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ふたり  作者: さわのかな
2/7

きらびやかな、世界。

流行りのドレス。

美しいご令嬢達のお喋りや、友情。

次から次へと繰り広げられる苦しみや悲しみ。

そして、困難を乗り越えて成就する恋。

何度読んでも、いつまで経っても理解も想像も出来ない。

物語の世界で起こる魅力的な事は、私の世界には起こり得ない事だと思い知らされるだけだ。




「お嬢様!?どうされました、起きていては…」


いつの間にか入室していた侍女のマーサの心配そうな声で私はベッドの上で開いていた本から視線を外し重い古びた表紙を閉じる。

窓からは朝日の光が差し込んでいた。

「横になると逆に苦しくて…。今朝は起きていた方がまだ楽な…の」

私が言い終わる前に、マーサは「先生をお呼びして参ります。」と、部屋を出て行く。

その姿を見送ると、閉じたばかりの本の表紙を軽く爪で引っ掻いてみる。

(私にはもうお医者様も薬も必要ないのに…。)





公爵令嬢、レイラ・サリュ・ヴェルダーは巣籠りの烏 




 

自分が社交界でそう呼ばれはじめて、2年が経とうとしている。

家族で生活をしていた王都に近い館から、ぎりぎり不便の無い静かな森の近くに居を移したのは1年前だ。

そして、何より自分は国王の息子であるエイダン・ソラル・エスカレイドの婚約者である。

その公爵令嬢をそんなふうに呼んでいい筈は無かった。


しかし、ヴェルダー家にはそう呼ばれても仕方のない理由があった。


代々王家との繋がりも深く、優秀な人材を生み出してきたヴェルダー家には、いつからか不吉な噂がつきまといその中でも一番不名誉な名があった。



―呪われた家―



それは、必ずしもヴェルダー家の人間だけに限った事では無い、必ず訪れる未来。



−死−



その死は病や不慮の事故、事件に巻き込まれるなどどこにでもある自然の理。

勿論ヴェルダー家にも訪れたが、ヴェルダー家のそれはどこか違和感があった。

亡くなった者、残された者。

一見何の変哲もない自然な流れ。

しかし、どこかおかしい。

どこがと問われれば誰もが口を噤んでしまう。

なんとなくとしか言いようが無い僅かな違和感。


その違和感は、確たる証拠もないまま…しかし疑いや噂は残したまま、いつしか誰かが口にした「呪い」という言葉で広まる事になった。



そして、呪われているのに、王家との縁が途切れない不吉な家。


私の生まれるずっと前からの話。

呪われた家の変わり者の娘。


皆好き勝手に色々な事を口にした。

呪われた家ではなく、ヴェルダー家の人間が呪っているのではないか、

王家は、ヴェルダー家に何か弱みを握られていて言いなりになっているのでは、

実は王家よりも強い力を持っていて影で操っているのでは…



物語のような話を耳にするたびに

私も色々と空想してみた。

呪いに興味を持って沢山の本を読んだら呪う為には植物や虫や生き物の血が必要らしいと知り色々試そうとしたけど結局血を用意する勇気はなくて諦めてしまった。



でも、そんな風に本ばかり読んで森に入り虫や植物を集める私を多くの人達は良く思っていないのは感じた。

私は色々と相応しくない令嬢だろう。


そして、いつの間にか


「アレの代わりは居る」



そんなふうに言われていた。


アレとは、勿論私の事。

黒い長い髪をきちんと結い上げることもしない。

年頃の少女が着るようなドレスを拒み、真っ黒いドレスばかりを着て森へ遊びに行く。

汚れても目立たないからお気に入りだ。

森で鳥や虫を追いかけ草花を愛でる。

甘いお菓子よりも花の蜜。

雨の日は読書。




()()はオカシイ



社交界デビューを果たした時も、アレと呼ばれた私。

自分が大多数の人と違うという事。

それに対して何の疑問も持たない自分。

しかし徐々に自由だった私の世界に枠が仕上がっていく。

少しずつ分離していく中でやっと自分はおかしい人間なのだと認識していく。

それなら尚更おかしい人間として放っておいてほしかった。ひとりで生きていくから。


でもそんな噂される人間を嫁にと言い続けた人。

王太子で幼なじみのエイダンだ。

自分にとってはおかしい人。

向こうにとってもこちらはおかしい人…のはずだった。



…でも、彼と過ごす時間に違和感は無かった。

彼は他の大人達のように枠を増やしたり、無理やり壊すような人ではなく、するりと枠をかわしてまるで最初から何も無かったかのように側にいてくれた。

初めて会った時はこの人とも仲良くなれないなと思った。

でも彼と出会った事でひとりで良いと思っていた私の考えは変わってしまった。

するとだんだんおかしい自分と一緒にいられるおかしい人が結婚するのは別におかしくない気がした。

これなら、もしかしたら好きな事を、好きなように、好きなだけ生きていける。

それが出来るのではないかと希望の光が見えた。

しかし、変わったのはそれだけではなかった。




「おねぇさま、おはようございま…す」



私の思考を断ち切ったのは、幼い少女の声。

見ると、声の主である少女は手には湯気の立ち上る茶器を乗せたトレーを持って恐る恐る歩いてくる。

「朝のお…薬です…。」

まだ幼い妹、6歳のベランカはまるで侍女の真似事をするかのように、茶器の表面に注意しながらゆっくりと私の元へとたどり着く。


私は本をよけて、のろのろとした動きでベランカの手からトレーを引き受ける。

トレーの上の木製の茶器には今にも溢れそうなほど、なみなみと注がれた薬草茶が入っていた。


ベランカ。

大きなキラキラした青い瞳。

金色の美しく瑞々しい髪。

全てが輝いている天使のような私の妹。


血の繋がっていない、

私の妹。



そして、

妹の成長に比例するかのように

私の身体は衰えていった。



「ベランカ、おはよう。今日もありがとう…いただくわね。」

木製の茶器を冷え切った両手を温めるために、包み込むように持った。

ベランカは、じっと真剣な顔でこちらを見ている。

「ね、早く飲んで、お薬。」


立ち上る独特の香りに鼓動はすこし、速くなる。


6歳とは思えない真剣な顔をしたかと思った次の瞬間、

「早く元気になってね。」

眩しいくらいの、明るい笑顔でベランカは私の手に自らの手を添えた。

…まるで嫌がる子供に無理やり薬を飲ませる親のように。

そうして、私が薬湯を口にしようとしたその時、部屋の入口に別の気配を感じた。

それに先に反応したのはベランカだった。

まるで何事も無かったかのように、私の元を離れて扉の方へ走る妹の後ろ姿に何故か胸騒ぎがしてしまう。


「エイダン様!うそ!どうしてここにいるんですか?」


叫んだのはベランカ。言葉とは裏腹にとても喜んでいるのは一目瞭然だった。


「エイダン…」

私がそう言う頃には、彼は当たり前のように私の寝台に、近づいてきた。

ベランカは、エイダンを見上げながらこちらに一緒に歩いてくる。


婚約者であり、王太子のエイダン。  

いくら婚約者とはいえ未婚の女性の…それも寝室にずかずかと足を踏み入れて良い訳が無い。

こんな時間に訪問の約束も取りつけず突然押しかけるのも非常識でしかない。

しかし、案内してきたマーサは勿論、エイダンもベランカも…そして何より私自身がこの異常な状況を受け入れているのだ。



「おはよう、すまない。やっぱり心配で…」


最近益々美しくなっている婚約者は、その顔を歪める。

私は、彼のその表情を見ていると逆に全身の力が抜けていく気がする。

それを感じているのか彼と私の距離は一定を保たれたまま。




「おはようございます。こんな寒い中…お忙しいのにわざわざ来ていただかなくても…」

せっかく会えたというのに、

もう視線を合わせる事すら億劫に感じる自分に呆れる。

「来るよ、毎日。」

上から降りてくる言葉と同時に私の視界に入った彼の骨張った手がきつく握り締められているのが見えた。





「…こんな事で殿下の貴重な時間を使わないでください。」




「…。」




沈黙に耐えられず

誤魔化すために茶器をゆっくりと持ち上げる。

震えが伝わり、薬を数滴こぼしてしまう。

ベランカが小さく「あ…」というのが聞こえた。

私はと言えば…もう、エイダンの顔を見る気にもならなかった。



「殿下…私はいつでも、お別れ出来る覚悟は出来ています。」

「レイラ!!」


「何度も言っています…時間の問題なんです。」

こういう言い方をすれば更に彼が黙ってしまうのも知っている。

喉に何か詰まっているようで、苦しい。

それを流したくて、薬を飲んだ。


「お姉さま…。」


口に含んだ途端、次第に視界がぐらぐらと揺れはじめる。



「レイラ?!」



日に日に悪化する身体…。

こんなモノを抱えて誰が幸せになれるのか…


もらい受ける側も渡す側も…不幸な未来しかみえない


それも、未来と言えるほど遠くない先に確実に起こる…



こんな薬も

愛しい人の訪問も

献身的な看護も

この身体には

意味はない…


どんな愛情も思いやる心も

弱ってしまった身体と心には

冷たい光のようにただ表面を照らすだけ


決して内側に届くことはない



前を向こうと思えていた時期は

とっくに過ぎ去った


卑屈になっていく自分への苛立ちや怒り

誰かや何かと比べて悲観する時間や気力

…そういうものすら、すっかり薄らいでいた


これが運命なら

諦めるしかない



でも、諦める時間すら私には苦痛で、

苦痛から逃れる事ばかり考えるようになった。



そして、こう思うようになる。



思うままにならない命かもしれない

でも自分のものなら

せめてその時期を自分自身で選ぶことくらい

許されるのではないだろうか。



私は、そう考えて今度こそ闇に身を任せた。


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