不条理な遊び
当作品は、拙作の一つ、「生と死の戯れ」の後日談的立ち位置にあります。
「クロノス」の誕生の流れはそちらでご確認下さい。
では、宣伝も終わった所で、始まります。
「『うっかり殺しちゃった』って何じゃそりゃあああ!!」
ブチ切れて叫ぶ俺に、目の前の双子がクスクス笑う。
双子、と評したのはその姿が似すぎているからだ。違う点は、一方の服と髪は闇よりもなお黒い漆黒だが、もう一方は雪よりもなお白い純白。
見たとこ、16、7歳くらい。俺と大差ない年齢に見えた。
さて。俺の現状を皆様にご説明しよう。
俺は確か、死んだはずだ。あの状況でここまでピンピンしていたら、正直言って化物だ。
極力グロい描写は避けさせてもらうが、少なくとも俺の頭上に、工事に用いられる鉄筋共が落ちてきた……とだけ言っておこう。
死ぬかと思った、じゃなくて、死んだはずだ。
そう知覚すると同時に、俺の目の前には今さっき説明したような白と黒の双子が、凄く嬉しそうに立っており……
「ごめんね。君の事、うっかり殺しちゃった」
「僕達、暇なんだ。だから君の事、兄弟がうっかり殺しちゃった」
黒い方の言葉を継ぐように、白い方が答える。
いや、だからっ!俺の渾身のツッコミに答えてくれ頼むから。
「タナトスとエロスは、忙しいんだよ。人間の生き死にに関わらなきゃならねーからな」
「あ、お兄さんだ!」
「お兄さんだね、兄弟!」
何も無かった真っ白い空間から滲み出るようにして、今度は1人の男が姿を見せる。年齢は……俺より少し上の25、6といった所か。黒い髪に白いネクタイ、ジーンズを履いて、ワイシャツの柄はなぜか時計……と言う、若干頂けないセンスをしていると思う。
まあ、双子に比べればマシと言えなくも無いのかもしれないが……
いや、それにさ……双子自身は「暇」つってんのに、このお兄さんは「忙しい」って……どれだけあまのじゃくなんだ、この双子。
「それにしてもお前、壮絶な死に方したな。ご遺族、嘆いてるぞ」
「家族なら、たぶん俺の事なんて心配して無いよ。あの人達、表では悲しんでるだろうけど、俺がいなくて本当は清々してるはずだから。」
そう、そのはずだ。父親はリストラされて酒びたりになり、しかも家では超DV。俺は俺で、そんな親父と顔を合わせたくないので、常にネカフェ難民。俺に兄弟はいないから、親父の暴力の矛先は常に母だった。それを考えれば、母だって俺を恨んでいたはずだ。本来なら支えてやるべき存在が、逃げたのだから。友人らしい友人なんていやしないし、俺がいなくても世界は回るんだろうが……
なんとなく、母には申し訳ない気持ちになってくる。
今まで逃げてごめん、と。
「孝行したい時に親は無し」とか言うけど、俺の場合は逆か。あっはっは。
「1人で自己完結したところ悪いんだがな」
唐突に、現れたもう1人のお兄さんが声をかける。どうやら俺の回想に、少々付き合ってくれていたらしい。
「自己紹介をしてないと思ってな。俺は『時間』。時を操る神……って事にしておいてくれ。」
にんまり笑いながら、「クロノス」と名乗ったお兄さんは俺に向かって芝居がかった態度で一礼する。
それに倣う様に、双子も俺に向かって一礼し…
「僕は『生』。人間の生を司る神だよ」
「そして僕が『死』。兄弟とは逆に、人間の死を司るんだ」
白い方、黒い方の順に挨拶され、俺ははぁ、と小さく呟く。
「エロス」と「タナトス」と「クロノス」。俺を「間違えて殺しちゃった」とか抜かしているのは黒い「タナトス」の方らしい。
おいおいおい、冗談じゃねぇ。
あの鉄筋が落ちてきたのは、タナトスの仕業で、俺はまだ死ぬはず無かったのに死んじまったってか?
うわ、笑えねぇ!仮にこれが夢オチだったとしても笑えねぇ!
いや、これ以上生きていても、俺の人生楽しい事があったとは思えないが、少なくともあんな壮絶な最期を送る程にはろくな生き方してなかったはずだ。ごく普通に学校に通い、趣味が合わないと言う理由で友人を作らず、極力1人でいる事を好んではいた。
しかしだ!!
「うっかりで人を殺すなよ!俺にだってまだ夢があったんだぞ!」
「へぇ?どんな?」
にやり、とクロノスが笑う。
何だかまるで、俺の言おうとしている事を先読んでいるかのように。
「そりゃあ……一応はキレーな姉ちゃんにモテて、イイトコの会社に就職して、そんで爺になってから『ああ、いい人生だった』とか抜かすような、平凡な人生?」
「…ありきたりだね、兄弟」
「ありきたりすぎて凄く笑えるね、兄弟」
「……人間の慎ましやかな幸せを馬鹿にするな、お前ら」
『はーい、お兄さん』
慎ましやかとか言うな腹立つ。
それに人間、程々が肝心よ?
俺の言葉に笑うエロスとタナトスに対し、クロノスは呆れたような声ではあるものの窘めてくれる。
どうやら、クロノスはこの双子の「お兄さん」らしい。
だとしたら羨ましい限りだ。俺にもこんな物分りの良い兄貴が欲しかった。
「まあ、そんな慎ましやかさんのお前に……アレだ。ちょっとした提案がある」
「提案~?何よ?」
クロノスの、ニヤリとした顔で放たれた言葉に、俺は軽く顔を顰めて問い返す。
曲がりなりにも相手は神様だ。きっと何か素敵な提案に違いないが……物による。
話を整理すると、俺は死ぬはずじゃなかった。
だけど、死の神……タナトスの「うっかり」で死んだらしい。それも、鉄筋の下でぐっちゃぐちゃ。
そんな「うっかりの代償」……?
何、俺の残りの寿命に利子付けて返してきても、まだ足りないぞこの野郎。
生き返らせろと言わんが、それに近いことはやってもらおうじゃねーの……
と思った矢先、今度はタナトスがニコニコと笑いながら俺の顔を覗き込み……
「君の残りの人生、好きな世界で過ごさせてあげる」
「……あ?」
え、ごめん、意味わかんない。
好きな世界?何だそりゃ。
「兄弟、兄弟、説明が足りて無いよ」
「ああ、ごめんね兄弟。そうだよね。つまり……君、アニメとか特撮とかゲームとか好き?」
「嫌いな人間がいるなら見てみたいくらいの廃人ですが何か?」
「なら話が早いや。君、そう言うので納得して無い作品ない?」
納得して無い作品…?
えーっと、アレはあいつが死ななきゃ納得できたし、こっちは何であの男があんな行動取ったのか分らないし……
「言っておくが、納得行かない作品なんぞごまんとあるぞ。」
言うと、エロスはくすくすと笑い……
「じゃあ、その世界の住人になって、物語の筋を変えちゃおうって思わない?」
「……所謂、原作介入ってやつか?」
「うん。今なら無敵の力と言う特典付き!!」
「どう、凄いでしょ?凄いよね?」
ニコニコニコニコ。
タナトスとエロスの笑顔が、こちらを向いている。
まるで邪気など無さそうな……純粋に「良い提案」をしているような笑顔だ。
一方のクロノスは、何故だか深刻な表情で俺を見つめていて……
「なあ、『好きな世界で何でもアリ』って言うなら、俺を『元の世界に生き返らせて』くれない?」
「……ええっ!?」
「何で!?」
「いや、俺、アニメとかゲームとか特撮とか、原理主義者でさ。……作家の書いた通り、プロデューサーの意向通りなら別に良いかなって奴だから、不満はあっても変える気は無い」
きっぱりと言い放った俺に、タナトスとエロスは心底不服そうな顔になり、クロノスは面白そうにクックと笑った。
まるで、俺がそう答えるかを望んでいたかのように。
「『うっかり』だったんだろ? さっきはああ言ったけど……やっぱ俺、死ぬなら親孝行してからがいいわ」
特に母親。彼女のためにも、生き返って「家族」と向き合いたい。
どうしても親父のDVが耐えられないなら、今度は母親を連れて逃げれば良いだけの話だ。
「なあ、出来るだろ?」
「……そりゃあ、出来なくは無いけどさ……」
俺の提案に、エロスがぶすくれた様に言葉を返す。
タナトスの方も、あまり面白く無いらしく、そっぽを向いている。
唯一クロノスだけが、面白そうに双子を見ていた。
「でも、あの死に方だよ。普通に生き返る事は出来ないんだ」
「まぁ……バラバラだろうからな」
「って言うか、鉄筋が垂直に貫通……」
「グロいから、勘弁して下さい」
俺の死に様を克明に語ろうとするタナトスにストップをかけ、俺は「生を司る神」の方をみやる。
そっちはそっちで、雨に打たれた小犬の様な瞳でクロノスを見ており……何だかよくわからんが、無言で「おねだり」をしているらしい。
その視線の意味を汲み取ったのか、クロノスは軽く1つ溜息を吐いて……
「わかった。鉄筋が落ちて来る少し前に、時間を戻せば良いんだな?」
……ああ、成程。「俺の死」自体を「無かった事」にするのか。
確かにその方が後腐れ無くて済むわな。
うんうんと納得した瞬間、エロスとクロノスが軽く手を振る。
直後には、俺の体はうっすらと光りだし、眩暈にも似た、意識が遠退く感覚を覚える。
「一応、ここでのやり取りは忘れて貰うからね」
「でも、心に強く決めた事だけは、覚えてる様にしておいてあげる」
「ちょっとした利子って事で」
タナトスとエロスが、交互に口を開く。
まぁ……「家族と向き合おう」って決心を忘れないなら良いか。
心の中で呟いて……俺は完全に「その空間」から脱した。
……あれ? 俺、何やってたんだっけ?
一瞬気絶でもしてたか?
うーん、思い出せん。
人の迷惑省みず、歩道の真ん中でそんな事を考えた瞬間。
俺の目の前を、鉄筋の束が通過した。
もうあと2、3歩踏み出していたら、間違いなく俺は潰されていた。
ゾクリ、と背中を冷たい物が駆け抜け……同時に、無性に家族に……母親に会いたいと思った。
我が家は、決して円満な家庭ではない。むしろ対極に位置していると言っても良いだろう。
暴力を振るう父親、それから逃げた息子の俺。
孝行しなきゃ……
何故か、強く思う。
怖い思いをしたせい……なのかなぁ?
思うや否や、俺は久方振りに実家に戻って行った。
*
……で?
「『で?』って?」
「いきなりどうしたのさ、お兄さん?」
オレの問い掛けに、タナトスとエロスが不思議そうな表情で問い返した。
オレが「時間」を名乗る様になってしばらく経つが、今回の様に「生き返りたい」と願う奴は滅多にいない。
と言うか、初めてだったんじゃないか?
「確かに、滅多にいないけど……」
「珍しい事じゃないんだよ」
そうなのか。
って、オレが聞きたいのはそんな事じゃない。
オレが聞きたいのは……本当に「うっかり」だったのかって事だ。
「お兄さん、今更何を言っているの?」
「そうだよお兄さん。兄弟が『うっかり』で人を殺す訳無いじゃない」
「そうだよ」
いや、オレの聞き方が悪かったか。
オレが聞きたいのは、「寿命のある奴」を本当に「うっかり」を装って殺したのかって事だ。
その瞬間、双子はニヤリと笑った。
……あー、やっぱり、こいつら……
「よく分かったねぇ。お兄さんの考えてる通りだよ!!」
「いくら兄弟でも、うっかりで余命のある奴を殺すなんて、滅多にないよ」
「そうだよお兄さん。僕がうっかり余命のある奴を殺したのは、今までお兄さん、ただ1人だけ」
……オレには寿命があったのか。そう言う意味では、オレは確かに「うっかり」だ。
いや、それはもうどうでも良い。結局、「こう」なったんだから。
それにしても……それじゃ、さっきの奴は……
「多分、もう少ししたら死ぬんじゃない?」
「それも、壮絶な死に方じゃないかな?」
……ふっ……
どちらにしろ、あの野郎は死ぬって事か。
……しかも、報われねーなぁ……
地上で、さっきの「生き返った男」が、彼が守ろうと決めた母親に、刺し殺されるのを見つめる。
長い間旦那の暴力に曝されたせいだろう。その目は完全に死んでいる。恐らく、狂ったのだろう。
オレが「こう」なった様に、全てに絶望して。
「安心して、お兄さん」
「お兄さんには、僕達がいるよ」
「ずっとずっと一緒にいるからね」
擦り寄る双子に笑いかけ……オレはまた、次のカモを待つのだった。




