Episode 0 Prologue【2】
断罪闇刀は究極の切断武器である。その刀身は装備者の指定したタイミングで発生し、重量ゼロの闇の粒子で構成された刃を伸ばす。無制限の闇はどこまでも伸び、既存の武器が行う“切断”ではなく“分解”を行うことで万物を切り裂く絶対切断の至高の矛となる。
対して光臨朧盾は究極の絶対防御である。装備者を守るためにあるはずの壁は上下しか存在せず、最も重要と言っても過言ではない真ん中がない。しかしそれは断罪闇刀とは対極の光の防御壁を展開するためである。上下の壁から光の粒子を放出することで形成される壁は何があろうとその並びを変えることはない。分解されず消滅もしない、ただ絶対の理として“そこにある”。不可侵の絶止の盾。
光と闇がぶつかる。粒子レベルの分解により絶殺の矛であるはずの断罪闇刀は、しかし光臨朧盾によって防がれる。
「くっそ……がぁ!お前なんかが!神具を使うなぁ!」
「こちらの台詞だ小僧……お前のような未熟者が……神具は、ただ使えばいいだけではない。同時複数装備が可能故の利点を、お前は活かしきれていない」
刹那、グレイディが背後に神具を投げる。
『蟲の魔球』という。装備者の命令に従う千を越える量の蟲の塊で、着弾すれば純粋な数の暴力で敵を食い尽くす。
敵は人の形をしたのっぺらぼうのような人形だった。
「な……マルス!?完成していなかったはずだ!」
「それはお前の父親がお前をこいつに近付けさせないための嘘だ……優しい父親で良かったな」
マルス。人形型の神具で、全身に数百もの絡繰を持つ戦闘人形。背部のボタンを押せば対象との戦闘を開始するが、燃料が切れるまで動き続け、燃料が残ったまま対象を殺害すれば装備者にも襲いかかる欠陥品。
蟲の魔球がマルスを止めてくれているが、長くはもたない。前方にはパルアプ。二対一など到底勝ち目はない。
「エルケイル……生体写本!」
『エルケイル生体写本』。それはグレイディの持つ神具の中でも最大級の切り札だ。普段は気持ち悪い色合いをした粘土型の神具で、能力発動時最も近くにいた生体の身体能力から思考まで全てをコピーし全自動で動く。
グレイディをコピーしたエルケイル生体写本は模造品の神具を駆使してマルスと戦闘を開始した。これでもう絶対に邪魔は入らない、正真正銘の1vs1だ。
「……グレイディ・ウェスカー。惜しい。実に惜しい」
「なんだ、勧誘か?霞がいるなら行ってもいいが、そっちには霞はいないよな。お断りだ」
「いいや、そうではない……」
パルアプが服の内側から武器を取り出す。一本の大太刀と、一本の小刀。二刀流。
大太刀は、黒い。刃も完全な漆黒で、柄も何もかもがとにかく黒い。黒以外の要素が一つとして見当たらない。そして小刀は、正反対に白い。大太刀同様、白以外の要素が見当たらない。不自然なまでの色の統一。
「俺は、強さを求める。だがそれは単独での強さではない……何においても敵を殲滅できる強さだ」
それらは、神具だ。大太刀の名を『グルミレルの繁栄の証明』、小太刀を『フルカレラの崩壊の兆候』という。ウルリエルが最も長い時間をかけて作った、断罪闇刀を越える攻撃力を持ち、“世界に干渉する”といっても過言ではない現象を引き起こす、神器をも越えた力を持つ神具。
「お前と組めば、正しく最強であったろうに、残念、残念だ……お前は、ここで死んでしまう」
大太刀を肩に担ぎ、小太刀を前方に突き出して構える。その二振りの能力を知っているグレイディの脳裏に浮かび上がるのはどこまでも明確な『死』と逃げ出したいという恐怖。
だが、ようやく復讐の時が来た。ここで逃げてなるものか。そんなことをすれば、父に見せる顔がない。何より、霞に笑われてしまう。
グレイディも断罪闇刀を構える。懐には魔球たちと未だにパルアプには見せていない神具を数種類。エルケイル生体写本は見せてしまったが、正真正銘の切り札はまだ見せていない。
「お前の原動力は……復讐か。俺が問うのも野暮な話だが、なぜそんなもののために戦う。誰も喜びはせぬ」
「わかってないな……効率厨」
マルスとエルケイル生体写本が同時に最大出力の攻撃を放つ。ぶつかりあったそれらは数秒間拮抗してせめぎ合う。
「復讐しても誰も帰っては来ない。父さんたちとの時間は取り戻せない。労力と対価が釣り合っていない。それは確かだ……」
バギリ、ゴギンと何かが壊れる音がする。マルスもエルケイル生体写本も限界だ。
グレイディとパルアプが腰を深く溜める。後ろに出した足に力を込めて、踏み込みの準備を。最初の衝突でどれだけのダメージを与えられるかが鍵だ。
「だがな」
二つの神具が、壊れた。刹那、踏み込み。激突。
「おれは気付いたんだよ……パルアプ。復讐すれば、何も懸念すべき事象はなくなる。つまり……!」
単純な膂力ではパルアプには勝てない。テクニックが必要だ。
断罪闇刀の刀身を一瞬消してパルアプの体勢を崩す。すぐに爆の魔球を取り出しぶつける。
「む……!」
「霞とのいちゃらぶを、心の底から楽しめる!」
頭から倒れ込んだパルアプに下方から膝蹴り。頭が弾かれ、グレイディの胸の位置まで浮かび上がった。
首から提げていたネックレスを外し、指に傷を付けて血を数滴垂らす。わざわざ膝蹴りをぶちかまして作った隙を無駄にするかのような行為だが、その真意は。
ネックレスが姿を変え、巨大な扉と化す。そしてその内側からはおびただしい量の死骸の腕が伸びてパルアプを襲った。
「これ……は……なんだ!」
「ガイオーンの修羅の門。お前は知らないだろう」
『ガイオーンの修羅の門』。ピアスの形状をした神具だが、血液を与えることで姿を変える。扉の内側には無数の“手”が存在しており、短時間ではあるが自在に操ることができる。
「ぐ……む……!」
パルアプが蛇のように体を這わせ、グレイディを下から蹴り上げる。グレイディとの距離が離れた状態で、片足を上げた無茶な体勢からパルアプが大太刀を振るった。
一瞬にしてガイオーンの修羅の門の内側から現れた腕は全て斬り払われた。斬撃の軌道上には闇の軌跡が残り、消えることはない。更に斬撃軌道の延長上は漆黒の斬撃痕が黒く染め上げた。
「やはりむちゃくちゃだな……グルミレル」
「俺の勝ちだ、グレイディ・ウェスカー……」
パルアプの切り札である神具、『グルミレルの繁栄の証明』は斬撃という概念そのものである。斬撃軌道には“斬撃”という概念が残り続け、軌道の延長線上は次元が断裂される。クルフォルクの封印の鍵が持つ、次元の狭間をこじ開ける能力をまるでおまけのように扱うことができる。
グレイディが、断裂された次元に触れぬように攻撃体勢に入る。が、それよりも数瞬速くパルアプが体勢を整え、小太刀を振るった。即座に攻撃を断念して断罪闇刀の刀身を展開し、防御体勢に移る。一秒にも満たない時間の後、“闇の斬撃がグレイディを襲った”。
それだけではない。明らかに斬撃軌道が届いていないはずの範囲にも、無数の闇の斬撃が現れている。その斬撃はそこに残り続け、パルアプは大太刀を振るっていない。
『フルカレラの崩壊の兆候』。グルミレルの繁栄の証明と同時に使うことで本領を発揮する小太刀の形状をした神具。斬撃は白い光となって飛び、グルミレルの繁栄の証明によって生まれた闇の軌跡に触れることで真の能力を発動する。
“斬撃という概念を自在の位置に貼り付ける能力”。
二振りで一つの神具。ただ振るうだけで戦場を無数の斬撃が残り続ける地獄へと変貌させることができる。
断罪闇刀ほどの絶対的な攻撃性能はなく、光臨朧盾ほどの不可侵な防御性能もない。だが、そのどちらもが持たぬ戦場の変貌能力。動けば斬れるという“恐怖”を敵に与えることができる。
迂闊に動けば斬撃という概念そのものに斬られ、更には断裂された次元の狭間にも吸い込まれるかもしれないという恐怖を思考し続けなければならない。戦場において恐怖とは、精神的な動揺とは。実際に傷を負うことよりも恐ろしい。
「俺にこの二振りを振らせた時点で……お前の負けだ、グレイディ・ウェスカー。お前はもう動けない」
「……」
「だが……俺は違う。フルカレラの崩壊の兆候のもう一つの能力、ウルリエルの息子のお前が知らぬはずはあるまい」
パルアプが小太刀で闇の斬撃に触れる。するとそこにあったはずの斬撃は小太刀に吸い込まれるようにして消えた。
それこそがフルカレラの崩壊の兆候のもう一つの能力。グルミレルの繁栄の証明によって発生させた斬撃を、触れることで消去することができる。故にそれは崩壊の名を冠する。
パルアプがグレイディに近付く。数秒もしないうちにそれほど距離も離れていなかった両者は至近距離で向かい合う。
「残念だ……グレイディ・ウェスカー。一度組織を離反した者を入れる訳にはいかんというのが俺の考え。ここでお前は死ぬのだ。残念、残念だ……」
そう言いながら、パルアプが大太刀を上段に構える。漆黒の刀身は無慈悲なまでの死を告げる。
背後にも、横にも無数の闇の斬撃が残っているグレイディは一歩も動くことができずただそれを受け入れる。大太刀が下方に向かって振られ……
「螺旋時計、巡れ」
グルミレルの繁栄の証明によって生まれた斬撃が全て消え、パルアプがガイオーンの修羅の門から溢れる手を切り裂く。グレイディはその背後に立ち、断罪闇刀を構えている。
驚愕の表情を浮かべたパルアプが持てる力全てを振り絞って前方に転がるように回避した。断罪闇刀の刀身が背中を浅く切り裂く。
「な……んだ、と!?」
「螺旋時計。おれの最後の切り札だ!」
それは砂時計の形をした神具だ。再使用には約一ヶ月の時を必要とするが、それを差し引いてもあまりある、チートとも言うべき能力を持っている。
“五分以内の時間と座標を操る能力”。
「終わりだ、パルアプ・ティーク……!」
今度こそグルミレルの繁栄の証明は振れないしフルカレラの崩壊の兆候も真価を発揮できない。こちらの手には断罪闇刀、敵は背中が傷付き体勢が崩れている。
敗北の要素はない!
横なぎに断罪闇刀を振るい、パルアプの首を狙う。吸い込まれるように振るわれた刀身は首の皮を一枚切り裂き……
ジャラリ、という音が足元から聞こえた。見れば足元に細い鎖の束が絡みついている。
記憶の中にある。神具の一つ、『爆連鎖』。殺傷力こそほとんどないが、凄まじい爆風を引き起こし爆発する鎖型の神具。パルアプの手からグレイディの足へ向かって伸びている。
「引き分けは、想像していなかったか」
爆発。耐え難い爆風が全身を襲い、グレイディとパルアプを吹き飛ばす。
「さらば、グレイディ・ウェスカー。再戦の時が来ればその時は必ずお前を殺し、神具を奪う」
パルアプの声は、それを最後に聞こえなくなった。調整していたのか偶然なのかはわからないがアスモデウス基地の方角に飛んでいく。神具は一つも取り返せていない。
グレイディもエスティオン基地の方角へ吹き飛んだ。急いでウィステオンの傾城の翼を展開しパルアプを追おうとするが、もう姿は見えない。
「ち……しょ……」
長い時を経てようやく邂逅した二人は、しかし決着を付けることなくまた遠く離れた。親を奪われ、親の残した神具も奪われ。復讐は成らなかった。
「畜生おおおおおおお!」
荒野に青年の声が響き渡る。
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