愛なんてなかった。
──西暦20XX年。人類はもう、ほとんどが滅亡していた。
そんな中で、二人の少女が暮らしていた。一人は鮮やかなピンク色の髪をしていて、サクと呼ばれている。対照的に、もう一人は色素の薄い灰色の髪で、リツと呼ばれている。
彼女たちは、物心ついた時から共にあった。洋服が欲しくなったら、寂れた服飾店にでも行けば取り放題だったし、食べ物に関しては、自らで作物を育てて自給自足をしていた。土壌や水はまだ生きていたのだ。
しかし、彼女たちは娯楽というものに飢えていた。遊び道具なんて腐るほどあるが、どれも二人には合わなかった。読めない文字も多いので読書もできず、たまに公園の遊具で遊ぶくらいだった。
二人は、ある程度成長したとき、快楽を知った。それからは何度も身体を重ね、余計に依存していくようになった。
──そして、そんな彼女たちは、なぜかお互いに永劫の時を過ごしてきたかのような感覚があったのだ。
***
ある日。
「……ねえ、リツ」
「なに、サク」
少し苛立ちを含んだような声で、サクが口を開いた。
「最近私たち、全然やってないよね、あれ」
「……うん、そうだね。でも私、こうやってあなたと触れ合っているだけでも幸せだから」
なんでもないような様子で、リツは言う。けれどもサクは、彼女がなにか隠し事をしているのではないかと思っている。だからこそ、最近は強く当たってしまうことが多いのだ。
それにサクは、リツへの愛が特に重い。何よりも、彼女の体温を肌で直接感じたかった。快楽に溺れたかった。
「あんた、そんなことばっかり言ってるよね。なんで? 私のこと好きじゃなくなったの? ねえ、なんで?」
「……っ、そ、それは……」
サクが思っているように、リツには隠し事があった。それは最近思い出した、自分の正体のこと。伝えるのがなんだか憚られた。
「──なんで言えないの? やっぱりリツ、私に何か隠してるでしょ。ねえ、言ってよ。私はこんなにあんたのことが好きなのに……隠し事なんて、一度もしたことないのに……!」
「さ、サク……!」
リツは、完全にサクに気圧されていた。──このままだと襲われる。正直言って、それもやぶさかではなかったのだが、ギリギリで自制した。
……やっぱり、言うしかないんだろうか。まあ良いか、このままでいるよりはマシだ。
リツはそう思って、サクの方を向いた。そして、おもむろに口を開く。
「──サク。私は、普通の人間ではない」
「え?」
「世界の、人類の終末を予期して作られた。……作られた、なんて言っても、ほとんど普通の人間だけど」
サクは、呆けた表情でリツを見つめている。こんなことを言われるなんて思ってもいなかったのだ。とても理解が追いつかない。
「……どっ、どういうこと? それって、普通の人間と何が違うの」
「この世界を復興させるまで、死ぬことができない。そう遺伝子に組み込まれている。……実は、こんなことしばらく忘れていたんだけど」
やはり、何もかもがサクには予想外だった。
──『この世界を復興させるまで、死ぬことができない』。……もしそうなら、私も一緒に復興を手伝えばリツと一緒に死ぬことができる。サクはそんなことを思った。
「なーんだ、思ってたよりも大したことなかったじゃん! これを隠してたってわけ?」
あっけからんとした様子で尋ねるサク。一方リツは、複雑そうに彼女から目を逸らす。
彼女の隠し事は、まだもう一つあった。
「ねえ、あなたは考えたことがある? 自分が生き残っている理由を」
「……生き残ってる、理由?」
突然話を変えるリツに、サクは驚いたように反応した。
──そう、考えてみればおかしいのだ。なぜ、普通の人間であるはずのサクが今、こうして生きているのか。人間はもう、滅亡しているのに。
こんなの、答えは一つしかない。
「それ……私も、普通の人間じゃないって……こと?」
「うん」
なんで、ずっと気づかなかったんだろう。……それは多分、ずっと必死だったからだ。どうすれば二人で幸せになれるのか、それしか頭になかったからだ。
「私たちが一緒にいるのは、偶然でも運命でもない、ただの必然。きっとそうなんだよ」
「…………そ、それは分かった。で、私は一体何者なの? もしかして、リツと同じ──」
「それは違う。違う、けど……協力者みたいなものじゃないかな。少し、似ている」
協力者。でもそれなら、私たちは一緒にいることができるんじゃないかと、サクは思った。
しかし……物事は、そう簡単には進んでくれない。
「ねえサク。私たちは、今よりもずっと離れた場所でそれぞれ使命を果たさなければならない。そんな気がする」
「……な、なんで……っ! そういうこと言うの! 今になって、そんな悲しいこと……!!」
「さっき言ったでしょ、しばらく忘れていたって」
そう言いながらも、リツは泣きそうになっていた。サクはもうすでに、大粒の涙をボロボロ流している。
……だいたい、今頃思い出したのも──
「あなたのせいだよ、サク」
「……え?」
「あなたと過ごす時間が、あまりにも楽しかったから。頭の中が、いつもあなたでいっぱいだったから。ずっと、あなたしか見ていなかったから──思い出すことができなかった! 全部全部、サクのせい!!」
生まれて初めて、リツは声を荒らげていた。いつも控えめだったリツが、こうして本心を露わにしてくれたのだから、サクは悲しさよりも嬉しさが勝っていた。
「……ふふ、リツってば、そんなに私のこと好きだったんだ」
目を赤く腫らして、サクは笑っていた。リツは、そんな彼女を直視できなかった。
──好き。私のことが好きすぎるところも、その綺麗な髪の毛も、可愛い笑顔も、サクの全てが好き。私にはサクしかいなかったし、サクには私しかいなかった。だから、ずっとずっと好き。大好き。
……だけど、その言葉を口にしてしまったら、このままではいられなくなる。目的を遂行するのに情愛なんて無駄なものでしかない。リツは、頭ではそう分かっていた。分かっていた、のに──
「……好き、大好き!! わたしはやっぱり、あなたと一緒がいい、サク……」
言わずにはいられなかった。この思いを否定するのは、絶対に駄目だ。気がつけば、リツもまた涙を流していた。
「──うん、私も大好きよ、リツ。そ、そんなに泣かれたら……っ、私、まで……泣いちゃうじゃん!!」
お互いにもう、顔はぐちゃぐちゃだった。
***
それから二人は、しばらく抱き合いながら泣いていた。ようやく落ち着いてきた頃、サクが口を開いた。
「これからどうしよっか。ずっと一緒にいるんでしょ?」
「ん……何も、考えてなかっ──」
瞬間、彼女たちの間に、ザザッというノイズが走った。それはどんどん大きくなっていく。そして、意識が飛んだ。
──二人は、また同じ過ちを犯した。ただそれだけのことである。
* * * * *
ある日。
「……ねえ、リツ」
「なに、サク」
少し苛立ちを含んだような声で、サクが口を開いた。
「最近私たち、全然やってないよね、あれ」
「……うん、そうだね。でも私、こうやってあなたと触れ合っているだけでも幸せだから」
なんでもないような様子で、リツは言う。けれどもサクは、彼女がなにか隠し事をしているのではないかと思っている。だからこそ、最近は強く当たってしまうことが多いのだ。
それにサクは、リツへの愛が特に重い。何よりも、彼女の体温を肌で直接感じたかった。快楽に溺れたかった。
「あんた、そんなことばっかり言ってるよね。なんで? 私のこと好きじゃなくなったの? ねえ、なんで?」
「……っ、そ、それは……」
サクが思っているように、リツには隠し事があった。それは最近思い出した、自分の正体のこと。伝えるのがなんだか憚られた。
「──なんで言えないの? やっぱりリツ、私に何か隠してるでしょ。ねえ、言ってよ。私はこんなにあんたのことが好きなのに……隠し事なんて、一度もしたことないのに……!」
「さ、サク……!」
リツは、完全にサクに気圧されていた。──このままだと襲われる。正直言って、それもやぶさかではなかったのだが、ギリギリで自制した。
……やっぱり、言うしかないんだろうか。まあ良いか、このままでいるよりはマシだ。
リツはそう思って、サクの方を向いた。そして、おもむろに口を開く。
「──サク。私は、普通の人間ではない」
「え?」
「世界の、人類の終末を予期して作られた。……作られた、なんて言っても、ほとんど普通の人間だけど」
サクは、呆けた表情でリツを見つめている。こんなことを言われるなんて思ってもいなかったのだ。とても理解が追いつかない。
「……どっ、どういうこと? それって、普通の人間と何が違うの」
「この世界を復興させるまで、死ぬことができない。そう遺伝子に組み込まれている。……実は、こんなことしばらく忘れていたんだけど」
サクは、聞き覚えがあるようなないような、不思議な感覚に囚われていた。
──『この世界を復興させるまで、死ぬことができない』。……もしそうなら、私も一緒に復興を手伝えばリツと一緒に死ぬことができる。サクはそんなことを思った。
「なーんだ、思ってたよりも大したことなかったじゃん! これを隠してたってわけ?」
あっけからんとした様子で尋ねるサク。一方リツは、複雑そうに彼女から目を逸らす。
彼女の隠し事は、まだもう一つあった。
「ねえ、あなたは考えたことがある? 自分が生き残っている理由を」
「……生き残ってる、理由?」
突然話を変えるリツに、サクは驚いたように反応した。
──そう、考えてみればおかしいのだ。なぜ、普通の人間であるはずのサクが今、こうして生きているのか。人間はもう、滅亡しているのに。
こんなの、答えは一つしかない。
「それ……私も、普通の人間じゃないって……こと?」
「うん」
なんで、ずっと気づかなかったんだろう。……それは多分、ずっと必死だったからだ。どうすれば二人で幸せになれるのか、それしか頭になかったからだ。
「私たちが一緒にいるのは、偶然でも運命でもない、ただの必然。きっとそうなんだよ」
「…………そ、それは分かった。で、私は一体何者なの? もしかして、リツと同じ──」
「それは違う。違う、けど……協力者みたいなものじゃないかな。少し、似ている」
協力者。でもそれなら、私たちは一緒にいることができるんじゃないかと、サクは思った。
しかし……物事は、そう簡単には進んでくれない。
「ねえサク。私たちは、今よりもずっと離れた場所でそれぞれ使命を果たさなければならない。そんな気がする」
「……な、なんで……っ! そういうこと言うの! 今になって、そんな悲しいこと……!!」
「さっき言ったでしょ、しばらく忘れていたって」
そう言いながらも、リツは泣きそうになっていた。サクはもうすでに、大粒の涙をボロボロ流している。
……だいたい、今頃思い出したのも──
「あなたのせいだよ、サク」
「……え?」
「あなたと過ごす時間が、あまりにも楽しかったから。頭の中が、いつもあなたでいっぱいだったから。ずっと、あなたしか見ていなかったから──思い出すことができなかった! 全部全部、サクのせい!!」
生まれて初めて、リツは声を荒らげていた。いつも控えめだったリツが、こうして本心を露わにしてくれたのだから、サクは悲しさよりも嬉しさが勝っていた。
「……ふふ、リツってば、そんなに私のこと好きだったんだ」
目を赤く腫らして、サクは笑っていた。リツは、そんな彼女を直視できなかった。
──好き。私のことが好きすぎるところも、その綺麗な髪の毛も、可愛い笑顔も、サクの全てが好き。私にはサクしかいなかったし、サクには私しかいなかった。だから、ずっとずっと好き。大好き。
……だけど、その言葉を口にしてしまったら、このままではいられなくなる。目的を遂行するのに情愛なんて無駄なものでしかない。
こんなこと、本当は言いたくない。だって、微塵も思っていないんだから。
「ううん……好きじゃ、ない。サクのこと……」
『嫌い』とは言わなかった。それが、彼女のせめてもの抵抗だ。
「な、なんで……? さすがに冗談よね、それ……」
「冗談かもしれないし、そうじゃないかもしれない。それと──サクも、私のことを好きって言うの、やめて……ほし、い……っ」
自然と涙が溢れていた。それもそうだ、こんな、誰も救われないようなことを平然と言えるわけがない。
サクの顔は、すっかり絶望に染まっていた。綺麗だな、なんて……少し失礼なことを、リツは思った。
「ごめんねサク。だけど……こうするしかっ、ないと、思うの……」
「わ、私は……! そんなこと、思わない!」
「で、でも……本能が、告げてるの。『今度こそ間違えるな』って……」
「間違えるって、何を……? ちゃんと教えてよ、じゃないと分からない!」
口ではそんなことを言っているサクだが、実は彼女も薄々勘づいていた。
これまでの会話にも、随所随所で違和感を感じることがあったのだ。なんだか、聞き覚えのあるような、言いようのないおかしな感覚だった。それをデジャブというのだが、彼女はそんな言葉を知らない。
「ねえ、サク……? やっぱりもう、好きなんて言うのはやめよう。愛し合うのはやめよう。私たちの間に、愛なんてなかった。そういうことにする」
「愛なんて……なかった……?」
それは二人にとって、極めて残酷なことだった。私たちから愛がなくなったら……一体何が残るのか。二人とも、そう考えてしまったのだ。
しかし、この選択が正しいということは、きっと紛れもない事実であって。
これ以上足掻くのはやめよう──そう、二人同時に思った。私たちは幸せになれる。どんなに時間がかかろうとも、いつか絶対に巡り会ってみせる。
「でも……どうやったら、この状況から抜け出せるの? 私、方法分かんないし」
「それはね……」
それは、ただの直感だ。だけど……きっと合っているだろうと、リツは思った。
細く真っ白な指が、サクの頬に触れた。そして二人は、お互いにゆっくりと顔を近づけて────口づけをした。
サクの身体が消えていく。一方、リツは残ったままだ。やはり二人は、離れ離れになってしまうということ。
それでも二人は、お互い姿が見えなくなるまで、真っ赤に腫れた目を精一杯細めて笑い続けた。
***
──私は、目を覚ました。なんだか、とても懐かしい夢を見ていたようだ。
あの子は、元気にやっているかな。ちゃんと、仲間の人たちを見つけられたかな。世界は、ちゃんと復興してるかな。
私、いちおう神様なのに。仕事に悩殺されて、まともに地上の様子を窺うこともできない。……さすがに、いきなり神様にされたときは驚いたけど。
あの時、あんたがああ言ってくれたから今がある。当時はすごく辛かったけど、今はもう大丈夫だ。場所こそ離れてしまったけど、いつでも見守っているから。目指しているものも、同じだから。
全部終わったらまた会おうね。──ずっと、愛してるよ。
重い百合とか、女の子が絶望に染まっていくのとか好きです。
関係ないけど、アスタリスク(***)、便利すぎて使いすぎてしまう。これに頼らずとも自然な場面転換ができるようになりたい。