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Last reverse  作者: 螺鈿
last reverse〜actors are arranged〜
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第十五話 星空【1】

「其方は……レギンレイヴについてどう聞いているの?」


 失われたはずの天爛の両腕には、代わりに鋼鉄に酷似した物質で構成された義腕が装着されていた。天道が軽量化と硬質化させた鉄をゼロの義腕の神器の構築方法を参考にして加工した一品で、義腕でありながら本物と遜色ない動きができる優れモノだ。


 輸血したとはいえ重度の失血による体内臓器への負荷、心臓を貫かれたことによる血液の循環不全。両腕喪失による脳への一時的ショックにより心身共にとても戦場に立つどころではない天爛は、『融滅』との戦闘から数日経過した今も部屋から一歩出ることもできずに絶対安静の状態にある。本当の理由は『融滅』にウイルスか何かを仕込まれた可能性を決して否定できないからなのだが。それともう一つ。本人が春馬かセレムの知り合い以外の人間と関わろうとせず、一生部屋から出ない、などと言っているのも大きな理由だ。


 そんな彼女の部屋に入ることができる人間は当然限られる。少なくとも一般の構成員は入れず、一時は同じ部屋で過ごした春馬たちでも面会すら許されない。どれだけ『融滅』という存在が恐れられているかがよく分かるだろう。


 そんな限られた人間の一人に天道がいる。彼は定期的に診断のためにこの部屋を訪れ、また天爛が両腕を失った理由、セレムが死亡した原因を問いただそうとしている。


 のだが、一向に話そうとしないのであちらから話してくれるのを待とう、という判断をしたその日にこう問われたのだ。僕はつくづくタイミングを見るのが下手なんだな、と少し悲しくなった。


「エルミュイユ師匠からは……擬似魔神獣の大群に滅ぼされた、と」


「……それは……」


「当然、違うということはわかっている。諜報を得意としているとはいえ、擬似魔神獣に滅ぼされるほどレギンレイヴは弱くない。そんな弱小組織ならばとうの昔に我々が滅ぼしているさ……いやそういう訳にもいかないが。十中八九やったのが誰かはわかってるよ。後は確信が欲しいだけなんだ、僕たちは」


「……そう。なら話は早い。レギンレイヴを滅ぼしたのは『融滅』。殺された皆の復讐のためにセレムは『融滅』に立ち向かって、負けた。私も負けて、両腕を落とされた」


 静かに、その告白を聞いていた。案の定やったのは『融滅』だった。そこに一切の驚きはない。彼女の行動は予測不可能かつ不規則。動機がなくとも行動する。


 背中の血管に細い針を刺して血液を少量採取、小瓶に詰めて天爛の告白を録音したボイスレコーダーを布で作った袋に入れて部屋の外で待機していた職員に渡した。


 扉の前で振り返る。そのまま出ていっても良かったが、このままでは天爛は永遠にレギンレイヴのことを忘れることができずに引き摺り続けるだろう。彼女には前を向いて欲しい。


 話すべきではないことだが、彼女にだけは話してもいいだろう。ダメだったとしてもまあ……何とかする。


「天爛君。少しいいかな」


「…………なに」


 少し前までの、元気と明るさに塗れた表情はもうそこにはなかった。無軌道に、無差別に光をばら撒き続けた彼女はそこにはいない。むくろと化してしまったようだ。


「君の言葉には一つだけ間違いがある……突然だが、エスティオン、アスモデウス、レギンレイヴ。この三つの組織が敵対しているのは知っていると思う」


「それは……そうでしょ。知らないやつはいないわ」


「でも、エスティオンとレギンレイヴに交流があったことは知らないだろう」


「……うちと貴方たちに、交流?」


「そうだ。組織ごとカテゴリーにいれるのは違うかな……正確には、セレム君とエスティオンだ。恐らくアスモデウスともあったんじゃないかと思う」


「……そんな話は、聞いてないわ。嘘を吐くにしてももう少しまともな嘘はつけないの?」


「嘘じゃないさ。いくらエスティオンが甘々組織だと言っても、敵対組織のボスが負傷して運び込まれて完全治療してやるほどバカじゃない。するにしても、それは拷問又は尋問に耐えられるぐらいまで回復してもらうための治療だ」


 少し考えればわかる真っ当すぎる意見を受けて、天爛が黙りこくった。事前に何らかの特別な関係性、契約でもないと治療など到底してくれないだろう。


「彼はよく上層部と話をしていたよ。お互いの方針とか、色々ね。ただ、いくらいがみ合っていても戦争にならなかったのは、ひとえに彼の尽力あってこそだろう」


「それが何か?あの人が私たちのことを守ってくれていたことがなんだっていうのよ」


「本題はここからさ……彼は僕とも話をしていた。彼と僕の話の議題は、もっぱら愚痴とかそんなんだったけどね。たまに真面目な話もしたが、まあ稀だったね」


 ますます意味がわからない。セレムが天道に愚痴を言っていたからなんだというのか。


 嗚呼、嫌な思考がどんどん湧き上がる。愚痴ってのは組織メンバーに対するもので、彼は実はレギンレイヴなど愛していなかったのではないか。もう飽き飽きして、エスティオンに加入するためにそんなことをしていたのではないか……


「愚痴の内容は実に多岐に渡ったよ。神器を使いこなせないとか新人の育成が上手くいかないとか……君が可愛すぎて上手く話せない、とかね」


 ぼっと頬が赤くなると同時に自分のネガティブな思考が180度間違っていたと気付く。そうだ、あのセレムが皆のことに不満を感じる訳がない。まったく何馬鹿なことを考えていたのか。父を信じないでどうする。


「彼の最後の愚痴は前線に立てなくなったことだったよ。理由は頑なに話してくれなかった……何か知ってるかい?」


「セレムは……病気。肺の病気。治療法がなくて、日常生活には支障はなかったけど、戦うなんて、とてもできる状態じゃなかった」


「……そうかい」


 白衣の内側から、いくつかの小型の機械を取り出す。ボイスレコーダーだ。番号が振ってあって、その中で一番大きな番号のレコーダーを手の中でいじる。


 数分時間を進めてから天爛に手渡した。


「これは?」


「僕と彼の最後の会話、その記録。きっと君のためになると思う……これだけは言っておくよ。彼は、君に後ろを向いて欲しいとは決して思ってないよ。前を向いて欲しいんじゃないかな?」


 そう優しく微笑んでから、手を振って部屋を出て行く。あのボイスレコーダーは、きっと何かの役に立ってくれるはずだ。あの会話には彼の本音の全てが詰まっている。


 あれで前を向いてくれないなら、もうどうしようもない。レギンレイヴが滅んだ今、彼女は孤独。どうするのも自由だ。一人で生きていくのもいい、エスティオンに加入してくれてもいい。こちらから強要することはできない。


 ただ、一人で生きていけるほど甘い世界ではない。痩せ細り、冥界に片足を突っ込んで、光の見えない世界で朽ちていくことを生きるというのなら、その限りではないが。


「まあ……頑張ってほしいな……」


 後ろを向くのは大人だけでいい。こんな世界だからこそ、子供は前を向くべきだろう。本当なら難しいことなんて考える必要もないのだが……力不足を恥じるばかりだ。


 数日後、天爛は春馬たちと同じチームに入ることとなる。だがその話は、また別の機会にするとしよう。


 ――――――


 最上第九席は多忙である。戦力的にエスティオンの頂点に立ち、更に神器を使用した際にできることは多岐に渡る。例えば漆は音楽家だし遺華は物理法則を無視して何でもできる。故あって彼らは自分も気付かない間にどんどんできることが増えていく。


 だが愛蘭だけはその中でも別格だ。彼女は器用がすぎるせいで神器がなくても何でも出来る。手先も備わった才能もなんもかんも化け物級。戦闘でも対人最強ときた。


 そんな愛蘭は移動が多い。それ自体は大した問題じゃないのだが、最大基地外戦力の三人……特にその中の一人が基地にやってきてからはその移動がとにかく億劫だった。


 それがこいつ……


「霞」


「おーしぶっ殺す歯ァ食いしばれえ」


 グレイディ・ウェスカーである。


 彼は愛蘭に明らかすぎる恋愛感情を抱いている。日々アプローチは欠かさず、ストーカーと大差ないぐらい愛蘭のことを観察している。この基地にやってきてから少なくとも一日に十回はエンカウントしているほどだ。


 部屋でくつろいでいると入ってくるし飯食ってても正面に座ってくるし前は目が覚めたら同じベッドで寝ていた。まだ乙女の純血が守られていることを確認してからボッコボコにぶん殴ってから擬似魔神獣の巣に捨てた。生きて帰ってきやがった。ド畜生。


 だが、なんだかんだ言って愛蘭も彼のことは嫌いじゃない。一応もう一回言うが部屋でくつろいでいると入ってくるし飯食ってると正面に座ってくるし目が覚めたら同じベッドで寝ていたこともあるが嫌いじゃない。


 それは単純に彼の行動に一切の下心がないからだ。手を出されなかったというのもあるが、やめろと言ったら同じことはもう二度としない。本当に好きだからこそしているのであって、よくある自分で自分の愛を証明して自己満足に浸りたいパターンじゃないことだけはよくわかっている。


 だが何度名前で呼ぶなと言ってもずっと霞と呼んでくる。だから会いたくないのだ。名前で呼んでいいのは永劫に愛くるしき我が姫君、遺華春だけだ。


「霞。殺されるのに歯を食いしばって何か意味があるのか」


「黙れ揚げ足を取るな」


「そんなつもりはないんだが……」


「…………何の用だ。あたしは忙しいんだが」


「近日中にらいぶなるものがあると聞いた。何でも大量の観客がいて、万種の色の光が舞い、音が空間を満たす聖なる祭典……と、漆が声高に叫んでいた」


「間違っちゃいねえな」


「一緒に見ないか」


 来た。絶対来ると思っていた。そんな祭りみたいな催しがあって、こいつが誘ってこない訳がない。


 当然一緒に見るつもりはない。そういうのは姫と一緒に見るもんだ。だがそれを率直に伝えても面白くない。というより非常に残念なことだが今回は姫と一緒に見ることすらできない。ここは希望を刈り取ってやるとしよう……


「すまねえな。そりゃ無理な話だ」


「……なぜだ」


「あたしは今回のライブ……!」

ご拝読いただきありがとうございました。

ブックマーク、星五評価、いいね等よろしくお願い致します。まだまだ新米の身、ご意見等ございましたら遠慮なくお申し付けください。ではでは。

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