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2話 繰り返された時間のその先へ

お読み下さりありがとうございます。


この話で完結となります。


内容を圧縮した為に言葉足らずの

文章が多々ありますが、サラリと読み流

していただけると幸いです。


※誤字脱字報告。ありがとうございました。

m(_ _)m





 深夜、城門の前に立っている護衛から見えない場所で手帳を開く。手帳に描き溜めた魔術紋の中から一枚を選ぶと、首に下げたバッグの2つを通常の大きさに戻し中から幻影草と大量の薪を取り出す。選んだ魔術紋に幻影草を載せ魔力を注ぐ。出来たのはオーロラの色をした着火剤。



――タイムリミットは約1時間




 更に、魔術紋を使い自身の姿を見えなくした私は、作りたての着火剤に火を付ける。すると、薪はすぐに燃えだした。

 この炎を見た人は、炎が消えても1時間は炎が見えていると錯覚する。そして、私の姿を他の人から見えなくできるのも1時間だ。


 門番が慌てて火の上がった方へとやって来た隙に城門をくぐる。前から馬に乗った騎士が門番の慌てる声を拾いこちらに向かってくる。生け垣の木を折り、錬金術で硬い珠を作ると魔術紋に魔力を注ぎ強風を操り馬に当てる。すると、馬は驚き前脚を上げ騎士を背から落とした。

 

 強風をもう一度操り自身を風で纏うと私は瞬時に馬に飛び乗り、手帳に描かれている動物を操ることができる魔術紋に魔力を注ぐ。馬は私の願いを聞き入れる。「急いで城の中に入りたい」馬は走り出すと城の扉を通り過ぎ私は慌てる。走る馬の足の速さに、振り落とされないようにガッチリしがみついていた私は扉を通り過ぎた馬に声を掛けることが出来ずにいると、馬は城の裏口の前で止まる。すると、馬は前足を上げて裏口の扉を叩き、破壊する。馬は仕事を成し遂げたと言わんばかりにヒヒーンとひと啼きするとブルルと首を左右に振る。私は馬の首をひと撫でし小さな声でお礼を告げ馬から降りると、集まってきた騎士と使用人を掻き分けて城内に侵入した。


――彼はどこにいるのだろう




 廊下をキョロキョロと見回し早歩きで奥へと進む。前から来るのは城内の見回りをしている人だろうか。その人は小声で「アスタート様」と呼んでいる。誰かを探しているようだ。聞いたことがあるような名前に首を傾げる。

 更に歩く速度を速めて奥へと進む。彼の居る場所が分からなく、無駄に時間だけが過ぎていく。

 人に魔術を掛けたくはなかったが馬のときと同じ魔術を行使して彼の場所まで連れて行ってもらうしかない。そう思い、今度は人を探す。深夜なのに護衛もいないの?馬が扉を壊したから?あー、どうしよう。


 姿を消している間は魔力が消費し続けるし、もう一度姿を消すとなると城から出ることが出来なくなる。爺様が描いてくれた転移の魔術紋を行使する際に膨大な魔力が必要になるためだ。


 そのまま、為す術が思い付かずに急いで城内を歩き回るしか出来なく。タイムリミットを迎えてしまった。




 廊下の先に開けられた扉がある。なぜ、こんな夜中に扉が開いているのだろう?

 ここまでやっと来たのに、この先に進む前に開かれた扉の前を通り誰かに気がつかれでもしたら……彼に会う前に牢屋行きになる。そう考えていたときだ、開かれた扉からメイド服を着た女性が出てきた。


「あっ!」


 その女性と目が合う。彼女の大きく見開かれた瞳に私は動きを止める。私は、すぐに手帳を取り出すが手帳は手汗で滑り落ちる。手帳に手を伸ばし拾った瞬間「ア、アスタート様!アスタート様ですよね」またその名前?聞いたことがある名なのに、誰だったかしら?メイド服の女性は私に駆け寄りながら「お待ちしておりました」そう告げる。間違いで私の手首を掴み「こちらです」そう言って開かれた扉へと連れて行かれる。


「アスタート様がお越しになりました。わたくしは扉の前にいますのでご用の際は呼び鈴を鳴らして下さい」


 メイド服の女性は、開かれた扉の前から室内に向かってそう告げると、私に視線を向けて柔らかく微笑む。

 扉の中に入ると目の前には衝立が立っており、その向こう側から次に若い男性の声が発せられた。


「アスタート」


 その声は、聞き覚えのある声音だった。


「アスタート様、衝立の奥へどうぞ」


 私の後ろから、メイド服の女性が先へ進むように声をかけた後で開かれていた扉をパタンと静かに閉める。

 もう後ろへは進めない。そう思い、恐る恐る衝立の先へと歩み始める。

 そこには大きな天蓋付きのベッドがあり誰かが寝ているようだ。先ほどの若い声の男性だろう。


「アスタート、こちらへ」


 非常にまずい。私が違う人物だとバレれば牢屋行きだ。しかし、ここまで来たのだ。この人に話を聞いてもらえれば、彼のいる場所を教えてもらえるチャンスになるかも。


「申し訳ございません。私はアスタート様という名前ではございません。私は、第一王子のセラフィム殿下の病の治療に来た者です。城の中で迷ってしまったので、彼の場所まで案内をしていただきたいのですが」


「そう。では、なぜ第一王子が病に掛かっていると知っているの?」


「そ、それは……。言えません。でも、私だけが治すことができるのです。信じて貰えませんか?……お願いします。これが最後なのです。彼を治さなければ――」


「何の関係もない君が、なぜ病を治さなければならないの?」


――前世を思い出したから?

  それだけで、私はここまで来たの?

  いいえ……それだけじゃないわ


  それだけじゃない何かが思い出せない。


  



「セラフィムは俺だ。……こちらへ」


 質問に私が答えられずにいると、若い声の男性は自分が第一王子だと名乗る。

 ゆっくりベッドに近づいていくと天蓋のカーテンの隙間から金色の髪の毛がチラリと見えた。髪の毛を見ただけなのに私の心臓は激しく波を打ちはじめる。そしてまた一歩近づくと、空色の瞳がカーテンの隙間から私を捉えた。


「会いたかったよ。今世では、君が何処にいるのか分からなかった。今まで何処にいたんだ?」


――今世では?彼も私と同じなの?



「……遠くです。……海を越えて来ました」







 私は首から下げたバッグのひとつを元の大きさに戻す。その中から、カチュルム村から持ってきた鉄の砂と村の皆が錬金して作ってくれたルビー色の魔宿石、最後に小さなナイフを取り出した。

 魔宿石を口に含んだ後で、ナイフを右手に持つと左の手のひらに傷をつける。私の赤い血が鉄の砂の上に次々に垂れ落ちる。鉄の砂全体を赤く染まり終えると、呼吸を整え一気に魔力を注ぐ。小さなルビー色の石になるまで魔力を注ぎ続けた。


「出来た!」


 彼に自身を傷つけているのを見せないようにベッドから見えない床の上で錬金したのだが、彼に出来たての薬だと魔無石を見せれば顔色を悪くした。素早く手に包帯も巻いて、傷を見られないようにしたのだが。


「君は――」


 何か言いたそうだったが、私は気づかぬふりをして彼の背に腕を回しゆっくり体を起こし石を手渡す。その後で、ベッド脇の水瓶からグラスに水を注いだ。


「セラフィム殿下、飲んで下さい」


 彼は、なんの疑いもせずに石をグラスの水と一緒に飲み込む。それを確認すると、彼の背をベッドに戻し少し寝るようにと私は促した。


「すぐに良くなるはずです。起きたらまた話をしましょう」


 彼が眠りについたら私はすぐに魔術紋を行使して転移できるようにしなければ、第一王子の部屋に不審者が居ると思われ捕まったら最後、処刑されるだろう。私はニコリと微笑み彼にそう告げると、彼は首を左右に振り私に手を伸ばす。


「今すぐ、俺の話を聞いてくれ。君に伝えなければならないことがある。俺と君が初めて死を迎えたときのことだ――」


――初めて死を迎えたとき?

  初めて……とは……?



 彼の言葉に心が動く。それなのに、頭の中には霧が掛かったような?私は何かを忘れている?でも、何かが思い出せない。


 顔を歪ませながら当時のことを振り返るように、彼は私との出会いから最後に魔族の男に短剣で刺されるまでを話す。


「刺された後で、君は全ての力を俺に渡した。そして、その後すぐに君の父上が現れた――」


 人間の作った呪いの剣を使い、同族が私を刺したことを魔水晶で見ていた父が人間の国との掟を破り私達の前に姿を現したのだという。そして、父は私達を救うことが出来ない代わりに、永遠の愛を求めた私の魂と彼の魂をこの時代に縛り付けた。『私の元を去ってまで、お前が求めた人間との愛とやらを見せてみろ』そう私に告げたのだと彼は言った。




 話の途中で彼は自分の体の異変に気づいたらしく、自身の力で起き上がる。


「アスタート、君は俺に何を飲ませたんだ?体の痛みが……嘘だろう?」


 手を動かし、目で確認するとベッドから降り立ち私に抱きついてきた。突然、私の唇に彼は唇を重ねる。そして、私の口の中に生暖かいものを舌で押し入れた。


 それは、自らの意思があるかのように体の中にスルスルと溶けていく。その後で、目が回り出すと脳内にたくさんの映像が映し出され柔らかな魔力が全身を巡る。


 涙が頬を伝うと同時に、私は全てを思い出した。死んでから、何度も同じ時代を繰り返し生きてきた。生き返ると、いつも前世とは違う人物となり……何度もこの時代を繰り返していたのだ。





「セラフィム。貴方は何も変わっていないのね。全て昔のままよ」


 私の言葉に、彼の抱きつく腕の力が緩む。すると大きく見開かれていた彼の瞳は細められ優しく微笑むと「アスタート。おはよう」そう言って私の額に唇を落とした。


「おはよう?」


「そうだ。君は目覚めたばかりだ。俺の中でずっと眠っていたのだから」


 彼は私の髪を一房手に取り、それに唇を落とす。


「えっ?髪が――」


 彼の手に優しく握られた私の髪は漆黒の色をしている。彼が指差す方に視線をずらすと姿見に映る私の姿は元の姿へと変わっていた。


「……アスタート。まだ終わっていない。俺たちは君の父上に会わなければならないんだ」


 しかし、彼は第一王子。昔とは状況が違いすぎる。私は彼を救えただけで満足だ。


「俺を信じろ。君の夫だろう」


 憂いを帯びた私に、彼は昔のままの柔らかな表情を向けて微笑む。その言葉と彼の眼差しに私はコクリと頷き返した。







 セラフィムが着替え終えると、私は帰るときのために取っておいた魔宿石を飲ませる。そして、彼に魔力が蓄えられると二人で部屋を出た。


 扉を開くと目の前に先ほどのメイド服の女性が立っている。


「今まで、ありがとう」


 彼が言葉をかけるが彼女は私達に気がついていないようだ。その後も、廊下をスタスタと歩く彼と私に誰も気がついている様子がない。私の表情に彼は笑う。


「俺も魔法使いだよ。魔族の国の王城まで行けるくらいの魔力もある」


 そうだった。彼は魔法が使えたんだ。……ということは、本来の姿に戻った私も?でも今は、旦那様に任せて私はついて行こうと、魔法を使いたく逸る気持ちに蓋をする。


 厩舎から馬を連れ出し、それに跨り港まで走らせる。そこから船に乗り海を渡ると着いた先はリアトリージュ帝国だ。


 港で移動馬車に乗ると、ニつ先の町までの料金を払う。カタンコトンと車輪の音を鳴らしながら移動馬車は目的の街に着く。そこで馬を2頭借りるとカチュルム村を目指し歩みを進めた。





 港に着いたときに、彼に行き先を聞くとカチュルム村へ向かっていると言われたときには驚いた。そして、そこから魔族の国へ行くと彼は言う。


「カチュルム村?今世で私が生まれ育った村よ。村から魔族の国へ行けるだなんて聞いたこともないわ」


「……なんだって?アスタートはそんな遠くから城まで俺に会いにきたのか!」




 


 村へ着く頃には辺りは暗くなり、月明かりを頼りにしながら村へ入った。

 爺様と過ごした家にはまだ明かりが灯っている。久しぶりの我が家に少し緊張し、小さく扉を叩く。しかし、中から現れた人は……爺様ではなかった。そして、ここに住んでいた人はもうこの村には居ないと言われ、私は肩を落とした。


 セラフィムは私の肩を抱き、主人の代わった我が家をしばらくの間一緒に眺める。その後で私達は岩場の奥にある洞窟に移動した。


 洞窟内に入ると所々に生えている光苔が道を示しているように奥へと続いている。たまに青い水晶石が光苔の放つ光にきらりと青い光を放つ幻想的な光景の中を二人で手を繋ぎ奥へと進む。白く光る羽黒とんぼに似た虫がふわりふわりと横切り出すと、道の終わりが待っていた。道が途切れたその先は、一面が湖のように奥へと広がっていた。


「行き止まり?」


「大丈夫だ」


 私の問いに彼は私を抱きかかえると「行くよ」そう言って水面に足を踏み出した。


 強くしがみつくと彼は微笑みながら歩き出す。その歩みの違和感に目を開くと、なんと彼は水の上を歩いていた。


「浮遊魔法だよ」ニヤリ顔を浮かべると私の額に唇を落としクスクスと笑いながら先へ進む。


 下を見ると、水の中に光苔がポツリポツリと光を放ち、それは先に進むことで徐々に増えていく。水底一面に生えているところまでやって来ると、その光は水面にまで届き、先に見える水面から光が反射し洞窟全体が金色の幻想的な世界を生み出した。


「ここからは魔族の国だ」


 その光景に酔いしれていると、彼は眉尻を下げ柔らかな表情を浮かべる。




「遅いよー」

「待ちくたびれたー」

「腹減ったー」


 光の先から聞こえる声に視線を向けると赤く光る丸い玉が6つ見える。


「留守番してくれていたのかい?お利口な犬たちだ……ね、アスタート」


「……ケルベロス!」


 その声に、彼が早足で駆け寄ると、いつの間に洞窟の外へ出たのか水の上から地面に足を着けていた。


 彼の腕から降り地面に足を着けると、ブワリと魔力が体全体に満たされる。体から魔力が溢れ出し懐かしい感覚と心地良さを久しぶりに噛み締めた。そして、目の前にいる友との再会に胸が弾み嬉しさで涙がこみ上げる。


「早く帰ろうよー」

「みんな待ってるぞ」

「腹が減って死にそうだ」


「感動の再会なのに、この子達ったら!」


 何て薄情な駄犬達なのだろうと彼らに視線で訴える。


「えー!ずっと一緒に居たしー」

「爺様やってたの、俺だぞ」 

「前のお祖父様は俺がやった」


「……え?……爺様?」


「おしゃべりしてたのは違うよー」

「それって、言っちゃだめなんだぞ」

「言ったら怒られるんだよね」


 その情報に驚愕する私の隣でセラフィムがケルベロスに問う。


 「すぐに魔王……義父上にお会いしたいのだが、城に早くつくにはどうしたらいい?」 


「アスタートが飛べばすぐつくよー」

「今は羽がないんだぞ」

「俺らの背に乗せればすぐだよね」






 ケルベロスの背に跨がると彼らは真紅の瞳を輝かせ本来の大きさへと体を戻す。みるみると拡大されていく体は最後に魔牛の倍以上の大きさになる。


 落ちないようにフワフワの毛を握り締めると、チクッとするから強く握らないようにと苦情を告げながら彼らが振り返る。


――大きくなると、怖い顔になるのよね

  剥き出しの牙を仕舞えばいいのに



 悠長に構えていると、彼らは前脚を上にあげ真上に走り出す。


「お、落ちるわ!」


 ズルズルと彼らの背中を滑り落ちると私達を支えるように尻尾がクルンと丸められ、彼らは空を駆け上って行く。


「ハハハ!凄いなケルベロス!」


「ハハハじゃないわよ!」


 人間の住む世界とは違い淡い藤色の空が、上昇するに連れ澄んだ菫色と変わっていく。

 ケルベロスは嬉しそうに空を駆け抜け、私は魔族の国に戻ってきたことを実感する。




「そろそろ下りるよー」

「急降下するぜ」

「城の真上まで来ちゃいましたね」


 突然体がグワンと下を向き、急降下する。城の屋根が近づくと城の周りを勢いを殺すように迂回する。その後で着地した場所は……城の最上階にある父上の部屋の前にあるテラスだった。


「アンタ達!どうして降り立つ場所がここなのよ!」


「えーなんでだったっけー」

「すぐに会いたいって言ってたぞ」

「ここが一番早く会える場所だよ」


「確かにそうだけど、父上の部屋の前っていうのはちょっと……」


「いいじゃないか!早く顔を見せられる。それに――」



 『ガガン……パリッ、パリン』


 爆発したような音とガラスが割れる音。同時に、突然の突風が私達を襲う。体に痛みが走る。どうやらテラスに降り立った私達を警戒して父上の護衛が攻撃してきたようだ。セラフィムとの話に夢中になり周りに気を配るのを忘れていた。


 外に目を向ければ、砂埃が過ぎ去った後で黒い羽を広げた7人の魔族騎士が姿を現した。







 魔族の騎士達は笑ってこちらを見ている?彼らは笑って……お腹を抱えて笑い転げている人もいる。その姿に私は大きく目を見開くと涙が溢れ出す。


「「「おかえり!」」」


「……ただいま」


 彼らは私の兄達だ。それにしても今の挨拶はない。こちらは羽もなく感知することも防ぐことも出来ぬというのに。


「アスタート、早く父上に顔を見せてやれよ!娘が帰る日を100年以上待っていたんだ」


 一番上の兄が呆れた表情を浮かべてそう言うと、私は笑顔で頷き父様の部屋へと振り返る。 


「人の部屋の前で何をしている!窓ガラスを粉々にしおって!城の周りで遊ぶなと何度言えば分かるんだ!」


 父上は相変わらずで、浮き出た血管が破裂しそうだ。


 父上の視線が私を捉える。その姿に私は凛としてその場に佇む。熱くなる瞳に閉じようとする瞼を押し上げて笑みを見せれば、父上は私を見下ろし口角を引き上げた。


「た、只今戻りました」


「――して、ようやく楯を突きに来たか」


「まだ、盾を突くには時期尚早です。父上のお陰で、セラフィムとの時間をやっと先に進めることができました。長い間、お世話になりありがとうございました」


 胸の前で腕を組み私を見下ろす父上の表情からは何も読み取ることが出来ず、私はお礼を述べた後で下げた頭を戻せずにいると、セラフィムが突然私の腰へ腕を回す。


「義父上。この辺りで私達を許しては下さいませんか?彼女は何度も俺を選び、辛い人生を何度も敷いてきたのです。ずっと寄り添っていて下さった義父上なら、彼女が盾を突くに値するとおわかりのはずです」


「魔王様、バレてるー」

「俺等にアスタートの護衛をさせといて?」

「ありふれた親バカの一人ですからね」


「義父上のお陰で今日と言う日を迎えられたことをお礼申し上げます」


「セラフィムが頭下げてるよー」

「勝手に魔王様がやったことだぞ」

「そのへんの親バカと一緒ですからね」


「許すも何も、認めている。アスタート、人間界はどうであったか?何度も人生をやり直し、辛くはなかったか?人間を学んでくることが出来たであろう。そして王子よ、魔族とは長く生きる。何度も記憶を持ってやり直し、同じ時間を長い時間をかけて過ごすことは辛くはなかったか?」


「毎回辛い人生だったと思います。しかし、毎回アスタートと出会えたことはとても嬉しく、どんな人物になって現れたとしても彼女を愛する気持ちは変わりませんでした」


「人間は、とても儚く命を散らしますが短い人生でも常に前を向いて一生懸命生きていました。ゆったりと生を生きる魔族にはない情熱や信念、欲望。種族が違うだけで、こんなにも違うのかと思うところであります。でも、私も同じ。セラフィムが私を愛する想いと、私が彼を愛する想いは同じです。今までも、これからも……ずっと隣にいるつもりです」


「そうか。王子よ、アスタートは次期魔王となる私の娘だ。それは理であり、覆すことは出来ぬ。それでも、アスタートの隣を望むのならば魔族となり、人間との架け橋となることを許そう」


 父上の言葉にセラフィムは私を抱き寄せると、父上と兄達は私達の周りを囲み詠唱を始める。


――古代語の言葉を使った詠唱魔法?



 魔族は詠唱などせずに魔法が使えると言うのに。詠唱しなければならないほどの魔法を行使するなんて?それも……8人で?


 セラフィムは空色の瞳を私に向けると眉を下げ苦痛の表情を浮かべる。何かに耐えているようだ。


「セラフィム……?どうしたの?」


 強く抱く彼の腕は、更に私を強く抱きしめる。そして、彼の瞳から流れ出たのは涙では無く真っ赤な鮮血だった。次々に頬を伝う赤い血、そして笑顔を向けて彼が私に「愛している」そう告げた後で奇声を発した。


「グアァァァー……」


「セラフィム?……セラフィム!」


 ぐったりと私に倒れ込むと私を抱く力強かった腕はダラリと垂れる。


「あっ、あっ……セラフィム。返事をして……」


「アスタート、彼を預かろう。お前は、まだやることがあるからな。父上との話が終わったらお前のドームに来い」


 何が何だか分からない。兄達はそう告げながらセラフィムを私から引き剥がすと淡い藤色の空へと飛び立った。羽のない私には後をついて行くことも出来ず、ケルベロスに彼を守るようにとお願いし父上を見上げる。


「王子が心配か?大丈夫だ。まぁ、兄達がこの日の為に長い時間を費やし古代語を習得したのだ……後で礼をすべきだな」


 父上は割れたガラスの上を飛ぶようにして部屋へと戻って行く。その後で「アスタート、入ってこい」振り返り私を部屋へ招き入れた。割れたガラスの扉から父上の部屋の中へと入室する。小さな頃に兄達と隠れんぼをするときは毎回この部屋で隠れていたのを思い出す。


 父上は部屋の奥へと進み隣の寝室へと入っていく。私が後をついて行くと父上は寝室の先にある扉を開く。この先は母上の部屋だ。母上の部屋へと入室すると、ガラスのキャビネットの中に飾られていたのは……私の両羽。


「は、羽……」




「あぁ、シュザレが……アスタートの羽を保管している。羽をもぎ取るときに、羽元と離れても大丈夫なように魔法で繋げていたからな」


 私の両羽を父上は愛おしそうな表情で見ながらそう告げる。


「繋げて……父上!戻せるのですか?」


 私の驚いた言葉に、父上は振り返り「勿論」当たり前だとでも言うかのような視線を向ける。


「シュザレが毎年魔力を注いで大切に保管していたんだ。俺の魔力は他に使っていたからな。シュザレは何度もお忍びでお前に会いに行っていたよ。城にはたまにしか戻らぬくせにな」


 シュザレとは私の母上だ。最高位裁判官の母上は、たまにしか城へ帰って来ない。


 ガラスのキャビネットを開くことができるのは、私と母上だけなのだと言われキャビネットに手を伸ばした。


 私の2枚の漆黒の羽を父上が私の背に近づける。


「何か違和感はないか?動かしてみろ」


「……?もう羽が戻っているのですか?」


 神経をゆっくりと循環させる。羽は動かすというより勝手に動く。手や足の感覚と同じように羽を広げてみる。


「あぁ、美しいな」


 父上は私の姿に眉を下げ柔らかに微笑むと「おかえり」と言い、何度も額に唇を落とす。父上にぎゅっと抱きつくと、父上の逞しい腕がふわりと私の背に回された。






 羽を広げ淡い藤色の空へと飛び立つと、私はセラフィムの待つドームへ急いで向かう。


 急いで来てみれば空から見えるドームの扉前では7人の兄と一匹の駄犬が笑いながら戯れているようだ。


「ちょっと!セラフィムの看病は?何が、俺達が預かるよ!」


 地に足を着けた後で兄達を睨みつければ彼らは私の話を聞いておらず、戻った私の羽をうっとりと眺める。


「やっぱりアスタートの羽は美しい」

「あぁ、神々しいな」

「魔力が溢れるほどの羽だしな」

「誰が見てもこの国一番の羽だ」

「こんなに艶のある羽はお前だけだ」

「羽だけで魅了されるよ」

「あー、羽だけじゃないからな!お前の全てが一番だ!」


「セラフィムは寝てるだけだよ」

「魔族へと体が変化し始めただけだぞ」

「魔力の許容範囲も10倍位になったよね」


――使えるのはケルベロスだけだったわ



 しかし……魔族へと変化とは?

 そういえば、先ほど父上が『アスタートの隣を望むのならば魔族となり、人間との架け橋となることを許そう』そう彼に告げていた事を思い出す。それに、古代語の言葉を使った詠唱魔法。セラフィムは……こうなる事を知っていたのね。

 彼は瞳から真っ赤な鮮血を流し苦しい中で、笑顔で「愛している」そう告げた。


 私の様子に一番上の兄が目の前に立つと、額に唇を落とし「大丈夫」セラフィムは寝ているだけだから安心するようにと優しく私を抱きしめた。

 兄全員から抱擁された後で彼らから聞かされたのは、セラフィムに施された魔法についてだ。


 私を含め、父上と兄達9人の寿命を200年づつセラフィムに分け与え、人間から魔族へと種族を変えたこと。しかし、元は人間だから混血になるかも知れないと……兄達は笑いながら言う。寿命は体の変化が終わってからではないと見当がつかないと医師が言っていたことも告げられた。


 魔族は、血族への愛は重んじるが他者への愛は殆どない。夫婦となっても深い愛は生まれないのが常だ。その常識を越えて私はセラフィムを愛した。

 そして、私が彼を愛したことで父上と兄様達は彼に己を与えた。血は違えど兄弟皆から与えられた命。彼もまた私以外の愛も与えられたこととなる。







「セラフィム。貴方は、こうなることを知っていたの?」


「あぁ、何となくだけど。……義兄達は長い時間の中で、何度も俺の前に現れていたからな。アスタートが俺の中にいたからかな?猫や鳥の姿をしていても、すぐに分かったよ。彼らが呟く言葉は俺の耳では全て理解できていたからね」


 彼が倒れてから約1ヶ月。やっと目覚めた彼の背には小さな羽が生え始まっていた。


 目覚めぬ彼に兄達は毎日魔力を与えにきた。与え過ぎではなかろうか?その様子を横目でチラリと見れば、彼の世話をするのは自分達の役目であるかのようだ。そして、兄達に私は朝から部屋を追い出されるのだ。――今までに溜まり溜まった仕事をするためだったけど。


 父上に愚痴をこぼすが、兄達の行動は私が生まれたときの半分にも満たないと鼻で嗤われる。


 突然帰って来た母上は3日間を私と過ごし、父上と1週間部屋に籠もって出てこなかった。

 母上が仕事場に戻る日の朝食の席で告げられたのはディアスギルのその後だ。私とセラフィムを刺した魔族。次期魔王の私を刺したことで、直ぐ様極刑となったらしい。魔族に死罪はない。母上が彼に下した罰は、羽をもぎ取り目の前でそれを灼熱の炎で燃やし、魔力を無くした上で鉱山の労働をさせていると眉尻を下げ私に告げた。


 2000年以上、魔法も使えず死ぬまで続く罰。人間とは違い長い時間を生きる魔族は、死罪は軽すぎる罰だと思っているのだ。


 母上は、旅立つ前にドームへ寄って未だ目覚めぬ彼の額に唇を落とす。唇が離れた場所には金色の小さな丸い光が残ると彼の額の中へと入っていった。何やら祝福を与えてくれたらしい。その後で、私よりも大きな羽を広げ空へ飛んでいった。






 目覚めたセラフィムの体調が完全に戻ると、彼と私は一度人間の国へと戻った。夜中にマーサライ国の国王陛下であるセラフィムの父の私室へ転移したのだ。


 突然現れた私たちの登場に驚きの表情を浮かべた国王陛下だったが、彼の姿に涙を浮かべた。


「……セラフィム。ずっと探していたのだ。今まで、どこにいたんだ?……体は?病に侵されていたが……どういうことだ!」


 彼を揺すりながらそう告げる国王陛下にセラフィムは今までのことを短く簡単にまとめ話をする。国王陛下は、その後で私に視線を向ける。


「医師らは病を治すことは不可能だと。そなたが息子を治療してくれたのか。しかし、魔族とは――」


「父上、彼女は私の妻です。私は彼女と共に暮らしていきます。その為、王太子であった私を廃太子として下さいますか?今、私はこの国から居なくなった王子となっています。故に、そのまま居なくなった王子として、皆から私の居た記憶を消します」


「病を患っていたが為に、王太子を代えることは可能だが。そんなに何度もこの時代を生きていたとは……。私が二人にしてやれることはあるか?」


「はい。彼女との結婚に祝福の言葉をいただきたいのです。それと、私という息子が居た事を忘れて下さいますか?」


 その後で国王陛下は私に彼を託した。優しい父親の顔を見せ祝福の言葉と共に。


 しかし、国王陛下はセラフィムを忘れることを断固拒否した。全国民が忘れたとしても自分だけは忘れたくは無いと。一人ぐらい、セラフィムを覚えていても、案じている人間がいてもいいだろう?と――。


 国王陛下の私室の窓を出るとテラスから忘却の魔法を二人で行使する。紺碧色の夜空に淡い桃色の膜が張ると、膜はゆっくりと地上へ降りてくる。

 城の天辺を通過し私達を通過し、地上へ届くと地下へと浸透するかのように膜は消えた。


「父上、では行って参ります」


「義父上様。身体をお大事にして下さいませ」


「最後に1つだけ、そなたらに願い事がある。儂が生きているうちに生まれたならば、一度でよい。孫を抱かせて欲しい」


 この国で愛していると孫に伝えられるのは他には誰もいないだろう?優しい表情で国王陛下にそう言われ隣に立つ彼を見上げれば、月明かりでキラリと光る頬に流れた一筋の涙を拭い小さく頷く彼の姿であった。








 それから一年後。


 私は、この国の宰相の補佐として今は色々と勉強中だ。セラフィムは騎士団へと入団し、兄達に可愛がられている。


 周りの国からは、元人間の王子と次期魔王になる私が婚姻を結んだことを不可解に思っているらしい。しかし、時折訪れる他国の貴賓を接待すると、私達の様子に頷いて帰っていくことで周囲からの温かい言葉がちらほら私たちに届くようになった。


 そんな中、私達は国を代表して隣のドワーフ族の住む国の催しに参加する。近隣の国から多種族が集まる中、ドワーフ族の国王陛下から婚姻のお祝いにとセラフィムは剣を賜った。父上の愛用している剣と同じで魔力を蓄えられるものだ。正直、羨ましい。

 剣を持ち帰るとセラフィムは、それを自慢気に見せた。父上は驚きの表情をした後で「まだ早い」などと彼に言っていたが、自慢の義息子に鼻が高いと兄達に視線をずらす。兄達は、俺等の全員の命を分け与えたんだから当然だと、笑顔でセラフィムを撫で回した。 



 



 セラフィムの羽は、私の羽より大きくなり兄達の大きさと変わらないくらいにまで成長し、今ではすっかり魔族として生きている。

 

「セラフィム!朝飯食べ終わったか?そろそろ行こうぜ!」


 騎士仲間のグロービンスが彼を迎えに来たようだ。


「あぁ、今行くよ!」

「アスタート、ドラゴンの谷へ行ってくる。ファイアードラゴンが、また剣の稽古に付き合ってくれることになっているんだ!」


 そう言って、今日も嬉しそうに剣を剣帯に刺した後でお出かけ前に唇を重ねる。


 彼が空を飛ぶようになると沢山の友人ができた。そして、騎士団の休みの日にはドラゴンに頼んで己を鍛えている。グロービンスもそんな友人の一人だ。

 今では街にセラフィムが現れると金の髪をしていることから魔天使様などと呼ばれているらしいが……。


「そう。せっかく大きくなった羽を燃やされないようにね!帰りに街で買い物してきてくれる?……はい、買い物リストとお昼のお弁当よ」


「了解!行ってきます!」





 

 私はまだ彼に伝えていないことがある。


 私が彼と出会ったときの年齢だ。あのときは、400歳になる何年か前だった。今は500歳を迎えている。1番上の兄は600歳を超えているのだが……。




 魔族には誕生日を祝う習慣はない。そのため、いつか……疑問に思い、彼から年齢を聞かれる日がくるまで黙っているつもりだ。

 彼の驚く顔を想像するだけで今から笑みが溢れ、その日が来るのが待ち遠しい。そして、こんなに柔らかな日々を送れることをとても幸せに思う。




 種族の壁を超えた私たちは、繰り返された辛く長い時間を抜けて、さらなる先への長い時間を幸せに生きていく。


 







最後までお読み下さりありがとうございます。


誤字脱字がありましたら申し訳ございません。

m(_ _)m

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