第十五話 星空【3】
以来そのことは全体に共有され、どれだけ間違ったことをしていても上層部に意見してはならない。するとしてもまだ話が通じるゼロや染黒等の特権階級を介することが暗黙の了解となった。また、このようなことがあっても裏切り、エスティオンに害をもたらそうとする存在は慈悲すら込めて追放することも。
そんな上層部に対し鬼路は何を言ったのか。それは、春馬たちの試験の際に発生したアクシデントに関連するものだ。
「我々の手札として動くことをやめる。それ自体は……許そう。お前がいなくとも神梅雨がいる……が、お前はなんと言った。許す。もう一度言ってみろ」
「………………神梅雨を、最上第九席に専念させてもらいたい。可能か」
「それはつまり、神梅雨にも手札として動くことをやめさせる、ということで相違ないな」
「そうなる」
「………………………………ハァーッ……」
鬼路が上層部に対して要求したことは二つ。
一つは自身の上層部の手札という役割の破棄。カンレスという真に無情で『何もない』人間に出会った。無情は役割ではないと知った。故に恐れたのだ、その役目と言えぬ役目を。このままスパイを考えもせずに機械の如く殺す日々を。
二つ目は神梅雨の手札という役割の破棄及び最上第九席の任務のみに集中させること。上層部に無理やりその役目を担わされている本人が言っても受理されないことは目に見えている。彼女の考えもあの時理解できた。現状神梅雨レベルの強者がいないため彼女の望みを100%叶えてやることは不可能だが、苦しみながら投薬によって意識を掻き乱され、スパイを殺し続ける日々は終わるだろう。
無論ただ要求するだけで通るとは思っていない。だが、何を代償に支払ってもせめて神梅雨だけは救いたい。
そんな一縷の淡い希望を賭けて上層部に掛け合ったが、答えは。
「鬼路。次妄言を抜かせば殺す。……退出を許可する」
取り付く島もない。当然と言えば当然だが、やはり実際にこうまで拒否されるとクるものがある。
が、ここからだ。ここから交渉して何とか譲歩だけでも……
「それなんだがな、桐也」
「なんだ、ゼロ。お前が口を挟むとは珍しい」
「まあ……当然だが、鬼路は変わらず我々上層部の手札として働いてもらう。それは決定事項だ……お前も、それは期待しておるまい?」
静かに頷く。意外なことに、助け舟を出してくれたのはゼロだった。
先日までは上層部会議、又は集会等の際は姿を現すことのないゼロの代わりに『中央第零席代理』という役割を与えられた者が出席していたのだが、ゼロが最近になって姿を現したので本人が出席しているのだ。
「だが、神梅雨はそろそろ手札をやめてもらっても構うまいよ……なあ、ムーナ……いや、染黒」
「ふん……アレに異常が発生してなかったら反対しておったがな……儂の封印が解けておる。いつ出てくるかわからんでな……あの子はもう自由にしてやるがいい」
その単語自体は先日、神梅雨が隔離されている部屋の前で医者から聞いた。
元々札の神器にかけられていた封印が解けそうになっているような感じがする。が、前例がないのでどう判断することもできない。しばらくは戦闘は控えるように。
染黒はそれについて何か知っているようで、かなり真剣な顔で鬼路をフォローしてくれた。自分が手札をやめることができないのは別に構わない。ゼロの指摘した通り、元より大した期待はしていなかった。神梅雨を救うのもまあ可能性は低いと思っていたが……まさかこんな形で叶うとは。
「あの子は元よりそう長く運用するつもりはなかったしの……ん?おい。あー……いや、いいか。なんでもない」
染黒が何か言おうとしてやめる。その場にいた全員が懐疑的な目で染黒を見たが、首の辺りで手を振って見るなとジェスチャーした。
桐也と呼ばれた上層部の人間が何とも苦しそうな顔をして二人を見る。他の上層部数名も鬼路の要求を呑むつもりはなかったようだが、戦力的にも最大級の二人が呑むと言っているなら従う他ない。渋々、本当に渋々といった表情で桐也が頷く。表には出さないが、鬼路は心の中で踊り狂った。
「が……ただでとは言わん。わかってるだろう、鬼路?」
ゼロがそう言う。
「現行の体制を変えるのは難しい……空いた穴を埋める何かが必要だ。お前にはそれをしてもらう」
「……穴を埋める?」
「神梅雨幸幸がなぜエスティオンにとって莫大な価値があるか……お前にわかるか?わからんだろうな。染黒、説明してやれ」
「なぜお前がせんのじゃ……」
さらっと罵倒されたが実際わからないので沈黙して受け止める。基本的に誰に対しても攻撃的なゼロの罵倒に一々反応していたら体力がもたないということもあるが。
「あの子はまず……可愛い。性格も、外見も何もかも。それだけでまず価値がある。特に男性にとってな。次に二つ名持ちに迫る実力。あの子がもう少し強くなれれば、二つ名も夢ではない。その戦闘能力に価値がある」
染黒が一息でそう言う。なるほど、後者はわかるが前者はイマイチわからない。可愛いからなんだというのか。
鬼路がなぜ神梅雨のためにここまでするのか。それは、天爛のことを大事に想い、自我のみで薬を打ち破ったその愛故だ。あんな慈愛に満ちた少女が無理やり人殺しをさせられ続けるなど、見るに堪えない。
「お前にはそんな神梅雨幸幸が我々の手札をやめることにより生じる穴……つまり圧倒的戦力になってもらう」
厳しい眼光でゼロが言う。
神梅雨は、強い。その彼女の分更に強くなるというのは一見すると無理難題だが、頑張る他ない。やる気の炎が鬼路の心の内側に灯った。
可愛くなれとか言われたらめちゃくちゃに悩んでいた。
「最上第九席に専念させることにより、通常の戦場での戦闘は神梅雨幸幸に任せられるだろう。スパイ対策。そこの穴を埋める……くく、対人戦最強の神器の代わりになれるかな?非情ではなくなった、お前に」
「なれるかどうかでは……ないのだろう」
振り向いて扉に手をかけ、開く。首だけで後ろを向き、言った。
「なるしかない」
一歩踏み出し、扉を閉めた。神梅雨の代わりにどこまで出来るか。もっと強くならねばならないその重責に、どこか心地良さを感じている自分がいた。
「ゼロ、染黒。なぜ承諾したのだ!」
「落ち着け桐也、我々には我々なりの考えがある……」
「どう考えても呑むべきではない要求だ!神梅雨幸幸の代わりなど、誰にも務まらん!実際スパイの殺害数は鬼路が圧倒的に下回っているんだぞ!」
「根本的に問題ではなくなる、と言っているのじゃ……お前たちにはわからんだろうがな」
「なんだと!?」
「やめろお前たち。ここで言い争っても詮無いことだ……直にわかる。もうそこまで来ているのだからな」
裏でそんな会話が繰り広げられていることも知らずに。
――――――
「はー、らいぶねえ。楽しいのかな?」
フリシュも盲全も酔裏も天爛も神梅雨もいない寂しい自室で、春馬は一人ライブの告知を見ていた。語彙力のない漆が作成してしまったせいで『とにかく楽しい』という文字がデカデカと書かれただけのそれは、しかしながら少なくとも春馬に興味を持たせる分には十分だった。
あれから色んなことがあった。目が覚めると血相変えた天道が血を抜き取っていって、発狂してるゼロと染黒が全力でタックルぶちかましてきて、天爛は両腕がなくなって、フリシュと盲全はなんか部屋に帰ってこないし酔裏は謎に凛々しい顔をしてどこかへ行った。そして特にすることもなくぼけーっとしていた春馬の元にライブ告知の紙を持った漆が入ってきて強引に紙を渡してからまたどこかへ行った。更に神梅雨は怪我して治療中……
はっきり言おう。もうめちゃくちゃだ。
ライブは見たい。よくわからんが滅多にないだろうし、音楽は好きだ。壱馬がたまに歌っていた歌が好きだった。
でも、一人で見るのは……嫌だ。フリシュでも、誰でもいい。誰かと一緒に見て、興奮とかそういうのを分かち合いたい。
「はあ……寂しいな」
長らく忘れていた、孤独。壱馬と出会うまでは何の苦痛にも感じなかったそれが、今になって何よりも恐ろしい。誰の声も姿もなく、ただ一人。嗚呼。
「なんで……こんなに怖いんだ」
頬を叩く。マイナスな考えはどこかに行ってしまえ、ただ前だけ見てればいいって誰かが言ってた。
そうだよ、俺はその為に生まれたんだ。前を見て、突き進んでそして、そして……
「なんだっけ……?んー、まあいい……か?なんか気が紛れるもの……あそうだ!俺が世界を作れたりしたら、孤独がない世界を作ろう!皆で一緒に……はは、すげえ楽しい!」
一人でそう言って一人で笑う。途端に虚しくなってきた。いつもならフリシュなり誰なりが合いの手を入れてくれるのに……盲全の辛辣な物言いとか、控えめな酔裏とか……
「あーもう!だめだ!楽しいこと……お?」
頭をくしゃくしゃにして首を振って悪い考えを脳内から排除する。すると、扉が開かれた。
期待と興奮を込めて入ってくる人間を見つめる。
「フリシュ?おお、おかえりフリシュ!どこ行ってたんだよ……寂しかった」
「春馬ボーイ」
悲哀、諦観、絶望、恐怖。そんなもんだろうか、その瞳を彩っているのは。暗くて、冷たくて、見つめていると引きずり込まれそうな瞳は、何を映しているのだろう。
静かな声だ。今までの彼からは想像もできない、春馬と一緒にバカをやった顔は、声は、どこにもない。
「なん……だよ」
「春馬ボーイ。俺は、俺は……!」
拳を握りしめて、必死に言葉を紡ぎ出している……そう見える。沢山の苦難の末にここに立って、最悪な結末を望んでいるような、そんな目をしながら。
唇が震える、涙が溢れる。途切れ途切れの声で、それでも伝える。
「君より輝く、星になりたい!」
いつの間にか夜だ。
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次回、『星座』。乞うご期待。
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