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青年期の海外留学

連作短編小説を試みました。

 第一話 青年期の海外留学

 俺はマンハッタンから東部に向かい、只管車を走らせている。この日は俺の通う大学付属の語学学校の授業が休みで、後部座席には芸術学部の日本人留学生が横たわっている。リアーヴュー・ミラーで後部座席の紗希の様子を窺う。彼女はすっかり疲れ果てたようだ。ミラーには紗希が素っ裸で左足をシートから垂らし、横たわる姿が映っている。紗希は黒々とした陰毛の生えた股をおっぴろげ、ぐったりと疲れ切った様子で眠っている。腹の上に載せた右手には俺が使ったスキンが力強く握られている。スキンから俺の放った白い精液が手や腹の上に溢れ出ている。目覚めた紗希はまたセックスを繰り返すのだろう。こっちはあんまりやり過ぎて、金玉が痛い程疲れている。態々アメリカまで来て、日本の女とやり捲くるのは本来の目的から逸れる。紗希は日本的な美形の顔をしたスタイルの良い女だ。

 紗希とは俺がアメリカに来て初めて買い物に出かけた時に偶然マーケットで出会った。俺は紗希からマーケットでの買い物の仕方を教わり、その帰りに彼女のアパートメントに招かれる。紗希は俺に手料理を御馳走する。食後はアニタ・ベイカーがスウィートな歌詞を女性低音でハートフルに歌うCDを流し、ソファーに隣り合って座る。俺が話題に困って体を強張らせて黙っていると、紗希が何も言わず俺の唇にキッスをする。紗希は体の向きを元に戻し、自分の手の爪を嚙みながら、黙って足下を見下ろす。俺は迷いなく紗希をソファーに押し倒す。それ以来、俺はこの女のセックス・フレンドの一人に加わる事になる。

 紗希とのセックスは紗希の絵画の制作の前後に集中する。毎回、その時期に紗希のアパートメントに呼ばれ、紗希が求めるままに異常な程の回数のセックスをこなす。紗希はそれを三日間徹底的に繰り返す。紗希はそのペースでセックスによる精力の発散をしないと、性的な心を排除した絵が描けない。或時、「試しにセックスの前に俺の絵を描いてみてくれないか?」と俺が頼むと、紗希は俺に素っ裸になるようにと注文する。紗希は自分も裸になり、自分の裸で俺の性欲をそそらせると、二時間ぶっ通しの物凄い集中力で大作を描き上げる。それは拡大した俺のチンコを南国の奇妙な形をした果物のように色彩豊かな芸術表現で描いたリアルな油絵である。

「すばらしく良い絵で、上手いとは思うんだけど、これじゃあ、誰がモデルなのか判らないよ」と俺が感想を言うと、「私には判るから良いの」と紗希は答える。「さあ!それじゃあ、思いっ切り私を感じさせてよね」と絵を描き終えた紗希は言うと、早速俺をベッドに誘い込み、思う存分俺にセックスを繰り返させる。俺にはあんな自分のチンコを拡大して描いた巨大な絵画を自分の部屋に飾って客に見せる趣味はない。流石に出来上がった絵を寮に持ち帰る事もなかった。

 紗希のセックス・フレンドはどいつも長続きしないようだ。それは別に意外な事ではない。紗希と付き合っていると、付き合っている相手が自分なのかチンコなのか段々と判らなくなる。何かその事に物凄くはっきりとした決着をつけたくなるのだ。

 俺は紗希の絵や紗希の部屋の空気感がとても好きだ。俺の言う紗希の部屋の空気感には紗希の部屋に満ちた紗希の匂いが含まれている。紗希の部屋の空気感は単なる紗希の香水や体臭の匂いばかりではない。紗希自身がコーディネイトした部屋の空間演出にも独特な生活の匂いが感じられ、そこに紗希と言うアーティストの個性が部屋中に満ちている。部屋は洋間で、紗希がそれを日本的な簡素な部屋作りにしている。芸術家の家だけあって、とても美しく趣味の良い部屋だ。

 俺は度々紗希の部屋で紗希の肖像写真を撮らせてもらっている。俺が細かくポーズや仕種を注文すると、紗希は意外な程品の良い美人女性となって、美しい写真のモデルを演じる。紗希は自分のアートワークから性欲を排除し、自分の目指す作品作りに集中する。俺は俺で紗希の肖像写真を撮る時には普段ベッドで体を重ねる時の紗希とは違う彼女を見ようとする。俺は何時しか肖像写真の中の紗希に恋をするようになる。

 人間は皆、何らかの役を演じ分ける事で多様な能力を発揮する。その役は何れも誰かの借り物や真似事である。紗希の肖像写真を熱心に撮り続けている時の俺も決して有りの儘の自分ではない。

 ハイウェイを走る車のウィンドシールドを突然大粒の雨が叩き付ける。たちまち前方が雨で見え難くなる。ワイパーを点けてもウィンドシールドの状態はほとんどびしょ濡れで、とても運転し辛い。俺は運転をしながら、ずっとセックスの後の体を洗い流す事を考えている。俺は車をハイウェイの脇に停め、服を脱いで裸になる。シャンプーとボディー・シャンプーと糸瓜タオルを持って車外に出ると、路面に胡坐を掻き、大雨のハイウェイの車の陰で体を洗い始める。

 シャンプーの白い泡が大雨に叩き付けられて広がる。車の中にあるザ・クランプスの『ソングス・ザ・ロード・トウト・アス』を大音量で流したい。とても楽しい気分だ。CDを大音量で車内から流すために、レンタルカーのドアーを開けっ放しにしたら、吹き込む雨で車内が水浸しになる。大音量の音楽で紗希が目を覚ましたら、また紗希とのセックスが始まる。紗希に求められるままに永遠とセックスを繰り返していたら、俺の精力が枯れ果ててしまうだろう。今は独り雨のシャワーで体を綺麗にしよう。穢れという言葉が最近よく浮かぶ。穢れという言葉の意味はよく知らない。何となくキリスト教的な印象のある言葉だ。アメリカにいる間にキリスト教文化に触れたい気持ちもある。ボディー・シャンプーを付けた糸瓜タオルで手早く体を擦って洗う。紗希がまた後で銜えるだろうこのチンコも、紗希のために良い匂いにしておいてやろう。金玉が疲れ切ってるな。あんまり金玉を疲れさせるのは、後々の事を考えれば、危険な事だろう。セックスや射精の異常な繰り返しが恐い。本当にこんな事を繰り返していて良いのだろうか。ずっと心の中の危険信号を感じている。

 あんまり長々と念入りに体を洗っていると、フルチン丸出しで警察に連行され兼ねない。ここはアメリカ。陣地を離れた異国でやりたい放題に生活していると、いつかは不意を突かれて刑務所にぶち込まれるだろう。紗希を起こさないように気を付けながら、また暫く車を走らせよう。

 俺は濡れた体で車内に戻る。念入りに濡れた体と座席をタオルで拭く。下着を新しいのに着替え、車を発進させる。

 アメリカの広大な国土のほとんどが車社会だ。巨大な都市の数はとても一つの国家とは思えない程多い。田舎に入り込んでも、ザ・ジョージア・サテライツがデビューしてくるような、ロックの気配を想像させる。日本の地方に行くのとは微妙に印象が異なる。アメリカにはロックの本場の土壌を観て回る楽しみがある。レイディオでも点けて、ハイウェイを走る気分を地元の音楽に演出してもらおうか。アメリカの六〇年代や七〇年代の音楽を聴きながら、ハイウェイを走ってみたい。ザ・ストゥージズの『ノー・ファン』か。良いね!リアーヴュー・ミラーに後部座席で寝ていた紗希がむっくりと起き上がる姿が映る。紗希が背後で眠たげに唸る声が聞こえる。

「起きたか!腹減ったろ?」

「うん・・・・、少し」と紗希が右掌で額を擦り、細い左腕をぐんにゃりと反らせて上げると、背筋を伸ばす。「またしよっか?」

「先ずは腹拵えが先だよ」

 この女の性欲は恐い。俺も俺だ。自分のセックスでどれだけの女を満足させられるかなんて、全然リアルじゃないぞ。大切なのは愛だ。セックスの虜になって馬鹿になる事ではない。俺にはどうやら、セックスに明け暮れる青春を然程魅力あるものに感じられないようだ。俺は自分が想っている以上にまともな頭を持っているようだ。

「セックスしようよ。気持ち良い事してれば空腹なんてぶっ飛ぶよ。ねっ?」と紗希は言って、運転席の背後から俺の首に両腕を回す。この女は全く『ドゥドゥッピドゥ』だな!

「ねえ、しようよお!」と紗希は運転席と助手席の間からヤラシイ笑顔を覗かせて言う。紗希は左手を伸ばし、俺の股座を弄る。モノが勝手に立ってきやがるんだよな!紗希が亀頭を掴んで刺激する。俺は急ブレイキをして、ハイウェイの端に車を停める。エンジンを切って、後部差席に飛び込み、紗希を抱く。

「ねえ!やっぱり先にしたいでしょ?」と紗希は言って、俺の背中に手を回す。紗希は俺の体を引き寄せながら、俺の首筋のあちらこちらにキッスをする。俺は下着を脱いで裸になると、紗希の細くて柔らかい両の太腿を腰の左右に抱え、猿のように腰を振る。

「あああ、頑張って頑張って!物凄く良いわよ!」と紗希が俺に明るい声で働きかける。

 この温かい性の玩具を抱く度に猿になる。気持ちの良い事は良い事だと思い込もうとする自分に必ず疑いの気持ちが入り込む。俺は不真面目で単純な男にはなれない。猿で結構!とは言い切れない小賢しさが潔くロック・スピリットにも順応させない。燦然と光り輝く太陽を見ていると、太陽の熱いど真ん中にチンコをぶち込みたくなる。そんなロック調に気取った詩を書こうものなら、心の片隅にはネイディブ・アメリカンのケツァルコアトルへの愛や日本の天照大神への無意識的な愛が脳裏を過ぎる。本能的な欲求を叶えてくれるものが眼前にあるなら、そいつのど真ん中にこいつをぶち込みたい。そんなロック調に気取った詩を書こうものなら、そこまで俺はチンコじゃないと、本当の自分を違うものに例える。この温かい性の玩具が出す色っぺえ肉声を聴いていると、全身が燃えるように熱くなる。そんなロック調に気取った詩を書こうものなら、俺には悪戯心との間にしっかりと理性的な観察眼がある。この温もりと、このいやらしい声と、この例えようもなく異様に柔らかな感触が人間の心の中に悪魔の心を目覚めさせる。そんなロック調に気取った詩を書こうものなら、性愛を悪魔的でない聖なる心で愛に向かわせたくなる。

 インドのカースト制度によると、前世の行いや心の性質により、予め実在する世界の何れかの階級に自動的に分類されるらしい。罪の意識とは本当に真実を言い当てているのか。俺はずっと良心で淫行の罪を意識してきた。何故夫婦の生殖や性交だけが道徳的に認められ、何故淫行だけを罪とするのか。それが本当に判らなければ、経験を通じて知る以外にはない。本当にそれを判らないと言えるのか。人間はもっとはっきりと良心で物事を判断していないか。その判断力を何故否定する理由があろうか。俺は悪魔と化して天国を捨てるつもりはない。自分の行き着くあの世として地獄に突き進むのが本願である筈もない。

 俺の上辺の夢は世界中のあらゆる人種の女とセックスする事だった。女を性の玩具にするには女心の同意がいる。紗希以前に出会った女にはもっと純粋に男を愛する心があった。女達は自分の愛と同じように純粋に俺の愛を求めた。女達は愛を獲得するためには進んで性の玩具にもなった。そういう女の純粋さに気付くと、自分が純粋な生き物を騙しているかのように感じられ、罪の意識に苦しんだ。女に溺れると、エクスタシーを最高の快感のように思い込む。一度女の体に魅了されると、考える事想う事の全てが性欲の捌け口を探す事ばかりになる。涼風や水泳や入浴だって気持ち良いんだぞ。

 女への愛は本当に全身を性感帯の塊にしてやる事なのか。女の頭など学問や政治には大した役割りは果たせない。そんな事よりやりたいだけ穴にモノをぶち込み、女の頭の中の理性を壊してやる方が良いだろう。女の実態は淫売から一番遠い。男の役割りは女が知り得る限りの性的な快楽を体に教え込む事ではない。女の恍惚とした顔を見ながら、穴の中を突いてやっていると、愛らしくて結婚の幸せまで叶えてやりたくなる。それが紗希に限っては少し違う。この女は本当に芸術を第一に考えて淫行に耽っている。この女はふざけた考えから淫行に耽る不道徳な役を演じている。この女は文学的な悪徳を楽しむ不良少女なのだ。俺は恐らくこの女の甘い蜜に群がる小さな蟻のような存在なのだろう。

 俺はセックスをし終え、バックシートで煙草を吸う。俺はこの悪い女との交わりを今日限りにしようと決意する。やった女を捨てる事ぐらい、男なら誰にでも出来る。寧ろ、この女と結婚しない無責任さにこそ俺の邪悪さが窺われる。

 俺はバックシートから運転席に移動し、車を走らせる。紗希も走行中に助手席に移動する。

「腹減ってないか?」

「何か軽く食べても良いわね」と紗希が窓外に見える黒人の男をみながら答える。

「イタリアンとか食い飽きたろ?中華でも食うか?」

「もう一寸何かない?」と紗希がうんざりしたように言う。

「メキシカンでもあればなあ。なけりゃハンバーガーだな」

「ハンバーガーで良いよ!」と紗希が意外な食べ物を求める。

「なら、その先に『バーガー・キング』の看板が見えるから、そこに入るか」

 セックスの後の腹拵えが更なるセックスの備えになるのは目に見えている。この旅行は紗希と愛し合う最後の機会だ。

 車をパーキングに入れ、店に入る。

「紗希、一寸レストルームに行ってくるから、チーズ・バーガー二つとポテトのLとミルクを注文しといてくれ」

「うん、判った」

 俺はレストルームに向かう。入口辺りにパンクスのような白人坊やが三人屯している。こっちに気付いて睨む男がいる。その男が他の二人に顔を振って合図する。俺は背の高い三人の男の間を通り抜ける。俺がレストルームに入ると、三人も後から入ってくる。大便の便所の中に二人の男がいたのを既に確認している。俺は小便をしようと便器の前に立つ。男が俺の背後から肩に手で触れ、「済まないが、ここの便所は今、俺達が使ってるから出て行ってくれないか」と言う。

「何の事だ?誰に向かってモノを言ってるのか判ってるのか?」と俺は言って、背後に振り返る。

「よう、黄色いの、怪我しねえように気を付けろよ」

 こいつらが俺に優っているのは身長だけのようだ。俺は威嚇的な空手の構えを見せ、ゆっくりと精神的な舞を見せる。黄色いのと俺の事を呼んだ男が素早く胸元からピストルを出す。俺は敏捷に男の懐に踏み込み、男の左の肋骨と腹に強烈なパンチを打ち込む。男の体が萎える瞬間に後ろの首の付け根に回し蹴りを入れる。男の青い眼の奥には死の闇が迫っている事だろう。男が前屈みになり、不安定な心で何とか立っている。俺はその男の顔面の鼻っ柱に素早く一回転して右の肘鉄を食らわせる。男は受け身も出来ずにパタリと背後に倒れる。俺は続いて残りのもう二人に向かって構える。男二人は俺に向かって手を上げ、そそくさとレストルームから出ていく。俺は背後を警戒しながら便器に向かって立つ。体が燃えるように熱い。相当に興奮している。

 用を足した俺は倒れた男の顔面を足で踏みつけ、洗面所で手を洗う。ハンカチーフで手を拭きながら、ドアーの外に出る。レストルームの前には先の男二人が立ち、手で道を譲るようなジェスチャーをする。

 店内を見回す。奥の隅の席の窓際に紗希が座り、こちらに向かって手を振っている。俺は紗希に近寄り、「おい、警察に捕まる前に逃げるぞ。食い物を全部袋に入れてもらえ」と言う。俺は先に店を出て、車の中で待機する。アメリカなんかで牢屋にぶち込まれるのは堪らない。そんな危険な刑務所じゃ夜もおちおち眠れない。アメリカはゲイも多い。釜なんか掘られたら、取り返しのつかない人生になるだろう。俺は煙草に火を点け、深く煙を肺に吸い込む。通報されてたら、そろそろ警察が来る。紗希を置いて逃げる訳にはいかない。あいつらが仲間を呼ぶ可能性もある。あいつ、死んだかな。相手を悪党だとか悪魔だと判断すると、ちょっとした諍いで殺そうとしてしまう。死刑は嫌だ。捕まったら謝れば良いか。人を殺した罪が謝って赦されるか。刑務所で異人種からリンチや虐めに遭うのも嫌だ。こっちの刑務所は煙草を吸えるのか。外人にナイス・ガイだと信じてもらうのは得意だ。刑務所にいる囚人達にナイス・ガイなんて性格が通用するのか。遅いなあ。紗希は一体何をしてるんだ。ああ、あいらが出てきた。両脇から二人の男がぐったりとした先の男の体を支えている。良かった。あいつは死んでなかった。警察もこれで追ってこない。紗希が出てきた。車で紗希に近づく。紗希が助手席のドアーを開けて車内に乗り込む。

「刑務所にぶち込まれて死刑になるところだったよ」

「さっきの三人でしょ!何かしたの?」と紗希が険しい顔付きで訊く。先は非暴力主義者であるようだ。

「俺が誰だか判ってないようだから、一寸懲らしめたんだよ。危うく殺すところだった。助かったよ。額に脂汗出てるな」

「神様に感謝しなさいよ」と紗希の口から神様と言う言葉を初めて訊く。

「えっ?神様?」

「はい!チーズ・バーガーよ!」と紗希が俺にチーズ・バーガーを手渡して言う。

「ああ、ありがとう」

「私もよく判んないけど、幸運に恵まれた時には必ず母がそういうのよ」と紗希が特別な思いで母親の事を伝える。

「何だ、信仰の人って訳ではないのか」

「あたしはあなたのおちんちんの信者なのよお!」と紗希が俺の股間を掴んでふざける。「まあ、女神様だと想って、穴の事はあたしに任せておいてね」

「お前、本当にセックスしか頭にないんだな」

「男に用があるとしたら、棒だけなの。あたしは基礎として絵を描くために生まれてきたの」と紗希が自分の人生を大胆に割り切る。

「飯は食わないのか?」

「詰まんない事言わないで!食べ物飲み物なんて空腹を満たしたり、喉の渇きを潤すための行為じゃないの」と紗希が説得力のない言葉を自信満々に言う。

「まあ、そうだな」

「食べたら、またしよ」と紗希がにやりと口許に笑みを浮かべて言う。

「うん。何か、あいつの金髪と尖った眼を見た途端に、少年の頃観たヒーロー漫画の主人公ような気持ちで奴を殺そうとしちまったよ」

「もう済んだ事はいいのよ」と紗希が面倒臭い事を頭から払い除けるように言う。

「済んだ事って何だ!こっちは死刑まで考えたんだぞ!」

「あたしに当たらないでよ!」と紗希が苛立ちを表わす。

「お前は本当にセックスの事しか頭にないんだな」

「あのねえ、あんまり亭主面して良い気にならないでくれる!」と紗希が愛の欠片もない心を曝け出す。

「お前、誰に向かってモノ言ってんだ?服脱げ!」

「あんた、何様!」と紗希が高慢な態度を示す。

「くだぐだ言ってんじゃねえよ!」と俺は言って、紗希の頬を引っ叩き、髪を掴んで股間を掴む。

「一寸!痛い!」と紗希が悲鳴を上げる。

「何でも経験だよ。お前はこういう仕方に向いてるかもしれないぞ」

「一寸止めてよ!こんなの酷いわよ!」と紗希がぽとりと眼から涙を落として言う。

「女はただ色っぺえ声だけ出してりゃ良いんだよ。ほらっ、自分で股開いて穴を広げろ」

「あたし、こういうのは嫌よ!」と紗希が暴力的な性愛を拒む。

「いつまでもお姫様気分でいるんじゃねえよ!」と怒鳴り付けて、紗希の頬を叩く。


 帰りの道はすんなりと空いている。紗希を家の前で降ろすと、夜の九時頃には寮に着く。もう紗希が俺を都合よくセックスに誘う事はないだろう。

 寮のガレージに車を止めると、隣の車の中でシーラというぽっちゃり型の可愛い黒人女性が本を読んでいる。シーラは真面目な子だ。寮の食堂で朝食を食べている時に、少し挨拶程度の会話を交わした事がある。シーラが車内からこちらに振り向く。シーラは俺の顔を確認すると、車の窓を開ける。俺も窓を開け、「やあ!」とシーラに声をかける。シーラは眼を輝かせ、明るい声で、「あたしの車で夜のドライヴは如何?」と俺をデートに誘う。シーラの顔の造形は美しい。

「いいね。今、そっちに行くよ」

「セクシーに腰を振ってこっちに来て!」とシーラが俺にセクシーな動作を催促する。

 何だかこんなに純粋に一人の女性に好かれる事が信じられない。こっちが恥ずかしくなってくる。俺はシーラの車のドアーを開け、助手席に座る。

「彼女とデートにでも行ってたの?」とシーラが興味津々に訊く。

「そうなんだけど、一寸酷い別れ方をしてきたんだ。もう彼女とは終わりだ。誰の本読んでるの?」

「ヘルマン・ヘッセの『ペーター・カーメンチント』よ。この本、高校生の時以来の二回目なの」とシーラが楽しげに話す。

「俺も読んだ事あるよ。枚数の少ない作品ながら、流れるような詩文で人生を語る作風に興味を惹かれたよ」

「あなたって、文学部の学生みたいに深く小説を読み込めるのね」とシーラがやたらと俺を誉める。

「自分でも日本語で小説を書くんだ」

「あたしも英語で小説書くのよ。あなた、夕食は食べた?」とシーラが話題を変える。

「いやあ、実はまだなんだ」

「寮の食堂の夕食時間はとっくに過ぎてるから、あたしはもう済ませたけれど、あなたの夕食の席に御一緒させて戴くわ」とシーラが男に尽くす女のスタイルを貫く。

「ああ、ありがとう。お腹ペコペコなんだ」

「それじゃあ、出発進行!」とシーラがはしゃいだような明るい声で言うと、車を走らせる。「恋人とは何で別れたの?」

「彼女は俺の事を単なるセックス・フレンドの一人としか思っていなかったんだ。そんな女と何度も愛し合うのは堪らないよ」

「そうね」とシーラが当然の事の如くに同意する。

「黒人女性って、日本人男性に興味ないの?」

「そんな事ないわよ。どうして?」とシーラが意外そうに理由を訊く。

「黒人女性と付き合ってる日本人の男を見た事がないんだ。黒人の男と日本人の女が付き合ったり、結婚したりする事はよくあるんだ」

「それは日本人の男の問題じゃないかしら。あなたはどう?」とシーラが俺への関心から話を逸らさない。

「ううん。一度寝てみたいとは思う」

「その後の結婚は?」とシーラが呆れたように訊く。

「ううん」

「やっぱり、そうだ!日本人の男は肌の白い女性を好むの?」とシーラが日本人男性の女性の好みを訊く。

「一般的にはそうだね。でも、日本人には地黒って言われる女性達がいて、俺は割りと好みなんだ」

「彼女達は黒人なの?」とシーラが珍しそうに訊く。

「いやっ、純黄色人種だよ」

「ううむ」とシーラが口籠もる。

「アジアの女性と結婚する日本人の男は結構沢山いるんだ」

「黒人の女と寝てみたいって、単なる好奇心?」とシーラが俺の心を探る。

「うん」

「済みませんけどね、私はそういうお試しでセックスをするようなタイプではないので、悪しからず!」とシーラは言って、少女のように舌を出す。

「それは残念だ」

「あなた、正直ね」とシーラが尚も俺との関係を大切にする。

「君、僕の事好き?」

「ああ、タイプではあるけれど、自制心が利かなくなりそうだから、それ以上は言い寄らないで欲しいの。あたしはちゃんと結婚してくれる男性としかセックスをするつもりはないの」とシーラが自分の気持ちを伝える。

「何だ!君、ヴァージンなのか!言っとくけどね、セックスっていうのは女の快楽だよ」

「ふううん。本当にそうなのかしら・・・・」とシーラが未知なる自分を探るように考え込む。

 アメリカの橙色の街灯の如何わしさはドラッグや娼婦のいる風景を想起させる。ここマンハッタンの夜も同じだ。シーラは俺を連れてバーに入る。店内には都会的なラップが大音量の物凄く良い音響で流れている。店内にいるのは体格の良い逞しい体付きをした黒人ばかりだ。その黒人達の誰もが俺を睨んでいる。正直なところ、ここは恐い。完全にシーラの存在が俺のパスポート代わりになっている。異人種の女と一緒にいる男は女の同族の男と民族意識が敵対してしまう。無事ここを出るまでは大人しくしていよう。こいつらを全部敵にしたなら、『北斗の拳』になってしまう。俺は時々心が漫画になる。こう言う場所では顔つきを緩めるのも危険だ。

 シーラがカウンター席に座る。俺は空いている左隣の席に腰かける。

「あなた、何飲む?」とシーラが俺の注文を訊く。

「君と同じのを」

「ハイネケンよ。良いの?」とシーラが楽しげに言う。

「ああ、それで良い」

「随分と緊張してるわね」とシーラが明るい顔で俺の様子を窺う。

「ここは俺には危険過ぎるよ」

「どうして?大丈夫よ。ここはあたしの顔が利いてるわ」

「判断に微妙な誤差がないか?俺は黒人じゃない」と俺はこの場を警戒する。

「出たいの?」とシーラが心配そうに訊く。

「出来たらね。俺は空手の有段者だが、正直敵の数に戸惑うよ」

「ごめんなさい!直ぐに別の店に行くから、出ましょ!」とシーラが俺の手を引いて、急ぎ足で店を出る。

 シーラの車に乗り込み、路上に溢れた黒人達の様子をリアーヴュー・ミラーで確認する。日本人である俺に敵意の眼が集まっている。

「シーラ、海に行こう!温かい浜辺で気持ちの良い事しよう!」

「そういう悪い事はダメよ」とシーラが生真面目に俺の誘いを拒む。

「結婚したら、悪い事をするのかい?君の体の何処が悪い事を夢見てるの?」

「もう言わないで」とシーラが恥ずかしげに唇を震わせて言う。

「もっとアソコで感じ、求めている気持ちに正直になりなよ」

「優しくしてくれる?」とシーラがセックスに興味を示す。

「君が体で望む事を全部叶えてあげるよ」

 シーラは手早く車をハンバーガー・ショップの駐車場に停車させる。シーラはこちらを向き、「キッスして」と言うと、シートベルトを外す。俺はシーラを抱きかかえ、助手席の俺の膝の上に跨らせる。俺はシーラの背後からシーラの首筋に唇を這わす。俺はシーラの強いライムの香りに刺激される。シーラのクリトリスを指先で弄り回す。シーラが気が触れたように艶かしい声を上げる。俺はシーラの肩の上からシーラの胸を見下ろし、シーラの豊満な胸を揉む。シーラの両脚をダッシュボードの上に載せ、シーラの脚を広げて太腿や尻を揉む。アメリカに来て初めて白人の女が好き、黒人の女が好きだという表現が正確でない事に気づいた。白人でも黒人でも容姿の美醜は人それぞれなのだ。シーラの体を性の玩具のように扱うのは楽しい。シーラにはレディーらしく良いセックスだけを経験させて、とことん遣り捲くりたい。真心を籠めて大切にすれば、女は必ず男の優しさを感じ取ってくれる。

 良い声だ。シーラの顔立ちはモデルのように美しい。シーラの長い睫毛や白目の美しさに見蕩れる。

「自分の好きなように腰を動かしてごらん」と優しくシーラの耳元に囁く。「恥ずかしがらないで」

 豊満な上向きの胸と突き出した乳首がとても美しい。お尻の形などは芸術品と称すべき完璧な均整が取れている。

「男は中で強く締めつけられると気持ちが良いんだ。そうそう。痛いなら無理するなよ」

「大丈夫。気持ちが良いの」

 女の役に立つモノの存在を誇らしく思う。俺はゆっくりとシーラの体を股間の上にバウンドさせる。シーラはあそこで感じる気持ち良さに艶かしい喜びの声を上げる。シーラがきつく俺のモノを締め付け、こっちの方も気持ち良くなる。シーラのクリトリスをギターのリフを弾くように摩ると、シーラのおしっこが噴き出す。俺は更にシーラのクリトリスを摩る。

「ああ、良いわ!良いわ!」とシーラが気の遠くなるような気持ちの良さに喜びの声を上げる。俺はシーラの豊満な胸を背後から揉み扱く。シーラの両脚を広げ、前立つ者がいたら、オマンコ丸出しになるようにして、シーラの穴の中にモノを突き上げる。

「ああ、気持ち良い!」とシーラが俺のセックスの良さに呼応する。

 俺はゆっくりと根気良くモノを突き上げる。シーラの初めてのセックスが思い出深くなるように、とにかく体に優しく気遣う。シーラが激しいセックスを望むかどうかをよく見定める。シーラはこのゆっくりと子宮を突き上げられる気持ちに十分に満足している。俺は荒々しいだけの若者的なセックスの仕方には飽き飽きしている。

「シーラ、自分で俺の股の上に弾んでごらん」

 シーラは俺に大股開きにされた脚を俺の手から解いて、俺の股間の上で弾む。シーラの腰の動きはとてもエレガントなスピードで繰り返される。俺はシーラの左の乳首を摘み、シーラのアナルに右手の中指を第一関節まで入れる。

「ああ、そんなところに指入れたら嫌よ」とシーラが俺の行為の一部を拒む。俺はシーラのアナルに入れた指を細かく出し入れする。

「レズヴィアンのセックスはこんな遊びだろうな」

「あたし、そう言う趣味はないの」とシーラが苛立ったように言うので、俺の股間の上でバウンドするシーラの腰を両手で掴み、「君の好きなように」と言って、シーラの腰の動きを手助けする。俺もモノが限界まで勃起し、もう少しでイキそうになっている。シーラは何回イッたのだろう。俺がシーラのクリトリスを指で摘むと、「ああ!」とシーラが弱点を突かれたような短い声を上げる。俺はクリトリスを指で摘みながら、くりくりと捏ね繰り回す。

「ああ、それはダメよ。おかしくなっちゃう」とシーラが甘い声で言う。

「理性の向こうにトリップしてごらん」と俺は言って、シーラのクリトリスを指先で弄り捲る。クリトリスを弄り回されるシーラの腰の動きがゆっくりになる。

「ああ、もうそろそろイクよ」

「中で出しちゃダメよ」とシーラが心配そうに言う。

「判った」と俺は言い、シーラの股を左の太腿に移動させて、モノを破裂させる。シーラは運転席にぐったりと座り、乱れた呼吸を繰り返す。

「良いセックスだったよ」

「あなたも良かったわ」とシーラが瞼を閉じたまま、息を漏らすような声で言う。

 俺も息を荒げ、気持ちが落ち着くまで黙っている。シーラの呼吸が段々と整ってくるのが判る。

「天真、お酒飲みにいきましょうよ」とシーラが車内でブラジャーを嵌めながら言う。

「酒はあんまり好きじゃないんだ」

「酔えば天国じゃない」

「熱くて、胸苦しくなるだけなんだ。酒なんてセックスに有りつくための謀だよ」

「酔わない人なのね」

「酒を飲んで羽目を外すのも好きじゃない。クールでいるのが好きなのさ。まあ、少しなら付き合うよ」

「あたし、冷たいビールを無性に飲みたいの」

「俺はコーラの方が良い。ウィスキー・コークでも飲むか」

「酔っ払ってごらんなさいよ。酔うまで飲むのがお酒の楽しみ方よ」

「酔うまで飲む!何だか自堕落な遊びだね」

「眠くなるのを必死で堪えて飲み続けるのよ」

「セックスは良かったかい?」

「素晴らしかったわ」

「どの男もあんな抱き方をする訳じゃないんだぜ」

「お酒止めて、あたしの部屋に来る?」

「またしたいのかい?」

「いやっ!そんな事訊かないで!」とシーラは耳を隠し、首を竦めて言う。

「セックスをしたいと思うのは悪い事じゃないよ」

「でも、本来、結婚した人とする事でしょ?」

「アメリカでは君みたいな真面目な子は珍しいんだろ?」

「アメリカにも真面目な子はいるわ。男性にもいるのよ。東京に行ってみたいな」

「日本人と結婚する事に抵抗感はないの?」

「あんまり考えた事ないわ」

 シーラがエンジンをかける。

「バーはダメね。あたしが行き辛いバーも多いの。黒人はこの国に黒人の文化を根づかせたけれど、あたしの行くところは日本人であるあなたには確かに危険かもしれない」

「君の部屋に行くなら、マーケットに寄ってくれないか?」

「良いわ」とシーラは言って、車を走らせる。

「君のためにお好み焼きを作ってあげるよ。ソースは日本から持ってきてるから、小麦粉と長ネギと豚肉を買えば良いんだ。日本食が口に合うようなら、色々と食べさせてあげられるよ」

「あたし、食べる事は大好きなの!」

 シーラがレイディオも点けずに夜のマンハッタンを車で走る。音楽のない静かな車内には独特な宇宙観がある。

「いつもこんな静かな車内で運転するの?」

「宇宙船に乗っているような感じがしない?」

「ああ、するよ。意外と良いもんだな。でも、俺は車に乗るときは音楽をかけるな」

「レイディオで良いなら、点けても良いわよ」

 俺はレイディオを点ける。昔のソウルが流れ出る。俺はチャンネルを変え、トム・ウェイツの曲がかかるチャンネルを選ぶ。

「黒人はトム・ウェイツの音楽を認める?」

「面白いけど、CDまで買おうとは思わないわ。あたしは別に異人種を差別してる訳じゃないの」

「大概の黒人は黒人音楽を聴くんだろうけど、俺は白人の音楽の方が好きなんだ」

 シーラが何か呟く。何て言ったんだろう。シーラがマーケットの駐車場に車を停める。シーラはドアーを開け、車外に出る。俺もドアーを開け、車外に出る。何で日本人は白人やユダヤ人の文化に親しむんだろう。日本人独特の白人意識なのか。マーケットの入口でカートを取り、マーケットに入る。白玉団子辺りも食べさせてやりたいな。先ずはお好み焼きか。

「何を作ってくれるって?」

「お好み焼きだよ」

「美味しいの?」

「美味しいよ。日本のファースト・フードでもある」

「ふううん。興味あるわ」

「飲み物はビール?」

「何が合うのかしら?」

「ビールだよ。本当は食事には水が一番合うんだけどね。日本はレストランに入ると、徒で美味しい冷水が出てくるんだ。日本は水の国って呼ばれてるんだよ。夏に掻く汗がベタつくのが日本の気候の良くないところだな。小麦粉に、生卵に、マヨネーズに、キャベツ、だな。本当は小エビやイカや鰹節を入れると美味しいんだ。あっ!鰹節が置いてある!」

「小エビやイカもあるわよ」

「ああ、なら、完璧なのが作れるよ」

 買い物を終え、寮に帰ると、部屋からソースを持ってきて、シーラの部屋に行く。俺は早速、お好み焼きを作る。

「日本ではホット・プレイトで焼くような楽しい家庭料理なんだ」

「あたし、母子家庭で育ったから、家庭の温もりとかよく知らないの」

「俺には有り余る愛がある。その愛を全部シーラに費やしたい」

「嬉しいわ」

「フライパンとサラダ油とホット・ケイキ用の皿を出してくれないか?」

 お好み焼きを二枚焼き、先に焼いて冷めてる方を俺が後で食べる事にする。シーラのお好み焼きに鰹節とソースとマヨネイズをかけてやる。俺は合掌して、「いただきまあす」と日本語で言う。

「何て言ったの?」

「イタダキマス」

 シーラも合掌し、「イタダキマス」と日本語で言ってから食べる。可愛い子だ。結婚しようかな。

「美味しい!」とシーラが言う。

「そうだろう?」

「作り方は天真が作るのを見てて判ったの」とシーラが料理の才を打ち明ける。

「勘が良いな」

 夕食を食べ終えると、シーラの部屋の居間でMTVを観る。

「何で白人音楽が好きなの?」とシーラが顔を顰めて訊く。

「俺は黒人音楽より白人音楽の方が好きだよ」

「あなた、有色人種なのよ?」とシーラが音楽の好みに人種の違いを主張する。

「日本人は精神的には白人種なんだ。俺達はコンプレックスのない人種を第一級の人種として認める。残念ながら、俺はクオーターの日本人だけどね」

「純日本人に憧れるのね」とシーラが理解を示す。

「近頃は日本もハーフやクウォーターの人気が出てきたよ」

「黒人もそうよ」とシーラが黒人の好みを打ち明ける。

「で、何で黒人は黒人音楽ばかり聴くんだい?」

「自分達に黒人文化があるからよ」とシーラが当たり前のように言う。「天真は日本の音楽を聴くの?」

「聴くよ」

「リュウイチ・サカモトぐらいなら私も知ってる」とシーラが自分の知っている日本の音楽家の名前を言う。

「キュウ・サカモトも知ってるだろ?」

「ああ、彼も日本人ね。彼も素晴らしいわ」とシーラが意外と日本人の音楽家を知っている事に気付く。

「俺はアメリカン・ロックよりブリティッシュ・ロックの方が好きでね」

「アメリカにはそんな有色人種はもっといないわ」とシーラが寂しそうな眼で言う。

「日本でも珍しいよ。日本には洋楽ファン自体それ程多くはいないんだ。知っているかい?ラウドネスとか矢沢永吉もアメリカでデビューしてる」

「日本人って、アメリカに原爆落とされた事をどう思ってるの?」とシーラが戦争の話に触れる。

「俺は日本が悪い事をした罰だと思ってる」

「あなた、本当に日本人?あたし、あなたには何も批難出来ないわ。まさか日本人であるあなたがそう答えるとは思わなかった」とシーラが俺の戦争責任に驚く。

 シーラが黙って俺の眼を見つめる。俺もシーラの眼を見つめる。チョコレイト色の綺麗な肌だ。眼も素晴らしく大きく輝いている。堂々たる美が顔全体に表われている。白人と黒人の仲違いで白人側に付くような有色人種は黄色人種ぐらいのものだろう。黄色人種のアメリカでの生活では黄色人種との出会いは無条件の仲間が出来たと見做す。俺の世代の留学生で黒人音楽に傾倒する日本人がいたとしたら、その人は相当な黒人音楽の専門家になるだろう。今のところ、そう言う日本人留学生には出会っていない。

「デイヴィッド・ボウイがMTVにゲスト出演した時に、何でMTVは黒人音楽を流さないのかって質問したのを知ってる?」とシーラが楽しげに訊く。

「知らない」

「別に私も無理にあなたに黒人音楽を好きになれって言ってる訳じゃないの。文学や芸術に人種の壁はないわ」とシーラが自由なる精神を曝け出す。

「黒人社会は黄色人種の俺を受け入れるのか?」

「受け入れられなかった経験があるの?」とシーラが俺を怪しむような眼で訊く。

「日本人だってだけで嫌われた事がある」

「第二次世界大戦中の敵だからよ」とシーラが説明する。

「俺達は命を懸けて平和主義を唱導しているんだよ」

「日本の著名人を尊敬している黒人は多いわ」とシーラが日本人に対する友好的な態度を貫く。

「日本人は白人と黒人の対立とは関係ないんだ」

「どうやらあなたはそれを私に言いたいのね。『イージー・ライダー』を観た?」とシーラが視点を逸らすような質問をする。

「観たよ」

「あなたが観るべきアメリカ映画は『ミシシッピー・バーニング』よ?」とシーラが真剣な顔で言う。

「それも観たよ。じゃあ、シーラは戦中の日系アメリカ人の収容所のTV番組を観たか?」

「観たわよ。今、あたし達が言った映画やTV番組の問題は全部白人がやったのよ?そこをはっきりさせたら?」

 嫌な現実だ。アメリカの人種差別問題には胸が詰まるような思いがする。

「あなたはかなりぼうっとしてわよ」とシーラが率直に意見する。

「お好み焼きは美味かったのか?」

「美味しかったわ。また何か日本の料理を作ってね」とシーラが日本食を気に入る。

「うん。良いよ」

「料理が上手な旦那さんって良いわね」とシーラがうっとりしたような眼で俺を見て言う。

「料理が美味い旦那が家族サーヴィスをするかどうかは別問題だよ」

「きっとするわよ。美味しいって言ってもらう事が大好きな筈だもの」とシーラが楽観的に結婚生活を捉えている。

「お前は料理出来るのか?」

「パスタ料理やケーキなら作れるわ」とシーラが笑顔で言う。

「今度は日本のカリー・アンド・ライスを作ってやるよ」

「日本人がカリーを食べるの?」とシーラが意外そうに訊く。

「日本のカリーはインド・カリーとは全くテイストが違うんだ」

「へええ、食べてみたい」とシーラが食べ物への好奇心を示す。

「そろそろ部屋に帰るかな。眠くなってきたよ。それじゃ、お休み!」

「お休みなさい」


 地下鉄の中だったか、高層ビルの展望台だったか、記憶が定かでない。俺は或聖人と話す機会を得た。かなり妙な表現かもしれない。夢にしては言葉や緊張感が非常にリアルだ。どう言う経路で出会ったのか。誰かの紹介だったのか。いやあ、違う。夜空の星々を見上げながら話していたように思う。何かの偶然のように前後の脈略もなく居合わし、その人が神様である事を信じられたのだ。インドやアラブの民族服を着た人だった。

「若い人には自分の進むべく道と、広げていくべき自分の世界と、何かを為しては上っていくべき段階がありますね」と聖人が言う。

「はい」

「あなたは世界中の女性とセックスをしたいと強く望みました。その想いはまだ輝いていますか?若い人には大いなる野望の魅力に惹かれ、少々向こう見ずな目標に向かってそれを実現させる浅はかさがあります」と聖人が夜空の美しさに見蕩れて言う。

「はい」

「あなたは金玉が痛くなる程セックスをしたと言いました。それでもまだ世界中の女性とセックスをしたいという夢に十分な魅力がありますか?」と聖人が俺の心の奥にすうーっと入り込むように言う。

「ううん」

「人生の時間は限られています。くだらないと判断したなら、潔く終わらせて、さっさと更なる上のステージに上がりなさい」と聖人が俺に教えを説く。

「はい。僕はもっと多くの人達の人生を知り、多くの人達の経験の言葉に触れたいです」

「うん。アメリカにも色んな人間がいますよ。しかしですね、世界は常にエイジアに学ぶんです。あなたはエイジアンでありながら、西洋から世界を学んでいく手順を選び、その道筋を辿ってアメリカに来ました」と聖人が英知を発揮して俺の人生を語る。

「はい」

「良いですか、東洋の英知があなたの人生に入ってくる時があなたの人生の大きな転換期になります。それをよく憶えておきなさい」と聖人が俺に人生の転換期のヒントを告げる。

「はい。やっぱり、お釈迦様かな・・・・。僕は子供の頃から一休さんのアニメイションを観て、何れ自分も出家するんだと信じたり、レインボーマンの歌を聴いて、インドで修行する事を夢見てきました」

「人生は修行です。この国では男女の問題を解決したり、大きな人間の輪を築くために神の愛に答えを求める人達が大勢います。それはイエス・キリストの教えです。イエス様もまたエイジアの人として生まれた方です」

「イエス・キリストは西洋人じゃないんですか?」

「いいえ、あの方も東洋の賢者のお一人ですよ」

「へええ、そうなんだ!」

「あなたは神を知るのに多くの書を読む必要はありません。あなたがアメリカに学ぼうとするならば、先ずは聖書を読みなさい。聖書があなたに人生の全てを教えてくれるでしょう」

 俺は神様とそんな話をした。いいや、話の始めや後にまだ何か話していた。それは私の脳や無意識の心に外部から植え付けるような尊い英知の言葉だった。ここから俺のアメリカ滞在期の傾向が暴力やセックスから離れていく。

 イスラエル、ジューウィッシュ、ハム・セム系三大宗教、一神教、インド、ヒンドゥー、イスラム、アーリア人、完全なる言語/サンスクリット、クリシュナ、ラーマ、アラー、菜食主義、ガンジス川、ヒマラヤ、ラマクリシュナ・パラマハンサ、スワミ・ヴィヴェーカーナンダ、パラマハンサ・ヨガナンダ、エドガー・ケイシー。これらは私がアメリカで揃えたこれからのキー・ワードである。


 俺は自動車を運転しなから、レッド・ゼッペリンの『天国への階段』からエリック・クラプトンの『ティヤーズ・イン・へヴン』に展開する自作のオムニバス・テイプを聴いている。

 最高の自伝に結実する人生を生きようと企画人生に全力を傾ける。心に落ち着きがなく、辛抱が足りないため、一に行動、二に行動と、動きのある人生が良いと思う。

 上を見れば一流が揃い、下を見れば不満の塊が愚痴を零している。

 日曜日の午前十時、シーラにカレー・ライスを御馳走するために、寮のシーラの部屋に行く。

「ええ!何々?また料理をしに来たの?」とシーラが嬉しそうな声で俺を迎える。

「日本風のカリー・アンド・ライスを作ってやるって約束してただろ?」

「ああ、そうだったわね。長い時間かかるの?」とシーラが忙しそうに訊く。

「もうスピードで作って、三十分かな。ライスはレトルトを使う」

「今日、CDショップにCD買いに行こうと思ってるの。カリー食べたら、一緒に行かない?」とシーラが買い物に俺を誘う。

「良いよ。俺も新しいCD買いたいんだ」

「またどうせ白人の音楽聴くんでしょ?」とシーラが蔑むような眼で言う。

「多分ね」

「まあ、黒人音楽の良いアーティストはあたしが教えるわ」とシーラが黒人然たる自信に満ちた態度で言う。

「要はジャネット・ジャクソンやホイットニー・ヒューストンよりシャーデーやエンヤが好きなんだよ」

「それは単に好みの問題よ」とシーラが俺の盲点を指摘する。

「差別じゃないだろ?」

「差別だなんて一度も言ってないわ。あたしもシニード・オコナーやスザンヌ・ヴェガは好きよ」とシーラが意外な好みを打ち明ける。

「ああ、良いね。でも、CDは買わないんだろ?」

「買わない。CD買う程好きじゃないの。別に差別してる訳じゃないわよ。でも、差別主義者じゃない証拠に白人アーティストのCDを買おうとも思わない」とシーラが自分の自然体を肯定する。

「黒人の自然な選択だな」

「単純に自分のお金で自分の欲しいCDを自由に買いたいだけよ」

 俎板を盥の上に置き、包丁を出して、野菜の皮剥きをし、ばら肉を切る。皮剥きした野菜と肉を軽く炒め、レトルトのライス二袋を電子レンジで温める。その次は鍋に水を入れ、コンロの上に置くと、火で鍋の中の水を温める。

 鍋の湯が暖まると、皮剥きした野菜と牛肉を鍋に入れ、カレー粉を入れて、湯の中で溶かす。十分程カリーのルーを煮込み、電子レンジからライスのレトルトを出して皿に入れ、カリーのルーをかけて、食卓に運ぶ。福神漬けとらっきょうがないけれど、シーラには何となく日本のカリー・アンド・ライスの味を体験してもらえれば良いと思っている。

「いただきまあす!」と俺が合掌して言うと、シーラも日本語で「イタダキマアス」と合掌して言う。

「さあ、食べよう!」

「食べよう。食べよう。良い香りね。食欲そそられるわ」とシーラが嬉しそうに言う。

「そうだろ。舌、火傷しないようにな」

「うん。気を付ける。ありがとう」とシーラが疑いなき純粋な心で言う。

「日本ではカリー・アンド・ライスは週に一回食べる家もある」

「へええ、アメリカで言うところのハンバーガーみたいね」とシーラがアメリカのファースト・フードに例える。

「確かに日本ではハンバーガーと同じくらい庶民的な食べ物だが、ハンバーガーよりうんと豪華な食事とされているんだよ。スペアリブやBBQ並みの御馳走でもあるんだ」

「へええ、それは随分と贅沢な食生活ね」とシーラが不貞腐れたように言う。

「日本の食生活はレヴェルが高いよ。メニューも豊富にある。その裡、世界中の食べ物が日本人の食生活に親しまれるようになるだろう」

「日本人は食べる事に貪欲ね」とシーラが自分の印象をありのままに言う。

「食べ物を粗末にしない民族でもあるんだ」

「へええ。あたし、日本の食べ物が自分に合ってるわ。何か、辛いけど、美味しいわね」とシーラが大雑把な味しか知らないアメリカンの舌でカリー・アンド・ライスの感想を言う。

「そうか。それは良かった。CDは何を買うんだい?」

「ジャズ・ヴォーカルのアルバムを買いたいの」とシーラが意外なジャンルの好みを打ち明ける。

「ジャズは黒人音楽の中でも特に良いな」

「ジャズは今も新しいのよ。終わった音楽じゃないの」とシーラが黒人ならではの音楽認識を語る。

「一回や二回聴いたぐらいでは口ずさめる音楽ではないな」

「インストメンタルは口ずさめないけれど、ジャズ・ヴォーカルは口ずさめるわ」とシーラがジャズの話に触れる。

「ジャズ・ヴォーカルの名フレーズのインパクトは強いよな」

「あたしは新しいジャズを好んで聴くの」とシーラが意外な情報を打ち明ける。

「ラップやヒップホップが詰まらない。黒人が珍しく怒ってる音楽だよ」

「ああ、確かにそうね。ラップやヒップホップは若い人達の現実をそのまま表わしている音楽でもあるの。あたしもラップやヒップホップもエキサイティングな音楽として普通に聴くの」

「なら、俺は黒人音楽の独走態勢に追い着いてないのかな」

「何で白人の音楽が好きなんだろう」とシーラが俺の好みを疑問に思う。

「何でって、良いから良いとしか言い様がないよ」

「それって、好みの問題なのね」とシーラが白人音楽の優位を決して認めない。

「完全に好みの問題だよ」

「日本人って、皆、白人音楽が好きなの?」とシーラが日本人全体の音楽の好みを訊く。

「日本人は外国の音楽を聴かない人が多いよ。一部の洋楽ファンがこうして海外留学までするんだよ」

「あなたって、音楽的なマイノリティーなのね」とシーラが漸く俺の事を理解する。

「まあ、そうだよ」

「自分の頭の中の音楽はどんな感じ?」とシーラが不思議な質問をする。

「俺の頭の中の音楽にオリジナリティーはないな」

「あたしもそう」とシーラが自分の音楽性を打ち明ける。

「でも、音楽家になる事を諦めている訳じゃない」

「あたしは音楽家にはならないわ。あたしは文学の方に進むの」

「俺とシーラは文学を目指してるところが共通してるんだな」

「好きな作家は誰?」とシーラが率直に質問する。

「リュウ・ムラカミとか、ヤスナリ・カワバタかな」

「日本の作家?ああ、カワバタは知ってる。カワバタの文学は美しいわね」とシーラがアメリカンにしては珍しく川端文学を理解する感性を示す。

「リュウ・ムラカミが良いよ。アメリカのビートニクに影響を受けた作家なんだ」

「ビートニクに注目するのはアメリカでは珍しい事じゃないの」とシーラがアメリカ文学を語る。

「日本人の多くは日本の小説しか読まないよ。教養を意識するような大学生がトルストイやドストエフスキーを読むぐらいかな。コアなSF好きが日本にも少数いるけれど、今の日本はアメリカ文学の時代だと思う」

「SF好きもアメリカでは珍しくないの。アメリカで本を読む人種は大概SFを好むわ。SFは女性には不評よ」とシーラがアメリカンの読書の傾向を語る。

「日本ではフィリップ・K・ディックとか、レイ・ブラッドベリ辺りが人気があるよ。ジュール・ヴェルヌやH・G・ウェルズもよく読まれる」

「時代なのね、その辺って」とシーラが白けた顔で言う。

「俺はSFは描けないな」

「あたしも書けないけど、書きたいとも思わない」とシーラが自分の関心をはっきりと示す。「あたしはフランス文学やドイツ文学をよく読むわ」

「中国文学って読む?」

「あたしには中国文学って、全く未知の領域よ」とシーラが自分の世界文学的な盲点を打ち明ける。

「中国文学は英語で読むのが一番適してるかもしれないよ。中国文学は日本語で読むと読み辛いんだよ」

「コリアン文学って、どんな感じ?」とシーラが奇妙な視点でアジア文学の質問をする。

「知らないな。全く知らない。日本の隣国だけど、日本人は韓国の歴史や文化は全く知らないんだ」

「あたしも知らない。朝鮮戦争の事を少し知ってるぐらい」とシーラが世界から孤立する韓国の歴史や文化に触れる。

「こっちに来るとコリアンやチャイニーズは無条件で仲間だよ。日本にいると余り付き合わないけどね。コリアンとかターキッシュって、最初何人の事を意味するのか判らなかったよ。タイワニーズって知ってる?」

「アメリカ人もその辺はよく知らないわ。文化が知られていない国の民族には親しみを感じないの。日本人と付き合う黒人って言うのも余り聴いた事ないわ。あたしが好奇心旺盛なんだと思う」とシーラが自分の特異性を主張する。

「日本人で黒人のブルースを聴くような人は余りいないよ」

「白人がよく黒人のブルースマンをリスペクトするけど、ブルース自体あたし達黒人にとってはお祖父さんやお祖母さんの世代が聴いてた音楽なの」とシーラが白人種の興味関心をピンボケのように言う。

「こっちにいる黒人の学生がブルースとソウルは同じだって言ってたよ」

「同じよ」とシーラが当然のように言う。

「日本ではブルースとソウルは全く違うジャンルの音楽として受け止められているんだ」

「何でだろう・・・・」とシーラが俺の奇妙な発言に混乱を示す。

「例えば、BB・キングと言ったら、ソウルマンでなく、ブルースマンだろ?」

「ああ、なるほど。確かにブルースとソウルには区別らしきものがあるわね」とシーラが寛容な態度を示す。

「例えば、アレサ・フランクリンと言ったら、ブルース・シンガーでなく、ソウル・シンガーだろ?」

「ブルース・シンガーとも称するわ」とシーラが俺の知識の不完全さを指摘する。

「えっと、それは正確なのかな・・・・」

「先ず知っておくべき事は、黒人音楽はどれもブルースを基礎に発展してきた事よ」とシーラが黒人音楽のルーツを語る。

「判ってるよ。でも、黒人霊歌もある」

「ああ、確かに教会音楽は黒人にとっての教科書的な音楽よ。でも、あっちは宗教音楽なの。日本にだって自分達の宗教音楽と大衆音楽には区別があるでしょ?」とシーラが聡明な頭で基本的な視点を論じる。

「ああ、あるよ。音楽には違いないけど、宗教音楽と言ったら、何処か異質な音楽だと思うよ」

「日本にもブルースに値するような大衆音楽があるの?」とシーラが日本人には嬉しい質問をしてくれる。

「童謡だとか、民謡だとか、演歌だとか、新しいスタンダードとしては歌謡曲って言うのもある。軍歌もあるな。演歌が日本のブルースだとよく称されるよ」

「演歌。聴いてみたいわ」とシーラが日本の音楽に興味を示す。

「演歌は良いよ。歌謡曲も良い。アメリカの五十年代ポップスやシャンソンやカンツォーネをカヴァーしたような曲も歌謡曲と言われてる」

「日本人って、世界の文化に通じてるのね」とシーラが感心する。

「俺、独自の知識だよ。皆が皆、これ程世界の文化に通じてる訳じゃないよ。でも、日本人のほとんどが韓国や台湾の文化や歴史に関しては何も知らないんだ。東南アジア辺りの文化となるとバリ島の音楽ぐらいにしか通じてない。ワールド・ミュージックのブームの関係で中国やインドやアフリカやアラブの音楽なども知るようになったけどね」

「食べ終わったら、何て言うの?」とシーラが質問する。

「胸の前で合掌しながら、眼を瞑って、御馳走様でしたって言うんだ」

 シーラを胸の前で合掌し、目を閉じると、『ゴチソウサマデシタ』と言う。「日本のカリー・アンド・ライス、とても美味しかったわ」

「そうか。それは良かった。今度また何か作ってやるよ。お好み焼きにカリー・アンド・ライスと来たら、次は何だ?炒飯は食べた事あるかい?」

「食べた事ないわ」とシーラが不機嫌な顔付きで言う。

「じゃあ、今度は日本風の炒飯だ」

「本場は何処の料理なの?」とシーラが自分の無知を恥じるように訊く。

「中華料理だよ」

「ああ、チャイニーズ・フードはよく知らないの」とシーラが何処か差別的な意識を隠し持つような発言をする。

「中華料理はメニューが豊富だよ。日本食は更にメニューが豊富だけどね」

「日本料理に興味がある裡は日本料理を食べたいわ」とシーラが日本食に興味を示す。

「日本料理なら何でも作れる訳じゃないんだよ。日本ではパスタやピザやハンバーガーも親しまれてるんだ。本当なら、鶏の唐揚げとかカツ丼を作ってやりたいんだけど、作り方を知らないんだよ」

「あら、それは残念」とシーラが本当に残念そうに言う。

「ところで君はまだ俺を君のベッドに誘っていないよ」

「あら、女から誘う事があると思ってたの?あたしならいつでもベッドに運ばれるままよ」とシーラが俺への愛を打ち明ける。

「君はもう俺のものなのか?」

「とっくにあなたのものよ」とシーラが笑顔で言う。

「そうか。それならベッドで誰にも邪魔されずに愛し合おう」

「素敵!」とシーラが素直に喜ぶ。

 俺はシーラを抱きかかえ、シーラをシーラのベッドに優しく下ろす。シーラの赤いTシャツとブルー・ジーンズを脱がすと、黄色い上下お揃いの下着を身に付けている。黒人の褐色の肌の魅力にそそられ、物はすっかりそそり立つ。シーラはベッドに横たわり、膝を突いて見下ろす俺の股間を繁々と見つめている。

俺はシーラの上に乗り、シーラの唇に口付けをする。シーラの眼はとても大きく、茶色い眼が宝石のように輝いている。シーラの右手を握り、シーラの手の甲に口付けすると、シーラの右手と自分の左手を組み合わせ、シーラの右手の長くて細い指にキッスをする。組み合わせた手をシーラの頭の枕に押し当て、シーラの左の乳首を銜え、強く乳首を吸う。右手の人差し指と中指をシーラの膣の中で激しく前後に動かす。シーラは声を出すまいと左掌で口を押さえている。俺は口を押さえているシーラの左手を退け、シーラの可愛らしい声を楽しみながら、膣の中の指を激しく動かす。モノの方はマックスまで勃起している。俺はモノをグイと下に撓らせ、シーラの膣の中に挿入する。俺はシーラに唇の間から唾液を啜り、ゆっくりと腰を動かす。シーラの膣の中で自分のモノの感触をはっきりさせながら、ゆっくりと腰を動かす。俺は両手をシーラの両手と組み合わせ、シーラの両手を枕の脇に押しつける。

「ああ、気持ち良い!気持ち良い!」とシーラが可愛らしい声で言う。

「もっと激しく腰を動かそうか?」

「ゆっくりで良いわ。余り激しいと大きな声出しそうなの」

「ゆっくりだと男はなかなか行かないんだよ。激しいのが好みかどうか調べてあげるよ」

 俺は少しずつ腰の動きを早くし、不規則に早く腰を振ったり、ゆっくりとモノの竿の長さをフルに活かして動かしたりする。

「何かお花の良い匂いがしてくる」

「聖水の匂いね」

 セックスしてると糞の匂いが漂ってくる女もいるよと言おうとして止める。

 シーラは既にイっているようだ。膣から肛門の方へと白い泡が垂れている。俺はシーラの左の乳首を強く吸い込み、シーラの腰を両手で掴むと、シーラの腰を浮かし、少しずつ腰を早く動かす。シーラはんっ、んっ、んっと断続的にモノが子宮を突くリズムに合わせて声を漏らす。俺はモノの感度が高まり、シーラの中で破裂させる。モノはまだ硬いのでシーラがもう一回イクまで腰を動かす。

「ああ、イク!イク!」とシーラが叫び、自分の右手の中指を銜える。シーラは白目を剥いて喘ぎながら、不意に静かになる。

 俺は勃起したモノをシーラの穴の中から抜き、下着を穿くと、「コーラ持ってくるよ」と言って、ベッドを出る。

 俺はシーラの冷蔵庫から大瓶のペットボトルに入ったコーラを二つのグラスに入れ、寝室に持っていく。

「はい、コーラ!」と俺は言って、シーラの手にグラスを握らせる。シーラは半身を起こし、冷えたコーラを飲む。俺もコーラを飲む。

「CD買いに行くんだろ?」

「うん」とシーラが思い出したように言う。

「コーラ飲んだら、直ぐ行こう!帰ったら、自分の部屋でホームワークをやるんだ」

「うん。じゃあ、行きましょう!」とシーラが潤んだ眼で言う。

 地下の駐車場にエレヴェイターで降りていき、シーラの車の助手席に乗る。シーラはエンジンをかけ、地下の駐車場から路上に出る。お洒落な若者が沢山通りを歩いている。ニューヨークの幸せなムードは本当にエキサイティングだ。マンハッタンにずっと住むのも悪くない。世界は東京やニューヨークが全てではない。出来るなら、世界中の街に行きたい。どの街でも、長くて五年、短くて三ヶ月は住みたい。

 シーラが駐車場に車を止める。そのまま歩いて大型レコード店に向かう。

「ジャズのCDってよく買うの?」

「目ぼしいアーティストの名盤は一通り聴いたわ」

「君は音楽をやらないの?」

「考えてはいるのよ。キーボードも買ったわ。ダンス・ミュージックのアルバムを作ろうと思ってるの」

「俺はプログレッシヴ・ロックが好きで、自分なりのプログレを作ろうと思ってるんだ」

「プログレって、変わった略し方ね」

「日本語英語だよ。日本語にはそう言う英語が頻繁に使われるんだ。今の日本語は本当に多言語で、純粋な美しい日本語を話す日本人は余りいないんだ」

「英語って、日本人には美しいの?」

「ううむ。余り美しいと感じた事はないな」

「詩を読むと良いわ」

「ああ、翻訳本で外国の本を読んでるからな。今度、英語でアメリカやイングランドの詩を読んでみるよ」


 シーラとCDの買い物を終え、寮に帰る。

「それじゃあ、俺は部屋でホームワークをやるよ」

「うん。それじゃあ、またね」とシーラがうっとりととろけるような目つきで言う。シーラもすっかり女になったな。俺はシーラにキッスをして別れる。

 図書館に行って、自由課題の宗教を紹介するレポートに必要な本を探す。禅の歴史や文化をレポート用紙に写してホームワークを終えると、寮のホールで黒人の学生達が観ているTVを一緒に観る。日本のお笑い芸人が紹介されている。黒人の学生達が大笑いして観ている。俺は日本のお笑いを世界一流だと思っている。この頃のアメリカでは日本のブルー・ハーツのPVが流れたり、日本文化がよく紹介されている。俺は日本文化にはほとんど興味がなく、部屋に帰ってベッドに寝転がると、枕元に置いてある日本語に翻訳されたカフカの『城』の文庫本を読む。こっちにいる半年間で五十冊は日本の文庫本を読んだ。ポーの小説全集を読破し、新潮文庫のヘルマン・ヘッセの翻訳本も読破した。その他には日本で読み切れなかった漱石や川端や安部公房や三島の小説などを読んだ。日本の友人からもらったケロアックの『路上』やギンズバーグの『吠える』なども読んだ。その他にはサリンジャーや翻訳モノのノーベル文学賞受賞作を一通り読んだ。

 『城』を切りの良いところまで読むと、日本語による小説の執筆を始める。『ニューヨークの学生寮でやり放題』と言う一寸ユーモラスでエロティックなニューヨークの学生寮周辺を舞台にした小説だ。出来事出来事と次々にセクシャルなシーンを繰り出すだけのプロットのない小説である。

 小説を書けるだけ書くと、夕食を食べに寮の食堂に行き、バイキングの料理を皿に盛る。日本食は大分ニューヨークにも浸透している。日本人にはロサンゼルス辺りも過ごし易いらしい。今日買ったZZTOPの『リサイクラー』を繰り返しポータブル・カセット・プレイヤーで聴いている。向かいの席にはスペイン人のアーロンと言う友達が座っている。銀縁の眼鏡をかけた知的な男で、彼とは時々料理会をやる。俺は彼にトルティージャとガンバス・アル・アヒージョを作ってもらって食べた。とても美味しかった。私は彼にフレンチ・トーストとボイルしたソーセージを御馳走した。彼とは映画や文学の話をよくする。彼は音楽はクラッシックしか聴かない。背丈は私と同じくらいの一七〇センチ程で、細身で小柄な体付きをしている。髪型は両サイドを剃り、耳までの長さの頭頂の髪を七三に分けている。

「何聴いてるの?」とヘッドフォンで音楽を聴いているアーロンに話しかける。

「レナード・バースタインの指揮によるショスタコヴィッチの『交響曲第五番二単調作品四十七革命』だよ」とアーロンが自信に満ちた口調で言う。

「ああ、その辺のレコードは日本にあるよ」

「天真は何聴いてるの?」とアーロンが俺が聴いている音楽を探る。

「ZZTOPの『リサイクラー』だよ」

「ロックか。興味ない」とアーロンが頭から蔑むように俺の聴く音楽に愛想を尽かす。

「そう言うと思った。ロックを理解しない人間には心に軽快さがないよ。アーロンの学者然たる鈍臭い動作や性格はクラッシックばかり聴く事が関係していると思うね。部屋にも哲学者や心理学者のポスターが飾られてるもんな」

「俺は精神科医を目指してるから、ヒーローが精神科医なのさ」とアーロンが自分の世界観を自信を以て打ち明ける。

「俺も漱石やヘッセのポスターがあれば、部屋に飾ってるかもしれない」

「小説家には精神病を抱えている人が多いな。俺もヘッセは沢山読んだよ。漱石の小説って、アメリカで翻訳されてるのか?」とアーロンが訊く。

「多分ね。漱石はノーベル賞にノミネイトされたんだ。漱石は世界中で最高の小説家として認めてもらえるだろう」

「今度、探して読んでみるよ。川端と三島は何冊か読んだんだ」とアーロンが日本文学への関心を示す。

「英語で小説読むのはキツいよ。パーティーなんかでユーロピアンの留学生は英語の歌を大合唱するけど、俺達日本人には出来ない事だ。英語の歌詞が胸に響けば良いんだがな」

「本当に軽快にロックを聴いてるんだね」とアーロンが皮肉を言う。

「皮肉は止めろ!殴るぞ!」

「おお!怖っ!」とアーロンは言って、首を竦める。


 夕食を終え、部屋に戻ると、小説を書く。俺の小説はW村上の影響力が非常に大きい。俺の場合、どっちかと言うと、龍の影響の方が大きい。誰も彼もが影響を受ける作家と似たような小説を書いても、デビューなど出来る筈がない。どう龍の後に続くか。それを考えると、後に続くと言うよりも、龍の個性に飲まれてしまう。龍は大胆にも漫画のような小説が良いと言った。川端のような小説を書きたいだとか、安部公房のような小説を書きたいと表現する事自体に個性がない。もっと質感や骨格のはっきりとした個性を養わなければいけない。小説を書き始めて、今年で六年目になる。これまでに長編小説を四作、中編小説を一作、短編小説を九作書いた。自分なりに頑張ったと思う。新人賞の落選を繰り返す裡に落選のショックが和らいできた。龍が音楽家になれば良かったと言えば、俺もそうだと追随する。最早、龍と自分とを切り離して考える事は出来ない。村上龍を自分の師とすれば、座りが良いだろう。実際、俺は村上龍の小説で小説の書き方を学んできた。村上龍の文章の味わいまで真似出来た訳ではない。

 販売機のコーラを買いに寮のロビーに行く。受け取り口からコーラを手に取り、冷たいコーラの炭酸で心のだるさを掻き消す。コーラなしには気持ちの切り替えが出来ない。

 ホールに行くと、中国人達がカンフーの格闘をして戯れている。黒人達の方を見てシーラを探す。彼女はホールに来ていない。寮では連日あちらこちらの部屋でパーティーが開かれている。日本人の留学生の女の子達はディスコによく行く。俺は踊るのが得意じゃない。

 部屋に戻り、アンプを通してギターを弾く。この頃のアメリカの白人達にはブルースが流行っている。俺も自然とブルースを聴いている。こっちに来てから『リアル・フォーク・ブルース』と言うシリーズのCDで黒人のブルースを研究している。『グレート・トマト・パッケージ』と言うオムニバスもよく聴く。渡米前に幼馴染みと久々に再会し、彼がジャズに凝っていたので、俺もジャズのアルバムを少しずつ聴くようになった。

 同じアルバムを繰り返し聴いた思い出は同じアルバムを繰り返し聴く事なしには得られない。思い入れのあるアルバムも、同じアルバムを繰り返し聴く事なしには得られない。高校時代はCDではなく、中古でレコードを買っていた。当時はその買い集めた中古レコードで自選オムニバス・テイプを作る事に夢中になり、同じアルバムを繰り返し聴く事は余りしなかった。アルバムを繰り返し聴く事より、好きな曲を徹底して聴き込みたかったのだ。好きな曲だけを繰り返し聴く音楽鑑賞の仕方は大衆的な音楽鑑賞だ。本当の音楽好きは歌詞の内容をしっかりと把握し、同じアーティストの全アルバムを通しで何度も聴き込む。俺もアメリカに来て、デイヴィッド・ボウイのアルバムの再発CDを買い集め、繰り返し通しで全アルバムを聴く習慣が出来た。

 一九九〇年の夏とはインターネットが普及して間もない頃である。日本にいた頃にニューヨークに住む坂本龍一がネット・カフェを紹介しているTVを見た。俺も坂本龍一のように、ずっとアメリカに住む事を考えている。このままこっちに住むにはこっちの大学に進学した方が良いだろう。

 アメリカに来る留学生の音楽の好みはアメリカ寄りで、ブリティッシュ・ロックで育った俺とは音楽性が大きく異なる。アメリカンが外国の文化に親しむようになってきたこの時代に留学生達はアメリカ尽くしの生活をしている。一昔前のアメリカンのようにアメリカが全てみたいな視点でこれからの時代を乗り越えるのは一流の人間のやる事ではない。お国柄の文化とアメリカ文化の融合で新しい物を生み出し、アメリカのマーケットに入ろうとしているのか。そうだとすると、アメリカに来る留学生達にはお国柄の文化に深く通じた人達が非常に少ない。留学生と言うのは一般に母国にいた頃から関心のあった国に留学し、自分の国の文化の勉強が抜け落ちているのだ。向かった国の文化を極める事に重きを置き勝ちなのだ。母国に留まる方法では外国文化は極められない。俺も随分と沢山日本語の小説をこちらに持ち込み、英書に親しむ事をしていない。得るものの少ない留学の典型的なパターンだ。母国の文化と離れたくないのであれば、母国を出る必要はない。俺の留学の当初の名目は短期間の語学留学である。


 翌朝七時に起きると、寮の食堂に行き、バイキングの朝食を食べる。俺の向かいにはメキシカンの友達のルイスがフライド・チキンを皿に山盛りに装って食べている。俺はカレー・ピラフとウィンナー四本を皿に装って食べている。ルイスは髪の長い太った大柄の男で、服装は拘りのないオーソドックスなアメリカン・スタイルだ。

「シーラとはしたのか?」とルイスが訊く。

「紳士的に愛し合ったよ」

「お前の紳士的に愛し合うってのは前戯を欠かさなかったって事なんだろ?」とルイスがからかうような眼で言う。

「まあ、そんなもんだよ」と言って、俺は大笑いする。

「あの子は黒人にしては可愛いな」

「蕩けるように甘く純粋な子だよ。ナターシャとはどんな話をするんだ?」

「ロシアの文化について色々と訊いてるんだ」

「ロシアの文化って、文学とか映画?」

「文学や映画の話もするけど、食べ物とかロックの話もするよ」

「ロシアのロックは興味深いな」

「そうだろ。今度ナターシャから借りてるCDを聴かせてやるよ。カセット・テイプに録音してあるんだ」

「ダビングって言うんだよ」

「へええ、そんな便利な単語があるのか!」

「外来語として日本ではよく使われるんだ」

「日本人って、多言語だよな。フランス語やドイツ語まで使うもんな」

「ああ、確かに多言語だよ。日本語としては余り綺麗ではないけどね」

「サンスクリット語は完全なる言語って言われてるよな」

「そうらしいね。で、英語って、完全なる言語ではないのかな?」

「そう言う事をそもそも他の国の人間は言わないだろ」とルイスが顔を顰めて言う。

「それだけの事?」

「いいや、判らないけど」とルイスが自信なさそうに言う。

「今の時代、何でトルストイやドストエフスキーが必読書なのかな?読んだ?」

「『戦争と平和』と『カラマーゾフの兄弟』辺りは読んだよ」とルイスが勝ち誇ったような顔で言う。

「俺は『戦争と平和』は読んでないな」

「『レ・ミゼラブル』や『ジャン・クリストフ』や『失われた時を求めて』を必読書みたいに言う奴もいるだろ?」とルイスが不満そうに言う。

「フランス文学だな。長ければ、必読書って言うのは、大変な思いをして読んだからかな?」

「アメリカ人が『白鯨』を必ず読むようにか」とルイスがアメリカンを馬鹿にしたように言う。

「うん」

「ゲーテの『ファースト』とか、ニーチェの『ツァラトストラかく語りき』とか」

「ドイツ文学だな。ヘッセが編纂した世界文学の領域だね。ヘッセは読破したんだ」

「俺は実存主義やシュールレアリズムの文学を読破したよ」

「俺は『嘔吐』を読んで、何のこっちゃって感じだった」と俺がおどけて言う。

「ううん。俺もそうかな・・・・。天真は小説書くんだよな?」

「うん。お前も書きたいのか?」

「構想は練ってるんだよ」

「長いのを書くのか?」

「『ジャン・クリストフ』みたいな小説を書きたいなと思って」

「ああ、有り勝ちだな。でも、あれは簡単じゃないぞ」

「じゃあ、俺は授業に出る支度をするよ」

「ああ、俺もだ!」と俺は慌てて言い、朝食の残りを急いで食べる。ルイスは皿に山盛りに装ったフライド・チキンを二つ残す。俺はそう言う細かいところに外国人の大雑把さを見て、食べ物を粗末にする人の心を疑う。別にメキシカンの全てが自分で装ったバイキングの食事を残す訳ではない。学生と言うのは人格的に完成されていない面が度々粗として出る。今の時代、学生と言う括りでは年齢差が幅広く、四十代五十代の人格的に安定した年令の学生も多くいる。更に上の年齢層にも大学で勉強し始める学生がいる。五十の手習い、六十の手習いと言うように、本当に学問を修めたいと思うならば、年令など関係ない。学生期間として仕事の時間を持っていかれるのが嫌でなければ、何歳でも大学に入学して、勉強すれば良いのだ。

 俺は一浪して日本の大学の芸術学部を出て、ニューヨークを中心に一年アメリカに滞在した。出版社との小説の出版の用で急遽帰国する事になる。夕方、急遽日本に帰国する事になった事をシーラに伝えに行く。

 俺はシーラの部屋のドアーをノックする。

「はあい、誰?」とシーラが部屋の中から返事をする。シーラがドアーを開ける。「あら、天真、また日本の料理を作りに来てくれたの?」

「それがさ、急遽日本に帰国する事になったんだ。それでお別れを言いに来たんだよ」

 シーラは俺の目を奥深く見つめながら、黙り込む。

「日本から手紙を送るよ」

 シーラの眼から大粒の涙がぽとりと落ちる。ヤバイな。こんな良い加減な自分で良いのか。日本に帰ると決まると、正直なところ、黒人のシーラとの結婚を避けたくなった。俺は内心結婚せずに済むようになった事にほっと一安心しているのだ。今の時代、異人種が黒人女性と結婚するのは時代の最先端を行くような新しい結婚の組み合わせながら、俺は微妙に戸惑いがある。外国人と結婚するなら、白人と結婚したいタイプなのだ。

「天真、あなた、最低よ!二度と私の前に顔を出さないで!日本から手紙を送るのも止めて!」とシーラが厳しい目つきで言い、力任せにドアーを閉める。

 俺は閉められたドアーの前で自分と向き合う。俺は好い加減な男だ。シーラは日本人の俺に本当に惚れ込んでいたのだ。

 

 授業が終わり、ホームワークを済ませると、俺は夕食を食べに寮の食堂に行く。『天真、あなた、最低よ!二度と私の前に顔を出さないで!日本から手紙を送るのも止めて!』とシーラの言葉を頭の中で繰り返し思い出す。俺の心は何も傷付いてはいない。俺は本当にシーラと別れた事にほっとしているのだ。俺はただ黒人の女とセックスをしてみたかった。本当にそれだけの動機でシーラと付き合い始めたのだ。シーラが俺を最低だと言ってくれて、本当に良かったと思っている。シーラの悲しげな眼が深く心に焼きついている。確かに俺は最低の男だ。

 俺はバイキングの食事で牛肉のステーキとタコスを皿に盛る。向かいの席には友人のサファイヤと言う台湾人女性の留学生が座っている。アメリカでは台湾人女性ともセックスをした事がある。サファイヤは只の友人で、特別俺の好みではない。

「明後日、日本に帰るんだ」とサファイヤに話しかける。

「良い文学仲間が一人いなくなるわね。寂しいわ」と二十六歳の年上女性であるサファイヤが落ち着いた声で言う。

「日本に来る時は家に遊びに来いよ。日本の住所と自分の名前を書くからアドレス帳を貸してくれ」

 サファイヤがハンドバッグからアドレス帳を出して、「はい」と俺に手渡す。「あたしの台湾の住所と自分の名前も書くわね」とサファイヤは言う。

「ああ、ありがとう」

 サファイヤはメモ帳に台湾の住所と自分の名前を書く。

「はい、これ!」とサファイヤが台湾の住所と自分の名前を書いた紙切れを俺に手渡す。

 この語学留学中には韓国人女性ともやった。フランス人ともやった。ドイツ人ともやった。スパニッシュや白人のアメリカンともやった。本当にセックスし放題の語学留学だった。


 翌朝、俺は旅行会社に行き、日本行きの飛行機のチケットを取る。留学生の中には母国に帰る学生がお別れ会のパーティーを自分の部屋で開く。俺もそれを真似て、部屋でお別れ会を開く。

 お別れ会には何処からともなく見知らぬ人がビールを飲みに来たり、食べ物を食べに来る。とにかくアメリカでは毎夜何処かの部屋でパーティーが開かれ、パーティーを梯子して暮らしているような人間が数多くいる。自分の開いたパーティーでかけるCDも、人によっては勝手に自分の好きなCDに替える者がいる。俺のお別れ会には色んな人種が集まってきた。各国から来た留学生は当然の事ながら、アメリカンの黒人学生や白人学生も来てくれた。近所の中華料理屋やイタリアン・レストランやCDショップやブティックの店員も来てくれた。アメリカ最後の夜に一晩一緒に寝てくれる女性を探していたら、スパニッシュのマリアと言う二つ年上の女性を何とか口説き落とした。

 マリアと一緒にシャワー室に入り、二人で温かいお湯を浴びながら、体を洗い合う。体を洗うと、タオルでマリアの濡れた体を拭いてやり、マリアを自分のベッドに抱えていく。

 月明かりの差し込むベッドの上でマリアを抱く。モノが限界まで勃起し、モノの長さは三十センチはある。マリアの股に顔を近づけて、クリトリスを嘗めたり、指先で刺激する。マリアの股を広げ、マリアの柔らかい内腿を愛撫する。マリアは零れるような喜びの声を漏らす。スパニッシュの骨格の美的な様を鑑賞しながら、ゆっくりとマリアの中にモノを挿入する。月明かりに照らし出されたマリアの白い顔が美しく輝いて見える。マリアの穴の中でゆっくりと腰を前後に動かす。マリアの甘い声に酔わされた俺は女性に尽くすような愛し方を丁寧に実行する。マリアの胸は小ぶりで、腰が細く括れており、手足が長くて細い。穴の中でモノをゆっくりと動かすと、マリアは何とも満足気に甘い声を漏らす。マリアの薄い唇に口付けし、マリアの唾液を啜りながら、ゆっくりと腰を前後に動かす。男は一回の射精が快楽の全てだ。セックスとは女性を喜ばせる行為なのだと思う。自分の射精だけを望むセックスではムードも何もない。俺はモノをマリアの穴から抜き取ると、「俺の上に乗れ」とマリアに言い、ベッドに仰向けに横たわる。マリアはくたびれたように俺の上に跨り、自分で俺のモノを穴に入れる。マリアは自分が感じたいように腰を動かし、腰の動きを徐々に激しくする。俺のモノがマリアの温かい穴の中で締め付けられる。月明かりに輝く上向き勝ちなマリアの顔が大きな口を開けて、美しく微笑んでいる。俺は余りの気持ち良さに恍惚とし、手を伸ばしてマリアの小ぶりな胸に揉む。乳首を指先で強く摘むと、マリアが笑うように甘い声を漏らす。俺はマリアの尻に手を回し、尻の割れ目を開く。マリアのアナルに右手の中指を第一関節まで入れると、マリアの穴がきゅっと俺のモノを締め付ける。マリアは激しく独り善がりに腰を動かし、たちまち俺をイカせる。俺のモノはマリアの穴の中で破裂する。

「イッたわね」とマリアが俺の上に跨りながら、俺の顔を見下ろして言う。

「気持ち良かったよ」

「そう!それなら良かった。あなたの仕方も紳士的だったわ」とマリアが落ち着いた声で楽しそうに言う。

「さあ!朝まで一緒に寝よう!」とマリアの肩を抱き寄せて言う。

 マリアは横向きに横たわり、俺の顔と向き合う。俺はマリアのくっきりとした三角の瞼や薄い唇の形を指先でなぞる。何て美的な顔なのだろう。俺はマリアの頭の下に腕枕をし、マリアの肩を抱いて、目を閉じる。


 翌朝、目を覚ますと、自分の顔の真ん前にマリアの顔が目に入る。俺はマリアの額の髪を掻き上げ、マリアの形の良い美的な唇に口付けをする。こんな素晴らしい朝を迎えられ、マリアに恋する気持ちを整理する。結婚を決めるのは恋人とのこんな朝の体験かもしれない。マリアは自分の妻にするのに申し分ない。スパニッシュと言うのは顔形は白人ながら、有色人種と分類される民族だ。我々有色人種は白人に対して有色人種である事の誇りを持たなければいけない。赤い唇にも、黒い眼にも、黒い髪にも、我らなりの自信と美意識を持たなければいけない。

「マリア!」と穏やかな声でマリアを起こす。

 マリアが眠たそうに眼を開け、「おはよう、天真」と言う。

「顔洗って、朝食を食べに行こう」

「あたし、一回、自分の部屋に帰るわ」

「そうか。昨晩は素晴らしかったよ」

「あたしの事、日本に帰っても忘れないでね」

「うん。何時かマリアとの夜を小説にするよ」

「必ず小説家になってね」

「うん。ペンネームはヘッセのように本名にするよ」

「天真の小説がスペインで出版される時には必ず買って読むわ」

「じゃあ、俺は顔を洗って、先に食堂に行ってるよ」

「あたしももうベッドから出るわ」

 洗面と歯磨きと髭剃りを済まして、寮の食堂に行き、バイキングの朝食を装う。今日はホット・ドッグとスクランブル・エッグとミルクを選ぶ。テニス・コートの見える窓際の八人席に腰を下ろす。マリアが来るのを待ち、入口の方をちらちら見ながら、ホット・ドッグを食べる。

 スクランブル・エッグを食べ終えても、マリアは来ない。仕方なく、食堂を出て、部屋に向かうと、マリアはスペイン人の男達と話をしている。何だかマリアを美化した思いが裏切られたような気持ちがする。

「マリア!」と俺が遠くからマリアを呼ぶと、「元気でね!」とマリアが手を振って言う。マリアはそう言って直ぐにスペイン人の男達の方との話に戻る。俺はどうもああ言う浮気女に引っかかるタイプなんだな。

 俺は荷物を纏めて、電話でタクシーを呼ぶ。

 タクシーで飛行場に行くと、手続きを済ませ、東京行きの飛行機に乗る。

 機内で煙草を吸いながら、ポータブル・CDプレイヤーでデイヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』を聴く。隣の席にはサラリーマン風の三十代ぐらいの男性が座っている。男は自動車の雑誌を読んでいる。機内ではほとんど食っちゃ寝を繰り返し、あっという間に成田空港に着く。

2005年辺りには既にこの小説の企画がありました。

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