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魔女と呼ばれた少女の最期の一日

作者: いぬい

 

「魔女」と呼ばれた私は明日、国の中央広場で磔にされるそうです。


 なんでも、私たち王族には200年に一度、魔女として覚醒する子が産まれるらしいです。


 もちろん、そんな話はお伽噺ですし、私に魔法なんて唱えることはできません。そもそも、魔法が使えていたらとっくの昔に、この軟禁されている部屋から出ています。


 お父様は泣きながら、「すまない。私が傀儡なまでに、お前たちを守ってやれなくて。父親失格だ。すまない。本当にすまない」と仰っていました。


 かいらい?という言葉の意味は分かりませんが、お父様は国王として、正しい判断をしたのだと思っています。


 家庭教師のネイビーも「国王様の発言、行動、その全てが国の意思となります」と、国政学の授業で教えてくださいました。


 仕方のないことなのです。


 お母様は、魔女を産んだ罪として女王の位を剥奪され、国外へ追放となりました。

 本来なら磔は免れないところでしたが、お父様の力でなんとか安全な場所へ避難させたと、付き人のジェシーが言っていました。


 お父様もお母様も存命で、民たちの憂いも晴れるのであれば、私は喜んで自分の死を受け入れようと思っています。


 窓の外に目をやると、燦々と輝く夕日が山の中へ沈もうとしています。

 私が二ヶ月ほど前にこの塔に囚われてから、幾度となく見てきた光景ですが、何度見ても自然が作り出す美しさに心を奪われます。


「これも今日で最後かぁ……」


 今さらどうすることもできないことは分かっています。それでも、この胸を締めつけるような焦燥感はなんなんでしょうか。


「苦しいよぉ……お父様ぁ、お母様ぁ……」


 頬を伝う涙を照らしていた夕日が、青白い月に変わるその瞬間まで、私は外の世界を眺めていました。


 ーーー


「王女様、本日の夕飯をお持ちしました」


 ノックとともに部屋に入ってきたジェシーは、運んできたトレーをテーブルに置くやいなや、私の手を強く握りしめました。


「王女様、今すぐ逃げましょう。まだ間に合います。ここから南西の地に、魔法使いの王国があるそうです。そこなら事情を話せば受け入れてくれるはずです」


 決して離さんとばかりの強さで握るジェシーの手は、どこか震えているようでした。


「ありがとう、ジェシー。それで、私がここから逃げ切れたとして、貴女はどうなるのですか?」


「そ、それは……」


 私はもう片方の手で彼女の頭を撫でました。

 強く握っていたジェシーの手は、しだいに弱くなりました。


「私が逃げたと分かれば、付き人である貴女の処罰は免れません。それは貴女だけではなく、家族や友人も同様でしょう。私は、民たち同様、貴女にも幸せでいて欲しいのです。ジェシー、私の最期のワガママ、聞いてくれますね?」


 撫でていた手を頬に回し、彼女の涙を拭います。

 ジェシーは私より八つほど年上ではありますが、今日だけはもう一人妹ができたような、そんな気持ちになりました。


「王女様……」


 彼女は力なく頷き、私の手を離しました。

 その声には、悲しみとか諦めが交じり合っていたかのように感じます。


「ありがとう、ジェシー。付き人が貴女で本当に幸せでした」


 私は微笑みながらジェシーを見つめました。

 彼女はまだ何かを言いたげな目をしていましたが、それを飲み込むように唇を噛み締めていました。


「お父様に、ありがとうとお伝えください。私はそれだけで十分です」


 ジェシーは深く息を吸い込んで、静かに頷きました。


「分かりました。王女様の思い、必ずお伝えします」


 私たちはしばらくの間、言葉を交わすことなく、その場に立っていました。外の月明かりが部屋を照らし、静寂の中で時間がゆっくりと流れていました。


「もう下がりなさい、ジェシー。もう夜更けです。私が心配ですから」


 ジェシーは一瞬ためらいましたが、やがて決意を固めたように頷き、深々と一礼して部屋を後にしました。扉が閉まる音が響き、再びこの部屋に静寂が戻りました。


 テーブルに置かれた料理には、私の好物であるジャガイモのスープもありましたが、どうにも喉を通らなく、一口で食べるのをやめました。


 窓の外を見ると、月明かりが一層鮮やかに輝いていました。その光に照らされながら、私は自分の運命を受け入れる覚悟を再確認しました。


 そう、お父様方や、従者のみなさん、そして、民たちのために、この命を捧げる決意をしたのです。


 ーーー


 翌朝、処刑の時間がやってきました。

 衛兵たちが私を迎えに来る音が響き、重い足取りで私は立ち上がりました。心の中では恐怖と緊張が渦巻いていましたが、それを表には出さないよう歯を食いしばりました。


 広場に連れて行かれると、そこには数多くの民が集まっていました。彼らの表情には悲しみや怒りが見え隠れしていましたが、私を責める声は一つもありませんでした。むしろ、その視線には同情と敬意が込められているように感じられました。


 処刑台に立ち、私の両手が縛られました。心の中で最期の祈りを捧げながら、私は目を閉じました。


 その時、突然大きな音が広場を震わせました。目を開けると、先ほどまで私が囚われていた塔が崩れ始めていました。広場は混乱の渦に包まれ、民たちは我先にと逃げ惑っていました。その中で、手足を縛られた私だけがその場に残されてしまいました。


 塔の崩壊は一体何が原因なのか、考える余裕すらありませんでした。


 一瞬の出来事に茫然としていると、一人の衛兵が叫びながら塔の中から出てきました。


「これは魔女の呪いだ!」


 衛兵の叫び声は恐怖と混乱を煽り、周囲の人々はその言葉に反応し、恐怖の色をさらに濃くしていきました。


 すると突然、私の足元に何者かが飛び込んできました。

 黒いフードを被っていましたが、昨夜見たその顔には必死さが浮かび、手には小さなナイフが握られていました。


「王女様、今すぐ逃げましょう」


 ジェシーは素早く私の手足の縛りを解いてくれました。自由になった手足で私は彼女を抱きしめ、感謝の言葉をかけました。


「ジェシー、ありがとう。でも、まだ塔の中にあの子が……」


「時間がありません! それに、第二王女様はもう……」


 目を伏せながら言葉を濁す彼女を尻目に、私は一目散に塔へと走り出しました。


 塔へ向かう私の心臓は激しく鼓動していました。

 あの子がまだ無事であることを願って、恐怖と希望が入り混じった気持ちで足を動かしました。


「王女様、待ってください! 危険です!」


 ジェシーの声が聞こえましたが、私は立ち止まることなく、塔の入り口へと辿り着きました。中は崩壊の影響で瓦礫が散乱し、煙が立ち込めていました。


「リリー! どこにいるの? 返事をして!」


 声が掠れるまで叫びましたが、応答はありませんでした。それでも私は諦めずに、瓦礫の中を掻き分けながら進んでいきました。崩れた石と煙の中、ようやくリリーの小さな姿が見えました。


「お姉さま……」


 薄暗い空間にたたずむ彼女は、私と目が合うと小さく微笑みました。しかし、どこか普段と違う雰囲気に、私は少しだけ身震いしました。

 それでも、実の妹が無事であることが何よりも喜ばしく、私は彼女のもとに駆け寄り、その体をしっかりと抱きしめました。


「お姉さま、私は……」


 彼女の言葉は弱々しく、しかし何かを訴えるようでした。その目には不安と決意が交じり合っているように見えました。


「大丈夫ですよ、リリー。今すぐここを出ましょう。外でジェシーも待っています。一緒に行きましょう」


 私は彼女を抱き上げようとしましたが、リリーは首を横に振りました。


「お姉さま、私には分かるの。だって私は……」


 その言葉を聞いた瞬間、私は彼女の異変に気付きました。リリーの身体は異様に冷たく、肌には黒い斑点が浮かび上がっていました。それはまるで、何か呪いのようなものが彼女を蝕んでいるかのようでした。


「リリー、これは一体……」


 少しの沈黙の後、彼女はゆっくりと答えました。


「私が、魔女だったの……」


 その言葉に、世界の色が変わるような衝撃を受けました。そして、リリーは私を見つめながら続けました。


「お父様もお母様も、みんな私を守ろうとしてくれた。でも、私はもう……」


 彼女の言葉が途切れ、涙がリリーの頬を伝いました。私は彼女の手を握りしめ、強く言いました。


「リリー、そんなことないわ。あなたは私の大切な妹です。何があっても、一緒にいましょう」


 リリーは涙を拭いながら微笑みました。しかし、その表情はどこか悲しげで、彼女の決意が伝わってくるものでした。


「お姉さま、ありがとう。でも、私はもう自分の運命を受け入れるしかないの」


 その瞬間、塔が再び大きく揺れました。瓦礫が崩れ落ち、出口が塞がれる音が響きました。

 リリーは私の手を握りしめたまま、静かに言いました。


「お姉さま、私の残された魔力で、ここから逃げてください」


「何を言ってるの、リリー!」


「これが、私の最期の願いです」


 リリーの目には、決して揺るがない決意がありました。彼女は小さな手をかざし、魔法の光を放ちました。その光が私を包み込み、瓦礫を押しのけて道を開けていきました。


「リリー、やめて!」


「お姉さま、愛しています。どうか、生きて」


 その言葉とともに、私は外の光の中へ放り出されました。振り返ると、リリーは瓦礫の中で、微笑んでいました。その姿が消えゆく中、私は涙を流しながら、彼女の名前を叫び続けました。


 塔の前に運ばれた私にジェシーは駆け寄り、強く抱きしめてきました。私は、彼女の胸に顔を埋め、泣き続けました。リリーの犠牲によって得た命を、無駄にしてはいけないと心に誓いながら。


「王女様、行きましょう。リリー様のためにも、強く生きてください」


 ジェシーの言葉に力をもらい、私は立ち上がりました。これから先の道は険しいものになるでしょう。しかし、リリーの想いを胸に、私は新たな未来を切り開く決意を固めました。







 ……そう、今思えば、私は愚かでした。


 こんなことにも気づかなかったなんて。


 ジェシーがなぜ、リリーのことを知っていたのかをーー


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