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Last reverse  作者: 螺鈿
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第十三話 未来【2】

「ん……」


 目を覚ますと、尻の下に柔らかい布の感触があった。冷たい荒野とは似ても似つかぬその感触は、間違いなくベッドだった。


 両腕を見る。ない。その先には扉があって、この部屋には自分一人のようだ。


 そして下を見るとそこには。


「春馬……殿……?」


「んーあー……おわっふ目覚ましたのかお前!」


 声をかけられるまで眠っていたようで、シーツに涎が染みている。寝ぼけまなこを擦りながら、とても寝起きとは思えない声量で唐水に声をかけた。


「心配したんだぞ!?突然いなくなったと思えば基地の前で倒れてて、腕も無くしちまって……おい大丈夫か?」


「なにが……」


 唐水自身も気付いてはいなかった。いつの間にか涙を流していた。セレムが死んだ、仇はとれなかった。後には何も残っていない。たったそれだけの事実がどこまでも残酷で、またいつかのように感情をぐちゃぐちゃにしていた。


 涙を拭うこともできずに嗚咽が漏れる。もう誰も、撫でてくれる人はいない。自分で拭き取ることもできない。優しく温かく、慰めてくれる人はいない。


「うえ……ひ、あ……うあああ……えぐ、ふ、あああ……」


 流れ続ける涙がシーツを濡らす。静かな病室に悲しい嗚咽だけが響いた。


 もう、いない。会えない。笑い合えない。取り残された約束を守るために何をするべきかすらわからない。もう仲間はいない。何もない。何もかも闇に閉ざされて


「楽歩」


 跳ねるように声のした方向を見た。赤く腫れた目元が痛々しい。


 頭の上に優しい感触を感じた。包み込むようなそれは、確かに人の手だった。前後に緩やかに動き、それが撫でてくれているのだとわかった。


 まるで彼のようだと、鼓動が高鳴る。


「大丈夫だ。大丈夫」


 未だかつて見た事のないような優しい顔をして、春馬が頭を撫でてくれていた。光そのものに見えるようなその優しさが、痛いほどに深く伝わる。


 すっと気分が軽くなる。悲しみも、『融滅』への憎しみも消えてはいないが、少しだけ前を向ける気がする。不可思議な、まるで何かの能力のようなその温かさは一体どこから来ているのだろうか。涙が温かくなったような気がする。


「腕がなくても、俺が支える。なんか悲しいことがあるなら、俺も背負う。やりたいことは全部一緒にやろう。大丈夫だ。何も心配しなくていい、何も気にしなくていい。大丈夫だ」


 セレムとは似ても似つかない彼のどこかに、その面影を見た。大きくて、優しくて、そして、そして……まるで光そのもののような、そんな彼に果てしない安堵を覚える。


 更に溢れ出した涙が見えないように顔を伏せる。嗚咽が小さくなり、それでも涙は溢れて。春馬はずっと、変わらない表情のままで頭を撫でてくれていた。


 それを扉の隙間から眺める影が一つ。


「……春馬君はやはり、なんというか、不器用というか無遠慮な優しさがある。メンバーのメンタル面を支える材料としては完璧のようだね。いつの間にかいなくなっているセレム君のことと何があったかの聴取……は後でいいかな。腕がなくなってるぐらいだから何かとんでもないことがあったことは簡単に予測できるが……で、何してるんだい君たちは」


 天爛に寄り添う春馬を観察していた天道が少し彼の評価を改めた。もし「芋虫みたいでかっこいいな!」とかなんとかとんでもないことを言い出したらすぐにでもとっちめてやろうと思っていたが、その心配は杞憂だったようだ。彼の優しさが今後どう働いてくれるか、楽しみだ。


 さて、と覚悟を決め直して通路の先でなんかよくわからないことをしている二人組を見る。もう独り言による逃避も限界だろう。全くもって関わりたくないが、そうしなかったらしなかったであっちから来るだろう。アホみたいにめんどくさい奴らだ。


 ゼロと染黒、二人共その場で悶絶しながら転がり回っているかと思えば突然立ち上がり、現実逃避気味に笑うと奇声を上げながら壁に拳を振り下ろし始める。染黒は今神器を装備していないからまだいいが、ゼロは本気でやめてほしい。常に全身神器ドーピング状態のゼロがそんなんやると、割とマジでシャレにならない。


 天道の言葉に正気に戻ってくれたらしい二人が同時に黙りこみ、幽鬼もかくやというほど生気のない顔で向き直った。


「なんだと思う……?」


「うーわめんどくせえ。率直に言ってくれないかい」


「剛腕の適合者……どうなっておる、あいつ」


「どうなってる、とは?」


「同化だよ!」


「根源的な繋がりが!切れておる!」


 突然勢いを取り戻して声を荒らげる二人。さすがに二つ名持ちに同時にそんな顔をされると命の危機を感じる。


 同化……根源的な繋がりが切れている。その原因には一つ心当たりがある。なんか発狂しながら邪魔してくるゼロと染黒を全力で無視しながら瀕死状態の春馬の体を検査している時に発見した、妙なとっかかり。


 昔追放した研究者の一人に、優秀な神器学者がいた。神器と人の繋がりについての研究をしていたが、その動機がかなーりヤバいやつだったので追放した。曰く、疑似魔神獣の意思こそが星の意思。人は神器を失い滅ぼされるべきとか何とか。正直言って怖すぎた。


 そして今回の試験はあいつを使った。その時に何かされたのだろう。あくまで予測だが、それ以外の可能性は恐らくないと思われる。確信がないので言わないが。


「まあ……それはそうとして、何か問題でも?同化は所詮切り札的なもの。元々ないものが追加されてただけで、なくなっても特に問題はないだろ」


「大問題だ!」


「アホ!ボケ!ゴミカス!」


「とりあえず語彙力を取り戻したまえ」


 ため息を吐いて足早に立ち去る。後ろでまだギャーギャー言っているが直に落ち着くだろう。子守りか。


 どうもあの二人は春馬に拘る。特に染黒は剛腕神器に関して、ゼロは本人の状態について。いつもは意見が対立して喧嘩する二人だが、今回は事情が事情なのか、行動が一致してしまったのだろう。正直に言おう。クソめんどくさい死に腐れ。面倒押し付けられるこっちの身にもなれってんだ。


 それにしても、何かこう……違和感だらけの毎日だ。以前とは180度性格が変わってしまった染黒、突然基地に関わり始めたゼロ。突如出現した『融滅』、死亡した『楽爆』、新たな二つ名。崩壊したレギンレイヴ。まるで無理やり止められていた大河が一気に流れ始めたような。


 発生地点はどこか……思い当たるのは、皐月春馬。彼も相当に異常な存在だ。適応直後の暴走はまあそれほどでもない。実際最上第九席はそんなもんだ。だが、いきなりレベル4というのは中々、というか初だろう。同化などという現象もだ。更にゼロと染黒の二人が気にしているのも気になる。


 (異常には異常が集まる……春馬君は何か特殊な存在なのか……っといかんいかん。根拠のない予測は面白いが危険だってエルミュイユ師匠も言っていた。)


 しかし考えれば考えるほど異常な存在だ。瀕死状態から一向に回復しなかったかと思えばいきなり全快して「誰かがヤバい」なんて言い出したかと思えば天爛が両腕を失って倒れていた。あの時は本当にビビった。まったくどんな能力を持っているのか。元からあるのか?


「うう……急に不安になってきたよ」


 天爛を救急治療した後、外傷は何とかできたがどうしても血が足りなかった。更に彼女は血液中に謎の物質が大量に混ざっていたため輸血できる人間もいなかった。恐らく愛蘭との戦闘で見せた血の刃のせいでそうなっているのだと思われる。とんでもねえリスクだらけの技だ。


 血液不足によりそのまま死ぬかと思われたが、謎に春馬の血液が適合した。しかし彼の血液は特に何かある訳でもない、普通のA型の血液だ。なぜ適合したのかは皆目見当もつかない。


「内部崩壊……いや、変質か。師匠、あなたが言っていた意味がわかり始めた気がします。確かに彼は人ではないのかもしれない……」


 ――――――


 暴れ回る巨体は、彼女が近付くだけでその動きを止めた。そして無数の触手を伸ばし、彼女を包み込むように動かした。正に天使の如き優しい動きだ。


「あリがとう、助カったヨ。でも手を出さナくても良かッたかな。君は……体がトても大きいンだから。彼ら二気付かれルと色々面倒なんダ」


 申し訳なさそうに、しかしどこか言い訳するように体を動かすソレは、『融滅』の誇る最高傑作であり、名を百種神器混合型超広範囲殲滅制圧用兵器Evil angelという。


『融滅』の状態を赤外線センサーや小型屍機レヴナントで常に監視し、危機的状況にあると判断すればすぐに救出するために動くようプログラムされている、自立型の生物兵器。巨大さ、強さ、攻撃行動範囲、どれをとっても凄まじく、単体のみでも『融滅』が操る死の軍勢を容易く上回る。


 また彼女の研究の集大成と評することもできるだろう。命亡き者に神器を使わせる彼女の研究、それを適応させた生物百体に加えあらゆる生物の脳や神経、筋肉を接合させており、その名の通り百種の神器を自在に操り、運動能力のみならず知能ですらそんじょそこらの人間を凌駕している。


 普段は地下で大人しくしているが、今回は『融滅』が追い詰められていると判断したため地上に出てきた。


「ふふ、可愛いよ。アチシの天使。……マだ、そこにいてくれるんだロう?」


 Evil angelの触手の渦を掻い潜り、本体に触れる。聴診器、センサーライトで体の調子を調べる。損傷や不調などありえず、またあったとしても自分で修復できるEvil angelにそんな行為は無意味だが、彼女なりのエゴがあってそうしている。


「もウ少しなンだ。ただ、君の出番ハ一度きり。そこで死んでしマうかもしれなイ……でも、君は、君たちだケは何とか生かしテみせる。死んでモ死なせナい。ダから、大人しクしていテくれ」


 それを大人しく聞いていたEvil angelは、しかし彼女の言葉とは正反対に一層暴れ始めた。異議を申し立てるように。


「ワかっていル。デも、君の願いには応えラれない。君のたメでもあるんだ。理解シてくれ。頼む」


 至って真面目な顔をしてそう言う。普段の適当で且つおぞましい彼女の気配は一切なく、そこには一人の切実な願いを抱く少女がいた。


 そんな願いを理解してか、Evil angelがぴたりと動きを止めて、代わりに触手を『融滅』に伸ばす。優しく包み込み、何度も揺する。『融滅』もそれに応えるように触手を撫でて、額を擦り付けた。


 Evil angelが昇龍の如く天高く昇り、頭部を回転させながら地面に叩き付けた。巨大な穴が開き、地響きと共に地中に帰っていった。『融滅』もそれを見届ける。


 そして完全に姿が見えなくなり、音も止んだ頃。ようやくエスティオン基地に向かって『融滅』が歩き出した。が、すぐに足を止めることになる。顔には、いつも通りのおぞましく嫌らしい笑みを浮かべている。


「……君、衝動で動く訳じゃなイのか。機を見ル能力もあるトは驚いたよ。モしかして、見てタかい?」


 ぬらり、とEvil angelが巻き上げた瓦礫の影から彼女は現れた。第五の二つ名、『楽爆』の全てを継ぐ者、神器を用いずにレベル4を越える超越の存在。


 カンレス・ヴァルヴォドム。


 感情があまりにも希薄。それ故に言葉を介さぬそれは、ただ無言のままに『融滅』を見つめた。彼女の言葉通り、衝動に任せている訳ではないようだ。


「喋ってくレないと意思疎通ガ難しいんダが……まあ、慣れてるカら問題はないか。一応聞いテおくよ、何ノ用だい?」


 一瞬俯いたかと思うと、疾風の如き速度で踏み込み、『融滅』の眼前に迫った。右手は心臓、重心を前方に傾けていつでも蹴りを放てるようにした左脚は顎を狙っている。


 ヒュウ、と感心したことを表すために口笛を吹き、両手を上げる『融滅』。余裕ぶって続けて問う。


「くク、そう怒らナい怒らない。可愛いオ顔が台無しだ」


 心臓が撃ち抜かれた。が、すぐに肉が蠢き修復される。あまりにも醜い光景だが、ガフィムの心中に特別な動きはなかった。常人ならば嘔吐していてもおかしくないだろう。


 天爛との戦闘時から、気配は感じていた。否、姿は確認していたというべきか。あの時焦っていた理由は主にEvil angelだが、介入されたらさすがにヤバかったということもある。


 因みに気付かれてはいないが、『融滅』は羽虫程度の大きさの屍機をあらゆる組織に潜り込ませ、そこから得る情報全てを脳内で管理している。『融滅』が単体でも一つの組織に比肩しうると言われる所以はここにある。


 当然カンレスと『楽爆』の関係は知っている。さすがにカンレスが『楽爆』のことをどう思っているかまではわからないが、他には無い特別な感情を抱いていることは間違いない。あくまで希薄だが。『楽爆』の屍鬼を使ったのは間違いだった……かもしれない。いや、挑発になるという意味合いでは非常に面白いが。


「イッヒヒヒ……いヤあ、ごめんネえ殺しちゃッて。言い訳さセてもらうけドさ。仕方なかったンだよ。アチシだって奪われたんだカらさ。ヤられたらやリ返す!そウでしょ?」


 粘つく声で、カンレスの体を抱きしめながら耳元でそう囁く。微かだが、体が震えているのがわかった。どうやら彼女にとって『楽爆』とは思ったよりも大事な存在だったようだ。ほんの少し、予想外。


 (感情を……取り戻しつつある?いや、芽生え始めているのか。そもそも何で感情がないのかがわかってないから何とも言えないねえ……っと)


 慌ててその場を飛び退く。数瞬前まで『融滅』がいた場所にガフィムの拳があった。あまりの速度に皮膚が切れているのが見える。すぐに傷は癒えたようだが。


 どうやらいつの間にかとんでもない地雷を踏んでしまったようだ。非常に愉快。面白い。


「ねえ……エっと、ドっちがイいのかな……あそうか君は知ラないのか。ジゃあカンレスちゃん」


 馴れ馴れしく呼ぶな、とばかりに『縮地』で移動、蹴りで右腕を吹き飛ばされる。


「攻撃的だねエ……ねえカンレスちゃん。そんナに焦らないでよ。もウすぐなんだ。全部ぜーンぶ、終わるんだよ」


 腕を修復し、カンレスの周囲を歩きながらそう口にする。またも『縮地』を使って今度は左腕を吹き飛ば……そうかと思ったが、足に大量の腐った虫がまとわりついている。動けない。


「舞台は整った、役者モ揃った……ねえ、知ってルかな。皆ミーんな、役目があるんだ。全員違う役目だよ。これを一人で仕組んダってんだから彼は凄いよ……」


 珍しく皮肉ではなく本気で尊敬しているような声で、ここにはいない誰かを褒める『融滅』。カンレスは黙ってそれを聞いているが、隙があれば殺しに来そうだ。


「アチシはコーディネーター。まだ魅力に欠ケる役者を魅力的にしてあゲた……皐月春馬は鍵だ。『楽爆』の方は……無様な失敗作だったけど。染黒悔怨は助手。『尽殺』は観測手だ。そして君は……ふふ、役目とは言わなイだろうが、嵐ダ。全部めちゃくちャにして、暴れ回る。ソの時戦おう。ね?」


 それは本来『融滅』の知るはずのないことだが、染黒の中身を見たから。この世界の真実を知っているから、理解している。この世界で唯一、最も深く。


 セイナー・ステイル。全ての元凶にして、被害者。最も深き罪を背負い、誰よりも誰よりも深き業を背負う者。本来有り得ないはずの神の支配を行い、そして世界を裏返した張本人。決して許されざる人類史上最悪の大罪人。


 だが、見方を変えればとんでもなく優秀な男だ。たった一人で、ここまでの全てを成して見せた。賞賛に値する。


『融滅』の説得に納得したのか、数秒『融滅』を見つめたガフィムが足元の虫を叩き潰して去っていく。


「ソれでいい、カンレスちゃん……恐らク君は最終的に選別さレるだろう。おメでとう」


 カンレスと反対の方向に歩きながらそう独りごちる。ひとまず基地に向かって、最後にやるべきことをやる。もうすぐアスモデウスが動くし、少し急がなければまずいだろう。もう時間は残されていない。


「唯一神に触れていない君だ。とても重要なポジションだねえ、羨ましい。アチシは……」


 天を仰ぎ見ながら、自嘲気味に笑う。羨望と、憎悪と、憧憬と、希望と、絶望と、狂喜を綯い交ぜにした心で。


「最後まで、邪魔者だろうね」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 次回、『脱落』。乞うご期待。

ご拝読いただきありがとうございました。

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