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Last reverse  作者: 螺鈿
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Episode 8 All stories begin【2】

 楽園。


 神の力をもってして初めて築き上げることのできる、セイナーとムーナのためだけの理想郷。他の全てを排他し、その過程でも七人の子供の命を代償としてそれは成立する。他の全ての命にとっての最悪の地獄の世界。


 彼らでは、まだ神を手中に収めることはできない。その能力を、その神秘を完全に制御できない。


 第一の少女、イヴ。彼女は最も雑に扱われた存在だ。神についての全てがまだわからないが故に作られた不完全な神と人の融合物。だが彼女の犠牲の上に、神に関する情報はその全容の五割ほどが解明されることになった。


「よくもまあそんなことを己の口から……」


 中庭で、何も知らない子供たちは無邪気に遊んでいる。デゥストラは木陰の中で本を読むイヴの姿が見えなくなってからずっと元気がないが、最近は元の調子に戻りつつある。


『君に、知っておいてほしいことがある』


 あの日そう言われ、見せつけられたのがアレだ。これ以上ないほどに中身をぐちゃぐちゃにされた彼女を直視することはできず、震えながら涙を流す彼女を見て恍惚の表情を浮かべるセイナーに純粋な恐怖と殺意を抱いた。


 逃げることが賢明だろう。だが、悔しいことにセイナーの言っていることは正しいのだ。子供たちの体力ではアメリカ本国に辿り着く前に力尽きてしまう。


 それに……


「スラヴァカ、お前は遊ばないのかい?」


「……」


 あの時から、ムーナがずっと近くにいる。寝る時も寝室の前にいるし、食事の時も風呂の時も……スラヴァカが何かしないための対策だろう。聞かされた上に理解しなかったが故に信用できなくなったということか。それか、元々アレを見せた時点でこうするつもりだったのか。


「ムーナ。頼んだところで無駄だろうが、あいつらは逃がしてやってくれないか。本当に、何も」


「やあやあ、今日も元気だねえ皆。あ、グロウスとフォフトには少し話があるんだよ。付いてきて?」


 見計らっていたとしか思えないタイミングでセイナーが中庭に姿を現す。満面の笑みで遊んでいる子供たちの中に混ざりこみ、グロウスたちを連れ出した。


 あまりに突然に現れたせいで硬直してしまったが、通り過ぎていくセイナーの姿を見て反射的に白衣の端を掴んでいた。懇願するように、地に頭を擦り付ける。


「頼む……頼む、どうか頼む!ボクならなんでもしていい!どんな惨めな末路でも受け入れる!死んでも、生き地獄を味わってもいい!だからどうか、こいつらだけは……!」


「スラヴァカ」


 優しい笑みだ。突然声を荒らげたスラヴァカに驚いているグロウスたちを宥めるための笑みであり、自身の無力さをスラヴァカに自覚させるための笑みだ。


 頭を撫でて、震える彼の体を無視しながら言う。


「次は君とグラーヒの番だから、心の準備よろしくね?」


 そう言って、セイナーは研究棟に帰って行った。イヴと同じように神を埋め込まれ、人という概念を逸脱してしまうだろう大事な家族を、見殺しにしなければならない。


 グラーヒとアヴルトと、デゥストラの前で弱いところは見せられない。最年長で、皆の兄のような存在になると決めたのだ。皆の前で弱いところを見せるなんてことはできない。涙を流すことだって、出来はしない……


「お兄ちゃん、大丈夫?」


「え……」


 けれど。理性でなんとかできるのならば、感情の存在意義などないだろう。


 グラーヒの小さな手が目元を拭う。生ぬるい何かが手に付いていた。こんな顔を妹にさせるなんて、兄失格だ。


 グラーヒの手を握り、額を擦り付けながら絞り出すように言う。もうこれ以上、セイナーの好きにはさせない。


「……これから、これからだよな」


 次は自分とグラーヒの番だと、セイナーは言った。このままでは、すぐに神の欠片を埋め込まれるだろう。


 子供たちが例外なく与えられている神の欠片、アレがなんなのかわからなかったし、なんのために持たされているのかわからなかったが、特別な感情を抱いたことはなかった。だが、これほどまでに神を恨んだのは初めてだ。


「逃げよう、皆。なんとかして、今日のうちに。食べ物と水をできるだけ集めて、夜のうちに出よう」


「え、なんで……なんでなの、お兄ちゃん?」


「嫌だ。嫌だ。嫌だ。ここ。好き。好き。好き」


「…………それは、正義であるな?」


 腕を組んで黙っていたアヴルトが、威圧感のある低く鈍い声で静かに呟いた。普段のバカでアホでやかましい彼の声音ではない。普段との差に風邪を引きそうになる。


 だから、それに応えるために静かに頷いた。彼の正義がなんなのかはわからないが、これは紛れもなく正義だ。


「わかった……許す、許すとも。我が正義を執行するに値する。我は同行するぞ。汝らはどうする?弱者よ」


 その問いは残酷だ。父と母を愛し家族を愛し。この場所に拾われ、世界の全てがここで完結してしまっている少女たちにとって、訳も分からず逃げる逃げないの選択をさせるなど、どうかしているとしか言えない。


「お兄ちゃん……なんで、ここから逃げなきゃいけないの?教えてよ、そうしたら、私だって……」


「言えない。グラーヒがもっと大きくなって、頭が良くなって、ボクの言うことが理解出来るようになれば教える」


「……私は。私は。私は」


 少女たちは葛藤する。家族を信じるか、兄を信じるか。


 だが、迷う時間はない。迷うことは許されない。例えそれがスラヴァカのエゴだとしても、これ以上見殺しにはできない。そんなことは、したくない。


「グラーヒ、デゥストラ。悪いけど、迷ってもらう訳にはいかない。嫌でも、連れていく」


 少女たちの息を飲む音。こんなにも強引で怖い気配を纏うスラヴァカを見るのは初めてだ。


 スラヴァカは、彼女たちのことを大事だと思っている。セイナーやムーナ以上に、どこかにいる本物の家族以上に。一緒に生きた子供たちさえいれば幸福だ。


 守らなければならない。


「すぐに寝室に戻ろう。眠った振りをすれば、ムーナの監視も多少は緩くなるだろう。水と食べ物をカバンに詰め込んでここを出る。本国をめざして、とにかく歩くぞ」


 グラーヒの手を引いて無理やり歩かせる。困惑している彼女はもたつきながらも必死についてきた。アヴルトもデゥストラの手を強めに引っ張り、歩かせる。


 子供たちの間にいつもある陽気な空気はもうなくなっている。あるのは不穏で暗い、ざわついた空気だけ。


「怖いよ、お兄ちゃん。なんなのよ……」


「……すまない」


 震える体を、絶対に守らなくてはならないと思う。どれだけ自分が怖がられても、一生恨まれたとしても、他の何を捨ててでも、自分がどんな末路を辿ってでも。


 その程度の覚悟では足りないと、まだわかっていない。


 ――――――


「む……もう寝たのかい?不安を隠すにはいい手法だが……何も、不安がることはないよスラヴァカ。君たちは私たちの楽園の礎になれる。喜ぶべきことだよ……」


 なんておぞましい考え方だろうか。今までこんな狂気に囚われた者たちに育てられたのかと思うと、今自分が間違っているかどうかの確信すら持つことができない。


 今は、普段ならば食事や雑談をしている時間。以前から疲れたら風呂等を朝に回していた彼らは今眠っていたとしても特に疑問は持たれない。スラヴァカだけは勘づかれているようだが。


 スラヴァカが布団から這い出て立ち上がる。続いてアヴルトも立ち上がり、女子二人も躊躇いながらそうした。


「食料は貯めたな。カバンを背負え。これから歩き続けることになるから、今のうちに準備運動を……」


「スラヴァカ、待て」


 アヴルトがスラヴァカの口元を抑えて言う。彼は野生の勘というか直感的な何かが鋭く、こんな顔をする時は決まって何か悪いことが起こる。こんな状況で一体何が


「これは……違う、機械的な何か……」


《やーやー子供たち。元気してるかな?》


 天井のタイルが一枚外れ、半透明のモニターのような光が暗い部屋の中で閃く。画面の中には狂気的な笑みを浮かべたセイナーと、マジックミラーの張られた真っ白な無菌室が三つ並べられている。


「なに、これ……なに、怖いよお兄ちゃん!」


「まさか、セイナー、ここで開示するつもりか!?」


 見誤った。他の子供にも開示するつもりだとは思わなかった。スラヴァカは理解が云々というのは嘘偽りで、最も賢い自分を騙すための罠か、それとも……


《考え直したんだよ、君たちなら理解してくれるって!》


 ただの気まぐれか。


 やられた。二重の罠か。こんな大事、こちらから子供たちに話すなんて出来るわけが無い。だが、セイナーから何かアクションがあるとすれば話は別になる。彼から言われるよりもスラヴァカから言った方がまだダメージが少ないだろうし、正直今の狂気的な彼はあまり見せたくない。


 しかしセイナーはスラヴァカにこう言った。


『君は一番頭がいいからねえ。それに本気の恋をしているのも君だけだ。理解してもらえると思ったんだが……』


 これはつまり他の子供には言わないということになる。当然だ。他の子供はこの条件に当てはまっていない。別に頭が良い訳でもないし本気の恋などしていない。その条件に当てはまっているスラヴァカにだけ情報を開示したのだと思うなど当然のことじゃないか。


 セイナーはアクションを起こさないという事実をスラヴァカに植え付け、スラヴァカが口を開けないようにした。偽りの均衡が保たれていると、意識させていた。


 だが、失念していた。こいつは狂っている。心のどこかでまだ、セイナーは愛すべき父親だと錯覚していた。


 研究者などという理屈と理論でガッチガチに固められた人種の癖に、今のこいつは感情だけで動いている。神などという逸脱の力を手に入れ、人として狂う所まで狂っている。だからこそ、一切読めない。この行動の明確な動機などない!


 第一の罠によるスラヴァカからの情報開示の抑止。そして今までのセイナーとの思い出による狂気の隠蔽。これによりスラヴァカは最悪の展開を引き起こしてしまった。


《簡単に説明すると、僕はムーナと二人きりの楽園を作ろうとしているんだ。そのためには神様が必要でねぇ……君たちに預けている神様がようやく必要になったんだ!》


 大袈裟な動きで感情的に言う。まるで役者にでもなったかのようだ。というより、役者としてやっていけるだろうこれは。彼にこんな特技があったとは……


 (いや、待てよ?)


 おかしい。この演技力は正直異常だ。見たことはないが、アイドルとかそういうのはこんな感じなのだろうか。自然と目が惹き付けられてしまう。


 思えば彼の変貌はあまりに突然で、突発的なものだった。イメージとしては外から貼り付けたというより蓋が開けられたような……まさか、元から“こう”なのか?神を手に入れたから狂ったのではなく、最初から?


《イヴは、最初に神様と一緒になったんだよ!でも色々と失敗しちゃってねえ……不安定なんだ》


 纏まりかけていた思考を不快な声が邪魔をする。セイナーが手を引いて、一番左の無菌室を指さした。そこにいたのは……否、そこにあるのは


「セイ……ナァァァァァアア!!!」


 ビクビクと蠢く肉塊だった。潰れたようなその塊の中心では小さな神が光り輝き、あまりにグロテスクなその光景に似つかわしくないどこか小さな神々しさがあった。


 機械の触手がぐちゅぐちゅ音を立てて肉塊を弄り回し、血を滴らせながら引きちぎる。残酷で、醜悪だ。


 スラヴァカの怒号に震えるグラーヒとデゥストラの目は隠した。音は防げないが、視覚情報がないだけまだマシというものだ。それでも、滲み出る怒りは隠せない。


《凄いよねえ……これでもまだ生きてるんだよ。神様万歳!ってやつだねえ。君たちもこうなれるんだ!嬉しいだろう!?》


 何が、何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が。こんなにも醜悪でおぞましいものになることの何が嬉しいというのか。どこまで……こいつは……!


《では、次はこちら!これは凄いよぉ!》


 指さしたのは二番目の無菌室。そこには銀の毛並みの美しい体長三メートルほどの狼のような動物がいた。

ご拝読いただきありがとうございました。

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