悪役令嬢アマンダ、第一王子(許嫁)のBL本を描いて婚約破棄を宣言される
城の高窓から差し込む日差しが、静寂な室内に長く影を落としていた。赤い絨毯の上、私はただまっすぐに青年を見つめていた。
その青年、セリオス・アルヴェインもまた、険しい表情で私を見返している。彼、セリオスはアルセリオ王国第一王子であり、私の婚約者だった。
サラサラな金髪に豊かなまつ毛の下には、南国の海を思わせる大きな碧眼。ビスクドールのようにきめ細やかな肌。スラリと長い長身。彼が通れば令嬢も使用人も色めき立つ、王族随一の美貌の持ち主だった。
容姿だけではない。彼は第一王子としての自負を持っていた。正義感も強く、国民を大事に思い、今困難な情勢にも果敢に立ち向かおうとしている。
そんな一見完璧な彼。私の婚約者が、いつもの優しそうな顔とは打って変わって、何故か険しい表情を私に向けている。
そして彼の傍らには、ルイス・ホワイトリリィが控えていた。最近学園内で、急速に王子と接近している少女だった。
「お話とは何でしょうか」
セリオスは待っていたと言わんばかりに私を指さした。
「アマンダ・レッドローズ公爵令嬢。君との婚約を破棄させてもらう」
私は笑った。自嘲だった。
「な、何がおかしい!」
「いえ、王子を笑ったわけではありません」
やはり運命は変えられなかったのだろうか。
私が乙女ゲーム「白百合と赤薔薇」の世界の悪役令嬢、アマンダ・レッドローズに転生してから十数年。私はこれまで破滅ルートを変えるため、そして何より王子のためにいろいろと動いてきたつもりだったけれど、全ては水の泡だったということかしら。
今、王子の横に居るルイス・ホワイトリリィはこのゲーム世界の主人公だ。今彼女がセリオスの横に居るということは、王子は私ではなく、ルイスを選んだということだろう。
私は憂鬱な気持ちをおくびにも出さず聞いた。
「ですがどうして私との婚約を破棄したいのでしょう? 良ければお聞かせ願えませんか?」
「何だと、君はあれほどのことをしておいて心当たりが無いとでも言うのか!」
「お、王子! 駄目です! 怒りを抑えてください!」
これまで見たこともない表情で怒りを顕わにするセリオス。そしてそれを宥めるルイス。見たくもない光景だ。ちょっと泣きそうになる。
「そうですね。心当たりがありませんわ」
すると王子は一冊の書物を私に突きつけてきた。その手がわなわなと震えている。
本の表紙に描かれていたのは、満開の薔薇に縁取られ、上半身裸の美形男子たち二人が熱い視線で見つめあっている姿だった。
そして男子の一人の顔は、明らかにセリオス王子の特徴を捉えていた。
「分からないというなら教えてやる。この僕と隣国のエドマンド王子が、その、い、いかがわしいことをしている本! 描いたのは君だろう」
「描きましたが何か?」
「いや何かじゃないわ斬首にするぞ貴様!」
私は一度咳払いをした。婚約を破棄されそうになっている身とはいえ、私の立場からも王子に言わなければならないことがある。
「書籍のお買い上げ、ありがとうございます」
「100点の作者対応やめろ! あと僕が買ったわけじゃないから」
「もしかして海賊版ですか? 駄目ですよそれは」
「いやどの口が言ってるんだ、無法者は君の方だろ! ルイスが手に入れたものを貸してもらったんだ!」
「それと王子、お言葉ですが、次期国王にもなろうとしている貴方が軽々しく斬首するなどと、強い言葉を使うべきではありません。王族の品格に関わります」
「君だよ何より王族の品格を貶めているのは! あんな破廉恥な本を売っておいて何言ってるの!」
「まあ、人聞きが悪いですわ」
「本当に死ぬほど悪いんだよ!」
「しかし王子、その本が売れたからといって、私の懐には1リュート(この世界でのお金の単位)たりとも入ってきていません。純粋に描きたいものを描いているのです」
「じゃあ尚更純度100パーセントの狂人ではないか!」
ここで一度、話を整理するために前世の記憶と、私の生い立ちについて少し話そうと思う。
先ほども触れた通り、私は現代日本からこの乙女ゲームの悪役令嬢アマンダに転生した。転生前はアマチュアの漫画家として同人活動に勤しんでいた。ちなみに描いていたジャンルは主にBL、いや全てBLだった。
順風満帆とはいかないまでも、それなりに満ち足りた生活を送っていた私だったが、ある日トラックにはねられて唐突に死を迎えた。
「トラックが攻めだとしたら、受けは何が良いだろう」などと考えているうちに、私はアマンダ……レッドローズ公爵家の長女として誕生していた。
最初は戸惑った。乙女ゲームの世界に転生するだなんて、そんな非現実的なことが自分の身に起こりうるなんて想像もしていなかった。その乙女ゲームだって、パッケージに描かれていた男性キャラが好みで、男性同士の絡みが見たくて買ったのだ。
BL要素もないのに、乙女ゲームで満足出来るのかと言われそうだが、私くらいの腐女子になると、男同士が一言会話しただけで、それを触媒に、彼らの絡みを百倍にも千倍にも増幅させて妄想することが出来る。我ながら何に脳の容量を使っているんだと思わないこともない。
そして野郎どもの全ての絡みを見るため全ルートを制覇していた私は、アマンダに悲惨な運命が待っていることを知っていた。
アマンダは意地悪で計算高く攻撃的ないじめっ子という設定の、やっつけがいのありそうな悪役令嬢だった。
彼女はだいたいのエンディングで婚約者であるセリオス王子と婚約を破棄され、ショックのあまり廃人になったり、家が没落して辺境の地に引っ込んだり、卓球のラバーを張り替える人になったりする。
唯一バッドエンドを回避する方法は、セリオス王子と無事に結婚することだった。つまり私もそうするしか道が無い。
そう思ってはいても、最初は乗り気ではなかった。王子は私の推しキャラではなかったからだ。
そしてもう一つ大きな理由がある。転生してから王族の人々と接する機会はしばしばあったのだけれど、彼らの多くは不遜で傲慢だった。
そのため結婚してハッピーエンドが待っているとは到底思えなかったのだ。
「アルセリオ王国の第一王子との婚姻がまとまった」とパパ様が興奮気味に話していた時も、私の心は冷めていた。聞き流しながらパパ様と執事長が禁断の恋に落ちている場面を想像していた。
しかしゲームをプレイしている時は特に気にもしていなかったのだが、王子と結ばれるあたり、我がレッドロース家は公爵家の中でも特別な家系であるようだ。
セリオス王子と初めて対面したのは11歳の時だった。王子は私に、全く想像していなかった第一印象を与えた。
彼の顔を見た途端、心臓が跳ねた。その一瞬を今でも鮮明に覚えている。
まるで中世絵画に描かれている天使がそのまま抜け出してきたかのような美少年だった。彼は画面越しに見ていた攻略対象の一人とは、明らかに異質に映った。
容姿だけではない。王子は私の話に深く耳を傾けてくれるし、エスコートしてくれる時の所作は子供とは思えないほど洗練されていた。
それまでの王族のイメージが良い意味で覆った。そのギャップも相まって、私は一気に彼のことが好きになってしまった。そして会うたびに思いは深まっていった。
私はそれから厳しい淑女教育にも取り組んだし、教養を身に着けるため寸暇を惜しんで勉強した。
バッドエンドを回避するためという目的のためには正しい行動だったけれど、この時の私はそんなこと関係無く彼に気に入られたい一心だった。
私はもうこれ以上好きになれないとおもうくらいセリオス王子を好きになっていた。それに、思い違いかもしれないけれど、王子も私に対して好意を抱いてくれていたように思う。
好きで好きで、思いが溢れてしまった私。セリオス王子への思いをしたためようと、ペンを取り、手紙に向かった。
どんな言葉で愛を伝えよう。いいえ、まだ早いかも。でも彼にもっと私を見て欲しい。
そして気が付くと、私は王子が「受け」のBL漫画を描いていた。
好きになればなるほど猛烈に、猛烈に王子と他の男性が絡む漫画が描きたくなった。
私は、好きなもの同士を絡ませる癖があったのだ。
しかし相手は王族。そして婚約者。彼をBL漫画に登場させるのは止めよう。
そう何度も思った。
だが止められなかった。
寝ても覚めてもペンを握れば、手が勝手に王子の絡みを描いていた。
憧れとBLは止められなかった。
王子と執事。王子と宰相。王子と大理石の柱。
そして特に絡ませていたのが、隣国ダルメイン王国の第一王子、エドマンド・ホランド・ダルメインとの絡みだったというわけだ。
こうなったら止められない。絶対この漫画を誰にも見られないようにしていれば問題は無いはずだと思った。しかしある時、メイドから「この書物の続きを読ませてください!」と鼻息荒くせがまれた。メイドの手には私が描いたBLがあった。
どうやら彼女は私が部屋に居ない間に部屋に入った時、見てしまったらしい。
所々に現代日本のオブジェクトが登場する乙女ゲームの世界とはいえ、ここの文明レベルは基本的に中世ヨーロッパレベル。漫画なんてものは無いし、メイドの彼女にとってBL漫画に触れることは、人生で一度も甘いものをたべたことのない人が、初めてケーキを食べた時くらいの衝撃だったに違いない。
バレてしまったのは厄介だが、幸いまだ一人。熱心な読者が出来たと思えば嬉しいことでもあった。
「これは二人だけの秘密よ」と私は言った。メイドも頷いた。
しかし人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、そこからBLが伝播していく速度は流行り病が伝染していくように早かった。
この世界の人々は娯楽に飢えていた。そしてこの世界の女性たちは、BLに飢えていた。
「……という経緯だったのです。納得して頂けましたか?」
「いや納得出来るか! 何でちょっと誇らしげなんだよ!」
「でも安心してください。この漫画に登場するセリオス王子の設定年齢は19歳ですから倫理的には問題ありません」
「何そのこだわり。妙なところにポリシーを発揮する連続殺人犯みたいで余計怖いんだけど!」
「王子……どうしてそんなに息を荒げているのです」
「話聞いてた!? ……まあそれよりも、今は聞きたいことがある」
「何でしょうか」
「流通しているものの殆どが僕とダルメイン王国のエド……エドマンド王子が絡んでいるが……どうしてなんだ。ダルメインは敵国だぞ」
ダルメイン王国は西の隣国で、先述した通りエドマンド王子はその第一王子だ。私と彼が会ったことは数えるほどしかないが、活発でよく笑う好青年だった。
三つ年下のセリオス王子を可愛がっていて、二人は非常に仲が良かった。このまま二人の交友がずっと続けば良いのにと陰ながら思っていた。
しかし時代がそうはさせてくれなかった。
時が経つにつれて二国間の関係は切迫していった。小規模な紛争が散発的に起こり、いつ戦争が起きてもおかしくなかった。
「次にエドと会うときは敵同士だ」
ふとした瞬間、セリオス王子は厳しい声で私に言った。
二人の仲の良さを知っている私は胸が張り裂けそうな思いだった。本当は殺し合いなんてしたくないはずだ。また昔の、笑い合っていたあの頃に戻って欲しい。
「で、あなたとエドマンド王子のBLを描き始めたってわけ」
「いやまったく分からん!」
「では質問させて頂いますが王子、よろしいですか?」
「何でちょっと逆ギレしてるんだ!」
「こんな絵に描いたようなBLシチュエーションがあるというのに、描かないという選択肢はありますか?」
「むしろ描くという選択肢が生れる方がおかしいんだよ」
王子は顔を右手で覆った。どうやら心労が溜まっているらしい。
「王子、その手に持っている漫画でも読んでリラックスしてください」
「これがストレスの原因なんだよ!!」
王子は同人誌の表紙をバチバチ叩きながら言った。
「王子、その本の58ページ目の開いてください」
「話聞いてた!?」
「ではセリオスくん、朗読して」
「国語の時間か! 嫌に決まっているだろう!」
「そんなこと言っていると進級できないよ?」
「こんな頭おかしい本で授業してる学校で進級なんかしたくないよ!」
「あ、もしかしてセリオス王子はBLの中身を読んだことがないのですか?」
「読むわけないだろ!」
「それは駄目です。作品を批判するのは読んでからにしてください」
「いやそんな芸術作品の批評みたいに言われても! 僕から見たらただのイカれた猥褻物だよ」
「読みたくないけど内容は知りたい。そんなわがままなセリオス王子のために、私が今まで描いたセリオス×エドマンド同人誌の内容を教えてあげますね」
「知りたいなんて言ってないし、さっきから何でちょいちょい上から目線なんだ!」
「まず最初の一冊。設定としてはセリオス王子とエドマンド王子は和平交渉に臨んでいる場面から始まります」
「僕たちはまだ王位を継承していない。会談の場には居ることはないぞ」
「これは創作物だから良いのです。会談が進むにつれて議論は白熱。激しい口論の末,二人は殴り合いを始めます」
「そうなったら戦争確定だぞ」
「激しい喧嘩の末、二人の衣服がはだけていきます」
「え?」
「そして交渉は持ち越されるのです。ベッドの上へとーー」
「どういうこと!?」
「『意見はお前の体に聞こう』ってことです」
「いや分かるか!!」
「お気に召さないようですね。では次」
「もう既にお腹いっぱいなのだが」
「二人の王子は戦場に居ます。かつて互いに夢を語り合った二人が、今は憎しみ合い、剣を交えています。銃弾の雨と砲弾の飛び交う中、二人は睨み合います」
「もう嫌な予感がする」
「そして二人の対決シーン! 『お前のことが好きだったのに!』『俺もお前が好きだ!』と二人はベッドでささやき合います」
「何で戦場でベッドインしてるの!?」
「戦場の恋なんてロマンティックではないですか?」
「TPOをわきまえるべきだと思う」
「次。二人の王子は寿司職人を目指して修行に励んでいました
「既におかしい! まず何で王子なのに寿司の道に進もうとしてるんだ!」
「創作物だからよいのです。表現の自由」
「これもう表現の暴力だろ」
「二人は励まし合い、それでいて良いライバルとして、互いに認め合う存在でした。しかし些細なすれ違いから、エドマンド王子は出て行ってしまいます。
セリオス王子は5秒ほど深い悲しみにくれました」
「いや全然悲しんでない! 寿司握る時間より立ち直り早い!」
「悲しみを乗り越えたセリオス王子は身を持ち直し、それまで以上に麻雀に励みました」
「道踏み外してない?! 何か麻雀に入れ込んでるけど!」
「努力の甲斐あって、王子は新しく自分の寿司屋を持つことが出来ました」
「こいつが握っていたのは寿司じゃなくて麻雀の牌なのでは」
「そしてセリオス王子が忙しく働いていると、シャリの上にエドマンド王子が乗って流れてきました」
「どういうこと!?」
「セリオス王子は感動して涙を流しました」
「シャリの上に人が乗ってるのに!?」
「『泣くなよ』とエドマンド王子はそんなセリオス王子を励まします」
「お前はまずシャリから降りろよ!」
「『お前がネタならシャリは俺だ』とセリオス王子が言いました。そして二人は醤油の上でとろけ合うのです」
「ナニコレアタマオカシクナル!」
「王子、気を確かに」
「お前に言われたくないわ!!」
「次」
「まだあるの!?」
「クリスマスにセリオス王子はサンタさんにあるお願いをしました。それは『甘いお菓子が欲しい』でした」
「……」
「しかし翌日目を覚ましても、プレゼントは何も用意されていませんでした。
がっかりしたセリオスが身支度をしようとした時、ソックスの中からエドマンド王子の手がンニョキっと出てきました」
「怖いよ!!!」
「そしてエドマンド王子はシャリに乗って出てきました」
「まだ寿司ネタやってたの!?」
「寿司だけに?」
「うるさい!」
「そして『甘い関係はいかが?』とヌッサホッパスは甘い声でささやきます」
「唐突に全然知らないやつが来た!!」
「そして絡み合うヌッサホッパスとワイモスンペ」
「全然知らない人と全然知らない人が全然知らない絡みを始めた!」
「次。二人はダーツをしていました」
「はあ、はあ、さっきまでがおかし過ぎたせいで、ここまではすごくまともに見える」
「セリオス王子は矢をエドマンド王子のお尻に向って投げていました」
「何を的にしてくれてるんだよ!!」
「しかしうまく中心に刺さりません」
「それ一番刺したら駄目なところだろ!」
「的の中心に刺すためには秘密の言葉が必要でした。しかしセリオス王子は知りません尻だけに。どうしてもエドのロイヤルホールに届かせたい。セリオス王子は『あんなに一緒に居たのに、俺はエドのことを何もわかっていない』と泣きます。しかしその時、凄腕のハッカーが黒潮に乗ってやってきt」
「お前さっきから短編ホラー小説朗読してんのか!!! いい加減にしろ!」
セリオス王子は持っていた私の同人誌を床に投げつけた。
「セリオス王子、ものを粗末に扱ってはなりません」
「やかましいわ!」
肩で息をしていたセリオス王子は次第に落ち着きを取り戻していく。
「良いかアマンダ、よく聞いてくれ。こんなに君がおかしなことをしていても、僕は君のことが好きだ。愛している」
「とても嬉しいです」
「だが先述の通り、君と結婚することは出来ない」
「ええ!?」
「ええ、じゃないよ! この国は沢山の問題を抱えている! 君も知っているだろう」
そう言って王子はこのアルセリオ王国が抱える問題点を列挙し始めた。
この国はダルメイン王国と領土の問題を抱えている。
いつ戦争になってもおかしくない。その空気を察して国外に逃げる民も後を絶たない。
国民が減れば収穫できる作物も減る。税収も減る。土地は荒廃する。
そして革命軍の動きもある。最近はやけに静かにしているようだが、少し前までは各地で暴動が起こしていた。だが嵐の前の静けさで、またいつ暴れだすか分からない。
国が荒れれば識字率も下がり、回りまわって、どんどん国家の力は削がれていくだろう。
「僕は君を愛しているが、この国を預かる身として、これらの問題を野放しには出来ない。だからこんなものを描いている君と結婚することは出来ない」
「成程、それらの問題が気になっていたから婚約破棄を申し出られたと」
「アマンダ……」
王子は私の顔を覗き込むように見た。
「アマンダ、どうして笑っている」
どうやら自然に私の口角は上がっていたらしい。これが笑わずにいられるだろうか。ルイスに取られたのではないのなら、何の問題も無いからだ。
「王子はこの三年、学園にこもりっきりだったのでご存知ないのですね」
彼の父親は、王位を継ぐ前に、セリオスには勉強に集中させたいたいと思っていた。全寮制の学園に入れ、外部からの情報を一切遮断させていた。
そのため王子はアルセリオ王国内のここ三年の内情を、ほとんど知らないのだ。
「どういうことだい?」
セリオス王子は眉根を寄せる、。
「ご存知無いのですか? 我が国の識字率が急速に上がっているということを」
「な、何だと?」
「私の描いた漫画がばら撒かれると、この国の子女たちはBL漫画を読みたい一心で字の勉強を始めました。結果的に識字率が爆上がりしたのです」
「そんなバカな!?」
「何ですか、その主人公を追い詰めておきながら予想外の奥の手を使われて敗北する悪役みたいなセリフ」
「ピンと来ない例えやめて!」
「あと漫画を流通させるにはお金がかかりますよね。お金をかけて流通させていくということは、一つの経済圏が生まれるということでもあります。印刷所が増えたり紙やインクの需要が高まったり。そうすると雇用が生まれて、更にお金の循環が起こります」
「な、君はあの卑猥で大アタオカな本で経済圏を生生み出したというのか!?」
「そして、話が前後しますが、あまりに需要が高まりすぎて、従来の印刷技術では間に合わなくなりました。ので、印刷技術が進歩しました。写本に比べると100倍くらい早いです」
「僕の犠牲のもとに技術革新が起きているだと!?
ちなみに活版印刷、木版印刷の技術で、私が元居た世界の知識を活用させてもらった。
「それと暴れていた革命軍ですが、解散しました」
「何故?!」
「革命軍も私の描いた漫画を読んでいたんですが、セリオス王子が攻めか受けかで内部分裂した挙句に空中分解したようです」
「破壊工作に利用されとる!!!」
「あとあまり関係ありませんが、セリオス王子(裸)の像が各地に立ち始めています」
「建てたやつ絶対そういう目で見てるだろ!! すぐに取り壊せ!」
「あとダルメイン王国との戦争ですが、あっちの国はそれどころではないようです」
「ど、どういうことだ?」
「ダルメイン王国にも私のBL漫画が広まっていて、これを取り締まろうとしたら暴動が起きて、それを鎮圧するのに精いっぱいのようです。まあBL漫画圏は既にあっちの国にも広がっているので、そのうち政府は黙認するしかなくなるでしょうね」
「国動かしとる!!!」
「いやいや、そんなに褒めないで下さいませ」
「褒めてないよ!」
「褒められるべきはセリオス王子のカラダです」
「嬉しくないんだが!」
「アマンダ先生、流石ですわ!」
それまで黙って私たちの話を聞いていた、この乙女ゲームのヒロイン、ルイスが目を輝かせて言った。
「ずっとファンでした。いつも応援しています。サイン下さい!」
「る、ルイスさん! 『アマンダを止めるのを手伝う』というから連れてきたのに、最初からこれが目当てだったのか!」
王子の元を飛び出したルイスは私の方に駆け寄ってきた。
「ということで王子、問題は解決したので私と結婚してもらいます」
私はルイスの額に、ペンで王子の上裸を描きながら言った。
「た、確かに君のお陰でこの国が良い方向に進んでいるのは事実のようだ……。僕のために働いてくれたのに、軽々しく婚約破棄を宣言して申し訳なかったと思っている」
王子は頭を下げた。ちょろい。
私が王子のために動いていたのは、事実ではあるが、どっちかというと欲望のまま漫画を描いていたら成り行きでそうなってしまったという要素の方が強い。
私は王子の右手を包み込むように握り、言った。
「あなたにはこの国を守る力があります。私も手助けします」
王子はゆっくり、頷いた。私も頷き返す。
「この国の未来は王子の双ケツに……いや双肩にかかっているのです」
「台無しだよ」
おわり