Episode 0 Prologue【1】
「あーもう本当に……どうなってるんだ!あーもう!」
「天道。何が起こったかは知らんがそんなことはもはやどうでもいい。早急に総員に戦闘準備をさせろ。時間がない」
「君はホントにいつもやりたいことだけやるよねえ!」
エスティオン基地内はもう大慌てだ。『融滅』の失踪というとんでもアクシデントに襲われたかと思えば今度は漆たちとグレイディがパルアプ及びカマスティナスとの接触、未確認の生命体の出現、いきなり流れで戦闘開始。
支援もできそうにない。今『融滅』の捜索に出させている構成員を直接向かわせても捜索から戦闘へ状況を切り替えるための準備で最短で一時間はかかるし、そもそも戦闘開始の連絡以降一切連絡なし。その場で戦闘が続行される訳もなし、現在地すらわからない。どうしようもない。
そして全部ひっくるめてもそれに勝る大事がある。それは今後の対応だ。パルアプもカマスティナスもアスモデウスの幹部。戦闘なんかすれば間違いなく戦争に発展する。それは何としても避けねばならない……何とかせねば。
「だからどうでもいいって言ってるだろうが」
「勝手に思考読まないでいただける?ていうかどうやったの?君そんな能力まで持ってたっけ?」
忙しなく動かしていた手を止めてゼロに向き直る。ゼロがこういうことを言った時はもうダメだ。従うしかない。
だが……
「君のことだ。これから何が起こるかぐらい知ってるんじゃないか?教えてくれたまえよ」
「ふむ……まあ良かろう。第一次衝突はもう始まっている。まずお前が心配している通りアスモデウスとは戦争になる。そしてなんやかんやで色々発展して……大量に死ぬ。お前の言う……なんだ。未確認生命体?アレとも戦るぞ」
「やめて一番シンプルで一番怖いの。簡単に死ぬとか言わないでただでさえ胃が痛いのにさ」
人生最大なのではないかというほど特大のため息を吐いて基地全体に連絡する。初めて使ったが、まさかこんなことで使うことになるとは。もっとプラスのことに使いたかった。
『総員戦闘準備。対象、アスモデウス及び未確認生命体。詳細不明、第一級規模想定。半刻以内に完了せよ。』
かくして第一次衝突後に三つ目の陣営は完成した。最大勢力にして最大規模。狂乱の中心。
――――――
「…………」
言葉を話したいと思考したことは数度ある。しかしそれは彼女の20年にも満たない人生の中で、たった一つの地点での思考だ。『彼』以外の誰とも会話したいとは思考しない。
『楽爆』。真の名を皐月春馬と言い、かつてはカンレス・ヴァルヴォドムを名乗った、地平全てにその名を轟かせた絶望の具現。彼女に名と力を託して死んだ。
彼は彼女の人生に最も大きな影響を与えた。言葉を話したいと思い、技を継ぎたいと思い、一度別れた後にもう一度話したいと思った。そんな特別は彼だけだ。
『継師』カンレス・ヴァルヴォドム。第五の二つ名。
彼女は今、第一次衝突における第二の戦場を誰にも見つからぬ高所で眺めている。妖姫星が放った技、『Caretaker ver.―――エクスカリバー』。その攻撃により大地の表面はまっさらな更地と化したが、圧倒的威力の余波により周囲には大量の土砂が積み重なり、戦場を取り囲んでいる。
強者である彼らに気付かれずにその上へ登ることができるのは、彼らを越える強者のみだ。そんな者はこの地平全てを探しても数えるほどしかいない。その一人が彼女だ。
彼女は神器を持たずしてレベル4神器の使い手を越える。単純な身体能力のみで超常の力に抗い、更には神器を使わないが故に神器を破壊する神器使いの天敵。
下方では激戦が繰り広げられている。恐らく三つの勢力が戦っているのだろう、謎の生物に三人で攻撃しているがたまに人間同士でも戦闘している。正直、色々と意味不明な能力が入り乱れているせいで何が起こってるかすらわからない。
拳を握り、筋力の確認をする。問題はない。全身の筋肉を揉む。柔軟性も十分だ。いつでも戦れる。
血が騒ぐ。戦いたい。戦闘は好きではないが、強くなるために大切なのはとにかく経験だと『楽爆』も言っていた。
『そして君は……ふふ、役目とは言わなイだろうが、嵐ダ』
だが、脳裏に裏返るのはあの女の声。その時とか何とか言っていたが、今何かするべきではないのか。
役目がどうとか知ったことではない。というか……あの女は死んだはずの『楽爆』を使っていた。この感情を何と言うかわからないが、何となく気持ち悪い。
もういいか。色々思考するタイプではないし言うことを聞く必要もない。というか、聞きたくない。
「……………………………………」
脚に力を込めて戦場に飛び込む準備を……
「ダメだよぉ、今はさァ」
積み上げられた土砂の壁の内側から声が聞こえ、腕が伸びる。足元を掴まれて動けない。
ボゴリ、と姿を現す。丁度思考していた、あの女。燃えるような赤髪を後ろで纏め白衣を身に纏った科学者のような格好。土砂の中から出てきても一切違和感がないそのおぞましい雰囲気、不快感しかない声。
『融滅』エルミュイユ・レヴナント。
「コこは大人しく見とこうよ……君の出番はもウすぐ。でもここじゃナい。言っただろう?君は嵐だっ」
ゴッパァン!と評するのが相応しいだろう。『融滅』の声は途切れ、代わりとしてそんな壊滅的な音が響いた。
右手の裏拳に冷たい血液が付着している。『融滅』の顎が完膚なきまでに吹き飛び、顔面の下半分が消失していた。視覚で認識することすらできない超速のカンレスの拳。
「喧嘩っぱやイのは好きダよカンレスちゃん……でも、もう一度言うケど今じゃない」
『融滅』は声帯を震わせて出した音を口から出すのではなく、直接出している。顎を吹き飛ばされたところで声が出せなくなることはない。
腕の肉をちぎり失った顎にくっつける。接着面から小さな触手が伸びて接合され、顎が再生する。
血塗れの手でカンレスの肩を抱いた。
「それにしてモ……嬉しいよ。君にもようヤく人間らしい感情が芽生えタかな……?君のお姉ちゃんハ君が死んだと思ってとっっっテも心配してた……君の口から教エてあげな?」
『融滅』の声は聞いているだけで吐き気を催すほどだ。ねっとりまとわりつくように鼓膜を震わせ、這わせた手は悪魔の抱擁のよう。生物らしい温かみをまるで感じない肉体からは熱い血潮の流れすらも感じない。
この感情をなんと言うのか。単純に、どこまでも気持ち悪い。胸がざわめき手足が震える。このようなおぞましい生物が当たり前のように存在していることを信じたくない。
第二の戦場では未だに戦闘が繰り広げられている。音が舞い光が舞い、炎と氷と草花が入り乱れ。ただの肉塊と化した疑似魔神獣が何かに操られるようにして飛び回る。
巨躯の黒い生物は体の割に視界が狭く聴覚も発達していないようで、『融滅』たちに気付く様子はない。他の人間たちも戦闘に必死で他のことに気を割けていない。
「台本通りに行くかはワかんないけどさア……まあ大丈夫でしょ。そウだ!ちょっとだけ書き足ソうかな!」
『融滅』が指を鳴らした。遠く離れたどこかの地で、何かが現れた音がした。
何となく、勘のような何かで理解した。この女の言うその時とは、もう目前まで迫っている。後ほんの少しの時間で、嫌でも戦わねばならなくなる。
嵐が生まれる。
「始まりは天使ガ告げる!」
彼女は単独でありながら一つの陣営である。嵐の如く無差別に暴れ回り、全てを崩壊させる役目を背負っている。
『継師』カンレス・ヴァルヴォドム。
第四の陣営。
――――――
第一の戦場では、神具を用いた激戦が繰り広げられていた。神器戦では有り得ない、単独による能力多重発動。おぞましいほどの『力』がぶつかり合っている。
「アリステルの追憶の鏡……!」
「クルフォルクの封印の鍵」
手鏡ほどの大きさの神具が陽光を蓄積、放出する。光線の如く飛んだ陽光がパルアプに向かって飛ぶが、突如“空間が開いた”ことで次元の狭間に吸い込まれて消える。
『アリステルの追憶の鏡』。手鏡ほどの大きさの鏡の神具。陽光を蓄積し光線として発射する神具。
『クルフォルクの封印の鍵』。空間に差し込むことで一時的に次元の狭間を開く神具。一度吸い込まれればそれには二度と干渉できず、仮に腕を飲まれてしまえばどのような手段を使おうと再生することはなく義腕を付けることもできない。
グレイディが距離をとりつつ牽制する。氷塊侵食を投擲し足元を悪くしながら様々な神具で攻撃する。
パルアプも防御を主軸にグレイディにジワジワとダメージを与える。互角の戦いだ。
神具には必ず対極があるとされる。それは製作者であるウルリエルがそうあれと神具を作ったからである。
例えるならば氷塊侵食には業焔豪爆という神具が対極に存在する。一粒の氷塊から接触により肥大化し巨大な氷塊と化す神具に対して、一欠片の火種から着火により巨大化しいずれ消えぬ炎として全てを包み込む神具が。
グレイディの持つ神具は攻撃的なものが多い。それに対してパルアプの神具は防御に特化している。それもまた、神具に対極というものが存在する故だ。
「お前の神具があれば、俺の強さは完璧になる……!」
「黙れゴミ虫!父さんの神具を……返せ!」
グレイディが持ち手だけしか存在しない剣を取り出し構える。パルアプも盾のような何かを取り出す。
その剣には刀身が存在せず、盾にはあるべき防御のための壁がない。断罪闇刀、光臨朧盾。
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