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「レイラ…どうか…」
ふわふわとした意識の中で優しい声が聞こえる。
懐かしい響きをしている。
…再び目を覚ますと、側にはエイダンがいた。
「レイラ、大丈夫?」
「…まだいたの…」
私が上手く言えなくても彼は微笑んでくれている。
窓はもう閉められていて、暖かく感じた。
エイダンは昔とは違う骨張った大きな手で私の骨ばかりが浮き出た貧相な手を握りさすってくれている。
それがとても恥ずかしくて情けなくなる。
「レイラ…気分は?」
「…ありがとう…大丈夫。いつもの感じだから…」
「…いつもの…?」
「…そう。」
「でも、あんな風に気を失うなんて…」
「…大丈夫よ…多分薬湯が効きすぎたのかもしれないし…」
「…効きすぎって…普通の薬湯だろ?」
「…ええ、ベランカがいつも淹れてくれるの。今の私の身体には効きすぎてしまうのかもしれないわ。」
「ベランカはまだ子供だ。大丈夫なのか?どんな薬湯なのか…」
「大丈夫も何も…それにベランカは優しくて賢い子だから。」
「そう…。…僕が先生に頼んだ薬も飲んでいるんだよね?」
「…ええ、多分…。」
「多分って?」
エイダンの声が変わった。
最近の彼はいつも何かを心配するような…疑うような言葉を掛けてくることが多くなった。
勿論、婚約者の体調を気にする事もあると思う。
でも、私にはそれだけじゃない奇妙な感覚を感じてしまう。
「…1日の…時間の感覚がだんだんあやふやになってるの…私がぼーっとしているせいかもしれないけど、眠っている時間と起きている時間の境目もよくわからなくて…」
「だから、何をいつ飲まされているかわからないって事?僕の薬を飲んでいるかわからないくらい…」
「…そういう訳じゃなくて…」
悪いことをしたわけでもないのに、何故か後ろめたい気持ちになる。
「…レイラ、僕は君と結婚したいと思っている。」
「…だからそれは無…」
「無理じゃない。」
エイダンの静かな、それなのに人を従わせてしまうような美しい声は私の後ろ向きな気持ちやその言葉をいつも少しだけ強引に包み込んでしまう。
「レイラ。お願いだから、無理なんて言わないで。僕は君がいいんだ。」
「エイダン…お願い…」
「聞きたくない。」
何度言い合ってきただろう。
でも、分かってもらうまで伝え続ける。
今出せる精一杯の力で彼の手を握る。
「私に残された時間は少ないの。」
「違う…」
「…違わないの。」
「ち…がう…よ」
違わない
「…ごめんね。」
ごめんなさい
「貴方は他の誰かと幸せになって…」
「…出来るわけないって、何度言わせるんだ……」
そう…出来るわけないの
エイダンの隣にこうして横たわる事しか出来ない、みすぼらしい変人が未来の王妃になんて
他の誰でもない
私が一番許せない
貴方の隣には
美しく
愛嬌も
品位も
資格も
全てを持ち合わせ
その地位に
責任に
相応しい女性
「出来るわ…」
「嫌だ…レイラ…」
震える声は小さい
「エイダンなら大丈夫…すぐに生涯でひとりの人に会えるから…」
「…レイラ…」
「…エイダン…ずっと愛してるわ…」
どんな姿になってしまっても
見守り続けるから
「貴方は、幸せになるの…私以外の女性と…」
「…愛している…」
どちらから出た言葉だったのか…
握る手に力をこめた