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Last reverse  作者: 螺鈿
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Episode 5 last clash【2】

 月霞千覚は月光の神器の使い手だ。


 降り注ぐ月光に質量を持たせて変形、武器として操り戦う。その特性上夜でしか戦闘が出来なかったが、レベル4になった際擬似的な月を作り出す能力に目覚めた。能力発動の際に周囲に及ぼす影響の範囲で言えば全神器の中でもトップクラスに入る概念系神器である。


「やあ。綺麗な月だな……君のかい?また一段と強く光るようになったみたいだね」


「……お久しぶりでぇすぅ……夜ぅ……」


「ああ、久しぶり。アスモデウスでも元気にやってたかい?喧嘩別れだったからね……心配だったんだよ」


「あっれはぁ……不可抗力……」


「はは、そうだね。そうかもしれないね」


 月明かりが照らす荒野。崩壊した旧東京の一角で、彼らは敵同士であるというのに笑いながら向き合っていた。嘲笑でもなく挑発でもない、ただの安らかな笑み。


 Evil angelを制圧するために向かったはずの彼は、今Evil angelとは遠く離れた場所に立っている。それはエスティオンへの謀反行為と取られてもおかしくないが、それでもいいと彼は思っている。彼女との戦いだけは、譲れないのだ。


 添輝夜と月霞千覚は、かつての言葉を借りるならば幼なじみというやつだった。幼い頃から共に過ごし、苦楽を共にした。辛いことも嬉しいことも共有できた。どれだけ世界が残酷でも、二人ならば笑いながら乗り越えられた。幾つもの夜を共にして、こんな世界で愛も誓った。


 けれど、人にはどうしようもないこともある。


 その翼は、汚れ一つない状態だった。なんでもない毎日、その中に破裂するような喜びがあればいいと思って、それをプレゼントしようとしたのだ。月霞はいつも言っていた。鳥のように風を切って、空と月と共にありたいと。これがあった所で飛ぶことなどできはしないが、夢を見ることはできる。彼女に夢を見せたいと思ったのだ。


 その光は、月夜の明かりの下でもまるで満月のように強く輝いていた。魔神獣による世界の崩壊の影響で、この世界の夜は晴れていても星が見えない。満月の強く鮮明な月光だけが、太陽よりも美しく大地を照らしてくれていた。暗く怖い夜の闇も、この光があれば美しい夜になると思った。


 それに、触れた。純白の翼に、形ある月光の如き光に。互いを想いながら、優しく触れた。


 それは不幸ではないのだろう。神器適性。選ばれし者の証を持っていたことは、決して不幸などではない。ただ、適性がありすぎたことだけが果てしなく不幸なのだ。


 暴走。神器適性が高い者のみに起こる儀式のようなもの。神器との親和性を格段に上げ、その力を増すことができる。


 だが、皐月春馬が暴虐の限りを尽くしたように、フリシュ・スサインが実の両親を殺したように、愛蘭霞が自身の妹を手にかけたように、代償のない力は有り得ない。


 彼らの代償は、同時に暴走した愛する者との別れ。翼の神器は自由を求め、月の元へ飛んだ。月光の神器は夜を待ち、天を舞う翼を邪魔者として地に堕とす。


 彼らは戦った。訳も分からないまま、暴走した二つの神器は出会い、限界を越えた死力を尽くして戦った。


「君の歌が……オレは、好きだ」


「変わった、人ぉ……私のぉ歌ぁは……魔性……引き摺りこん……でぇ、離さないぃ……」


「君とずっと一緒にいられる。オレはそれでいい」


「そう……あなたぁは、そういう人ぉ……」


 勝利したのは添輝だった。月霞の四肢を羽で地面に固定した後に喉笛に翼の支柱を突き刺した。風で傷口を開いて血を流させ、ゆるりゆるりと死に近付けた。


 その後も暴走し続けた添輝は最終的にはエスティオンに保護されることとなった。自我を取り戻した後の添輝は何度も月霞を探そうとしたが、それは許されなかったし、自分でも怖いと思っている部分があった。己が愛したたった一人の女性。その人を、切り裂いた。縫いとめた。喉笛を掻っ切り、大地に流血を刻み、遅緩ちかんに死に追いやった。その時の記憶はなくとも感触は残っている。考えうる最悪の可能性を、最も“そうである”可能性の高い残酷な選択肢を、どうして己の手で模索することが出来るだろうか。


 敗北した月霞は神器の暴走の影響で向上した生命力と添輝の月霞への愛、無意識のうちに致命傷となる急所を貫かないようにしていた彼の暴走への抵抗によりあれから二時間も生き延びていたが、限界が訪れようとしていた。自我を神器に乗っ取られたまま死ぬかに思われたが、ウタマ・イン・ケルパに拾われた。月光の神器と翼の神器の戦闘は凄まじいもので、周囲に残した傷跡も他に類を見ないものだった。皐月春馬でもこうはいかない。ウタマはその戦闘力を買って彼女を拾ったのだ。ウタマの神器は、治癒すらも可能とする。


 月霞が生き延びられたのは奇跡にも等しい。アスモデウスの医師の腕、ウタマの神器による並行世界からの治癒、月光の神器により深く刻み込まれた生への執着。どれか一つ欠けていても、彼女はあの時に死んでいた。


「私たっちはぁ……離れぇすぎた……私はぁ……この、戦争でぇ……アスモデウスにぃ……勝利をもたらすぅ……」


「わかってはいたけれど、悲しいな。でも、仕方ないことなのかな。これだけ離れていれば、お互い色々変わるよね。オレもだよ、月霞。オレも、君とエスティオンの皆が大事だ。家族で、大切な親友たちだ。オレは守らなくてはならない。彼らに勝利をもたらす意思は君と同じだ」


 翼が舞う。月光が大地を照らす。


 彼らはかつて共に生きた。大事に想って、共に死にたいと思って、二人だけが世界の全てだった。


 だが、今の二人は違う。アスモデウスと、エスティオン。世界は広がり、大事な家族ができた。大切な友ができた。守るべき者は増え、守れるだけの力も得た。もはや二人だけの世界は為し得ぬ。引き裂かれた時間の内側で生まれた大事な何かのためにだけ戦うことができる。


 容赦はしない。することはできない。かつて愛した者であろうとも、今尚愛する者であろうとも。


「始めましょう……かぁ、長話はなぁんです……」


「そうだね。そうしよう。舞おう、奏でよう、続きを始めよう。終わったら……そうだな……」


 純白の翼が大気を揺らす。溢れ出る力の奔流が二人の間の何かを壊し始めたような気がした。天使の翼の羽もかくやというほどに輝く純白のそれが祝福のように宙に舞う。


 降り注ぐ月光が月霞の手の内に握られた。剣と、槍。斬り裂くための刃、貫くための刃。その二振りは勝利のためにあらず、その二振りは捧げるためにあらず。輝くその二振りの刃はただ決別のため、引き裂くためにある。


「あの歌の続きを聞かせて欲しい……」


 そして、衝突。後退しながら放たれた数百の羽の刃が月霞を襲い、剣がそれを撃ち落とし壊す。


 あれは、久しぶりの満月だった。地球を覆う大気の膜は魔神獣により汚染され、満月と太陽以外の光は届かない。彼らにとって夜は暗く狭く怖いものであり、決して幸福ではなく待ちわびるものではなく、満たされるものではない。


 そのイメージが刷り込まれているが故に、その夜もまた恐ろしかった。しかしそれだけではなく、その日はまた狂人の集団が血塗れの戦端を開き、臓腑ぞうふを撒き散らし大地は人の中身によりけがされた。月霞の目の前でだけは気丈に振舞っていたが、本当は恐ろしかった。泣きたかった。慣れていたはずの絶望が、悲劇が、理不尽が。急激に心を襲った。こんな恐怖があるなんて知らなかった。寒気がして、吐き気がした。


 月霞はすぐ側で眠っていた。安らかな寝顔だった。胸は緩やかに上下し、幸せそうに眠っていた。


 今こうして思うと、情けなかった。だが、安らかに眠る彼女に助けて欲しかった。泣いて、喚きたかった。


『月霞……ああ、いや。オレは……ああ……』


『……夜?なんでぇ、泣いている、のぉ……?』


 いつの間にか握っていた手を、月霞が握り返してくれた。暖かかった。確かな温もりがそこにはあって、泣いていたのが馬鹿らしくなるほどに安らかな気持ちになれた。


『泣かなぁいで、夜……私……どうすればぁいいかな……どうしたぁら……泣き止んでぇくれぇるぅの……?』


 わからなかった。答えられなかった。涙が流れなくても喋れなかった。どうすれば、泣かないでいいのかなど。


 月霞は薄く微笑んで、弱々しい手を首筋に這わせて微笑んで口付けを交わしてくれた。幾度となくそうしたというのに、その口付けだけは何かが違った。


 歌が、聞こえた。


 それは何より美しい歌だった。眠りに誘い、幸福を呼び寄せ、聞く者全てに遠い安らぎを与えた。


「あの歌ぁは、失敗作ぅ……」


「そんなことはない。オレはあの歌に救われた。君が救ってくれたんだ。月霞、オレはあの歌の続きを聞いてみたい!」


 戦場に音が響き渡る。翼と月光の奏でるその音は美しかったが、しかし深い悲しみと葛藤がないまぜになっていた。

ご拝読いただきありがとうございました。

ブックマーク、星五評価、いいね等よろしくお願い致します。まだまだ新米の身、ご意見等ございましたら遠慮なくお申し付けください。それでは。

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