第十三話 未来【1】
家族が出来たら何をしようって、考えることがある。昔は寝る前のちょっとした楽しみだったけれど、いつの間にか暇さえあれば考えるようになっていた。
お嫁さんは、可愛くなくても愛し合える人がいい。いつも一緒にいて、なんでもないことで笑って、そこにいるだけで心の花が咲くような、そんな人がいい。
子供は二人ほしい。やんちゃでいたずら好きな元気いっぱいな男の子と、それを見ながら大人ぶる可愛い女の子。そんな二人を見て、お嫁さんと二人で笑うんだ。
でも、俺にそんなことできない。こんな傷だらけの男を好きになってくれる女性はいないだろうし、俺も照れちゃってまともにお嫁さんと会話出来ない気がする。子供の相手だって苦手だ。何を考えてるか分からない所は可愛いけれど、予測できない子供の相手はとっても難しいんだ。
そんな悲観的な考え方をして悲しくなることが日常だった。生きるために色んな動物を殺して、胸が痛くなって、もっともっと苦しくなった。争いなんてなくなればいいって何度も思って、同じ想いを抱える人で組織を作ろうって思ったのはその時だった。頭の悪い俺にしてはいい案だと思った。
最初の仲間は一気に二人できたんだ。残武螺金とザッカル・ケスク。とっても強くて、カッコよくて、いつまでも俺の憧れでいてくれる気がした。
それから仲間はどんどん増えて、争いを続ける人たちを止めている間に色んな人に認知されて警戒された。悲しかったけれど、仕方ないことだと割り切った。
そんなある日、一人の女の子が新しい仲間になった。
天爛楽歩。とってもとっても頑張り屋さんな、明るく元気な女の子。争いを止めるための血を流さない争いに疲れきった俺たちに、彼女は天使のように見えたんだ。
自分だって辛いのに、人の事ばかり気にかけて、無茶して倒れることも多かったな。組織の年寄りと一緒に、俺にいたずらを仕掛けることもあった。楽しかった。
だからかな。いつの間にか、変わっていったんだ。組織のアイドルから、大事な大事な家族だと、そう思った。
残やケスクも同じで、楽歩を見る時だけ心の色が変わっていたような気がする。笑って、泣いて、喜んで。そんな楽歩のことを、皆家族だと思ってたんだろうな。
楽歩がどう思ってくれていたのかは、最後までわからなかったな。何故か俺だけ名前で呼んでくれなかったから、嫌われてるのかなってよく悩んだ。そしてその度に皆に怒られたんだ。贅沢すぎるだろうって。
そうだよな。気付いてあげられなくてごめんな。俺は贅沢なやつだ。鈍感なやつだ。だめなやつだ。俺が気付いて、遠慮なんてせずに家族として接してたら、お前はもっと幸せだったのかもしれないな。ごめんな。温かくしてあげられなくて、ごめんな。
最後にお前の未来のために、もう一度だけ拳を振るったけど、だめだった。届かなかった。
でも、心配はしていないよ。ちょっぴり悔しいけど、お前にはもう新しい仲間がいるんだもんな。顔を見てみたかったな。今度こそ、家族みたいに温かくなれたらいいな。俺はお前にずっとずっと笑っていてほしいんだ。
だから。そんな顔をしないでおくれ。
――――――
まるで舞だな。殺戮の舞だ。超高速で斬撃を続ける天爛を見ながら、『融滅』は静かにそう思った。愛蘭との戦闘で見せた切り札をまだ使わないのは、それを切り札だと理解しているからだろうか。
彼女の顔に殺意以外の要素はない。ただ目の前の存在を切り裂き滅ぼすために全てのリソースを割いている。人間にこんな顔ができるのかと感心するレベルだ。
「コれは、早めに決着を付ケる必要があリそうだねェ……!」
このまま戦闘を続けても『融滅』が負ける要素はない。近接戦闘が苦手とはいってもできない訳では無いし、『楽爆』を使ってもいい。が、アレはただでさえ制御が難しい上に短時間の間に二度以上の命令に従ったことがないのであくまで最終手段だ。
『融滅』は今、焦っている。猛烈に焦っている。殺されないが殺せない、今はそんな状態だ。
互いに切り札を温存しながら斬り合う。横から迫る水の刃は絶ち捌きで迎撃し、鋭角的な軌道で迫る蹴りは同じく死体のコーティングにより強度を増した蹴りで相殺する。とても科学者とは思えない戦闘が続いた。
水と打ち合っているというのに、聞こえる音は金属のぶつかり合う硬質な音。レベル4に進化したことで、天爛の操る水は更にその強度を増した。
天爛楽歩の切り札は、愛蘭との戦闘で見せた血の刃。身体能力を大幅に上昇させ、凄まじい切れ味を持つ刃を形成する。そして『融滅』の切り札は、制御不能にして超超超大規模破壊をもたらす生物兵器。
ソレは『融滅』自身の意思とは関係なく戦場に舞い降りる絶望の具現。単体で彼女の操る死の軍勢を越える戦力を持つ超級兵器。彼女が危険に晒されることで出現するソイツが現れる前に、なんとしても天爛楽歩を殺すか戦場から離脱せねばならない。
だというのに。
「君さァ!早ク死んでよ!来ちャうから!」
逃げようとしても逃がさぬ。殺そうとしても殺せぬ。完全な互角、すぐそこまで来ている破壊兵器。『融滅』は今までの人生、死んだ後に歩んだ道の中で最も焦っている。
天爛が両腕両脚に水を纏った。恐らく地下水脈。
それは殺意によって覚醒状態にある彼女の脳が導き出した結論。完全に隙のない連撃を繰り返すために、人体では不完全すぎる。ならば、まとわりつかせた水を使って関節を無視して攻撃し続ければいい。
地下から大量の水が吹き出し、刃となって『融滅』を襲う。天爛自身も関節という関節から絶望的な音を響かせ、般若もビックリの形相で更に苛烈に『融滅』を攻める。
衣服だけでなく、『融滅』の肉が一部分だけ斬られたその刹那。全てを諦めた『融滅』の表情と共に、絶望を告げる地響きが辺り一帯に響き渡った。
「君が悪いンだよ……早く死んデって言っタのにさ……」
天爛の右手の刃が『融滅』の心臓があるであろう箇所に突き刺さった。捻り、抜く。大量の冷たい血液が地を濡らした。そしてそれと同時に、一瞬で水を気化させるような膨大な熱量を持った光線が、天爛の両腕を溶かした。
連撃が止まり、天爛が後退する。殺意によって痛覚が鈍化しているのだろうが、それでも無視できない激痛が襲い呻き声が漏れる。
「ぐ……ぅ……」
「人ノ警告はさぁ……素直に聞くモんだよ?こウナるから」
レベル4によって強化された身体能力、その視力を持ってしても微かにしか見えない遠方、地平線の彼方。そこにはそれほどの距離で且つ星も月も出ていない夜闇の中でもはっきりと見える超巨体のムカデのような蛇のような生物がいた。天を衝く巨大な体をうねらせながら動き、天に吼えている。
醜い。無数の死体が集まって出来ているように見える。いや、実際そうなのだろう。旧東京の都市が小さく見えるほどのその巨体のあらゆる所からは手のような足のような何かが伸びて、立方体の円の内部に牙が生えたような醜い口は常に蠢いている。
先端が赤熱した触手が二本、体内に戻っていくのが見えた。肉が焼ける臭いが風に乗って届いた。
「熱線の神器。遠距離攻撃用の神器ダよ」
『融滅』の呆れたような諦めたような声が聞こえる。「だからあれ程忠告したのに」と小声で聞こえた。
「百種神器混合型超広範囲殲滅制圧用兵器(ひゃくしゅしんきこんごうがたちょうこうはんいせんめつせいあつようへいき)Evil angel。アチシが危機的状況にナると必ず出テくるよウプログラムされたアチシの最高傑作……八あ。出てこさセたくなカったのに……プログラムの書き換えをアっちかラ拒否さレるからどうしようモないんだヨねぇ」
少しの哀愁と駄々っ子を宥める母親のような表情をしながら唐水にそう言う『融滅』。彼女をよく知る者が見れば卒倒してしまうような、穏やかな表情をしている。
後頭部を掻きながら絶ち捌きを閃かせ、申し訳なさそうに笑ってから『融滅』は続けて言った。
「トいう訳でアチシは今かラあの子を落ち着かせなイといけナいの。ごめンね、あの世で愛しノボスと抱き合っテね」
凄まじい速度の切り替わりで普段の『融滅』らしい嫌らしい笑みを浮かべながら絶ち捌きが三日月の軌道を描いた。
それは軌道そのままに天爛の心臓を貫き、大地を熱を持った鮮血で濡らした。前のめりに倒れ、唐水が動かなくなる。
それを見届けると、『融滅』は未だに巨体をうねらせて暴れるEvil angelを宥めるために去っていった。
弱々しい拍動だけが、夜の荒野に響いている。
――――――
死が迫り来る気配がする。穴の空いた心臓から、血液がとめどなく溢れる。今は無理やり血液を全身に巡らせているが、長くは持たない。焼き切れた腕の断面が完全に焼けているお陰で止血の必要がないのは不幸中の幸いだ。
(いや……)
もう、生きる意味なんてないのかもしれない。仲間は死んだ、セレムも死んだ。居場所はないし、するべきことも。
「違う……だろう……!」
継ぐと。そう言ったではないか。セレムが死んだからその役目を放棄するのか。否、断じて違う。あの世で安心してもらうために、継ぐのだろうが。
基地に向かって、這ってでも戻る。春馬やエルリーの所にいって、穴を塞いで傷を治して。そして、争いのない世界を。殺されてしまった皆の代わりに、その役目を。
だが、現実はいつも非情だ。基地から随分と離れてしまっている。命の灯火が消えてしまうまでに辿り着けそうもない。冷たい夜風が体力を奪う。止まることを知らないように流れ続ける血液が緩やかに命を奪う。
血が涙か、判別の付かない液体が頬を伝う。結局、約束を守れないのだろうか。ここで死に、セレムに託されたレギンレイヴの役目を継ぐという約束を。
父親との約束ぐらい守りたかったのに。
あの人がどう思ってくれていたのか、わからなかった。あの日自分を拾ってくれた彼のことを、私は最初救世主か何かだと思っていた。恩返しをしなくてはいけないと思っていた。
私が加入した頃にはもう沢山の仲間がいて、私の入る場所はないんじゃないかって不安だった。だから、びっくりした。
皆は可愛い可愛いって私のことを可愛がってくれた。くすぐったかったけど嬉しくて、ずっと憧れていた家族ってものに似ている気がした。
仲間が初めて死んだ。事前に死人は多いし、自分が死ぬこともあるということは聞いていたけれど、それでも。実際に死んだとわかると、感情がぐちゃぐちゃになって、訳が分からなくなった。とめどなく涙が溢れて止まらなかった。
『もう二度と笑ってくれない、喋ってくれない。頭を撫でてくれないし、温かくない。死ぬってのはそういうことなのだよ』
涙を堪えながらセレムがそう言ってくれていたのをよく覚えている。一人になっていた時、静かに泣いていたことも、同じぐらい覚えている。死ぬってのがどんなものか、その時朧気にわかった。
強くなろうって決意したのはその時からだ。甘えさせてくれるのは確かに居心地がいいけれど、それでは死んでしまうかもしれない。死に瀕した仲間を守ることもできない。
それと同時に、皆の可愛がり方が変わった気がする。上手く言葉にできないけれど、きっと家族っていうものなんだろうな。だから私も、皆のことを兄とか姉って呼んだ。
でも、ボスだけは本当にわからなかった。変わった気がしたし、変わっていない気もした。ずっと可愛がってくれたから、あまり気にしていなかったけど。
たまに避けられているように感じて悲しかったこともあった。そんな時誰かに相談したら、皆羨ましそうに笑って同じことを言った。
『もう少しだけ、待ってあげて』
贅沢なことだけれど、愛してくれてるのかなって悩むこともあった。可愛がってもらえるのかなって。だからかもしれない、ボスのことだけは素直にお父さんって呼ぶことができなかった。
それからも沢山仲間が死んで、いずれ皆が自分のことを家族のように思ってくれていると理解した。同時に、自分が皆のことを家族のように思っているということも。
ああ。ボスはどう思ってくれていたのかな。皆のように、家族だと思ってくれていたのかな。最後に伝えられた想いは受け取ってくれたのかな。全部全部遅いんだろうな。
血が流れる。命が流れる。死にたくない、嫌だ。最後の約束も守れずに死んでしまうなんて、死んでも死にきれない。
ほんの少しの奇跡のために這って進む。誰かに出会えるかも、もしかしたら基地に辿り着けるかも。奇跡的に血が止まって、歩けるようになれるかもしれない。かもしれない、かもしれない。
走馬灯を見ている場合じゃない。そんな時間があったら前に進め。前進しろ、基地に向かえ。
目を開けることが出来なくなった。少しづつ動きが鈍る。世界が黒く染まっていって、そして。
ご拝読いただきありがとうございました。
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