番外編:レギンレイヴの日常【1】
「ハルヘレム〜話を聞いておくれなのだよ〜」
「……いい加減鬱陶しいな筋肉ダルマ。そろそろ潰すぞ」
諜報組織レギンレイヴ。この終末世界において情報を司ると言っても過言ではない組織であり、あのエスティオンと並ぶとも称される。エスティオン、アスモデウス、そしてレギンレイヴ。この三つが地平全土を制しているのだ。
だが、多くの者は知らないだろう。そんな巨大組織の頂点に立っている存在が、ただの親バカ筋肉ダルマだということを。隊員のほとんどが嘘であれと願っているこの真実を。
「まーた楽歩が戦場に立つとか言い出し」
「それは一大事だな幹部を呼べオレも話に入らせてもらう」
「お前もお前で相当の親バカなのだよ」
そしてこれも知らないだろう。その頂点を支える五人の幹部、彼らも漏れなく親バカだということを。
レギンレイヴには一人のアイドルにして皆の愛する娘である少女がいる。名を天爛楽歩と言い、レギンレイヴの誰とも直接の血の繋がりはない……が、それ故にいつも基地内で天爛は俺の娘だという謎のワードが飛び交う原因を作っている小柄で愛らしい、まだ十歳にも満たぬ子供だ。
過去の経験からあらゆる面において強くなることを目標に組織に所属しており、その延長としてすぐに戦場で実践訓練をしたがり、その度に大人たちは全力で止めにかかる。こんな慌ただしい光景が、レギンレイヴの日常の一つだ。
「なあ楽歩、戦場は危険なんだよ。俺たちでもたまに怪我しちまうんだ。だからやめとこう、な?」
「怪我なら基地にいてもするよ!それに、戦場の傷はめいよ?なんでしょ!わたしもめいよがほしいの!止めないで!」
「楽歩、儂らも戦場は滅多に味わえんのだ……儂らに譲ってはくれんか、んん?楽歩は優しい子じゃろう?」
「優しさより戦場が大事なの!いいから連れてってよ!」
とまあこのように聞く耳を持たない。倫理観もぶっ壊れ始めている。そろそろ誰かが止めなくてはならない。
しかし今日はいつもの数倍止めるのに時間がかかってしまっている。体力のあるはずの幹部たちも子供の無邪気さには勝てないのか、息を切らし始めている者もいる。
「ボスはなんでいないんだ!おかしいだろ!」
「本来あいつが一番止めにゃならんのに!」
「……今日はあの研究員との交流だったようナ」
「えでもさっきオレに絡みまくってきたけど」
「コレ伝えたかっただけじゃないかな」
「あそういう」
セレムは定期的に敵対組織であるはずのエスティオンに出向き、なんらかの交流をしているらしい。確定ではないのは誰もその現場を見たことがないからだ。
有り得ない、とは思わない。あのボスは型破りというか無鉄砲というかアホというか底なしのアホなので何をしても驚かないし、有り得ないなんてことは有り得ない。やると言ったらやる男、それがセレムなのだ。
「どうでもいいけど止めておくれすえ〜!」
「行くの〜戦場〜!」
――――――
エスティオン基地、天道の自室にて。
「いや〜何回目かなこれも」
「数えるのはとうの昔にやめてるのだよ」
定期的に行われるセレムと天道の会合も両手じゃ足りない回数行われ、初めはそれなりに真面目な話もしていたのだが途中からは完全に雑談タイムになっていた。
一応は敵対組織なため組織の内情に深く関わる話はしないが、やれ研究が行き詰まっただの部下がうるさいだのこっちの研究も音が出てうるさいだの多分それ意味違うだの。二人ともお喋り好きなのもあって、話は深夜まで続くことも珍しくはなかった。
セレムがこんなことをし始めたのは、ひとえにレギンレイヴの安寧のためだ。レギンレイヴは戦力的な面でも三大組織に数えられるには十分な力を持っているが、やはりアスモデウスとエスティオンには遠く及ばない。それにエスティオンはまだしもアスモデウスはかなり攻撃的な組織だ。戦っても……否、戦わずして安寧を得るためにはこれが最善手だったのだ。組織の長の肩書きは決して伊達ではない。
これで親バカじゃなかったら完璧なのだが。
「それで今日はどうする?前回できなかった話でも」
「いや……今日はそれなりに真面目な話なのだ」
おや、と口に出してセレムの顔を覗き込むと、なるほど確かに彼にしては神妙な顔をしている。よほどのことがあったのか、はたまた起ころうとしているのか。
紅茶でも出そうかと思ったが最近茶葉の栽培が上手くいっておらず切らしている。しょうがない、口の中が砂漠もびっくりなぐらいパッサパサになるお茶菓子だけでも……あ、いらない?あそう?奇遇だね、僕も。
「で、なにかな?君にしては珍しい顔をしているが」
「ウチの組織に関わることなのだよ」
「……それはやめておいた方がいい。こんな関係性だから忘れているかもしれないが、一応は敵同士だ」
「お前にしか頼めないのだ。頼む、聞くだけでも」
驚いた。
セレムという男は掴みどころがない。バカで親バカでアホでマヌケでバカで大食いでバカ。エスティオンの情報網とスパイを総動員しても得られる情報はこれだけ……そう、これだけなのだ。これは異常とかいうレベルではない。
例えばそう、僕……天道のことを調べさせてみよう。エスティオンの総力を挙げてね。
少なくともレポート用紙百枚じゃ足りないほどの情報が集まるだろう。それは同じ組織に所属しているからとかではなく純粋に彼らの技量が神域に達していると言っても過言ではないレベルだからだ。普段の食生活、風呂の時間、長さ、就寝時間とレム睡眠の長さetc……彼らに暴けぬ情報はない。
いやいい、持ってこなくていい、待てなんだこれは僕の○○頻度とかおい待てなんでこんなもん調べてるんだボケェ!
……ごほん。だがセレムは、先程も示した情報しか暴けていない。もはや何かの天変地異だ。この男は情報に関して徹底しすぎている。こんな馬鹿げた情報防衛能力、有り得るのか?否、有り得ない。どんな手品を使っているのか……
おっと、沈黙は肯定と捉えたのかな。小さく頷いたセレムが口を開いた。
「楽歩の……ことなのだよ……」
「それはいつもの惚気とかじゃなくて?」
「いや、真面目な話なのだよ。今日はおふざけなしなのだよ」
はーい終わったー!どーしよーもねー!
研究員、更にエスティオンにおけるそれの筆頭である天道が純粋に誰かとの会話を楽しむことはない。否、厳密には準備をせずに楽しむことはない。特に相手がいずれ敵対するかもしれないともなると尚更だ。
まず情報を集める。次にそれを整理して対策する。そして相手好みの喋り方や開示していい情報を選り分けてようやく会話に臨む。それが天道流だ。
その面で言えば、セレム……否、レギンレイヴは相性最悪の組織だ。瀕死の芋虫が蟻の巣に飛び込むようなもの。
なにせ情報に関して全く勝ち目がない。もう終わり。閉廷したくなる。まあいい、セレム等は人柄からして色々対策は練れるし、他の人間は話に上がることもなければ実際話をすることはない。特に問題はないのでよしとしよう。
問題はそう、今セレムが口にした人物。天爛楽歩だ。
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