第十八話 対峙【1】
「そういえば聞いていませんでした」
「何がですか壱馬さん。できれば会話の際は主語を取り入れてくださると大変助かるのですが」
壱馬はアスモデウスに協力することを決め、今までのように放浪して力を蓄えることをやめてアスモデウスに居座っている。基本的には組織長であるウタマの自室に入り浸り、たまに戦力確認のために修行場に行く程度。
ウタマは執務室で寝泊まりをしているので丁度自室を使ってくれる人がいて助かっている。彼女は無駄が嫌いだ。
そして今、珍しく仕事が少なめだったので久々に自室に帰って軽い事務作業をしていると、壱馬に何とも反応が難しい質問をされたのだった。
「エスティオンを滅ぼす。それ自体に疑問はないのですが、理由を……ね。動機を聞いてませんでした」
「用心深いあなたがよくそれで協力を決めてくれましたね」
「いやなに……僕もエスティオンは滅ぼしたかった。勝算があるというから乗っただけです……動機を教えてもらっても?」
こくりと小さくウタマが頷き、纏めていた資料を一旦脇に置いておく。眼鏡を外し、壱馬に向き直った。
「我々は……というよりエスティオンを除くほぼ全ての組織の人間は、元エスティオンの組織構成員だったということはご存知でしょうか」
「ええ。例外はレギンレイヴぐらいのものですねぇ」
ウタマの言う通り、レギンレイヴ等のほんの一部の例外を除き、あらゆる組織の構成員はそのほとんどが元エスティオン構成員である。それはなぜか。あるシステムのせいだ。
追放。どの組織にもあるシステムだが、エスティオンは追放の回数、人数が異常に多い。
「通常の場合追放とは、組織に害をもたらす、又は危険な行動を取った者、危険思想を持っている者に対して行います」
「そりゃあそうですよねえ」
「しかし……エスティオンは違います。先程申し上げた条件に加えて上層部に楯突いた者。それを追放します」
上層部へ楯突く者がいるなど、どんな組織でも当たり前だ。寧ろ、そういった者がいてくれなくては組織的な発展は有り得ない。通常はその者の意見を取り入れ、更なるステージへ進もうとするものだが……
「奴らは、狂っている……!ついて行っても未来はない。そう思ったのは私だけではなく、多くの者が反逆思想を持ちました。それは、エスティオンをより良くしようと思う純然たる心であったはずです。しかし……」
「行動に移す前に追放された……と」
ウタマが頷く。強い怒りと悲しみを感じさせる表情だったが、すぐに怒り一色に染め上げられた。言葉にすることもできないほどの憤怒を己の内で燻らせている。
壱馬も知っている。エスティオンの上層部がどのような方針で、どのようなことをしているか。そして彼女が不満を持っている、思想のみによる追放をどのような思いで行っているか。更には、仮に行動に移した場合どのような結末が待っているか。それを知っていると天道たちに感謝せねばならないだろうが……まあ、なんだ。
上司を間違えたとしか言いようがない。
「奴らの掲げる目標を、ご存知ですか」
「魔神獣を打ち倒し、人類の救世主となる……でしたか?」
「そうです……ですが、奴らのような愚か者に、仮に魔神獣を打ち倒せたとて人類の先頭に立つなどできはしない!」
冷静沈着なウタマにしては珍しく声を荒らげる。振り下ろした拳が机に当たり、積まれた資料を倒した。
荒くなった息を整え、座り直す。棚から水を取り出して一口含み、続きを話すため口を開いた。
「我々アスモデウスこそが魔神獣を打ち倒し人類を救った救世の英雄となる。エスティオンに所属し苦しめられている者たちを救い出す!」
壱馬は冷めた目でその様を見つめている。熱くなっている者を見ると、冷静でいなくてはならないと、より一層その思いが強くなる。熱くなると周りが見えなくなる。
だが、ウタマの意見は理解できた。より良い組織を求めれば追放され、頭のおかしい方針の上層部が絶対の権力を持って構成員を苦しめ、分不相応な目標を掲げている。確かに不愉快だし、正義感の強いウタマのような人間であれば尚更腹が立つだろう。滅ぼすというのも当然に思える。
「現体制のエスティオンを滅ぼし、新たなるエスティオンを。そして奴らに代わり人類の救世主となる!それが、我々の行動理由です……ご理解いただけましたか?」
「ええ……ありがとうございます。ところで、もう一つお聞きしたい。まだ顔を合わせていない幹部三名とはいつ会えるのでしょうかねえ?」
そう問うと、ウタマは急に申し訳なさそうな顔をして壱馬に頭を下げた。もう少しで土下座もしそうな勢いだ。
「大変申し訳ございません……あいつらはその、自由奔放で。今頃は任務も終わり寄り道しまくりながら帰っているものかと……もうすぐ会えるはずですので、ご容赦を」
「いや別に怒ってはいませんけどね?」
ソファから立ち上がり、窓の外を見る。釣られてウタマも同じ方向を見たが、そこには遥か彼方まで続く曇天しかない。今日は陽光が一筋も差さない、暗い一日になりそうだ。
壱馬が、置いてあった神器を背負う。タンク状のそれは無数の神器を取り込み、内包する力はもはやあのゼロや染黒ですら計り知れないだろう。
五柱の名を関するその神器は静かに佇んでいる。
「始まっちゃいますよ、第一次衝突が」
無限の蓄積を可能とするその神器の中身を覗いた彼が見たのは希望か、それとも……
――――――
失踪した『融滅』とサファイア及び桃月遥の捜索。それがグレイディに与えられた次の任務だった。ライブ前後に行方を眩ませた彼女らがどこに行ったのか。特に『融滅』。エスティオンに縛り付けたところでさほど意味はないが、放置しておけば何をしでかすかわかったものではないので、現在は全エスティオン構成員が彼女らの捜索に尽力している……
荒野の空を飛ぶ人影が一つ。マフラーを巻き、クールな外見をした彼の名はグレイディ・ウェスカー。今彼の背からはとにかく目立つ極彩色の翼が生えている。
『ウィステオンの傾城の翼』という神具で、超高速飛行を可能とし更には敵対生物への挑発効果も持つ。そのため空から『融滅』たちを捜索している彼の下には大量の擬似魔神獣が群がっている。
「……鬱陶しいな」
知性も理性も失ってしまっている擬似魔神獣は見ているだけで鬱陶しいから嫌いだ。赤子の方がまだ大人しい。
マフラーの内側から一粒の氷の塊を取り出す。手のひらにすっぽり収まる大きさで、陽光を反射して煌めいている。
それを強く握りしめると、下方の擬似魔神獣の群れ目掛けて投擲した。一切の風の抵抗を受けることなく飛んだそれは見事に群れの中心に着弾し、大地に異常をもたらした。一瞬にして擬似魔神獣を凍りつかせ、巨大な氷塊を生み出す。
『氷塊侵食』という。グレイディの持つ神具の一つで、普段は極小の氷の粒だが装備者の指定したタイミング又は0°以上の熱を持つ物体に接触した際に周囲の全てを取り込みながら巨大な氷塊と化していく特性を持つ。
氷塊の中に閉じ込められ一種の芸術作品のようになった擬似魔神獣たちに向けて更に別の神器を投げつける。
それは空中で右に行ったり左に行ったり物理的に有り得ない動きをしながら落下し、氷塊の真上で爆発した。擬似魔神獣の肉体は吹き飛び、氷塊侵食も一粒の欠片に戻る。
『爆の魔球』という。生体の心臓目掛けて飛び大規模な爆発を引き起こす神具。
擬似魔神獣を掃討したことを確認すると、翼を仕舞って地上に降りる。丁度昼だし、一度休憩することにしよう。
二つの神具を拾い、爆発によって生まれた岩の塊の上に座る。上を見ると青空の中を色々な形状の雲が泳いでいるように見える。星空よりもこの方が好きだ。
「…………こうして誰かを探していれば、貴様にも会えるかもしれないな……」
神具のメンテナンスをしながらぼそりと呟く。
グレイディは神器ではなく神具を使う。神具は最初から神器レベル3程度の強さを持つ神器と同じエネルギーを使用する武器だ。現在グレイディは十個程度所持している。
神具と神器と差別化点は三つ。一つはレベルの概念が存在しないこと。神具は最初からレベル3程度の強さがあるが、そこから更に強くなることはない。そして二つ目は同時装備が可能な点。神器は一人一個というルールがあるが、神具にはそれがない。一人でいくらでも装備できる。そして三つ目は適性が必要ないということ。神器に適性がない者でも神具は装備することができる。ある意味この点こそが神具を神具として確立させているだろう。
それ以外の部分では神器と神具に一切の違いはない。それ故に、神器に適性のない者が使う魔神獣を傷付けることのできる武器。それが神具だ。
が、グレイディが神具を使うことには少々疑問が残る。なぜならばグレイディは神器に適性があるからだ。以前彼は『鎖鎌の神器』に適性があることがわかり使用することを強く推奨されたが、頑として使わなかった。
それはなぜか。その理由を話すためにはまず神具の成り立ちから説明せねばならないだろう。
神具は神器と違い自然に発生したものではない。人為的に作られたものだ。ではそれは誰が作ったのか。
ウルリエル・ウェスカー。かつては『融滅』に並ぶともされた天才科学者で、一人の息子と妻がいた。彼が誰よりも愛した息子の名を、グレイディ・ウェスカーという。
彼は『融滅』とは違い神器学専門の研究をしていた。その観点だけに絞れば、確かに彼は『融滅』を越える科学者だった。
彼は神器のシステムを嘆いていた。適性のある者のみが扱える、選ばれし者のための武器。魔神獣を打ち倒すため天が与えたもうたであろうその武器のシステムは、しかしかつてならともかくこの世界においてはどこまでも残酷だ。
擬似魔神獣、狂った人々、崩落する文明の残滓。神器はありとあらゆる純然たる力の暴力から身を守るための道具でもある。だというのに使える人間は限られるなど、残酷が過ぎるではないか。
全ての人間が平等に使える力を。その理念の元、ウルリエルは神具の研究を続け、グレイディが10になる頃には最初の神具を完成させた。『融滅』にさえ為せぬ偉業であった。
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