人~♪」

 「姫!!」

 「はい。どうしたのかしら? そんなに怒って」

 「廊下だけでなく広間まで聞こえてます。もう少し歌を控えてください」

 「あら。ごめんなさい」

 「おい! 騎士野郎! 今良いところなんだ、どっか行きやがれ!」クソガキ。

 「それと勇者様。王がお呼びです。どうか高貴な剣を持ってさっさと向かった方がよろしいかと」

 「あー? もうちょっとアリサたんと一緒にいたかった」

 「ぶっ殺すぞ」

 「へへへ~じゃあね!」

 「もう来なくてもいいですよ~」姫君も勇者あんまり好きじゃない。


 この通り。姫はこの頃ずっと歌を歌って踊っている。護衛を任されている僕にとっては元気な姫を間近で見られるので大満足であるが、町の酒場まで無断で抜け出しては歌うのだから僕は最高だ(?)

 姫は!! 魔王のせいで落ち込む国民を憂いてっ!!! 励まそうとぉ~~~!(涙)


 「あ、あの。メリッサ。泣かないでくださる?」

 「申し訳ありません。ルネッサです。しかし姫の慈愛は悉く私をぉ~~~!」泣き。

 「えっと、ルネッサ。また絨毯がびしょ濡れになってしまいますわ。ところで今日はもう予定は無いのだわね?」

 「はい(スッ)。無いです」

 「では今日も酒場へ向かいましょう」

 「そうですね――いえ、王がそれも控えろと。町にも魔王の密偵などがいるかもしれません」

 「今更じゃん。大丈夫大丈夫! はーい、抜け出しちゃいまーす。ベネッセが見てない間に~」

 「(ルネッサです)」微笑み。


 僕の責務は姫の護衛。しかしどうして姫自らの愛情を憚ることができましょうか! 僕と姫は幼馴染、姫が正真正銘の愛情で歌うのは知り尽くしているっ!!


 「僕にできることはアリサ応援団長としてうちわと、布教用のレコードを持参することぐらい……急がねばっ!!」


――このときルネッサは知らなかった。彼の怠慢が国家の運命を大きく揺るがしてしまうことを……外、遠くから姫の部屋を覗いていた無精髭の男が一人。その荒んだ目が刃からの光で輝いた。彼はこう言った――やるなら今しかねえ――と。


 僕は鎧を脱ぎ捨て羽織とバンダナを。それと変装の丸メガネ。いかに応援団長であろうと、むしろ応援団長でもあるからこそアリサたんを守らねばならない。裏路地をスキップする彼女にバレないように尾行する。

 むっ?――影道から誰かが来る!(うちわを構える)


 「って。カイルか」応援副団長だ。

 「やぁ、ルネッサ。はわゆ~」

 「大丈夫だ」

 「固い固い」


 アスチルベは世界一の平和国家。低い犯罪率が証明している。だから騎士団も怠惰になりがちだ。どうせ何も起こらないから~と。ゆえにこそだろう。ゆえにこそ悪人が紛れやすい。こんな裏路地は。注意せねば。


――ドタバタ。ガッシャン。ゴロゴロ。アリサを見つめすぎて転んだ馬鹿二人。


 「オイラは巻き込まれたんダナ」

 「おい待て。アリサたんがいない!」

 「ありゃ?」


 馬鹿二人が慌てて通り過ぎた暗き道にアリサはいた。アリサだけでない。ガラの悪い盗賊二人と。


 「お嬢ちゃん。こんなところで一人じゃアブナイよねぇ~?」

 「そうですね! 私急いでますから!」キリッ。

 「ウオマブシッ!」

 「おい、しっかりしろ。俺たちだって急いでんのさ~。別嬪は高値で売れるからよ?」

 「えっ! どういうことですか!」

 「どういうことだってぇ~? 身体で教えてやるよぉ~」

 「おい! 商品に傷つける気か!」

 「すいやせん」


 今まさにアリサがピンチ。ルネッサとカイルは慌てふためきグルグル回って、混乱の挙句道を聞いて教えなかった浮浪者をボコそうとしていた。カイルが返り討ちにされた。


 「いい拳だ。こいつは嘘ついてねえ」

 「……?」

 「わざと殴られたんだよ! 騎士のオイラが浮浪者に倒されるわけないだろ」

 「!」ルネッサはカイルを殴った。

 「うえっ! なにすんだ?」

 「どっちだ?」

 「あ? ああっ! 騎士長もいい拳!」

 「よし、行こう!」


 ドタバタ二人組とアリサのピンチを同時に観察していた男がいた――無精髭の男である。その荒んだ目が刃からの光で輝いた。彼はこう言った――やるなら今しかねえ――と。

 男は屋根からアリサのほうを覗き込んだ。


 「やめて! 服が破れちゃうでしょ!」

 「破れるのは処○膜だぜ~(もぞもぞ)」

 「おい! 商品だぞ」

 「そうでした!」


 男は矢を番えた。クロスボウ。その狙いは百発百中――しかしアリサの下を通った子猫ちゃんに故郷の亡きペットの猫を思い出してしまった!

 びゅるるん!――クロスボウは偉そうな盗賊のほうの膝へ命中。彼にとってそこは急所だったので気絶した。下っ端がすぐ男に気づく。逃げだした!

 ぽん!――クロスボウは精確に下っ端の膝を撃ち抜いた。ここも下っ端の急所だったので(ry


 となればアリサも男へ気づいてしまう。姿を見られたのならもう殺すしかない。でも初めからそうだった。むしろ男は屋根から降りてアリサと面向かった――弦を引く。

 ぎゅん!――それはクロスボウの放たれた音ではない。


 「た、たすかった! あ、ありがとう!!」暗殺対象が男の手を握っていた。柔らかい手。美少女。


 こうなって男は逆に走馬灯を見ていた――あまりにも暗殺対象の、彼女の抱擁たる手が愛に満ちていたから。彼はそこに幼き頃に亡くなった母を重ねた。そこからの人生を辿ってしまった。極寒のポリアンサ。冷血な秘密警察。孤独な密偵活動――男は泣いていた。

 彼女はその涙を嘘のように綺麗なハンカチで拭いた。


 「私急いでますので! このご恩は忘れませんっから!」


 立ち尽くす男の後ろに二つの影が――ルネッサと腰抜けである。


 「すまないね。そこの人。可愛い少女見なかった?」

 「聞いているのか浮浪者。少女を探している」

 「浮浪者? お前にはそう見えるか。そうか」

 「おい、カイル」

 「わかった。殴られてくる(痛いから嫌なんだけど。はぁ。アットホームな職場だからなぁ)」


 カイルは男の顔を見た。泣いていたことに驚いた。薬でもやってんのかと。


 「ウソ発見器だから。オイラを、ほら、殴ってくれ」

 「お前を殴れと?」

 「ああ。早くしてくれ。オイラたち急いでんだ。あ、あとできれば優しめで――」


 ドカーン! 渾身のストレート。カイルは血を吹き出して倒れた。


 「彼女に握ってもらった手が汚れてしまうではないか! やるものか!!――ハッ! やってしまった……うわぁあああああああああああああああああ!!」


 男はどこかへ消え去ってしまった。さすが暗殺者、気配が全く無くなった。


 「知っていたな。ここは一方通路。男の向いていた方向からしてあっちにアリサたんがいるのか」

 「だ、団長……」酷い顔のカイル。ルネッサはその手を握った。

 「必要な犠牲だった」

 「そんなぁ」


 通路の先は大通り。向かいに酒場。カイルは無駄死にである。

 

 ルネッサは酒場へ走り込んだ。虹色の歓声と麗しい歌声が会場を支配していた。

 トコトコ。団員が彼を見つけた。


 「団長。遅かったねぇ。もうライブ始まっちゃってんぜ」

 「アリサたん。今日も美しい! よし、応援だ!」

 「団長。返り血ついてますけど」

 「問題ないっ! アリサたん、今日も美しい! 応援だっ!!(迫真)」


――これにてルネッサの体たらくはお終い。最高のライブ会場の背景の一部となり、最強のアイドルを演出する。いつもの堅物とは真逆のアリサオタク。


 ただ……あの男は違った。その荒んだ目が刃からの光で輝いた。彼はこう言った――やるなら今しかねえ――と。

 ギュゴン。涙ぐむ男が構えたのは――路地裏に落ちていたうちわ。あと羽織りも着ていた。


 「アリサたん。最高」


 密偵。会場の影、端で姫君の情報収集中。

 アリサが元気に歌い、ファンへ手を振る。初めての人へ笑顔を振りまく。


 「あっ! 今日も集まってくれてありがとうー!」


 密偵。会場の影、七転八倒。仕事への罪悪感よりも今の高揚があまりに嬉しいほど痛い。

 アリサが男を見つけた。

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