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ふたり  作者: さわのかな
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「あの子、何を考えているのかしら。」


大きな部屋に涼やかな声が響く。

部屋の印象はとても明るい。

大きな窓から入る外の光は部屋いっぱいに満ちて、更に部屋の空間が眩しく輝いているように見えた。

その部屋にはふたりの人物が居た。


だが、声の主が問いかけても、相手は黙っている。


「あの子との結婚も…。」


「…。」


「私は徹底的にやるつもりよ。こんな事になったけど、こんな事になったからこそやれる事をやるだけ。」


「奥様…こちらへ。」

奥様、と呼ばれた人物は渋々窓辺を離れる。

「はぁ、面倒ね。そんなモノをいちいち…」


「書物に書かれた通りのものです。定期的に摂られる必要がございます。」


「…それはそれ、これはこれじゃないの?…それに…」  


「…。」 


「薬って回復の見込みやそれを望んでこそでしょ。元気な人間が薬を飲むぐらい無駄な事よね。」



「…そんな事を仰れる状況だとお思いですか?確かな現実が目の前にあるのです。それを否定されるおつもりですか?」


そう言ってテーブルに差し出されたのは、小皿に乗った一粒の小さな丸薬。

人物は出された小皿から遠ざかるように椅子に座り、鼻を押さえる仕草をする。

「この匂いよ…あの材料を見るだけでも吐き気がするのに潰され混ぜて煮詰めて丸めたらこんなに酷い代物になるなんて。」

「…。」

言いながらころころと手の平の中で転がしていたが、沈黙が数分続いた後、諦めたようにわざとらしく言い放つ。

「…わかったわよ。」


一緒に用意された水を飲む事もせず、丸薬を口にした。


「では、失礼いたします。何かあればお呼びください。」

もうひとりの人物はそう言って、何も言わない主を残し部屋を出て行った。


ひとり、部屋に残された「奥様」は、眉間に皺を寄せて椅子から立ち上がって歩き出す。


彼女の足元に敷かれた絨毯(じゅうたん)は、何ら乱される事無く彼女の靴の下を支えている。


彼女が次の扉を開けると、それまでの部屋とは似ても似つかない異常な暗さの小さな部屋に繋がっていた。


外の光を通さない分厚いカーテンが部屋に唯一ある小さな窓を覆い隠していた。


その分厚いカーテンに手をかける。

ほんの少し(めく)った先にある窓は低い位置にあった。

その窓をほんの少しだけ開けて、一方の手のひらに口の中のものを吐き出し隙間からそれを捨てた。

すぐに窓を閉め息を吐き、眩しさに目を細めた。

外は陽の光に照らされて、何もかもが輝いていたが彼女は手に触れているカーテンを握り締め呟いた。



「早くしないと、間に合わないかもしれない。この子の中でもいつ何があるか…」



その時、彼女は窓の外に誰かを見つけた。

すると途端に別人のように笑顔でカーテンを大きく開く。

そのまま、窓越しに外の誰かに大きく手を振った。


「あの子を殺してまで手に入れたんですもの。間違う訳にはいかない。」


笑顔を、崩す事無く「奥様」は大きく手を振り続けた。

外にいる人物に向かって…。







「リーバイ。」

レイラの部屋から出たエイダンは護衛騎士を連れてヴェルダー家の裏手の使用人の出入口にいた一人の男を呼び止めた。


リーバイと呼ばれた男は、ゆっくりとこちらを振り向いた。


歳は30代半ばで背は2メートルを越えようかという大男で恵まれた体格と鍛えられた筋肉を持つ、以前は騎士をしていたという男だ。


今はヴェルダー家の庭師をやっているというが、多くの人間は彼を見て驚く事が多かった。


どう見ても庭師には見えなかったからだ。


というのも、庭をいじるというよりまだ騎士を現役で出来るような、精悍な顔立ちや佇まいをしていたからだ。


実際、彼が庭師なのかそれ以外の何かを生業にしているのか謎の多い男ではあった。


エイダンは、彼と話すのが幼い頃から好きだった。



「これは、殿下。何か御用でしょうか。」

リーバイは、エイダンに向かって身を屈める。


エイダンは、どこか落ち着かない様子で言葉を続ける。

「こんな所まですまない、リーバイ。聞きたいのはレイラへ届けている薬の事なんだが。」


「…お嬢様への殿下のお薬ですか。」


エイダンは、後ろに控えていた護衛騎士に目配せをして距離をとった。


「そうだ。私が届けている薬を彼女はきちんと飲んでいるのか…いや、そもそもちゃんと届いているのかどうか気になって。」


リーバイにだけ聞こえるように、エイダンは小さな声でゆっくりと確実に伝える。


リーバイは、微動だにせずエイダンの瞳を真っ直ぐに見つめてよく響く声で答える。


「私は、庭師でございますのでそういったお話に関して殿下のご希望に添えるお答えは出来かねます。」


リーバイの答えはエイダンの予想範囲内のもので更に言い募る。


「リーバイも僕たちの結婚を祝福してくれるんだろ?」


「それは、勿論でございます。」


「なら、彼女の病を治す事が婚姻への重要な事なのも分かってくれているはずだ。」


「それも、勿論でございます。お嬢様のご回復が何よりも我々の願いですので。」



「それなら、薬の事くらい知ることは出来るだろう?私は勿論(みな)もレイラの事が心配なはずだ。」


エイダンの畳み掛けるような言葉にも、リーバイは顔色ひとつ変えずに答えた。


「申し訳ございません。私は庭師でございます。個人的な発言も憶測での発言も許されるような立場にございません。どうかお許しください。」

一向に崩れない姿勢に不満どころか、少し満足したかのような表情でエイダンが諦めたように微笑んだ。


「わかったよ、僕が悪かった。こんな風にコソコソと聞く事ではなかった。また出直すよ。呼び止めてすまなかった、リーバイ。」


「いえ、お力になれず申し訳ございません、殿下。私は、殿下とお嬢様のご健康とお幸せを心から願っております。」


「ありがとう、また今度ゆっくり花の話でも聞かせてくれ。レイラも一緒に。彼女もきっと喜ぶだろう。」


「はい、その時は是非。」


リーバイは、一礼をしてその場を後にするエイダンを見送る。

再び姿勢を正したリーバイは、どこともなく上を見上げ足早にどこかへ消えて行った。


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