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ふたり  作者: さわのかな
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序章

「もしかして、あれが噂のヴェルダー家のご令嬢ですの?」


そんな声が聞こえた。それは、ひとつやふたつではない。

ここ、デリング王国の王宮の庭園では今まさに王妃主催の盛大な茶会が催されていた。

空の青さは淡いが雲はひとつも無く、爽やかに初夏の風が吹き、招かれた者達は勿論のこと饗す側も心地よく仕事をしていた。

吹く風は賓客達の豪華で色とりどりのドレスを揺らし、さながら風に揺れる花のような姿を見せていたが、その華やかさとはかけ離れた不穏な会話ばかりがその場を覆っていた。

美しく大勢の貴族達で華やかに賑わう手入れのされた庭園。その至る所で似たような声があがっていた。


いくつもの視線が集まる場所にはひとりの少女がいた。

黒いドレスを身に纏った姿はまるで鴉のようだ。


自分が話題の中心にいるとも知らない少女は、庭園の賑わいよりかなり外れた木々が生い茂る場所にしゃがみ込んでいた。


「わぁ、可愛いですねぇ。たまごちゃん。」

綺麗に手入れされた木々の中で、まだ幼く細い頼りない木の小さな葉を小さな指で優しく少しだけめくり、下から覗きこむ。

陽を透かした若々しい緑の葉の裏に小さな薄黄色の卵がついていた。

「あ、ここにも。‥あ、ここにもたまごちゃん。」


少女は嬉しいあまり、もっと葉の裏を見ようとどんどん地面に伏せるような体勢になっている事にも気づかずとうとう頬が地面に擦れてしまいそうになる。

瞬時、すこし離れた場所の空気が緊張感と共に動く気配がしたがそれよりも早く近くの気配が動き、直ぐに頬に温かく柔らかいものが触れた。

「おい。」

少女は驚きもせずそのまま柔らかい存在に頬ごと頭を預けて、呟く。

「ふふ、お母さん、頑張ったんだね。」

頬に小さな温かさを感じたが少女の視線は小さな命に釘付けになったままだ。

「おい、汚れるぞ、早く起きろ。」

「可愛い。ね、どの子がお姉さまになるのかな?それとも‥」

「いいから、早く、レイラ。」


少女の頬と身体に優しく手を添えた声の主は、力の加減が上手くいかず少女を強く引っ張り起こす。


その様子を遠くから見ていた人々から、感嘆と侮蔑の声が拡がった。


「まぁ、殿下は何てお優しいのかしら。」

「流石ですわ、どんな人間にも労りの気持ちをお持ちになられて。

その時風が木々を揺らしはじめる。


「でも、あの令嬢の言動が立場に相応しいものだとは到底思えませんわね。」

「ご婚約は破棄された方が良いのではないですか。」

「夫人!滅多な事を…」

「あら、そう思っているのは私だけではないのでは?」


更に強く吹く風が集まった人々の気を緩ませる。

ザワザワと葉擦れとも囁きともとれない音の中、幼いふたりは立っていた。


「エイダン、やっぱりここはすてきね。」

少女は黒く長い艷やかな髪をサラサラと靡かせて引っ張り起こしてくれた少年に笑顔を向ける。

「別に。レイラだけだろ、そんな事を言うのは。」

「ううん、きっとみんなもここが大好きなんだと思う。」

少しだけ頬を上げて少年は笑う。

「みんなって誰だよ。」

「もちろん、蝶々さんたち。」


レイラと呼ばれた少女は一度庭園を見回す。

ぴたりと景色がその動きを止める。

それを知ってか知らずか、レイラは再び、芽吹きつつある沢山の若葉を見つめる。そこに息づく小さな命達も…。

「すてきなベッドとおいしいごはん。」

レイラはそう呟いてエイダンに無邪気な笑顔を向けた。

「それにエイダンがいると、みんなが笑顔になるから。きっと蝶々のお母さんも知ってたんだよ。」

エイダンと呼ばれた少年は、急に顔を真っ赤にして黙ってしまう。


さわさわと、心地よい風がレイラの黒髪とエイダンの金髪を撫でていく。


「レイラ。」



「なあに?エイダン。」



「ずっと一緒にいようね。」



その時突風が吹き、エイダンは思わず目を瞑る。

一瞬の旋風はざぁっと木々を大きく揺らす。


エイダンがそっと目を開けると、そこには一瞬前と変わらず笑顔のレイラがいた。


ほんの少しだけ、頬が色づいていたのは午後の陽射しのせいかもしれなかった。









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